2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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62.失言と宣言

「アルバス? 夕食の時間だから僕ら大広間に行くけど、アルバスは先におやすみするかい?」

「なんだいエルファイアしゅ。僕はもぅ宿題やっ…………」

「アルバス?」

 

 誰に話しかけられているのかも正しく理解できていないらしいダンブルドア少年が、もう眠気の限界を超えているのは、グリフィンドールの談話室に居る全員が解っていた。

 最後まで喋り終える事すらなく大きく左に傾いたダンブルドア少年の身体を、橙と緑の派手なゴーグルをした7年生の女生徒は、支えたりはせずそのまま自分の膝に寝かせる。

 

 本人としてはまだ寝ていないつもりらしいダンブルドア少年を、皆が見ている。

 

「皆、先に行ってて。僕がアルバス見とくからさ」

 そこに居た7年生たちはお互いにダンブルドア少年を見ながらその女生徒と苦笑いを交わし、「仕方ないね」などと言ってグリフィンドールの談話室から出ていく。

 サチャリッサと並んで歩くギャレスの周囲に、何人もの1年生たちがわらわらと続く。

 

「ギャレスー、ギャレスー、僕ね鰊の燻製が苦手なんだ。でも苦手じゃなくなりたいんだ」

「あたしもピクルス頑張って食べるのよ!」

「あら、凄いじゃないアナタたち」

 いつも1年生や2年生がギャレスの周囲にわらわらと集まってくる影響で、自分まで下級生相手に積極的に世話を焼くようになった事を快い変化だと捉えているサチャリッサは、ミス・ブラウンの髪についた糸くずをそっと取り除いてそう言いつつ「夕食が済んだらアナタたち宿題をやるのよ」と1年生たちに釘を刺したのだった。

 

「……寝室に連れてくべきだと思うかい?」

「いや。朝までずっとは寝ないと思う。そのうち起きるよ。夕食に間に合うかは怪しいけど」

「そっか。じゃあきみも先に行ってなよエルファイアスくん」

「…………ダンブルドアを齧っちゃダメだぞ?」

「齧んないよ! 僕のこと何だと思ってるんだい」

 

 エルファイアス・ドージは目の前の7年生の女生徒を見、その膝でくうくうと寝入っている同級生のアルバス・ダンブルドアを見る。

「この人のことだからもしかしたら齧るかもしれない、と思ってる」

「んもー……」

 言うだけ言ってサッと談話室の外へ逃げていったエルファイアスくんの背中を見送った橙と緑の派手なゴーグルをした女生徒は、自分の膝の上のダンブルドア少年を見つめる。

 

「どんな夢を見てるんだい? アルバス」

「…………エルふぁいあスを、齧っちゃ……だめですょ……先輩……」

「齧んないよ。僕のこと何だと思ってるんだい」

「旬はぁ……にがつごろからえすよ………まだおいしくないへしゅ」

「どんな夢を見てるんだい? アルバス」

 

 膝の上で何やらムニャムニャ言いながら寝息を立てているダンブルドア少年の頬をつつきながら、その女生徒はソファの背もたれに体重をかけて、向こうのテーブルにまだ広げっぱなしで放置されているダンブルドア少年が先程まで取り組んでいた宿題を、無言で杖を振って呼び寄せる。

「アルバスは字が綺麗だねえ。……あれ、これは宿題じゃないね。なんだいこのノート。日記?」

 その女生徒は一切躊躇わず、手元に呼び寄せた羊皮紙の束に紛れていた小さなノートを開く。

「ひとの日記は勝手に読んじゃダメなんだって、ウィンストンくんが前に教えてくれたもんね!」

 言っている事とやっている事がまるで噛み合っていないその女生徒は、好奇心の赴くまま、その「11歳のアルバス・ダンブルドア少年の日記」を読み始める。

 

 1892年当時の、この女生徒が抑えなかった好奇心を。果たして一体誰が咎められるだろうか。

 アルバス・ダンブルドアの日記を、誰が読まずにいられるだろうか。

 

 ソファの背もたれに体重を預けて、膝の上で眠るダンブルドア少年の軽さを感じながら女生徒がなんとなく捲ったそのページは、どうやら10日ほど前の記録らしかった。

 

“僕の杖。僕の教科書。明日からホグワーツ。明日からホグワーツ。明日からホグワーツ!!”

 

 そこだけ日付も書いていないが、キッチリと1日毎に文章と文章の間を開ける几帳面なページの使い方と、何よりその内容から。それが8月31日に書かれた文章だと女生徒はすぐに察した。

“教科書もう全部読んで覚えちゃったけど、先生に怒られないかな”

“僕なんかとも友達になってくれる子、いるかな。いるといいな。いなかったらどうしよう”

“誰も友達になってくれなかったらどうしよう。ホグワーツには動物もいっぱい居るって母さんが言ってたから、動物たちなら友達になってくれるかもしれない。フクロウってどんな本が好きなんだろうな。僕と好みが合うといいな。でも、動物たちも僕のこと嫌いだったら”

 

「不安でいっぱいだねえアルバスは」

 

 女生徒はそう呟きながら、自分の膝の上で眠るダンブルドア少年の頬をつつく。

「アルバスのほっぺって、ホントなんでこんなにもっちもちなんだろうな」

 頬を少し引っ張ってみても起きないので、アルバスがこのまま起きなかったら僕も夕食逃すよなあとぼんやり思いながら、女生徒はダンブルドア少年の頬から日記の続きへと興味を向け直した。

 

“9月1日、寝る前。父さんが言ってた通りだった! ホグワーツ城はすっごく綺麗な建物で、しかもそこらじゅう魔法だらけ。貴重そうな物だらけだから、壊したりしないように気をつけないと”

“僕にも友達ができた! ドージくんはとっても優しいんだ。だって僕と友達になってくれた!”

“それにあの人! あの7年生の先輩! あんなにおかしな人が居るなんて!! さっきの短い時間であの先輩、いったいいくつの規則を破ったんだろう! 近寄らないようにしないと!”

 

「この『寝る前』って夕食、っていうか組分けの後で初めて談話室に行って自分の寝室の場所を覚えた後すぐなんだろうなあ……規則の『消灯時間』まで。アルバス起きてらんないもんね?」

 

 7年生の女生徒はそう呟きながら、また膝の上のダンブルドア少年の頬をつつく。

 

「アルバスはほっぺがまんまるだねぇ」

 7年生の女生徒は、ダンブルドア少年の頬をつつく。

 

「アールぅーバースぅー。僕おなか空いちゃったんだけどなー。夕食いらないのかいアルバスは」

 11歳のアルバス・ダンブルドア少年は、相変わらずその女生徒の膝の上で寝息を立てている。

「…………起きないと日記全部読んじゃうよアルバス。……読んじゃうからね」

 他人に読まれて困るものなら談話室に持ってくるべきではなく、机の上に置いたまま眠りこけるなど不用心極まりないとも言えるし、熟睡している人間に「今すぐ起きないなら同意とみなす」と宣告するなど不当極まる悪辣な欠席裁判だとも言えたが、この女生徒にとってそのような「道徳」や「倫理」は、ほとんどの場合、己の好奇心よりも優先されるものではなかった。

 

 その7年生の女生徒は談話室の反対側、暖炉の真ん前に居座って動こうとしないニーズルの様子にも気を配りながら、ページを捲ってダンブルドア少年の日記を読み進める。

 そこには “先輩が” “あの先輩” “先輩ったらまた” と自分がやたら頻繁に登場するので女生徒は気恥ずかしくも嬉しくなったが、その書かれ方には若干の不満を覚えるのだった。

 

“先輩がヘキャット先生に捕まってた。また盗みに入ったらしい。先輩って学習とかしないのかな”

“先輩は褒めてもらえると思ってる時の顔がめちゃめちゃわかりやすい。ニフラーみたいだ”

“ちょっと解ってきた。先輩は興味を持ったら触っちゃうんだ。それが遠いなら触りに行く。それが移動してるなら追いかける。だから一瞬でも目を離すとどっか行っちゃう。ニフラーみたいだ”

“つまり先輩は、ニフラーだ。とびきり元気いっぱいの。そう考えると辻褄が合う”

 

「あのねアルバス。まるでニフラーが一切の学習をしないみたいな書き方は僕、感心しないなあ」

 

 自分がニフラー呼ばわりされていることは既に聞き及んでいたその女生徒はただ、ニフラーに対するよくある誤解を、偏見とすら言えるそれをダンブルドア少年までもが抱いていた事を苦々しく思っていた。ニフラーは賢い生き物なのに、と。

 でも今アルバス寝てるからなあ起きたらこの話しようかなあでも日記読んだのバレたら怒らせちゃうかもなあとぐるぐる考え込んでいた女生徒の目に、ダンブルドア少年の日記の、その記述が飛び込んできた。その文章は女生徒の、知覚の奥底を刺激するものだった。

 

“不思議な夢を見た。前も見た気がするけど、初めてだって気もする。高い山のてっぺん辺りに僕は居て、雲は僕の足より低い位置で空を埋めている。頭の上にはキレイな鳥がたくさん飛んでる”

“僕の周りにもそのキレイな鳥たちが、たぶん不死鳥がいっぱい居て、その中の、見覚えがあるような気がする1羽が僕を見てた。あの不死鳥の名前を、僕は知ってる気がした。”

 

(パーシバルさんが言ってたよな。ダンブルドア家は不死鳥に縁があるって。ダンブルドア家の人間が命の危機に瀕している時、不死鳥が助けに現れる『事がある』らしいって)

 パーシバルさんが「でも不死鳥はアリアナの前には現れなかった」とも言っていたのを思い出して、パーシバルさんのその言葉に自罰的な含みを感じたのも思い出して、女生徒は考え込む。

(アリアナちゃんに酷い事をしたマグルの子供たちは確かに罰されるべきだった。けど、彼らがした事は、言語道断なまでに度が過ぎていたけれども、それでも土台から理解不能な狂人の行いじゃあ、ない。未知を恐れるのも、異分子を排斥しようとするのも、それ自体は普通の振る舞いだ)

 

「またヒゲがチリチリになっちゃうよサチャリッサ? ほら、こっちおいで」

 暖炉の真ん前に居座っていたニーズルが自分の隣に来たのを見ながら、女生徒は考え込む。

 

(パーシバルさんがした事も理解できる。怒り。その子たちに対して、そして自分に対しての。ダンブルドア家を襲ったこの悲劇は、言葉を選ばずに言うなら、不幸な事故だ。どちらに原因があったわけでもない。たまたま見てしまった。たまたま見られてしまった。こういう事態を防ぐために国際魔法使い機密保持法はできたんだ。その子たちのご両親や家族は悲しんだだろうけれど、それを因果応報だとは言えない。パーシバルさんだって、決してそうは思っていないだろう。パーシバルさんとアリアナちゃんとマグルの子供たちの件から考えるべきは『誰が悪いか』とかそういうことじゃなくて、類似事例の発生を可能な限り防ぐために今後はどうするべきか、だ)

 

(国際魔法使い機密保持法は、互いの平穏のために必要不可欠なものだけど。でも、子どもが幼い内はマグルの目から遠ざけて隠すべきだって発想になると、それは、たぶん逆効果なんだよなぁ)

 

 日常的な交流の減少と過度な恐れは嫌悪に繋がって結局は悲劇の数を増やすだけだと考えながら、しかし注意は必要だとも思いながら、女生徒は膝の上のダンブルドア少年を見つめる。

「いーーーーーっぱい遊んであげるからね。アルバス」

 すり寄ってきたニーズルの「サチャリッサ」を左手で撫でてやりつつ、女生徒はそう呟いた。

 

「おやまあ、降りてこないと思ったら」

「仲良しねえアナタたち」

 

 大広間での夕食を終え、グリフィンドールの生徒を率いて談話室に戻ってきたギャレス・ウィーズリーとそれにくっついてきたサチャリッサ・タグウッドが見たのは、ドラゴンの目を模したらしい派手な銀色のメガネをかけた女生徒が、まだ眠っているダンブルドア少年を膝に乗せたまま自分まで熟睡している光景だった。

「2人を起こしてあげてもいいかなサチャリッサ?」

 ギャレスはそう言いながら、2人を守るかのようにソファに鎮座しているニーズルを撫でる。

 

「夕飯はいいのかい? ダンブルドアくん」

 

 ギャレスが優しく声をかけると、アルバス・ダンブルドア少年はすぐに目を覚ました。

「あぇ? おはよぅおとーしゃん…………」

 ギャレス・ウィーズリーを含むダンブルドア家の事情を「正しく」知っている数人が、起こさない方が良かったのではないかと、ほんの少し思った。

 しかしそんな感傷は、他ならぬその場の7年生皆の共通の友人に、ダンブルドア少年を膝に乗せたまま自分も眠りこけているその女生徒によって、すぐに叩き割られた。

 

「もじゅほほほほほ………ギャレふが美味しく炊けたぉアぅバス。ぶゅほほほ……」

「どんな夢を見てるんだい、きみ」

「いつも思うんだけど、アナタその汚い笑い方どうにかならないのかしら」

「どゅほほほほほ…………エルㇵイアスくんはピクぅスにしてみたょアゅバふ。むほほほ……」

 

 起こしましょうギャレスそうだねサチャリッサと短く言葉を交わして何やら取り出した小瓶に杖を向け始めた先輩2人を見ながら、エルファイアスは「やっぱり齧らないように釘を刺しておいたのは正解だった」と、夕食前の己の判断をまるで我が子の手柄かのように内心で褒め讃えていた。

 

「ギャぇすは美味しぃねえアふバス…………みんなもどうだい……ピクゆしゅもある………」

「この先輩俺たちの事をなんだと思ってるんだ一体」

 1年生の誰かがそう言い、周囲の下級生たちが一斉に同様の困惑を表情で示す。

 

「みんなで一緒にお食事したら楽しいだろうなって、そう思ってるだけだよコイツは」

 

 ギャレスがそう言いながら小瓶の中身を飲ませると、女生徒は「むゅあ!!」と妙な啼き声を上げてすぐに目を覚ました。

「…………おはよギャレス。ピクルス食べるかい?」

「ピクルスがあるのかい?」

 ギャレスがクスクス笑いながらそう言ってきたので女生徒は数秒かけて周囲を見渡し、それで漸く自分が今どこに居るのかを理解し、何をしていたのかを正しく思い出した。

 

「ゆうはん食べそこねちゃったや…………」

「そう言うだろうと思って、色々貰ってきたぞ」

 

 グリフィンドールの談話室に入ってくるなりそう言ったセバスチャン・サロウの背後では、ポピー・スウィーティングとヘクター・フォーリー、そしてアミット・タッカーとリアンダー・プルウェットが協力して、幾つもの大皿料理を杖で浮遊させて運んできていた。

 友人たちが頑張って運んでいる大皿料理のひとつに杖を向けて、オミニス・ゴーントがミンスパイをひとつくすねている。

 

「ねえねえギャレス、あたしも食べていい?」

「アナタさっきお腹いっぱいだって言ってたじゃないの……」

 運ばれてきたご馳走を見て1年生たちが色めき立ち始めているのを眺めながら、ダンブルドア少年を膝に乗せたままの女生徒は、一気にその目を輝かせる。

 

「みんなだいすき!!!!」

「知ってる。いつもありがとね。……ほらダンブルドアくん、きみも起きな。何も食べずに朝まで寝るんじゃ、いつまで経っても大きくなれないよ?」

 

 ギャレス・ウィーズリーが静かにそう声をかけただけで、ダンブルドア少年は目を覚ました。

 

「あさですか?」

「夜だよダンブルドアくん。夕食の時間が終わったばっかり」

「…………ぼく、丸一日寝てたんですか?!!!」

「違う違う。夕食の間寝てただけ。まだそんなに経ってないよ。ほら色々持ってきたから食べな」

 

 ウィーズリー先輩の向こうで7年生の先輩方が大皿に乗った料理に追加で魔法をかけて空中で静止させていて、その周りではブラウンさんとかロングボトムくんとか、同じ1年生の皆が料理に、主にはデザートに群がっている。1年生と4年生のハッフルパフの姉妹は2人して、タグウッド先輩に魔法薬学の宿題に関する教えを請うている。

「あら? あなたお顔がぺしゃんこなのね! どうしてこの猫さんはお顔がぺしゃんこなの?」

「その子は猫じゃなくて、ニーズルっていう魔法生物よ。それでニーズルはだいたい皆そんな顔」

「ニーズルがそんなあっという間に懐く事ってなかなか無い筈なんだけど……アナタたち2人とも、ホントにお利口さんなのね?」

 タグウッド先輩は撹拌匙片手にそう言いながら、ハッフルパフの女の子の膝の上で寛ぎ始めたニーズルの「サチャリッサ」を見つめた。

 

「――やっぱりここに居たなお前ら。いつまで逃げてるんだ観念しろ」

 

 今グリフィンドールの談話室に入ってきたマルフォイ先輩ともう何人かのスリザリンの7年生の皆さんの姿を見た瞬間に、オミニス先輩とセバスチャン先輩がビクリと身を竦めた。

 どうやら2人とも、夕食前に宿題を放り出してそのままだったらしい。

 

「先輩。…………皆さんが大広間とかで夕食を食べてらっしゃる間ずっと、僕の傍に居てくださってたんですよね。……すいません、ご迷惑をおかけして」

「アルバスほっぺ齧っていいかい?」

「ダメですよ? 皆さんが色々お食事運んできてくれたんですから、そっち食べましょう先輩?」

 

 今の今までずっとこの先輩に膝枕してもらっていたのだと気づいたダンブルドア少年は若干申し訳なさそうだったが、そんな思いは他ならぬその先輩の奇矯な言動によってすぐ打ち消された。

 先輩方のご厚意に甘えさせていただきますと丁寧に謝辞を述べてから、ダンブルドア少年は皆より少し遅い夕食を摂り始めるのだった。

 

「あ、ねえねえアルバスぅチキン食べようチキン!」

「先輩口の周りがべちゃべちゃですよ」

「気のせいだよ~」

「手もべちゃべちゃだよ。ほらこっち向いて……テルジオ!」

「ありがとポピーちゃん!」

「ちゃんとお礼が言えてえらい」

 

 ポピーに口の周りと両手をキレイにしてもらって、その女生徒は再びチキンに手を伸ばした。

 そしてまたすぐべちゃべちゃになった両手と口の周りを、またポピーにキレイにしてもらう。

「ポピーあなた赤ちゃんパフスケインのお世話してるんじゃないんだから…………」

 隅のテーブルで占い学の宿題をやっつけようとしているネリー・オグスパイアがそう言って呆れるが、そのネリーの隣で同じように水晶玉を睨んでいるクレシダは少し違った見方をしていた。

 

「楽しいのね? ポピー」

「うん。かわいいでしょ」

 

 やっぱりポピーこの子ったらアイツの事をニフラーの赤ちゃんか何かだと思ってないかしらと内心で首を傾げながら、もしかしてポピーにとっては人の友達も魔法生物の友達もそう大きくは違わないのかしらと考えながら、クレシダ・ブルームとネリー・オグスパイアは再び各々の目の前に据えた水晶玉に集中力を注ぎ直し、そこから何かしらを読み取るべく再び努力を開始するのだった。

 

「そうだ先輩、先輩の不死鳥は、そういえば。なんてお名前なんですか?」

 ダンブルドア少年がソファの隣に座る7年生の女生徒にそう問うた瞬間、どこからともなくその不死鳥が飛来して、女生徒の頭の上に止まった。

「ごめんねアルバス。それは内緒にする約束なんだ。コイツがなんて名前なのかは、僕とコイツだけの秘密。だからホントに誰にも教えてないの。ポピーちゃんだって知らないんだよ」

 大きくて立派な不死鳥を頭の上に乗っけても重くないらしい女生徒は、そう言って微笑む。

 

「この子たちだけの秘密にしておきたいって、この子たちが思ってる。だから私は訊かないんだ」

 

 そう言いながら笑ったスウィーティング先輩が何故嬉しそうなのか、11歳のダンブルドア少年にも、その傍でタフィーを食べているエルファイアスにも全く解らなかった。

 

「じゃあ、そちらの不死鳥さんと先輩は、どうやって出会ったんですか? 不死鳥と仲良くなるのって、それはもうとってもとっても難しいんですよね?」

「それはディークのお蔭だよ。いちばん最初のきっかけはね。そうでしょディーク?」

「はい。ディークがお伝えしました。不死鳥が目撃されている事。密猟者たちがそれを狙っている事。2年前、皆さんが5年生だった時です。ディークはあの年の事をよく覚えています」

 バチンと大きな音を立ててそこに現れた屋敷しもべ妖精は、そう言いながら女生徒に一礼した。

 

「前にもこの話したっけ、アルバス。最初はね。密猟者を片付けたら――その時の意味としてはランロクとルックウッドとそのお仲間をだいたい片付けたら――元通り自由にしてやるつもりだったの。で、ランロクもビクトール・ルックウッドもシルバヌス・セルウィンも他のくだらない奴らも全員ぶっ殺した後で、決めてた通りコイツを自由にしてあげたんだ。で、その後ハイウィングとかにご飯あげるために『必要の部屋』に戻ったら、コイツが既に戻ってきてた」

 

 女生徒の頭の上で、その不死鳥はどこか得意げなように、ダンブルドア少年には見えた。

 

「あの時は驚きました。でも、ディークはすぐにその意味を理解しました。つまりこの不死鳥は、この方の傍に居る事を選んだのです。不死鳥自身がそう選んだのですから、この不死鳥は、この状態で、既に『自由になっている』と、ディークは考えます。居たい場所に居るのですから」

 屋敷しもべ妖精のディークがお菓子をもりもり食べこぼしながらそう言ったのに続いて、女生徒が不死鳥にレタスを上納しながら口を開く。

「そもそもね。……たぶんだけどさ。不死鳥を『捕まえよう』なんて。おバカな発想だよ全く。不死鳥が魔法使いに捕獲されるのは、不死鳥自身がそうされたいと判断した時だけだ。不意を打つのも、『姿くらまし防止呪文』とかで縛ろうとするのも、鎖とかで繋ぐのだって、無駄だよ、無駄」

 

 女生徒から貰ったレタスをすぐに食べ終えた不死鳥は、気取った態度で翼を広げた。

 

「だってコイツを捕まえるなんてそんな事、つまんない密猟者ごときにできるもんか」

 女生徒の頭上でその不死鳥は誰しもが思わず目を逸らしてしまうほどに眩く光り輝き、炎とともにその姿を消す。一瞬の後、皆が視線を戻すとそこにはただ、今の今までそこにいた不死鳥と同じくらい得意げな女生徒の笑顔だけがあった。

 

「アルバス、不死鳥に興味があるのかい?」

「はい。父さんがよく不死鳥の話をしてくれましたので。僕の曽曽祖父が飼っていたそうです」

 その会話に反応したのは純血家系出身のスリザリンの7年生、世話焼きのマルフォイだった。

 

「ダンブルドア家は不死鳥に縁がある『らしい』と。父上が以前仰っていたが。本当なのか?」

「そう言い伝わっているというのは確かです。ただ『縁』というのが何を指すのかまでは……」

 

 ダンブルドア少年がそう返答した途端、姿を消していた不死鳥が再び現れ、グリフィンドールの談話室全体を、皆の頭上をぐるりと一周してから今度はダンブルドア少年のすぐとなりの床に、絨毯の上に着地してそのまま歌い始めた。

「おや、お前が『地面』ならともかく『床』に降りるなんて。アルバスの傍だからかい?」

 そう言いながら不死鳥に手を伸ばして指先で撫でた女生徒は、その途端マルフォイとギャレスを足し合わせたような、白に近いシルバーブロンドの髪にそばかす顔の、線の細い青年に変わった。

 そしてその「青年」は、その目に不思議な迫力を宿す。

 

「つまりアルバス。きみはまだその不死鳥には、会ってないんだね。きみの不死鳥には」

「…………先輩さては僕の日記読みましたね。……別にいいですけど…………」

「ダンブルドア家の人間が危機に瀕した時、不死鳥が助けに現れる。絶対じゃあないけれど、そう言い伝えられている。ただ最期を看取りに現れる事もある。きみのひいひいおじいさんがそうだったように、『この人間だ』と決めた相手が亡くなると、その不死鳥は姿を消して、もうそれっきり人の目に触れる事はない。僕はコイツにいくつかお願いをしてるから、コイツがそのつもりなら、その『約束』を。果たすまでの間はどっか行っちゃわないと思うけどね。でも◯◯◯◯◯は。きみの不死鳥は、アルバス。きみが死んだらね。ホグワーツから飛んでっちゃうんだ」

 

 先輩が何か知らない名前を述べた気がしたが、ちょうどその瞬間不死鳥が大きな声で啼いたせいで、ダンブルドア少年にも、グリフィンドールの談話室で思い思いに過ごしている生徒たちや壁の肖像画たちにも、誰にもその青年が何と言ったのかは聞き取れなかった。

「きみのところにも不死鳥が来るよ、アルバス。いつなのかはわかんな――痛い! ごめんよ!」

 急に猛り始めた不死鳥に鋭い鉤爪と嘴で蹴られ啄まれ、流血しながら謝り始めた青年が今どんな無礼を働いたのか。何が不死鳥のご機嫌を損ねたのか、その場の誰にも解らなかった。

 

 ただ、7年生たちを別とすればダンブルドア少年だけが、「きっと不死鳥の方に理があるのだ」と察していた。

「ごめんなさい! 野暮でした!! もう言わない! もう言わないからゆるして!!」

 

 その後ダンブルドア少年が嫌いな野菜をもしょもしょと時間をかけて食べきっても、その不死鳥は未だ少しご機嫌ななめな様子で、ダンブルドア少年の傍を離れようとしないまま、鋭い眼光で己の飼い主である筈の青年を睨むのだった。

 その不死鳥の態度は、何やらあの先輩を叱っているように、ダンブルドア少年には見えた。

 

「――じゃあやっぱり、シルバヌス叔父さんを殺したのはお前だったってわけか?」

 

 スリザリンの制服を着た6年生がそう言った事で、グリフィンドールの談話室を包んでいた暖かな雰囲気は一瞬で消え去った。

「そだよセルウィンくん。僕が殺したの。だって密猟してたからね」

 悪びれもせずそう言い放った青年を、数人のグリフィンドールの1年生が信じられないものを見る目で見つめている。

 

「……それは、……悪かったな。本来は我が家で解決するべき問題を。身内の尻拭いをさせた」

「いいのさ。たまたま入り込んだ密猟者の根城のリーダーがシルバヌス・セルウィンで、攻撃してきたから反撃したんだ。きみの叔父さんは噛み噛み白菜4個に負けてズタズタになって死んだよ」

「シルバヌスはいつかツケを払う事になる、と。父上が何度も言っていた。悪い事なんかするもんじゃない、もっと悪い奴に喰い殺されるか、『英雄』の踏み台にされるのがオチなんだからと」

 

 父上はこの事を知っているのかと訊ねたセルウィンくんに「去年手紙が来たよ」と返してから、その青年は2人してこちらを見つめているハッフルパフの姉妹に気づいた。

「ひとはころしちゃダメなんだよ?」

「殺すよ。ひとり残らず殺す。密猟者はひとりも生かしちゃおかない」

「じゃんさい! そぃでこそもののふど!!」

 下級生たちがどよどよと戸惑っているなか響き渡ったその大きな声の主が誰なのか、そして今なんと言ったのか。全く聞き取れない言語にも拘らず、その場の全員に解った。

 

 マホウトコロから来たシマヅくんが、今日もまた全身返り血まみれのまま、そこに立っていた。

 

 




 
※シマヅくんの薩摩弁が不自然だとしても大目に見てほしい。

【シルバヌス・セルウィン】
 ホグワーツ・レガシーに登場する「悪名高い敵」の1人。
 古い純血家系セルウィン家の一員だが、長男ではないために家を継げなかったという理由でドロップアウト、1890年現在では「家名に泥を塗るためならなんでもやる」そうな。
 レガ主に負けてそれでおしまい。

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