2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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65.サチャリッサの大目標

 心ゆくまでショーギバトルをし、チェスをし、制作者本人はチェスだと言い張っている特殊仕様のボードゲームもし、またショーギバトルをし、チェスをしショーギバトルをし、と心ゆくまで遊んだ皆は、いくらなんでもそろそろ寝ないといけないよねと言い出したヘクター・フォーリーに促されて、渋々解散した。

 

「お姉ちゃんまた明日ね! おやすみなさい!」

「はいはいまた明日ね。おやすみなさい」

 

 しかし彼ら彼女らは、10代の少年少女である。先生方も重々承知しているとおり、そして先生方とて生徒だった頃は同じように、10代の少年少女にとって、「就寝時間になったので寝室に行く」というのは、必ずしも「寝る」を意味しない。

 

「……あなた、今あの妹ちゃんが『一緒に寝ましょ!』って言ってくれるの待ってたでしょう?」

「そっんな事っなないわ。ないわよ。あたしは独りで寝られるもの」

 

 ルームメイトに図星を突かれて挙動不審になったその4年生の女子生徒は、妹の寝室と自分が今居るハッフルパフ談話室2階の通路とを隔てる、樽の蓋のような丸い扉を見つめている。

 皆、ヘクターに言われたとおりそろそろ就寝するべき時間なのは理解していても、ほとんどの生徒たちは、眠気が全身に満ちるまでには未だ少し時間を要した。

 そして談話室で過ごしていたホグワーツの生徒たちが各々の寮の寝室に戻る中、その7年生だけは今日もまた、気が向いた場所で気が向いた相手と気の向くままに寝るのだった。

 

 もちろん規則違反であり、しっかりと罰則が言い渡されている。

 

「くゃ~~~~~…………」

 

 ホグワーツの地下階にあるハッフルパフの女子寝室、その中の一部屋で数十分ぶりにワタリガラスの姿からヒトに戻った7年生の女生徒は、溶け出していきそうな声を漏らしながら両手両足を投げ出して、腰掛けていたポピー・スウィーティングのベッドに倒れた。

「……サッちゃんそれなにしてるんだい?」

「パック。腫れ草の膿とトリカブトの根っこと巨大紫ヒキガエルのイボとアッシュワインダーの卵とハチミツと、他色々で作った私特製の美容薬。に浸漬したマンドレイクの葉っぱよ」

 サチャリッサ・タグウッドの顔中が緑色のペーストでびっちり覆われている理由をその説明でやっと理解できたアデレード・オークスも、溶け始めている友人に続いて質問をする。

 

「………効果あるの?」

 

 サチャリッサが自分の顔を緑色のペーストで覆い尽くしているのを研究とか自主学習ではなく、それらに行き詰まった末の奇行だと思っているのが目に表れているアデレードとポピーに、しかしサチャリッサは堂々と言う。

「それを確かめてるのよ。勿論あると思って作ってるけれど、使うのはこれが初めて」

「サッちゃんお顔がみどりいろだねぇ」

 ポピーにじっくりブラッシングしてもらってリラックスの極致にある女生徒は、寝言のようにぼんやりした声色でそうサチャリッサに声をかけた。

「良いでしょう。…………アナタもやる? 材料の半分をアナタが提供してくれてるんだから、アナタになら私はこれを喜んで無償で進呈するわよ?」

 そう問い返された女生徒はポピーのベッドからムクリと起き上がり、サチャリッサのぬらぬらした緑色のペーストに覆われた顔をぼんやりと見つめる。

 

「ぼくもやりたい」

「そう。じゃ、こっちいらっしゃい。やったげるから」

 

 そう言いながら自分からその女生徒に近寄って行ったサチャリッサは、ベッドの傍のトランクケースからマンドレイクの根っこの形をした瓶を「呼び寄せ」、蓋を開ける。

 

「おもしろいかたちの瓶だねえ」

「ギャレスがくれたのよ。ほらお顔こっち」

「うきゅはははは! ちべたい!」

「じっとしててくれるかしら」

 

 大人しくじっとしているのはこの友人が最も苦手な事のひとつだと理解しているサチャリッサは、その友人の顔に手早く緑色のペーストを塗りたくっていき、あっという間に覆い尽くした。

「はい。10分くらいそのままね」

「きゅあーー! ふひゅははは!! 見て見てポピーちゃん、僕みどりいろ?」 

「緑色だよー。ねえサチャリッサ、それ『アナタの思った通りなら』どういう効果があるの?」

 ポピーにそう訊かれて、サチャリッサ・タグウッドはずいっとポピーに接近する。

 

「あなたたちみたいなスベスベふわふわの肌になるのよポピー・スウィーティング」

「へぇ??」

 

 ポピーの頬を正面から両手でピッチリと挟んだまま、サチャリッサはアデレードを睨む。

「私はね、全ての女の子をアナタたちみたいなほっぺふわふわ族にするのよ」

「…………ほっぺふわふわ族とは」

 アデレード・オークスにそう訊ねられて、サチャリッサがポピーの頬を挟む手に力が籠もる。

 

「アナタたち2人と、1年生と4年生のあの姉妹でしょう、あとレイブンクローで言うとアミット・タッカーと、ソフロニア・フランクリンに、ゼノビア・ノークとヘスパー・スターキーもね。スリザリンならアン・サロウとプリシラ・ウェイクフィールド、グリフィンドールなら――とにかく、適切なお手入れなんて何もしてないのに肌がスベスベふわふわの、うらっやましい人達の事!」

 

「サひゃリッサ、おひふいて?」

 

 頬を揉みくちゃにされながらなので、ポピーは上手く発声ができない。

「ポピーちゃんのほっぺはふわふわだもんねぇ。さわってるとじかんがはやく過ぎてく」

 顔中を緑色のペーストに覆われたまま刻一刻と熟睡に近づいているその女生徒とは対照的に、サチャリッサ・タグウッドの心は大いなる研究意欲とほんのちょっぴりの嫉妬で燃え上がっていた。

 

「ねえ私の手から嗅いだことない良い匂いがするんだけれどポピーあなた香水は何を使ってるの」

 

 ポピーの頬からやっと手を離したサチャリッサはしかしすぐに再びポピーに詰め寄って、ポピーの「美容」に関する事情を仔細に聞き出すべく、日刊予言者新聞の記者かの如く質問を繰り出す。

 サチャリッサの背後では、ベッドの傍のトランクケースから羽根ペンとインク瓶と折りたたまれていた大きめの羊皮紙が飛び出し、いつでもメモを取れるように空中に待機した。

 

「えっ、とっ、特に何も…………」

「若手美人女優って皆そう言うのよね!!」

 

 そう声を荒らげたサチャリッサに何かが憑依したかのような剣幕で詰め寄られて、なんなら怒っているようにすら見える表情で迫られて、、ポピーはただただ困惑していた。

「…………さっきまでブラッシングしてたんだから、この子の羽根の匂いなんじゃないかな?」

 自分もポピーのベッドに腰掛けて、今や微睡み始めている顔中緑色のペーストに覆われた女生徒に膝枕しながらそう言ったアデレード・オークスは、その女生徒の髪をくりくりと弄っている。

「なあにアデレード。ねむいのかい?」

「眠いのはアナタでしょ。アナタ、眠い時に楽しくなっちゃうと赤ちゃんみたいになるよね」

「きゅふふへへ…………」

 リラックスの極致に到達して徐々に言語能力を失いつつある女生徒へ、普段は絶対訊かないように意識して避けている質問を、ポピーは投げかける。

 

「ねえ、フィグ先生に逢いたくなったりとか、する? 逢いたい?」

 

 どうしても訊かなければ気がすまないが、しかし切り出す勇気はない。そう7年生たちが躊躇い続けている問いだった。

 そして緑色のペーストに顔中覆われたまま、アデレードに膝枕されたまま、その女生徒はさして悩む様子も見せず、寝ているのか起きているのかわからない声で話し始める。

 

「逢いたいけどねえ。フィグ先生は死んじゃったからさ。逢えないんだよねえ。それでさ、僕ねえ思うんだよ。願ったってしかたないことは、願ったってしかたないんだ。だって、叶わないんだからさ。しんじゃったら、生き返らない。だから、もう逢えない。……うん。もう逢えないんだ」

 そう言った女生徒の傍に、ポピーとサチャリッサも寄ってくる。

「それでね、フィグせんせ言ってたんだ。僕ねえ訊いたことがあるの。ミリアムさんに逢いたいですかってさ。そしたらねえフィグせんせ言ってたの。『最期までしっかり生きたらまた逢える』って。だから逢いたいけど、逢いたいなんて考えなくていいんだって。だってさ、逢えるんだもの。生きてるあいだは逢えないけど、死んじゃった後でなら逢えるの。そしたらほら、逢ったときにさ。褒めてほしいだろう? だから僕はねえ、お勉強がんばるんだよ。それでねえ密猟者と悪いやつをいっぱいやっつけてねえ。困ってる子は助けてあげてねえ、それでみんなといっぱい楽しいことして、それで、うんと長生きするの。そしたらフィグせんせに褒めてもらえるって思うからさ」

 

 そして数秒の沈黙が流れた後で、口を開いたのはサチャリッサだった。

 

「……今日はみんなでコイツを囲んで一緒に寝るわよ。いいわね」

「ねえねえポピーちゃん。フィグせんせはミリアムさんに褒めてもらえたかなあ」

 

 明日の朝起きた時には今した会話の内容などさっぱり忘れているだろうとポピーやルームメイト皆に確信させる微睡みっぷりのまま、その女生徒は何やらモニョモニョと喋り続けている。

 アデレード・オークスは今や、その女生徒を抱きしめたまま一切動こうとしない。

「ほらアデレード。庇護欲が爆発しそうなのはアナタだけじゃないんだから。独り占めはダメよ」

「ねえセバスチャン。明日ねえ僕ねえお出かけするんだよ。知ってた?」

 アデレードに抱きしめられたままその場に居ない友人に話しかけているその女生徒は、今や微睡みよりもさらに深く、刻一刻と熟睡へと沈んでいた。

 

「…………マルフォイたちの言う事ちゃんと聞くのよ? わかってる?」

「わかってるよぉセバっチャン。ぼくマルフォイのことはたべない」

 

 アデレード・オークスはスリザリンの男子と間違えられているのも気にせず、顔中緑色のペーストに覆われた友人に膝枕したまま、相変わらずピッタリと顔を近づけて話しかけている。

「アデレードほら明け渡しなさい! アナタは包囲されています! 観念しなさい!」

「やだ! 私の!! この子は私が育てる!!」

 その途端、シュバン! と大きな音が部屋中に響いた事でアデレードとポピーの突発的な寸劇は中断され、既に寝ているもうひとりのルームメイトと半ば寝ている女生徒以外、ポピーとアデレードとサチャリッサの視線が一瞬で部屋の中央に集まった。

 

 アデレードはサチャリッサの背に、サチャリッサはポピーの背に隠れている。

 咄嗟に怯えてしまったのは失敗だと、これは自分が現在抱えている改善すべき点だと既に反省し始めているサチャリッサと、まだしっかり怯えているアデレードをよそに、ポピーは嬉しそうにその、強いて言えば猫のような、大型犬くらいある生き物に話しかける。

 

「どうしたの? アデレードも一緒に寝る?」

 

 のしかかってきたその生き物をどうにか受け止めたポピーが、なぜ緊急事態ではなく単に甘えに来ただけだと判断できたのか、サチャリッサには解らなかった。

 若いズーウーの「アデレード」は、レトリバー犬くらいある胴体よりも長い、布のような赤い尾をヒラヒラと揺らめかせてポピーを囲う。

 

「むぐぅぇあ」

 

 ズーウーの「アデレード」にお腹を踏まれた女生徒が呻いた。

「むぇ……あ! アデレードだ。一緒に寝るかいアデレード」

「ええ。みんなで一緒に寝るの。アナタ真ん中ね」

 ズーウーに話しかけたのだと理解はしつつ、それでもアデレード・オークスは割り込んだ。

「あ、やあアデレード。どうしてここに居るんだい? お腹すいちゃったのかい?」

「…………アナタ今自分がどこに居るのかわかってる?」

「んぇーー、えー…………っと、ホグワーツ?」

 コイツもはや起きているとは言えないわねと理解した一同は、あくまでも自分たちが満足するのが目的だと自覚しながら、杖を振って皆のベッドの中間地点、寝室の中央に布団と毛布を敷き詰め、その上に顔中緑色のペーストに覆われた女生徒を安置した。

 

「さ、アナタもそろそろ『それ』落としましょうか」

 

 サチャリッサはそう言って、女生徒の顔に杖を向ける。

 緑色のペーストは1枚の布か何かのようにスルリと剥がされ、さらにもう一度杖を振ったサチャリッサの意図通りに、跡形も無く「消失」した。

「それ毎回捨てちゃうものだったの?!」

 驚きを隠せないらしいアデレード・オークスに、サチャリッサは言う。

「そうよ。だからこそ材料調達をコイツに助けてもらってるの。じゃなきゃガリオンがどれだけあっても足りやしないでしょう?」

「……まだ使えそうだなって思っちゃった」

 自分がそう言った途端サチャリッサの目が少し光ったように、アデレードには見えた。

 

「魔法薬の『使い回し』は無限大のリスクを産む愚かな行為よ。……気持ちは解るけれど、薬効を有効に活用して、役目を果たしたんだから。無駄にはしてないわ。意図通りの結果じゃあなかったとしても、私は『この実験』をちゃんと記録に残しているし、忘れない。それに私が生み出した物は、キチンと処理方法を確立させるのが私の責務よ。まあだいたい『消失呪文』で済むけれど」

 

 そしてサチャリッサ・タグウッドは、ルームメイトに要請する。

「――さ。私のほっぺ触ってみてくれるかしらアデレード・オークス?」

 言われたとおりに美容好きのルームメイトに手を伸ばしたアデレードは、しかしサチャリッサの頼みではなく、突如自分の中から湧き上がってきたイタズラ心と好奇心の方に従った。

 

「……そこに触っていいのはギャレスだけなんだけれど?」

「むーーーー、意外とある……服の上からの印象よりは…………」

「怒るわよアデレード・オークス」

 

 サチャリッサが語気を荒らげる寸前で手を離したアデレードは改めて、今度こそ間違いなくサチャリッサの「頬に」触った。

「わぁ、わああ! あなたやっぱり天才よサチャリッサ! だってほっぺが! ねえポピー!」

 サチャリッサの頬にそっと触れた途端に目を輝かせたアデレードは、ズーウーを撫で回していたポピーに興奮気味の声色で呼びかけた。

 そして呼びかけられたポピーも、ズーウーを落ち着かせてから、まだズーウーに踏んづけられたままの友人の顔を、両手で挟んだ。

 

 そのままポピーはその先程まで顔中を緑色のペーストで覆われていた友人の隣に、床に広げられた掛け布団と毛布の上に寝転がり、その友人の頬に自分の頬をピッタリくっつけた。

 

「……私、ここに住む」

「ソイツのほっぺに?」

 

 呆れた様子でそう言ったサチャリッサの頬から、アデレードは未だに手を離せないようだった。

 

 そしてそのまま数分が過ぎ、グオロロロロロ……と、高い音と低い音が混ざった不思議な声で鳴いたズーウーが「そうしろ」と促しているような気がしたサチャリッサはアデレードの目を見て、「寝ましょ?」と気軽な口調で提案した。

 

「……ホントに仲良しねえアナタたちったら」

 

 自分たちの視界の中央、部屋の床の真ん中でピッタリ身体をくっつけてお互いを抱きしめて眠っているその女生徒とポピーを見てサチャリッサはそう言ったが、その2人のすぐ隣へ同じようにピッタリくっついて横になった当のサチャリッサ自身も、それに続いてポピーにピッタリくっついて横になったアデレードも、傍から見れば充分「ホントに仲良し」だった。

 仮にダンブルドア少年が今ここに居たら、「僕から見れば先輩方は皆さんとても仲良しですよ」と笑っただろう。

 

「んぃや……アルバスぁ寝ちゃってるよぉ、もう遅い時間だかぁね」

 

 ポピーとサチャリッサに両側から抱きしめられたまま、その女生徒はまたしてもやたらハッキリと寝言を言ったが、今やそれを聞いているのはズーウーの「アデレード」だけだった。

 そしてその年若いズーウーもまた、並んで眠る4人の並んだ寝顔のすぐ隣に、4人の「頭上」にしゃがみ込むと、そのまま長い尾を4人の胴体を横切るように覆いかぶせて、自分もまたグウグウと寝息を立て始めるのだった。

 

「…………あら。アナタたちそんな楽しい事してたんなら、アタシも混ぜてくれたって良かったんじゃなぁい? ……まーったく4人とも幸せそうな顔して」

 

 次の日の早朝、真っ先に目を覚ましたその女子生徒が見たのは、自分のルームメイトたちといつも賑やかな首席のおバカが、わざわざ床に布団や毛布を敷いて作った寝床に並んで仲良く寝息を立てている光景だった。

 

「あなたアデレードね? おはよう」

 

 大型犬くらいある猫のような生き物の口から幾つもの大きな牙が覗いているのも気にも留めずにその女子生徒は臆さず挨拶する。それはもちろんこのズーウーの飼い主である同級生、おととし「入学」してきた異例ずくめの「編入生」と仲良くなった昨年度さんざん危険な魔法生物と交流させられたからに他ならなかった。彼女のみならず7年生たちは皆、ひとり残らず5年生の終わりのO.W.L.試験をパスして6年生以降も「魔法生物学」のN.E.W.T.レベルの授業を選択している。これはホグワーツの歴史上極めて稀な事で、もちろんグラップホーンやセストラルにヒッポグリフまでも学校の敷地内で駆け回らせるアホの同級生をいつも見ているからだった。

 

 グオロロロロロ……と、既に目を醒ましていたズーウーは飼い主と友人たちの傍にピッタリくっついたまま、高い音と低い音が混ざった不思議な鳴き声を響かせる。

 挨拶を返してくれたのだろうと、その女子生徒は思うことにした。

 ポピーほどには魔法生物の意図を伺い知れないし、その隣のおバカほどには魔法生物と通じ合えないその女子生徒にとって、それは未だ「予想」ですらない、単なる自己満足の「妄想」だった。

 

 それでも大きく外れてはいないだろうと、そのズーウーの爛々と光る大きな目をまっすぐ見つめながら、その女子生徒は今なら触らせてくれそうな「アデレード」の毛並みに手を伸ばすか否か逡巡しつつ魔法生物学に対する自信と興味をほんの少し深めていた。

 

「あなた、とっても笑顔がステキね、アデレード」

 

 ズーウー自身には別にそんなつもりは無いのかもしれないその表情は、ヒトの目には笑顔に見えた。もしかするとそれこそポピーやその隣のおバカならこのズーウーの感情を正しく読み取れるのかもしれないが――この女子生徒は「2人には読み取れる」と確信していたが――それでもまだこの女子生徒には未だに、ズーウーの感情など「激怒しているか否か」くらいしか察せなかった。

 しかし魔法生物と接する上では、飼育するのでなければ、概ねそれで充分だった。

 

「撫でてもいい? しっぽは嫌よねたぶん」

 

 猫ってしっぽ触られるの嫌がるわよねと考えながらその女子生徒がそーっと伸ばした手に、ズーウーは顔を近づけて来てくれた。

「もっと固くてゴワゴワしてるのかと思ってたけど……アデレードあなた、ふわっふわなのね」

「アデレードは尻尾の触り心地が最高なんだよ。触ると怒るけど」

「おはようポピー。あなた裾をそんなに捲られていいの? それにそんなとこ触らせて……」

「私だってコイツのお腹とか触りながら寝るからおあいこだよ。それにせっかく一緒に寝るのに、くっつかない方が不自然だと思うな。くっつきたいからでしょ? 誰かと一緒に寝るのって」

 

 ズーウーの鳴き声で目を醒ましたのだと思われるポピー・スウィーティングは目覚めこそすれども一緒にくっついて寝た友人と未だピッタリ抱き合ったまま、その友人の頭部に腕を回してぎゅっと抱きしめながらルームメイトとの会話に応じている。

 

「あんまり人目のあるところでそういう事しちゃダメよポピー。仲良しなのはいいけど」

「わかってるわかってる。わかってるけど…………コイツ良い匂いするんだ」

「……興奮しちゃうの?」

「落ち着くの!」

 

 かわいいルームメイトをからかいながら、その女子生徒は自分のベッドに腰を下ろした。

 

「おはよう。よく眠れた?」

「おはよポピーちゃん。……あれえ動けない。んーー……サッちゃん? なんで?」

 

 目を醒ました首席の女生徒は、案の定昨晩自分が寝室に来てからの事を何も覚えていなかった。

「昨日私たちアナタと一緒に寝たくなったからこうやって、皆で寝たんだよ。その時もう既に寝ちゃってたあの子は別だけど」

 ポピーに話を振られたもうひとりのルームメイトはひらひらと手を振り、目を醒ましたばかりの女生徒は嬉しそうに手を振り返す。

 それを見ていたポピーが思い出したのは、昨晩サチャリッサとした会話だった。

 

「……ねえほっぺ触っていい?」

「いいよポピーちゃん」

 

 ポピーはサチャリッサと自分が両側から抱きついているせいで起き上がれないその女生徒の頬に手を置き、アナタも私のに触ってるんだからいいでしょと思いながら、身体の下に敷いてしまっていたらしく若干の痺れが残っているもう片方の手をもぞもぞと動かして、その女生徒の太ももの下へ、毛布との間に挿し込んだ。

「ああったか…………ホントに体温高いよね」

「それはポピーちゃんもだよ」

「アナタ昨日の夜、何してたか覚えてる?」

「んーーー、えっとね。夕飯は確か談話室で食べたんだよね。そんでショーギとかチェスとかして、その後はねえ…………サッちゃんにねぇ、お顔ぺたーってしてもらった!」

 

 どこまでがサチャリッサによる「美容」の成果なのか判然としないその女生徒の柔らかく温かい頬に触れながら、反対の手で太ももにも触りながら、寝息を立てたままもぞもぞ動いてますます強く自分たちを2人まとめて抱きしめてくるサチャリッサの花束のような良い匂いと、背後から自分に抱きついたまま眠り続けるアデレード・オークスの聞き取れない寝言にも包まれて、ズーウーの「アデレード」の長く滑らかな布のような尾が揺らめくのを感じながら。

 

 ポピーはもうひとりのルームメイトが、ニヤニヤしながらこっちを見ているのに気づいた。

 

「アナタたち、もしかしてけっこう進んでる?」

 

「…………なんの話かわかんないなー?」

 もうひとりのルームメイトの問いかけを受けて露骨に目を泳がせるポピーにピッタリくっついたまま、その女生徒は本当に何の事か判っていない。

「ソイツが『そういうこと』を、どこまで理解してるのか知らないけど。『アナタが』ホントに卒業まで我慢してられるのかって、結構心配してるのはアタシだけじゃないと思うわよポピー」

「……………………なんの話かわかんないなー?」

「ねえねえキミもこっちおいでよ。皆でくっついてるとあったかいよ?」

 どこまで話を聞いているのかわからないその女生徒は、もうひとりのルームメイトにもそう声をかけるとスルッと片手を動かして杖なし無言の「呼び寄せ呪文」を行使し、そのもうひとりのルームメイトの女子生徒を、自分とポピーの上に乗っけた。

 

 危うく尾を下敷きにされるところだったズーウーの「アデレード」が目を細めているが、その首席の女生徒は気にしていない。

 

「ちょっと、いきなりなにするのよ」

「かるいんだねえきみ」

「二度寝していいの? アナタどうせ、今日もやりたいことがいっぱいあるんでしょう?」

「みんなでくっついて寝るの僕すきなんだよね」

 

 そのまま、静かで穏やかな朝を優雅に過ごせるだけの時間が残るギリギリまで微睡み続けたその5人が寝間着から着替えて身支度を終えて談話室へと出ていった頃には既に、他のいつも早起きなハッフルパフ生たちが何人も、談話室で思い思いの朝を過ごし始めていた。

 

「おはようクレア」

「おはよ…………わたし宿題やらなきゃ」

「おねーちゃんおはよう!! あ、ポピーちゃんだ!! ポピーちゃんもおはよう!!」

「おはよう。今日も元気いっぱいだね」

 

 吹き抜けになっている談話室の2階通路、ハッフルパフ寮の女子寝室の扉が幾つも開き、次々に起床してきた女子たちが既に起床していた友人や先輩後輩たちと挨拶を交わしている。

「あ、おねーちゃんがおにーちゃんになった! おはよおにーちゃん!」

「やあ。おはよう2人とも」

 朝から元気いっぱいな1年生の女の子とまだ眠そうな4年生の女子生徒に、さっきまで女子だったその青年は爽やかに挨拶した。

 

「あれー? どうしたのマーマデューク」

 ポケットからこぼれ落ちるようにして姿を表したニフラーがどこかへ駆け出すよりも早く、ポピーは杖を振って「浮遊呪文」で捕獲する。

「ほらマーマデューク。これなーんだ?」

 クヌート銅貨1枚でニフラーを釣って遊び始めたポピーをよそに、1年生の女の子は昨日の夜した約束を、しっかりと覚えていた。

 その女の子は姉の手をしっかりと握りしめて、目の前の青年に言う。

 

「おにーちゃんあたしグラップホーンさんに乗ってみたいの!」

 

 そういえば昨日の夜そんな話をちらっとしたわねでもあれ本気で言ってたんじゃないんじゃあないかしらなどと、その女の子と手を繋いだ4年生の姉が考えあぐねている間にも、その女の子の目は好奇心でどんどんと輝きを増していく。

 

「お姉ちゃんとダンブルドアくんも一緒に乗せてほしいの!!」

「もちろん。『今日はもう遅いから明日ね』って、昨日約束したもんね?」

 

 昨日の夜、この女の子は7年生のおねーちゃんに「明日ね?」と言われた後、その言葉をずっと心の中で反響させ続けて夜を過ごし、パパとママが動物園に連れて行ってくれる前の日の夜くらいワクワクしながらベッドに入ったのだ。

「アルバスも一緒がいいのかい?」

「うん! ダンブルドアくんとお姉ちゃんと乗るの!」

 それは他ならぬこの7年生の青年がよくやる、提案でも意見表明でもない「決定事項の通達」だった。大好きなお姉ちゃんとおんなじ学校で、それも魔法を学ぶ学校で、この女の子の目は入学以来、否「変な手品のおばさん」という無礼な呼び方を笑顔で受け容れてくれたウィーズリー先生が入学許可証を持ってきてくれたあの日から、ずっと嬉しさで輝き続けていた。

 

「やあアルバス」

「なんですか先輩……ぼく本を読もうとしてたところだったんですけど…………」

 

 不死鳥に誘拐されてきたダンブルドア少年は、炎と共に現れるなりそう不満を表明した。

「ポピーちゃんも一緒に来るかい?」

「私はマーマデュークと遊んであげるからいいや」

「そーお? じゃあ僕ら行ってくるね」

 この先輩が「一緒に来てほしい」とか「よかったら」とか、提案のような形の内容を発言しつつその実「来てくれる」と確信している時と、言葉通りに「もしよかったら」と「提案」している時。ダンブルドア少年にも最近やっと、これらの区別がつくようになってきていた。

 

「なんでスウィーティング先輩にはある選択権が僕には無いんですかね……」

「んぇ? アルバス一緒に来るでしょ?」

「まあご一緒しますけど……」

 

 そして1年生と4年生の姉妹を連れて、有無を言わさずダンブルドア少年を抱っこした7年生の青年は、ハッフルパフの談話室から出ていこうとする。

「私も良いかしら?」

 背後からそう声をかけてきたのは、寝室でのリラックスっぷりなど微塵も感じさせない堂々とした佇まいのサチャリッサ・タグウッドだった。

 

「いいよおサッちゃん。サッちゃんも一緒にグラップホーン乗りたいの?」

「7年生がアナタひとりだけじゃあ、ダンブルドアくんが大変でしょう」

「どういう意味だいサッちゃん」

「助かりますタグウッド先輩」

 

 そして一行は改めて、ハッフルパフの談話室から出る。

 

「わぁあ熱!!!! なんっ、なんですかこれ!!」

 先輩に抱っこされたまま何か煮えたぎった液体を頭から浴びたダンブルドア少年は熱いのか痛いのかも判断できずに悲鳴を上げるが、その液体を一緒に浴びた先輩の方は至って平然としていた。

「うふははは。ハッフルパフ生以外がここ通るとこうなるんだよね。僕これ楽しいから好き」

 

 そしてダンブルドア少年はすぐに、その疑問に思い至る。

 

「先輩いま、僕を抱っこしてたからこの……何ですか? 酢ですかねこれは? これを『僕の巻き添えで』浴びたんですか? それとも先輩もハッフルパフ寮に所属していないから『僕ら2人が』これを浴びせかけられたんですか? ……先輩は、結局どの寮に所属しているんですか?」

「ふふーーん。どうだろうねえ?」

 教えてあげればいいじゃないのと思いながら、サチャリッサはダンブルドアくんの全身と衣服に滴り染み込んだ酢に杖を向けてキレイさっぱり吸い取った。

 

「ありがとうございますタグウッド先輩」

「ハッフルパフの談話室は、あなたが今経験したとおり、ホグワーツの寮の談話室で唯一、所属していない者が入れないようにする『防衛機構』があるの。ハッフルパフの生徒以外がこの出入り口を通ろうとすると、とんでもない温度の酢を全身に浴びるのよ――」

 

 そこまで言って、サチャリッサ・タグウッドは静かになった。

 サチャリッサは、ダンブルドア少年の顔をじっと見つめている。

 

「あの、何でしょうかタグウッド先輩。僕、何か失礼を――」

「ダンブルドアくんアナタのほっぺを触ってもいいかしら」

「……構いませんけどなんです急に」

 

 ダンブルドア少年の頬を揉みながら、サチャリッサの表情はどんどん険しくなっていく。

「あの、あの何でしょうかタグウッド先輩――」

「今日のところは私の負けだわ。……でも私はポピーとかアデレードだけじゃなく、いつかアナタたちにだって勝ってみせるわよ」

 

 サチャリッサにそう決意表明されても、ほっぺもちもち族族長アルバス・ダンブルドアには、何の話やらサッパリ解らなかった。

 

 




 
 ハッフルパフの談話室の入口はホグワーツ城の地下区画、キッチンへの入口である「フルーツの盛り合わせの絵」の近くの積み上がった樽の中に紛れ込ませる形で存在しており、通るには特定の樽を「ヘルガ・ハッフルパフ」のリズムで叩く。
 (これが具体的にどういうリズムなのかは媒体や作品、ローカライズによって微妙に異なる)
 但しハッフルパフ生以外が通ろうとすると「熱した酢」が自動で浴びせかけられる。
 何らかの形で侵入したハッフルパフ所属でない生徒が「出る時にも」酢を浴びるのかは公式設定では不明。だってハッフルパフ所属でない生徒が談話室に入った描写なんて無いから。

 個人的な疑問は「ハッフルパフの生徒」ではない「先生方」は酢を浴びるのか否か。実はOFFにできたりするんだろうか。

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