2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
背の高い木々が日光を遮る深い森の只中で、グリフィンドールの5年生、裕福な純血家系出身だが純血主義を標榜などしていないヘンリー・ポッターは、何人もの1年生たちと数人の2年生を庇って、目の前の巨大蜘蛛アクロマンチュラに杖を向ける。
「…………!!」
しかし、ここが「あの先輩」の旅行カバンの中である以上、この小屋くらいあるアクロマンチュラも先輩のペットもしくは保護動物という事になり、つまりみだりに傷つけるような真似は許されないだろうとヘンリー・ポッターは考えていた。
しかし同時に、アクロマンチュラ相手に「穏便に済ませる」のは、本気で殺しにかかるぐらいでちょうどよく達成できるのではなかろうか、どころか成すすべなく敗死することも充分考えられるのではなかろうかと、ヘンリー・ポッターは毎秒冷静さを減退させていた。
そんなヘンリー・ポッターの焦燥は、他ならぬアクロマンチュラによって解消される。
「……そこのお前さんは、アイツじゃあないな。なあ、アイツを見なかったか。私のこの目に薬をくれるって約束なんだが。あと脚がまた痛くなってきたから、治してもらえるとありがたい」
アクロマンチュラに攻撃の意思が一切無いことに、ヘンリー・ポッターはやっと気づいた。
「クモが喋った………」
1年生の誰かがそう言った事で、ヘンリーは再び焦った。――今の失礼じゃないか?
「おや、もしかして今ヒトが喋ったのか? これはなんと珍しい」
のっそりと寄ってきた巨大な蜘蛛が、ヘンリー・ポッター先輩越しに見つめているのが他ならぬ自分だと気づいて、どっち見てるのかわからない沢山の目が全部自分を見ているのだと気づいて、ロングボトムくんは震え上がった。
「お前、あの丸っこいチビほどじゃあないが、それなりに美味そうだな」
「ぼっ、僕を食べたら、もう目も脚も治してもらえないんじゃないの?」
「…………それはそうだろうな。だが、だからといってこの数の肉を前に何もせずにいられるほど我慢強くはないし、仮に満腹だったとしても獲物を狩る事を優先するのが我らだ」
ロングボトムくんが恐怖で凍りつくのと、そのアクロマンチュラが大きく一歩近づいてくるのと、ヘンリー・ポッターが「アクロマンチュラにも効く呪文」を思い出すのは同時だった。
「アラーニア・エグズメイ!!」
アクロマンチュラが怯んだ隙にロングボトムくんの手首を掴んで、ヘンリー・ポッターは周囲の下級生たちに叫ぶ。
「走って! 向こうに真っ直ぐ! お互い離れないで!」
まだ大きい蜘蛛に興味を惹かれているらしい数人の1年生を急かしながら、ロングボトムくんを引っ張ってヘンリーも走る。果たして森の端に向かっているのかそれとも中心に向かっているのかは皆目検討もつかなかったが、それでも空腹のアクロマンチュラの眼の前に居続けるよりはいいだろうと、はぐれた1年生が居ないかを注意しつつ走るヘンリー・ポッターは考えていた。
「ねえハリー、さっきの呪文は何? 失神呪文じゃないよね?」
ここまで来ればもういいだろうという判断を言い訳に、全員疲労困憊でもう走れないので移動をやめた一行の先頭から、2年生のブキャナンくんがヘンリー・ポッターに訊く。
「アクロマンチュラには、たいがいの呪文がロクに効かないんだ。失神呪文も全く効かないし、もしとっても強力な魔法使いが唱えたとっても強力な失神呪文でも、それでもアクロマンチュラはちょっと痛がるだけで、失神なんかしてくれない。だから専用の『蜘蛛退散呪文』が必要なんだ」
それは、このカバンの中の庭の所有者である7年生の先輩とは、全く異なる見解だった。
「あの、先輩方。僕こないだ本で読んだ……あのタッカー先輩から引き続き貸していただいている、先輩方がお作りになった魔法生物図鑑で読んだんですけど。『アラーニア・エグズメイ』って、何のためにある呪文なんです? 『ステューピファイ』とかじゃあダメなんですか?」
双子呪文で増やした鱒を色々な調理法でおかわりしながら、やるべきことの期限が差し迫っている7年生の女生徒とポピーは、ダンブルドア少年に何度急かされても優雅に寛いでいた。
「ん? そりゃだって、わざわざ怪我させなくてもいいじゃん。痛めつけずに、ちょっと脅かして退散してくれるならその方がさ。『アラーニア・エグズメイ』を考え出した魔法使いが誰なのかは知らないけど、たぶんその人は蜘蛛が好きだったんだよ。だから追い払うだけの呪文を作った」
ダンブルドア少年はその説明に驚きと納得を覚えたことで、また少しこの7年生の先輩を尊敬したが、それでもまだ疑問は残った。
「…………蜘蛛ですよ? それも単なる蜘蛛じゃない、どころか厳密には蜘蛛でもなんでもないらしいあのアクロマンチュラですよ? あんなの好きな人なんて居るんですか?」
その質問に答えたのは、ヤマ勘と当て推量のみで鱒を刺し身にしようとしているポピーだった。
「そりゃ、私もアクロマンチュラはあんまり、特別大好きにはなれないけど。でも、きっと居ると思うよ。アクロマンチュラが大好きな魔法使いだって。ホグワーツに卵をこっそり持ち込んで孵して育てるような生徒だって、きっと居るって思う」
「まさか!!」ダンブルドア少年は思わず大きな声を出してしまった。「いくらなんでもアクロマンチュラなんて! 先輩じゃないんですから! そんな物好きが居るわけないじゃないですか!」
大問題になるじゃないですかと言って否定したダンブルドア少年を、左手をポピーのお尻に伸ばして叩かれて引っ込めた7年生の女生徒が、不思議な表情で見つめていた。
「…………なんですか先輩」
「ハグリッドさん、知ってる?」
ダンブルドア少年も、ポピーも。この女生徒がいきなり話題を変えたのだと理解していた。
「知ってますよ。魔法生物規制管理部にお勤めの人ですよね。時々『日刊予言者』の、魔法生物絡みの記事にインタビューが載ってる、危険生物処理委員会の廃止を訴えてらっしゃる人ですよね」
そのハグリッドさんがどうかしたんですかと訊きたいダンブルドア少年に、その先輩は言う。
「その人の子ども、いや孫かな…………? まあとにかくね、会ってみてのお楽しみさ」
「ハグリッドさんって独身でらっしゃったわよね?」
ポピーもダンブルドア少年と同じ表情をしつつ首を傾げているが、それでもポピーは一拍置いてから、なんでこの子はこんなに自信たっぷりなのかという疑問の答えに辿り着いた。
「どんな子だったの? その『ハグリッドさんのお子さんかお孫さん』は」
また夢に出てきたんだろうと察して、ポピーが訊く。
「おっきくってね、お髭がもじゃもじゃでね。めっちゃ可愛かった!!」
その発言でやっと察したダンブルドア少年も、先輩に疑問を投げかける。
「あの。先輩はその『見た』ものと『予見ではない単なる夢』を、どう見分けてるんですか?」
「フィグ先生が居たら単なる夢だよ。いつも出てきてくれるんだ」
ポピーは「今すぐにこの子を抱きしめてあげなければいけない」と思ったが、自分の両手は右も左もびっしりと鱒のウロコにまみれていた。
「わあー、おっきくてお髭がもじゃもじゃだわ!!」
やっとこさアクロマンチュラから逃げおおせたヘンリー・ポッターと下級生たちは、サソリの尾を持つ巨大な人面ライオンに出くわしていた。
狼人間のお姉さんが居るからもしもの時のために特別強力な生き物たちを固めて配置しているとかそういうわけでもなく、この7年生のカバンの中は、どこもかしこもこんな感じである。
ヤギを飼育している小屋の隣にはグリフォンの飼育小屋があるし、ニフラーやパフスケインたちが駆け回っている草原を管理しているのは数頭のスフィンクス。この「カバンの中」を歩き回って、取引や飼育及び繁殖が法で規制されている危険生物と出くわさない事など、不可能なのだ。
「私はブラウンよ。あなたはお名前なんて言うの?」
「私はソロモンだ。お前うまそうだな。……まああの丸っこいチビ程じゃあないが」
「それってダンブルドアくんの事?」
「そんな名前だったか。ヒトの顔の違いは判りづらいが、あそこまでチビだと見分けやすい」
「同い年で私より背が低い男の子なんて、私いるなんて思わなかったわ!」
にこにこ顔でマンティコアとお話している1年生のミス・ブラウンを制止するべきかどうするべきか測りかねているヘンリー・ポッターは、さっきからずっと杖を強く握りしめたままだった。
そのマンティコアの尾の先端は金属製らしき覆いで保護されていたが、そんな事はヘンリー・ポッターにしてみれば全く安心できる材料にはならなかった。
なぜならその金属製らしき覆いは、しっかりと鋭利な形状をしていたから。
「心配しなくとも、お前らなんか食べないぞ。鹿肉とかのほうが美味いし、人間は小骨が多いクセに可食部が少ないし、第一…………我らの群れのボスはそりゃあもうおっそろしくてね。アイツが我らが『飼い主様』を大切にしている以上、その意向に逆らうような真似はできない」
マンティコアのその言葉が、ヘンリー・ポッターは気になってしまった。
「その『群れのボス』って、あの不死鳥の事?」
「違う。あの不死鳥は確かに我らの、つまりここに棲み、もしくは飼われている全ての生き物の長でその意思は皆が尊重するものだが、いま私が話しているのは、私が所属している我らの、つまりマンティコアの群れのボスだ。一番身体が大きくて、一番強くて、一番長く生きてて、一番賢い」
「そのマンティコアはなんてお名前なのかしら? 私、会ってみたいわ!」
「ああ、案内してやろう。アイツはヒトと話すのが好きだから、きっと喜ぶ」
どうしたらいいのかの判断がつくより早く話が先に進んでしまったヘンリー・ポッター他グリフィンドールの1年生と2年生たちは、歩き始めたマンティコアの後ろに続いてトコトコ歩き出したミス・ブラウンをほったらかしにはできないので、仕方なく列を成して進み始めた。
そしてマンティコアの先導により森を抜けることができた一行がそのまま連れてこられたのは
四方を崖に囲まれた、滝が注ぐ湖。
ホグワーツ城に隣接している湖よりも明らかに大きなその湖に浸かって、それは寛いでいた。
「あら、随分おっきぃのね! それともあなたが特別小さいんだったりするのかしら?」
「私は別に普通の大きさだよ。あんなにデカいのはアイツだけだ。こんなの何頭も居てたまるか」
ここまで連れてきてくれたマンティコアのソロモンをすでに「新しいお友達」と認識しているフシがあるブラウンさんの事を、エルファイアス・ドージはなんて肝の据わった奴なんだという驚きをもってその背中を見つめていた。
〈――Θυσία; Προσφέρθηκαν θυσίες και σε εσάς;〉
〈一時期な。全く、飯くらい自分で選ばせろというのに。ヒトというのはやたら怯え竦んで下手に出たかと思えば歯向かってくるし、媚び諂うクセに気が利かないし……嫌になるよ〉
〈Σύμφωνοι. Είναι απαίσιοι στη φιλοξενία. Ο Αρταξέρξης Β' ήταν επίσης απαίσιος στη φιλοξενία. Προσπαθούν να σας ταΐσουν μόνο κρέας που δεν είναι νόστιμο〉
〈その点アイツはいいよな〉
〈Σύμφωνοι. Επειδή αυτό το αγόρι δεν με φοβάται〉
〈ああ。それに怖がられると、こっちだって怖がられるなりの対応をしたくなるよな〉
オミニス・ゴーントが仮に今この場に居ても、この会話は聞き取れなかっただろう。なにせこの「彼ら」は、蛇語は蛇語でも、片や日本語の、片やギリシャ語の蛇語で会話をしているのだ。
しかもこれでもまだ、「彼ら」にとっては、交流相手に譲歩した聞き取り易さ優先の言葉遣いで、わざわざ使い慣れない現代語で喋っていた。
「彼」にしてみればミケーネ語を母語とする者など自分以外にまだ生きているとは思えないし、その話し相手になっているこの湖の主にしても、自分が慣れ親しんだ「日本語」を聞き取れて蛇語が話せる奴なんか、そうそう現代に居るものではないと重々承知していた。だから彼らはいつも交流のために頑張って、できる限り伝わりやすい言葉を用いようと心を砕いているのだ。
だからその大きな翼を持つマンティコアも白いホーンド・サーペントも、ヘンリー・ポッターたちを見るなり、普通にヒトの英語で話しかけた。
「おや、きみたちこんなところに居ていいのか? 授業はまだ始まらないのか」
「アイツに、あの愚か者に何か用があるのか。それともこの私に何か用があるのか?」
「…………エリエザー、きみ、ヒトの言葉も話せたのか……」
開いた口が塞がらないヘンリー・ポッターに、その巨大な白いホーンド・サーペントは言う。
「お前だって1400年生きればカケラの興味も無くてもいつの間にやら話せるようになるよ。舌が疲れるからあんまりやらないが、お前らの中にパーセルマウスが見当たらないからしょうがない」
当然、この古強者のホーンド・サーペントは、会話する価値も無い相手だと判断したらわざわざ「相手に使用言語を合わせる」なんてやらないのだが、彼にとってヘンリー・ポッターは「会話に値する相手」だった。なにせこのヘンリー・ポッターの一族は、これから歩む人生が面白い。
「お前の曾孫は、また随分な運命をしているな。ヘンリー・ポッター」
「えっ、何。僕、孫どころかガールフレンドも居ないんだけど」
「それは今の話だろう? これからも終生そうだというわけではないだろう?」
「そりゃあ、そりゃまあ、そうだと願ってるけど。将来的には素敵な人と出会えればって思うよ」
「もう出会っている。まだお互いそうだと気づいていないだけだ」
重大かつとてもわかり易い「予言」をアッサリと与えられて、ヘンリー・ポッターは硬直した。
「あのねおっきいヘビさん。私たちそちらのおっきいマンティコアさんを見てみたくて来たのよ」
ミス・ブラウンは果敢にその巨大極まる白いホーンド・サーペントに話しかけた。
「おや。それはそれは…………この子たちはお前の客らしいぞ、ゴドリック・グリフィンドール」
聞き間違いかと思っているグリフィンドール生たちを余所に、そのセストラルかドラゴンのように立派な翼を備えた大きなマンティコアは、ゆっくりとヘンリー・ポッターたちの方を向いた。
自分の隣に居るマンティコアの「ソロモン」も、そのへんの馬くらいならバリバリと貪り食ってしまえそうで、非魔法のライオンと比べても一回り以上大きかったが、この翼のあるマンティコアはその「ソロモン」すら一口で飲み込めそうなほどの、それこそドラゴンと比べてもなお勝るだろうと推測させるほどの迫力ある巨躯だと、ロングボトムくんは2頭を見比べながら思っていた。
あの先輩はこんなのをどうやって捕まえたんだろうか、なんで大人しくしててくれてるんだろうかと、ロングボトムくんにはそれが不思議でしかたなかった。
「飛べるの?」とミス・ブラウンがその翼のあるマンティコアに訊ねる。
「もちろん。あの『セバスチャン』ってチャイニーズ・ファイアボールともよく競争するよ」
「あなたのお名前、『ゴドリック・グリフィンドール』なの?」
「そうだよ。アイツがつけてくれたんだ。『おヒゲがそっくり』だそうだ」
「…………もしかしてあの先輩は、きみのヒゲも引っ張ろうとするのかいゴドリック」
ヘンリー・ポッターが1年生たちに続いてそう訊くと、その翼のあるマンティコアは大きく溜め息をついてみせた。
「そう。そうなんだよ。それも大喜びでな……まーったく困った奴だよ」
そしてヘンリー・ポッターは、ふと自分たちが今このカバンの中に足を踏み入れることになった、そもそものきっかけを思い出した。
「そうだ、今日これから、いや具体的に何時頃なのかはわかんないけど、魔法省の人たちが査察に来るらしいんだよ。飼育環境とか飼育個体の健康状態とかそういうのを、それでさ、きみたちの事は、イギリス魔法省の人たちは、きっと存在すら知らないんだろう? もしそうだったら、魔法省から査察に来る人達に見つからないように隠れてて貰わなきゃいけないんだけど!」
「あ、ゴドリックもいる! ねえゴドリックおヒゲ引っ張っていいかい!」
「えっ何ですか先輩あの異常なサイズのマンティコアは…………」
「ねえエリエザー、お刺身の作り方教えてほしいんだけど、いい?」
その場の勢いに任せて双子呪文で増やしすぎた山のような量の鱒を杖で操って「浮遊」させながらやってきたその3人を見て、ヘンリー・ポッターは大きく安堵の溜め息を吐き出した。
一方で、そんな「居るだけで学友を安心させる」ダンブルドア少年は、急な角度で上を見ながらその身体を硬直させていた。
「あの、貴方。その………日本魔法省の広報資料に、載ってませんでした?」
ダンブルドア少年は、その巨大な白いホーンド・サーペントに、見覚えがあった。
「なんでしたっけ、えーっと、日本魔法省魔法生物局、地祇調伏課。の、指定管理個体の……」
数年前、イギリス魔法省本部に家族で赴いた際に見かけて、「地祇」という単語の意味を知っていたからこそ気になり、母にねだって一冊持ち帰らせてもらったその無料配布の資料を、ダンブルドア少年は他の何冊かの本と一緒に、入学する時に私物としてホグワーツに持ち込んでいた。
宙に浮かんでいるそのホーンド・サーペントは、背後で湖面に注いでいる滝の飛沫を尾の端に浴びながら、ホグワーツ城に隣接するそれよりも明らかに広く大きいその湖を、太く長い身体から落ちた影で、ほとんど覆い尽くしていた。
「あなた、僕たしか名前を読んだんですけど……すいません、いま思い出します……」
その白く巨大なホーンド・サーペントが、なんか急に怖い感じになった気が、記憶を総点検しているダンブルドア少年の隣に寄ってきたロングボトムくんには、していた。
〈
その場の誰にも聞き取れない蛇語で、そのホーンド・サーペントはダンブルドア少年に問う。
「え、あの。すいません。わかりません」
この童に己の質問が聞き取れない事など百も承知で、そのホーンド・サーペントは自分本来の言葉遣いと語彙で問いかける。
〈
そしてダンブルドア少年が、頑張ってもまるで聞き取れない「問いかけなのだろう恐らく蛇語」にどう答えるべきなのか思案し、その周囲の1年生たちが由来不明の肌寒さを感じ始めた時。
「ねえ! ねえエリエザー、鱒のお刺身作りたいんだけど、切り方教えてくれないかな!」
〈ん? ああ。もちろんいいぞポピー。やった事は無いが、やり方は知ってる〉
ポピーの要請に二つ返事で応じたそのホーンド・サーペントに、7年生の女生徒はいつもどおりの気楽で気安い態度で話しかける。
〈エリエザーやった事ないのぉ? 長生きなのにぃ?〉
〈私が包丁を持てるように見えるか? 舟盛りを奉納された事ならあるが〉
先輩たちが傍に寄ってきた途端に空恐ろしい雰囲気がサッパリ消えた白く巨大なホーンド・サーペントに、ダンブルドア少年の口を両手で塞いでいるヘンリー・ポッターが問う。
「きみ、そういえば。どうしてエリエザーって名前なの?」
その質問を聞き取った瞬間に、白く巨大なホーンド・サーペントは7年生の女生徒を睨んだ。
そして睨まれた女生徒と、その隣で鱒を浮遊させたままのポピーがヘンリーの質問に答える。
「だってコイツ『ニョロざえもん』は嫌だって言うんだもん。ニホンっぽくてカッコいいのに」
「だから私がエリエザーって名前つけたの。一番強くてカッコいいやつにつけるんだって、この子がずっと言ってた名前。ぴったりでしょ?」
ヘンリー・ポッターは、それが誰から採られた名前なのか気づくのに、数秒かかった。
「……それもしかして、フィグ先生から?」
「うん。僕ねフィグ先生大好きなの。いいでしょ」
そう言った女生徒は、倭国生まれの白く巨大なホーンド・サーペント「エリエザー」の、美しいウロコに覆われた大樹の如き胴体をペチペチと叩き始めた。
「ねえねえエリエザー。僕いいこと考えたんだけどさ。今日、きみたちをさ。ブラック校長と魔法生物規制管理部のおっちゃんに紹介しようと思うんだ。いい?」
〈きみ『たち』というのはつまり私だけではなく、そっちのゴドリックも紹介したいという事か〉
「うん! ブラック校長絶対びっくりすると思うんだ!」
自信あり気な表情の女生徒を、エリエザーは舌をチラチラと動かしながら見下ろしている。
「そりゃまあビックリはするだろうね」
横からそう言ったヘンリー・ポッターは何故か笑い始めていた。
「先輩正気ですか?」
ダンブルドア少年は開いた口が塞がらなかった。
先日クィディッチ競技場で行われた7年生の先輩たち対ブラック校長と先生方の決闘に動員されていた碧色のウロコを持つホーンド・サーペントの「ミラベル」よりも、この「エリエザー」は明らかに大きく長かった。先輩はミラベルの事を「去年孵した」と言っていたから、つまりこのエリエザーはたぶんもっと成長しているのだろう、もしかしたらとっても長生きしてるんだろうかと、ダンブルドア少年は先程自分が触れそうになった逆鱗に気づきもしないまま考えていた。
「あ! やーっと見つけた。見つかったらマズい子たちは大体隠れさせたぞ」
〈『オミニス』はミラベルのところの蛇たちに紛れさせたぞ〉
「キメラたちにも静かにしてるように言っといたよ」
「あのお姉さんが、ポピーが言ってたお姉さん? 湖畔の主たちのところに居たんだけれど」
湖に注ぐ滝の上、そこにもまた森が広がっているらしい木々が覆う高い岩肌の崖のてっぺんから、すでにやるべきことを終えて合流していたらしい7年生たちがこちらを見下ろしていた。
「お疲れ様。みんな!」
「きみこそ。1年生たちを任せちゃって悪かったねハリー!」
手を振りながら岩壁の上へと声をかけてきたヘンリー・ポッターくんに、ギャレス・ウィーズリーが手を振り返しつつ返事をしている。
「…………どったのブラウンさん。なにかゴドリックとエリエザーに訊きたい事ある?」
ちょっと目を離した隙に人目を惹く体つきとウェーブのかかったブロンドヘアからストンとした体つきと真っ直ぐな黒髪に、顔立ちも別人に変わったその女生徒に見つめられて、翼のある大きなマンティコアの「ゴドリック・グリフィンドール」と白い大きなホーンド・サーペントの「エリエザー」をずっと交互に見つめていた1年生のブラウンさんは、勇気を出して口を開いた。
「ゴドリックさんとエリエザーさんは、どっちの方が強いの?」
ヘンリー・ポッターもダンブルドア少年も肝を冷やしたが、その大きなマンティコアは至って穏やかな居住まいのまま、ブラウンさんの質問に答えてくれた。
「お互いの身体だけを使って『力比べ』をするならたぶん私が勝つだろう。ただ仮に『殺し合い』なら、私なんか前足も出ないだろうね。なにせこのエリエザーは――いや、止めておこう」
「秘密があるの? 大事な秘密なら、会ったばっかりの私に言っちゃダメよ?」
ブラウンさんのその言葉で、ずっと隅で静かにしていたマンティコアの「ソロモン」が笑った。
「的外れだが、正鵠を射ているな」
そう言ったエリエザーもまた、何故か少し愉快そうだった。
ただヘンリー・ポッターだけが、「魔法使い殺し、飼いならすことは不可能」の危険極まる魔法生物に次から次へと遭遇して、更にはこんな明らかな異常個体とすら引き合わされて、もう生きた心地がしていなかった。どうか彼らのご機嫌を損ねませんようにと、ダンブルドア少年や他の1年生たちを見ながらヘンリー・ポッターはゴドリック・グリフィンドールに祈っていた。
「そうだゴドリック。俺きみに訊きたい事があるんだけど――」
他の7年生と共に箒に乗って崖から降りてきたオミニス・ゴーントが、翼のある巨大なマンティコアに声をかけた。
「なんだ? 何か私の噂を聞いたのか?」
〈蛇語が話せるって本当かい? 『マルフォイ』が言ってたんだけど〉
〈ああ。話せるよ。むかーし知り合いに習った〉
その光景を見ていて、ダンブルドア少年は漸く、ついさっき抱いた疑問に立ち戻る事ができた。
「先輩、この異常なサイズのマンティコアは何なんですか。僕こんな、セストラルとかドラゴンみたいな翼のあるマンティコアなんて本で読んだこと無いんですけど」
「んー? この子の名前はゴドリックだよ。ゴドリック・グリフィンドール。去年マクファスティーさんたちの所にドラゴン見せてもらいに行った時に仲良くなったの」
「意味がわかりません。ヘブリディーズ諸島にマンティコアが居るなんて聞いたことありません」
「ドラゴン2頭がケンカして、マクファスティー家の人たちがそれを止めようとして。結果海岸がちょっと無くなっちゃってね。それでたぶんコイツが居た洞窟の、どっかが崩れて通れるようになったんだろうね。数日後にドラゴンがズタズタに引き裂かれて死んでるのが見つかって、血の跡たどってったらコイツが居て、尻尾全部避けたら話聞いてくれたんだ。それで仲良くなったの」
そこでやっと、ダンブルドア少年はこの「ゴドリック」の尾の先の毒針には、覆いも何も施されていない事に気づいた。
「ソロモンの尻尾にカバーかけてあるのは、ウィゼンガモットと約束したからだからね。ウィゼンガモットに知られてないゴドリックの尻尾には当然何にもしないさ」
ダンブルドア少年の視線から心根を読んでそう言った黒髪の女生徒は、エリエザーの胴体によじ登りながらケラケラと笑っていた。
「あ。やっぱりその中に居たのか。お帰りハリー。どうだった?」
そして、そのしばらく後。旅行カバンの中からグリフィンドールの談話室へとやっと帰ってきたヘンリー・ポッターは、そう声をかけてきたルームメイトに、力なく挨拶を返すのだった。
「やっぱりあの先輩とんでもないよルーピン。僕もう疲れちゃった…………」
そう言ったヘンリー・ポッターの背後で旅行カバンの中からワラワラ出てきた元気いっぱいの1年生たちを見て、朝の身支度を整えて寝室から降りてきたばかりの5年生のルーピン青年は、この丸眼鏡にくしゃくしゃ頭のルームメイトが今まで何をしていたのかを、だいたい察した。
「やあブキャナン。きみも1年生たちを見ててくれてたんだな?」
「おはよルーピン。そうだけど、途中からハリー1人に任せちゃってたよ。……この中。気になるものだらけでさ…………僕、すっごく楽しかった」
「私も私も! すごく楽しかったのよ! たてがみに触らせてもらえた!」
自分が座るソファに崩れ落ちるような動きで腰を下ろしたヘンリー・ポッターに、ルームメイトのルーピン青年は笑いながら声をかけた。
「お疲れ様、ハリー。…………でも、きみだって楽しかったんだろ?」
「そりゃまあね。あの先輩のカバンの中に居たんだからね。楽しかったさ。けど、けどね……」
けど何なのかを、ヘンリー・ポッターは言わないまま寝息を立て始めるのだった。
日本魔法省魔法生物課地祇調伏局は私の妄想です。
ニホンのマグルから神様扱いされてる一部の魔法生物の登録個体たちに
「できるだけおとなしくしててもらう」のが彼らの仕事なんだ。
あとギリシャ語と万葉仮名の文法とかにおかしなところがあっても許しておくれ。
「賢者の石」で動物園の蛇がハリーに「Thanksss, amigo.」って言ってる事から妄想すると
原作で主に話されているのは「イギリス英語の蛇語」だと思うんですよね。
英語圏の蛇しか言葉を持たないと考えるのも、世界中の蛇が同じ言語を扱うと考えるのも
不自然なので。だから日本の蛇は日本語の蛇語なんだろうなあって
アレぇおかしいね査察が来て帰るところまでを1話に収めるつもりだったのに
まだ査察が来てもないのに既に2話使っているね