2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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59.ボウトルと試練

「アナタたち、これからお昼ごはんよね? 大広間で皆と食べるの? それとも――」

 湖の上にせり出した船着き小屋からホグワーツ城へと続く石の階段を登りながら、サチャリッサ・タグウッドが自分の背後に続いて階段を登っている友人と後輩たちに訊いた。

 

 その時、ダンブルドア少年は何故か、父が居た頃を思い起こした。

 

「ねえ、今日は夕食、どこか外に食べに行かない?」

 ケンドラ・ダンブルドアが夫パーシバルに言い、それに子供たちが反応する。

「どこかお出かけするの?」

 真っ先に寄ってきた末娘のアリアナを抱き上げた父がなんと言ったか、それを居間の端から見ていた長男のアルバス・ダンブルドアは、数年前のその光景をまだハッキリと思い出す事ができた。

 

 そして今ダンブルドア少年のすぐ前を歩いている先輩も、あのときの父さんと同じ事を言った。

 

「きみはどうしたい? 大広間で皆と食べる?」

 

 どこに行きたいかを父に訊ねられて、一度みんなで行ったダイアゴン横丁のレストランの名前を思い出そうとグニグニ頬を動かしながら悩み始めたアリアナの百面相を見ながら、アバーフォースとアルバスのダンブルドア兄弟がソファで仲良く笑いを堪えていた事が、確かにあったのだ。

 

「お昼は大広間で皆と食べるわ! けどね、おにーちゃんおねーちゃんたちとも一緒がいい!」

 

 ハッフルパフの女の子が元気いっぱいにそうお返事した声が背後から聞こえてきて、ダンブルドア少年は何故いま自分が父さんの事を思い出したのかに気づいた。

 

「そう? それじゃ僕も大広間で食べよ」

 

 あの時の父さんもこんな風に、アリアナの意見をそのまま採用したのだ。

 

「なんだったかしらあのお店。えっとね、えっとね、『グローリー&スツール』じゃなくて――」

 その名前だとたぶん家具屋だよなと思ったのをまた思い出してダンブルドア少年は船着き場の小屋からホグワーツ城へと続く階段を登りながら笑顔になったが、すぐまた思い出の中へと意識を没入させていった。

 

「『ブリュー&シチュー』の事かいアリアナ?」と、父パーシバルが訊いた。

「あ、そう! そのお店! そのお店よ! あのお店のお料理食べてるときおにーちゃんたちが嬉しそうだったから! あたしあのお店また行きたい!」

 アリアナの提案を聴いて、むこうのソファのアルバスとアバーフォースにも視線を投げて、ケンドラとパーシバル・ダンブルドアはお互いの目を見た。

 

「じゃあ、そうしましょうか」

「そうしようか」

 

 それがパパとママの最終決定だと察して大喜びし始めた妹を見ながら、ダンブルドア兄弟は何やら小声でヒソヒソと言葉を交わしていた。

「なあ兄さん、こういうときってさ。意外と父さんには決定権無いよな」

「アリアナの意見が通るよね。まあ僕らだってアリアナの意思を尊重しがちだから当たり前なんだけど、…………他の家でもこうなんじゃないかって気がするね」

 アルバスがそう返すと、しかしアバーフォースは顰めっ面をするばかりだった。

 

「もっとヤギにも解るように言ってくれよ兄さん」

「ヤギにも……? 『その集団の中で最年少の者は、集団の他のメンバーから意思を尊重される為に、例外的に最も強い発言権を有する場合がある』って感じかな」

「だからもっとヤギにも解るように言ってくれよ兄さん」

「ヤギには解らないと思うよ……?」

 

 それでアバーフォースがいきなり突き飛ばしてきて馬乗りになってきて僕めちゃくちゃに顔を殴られたんだよな、とダンブルドア少年はしみじみ思い出して笑った。

 

「母さんが止めに入ってくれたんですけど、アバーフォースは『兄さんがヤギを馬鹿にしたんだ』の一点張りで説得に応じなかったんですよね。それで結局僕がアバーフォースに謝りました」

「……なんの話だいアルバス?」

「あ。ああいえすいません先輩。なんでもないです忘れてください」

 

 先輩に真顔で訊き返されて急に恥ずかしくなったダンブルドア少年は、かつてあった団欒を思い起こすのを一旦やめた。

「ねえねえダンブルドアくん。あたしとお姉ちゃんと一緒にお昼ごはん食べましょ!」

「僕で良ければ喜んで。じゃあエルファイアスもハッフルパフのテーブルで食べようよ」

 1年生たちの楽しそうな会話を聞きながら、ハッフルパフの7年生サチャリッサ・タグウッドはグリフィンドールの同級生ギャレス・ウィーズリーに言う。

 

「アナタもハッフルパフのテーブルで食べるでしょギャレス? 私の正面で」

「居てほしいのかい?」

「そうよ? ……ああもう解ってるわよ。素直に言葉にするわよ。『私と一緒に昼食を――』」

「僕と一緒に昼食を食べてくれるかいサチャリッサ?」

「ッ!!! ………ギャレスあなたねえ――」

 

「何か?」とでも言いたそうにニッコリしたギャレスの視線を間近で浴びて、ホグワーツ中の女子たちの尊敬を集めるサチャリッサは、アッサリと押し負けて恥ずかしそうに顔を背ける。

 惚れた弱みというやつだった。

「その笑顔はズルいって言ってるわよね……」

「有効だって解ってるからやってるんだよ。きみのそういう顔が見たいからね」

「もぉーーーーうぅ…………」

 普段友人や後輩たちに散々している恋愛のアドバイスを、いざ自分が当事者になったサチャリッサは、今日もまた何一つ全く思い出せないのだった。

 

 そしてサチャリッサは、またしてもギャレスに会話の主導権を握られる。

「…………きみも肩車してあげようかサチャリッサ?」

「えっ、えっそれはちょっと…………」

 自分たちの共通の友人であるおかしな女生徒がハッフルパフの女の子の求めに応じて肩車したのを階段の曲がり角で一瞬だけ振り返って見ていたサチャリッサは、真っ直ぐな瞳をしたギャレスにそう訊かれて慌てて否定したのだった。

 

「冗談だよ?」「それは2人きりの時に――」

 

 同時にそう言ったギャレスとサチャリッサは、サチャリッサだけがみるみる赤面していった。

「タグウッド先輩ってあんなふうにも笑うのね……」

「ギャレスと話してる時だけね。サッちゃんの一番カワイイところって、たぶんギャレスしか知らないんだよ。で、ギャレスはたぶん、僕らが訊いても教えてくれないんだよ。『その時』の事は」

「…………先輩って、そういう男の子と女の子の繊細なお話も理解できてたのね」

 ハッフルパフの4年生の女子にそう言われて、途端に7年生の女生徒は不満げに頬を膨らませた。

 

「わかるもん! 僕のことなんだと思ってるのさー」

「魔法で人間に変身させられたニフラーなんだって、1年生とか2年生が噂してるわよ」

「…………前も聞いた気がするなぁそれ」

 

 そう言いながら振り返った7年生の女生徒の目に、ダンブルドア少年の表情が飛び込んできた。

 なぜかとても得意げなその表情が。

「……なんだいアルバス」

 7年生の女生徒は、薄々察せていながら訊く。

 

「すいません先輩。その噂、僕がみんなに広めました」

 

 先輩に頬を思いっきり抓られながら、ダンブルドア少年は嬉しそうに笑うのだった。

 

「――でも先輩って、ホントにニフラーみたいよね」

「カラスみたいでもあるわよね」

「それは『みたい』も何も。カラスそのものじゃない。アニメーガスなんだから」

「でもアニメーガスって、選べないんでしょ? 何のアニメーガスになるか。じゃああの先輩の、心のどこか深い部分が。……似てるって事じゃないの? 『ワタリガラス』に」

「――ワタリガラスになってても、動きはいつものままだものね」

 

 ハッフルパフとレイブンクローの女子2人のそんな会話は、しっかりと本人に聞こえていた。

 

「僕そんなにわかりやすいかい?」

「「とっても」」

 

 声を揃えた4年生の女子2人を見つめ返した7年生の女生徒は、「そうかなぁー?」と首を傾げてからまた前を向いて、自分が肩車しているハッフルパフの女の子の両足をしっかりと掴んだ直後、「行くぞう!」と元気に宣言してから一気に階段を駆け上がって行った。

 

「危ないから真似しちゃダメだよあなたたちは」

「しませんよスウィーティング先輩…………」

「こんなとこで誰かを肩車なんて絶対ムリだ。怖すぎる。あの子もよく喜んでられるな……」

 

 湖の上にせり出した船着き場の小屋からホグワーツ城へと続く階段の上で、湖面にいくらかの波を作っている秋の涼しい風に吹かれてローブの裾を膨らませながら、ダンブルドア少年もエルファイアスもそう言って2人一緒に呆れていた。

 

 そして皆で仲良く大広間に入ってきて、揃って昼食中の先生方や他の生徒たちの中へ、友人たちの待つ寮別に4つ並んだ長い長いテーブルの一角へと混ざって行こうとして、気付いた。

「あれえ? またテーブル並べる順番変えたんですか?」

 今朝までとは違い、向かって左からスリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ、グリフィンドールという順で並んでいる長い長いテーブルとそこで食事している皆を見ながら、7年生の女生徒が真っ先にそう言って目を丸くした。

 

「いつも同じ並べ方じゃあ、隣り合ってない寮との交流が減るでしょ?」

 

 すぐ傍の壁からそう言ってきたイグナチア・ワイルドスミスのレリーフの見解を受けて、ダンブルドア少年は無意味なイタズラなんじゃないかとすら思えたテーブルの並びの変化に、とりあえずある程度の納得をすることができた。

 

「テーブルクロスがあるから、自分の寮がどのテーブルかはすぐわかるわよね?」

 7年生の先輩にまだ肩車してもらっている1年生の妹に一応そう訊ねたハッフルパフの4年生の女子は、レイブンクローのテーブルへと向かおうとした同級生の友人を呼び止める。

「アナタも私たちと一緒に食べるのよ。いいでしょマクファスティー?」

 そう言われたレイブンクローの4年生は、一瞬ビックリしてから訊き返す。

「えっ、……いいの?」

「もちろん。隣に座ってほしいなぁーって、私思ってるんだけど。ダメ?」

 学年一カワイイと評判になっている事を本人だけが知らないらしいハッフルパフ寮所属でマグル生まれのこの同級生に、今年最初の「防衛術」の授業がキッカケで仲良くなったばかりのこの新しい友人に輝かんばかりの微笑みを向けられて、レイブンクロー寮所属のマクファスティーは目が眩んだかのような錯覚に襲われたのだった。

 

 私なんかと友達になっていただいてどうもありがとうございます、と、レイブンクローの4年生女子マクファスティーは、今年から新しくできた友人の可憐さを目の当たりにしたせいで、今日もまた自分を低く見積もりすぎるクセが心の底から湧き上がってきてしまっていた。

「ほら、こっち。隣に座ってほしいな。妹の反対側に」

 しかしそのハッフルパフの4年生と1年生の姉妹に誘われるがまま、あまり積極的なほうではないレイブンクローの4年生は、本格的な勇気を必要としながらもハッフルパフのテーブルにつく。

 

 そしてそんな大広間の一角、マグル生まれのハッフルパフの姉妹が一緒に泳いだみんなと一緒に食事を始めたその隣、グリフィンドールのテーブルでは、先日マホウトコロから来た2人の留学生が仲良く並んで、ホグワーツ魔法魔術学校で学ぶ上で最大の懸案事項だった試練に挑んでいた。

 

「むうぅぬ…………」

 

 スリザリン寮に所属しているミス・リュウサキが、誰かを祟ろうとしているかのように苦々しげな表情で、目の前に並んだ幾つもの料理を睨んでいる。

 その隣ではグリフィンドールのミスター・シマヅも、同じ表情でチキンを口に運んでいる。

「やっぱり口に合わないかい? 『ボウトル』は」

 そんな2人を対面の席から見守っている5年生のヘンリー・ポッターは、わざわざ日本語訛りの再現を試みてまでそう訊ねた。

 

「慣れなアカンのは解ってんねん…………『無理や』言うたかてここはエゲレスなんやから……エゲレスの料理をウマいて感じるよーになるんは、ウチらの責務ですらある思とる」

「味かい? それとも匂い? 舌触り?」

「総合芸術」

 顰めっ面をしてそう答えたミス・リュウサキは、とりあえずサラダを皿に取り始めた。

「慣れなきゃいけないんじゃあないのか」

 訛りの無い英語でそう声をかけてきたシマヅくんに、ミス・リュウサキは何も言わない。

 

「ねえねえ、さっきからあの2人が言ってる『ボウトル』ってなんの事?」

 

 ミスター・シマヅとミス・リュウサキから少し離れた位置、同じグリフィンドールのテーブルの端で食事している7年生のナツァイ・オナイが、小声で正面の友人に訊く。

「バターよ。英語に慣れてないニホン人が『Butter』を聞き取ったまま発音すると『ボウトル』になるみたいなの。シマヅくんは別に普通に発音できるんだけど、ハリーはどうも『ボウトル』って響きが気に入っちゃったみたい」

「Butter…………ボウトル…………バター…………ぼうとる――」

 クレシダ・ブルームにそう説明されてナツァイは何度も「Butter」と「ボウトル」を繰り返す。

「まあ、確かに…………?」

 わからなくもないと結論付けたナツァイは、しかし未だ疑問が残ると気づいてもう一度訊いた。

 

「で、なんでバターがそんな気になるの? あの2人は」

「どーしても口に合わないんだって。それも例えば『あんまり美味しくない』みたいな、許容の余地がある口に合わなさじゃないんだって。だからシマヅくんは我慢して食べてて、リュウサキさんは我慢すれば食べられる程度にすら受け入れられていないみたいなのよ」

「食べ物が合わないのは大変だね。こっちからマホウトコロに行ってる2人は大丈夫なのかね?」

 ナツァイの質問に、クレシダはカボチャジュースを一口飲んでから、完全なる憶測で返答する。

 

「まあ、ほぼ間違いなく、何かしらは。『大丈夫ではない』と、私は思うわ。苦戦してる筈よ」

 

 それこそ今あっちで頑張ってるあの2人みたいにねと言って、クレシダは今まさにナツァイが自分の皿に取ろうとしていたステーキにフォークを突き刺した。

「早いもの勝ち」

「むーーー……」

 親しい友人同士のこのようなじゃれ合いは食事の時間になる度に大広間中で散見されるが、それでも皆が好きなものを好きなだけ取って食べて、それでいつも最後には全ての料理がちょうど無くなるのが、ヘンリー・ポッターは5年生になってもまだ不思議でならなかった。

 そもそも大広間で皆と一緒に食事をするかどうかという事自体、今は毎回食事の時間の度に全ての生徒が気まぐれで決めているのに、どうして「ピッタリ食べ切られる量と品数」が解るのだろうかと、キッチンに入り込んだ事があるからこそヘンリー・ポッターは疑問に思っていた。

 

 あの屋敷しもべたちは、そこまですごいのだろうかと。

 もしくはこれも「ホグワーツ城」の、秘密のひとつなんだろうかと。

 

「ボウトル平気になる魔法とか何か無いんですかポッターくん」

 

 ミス・リュウサキに助けを求められて、ヘンリー・ポッターは考え事を中断した。

「きみたちが『ボウトル』苦手なのってさ。食べ慣れてないからだよね? 完全に未知との遭遇だから処理しきれていないって、そういう感じに見えるな」

「蘇とか醍醐に似てる気もするが、バターはそれらと比べて酸味が少ないように思える。確かに、経験したことがない種類の食べ物だな」

 シマヅくんは訛りのない英語でそう返しながら、今度はステーキに挑戦していた。

「ニホン魔法省の大人たちも、だいたい皆『ボウトル』もとい『Butter』に拒否反応示してね。けど、こーんな顰めっ面しながら我慢して食べてたよ。ちょうど今のアンタたちみたいにね」

 ハッフルパフとグリフィンドールのテーブルの間を通って行ったウィーズリー先生がすれ違いざまに残したその言葉は、マホウトコロから来た交換留学生2人よりも、むしろその周囲で食事をしているイギリス生まれイギリス育ちの生徒たちに強い印象を齎した。

 

 その話は人から人へとさざなみの様に広がっていき、スリザリンの7年生たちの耳にも届く。

「聞いたことがあるよ」と、最初に口を開いたのはレストレンジだった。

「父さんが言ってた話なんだけど、30年ぐらい前に、ニホンのマグルがアメリカのマグルに会いに行った事があるんだとさ。それも政治的な、何ていうんだろ、堅っ苦しいやりとりをするために。で、そのマグルのニホン人たち。ハンバーグもローストチキンも『臭気が鼻を突く』なんて書き残してたんだと。腐ってたのかってアタシも姉さんも思ってたんだけど。そっか。バターか……」

 やたら美人のスリザリン生レストレンジは、喋り終えてからキドニーパイに手を伸ばした。

 

「……それをなんでお前のお父上がご存知なんだ?」

 右隣に座っているノットが当然の疑問をぶつける。

 

「その『ニホン人のマグルたち』にも、それに対応した『アメリカ人のマグルたち』の中にも、興味本位で勝手に紛れ込んだ魔法族が含まれてたからさ。マグルがついに海を渡るらしいぞ、とか、ニホンからマグルが海を渡ってくるらしいぞ、ってニホン魔法省でもMACUSAでも噂が広がってたから。で、その紛れ込んだ魔法族の中に破廉恥な奴が居て、ニホン人の居室に目くらまし呪文とか色々使って忍び込んで、日記を盗み見た。それに『双子呪文』をかけて、同じく紛れ込んでたニホン魔法省のお役人に翻訳してもらった。『ニホンのマグルが初めてアメリカの文化に触れた感想』を2人とも知りたがってたから、翻訳依頼は極めてスムーズに話が進んだ……って。そのあとコレがバレて2人とも処罰されたらしいし、この話聞かせてくれた時の父さんはすんごい顰めっ面してたけど、父さんも『日記の内容』それ自体には興味あるみたいだった」

 

「育った土地が違い、それによって食べ慣れたものが違い、結果味覚が違ってくる。当たり前の話だが、確かに興味深くはあるな。…………レストレンジお前ちゃんと野菜も食べろ野菜も」

「えーー、だってあんまり美味しくないじゃないか……」

「そうか? 僕はそっちのサラダとかも美味しいと思うが」

 ノットに促されて渋々ながらトマトを自分の皿に取ったレストレンジと、それを監視しているノットの正面で、同じ純血家系でスリザリン寮所属の7年生マルフォイは、ゴイルと一緒になってローストチキンの解体を進めながら、「話だけは把握しているその2人」に想いを馳せていた。

 

(同じような文化のもとで育ってもここまで味覚に違いが出るんだ。まあレストレンジの舌がお子様なだけだって気もするが。でも、それならマホウトコロに留学しているその2人は……)

 

 マルフォイが想像するしかない「その2人」は、この時まさに、就寝時刻までの束の間の自由時間の中で寮の寝室を同じくするそれぞれのルームメイトたちと交流を深めるべく頑張ろうとして、各々に未知と遭遇していた。

 

「What's this? …………ナンデスカ、コレ?」

「たんたんころりん。美味ぇべ?」

 

 いかめしい男の顔がついた橙色の果物を差し出されて、そしてその大きな丸い目に睨まれて。

ホグワーツにおいてはグリフィンドールに所属している13歳のイギリス人の女の子は、尻から食べてほしいとかなんとか言っているその顔の形をした果物を、勇気を出して一口齧るのだった。

 

 そして男子寮でも、レイブンクロー所属の13歳の男の子が、全く別種の未知と遭遇していた。

「は?????? ファミリーネームが無い??? なんで????」

「そういう家の出身、というだけの話ですので。お気になさらず」

 そのニホン人の穏やかな笑みと、訛りの無い流暢なイギリス英語には、不思議な迫力があった。

 日々の食事にも苦労するような最下級のマグルの家の出なのだとしたらファミリーネームが無い事もあり得るだろうか、親を知らずに育ったとしても養育してくれた大人のファミリーネームを貰う筈だよな、などとそのレイブンクローの3年生は暫し考えたが、だったらこんなゴーント先輩みたいな穏やかな凄みはどこから来るんだと、純血家系出身でマグルの文化は伝聞と本から得た知識でしか知らない彼は、どれだけ考えても答えが出ないのだった。

 

「――で、これは何?」

 

 考えても答えが出ないので、そのマホウトコロに留学中のレイブンクローの3年生は、とりあえず目の前の試練に意識を向け直した。

 ファミリーネームが無い家の出身だという穏やかなニホン人は、微笑んだままそれに答える。

 

「これはワサビと言いまして、薬効のある植物の地下茎をすりおろしたものです。鼻の穴に注入するといいですよ。鼻詰まりにはこれ以上の薬はありません。よければ試してみますか?」

 

 この穏やかな笑みのマホウトコロ生は、割とイタズラ好きだった。

 そして、周囲の他のルームメイトたちが「やめとけ!」と表情で訴えているのを見てだいたい察したレイブンクローの3年生はしかし、郷に入りては郷に従えとばかりに、こういう場面で果敢に挑戦してこそ留学した意義があるというものだろうと己に言い聞かせて、差し出された小皿の中の緑色のペーストを指で取り、そっと鼻の中に塗る。

 

「アアッッッ!!!!!!! ナァッ! ナンダイコレ!!! ……アアッ アーーーー!!!! ヒァァーーー!!!!!」

「ン~♪ オイシイデスネ、コレ。タンコー、リン? デシタッケ」

 

 マホウトコロの男子寮と女子寮で、ほぼ同時にその小さな挑戦に臨んだホグワーツからの留学生2人は、結果全く正反対の表情を浮かべて、新しくできた友人たちを大いに沸かせたのだった。

 

「むうぅぅ…………」

 

 そして昼食中のホグワーツの大広間では、相変わらずバターに苦戦しているマホウトコロからの交換留学生2人が、しかし各々に突破口を見出しつつあった。

「こっちのこれはなんですかポッターくんルーピンくん」

 自分で取り分けたチキンをもしょもしょと食べきったミス・リュウサキが訊く。

「それはメイズ・オブ・オナー。中にチーズが入ってるタルトだよ」

「匂いでわかるかもしれないけど、それ『ボウトル』たっぷりだよ」

 それを聞いてボウトルに慣れるのはこれからホグワーツで過ごす上で不可欠だと判断したミス・リュウサキが覚悟を決めるのに3秒ほど必要としてからその小ぶりなタルトをひとつ皿に取ったすぐ隣では、もうひとりの交換留学生シマヅくんもまた、未知なる食物に手を伸ばしていた。

 

「これは何だ?」

「ピクルスだよ。スモモ飛行船のピクルス」

 

 英語を既に習得しているからこそ、ヘンリー・ポッターのその説明はシマヅくんにとってただ謎を増やすだけのものだった。

「飛行船、の…………ピクルス??」

「スモモ飛行船。地面から天に昇るように、ひっくり返ったような形で実が成る魔法のスモモなんだ。その様がバルーンみたいだからスモモ飛行船。『思考を導く』力があるとも噂されるけど、そのへんはちょっとハッキリしないね。噂は噂でしかないのか、はたまた事実なのか」

 ヘンリー・ポッターが丁寧に説明したが、シマヅくんが疑問に思ったのはそこではなかった。

 

「ピクルスとは何だ。…………漬物か? これは」

 

 ヘンリー・ポッターに対して質問を投げかけながらも、シマヅくんはその答えを待つこと無く果敢にその「李の漬物」という未知に挑み始めた。

 そしてミス・リュウサキとシマヅくんは、同時に同じ表情になった。

 

「おいしいやないの、これ!」「ん、これは美味いな。酢漬けかこれは。もうひとつ貰おう」

 

 そう言ったっきり次々皿に取って無言で食べ進め始めたシマヅくんの隣で、ミス・リュウサキは次のメイズ・オブ・オナー・タルトを皿に取りながら、周囲の他の料理にも手を伸ばしつつ、湧き上がる感動が溢れ出るに任せて喋り続けている。

「これ、すっごいボウトル、やないわ。バタア! が効いとんのに。なんでやろ。これは平気やわ。んまい。これおいしいわ! あ、こっちのは何やろ食べてみよ――」

 何かを口に入れている間は喋らず、食べ終わったらすごい勢いで感想を言うミス・リュウサキの独特なイントネーションの英語に、「これがニホン訛りなんだろうな」と2人がホグワーツに到着してから今までの短期間で既に察している周囲のホグワーツ生たちは、しかしその美味しくて嬉しくなったり勇気を出して食べてみたら無理で顔を顰めたりという賑やかな百面相に、ヘンリー・ポッターもルーピンくんも、みんな否応無しに笑顔になるのだった。

 

 そしてすぐ隣のハッフルパフのテーブルで食事している生徒たちも、その光景に注目していた。

 

「先輩、先輩。シマヅくんとリュウサキさん、今まではニホンの料理を食べてましたけど、今日は違うんですね。今回だけなんですか? 今回からなんですか?」

「よくは知らないけど、2人から提案したらしいよ。バターが無理なのを克服したいんだってさ」

 ダンブルドア少年は7年生の女生徒の説明を聞いて首を傾げる。

 

「バターが苦手なんですか? ホグワーツ、っていうかイギリスで2年過ごすのに?」

 

「あの子たち2人もそう思ったんだろうね。でもコガワせんせも昔は苦手だったって言ってたし、たぶんねえ、ニホン人に普遍的なものなんだと思うよ。特にシマヅくんはマグル生まれだから……ニホンの魔法界は国際社会に対して門戸を開いて積極協力しているけれど、ニホンのマグル社会はまだそうなっていないからね。リュウサキさん以上に、慣れてないはずだよ。『ボウトル』にさ」

「ボウトル?」と案の定の確認をしてきたダンブルドア少年に「バターの事だよ」と言った7年生の女生徒は、いつものように嫌いな食べ物ばかり皿に取ってしみったれた表情で食べ進めているダンブルドア少年の隣で、姉や姉の友人、そして自分の友人や7年生のおにーちゃんおねーちゃんたちに囲まれて嬉しそうに食事をしているハッフルパフの1年生の女の子に目を向けた。

 

「きみは、苦手な食べ物とか無いのかい?」

「あたしひとつもないの。 ぜんぶだいすき! でもお姉ちゃんはニンジンが苦手なのよ!」

 

 プリンピーのスープを飲み干した妹ちゃんが急に暴露したその秘密を聞き取って、レイブンクローの4年生女子マクファスティーは、ハッフルパフ寮所属の友人を見つめてニンマリした。

「へぇーー。知らなかったなぁーーーー?」

「なに。なによその目は。別にいいじゃない…………だっ、だって美味しくないじゃない……」

 バツが悪そうにそう呻いたハッフルパフの4年生の女子に、杖なし無言で魔法を行使してダンブルドア少年の手元の皿へ勝手にステーキを浮遊させて配膳した7年生の女生徒が言う。

 

「きみの妹は好き嫌いしなくて、アルバスはこの通り苦手なものを我慢して食べてる。1年生がそうしているのに、きみは嫌いなニンジンを食べずに居られるのかい?」

 

 レイブンクロー寮所属の友人マクファスティー、そして7年生の先輩たちと、妹と同じ1年生のダンブルドアくんとエルファイアス・ドージくん。そして周囲の席の友人たちと、最愛の妹。

 皆に見つめられたハッフルパフの4年生の女子には、覚悟を決める以外の選択肢が無かった。

 

「食べます……」

「お姉ちゃんえらいわ。あたし褒めてあげる!」

 

 そしてローストビーフが盛られた大皿の隣にあったニンジンのソテーを幾つか皿に取って、ハッフルパフの4年生の女子はそれを渋々口に運ぶ。

 

「や゙っぱり美味しくない…………」

「わかります。僕もそう思います」

 お互いが立場を同じくする味方である事を確認してハッフルパフの4年生の女子と仲間意識を芽生えさせているダンブルドア少年に、更にステーキをもう一切れ浮遊させて提供した女生徒が、手の届かない位置の大皿からチキンを「呼び寄せ」ながら言う。

「アルバスはもうちょっとくらい好きなものも食べていいと思うよ? アルバスは何が好き?」

「お菓子ですね」

 端的に答えたダンブルドア少年は、ふと気になって先輩に訊く。

 

「そういえば。先輩は何か、どうしても好きになれない食べ物とか。無いんですか?」

「…………ナイヨ??」

 

 表情、動き、声色、逸らした視線。7年生の女生徒の全てが「僕は今ウソをついています!!」と声高に喧伝していた。

 

「あるでしょ。キライな食べ物!」

「僕らがその子たちにバラしたっていいんだよ、きみ!」

 

 ハッフルパフのテーブルの端からそう大声を投げかけてきた7年生の友人たちに対しても、その女生徒は「ナイヨ!!!!」とひっくり返った声色のまま言い張るのだった。

 そしてダンブルドア少年は、自分たちと一緒に食事をしている中で、その事を確実に知っているだろう2人に質問をした。

 

「先輩が苦手な食べ物って、なんなんです? コガネムシとか食べてるのに………?」

「キライナタベモノナイヨ!!!!」

 

 そう言い張る友人に、ポピー・スウィーティングとネリダ・ロバーツは異口同音に提案する。

「嫌いな食べ物が無いのなら、もちろん食べられるわよね?」

「ほら。後でブラッシングしてあげるから」

 

 つい今しがた4年生の女子生徒の逃げ道を塞いだ手前、7年生の女生徒に選択肢は無かった。

 

 




 
【ボウトル】※ハリー・ポッターの用語ではありません※
 皆様御存知バター。当時の日本人の耳にはこう聞こえた様子。万延元年遣米使節団の一員だった幕府の役人が残した記録や、同じくらいの時代の色々な「洋食を始めて食べた日本人」が残した記録には、必ずと言っていいほど「ボウトル臭くて口に合わぬ」というような文言が登場する。
 欧風を感じさせるものを悪しざまに言う表現に「バタ臭い」という死語があるが、どうやらこれは元々は比喩でもなんでもなかったらしく、つまり19世紀の日本の多くのマグルには、ボウトル、もといバターは本当に「臭くて耐えられない、とても美味しいとは言えない」ものだったらしい。
 ただ同時に「ビール美味い」「ワイン美味い」「肉美味い」のような記録も色々残っている。
 なのであくまでも「洋食」全体ではなく「ボウトル」という食材が無理だったのだろう。

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