2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「一度敵対して、一度攻撃を始めたのなら、徹底的に叩け」
夕食の時間が終了して、皆が戻ってきたグリフィンドールの談話室で。
マホウトコロ出身の交換留学生、3年生のシマヅくんは、訛りのないイギリス英語で言う。
「根元まで叩いて完全に息の根を止めろ、と。ウチではそう教わる。中途半端に攻撃を止めるのは自分と味方を危険に晒すと。……それにあの密猟者共は、かなり悪質だ。生かしてはおけない」
1年生や2年生たちのほとんどが価値観の違いを見せつけられて怯んでいる中、ハッフルパフの女の子は立ち上がってふわふわと歩いていき、派手なメガネをした青年の目の前で止まった。
「ころすのはダメよ。いけない事なのよ? だからそんな事しちゃダメなの」
妹にはこんな物騒な会話に参加してほしくないがどうしたらいいのかわからないハッフルパフの4年生の女子生徒は、ただ心配そうにその同じハッフルパフの1年生の妹を見つめている。
「信賞必罰、因果応報。奴らに殺されたニフラーが、ヒッポグリフが、ユニコーンが。パフスケインが、カエルが、鳥が! 乱雑に打ち捨てられた亡骸共が、奴らを討て、と訴えている!」
シマヅくん英語めっちゃ上手だなぁと、ギャレスだけがお気楽にそんな事を思っていた。
「僕やシマヅくんのしている事を間違いだと思うのなら、きみはしちゃダメ。あと森は危ないから先生の許可無しで入っちゃダメ。心配してくれてありがとね。でも、僕はやめない」
ハッフルパフの女の子の潤んだ瞳に全く説得されないその青年は、ハッキリと言う。
「密猟者は1人だって生かしちゃおかない。僕が卒業するまでに、僕は森を『キレイに』する」
はじめて経験する感情が心の底から湧き上がってきたハッフルパフの女の子は、その気持ちが何なのかが解らず、泣きそうになりながらどうにか堪えて、縋るように姉を見る。
しかし妹に見つめられたハッフルパフの4年生の女子生徒も妹と同じくらい動揺していたので、結果としてこの姉妹の視線は青年の隣に座っている同じハッフルパフの7年生に、いつも優しいポピー・スウィーティングおねーちゃんへと注がれた。
「ポピーちゃーん…………」
縋り付いてきた1年生と4年生の姉妹を、ポピー・スウィーティングは優しく抱きしめる。
「そうね。……じゃあ、まず。この子と密猟者が、どう違うのか。わかる? 密猟者って、何?」
「…………動物を、獲っちゃダメなのに、獲っちゃうひと。わるいひと」
「それはこのおにーちゃんもしてる事だよ? 魔法省に許可貰ったのは去年。始めたのは一昨年」
ハッフルパフの姉妹と、グリフィンドールの談話室に集う下級生たちは考える。
密猟者ってなんだろう。なんでこの先輩は自己判断で魔法生物を捕獲する事が許されてるんだろう。この先輩がしている事はどうして「密猟」ではないと評価されているのだろう。
皆が前から漠然と抱いていた靄のような疑問に答えたのは、ダンブルドア少年だった。
「密猟者は、獲った動物を、殺してしまう事がほとんどだからです。そこが先輩との違いです。デミガイズの毛、ユニコーンの尾の毛、血。エルンペントの角の毒。ジョバーノールの尾羽根。そういうものを得るために、1匹から採れるだけの『品物』を可能な限り『収穫』するために、密猟者は魔法生物を解体するんです。……必ず、ではありませんが。そして、必要なパーツを採れるだけ採ったら、残りの肉片には関知しない。単に『売り物にならない部分だから』適当に処分する」
何年か前に母と行った魔法省で読んだ魔法生物規制管理部が無料配布してる冊子に書いてありました、とダンブルドア少年は事も無げに言った。
そして派手なメガネの青年が、ポピーの隣でソファにゆったり座ったまま発言を引き継ぐ。
「去年みんなと魔法生物図鑑作った時にねえ。調べたんだよね。グラップホーンの事。大きな2本の角が、無いやつも居るらしいのは本当なのか。本当ならそれはなんでなのか。グラップホーンには大きい2本の角があって、それは黄金でできてて、魔法薬の材料になる。で、グラップホーンはすっごく強くて、角の薬効も強力で、文字通りの黄金だから、グラップホーンの角の粉末って、ちょっとびっくりしちゃうくらいの値段がするんだよね。だから昔から密猟者に狙われてる。クラグマー海岸にはもう、湖畔の主がギリギリ守ってた数頭の群れしか残ってなかった」
「ホグワーツの図書館と、我が家の書斎と、ギャレスの親戚にも手紙で話聞いて、父上経由で外国の魔法省にも資料請求して、皆でそれを比較研究して、ようやくなぜなのかが判明した」
オミニスとセバスチャンの宿題を見ていたマルフォイが、静かに口を開いた。
「グラップホーンに、目立つ大きさの角が無い個体も現れ始めたのは、比較的最近だ。そしてこれは、グラップホーンという種が長年密猟の危機に晒され続けたからこその『進化』だ。つまり、角の立派なグラップホーンは密猟者に狙われ――密猟者に多数の犠牲を出しながらではあるが――狩猟される。つまり、角が立派なグラップホーンほど早死にする。そして角が比較的矮小な個体ほど生き残る。これが何世代にも渡って繰り返された結果の『厳しい周辺環境に適応した』新世代。それが『角を持たないグラップホーン』だ」
スリザリンの7年生、古い純血家系出身のマルフォイは、1年生たちの方を見もせずに言った。
「グラップホーンはね、絶滅寸前だ。このホグワーツの周辺地域にはもう、コイツが保護してる『湖畔の主』の群れ以外には1頭も生息していない。資料を読んだ限りじゃあ、昔はヒッポグリフくらいには見られた生き物なのに。そして、グラップホーンの角の粉末が無いと作れない魔法薬はいくつもある。動物たちが可哀想だってのは勿論だけど、密猟者が蔓延る事は、他でもない、俺たちヒトの魔法族の都合だけで考えても、有害なんだ」
オミニス・ゴーントがマルフォイに続いてそう言い、ハッフルパフの4年生の女子生徒を筆頭に、そこに居る下級生たちは何も言えないまま考え込む。
しかし黙りこくったままの姉をよそに、その女の子はまっすぐにポピーちゃんの隣の7年生を、派手なメガネに危険な言動のおにーちゃんを見つめていた。
「でも、悪いひとたち相手でも、『ころしてやる!』なんて、言うべきじゃあないと思うの。だって、そんな気持ちで居続けるのは身体に良くないって気がするし、友達いなくなっちゃうもの。だってあたしは、『ころしてやるんだ!』なんて言うひととは、お友達になれないもの」
女の子のその言葉を聞いて、ポピーは隣の友人を見つめる。
「ねえ、あなたがしたいことって、密猟者から動物たちを守る事? それとも密猟者を殺す事?」
ポピーにそう訊かれた事で、青年はやっと、なぜ今グリフィンドールの談話室中の下級生たちがみんな心配そうな表情で自分を見ているのかを理解した。
「許せない、だから殺してやるんだ! ってのは、ランロクとおんなじか。……そうだねぇ」
そう呟いた青年は、隣のポピーちゃんに抱きしめてもらいたかったが、やめた。
「あんた、ランロクとかルックウッドみたいになりたい?」
談話室の隅っこでずっと静かにしていたナツァイ・オナイが青年に言う。
「なりたくない。絶対やだ」
ソファの上で、青年はそう言って自分の膝を抱えた。
「シマヅくんはどうして密猟者を攻撃するのかな?」
ポピーにそう訊ねられたシマヅくんは、膝を抱えてしょんぼりしている青年とは対照的に、何の精神的呵責も無い様子で、一切悩みもせずにハッキリと即答する。
「自分で一度始めた戦いだからだ。俺はもう踏み込んだ。次に森で出くわした密猟者に攻撃しないという事は戦いの途中放棄だ。それは己のみならず周囲の人間まで危険に晒す行いだ。そして密猟者は、減らさなければならない。そして違法行為をやらかす者共を減らすには、その違法行為が、より危険で、より儲けが少なく、より困難になればいい。つまり、密猟者は根絶やしにする。それと同時に『もっと簡単で確実に日銭を稼げる真っ当な職を斡旋する』という方策もあるが、そちらは学生でしかない俺には、手の届かないものだ。だから俺は密猟者を見つけたら攻撃する」
訛りのないイギリス英語でそう言い切ったシマヅくんに、下級生たちは誰も何も言えない。
ただ、ダンブルドア少年だけが、たったひとつの事を確認した。
「殺したいから殺してやる、じゃあないんですね?」
「違う。守るために戦う。まずは自分の身を、次には味方を、そして殺されるべきでない者を」
「でも、やってる事はようするに殺人ですよね」
「そうだが、違う。戦での死は名誉だ。自ずからそれに向かっていき、背を向けず、堂々と戦い抜いた末に死んだのなら。密猟者共が『消費』している動物たちの死は、名誉あるものではない。望んだはずも無い死を与えられた。密猟者共が禽獣の命を弄ぶのなら、それは自分の命がそうなる覚悟ができているという事になる。戦えない誰かが無為に犠牲になるよりは、俺が戦うほうがいい。何より、俺が密猟者への攻撃をやめたからといって、密猟者が悪事をやめることには繋がらない。『 種種諸悪趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅 』……1人残らず斬って捨てる」
正しさにもいろんな種類があるのだと、ダンブルドア少年はそれを聞いて思った。
シマヅくんが最後に言ったニホン語の呪文なのだろう何かを、ほとんど誰も聞き取れなかった。
「それ『観音菩薩の慈悲と法力によって』って文脈だろう。きみは観音様なのかいシマヅくん?」
ギャレス・ウィーズリーに訛りのない日本語でそう問いかけられて、こんな薩摩から遠く離れた世界の果ての果ての果てにまさか法華経を解する人間が居るとは思っていなかった13歳の島津忠宝は、驚きのあまり目を丸くした。
「マチルダおばさんがニホンの魔法省で働いてた頃に僕ら家族と仲良くなったニホン人から聞いた事があるんだ。お寺でジュウショクってのをしてるマグルのおじさん。ホケキョウだろ? 今の」
遠い異国のマグルの文化はギャレス・ウィーズリーにとって、そして彼の数多い叔父の1人にとって、今季のイギリスクィディッチリーグにおけるチャドリー・キャノンズの快進撃と同じか、あるいはそれ以上に、とてもとても興味深いものだった。
何年も前、「ニホンで働いているマチルダおばさん」を親戚総出で訪ねた際、ついでに敢行されたニホン旅行で訪れた京都のあるお寺で勇気を出して話しかけて仲良くなった「ジュウショク」なる職業の男性と、その「ギャレスのおじさん」は、あっという間に意気投合したのだ。
それ以来ウィーズリー家はニホンのマグル社会に関する尾鰭のつかない情報源と醤油と餅の輸入手段を手に入れ、その一貫としてギャレスは、おじさんの持っているニホンの本に関して、わからない部分があったら手紙でニホン人に訊くという事ができるようになった。
「『三本の箒』のバタービールをイグネイシャスおじさんがこっそりニホン旅行に持ち込んでたのは、僕ら家族全員にとって僥倖だったね。あの時おじさんはパパにもママにも怒られてたけど」
まだビックリしているシマヅくんをよそに、ギャレスはまた日本語でそう言って長閑に笑う。
一方、さっきまでの自分の言動とランロクとルックウッドとが同一視できてしまった青年は、相変わらずソファの上で膝を抱えて俯いている。
そしてポピーは、まだ困惑している他の1年生や2年生たちに、ニッコリと笑顔を向けた。
「みんなはコイツの事、時々ちょっと怖いって思っちゃうかもしれないけど、でも、大丈夫だよ」
「ポピーの言う通りだ。だって、コイツの傍には僕らが居るからね」
ポピーに続いてギャレスもそう言った事で、1年生たちの動揺が少し収まったのをダンブルドア少年は見て取った。それは他でもない、その2人だからこその効果だった。
「いっぱいの友達に囲まれて、毎日すっごく幸せな人は。わるいやつにはならないもんなんだよ」
ポピーがハッフルパフの姉妹を抱きしめたままそう言った途端、グリフィンドールの3年生たちが談話室に入ってきた。
「あ、居たシマヅくん。ねえ、もしよかったらチェスやらないかい? 宿題済んでるならだけど」
「やる。西洋の将棋みたいなものだと父上が以前話していたから、興味あったんだ」
「先にシャワー浴びて着替えてくるべきだろ。……ずっと戦ってたのか?」
「シャワー室はあるのかホグワーツ。どこだ教えてくれ」
あらシマヅくんったらあんなカワイイ顔でも笑うのねと思ったポピーは、ふと隣を見た。
「…………どうしたの。なんで泣いてるの?」
その理由が解っていながら、ポピーは膝を抱えたままの青年にそう訊いた。
青年は、ポピーにぴったりくっついている1年生と4年生の姉妹を、目に涙を浮かべたまま見る。
「僕、こわい?」
ハッフルパフの女の子がポピーちゃんからその隣の青年へ、ゆっくりと視線を移すのを、ダンブルドア少年が見守っている。
「ねえおにーちゃん、グラップホーンってなあに?」
そこかあ、と。その光景を見守っていたグリフィンドールの談話室の全員が思った。
その女の子のまんまるの目には自分に対する恐怖心など表れてはおらず、それどころか好奇心で煌めいているという事に、青年は気付いた。
「ねえグラップホーンってどんなの? 大きい角があるの? あたし見てみたい!」
ぐいっと顔を近づけてきた女の子に、今の今まで膝を抱えて泣いていた青年はビックリ仰天してしまって口をパクパクと開けたり閉じたりするばかりで、何も言えずにいる。
そして、苦笑しているポピーにくっついたまま妹を見守っていた4年生の女子生徒が口を開く。
「怖くないわよ。先輩は。だって先輩が怖い人だったら、ポピーちゃんがこんなピッタリくっついて同じソファに座んないし、妹は近寄って行かないもの。それに私、先輩が優しいの知ってるわ」
そのハッフルパフの女子生徒は、今している話をどこまで理解しているのやら怪しい妹に訊く。
「――ねえ、このおにーちゃん、怖い?」
「……どうして? 怖くないわ。だってこのおにーちゃん優しいもの! それにこのおにーちゃんと一緒にいる人、いつもみんな笑ってるもの!」
それを聞いた青年は、今度は隣のポピーに抱きついたきり、一切動かなくなった。
「……首席にふさわしい振る舞いをみせる時と、そうじゃない時の差が。凄いですよね、先輩は」
ダンブルドア少年がしみじみとそう呟くのを聞きながら、ポピーはその青年を見つめる。
「ねえ、お昼にした約束、覚えてる?」
「…………約束?」
涙と洟水でぐしゃぐしゃの顔をゆっくり上げてそう訊き返してきた青年が、約束を忘れ果てているのは、ポピーとて察していた。
それでもポピーは、今そうしたくなったので、その「お昼にした約束」を履行する。
「あなたは今日のお昼にキライなモノも頑張って食べたから、私がブラッシングしてあげる」
「……先に宿題する。ポピーちゃんにブラッシングしてもらったら、そのあとなんにもできない」
「わかる」
ナツァイ・オナイが青年に力強い口調で同意したのが、ダンブルドア少年には可笑しかった。
そして青年がもぞもぞと動いて宿題の羊皮紙やら教科書やらを、取り出そうとしたその時。
ぐぅーーっ、と。青年のお腹が大きな音を立てた。
「……お腹すいちゃった」
「いま夕食を食べたばっかりなのにですか??」
ダンブルドア少年が呆れ果てた様子でそう声を上げ、ポピーが「宿題はもう少し何か食べてからにしよっか」と青年に促す。
「きみならそういう事言うと思ったからこんなにいっぱい色々貰ってきたんだよ。ほら、食べな。ダンブルドアくんも、デザートとかもまだあるから良かったらどうぞ」
自分がいま書いた文章を読み解くのに苦戦しているらしいセバスチャンが羊皮紙を睨みながらそう言い、マルフォイが「もうちょっと丁寧に字を書けお前は」と小言を言った。
「ビンズだって内容を読んで評価するんだから、読めなきゃ零点だぞサロウ」
「わかってるよ……」
セバスチャンは結局自分が書いた内容の読解を諦め、杖を振って羊皮紙を真っ白にした。
そしてレポートを再び1から、今度は丁寧な字を書くことを心がけて羽ペンを走らせ始めたセバスチャンの視界の端で、その女の子は相変わらず旺盛な好奇心でその表情を輝かせたまま、ポピー・スウィーティングに詰め寄っている。
「ねえねえポピーちゃん、グラップホーンってなあに? どんなの?」
「あなただって1回見たことあるんだよ。グラップホーンは」
「そうなの? どんな子なのポピーちゃん。あたし見てみたい!」
今日はもう遅いから明日ねと約束を交わしたポピーは談話室の隅、宿題をやっつけるべく格闘を続けているスリザリンの面々に声をかけて、マルフォイの「魔法生物図鑑」を借りた。
「私のは寝室に置いてきちゃったから」
ポピーはその去年みんなで作った「アイツが飼育している魔法生物図鑑の草稿版」を開きながらそう言い、「グラップホーン」のページを開いて1年生の女の子に見せてあげた。
「こないだのホウキに乗ってびゅんびゅーんってスポーツの時の動物さん!」
「そう。あの時クィディッチ競技場までこのおにーちゃんと私とアミットとダンブルドアくんを運んでくれたのがグラップホーン。すっごく強くてカッコいいんだけど、ヒトに懐くような生き物じゃないから見つけても近寄っちゃダメだって覚えてね」
「それをアンタが言うのはややこしいんじゃないかいポピー?」
ノットに宿題を見てもらっていたレストレンジが談話室の隅っこからそう声をかけると、ハッフルパフの女の子はハッと気付いたように、その動物図鑑からポピーちゃんへと視線を移した。
「そういえば、とっても強くて危ない動物だから近寄っちゃダメだって、あたしあの時アデレードおねーちゃんに教えてもらったわ! でも、じゃあなんでポピーちゃんたちは平気なの?」
ハッフルパフの女の子がポピーに投げかけた素朴な疑問に、同調したのは7年生たちだった。
「その質問、去年の今頃にアタシらもしたんだよね」
魔法薬学の厄介な論述問題をどうにかこうにか処理し、マルフォイによる採点を待ちながらそう言ってきたスリザリンのレストレンジにその隣のノットも同意した。
「ポピーがヒッポグリフと仲良しなのは1年生の時から聞いてたけど、私3年生くらいまでは信じてなかったのよね。だって、当時の私には、学生が仲良くなれるなんて思えなかったんだもの」
ギャレスと共に大鍋へ何やら投入して魔法薬を試作しているサチャリッサもそう言い、ギャレスも何やらトゲトゲした植物が独りでに動く刃物に刻まれていくのを見守りつつ催眠豆を薬研で潰しながら「ホントに凄いよね、ポピーも、きみも」と、ポピーの隣でまたチキンを両手にひとつずつ持って食べ進めている困った友人に声をかける。
「ほら先輩、いま先輩が皆に褒められてますよ」
ダンブルドア少年にそう囁かれて、その女生徒はようやく食欲以外にも脳みそを使った。
「もぽ? むぁアップルパイはどこだっけ……あ、あった。んー? あ、それ湖畔の主だねえ。アーンに描いてもらった挿絵。それ作るのたーのしかったよね!」
チキンを持ったままの手を左右それぞれ別の大皿に向けて杖なしで魔法を行使し、アップルパイと紅茶のおかわりとラザニアを自分の近くの空中に浮遊させて確保しながら、その女生徒は隣のポピーと1年生の女の子が見ている動物図鑑を覗き込んだ。
「あ、おにーちゃんがおねーちゃんになってる! さっきまでおにーちゃんだったのに!」
ハッフルパフの1年生の女の子は、このへんな7年生の先輩にも、興味津々だった。
「ねえおねーちゃん。おねーちゃんとポピーちゃんはどうして強くて危ない動物さんともお友達になれるの? もしかして動物さんの考えてることがわかるの?」
「グラップホーンとかエルンペントとか、そういうのと仲良くなるのは簡単だよ。つまり強くて賢い動物ね。僕も強いんだぞーってアピールして、そのあと『仲良くしたいんだ』って動作で示す。これで、『向こうにこっちを受け入れる気があれば』はじめましてから始めて、仲良くなれる」
「…………ポピーちゃんもグラップホーンさんより強いの?」
「ポピーは僕とは全然違う方法で仲良くなるのさ。たぶんね、優しいのが伝わるんだよ。だって動物って賢いからさ。初めて接する生き物に『攻撃する意思なんかないよ』って示して理解してもらうのが、ポピーはすごく上手なんだ。だから、きみも。それにきみも。きっと仲良くなれるよ」
腰まである栗色の髪に強めのウェーブがかかっているせいでボリュームがとんでもない事になっているその女生徒は、ポピーにぴったりくっついている1年生と4年生の姉妹にそう保証した。
「それは僕もそう思うな」と、真っ先に同意したのはセバスチャンだった。
「ニーズルとかワンパスキャットじゃなくてもさ。やっぱり敏感なんだよ動物たちは。『悪意』とか『害意』とか『攻撃性』とかそういうのにさ。だから一昨年のノットはニーズルにめっちゃ避けられてたし、逆にポピーとかオミニスの傍には呼ばなくたって魔法生物たちが寄ってくる」
一昨年の自分がニーズルに対してどういう態度だったかを考えれば、ノットはこの言われ様にも反論などできなかった。
それにノットとて、このマグル生まれのハッフルパフ生の姉妹を嫌悪する魔法生物が居るとは、ちょっと考えられなかったのだ。なぜなら魔法生物たちは、否、魔法生物に限らずとも動物たちは、ヒトが想像する以上にヒトの態度や精神状態に敏感で、その上とても賢いのだから。
「あたしもグラップホーンさんに乗っけてもらったりできるかな!」
「できるよ。でも今日はもう遅いから明日ね? 明日の朝乗っけてあげる」
「ほんとう?! お姉ちゃんと一緒に乗っけてくれる?」
正直自分は好奇心より恐怖が勝っちゃうなと思っていた4年生の女子生徒は、妹が声を弾ませてそう言った隣で瞬く間にその妹そっくりの整った顔を真っ青にしていた。
「湖畔の主の機嫌が悪くなければだけどね。アイツたまにしょぼくれてる事があるんだ。だいたいは『湖畔の妃』に――湖畔の主のつがいの白いグラップホーンに――その、拒否された時だけど」
最後に付け足した説明を理解していないらしい女の子に、ポピーは言葉を選んで言う。
「えっとね。オスがくっついてたい気分の時に、メスの方もそうだとは限らないじゃない? だから時々『今はヤダ』ってなっちゃうのね。そうすると湖畔の主としては――」
「さみしくなっちゃう?」
「まあそんな感じね。で、そういう時って人間と同じで、慰めてもらいたくもないんだ。だから、そういう時は私、近寄らないように気をつけてるんだよ」
グラップホーンさんにも色々あるのね! と言った妹の隣で、これはもしかしたら魔法生物学の成績を向上させるのにすごく役立つ考え方なのではなかろうかと、そのハッフルパフの4年生の女子生徒は「魔法生物にも感情の機微がある」という、考えてみれば当たり前の文言を、頭の中で何度も繰り返し唱えていた。
いくらその生き物の特徴を把握していても、例えばニフラーにだってキラキラピカピカしたものを追いかけたくない気分の時がきっと偶にはあって、そういう時に「特徴」だけしか頭に無いせいでそれを察してあげられなければ、きっと手痛い失敗をすることになるのだろうと。
「あ、シマヅくんおかえり。シャワー室場所解ったかい?」
「案内してくれた。あの階段はやっぱり曲者だな」
シャワーを浴びて着替えて帰ってきたシマヅくんとルームメイトたちは談話室にまだ居たみんなに挨拶してから、隅のテーブルに固まって座る。
「さあシマヅくん! ショーギのルール教えてくれ!」
あれさっきはチェスって言ってなかったかい? と、アミットが楽しげに呟き、それをきっかけにまたハッフルパフの1年生の好奇心が揺れ動いた。
「ショーギってなーに? あたしもやってみたい!」
「ニホンのチェス…………みたいなもの……なんだと。僕らも今から教えてもらうところだ」
3年生のおにーちゃんたちのテーブルに駆け寄っていった女の子の背中を見守りながら、ポピーと同じソファにピッタリくっついて座っている女生徒は、4年生のお姉ちゃんに小声で訊く。
「きみの妹ってチェスできるのかい?」
「あの子ルールはどうにかこうにか覚えたんだけど……ちょっと信じられないくらい弱いの」
「……ごめん。なんにも意外じゃなかった。今ぼく全然ビックリしてない」
未だに夕食の続きを食べ続けている7年生の女生徒がハッフルパフの4年生の女子生徒と囁き声で交わしたその会話を聞いて、2人の間に挟まれているポピーが笑った。
「――ダンブルドアくんはどう? チェス好き?」
「好きです。好きですけど、アブが……弟がですね。負けず嫌いなんですよね……すっごく。僕が勝つと拗ねるんですアブったら」
ポピーの質問にダンブルドア少年もまた苦笑しながら答え、向こうからマルフォイが「わざと負けてあげたりとかはしないのか?」と質問を投げると、ダンブルドア少年は更に渋い顔になった。
「えっヤですよ。なーんでアブに負けてあげなきゃいけないんですか。アリアナならともかく」
負けず嫌いはどっちなのやらと、宿題を進めながら皆の話し声を聴いていたオミニスは思った。
やっといつも通りの楽しそうで賑やかな声に戻った友人と、どこか弾んだ声色でショーギとやらのルールを説明し始めたシマヅくんの顔を、想像しながら。
グラップホーンは「2本の大きな角が特徴」と説明されるが、一方で映画ファンタスティック・ビーストにおいてニュートが世話しているグラップホーンには「2本の大きな角」が無い。
これについてどうにかロアフレンドリーな理屈を捏ねようと考えた結果の妄想が「進化」。
現実では牙目当てで乱獲されているゾウに同じ変化が起きている。
ただ、なぜ密猟圧力が高い地域では牙(この話の中ではグラップホーンなので角)無しの個体が増えるのか、という部分の理屈については私の妄想だと思って(鵜呑みにしないで)ほしい。
私の妄想の中のレガ主は「今の自分の行いはランロクとかルックウッドと一緒だ」って思っちゃった時が一番落ち込む。
一方シマヅくんは一切ブレないし動揺しない。シマヅくんが唱えてたのは「示現流」って流派名の出どころになったお経の、示現流という流派名の出どころではない別の部分。