2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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61.良い治療薬

 7年生の、午後の最初の授業。薬草学を選択している者たちが凶暴な「暴れ柳」の植え替えに挑んでいるホグワーツ1階の温室で、真っ先に作業を終えたのは皆の予想通りの生徒だった。

「ガーリック先生、終わりました」

「あら、さすがねミス・タグウッド。あなたの的確で丁寧な仕事ぶりに5点あげるわ!」

 自分と同じくらいの背丈がある暴れ柳がしっとりと落ち着いた様子で穏やかに枝を揺らしているのを満足気に眺めているサチャリッサ・タグウッドのすぐ右隣で、サチャリッサよりもさらに早く作業を終えたその7年生は、未だ「できました」とガーリック先生に申告もしないまま、自分が植え替えた暴れ柳の枝や葉の動きを凝視していた。

 

「――で、あなたは何をしているの? 何か気になるのかしら?」

「みんなの作業の音にさ。合わせて動いてるように見えるんです、こいつ」

 

 現在かなり小柄な女の子になっているその7年生は、自分より一回り大きいその暴れ柳の鉢植えを見つめたままそう言うと、ガーリック先生がその言葉を受け取るよりも先に更に口を開いた。

 

「ガーリック先生ガーリック先生」

「なあに?」

「ぼく踊っててもいいですか」

 

 授業の時間はまだ半分残っているけれどこの子は既に作業を終えてるんだから別に他の生徒に迷惑をかけなければそのくらいはとか、予め訊いてくれるだけ成長してるわね等とガーリック先生が考えている間にその女生徒はワタリガラスに姿を変えて、暴れ柳のてっぺんへと飛び移っていた。

 途端に激しく幹と枝を揺り動かしてゆっさゆっさと狂乱し始めた暴れ柳と、それに合わせて翼を広げたり尾羽根を振ったりしながら心底楽しそうに啼き声をあげるワタリガラスを、未だ各々の暴れ柳と格闘を続けている他の7年生たちは呆れ笑いを浮かべながら見つめている。

 

「相変わらず種類のわからん才能を持ってるなコイツは…………大丈夫かブラトルビー」

 

 視界の端で太い枝にぶん殴られて吹っ飛んだルーカン・ブラトルビーにそう声をかけた古い純血家系出身のスリザリン生カンタンケラス・ノットは、暴れ柳の個体ごとに異なる「刺激すると大人しくなるツボ」をとうとう探り当てた。

「ああ、この幹が2つに枝分かれしてるところの下のコレか……クソ、狙いづらいな――」

 ノットが移植ごてを杖で操り、それに枝葉を掻い潜らせて暴れ柳を黙らせようとしている一方、ポピー・スウィーティングは既に作業を終えているサチャリッサ・タグウッドと踊り続けるワタリガラスの間で、スリザリンのノットとは全く違う方針で作業を続けていた。

 

「ちょっとおとなしくしててね? すぐ済むから」

 

 暴れ柳の個体ごとに場所が異なる「大人しくなるツボ」を探っているようには見えないポピーは、暴れ柳に話しかけ続けながら、ただその重さと大きさだけに苦戦しながら、かなりすんなりと暴れ柳に、植え替えをさせてもらえていた。

 なぜポピーが植え替えている暴れ柳だけが熟睡しているかのように大人しいのかは、サチャリッサにもガーリック先生にもよく解らなかった。

 

「グリフィンドール5点減点。その子に一体なにをしたのミスター・ウィーズリー?」

「成長促進剤のつもりで作った薬なんだけどな? なんでだろう?」

 

 なぜその暴れ柳の枝と葉の先がお洒落にカールしたのか、そしてなぜ暴れ柳が急に全く動かなくなったのか。そうなった原因であるギャレス・ウィーズリーには何一つ検討もつかなかった。

「その『成長促進剤』って、ムーンカーフの糞かドラゴンの糞に混ぜて使うっていうアレ?」

「そうだよ。効き方と持続時間を改善しただけのつもりだったんだけど――」

「違ったみたいね?」

「うん。たぶんどれかの材料と煮込み時間の組み合わせが良くなかったんだと思うんだ……」

 そうしてサチャリッサとギャレスが薬草学から魔法薬学へと脱線しだして少し経った時、ポピー・スウィーティングが嬉しそうに声を上げた。

 

「ガーリック先生、できました!」

「すばらしいわミス・スウィーティング! もしよければ、どうやって暴れ柳をそんなに大人しくさせたのか私に教えてくれる?」

「へ? え、あ。あの、触ったら嫌だろうなってところは触らないようにしました!」

 それをどう判断したのかを訊かれているんだぞと言おうとしたノットが「今は自分の手元に集中しなければいけない」と思い直した瞬間、何かが気に障ったらしい暴れ柳の鞭のような枝の一振りがノットの頬を鋭く掠めた。

 

「…………こんなのを何にどう活用すると仰いましたっけガーリック先生?」

「一般的には、誰にも近寄ってほしくない場所に植えておくのよミスター・ノット。つまり防衛設備ね。けれど単に『動くのが見てて楽しいから』って理由で庭に植える植物愛好家も居るわ」

「僕としては、じっとしててくれたほうがありがたいんですがね……」

 ブラトルビーの奴がまた枝にノックアウトされたのと、その向こうでスウィーティングの奴が植え替えを終えた暴れ柳が太い幹を大きくしならせ居眠りを始めたように見えるのを比較しつつそう言ったノットは「暴れ柳は無意味に暴れたりしない」という、授業の最初にタグウッドの奴が述べた解説を、ようやく経験と実感を伴う確固たる知識として己の中に宿すことができたのだった。

 

「つまりこいつは『噛み噛み白菜』とか『コブラユリ』なんかと同じで、動物だと思って接した方が対処を間違えずに済むってわけだね?」

 

 ノットの隣で植え替えに苦戦していた同じ純血家系出身のスリザリン生ピューシン・レストレンジは、やっと大人しくなった暴れ柳に杖を向けて鉢から引っこ抜くと、満足気にそう呟いた。

「概ねその考えで正しいと言えるわ。枝が折れたりしたら包帯巻いてあげるし……さて、アナタいつまで踊ってるの? ミス・タグウッドとアナタがこの課題に苦戦しないのは予想していたから、アナタたち2人には特別に、追加の作業をやってほしいのだけれど。……興味無いかしら?」

 

 ガーリック先生にそう声をかけられた途端、ずっと自分が植え替えた暴れ柳の上でピョコピョコ踊っていたワタリガラスはスルリと温室の床に降りて小柄な女の子の姿に戻ったかと思えば、そのまま勢いよく両方の腕で挙手して「やりたい!」と元気いっぱいにお返事した。

「そう? 結構。――アナタには訊かなくていいわよねミス・タグウッド?」

「もちろんですガーリック先生。私もやりたいです。…………何をするんですか?」

「アナタたち2人には、2人で協力して、私が別に用意した暴れ柳の『剪定』をやってもらうわ」

 

 未だ植え替えに挑んでいる何人もの7年生たちは、皆一様に己の耳を疑った。

 

「切るんですか? 枝を? 暴れ柳の? そんな事していいんですか?」

 

 皆の思いを代弁するかのように、ルーカン・ブラトルビーがそう訊いた。

「もちろん、普通ならタダじゃ済まないわ。けれど、そうしなければいけない場合もあるのよ」

「病気になった部分を切除するとか、単に自分が所有している敷地の外まで枝が伸びたとか――」

 ガーリック先生とサチャリッサ・タグウッドが2人してそう解説する中、さっきまでワタリガラスの姿で暴れ柳と一緒に踊っていた小柄な女生徒が、思い出したように大きな声を上げた。

 

「あ。ねえねえサッちゃん。暴れ柳の枝って杖には使えないのかな?」

「暴れ柳の枝ってね。たまに切った後も暫く暴れてることがあるのよ」

 

 会話が繋がっていないじゃないかと傍で聞いているリアンダー・プルウェットは思ったが、それでもあれでたぶん通じ合ってるんだろうと、リアンダーはそれだけは推察できた。

「んーー、切るのってあの枝だよね。あの瘤ができてるとこ」

「そうね。あの瘤は病気が原因でできる、取り除かなきゃいけないやつね。右の枝の下にもある」

 自分たちが格闘しているものより一回り以上大きい、もう少しでも枝が伸びたら温室に収めておけなくなるだろうと7年生たちに確信させたその暴れ柳を見上げながら、サチャリッサ・タグウッドともう1人の7年生の女生徒は、手短に方針を相談する。

 

「じゃあまず僕がガーリック先生に話しかけて気を引くからさ。その間にサッちゃんが後ろからこっそり近付いていってガーリック先生のスカートをめくるってのいうのはどう?」

「いいわね。そうしましょう」

「よぉーし。 ガーリックせんせー!!! ぼく訊きたいことができたんだけどな!!」

「遊んでないで早く取り掛かりなさい2人とも」

「はい」

 

 覚悟を決めるのに時間が必要だったのだと理解しているガーリック先生は強くは咎めなかった。

 

「…………やるかぁーー。骨は折るんだろうなぁーー……」

 

 どれだけ上手くやっても無傷では済まないと、温室で暴れ柳の植え替えに挑んでいる他の7年生たちがこの授業の最初に抱いた懸念と覚悟が、その2人の胸に今ようやく湧き上がってきていた。

 

「なあダンブルドア、さっき温室に居たんだろ? 薬草学を取ってる7年生が今何やってるのか聞いてたりしないのか?」

 

 グリフィンドールの1年生が、隣に座るルームメイトに小声で訊く。

 薬草学の授業が行われる温室の遥か上、ホグワーツ城にいくつもある高い塔の内ひとつ。そこにある天文学の教室で座学に取り組んでいる1年生たちの中の、集中力が切れ始めたらしい何人かの生徒たち。その1人がエルファイアス・ドージだった。

 

「暴れ柳の植え替えだって」

 

 ダンブルドア少年はホグワーツの天文学教授であるサティヤヴァティー・シャー先生の説明を全てノートに書き写しながら、同時並行でエルファイアスの雑談に小声で応じ、さらに周りに居る他の同級生たちの様子にもいくらかの注意を向けている。

「では、そうだね……ミスター・ダンブルドア。木星の衛星の名前をいくつ言えますか?」

「はい。えーっとイオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト、プリンキファルス、ビクトリファルス、コスミファルス、フェルディナンディファルス、コスミカシディラ、ガーダーズの4つだけです」

 

 今ダンブルドアの奴が次々上げた名前をどう数えれば「4つ」なのか、理解できた人間はグリフィンドールに5点と宣言したシャー先生以外には、片手で足りるほどしか居なかった。

 

「……天文学ってのは、マグルと魔法族で取り組み方が大して変わらん稀有な学問だ。だから世界中のいろんな国の魔法族やマグルが、各々研究してる。だからいろんな国の、いろんな時代のいろんな奴が各々に『新しい星を見つけたぞ』って名前をつけるわけだ。それらが全て知れ渡るわけではないが、それでも、僕らとアジアやアフリカの魔法族とでは、同じ星でも違う名前で呼ぶ。そうでなくたって1892年の今の僕らと、嘗てメディチ家に庇護されていた学者たちとでは――」

 

「めでぃちけ?」

 

 スリザリンのプリンスくんがしてくれた説明の最後のところが解らなかったらしいハッフルパフの女の子に、そのプリンスくんは「コレだからマグル生まれは」とかなんとか言いながら、まず「パトロン」という概念についての説明から始めて、メディチ家について懇切丁寧に教えていく。

 

 その説明が終わるのを待ってから、シャー先生は口を開いた。

 

「イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト。最も一般に膾炙……失礼。広く知れ渡り受け入れられていると言える、これらの4つの呼び名を、アナタたちには今日の内に覚えてもらいます。図があった方が覚えやすいでしょうから――」

 

 そう言ったシャー先生が杖を振って部屋の隅の棚から何か金属製の球体を幾つも呼び出して空中に配置したのを、ハッフルパフの女の子は目を輝かせて眺めていた。

「さて。木星を中心として、近い方からイオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト。本当はもっと木星の方が比較にならないくらい大きいんだけど、このくらいにしとかないとかえって分かりづらいからね。……ではミスター・プリンス。私が今配置したこの天体図の、不備を指摘できるかい?」

 

「この天体図は回っていません」プリンスくんは即答した。「それぞれのサイズの差を別とすると、ですが。木星は太陽の周囲を周回しています。木星自身も回転しています。そしてその木星の周囲を周る衛星も、それぞれに回転しています」

「そのとおり。スリザリンに5点あげよう」

 シャー先生がそう言いながら杖を振ると、宙に浮かぶ天体図は各々に自転と公転を開始した。

 

「今回は木星の衛星についての授業だから、見やすさと説明しやすさを優先するために、木星の『公転』については省略させてもらいます。それに木星の周りにはまだ名前もついていない小さな衛星がもっともっとたくさんあるんだって言ってる天文学者も居るけど、それも省略します。いきなり全部教えられてすぐそれをそのまま全て頭に入れておける人間は、そう多くないですからね」

「なんで回ってるの?」

 シャー先生の説明をノートに書き留めていたそのハッフルパフの女の子は、急に手を止めて質問を投げかけた。

 

「星ってなんで回ってるの?」

 

 急に何を言い出すんだこのマヌケはと思ったスリザリンのクラウチくんも、ブルストロードも、しかし自分がその質問の答えを知らないという事実にすぐ気付いた。

「とてもいい質問ですね」

 そういえばなんでだろうと考え始めたのが顔にありありと表れている1年生たちの百面相を観察しながら、シャー先生はそう言ってニッコリと微笑む。

 

「その答えは、『まだ止まっていないから』です」

 予想していた通りに困惑の表情を浮かべている1年生たちを見ながら、シャー先生はゆっくりと説明を開始した。

「いいですか? まず、例えばこの『エウロパ』を、特になんの魔法も用いずに回転させる場合、こうして――床に置いて手で回してみましょう。……だんだん遅くなって、いずれ止まります。そうですねミスター・クラウチ。当たり前の話です。何も不思議な事は起きていない。空の星々もそれは同じです。動き始めたものは、いずれ止まります。ここに居る私たちと宇宙の星との違いは『動きを邪魔する要因』の少なさです。私たちの周りには空気があります。ヴェンタス! と。このように。風が吹けば体は押されますねミスター・ドージ。どうです? 私に向かって歩いてこられますか? 難しいですね? アナタの歩みをいま邪魔しているものが、宇宙にはほとんど無い」

 

 シャー先生は力なく床に転がっていたエウロパの模型に、再び魔法をかけた。宙に浮かび続ける木星と、その周囲に配置された3つの衛星たちの傍に、エウロパの模型は再び収まる。

 

「他の星とぶつかる。より大きくて重い星の引力に吸い寄せられる。様々な要因で動き始めた星たちは、そうそう動くことをやめられない。邪魔するものがほとんど無いから。だから『まだ』回っているのです。イオとエウロパとガニメデとカリストは木星に、木星は太陽に引っ張られています。太陽も『何らか』に引っ張られていると、考えられています。つまり太陽もまた、宇宙を移動し続けています。ですから木星もその衛星も、移動し続けている物に引っ張られているので、当然。追いかけ続ける形になりますね? その結果、木星とその衛星は…………こう動くわけです」

 

 木星の模型がくるくると自転しながら弧を描いて移動を開始すると4つの衛星もまた、各々に自転しながら木星の周りを回り続け付き従う。

「さて、どれがエウロパか判りますか?」

「えっと、えっと木星の隣の隣。 内側から2番め!」

「そのとおりですミスター・ロングボトム! 宇宙は普遍的で定常的なもの、つまり『いつまでもこのままで、最初からこうだった』という考えが現在は主流ですが、違う考えを持つ人もいます。その人は『宇宙は大昔に、ある時いきなり、何の前触れも無く起きた大爆発で、できた』と言うのです。皆さんは、どちらの意見が正しいと思いますか? なんとなくで結構ですから」

 そんなこと訊かれてもという困惑が顔に全部出ているエルファイアスの隣で、その丸っこい顔をした一際小さな男の子が、控えめに手を挙げていた。

 

「どうぞ。ミスター・ダンブルドア。あなたの考えを聞かせてください」

「『ある時いきなり何の前触れも無く起きた大爆発で全てができた』というのは俄に信じ難いというか、受け容れづらくはあります。でも『最初から今と同じでいつまでも今と同じ』というのは、もっと受け容れづらいです。だって魔法の基本法則に反していますし、ただ何か目の前の物について、それが動き始めるところを見損ねたからって、まだ動いてるというだけの根拠で『これは永遠に動き続ける』なんて、どうして言えるんでしょうか? 投げる瞬間を見てないからってクアッフルが永遠に飛び続けるなどと考えるのは、物の道理から目を背けていると僕は思います」

 

 そこに居るほとんどの1年生にとってダンブルドア少年の発言はシャー先生の解説と同じくらい難解だったが、それでも同級生たちに「確かに」と思わせる何かがダンブルドア少年にはあった。

 

「『今ある』という事は、どれだけ過去に遡ってもずっと変わらずあるという事を意味しません。いつか、どこかで発生したんです。そしていつかは終わるんです。魔法もそうですし、命もそうです。だから、星も宇宙もそうだと思います。『永遠に変わらずある』ということは、ないです」

 

 マグルの天文学者たちが「宇宙は永遠不変ではなく始まりがあった」という「突飛な考え」を徐々に受け容れていくのがこの日から数えて60年以上も先の未来である事を思えば、ダンブルドア少年がいま述べた意見には、驚異的と言っていいほどの先見性があった。

 家族の人数が欠けるという経験をしたからこそ、父を失ったからこそダンブルドア少年はそう考えるようになったのかもしれなかった。

「いくら不死鳥に縁があっても僕ら家族の幸せは永遠じゃあありませんでしたから」という言葉を、ダンブルドア少年は喉のところで危うく飲み込んだ。

 

「…………なにするんだいエルファイアス」

 

 いきなり頬を抓ってきたエルファイアス・ドージの向こうからその質問に答えたのは、純血家系出身のスリザリン生、つんけんした言動の割に世話焼きだとグリフィンドール生にも悟られ始めているプリンスくんだった。

「ダンブルドアお前、いま自分がどんな顔してたのか解ってないのか? 妹の仇を見つけた奴の顔だったぞ。先生の難しい質問に見事に答えた友達がそんな顔してたら、僕だって心配する」

「――えっ、あ。ごめんねエルファイアス、ありがとうプリンスくん」

 思考が父さんに辿り着いてしまったのが顔に出ていたと漸く理解したダンブルドア少年は、教室中の同級生たちが皆して自分を見つめていたので、大慌てで「なんでもないんだ、大丈夫!」と、友人をかえって心配させる言動の筆頭とすら言えるセリフを口走った。

 

「だいじょーーぶ! 僕は平気!」

 

 辛うじてまだ骨折はしていないその女生徒は、いろんなところから血を流しながらサチャリッサ・タグウッドにそう宣言して笑顔を見せる。

「ほんぎゃ!!!」

 しかし言った傍からまた暴れ柳の枝にぶん殴られて吹っ飛んだその女生徒は、一切受け身を取らずに顔から床に衝突して、数秒床で沈黙してからぐんにゃりと起き上がった。

「…………ポピーちゃん」

 その女生徒は、起き上がったらちょうど目の前にいた小柄な友人に声を掛ける。

「ほら。見ててあげるから、もうちょっと頑張ってみよう?」

 いつの間にやら暴れ柳の植え替えを完了していたらしいポピーにそう言われて、その女生徒はハグしてほしいと頼むつもりだった気持ちを切り替えて、再び暴れ柳に向き直った。

 

「きみってさ、なんであんな身軽に戦えるのに、受け身だけそんなヘッタクソなんだろうね?」

 

 同じく暴れ柳の植え替えを終えたアンドリュー・ラーソンがそう言うと、未だ作業中のルーカン・ブラトルビーやアーサー・プラムリーまで「それ僕も思ってた」と同意して笑った。

 大好きな同級生たちが見守ってくれている中、その女生徒は再び暴れ柳の剪定に挑もうとして、ガーリック先生は「2人で協力して」と言っていたなあと、漸く思い出した。

「サッちゃんちょっと手伝ってほしいんだけどな」

「なあに? 抱っこ?」

 今までずっとこの友人が孤軍奮闘七転八倒して暴れ柳に剪定させてもらえずにいるのをクスクス笑いながら観戦していたサチャリッサ・タグウッドは、この友人が自分にどういう役割を担わせたいのかも、暴れ柳を剪定するときはどういう方針を採るべきなのかも理解しつつ、あえてこの友人の意見に全て従って、やりたいようにやらせている。

「僕が暴れ柳に麻酔するからさ、サッちゃんは切るべき枝の片方……そっちの瘤のある枝を。根元から切る係をお願いしたいんだ」

 指示されてもまだ、サチャリッサはクスクス笑っている。

 

「抱っこはいいのかしら?」

「…………抱っこもしてほしい」

 

 覚悟を決め直すのに結局1分ほど使ってから、その女生徒は「生ける屍の水薬」を取り出した。

「――注射してみるかぁ」

 なんかそういう薬の投与方法があるってウィンストンくんが言ってたよなと思いながら、その女生徒は伝聞でしか知らない注射器とやらを作り出すべく、推測だけを頼りに杖を振ったのだった。

 

「サッちゃん今のうち!」

 

 そして暫く悪戦苦闘した後見事に暴れ柳を眠らせた女生徒が大きな声で合図を出し、サチャリッサが取り除くべき枝を手早く切り落とした。

「それはなあに?」

「ベゾアール石の粉末を不死鳥の涙で溶いたやつ。ギャレスと作った『思考放棄解毒薬』だよ」

 貴重品と超貴重品を混合した、贅沢を通り越して下品とすら言える液体によって、しかし見事に暴れ柳は全身麻酔から回復した。

「――なんでもかんでもこれで解決しちゃうのは、たぶんやめたほうがいいんだよね」

 授業の最後、ガーリック先生に褒めてもらったあとで、その女生徒はクリスタルの小瓶の中身をチャプチャプと揺らしながらそう呟いた。

「まあ、魔法薬学に関する知見は一切深まらないからね。それ使ってると」

 自分が植え替えた暴れ柳の枝ぶりを眺めつつそう言ったギャレスの隣で、サチャリッサはガーリック先生に何やら先程切り落とした暴れ柳の枝について、ひいては暴れ柳が罹る病気について質問をして、それに対するガーリック先生の回答を逐一手元のノートに書き留めている。

 

 本日の薬草学の授業が終わり、次の授業に気持ちが向かいつつある皆の中で、サチャリッサだけは時間ギリギリまでガーリック先生を質問攻めにしていた。

 

 そしてこの日の授業が全て終わった後、夕食前の空き時間。ダンブルドア少年を初めとする1年生たちや誘拐したゼノビア・ノークも連れて、その7年生は同級生たちと一緒にホグワーツ城8階の「必要の部屋」で寛いでいた。

「ねえねえアルバスお膝座ってほしいな!」

「かまいませんよ」

 昼過ぎに受けた天文学の授業中に思い起こしてしまった父と妹に関する靄のような薄暗い気持ちが未だに胸のあたりで蟠っていたにも拘らず、この先輩と居るとなぜかみるみる薄れて、その思いが再び心の中の深いところで眠りにつくのを、ダンブルドア少年は自覚していた。

 

「満足ですか先輩」

「アルバスお顔まんまるだねえ」

「存じております」

 

 タッカー先輩から借りっぱなしの分厚い魔法生物図鑑のページを捲るダンブルドア少年の周りでは、同級生や先輩たちが各々に宿題に取り組んでいる。

「ねえねえアミくん、星ってなんで回ってるのか知ってる?」

「んー? 判んないなぁ。聞かせてくれるかいヘスパー?」

 今日学んだばかりの内容を得意げに語り始めた1年生のヘスパー・スターキーの隣で、サチャリッサ・タグウッドとギャレス・ウィーズリーは薬草学の授業中にギャレスがやらかした「成長促進剤のつもりだった薬の妙な作用」について検証している。

 

 しかしその2人の会話内容は7年生たちからしても高度極まる難解なもので、ただ1人同水準に居るはずの女生徒がダンブルドア少年の頬を突っついて遊んでおり2人の会話なんか全く聞いていないのもあって、周囲の誰も入っていけない2人だけの世界がテーブルの一角に形成されていた。

 

「ラッパスイセンには想定した通りの効果が出てるのよね」

「オカミーの卵に僕らが把握してない薬効が隠されてるんじゃないかって気がするんだ」

 ギャレスが大鍋を取り出した横で、サチャリッサは魔法薬の材料を色々と準備し始める。

 

「有毒食虫蔓って毒触手草とは別なのよね?」

「そう。単に名前の響きが似てるだけだよ」

 オミニス・ゴーントは自分の宿題に背を向けて、1年生と4年生のハッフルパフの姉妹が取り組んでいる宿題を手助けしている。

 

「アルバスは宿題いいのかい? 朝起きてからやるのかい?」

 

 自分を膝に座らせた先輩に頬を揉まれながらそう質問されて、なんとなく「必要の部屋」に今いる皆の様子を眺めていたダンブルドア少年は、頭の上にパフスケインを乗っけたままニーズルのブラッシングをしているポピー・スウィーティングから、自分の手元の動物図鑑に視線を戻した。

 不死鳥の説明をなんとなく読みつつ、ダンブルドア少年はぼんやりと口を開いた。

 

「先輩、せんぱい」

「……なんだいアルバス?」

「ホグワーツたのしいです」

 

 ふんわりと笑ってそう言ったかわいい後輩の顔を、その7年生は覗き込む。

 

「……眠いのかい?」

「ねむくないです」

 

 ぐしぐしと目をこすりながらそういったダンブルドア少年を、女生徒はすぐに抱え上げてポピーが座っているソファへと移したのだった。

 

「――そこまちがってるよへるファイアふ。木星の衛星はメうロパとねえ」

「それはエルファイアスくんじゃなくて萎び無花果の鉢植えだよダンブルドアくん……」

 

 夕食もまだなのにもう寝そうなダンブルドア少年に、必要の部屋に集う皆が笑わされた。

 

 




 
 ホグワーツの敷地内に暴れ柳が植えられたのはリーマス・ルーピン入学時(1971年)なので
1892年にはまだ無い。

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