2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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57.天才たちに囲まれて

「ねえねえもう1枚記念写真取ろ! ねえいいでしょおっちゃん!」

「ああ、いいとも」

「部長、私達もう後の予定がギュウギュウに押しつぶされ始めてるんですけど?」

 

 2頭のエルンペントが延々と駆け回り続けている砂漠の只中で、予定通りの査察をすべて終えた魔法生物規制管理部のベリンダ・ブラウンは、予定に無かった魔法生物との交流をなかなかやめようとしない上司が青年だったり女生徒だったりする7年生の提案を全て受け入れるのを諌めようとしながらも、制止しきれずに自分も魔法生物との交流を楽しんでしまっていた。

 

「おおーいイメルダー! 地下茎ー! おいでー! 一緒に写真撮ろうよー!」

 

 ひたすらに走り続けていた2頭のエルンペントはそう呼びかけられるや否やぐるりと進路を変え、姿勢を低くして真っ直ぐこちらに突進してきた。

 それを見て条件反射で杖を構えようとしたダンブルドア少年とベリンダ・ブラウンを、7年生の青年は一歩前に出て、自分の身体を2人の射線に割り込ませる事で制止する。

 姿勢を低くしたまま並んで突進して来る2頭のエルンペントはますます速度を上げ、青年は口の端を吊り上げるようにしてほんの少しだけ笑った。

 青年は両手を広げたまま、杖を取り出そうともせず、なんの呪文も唱えない。

 その青年の背中を眺めながら、ヘキャット先生だけが笑っている。

 

 そして。

 

「――昨日より短い距離で止まれたねえ、2人とも?」

 

 急激に走る速度を落とした2頭のエルンペントが自分に衝突する寸前で静止したのを見ながら、その青年は目の前にあるエルンペントの鼻先から自分の頭上を越えて伸びている角に手を伸ばして、擦り寄ってくる2頭を撫でつつダンブルドア少年の方に振り返った。

「…………そのうち大怪我しますよ、先輩」

「アルバスは『エルンペント』知ってる?」

 ダンブルドア少年の苦言などどこ吹く風といった様子で、その青年は笑っている。

 そしてダンブルドア少年もまた「言っても聞いてはもらえない」と解っていた様子で、仕方ない人ですね先輩は、と呟きながら少しだけ笑った。

 

「エルンペントはアフリカに棲息する中型の魔法生物で、マグル生まれの魔法族の間では一般に『ゾウくらいあるサイ』と説明される事が多い、鼻先に1本の角を備えた温厚な生き物です。ですが、エルンペントが何かを攻撃すると決めた場合に使用される毒液が致命的であるために、もし保護区での厳重な管理の下以外でこの動物を見かけたなら、一目散に逃走する事を推奨する……と、僕が以前読んだ本には書いてありました。それで、タッカー先輩にお貸しいただいている、先輩がご友人方と去年お作りになられた『この図鑑』によりますと……」

 

 ベリンダ・ブラウンと魔法生物規制管理部部長が揃って「随分勉強熱心な1年生だ」と感心した様子なのをよそに、ダンブルドア少年はそう言いながら分厚い本を取り出してそれに杖を向け、「イレジビラス」と唱えてからページをめくった。その呪文が1巻から5巻までが一冊にねじ込まれたこの図鑑を次の巻に変身させる合言葉だと、ダンブルドア少年はちゃんと覚えていた。

 

 タッカー先輩は幾ら払えばこの図鑑を譲ってくれるんだろうかと、ダンブルドア少年はページをめくる度に考えてしまうのだった。

 タッカー先輩はこの図鑑を絶対に手放さないだろう、と重々承知しているのにも拘らず。

 そしてダンブルドア少年は、その図鑑の「エルンペント」のページを読み上げる。

 

「エルンペントの立派な角の根元には毒腺と毒嚢がある。攻撃したい相手に角を突き刺す事で、この『毒』を注入する。毒には猛烈な激発性がある。つまり、角で刺されたものは爆発する。しかもこれを外敵相手にとどまらず、雌を巡った雄と雄の争いでもやる。エルンペントの皮膚はとっても頑丈で失神呪文だって弾くんだけど、思いっきりぶつかりあって角で突き合うもんだから、ケンカした2頭が両方死んじゃう事すらある。そして子どもを一度に1頭しか産まないし育てない。だから野生での棲息数は減る一方で、アフリカの魔法界はもう長いこと保護と繁殖に躍起になってる」

 

 図鑑のエルンペントのページの本文を読み終えたダンブルドア少年は、そのページの余白にギッシリ詰め込まれた、複数人に因るのだろうと推察できる様々な筆跡の書き込みに視線を移した。

 今ではダンブルドア少年は、それらのどれが誰の書き込みなのかを一目で察する事ができた。

 

“角の根元がプニプニぷよぷよで触り心地最高なんだよ”

“そんなとこ触らせてもらえるのはきみたち2人くらいのもんだよポピー”

“エルンペントは求愛するときの動きがカワイイんだよね。ポピーちゃんと行った保護施設で見た”

“ワガドゥーじゃエルンペントの生態について、ホグワーツでやるよりも詳しく扱うんだ。保護活動の歴史も魔法史で学ぶし、もちろん如何に乱獲されてきたかって話もやる。密猟しようとして爆散したマヌケどもについてもね”

“僕がイメルダを保護した時も、密猟者たちが『コイツ1頭であの人数の犠牲に見合うのか?』とかブツブツ言ってたから、まぁ捕まえるの苦労したんだろうね。檻もひしゃげてたし”

“そういえばアナタ、あのエルンペントとはどうやって仲良くなったの?”

“檻から出してあげて、一緒に密猟者やっつけたんだ。密猟者が1人、僕の目の前でイメルダの角に刺さったまま爆発したんだけど、イメルダは火傷もしなかったんだよ!”

“ああ、エルンペントの皮膚が頑丈なのはそのためか……自分の攻撃で自分が怪我しないように”

“そりゃ何かを爆発させる度に自分も大火傷するんだったら、とっくに絶滅してるだろうな”

“もしかして、皮膚が弱い奴は淘汰されて、世代を経る毎にどんどん頑丈になっていった?”

“可能性あるね。誰か研究した人居ないかなそれ。明日マダム・スクリブナーに訊いてみよ”

 

「どしたのアルバス急に。にっこにこだねえ」

「それは先輩の見間違いですね」

 

 青年にそう指摘された途端にキュッと表情を引き締めたダンブルドア少年を見ながらクスクス笑ってしまったベリンダ・ブラウンは、娘が先日送ってきた「ホグワーツが如何に楽しいか」という、進学直後の我が子から親が貰って一番嬉しい種類の手紙を思い出していた。

「私の母親が何年か前にあの子に譲ったネックレス、いじわるな男子に隠されたけど親切な7年生が見つけてくれたって。アナタの事よね? お礼を言わせてくれるかしら」

「ん? ああー。いいのいいの。…………その『いじわるな男子』は自分で口を滑らせたせいで、『グリフィンドールの女子にいじわるした』ってオミニスに知られて、オミニスがスリザリンから50点減点したんだ。けど、その『いじわるな男子』。クラウチくん。たぶん、ホントは仲良くしたかっただけなんだと思うよ? ただブラウンさんみたいな、かわいい女の子相手に『仲良くなる』なんてどうやったらいいのかサッパリわかんなかっただけで。それで慌てちゃったんだよ」

 

 その言葉に、ブラック校長が反応した。

 

「誇り高き純血家系の男子たるもの、その誇り高さを自覚し、また『誇り高い』という事の意味を履き違えぬように努めねばならん。自尊心というものは己を支える強固な柱にもなるが、己を縛る枷や己の首を締める縄にもなりうるものだからな」

 

 どの口が言ってるんだろうこの人、とベリンダ・ブラウンは思ったが、口には出さない。

 

「私が5年生だった時に、ノットの奴がそれを体現してたね」

 ヘキャット先生がそう言った途端に、ブラック校長も「その話」を思い出したようだった。

「『僕はノット家の跡取りだぞ!!』と。ケンタウルス相手に口走ったんだったか?」

「そうさ。その時言うべきだったのは『リディクラス』だって、アイツだって判ってたろうにね。大方、かつて本物のケンタウルスに出くわした時も同じ事言ったんだろう。で、その結果どういう目に遭ったかがトラウマになってるからこそ、ボガートがケンタウルスの姿になったんだろうさ」

 

 今度はその話に、エルンペント2頭に顔を寄せられて幸せそうにしている青年が興味を持った。

「そういえばヘキャット先生、ヘキャット先生の前ではボガートは何に変身するのかって、訊いてもいいですか? 僕まだ教えてもらった事なかったって思うんですけど」

 以前から気になっていたがずっと訊けずにいた質問をとうとうした青年を見ながら、ヘキャット先生は片方の眉を少しだけ持ち上げた。

 

「『時』さ。前に話したろ?」

 

 それなら覚えてますと青年が答えるよりも先に、ダンブルドア少年がヘキャット先生に訊く。

「……ボガートが『時』に変身するってどういう事ですか? ボガートって、目の前の相手が最も恐れているものの姿をとるんですよね? ヘキャット先生が何より恐れているのは、『時』?」

 ヘキャット先生はダンブルドア少年の方を見て、一瞬だけ沈黙してから口を開いた。

「ホグワーツの教師になる前、私は魔法省の神秘部で働いてたのさ。そこでちょっと時に追いかけられた事があってね。逃げそこねて、こうなった。神秘部としては日常茶飯事だけれど、私個人にとってはちょっとした出来事だったからね。それ以来ボガートは私の前で『時』になる」

 それはつまり何に変身するんだろうと考え始めたダンブルドア少年をよそに、ベリンダ・ブラウンはブラック校長を見ていた。この人は何が怖いんだろうとぼんやり考えながら。

 そして、そんな視線に、当のブラック校長が気づいた。

 

「兄の死体だ。ボガートは私の前でいつもそれに変わる。私の兄のシリウスは私が6歳の時に死んだ。まだ兄は8歳だったのに。とても優しい兄だった。最高の兄だった。思い出さない日は無い」

 

 ブラック校長が、困った人でこそあれど決して「それ未満の輩」にはならない理由がそこにあるのではなかろうかと、青年はその話に耳を傾けながら思っていた。

「ミスター・ダンブルドア、覚えておきたまえ。聡明なきみが既に知っているように、ボガートはその者が最も恐れるものの姿で現れる。『笑い』だけがボガートを撃退できる。『リディクラス』以外の一切が効かない。わかるかね? ボガートには基本的に、閉心術も効果を発揮しないのだ。ボガートに誤魔化しは効かんのだ。誰しも必ず、己が最も恐れるものと、対面させられる」

「……ディメンターにキスされた後の父さんとかでしょうか」

 最も見たくないもの、最も直視し難いだろうものという方向で想像してみたダンブルドア少年が何よりも先に思い浮かんだのがそれだった。

 無意識に避けてしまって思い浮かばない、という本能的な防御が働かない限界がそれだった。

 

「――そういや、もしボガート2体がお互いに向かい合ったら、何に変身するんだろ?」

 

 青年がふと口走ったその疑問に、大人たちは誰も満足な答えを思い付けない。

ただ、ダンブルドア少年だけは「ボガートを撃退する唯一のものが笑いなんですから、それに変身するんじゃないんですかね。つまり、例えばボガート2体がそれぞれ人間の男性と女性の姿になって、お互いを指さして腹を抱えて笑う……とか」と、自分の考えを表明する事ができた。

 しかしダンブルドア少年は言ったそばから「怖がらせる相手が誰も居ない事の方が怖いのでは」などと、より良い考えやより悪い考えがどんどん浮かんで来てしまい、さっきの自分の解答は0点なのではなかろうかと不安になって、みるみるその表情を曇らせていくのだった。

 

 そしてそんなダンブルドア少年の頬を、青年が指で突く。

 

「なんですか先輩」

「また何か考えすぎてるでしょアルバス。あんまり考えすぎるとほっぺ萎んじゃうよ?」

「それは別に構いませんが」

「僕がヤだ! アルバスはほっぺまんまるもっちもちがいいの!」

「……もし僕がいつかお爺さんになって、痩せこけてたら。先輩は僕の事嫌いになるんですか?」

「なぁるわけないじゃんか!!」

 

 そう言いながら有無を言わさずダンブルドア少年を抱き上げた青年は、そのまま2頭並んだエルンペントの片方の背にダンブルドア少年を乗っけた。

 

「ほらみんなもっと寄って!」

 

 独りでに動いて画角を調整する箱型カメラを見ながら、青年はエルンペントの2頭の間に挟まってヘキャット先生とブラック校長、そして魔法生物規制管理部の2人にも声をかける。

 そして青年の頭上に現れた不死鳥が翼を広げてポーズを決めた瞬間、シャッターは切られた。

 

「さあおっちゃん! 次はペネロープたちを見に行きましょう!」

「おお、あのサンダーバードたちだね。いいとも!」

「だから予定が押してるんですって部長!」

 

 そのまま魔法生物規制管理部の2人は青年に連れ回され続け、青年が満足する頃には、この日の最初の授業が既に終わっていた。

 

「おや。おかえり。楽しかったかい?」

 

 カバンの中から出てきたダンブルドア少年が最初に見たのは、ウィーズリー先生の顔だった。

「すいませんウィーズリー先生。授業、欠席してしまって」

「あんたが謝る事じゃないよ。それで、あんたに授業を欠席させたあの7年生は?」

「先輩は未だカバンの中です。スウィーティング先輩を呼びに行くそうで」

「おや、スウィーティングもカバンの中なのかい。あの子たちはまったく……」

 口では咎めるような事を言いつつも、ウィーズリー先生の表情は柔らかかった。

 

「あ、ママ! おかえりなさい!」

 自分の母親がカバンの中から出てきたのを見て、ミス・ブラウンが駆け寄っていく。

「ママお仕事頑張ってね! 私もお勉強頑張るから!」

 愛娘に元気を貰えたのが表情に出ているベリンダ・ブラウンを、ウィーズリー先生が微笑みながら見つめている。そして変身術の授業を終えて次の授業に向かう1年生たちの群れの中から何人かが抜け出して、ダンブルドア少年の傍に集まってきた。

 

「ねえダンブルドアくん、あたしうまくできなかったの」

「僕も。手本見せてほしいんだ」

「ん? 今日は何をやったのかって事から、まず話してくれる? そしたら一緒に練習できるよ」

 変身術の授業内容を同級生の友人たちに教えてもらいながら、ダンブルドア少年もまた次の授業へと移動を開始するが、ミス・ブラウンだけは、まだ変身術の教室に残って母親と話していた。

 

「ねえママ、それはなあに?」

「不死鳥の尾羽根の羽根ペン。お土産だって言って、あの7年生がくれたの」

「あの不死鳥さん、すっごくきれいよね!」

 

 娘の頭を撫でながら、はたしてこんなものタダで貰ってしまって良かったのだろうかと、ベリンダ・ブラウンは悩んでいた。なにしろ不死鳥の尾羽根の羽根ペンなど、いま自分の手元にあるこれ以外には見たことも聞いたことも無いのだから。ついでに言えば自分の隣で部長が手渡されていた「サンダーバードの尾羽根の羽根ペン」も、今まで聞いたこともない品だった。

 おそらくなんらか魔法の効果があるだろうし、買ったらとんでもない値段だろうという事だけは、ベリンダ・ブラウンにも察する事ができた。

 もしかして自分が受け取ってしまったこれは「賄賂」なのではなかろうかと疑念を抱き始めたベリンダ・ブラウンは娘を撫で回す事で不安を解消し、「別にいいか」と結論づけたのだった。

 

 一方、そんな貴重極まる品を気軽にプレゼントした7年生の青年は、ついに魔法生物規制管理部の査察を無事やり過ごした狼人間のお姉さんと大好きなポピーちゃんの所へと戻ってきていた。

 

そして、そこでは。

 

「ポピーおねえちゃんすき…………」

「ありがとね。いつもお手伝いしてくれて」

 

 玄関から入ってすぐのリビング、背後の大きな窓から温かな陽射しが降り注ぐソファの上で、ポピー・スウィーティングに膝枕してもらって頭を撫でられている狼人間のお姉さんが、ソファの端の肘掛けから両足をはみ出させて、だらしなくポピーに甘えていた。

「おねーさんに何したんだいポピーちゃん…………」

「あ、おかえりなさい。私よしよししてあげたくなっちゃったから、よしよししてあげたんだよ」

 ポピーはそう言いつつお姉さんの喉の辺りを片手で優しくゴロゴロと撫でながら、このお姉さんの体温が上昇し始めているのを感じ取っていた。

 

 一廻り近く年下の小柄なティーンエイジャーの女の子に背の高い20代半ばの女が膝枕してもらって頭を撫でられて嬉しそうに甘えているという光景がどれほど世間体が悪いものなのかという事にその狼人間のお姉さんが気づいたのは、青年が部屋に入ってきてから10秒ほど経ってからだった。

 

「ポピーちゃんに年上の妹ができたんだねえ」

「かわいいでしょ」

「…………ワスレテクダサイ……ワスレテ……」

 

 ずるりとポピーの膝の上から退いた狼人間のお姉さんはそう呟いて両手で顔を覆う。

「よしよししてほしくなったら『おねえちゃん』にいつでも言ってね?」

「……ウウウ…………」

 両手で顔を覆ってもなお耳が赤くなっているそのお姉さんは、ポピーの蠱惑的な笑みとその提案に自制心とプライドを揺るがされているのが全身の挙動に現れていた。

「さ、ポピーちゃん朝ご飯食べてから授業行こ!」

「あなた今日もう2回朝ご飯食べたでしょ。まだ食べるの?」

「うん! 朝ご飯は美味しいから何回食べたっていいと思うんだ!」

 

 そして、良くも悪くも食生活が体型に反映されづらい体質の2人はそのまま狼人間のお姉さんまで巻き込んで本日3度目の朝食、といいつつ食べたいものを食べたいだけ用意した結果デザートがずらりと並ぶことになったテーブルを仲良く囲み、ゼリーやらフルーツやらマフィンやらをお喋りしながら楽しくいただいて、結局たっぷりと遅刻してから次の授業に出席したのだった。

 

「1人20点ずつの減点だ。理由は言わなくても判るな?」

「「はい。シャープ先生」」

 

 しっかり怒られた2人がショボショボとした足取りで魔法薬学の教室の空いていたスペースに向かうのを、同じ7年生の友人たちが各々作業を続けつつチラチラと伺っている。

「さて、ミス・スウィーティング。きみには、この授業の最初にミスター・マルフォイがしてくれた説明を改めてしてもらおう。――『マンドレイクの回復薬』の効能と用途について」

 はい、と返答してから緊張したらしいポピーは胸に手を当てて深呼吸して、既に材料をつまみ食いしながら大鍋で魔法薬作りを開始している友人を一瞬見て、それから口を開いた。

 

「マンドレイクの回復薬は、その名が示す通りにマンドレイクを、厳密には思春期を過ぎて成熟しきったマンドレイクを主原料とする魔法薬で、呪いや変身術の被害を受けた者に対して用いられます。特に『石化』の呪いを受けた者に対しては通常、この魔法薬のみが唯一の治療法です」

 

 そのとおりだ、としか言ってくれなかったシャープ先生から自分の手元の大鍋へと視線を戻しながら、「遅刻してなかったら今ので点が貰えてたかな」とポピーは思ってしまった。

 そしてポピーが皆より少々遅れて魔法薬作りを開始した、その途端。

 

「シャープ先生、できました」

 

 ポピーのみならず、その場のほとんど全員が耳を疑って声のした方を見た。

 授業が始まってから30分ほどしか経っておらず、マンドレイクを煮込むという一番最初の作業すら終えた者が居ない中で、1人だけ。どういうわけかギャレス・ウィーズリーの大鍋の中では既に「マンドレイクの回復薬」が完成していた。

 

「前から『レシピをちょっと変えたら早く作れそうだな』って思ってたんです。だから2人で色々試してみたんです。それで僕らは、30分で作れるレシピを確立しました」

 

 シャープ先生は、何も質問をしない。

 そして、各々醸造に挑んでいる他の7年生たちがギャレスに何を訊くより先に。

 

「シャープ先生、できました」

 

 サチャリッサ・タグウッドもそう言って、大鍋に向けていた杖を下ろした。

「なあに? 何か言いたいことがあるなら言いなさいな」

「…………あとで僕にもそのやりかた教えてほしい」

 青年が頬を膨らませてそう請願した事で開示された、ギャレスとサチャリッサが共同で考案した「改良版レシピ」は、盾の呪文で蓋をした上で呪文を幾つも併用して大鍋の中の圧力を無理やり高めるという高度かつ無茶な手順が含まれていたために、ギャレスとサチャリッサは各々の寮に30点ずつ齎したものの、所要時間を短縮できるという利点より難易度とリスクの方を重く見たシャープ先生は「くれぐれも真似をしないように」と7年生たちに釘を刺したのだった。

 

 しかしそんな忠告をされても、好奇心を自制できない生徒が居た。

 

 そしてその生徒はタチの悪い事に、ギャレスとサチャリッサと競るほどに優秀だった。

 この年の魔法薬学の、この7年生のクラスで成績4位につけている自他ともに認める秀才のマルフォイに「アイツらには勝てない」と、「だからアイツらから学ぼう」と早々に思わせた成績上位3名。3人の天才。そのもうひとりが、この青年だった。

 

「ペスティス・インセンディウム!!」

 

 大鍋の下に杖を突っ込んで「悪霊の火」を焚べ始めたその青年を、シャープ先生は杖に手をかけたまま目を丸くして見守っている。

 悪霊の火を用いる事で圧倒的な高火力を確保した青年は、もう片方の手にも杖を持って、それで大鍋それ自体を浮遊させて操って、悪霊の火の勢いと合わせて精密な温度調整をし始める。

 更に大鍋に保護呪文を施して密閉し、焦がさないように大鍋の中身も操って混ぜ続けながら、その青年は「悪霊の火」を用いている事について誰にも苦言を呈させないほどの圧倒的な集中力でマンドレイクを煮込んでいる。

 

 そして、さらに。

 

「エクスパルソ!!」

 

 保護呪文を幾重にも施した大鍋の気密性と強度に物を言わせて、青年は大鍋の中で煮込んでいるマンドレイクに爆破呪文を叩き込んだ。

 大鍋の中身は一切こぼれず、マンドレイクは何時間も煮込んだかのように形を失っている。

 

 今日もまた無茶が過ぎる離れ業を披露している青年の横で、至ってマイペースに教科書通りの手順で作業を進めているポピー・スウィーティングの方こそ、ある意味では類稀なる才能の持ち主だと言えるだろうと、イソップ・シャープは思っていた。

 横であんな真似をされれば幾らかは集中を乱されても仕方がないだろうし、仮に普通の手順でやるのが馬鹿らしくなってしまっても無理はないだろう。ミスター・マルフォイ然り、「腐らない」というのは習得しようとして習得できる種類の能力ではないと、イソップ・シャープは内心で7年生たちを、特にミスター・マルフォイを初めとする「あの3人以外」を褒めていた。

 それこそ魔法薬学で取り扱う多くの材料がそうであるように、「身近に天才が居る」というのは学生にとって毒にも薬にもなりうるのだ。

 ともすれば才能の差に打ちひしがれて全ての意欲を失う事すらあり得ただろうと、しかし同時に彼ら7年生にはその心配は要らないのだろうと、イソップ・シャープは日々大いに感心していた。

 

「なんで嬉しそうなんですかシャープ先生。『悪霊の火』は褒められた呪文じゃないでしょ?」

 

 シャーロット・モリソンがそう言っても、シャープ先生の顔は微笑みを湛えたままだった。

「あ。どうしたのリチャード。居てもいいけど、おとなしくしててね?」

 青年が着ているグリフィンドールのローブの中からこぼれ落ちるようにして現れたニフラーが足元から自分の肩まで登ってきても、ポピーは慌てることなくそう言って作業を続けるのだった。

 それどころか。

「ねえリチャード、ハナハッカを刻んでおいてくれないかな」

 ニフラーを使役し始めたポピーと、何故か素直に指示に従っている「リチャード」を見て、リアンダー・プルウェットが呆れたように肩を竦めて笑った。

 

 そして魔法薬学の授業が終わった時には、ポピーの大鍋の中でもしっかりと「マンドレイクの回復薬」が完成していた。

「お疲れ様リチャード。お手伝いありがとね」

 そう言いながら抱き上げたニフラーのブラッシングを始めたポピーに、青年がカメラを向ける。

 

「おや、そのカメラは――」

「そだよ。去年のクリスマスパーティでギャレスのおじさんがくれたやつ」

 

 その話に、サチャリッサに質問しながらメモをとっていたヘクター・フォーリーが反応した。

「そのカメラって、マグルの会社が最近発表したやつだったよな? 『100枚撮ったら社に郵送してくれれば現像して返送する』って宣伝してる。……お前それ『返送』するのか?」

「ううん。それがねえあのギャレスのおじさん、こないだついに『現像魔法』を発明したらしいの。だから僕もきみも、ギャレスもマルフォイも他のみんなも100枚撮影し終えたら、あのウィーズリーおじさんのところにカメラをふくろう便で送ればいいんだよ。だって、そうじゃなきゃ国際魔法使い機密保持法に違反しちゃうだろう? 僕らがカメラで撮るものって、マグルのカメラ会社の目に触れちゃマズいものだらけなんだからさ」

 

 青年がそう言った事で、皆一斉に驚きの声を上げた。

 

「…………なあに皆して。僕、なんか変な事言った?」

「お前、国際魔法使い機密保持法を、守ろうって気持ちがあったのか……」

「エエェぇえ僕の事なんだと思ってたんだいノット……」

「遵法意識なんてもの、まるっきり持ち合わせちゃいないと思ってたよ」

「なんてこと言うんだいヘクター…………」

 

 皆のその驚きが心外だったらしい青年は大いにご機嫌を損ねて頬を膨らませ、今その場の友人たちの中で一切驚いた様子を見せなかった数少ない1人に縋った。

 

「みんながひどいんだよギャレス!!」

「きみは、法律を、常に守るのかい?」

「……ヤなときは守んないよ?」

「だから、じゃあないかい?」

 

 諭されても納得できないらしい青年はそのまま、次の授業が始まってもまだ暫くむくれていた。

 

 




 
 ヘキャット先生とブラック校長の前でボガートが変身するものと、ボガートには閉心術が効かないというのは公式設定ではなく私の妄想です。
 が、ブラック校長の兄「シリウス・ブラック」が生後8年で夭折しているのは公式設定です。

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