2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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66.はじめまして

「おはようございますヘキャット先生」

 

 朝。いつものように余裕を持って目を醒まし、手早く身支度を済ませた薬草学教授ミラベル・ガーリックは、自分と同じくホグワーツ城の教職員棟に住んでいる別の教授を訪ねていた。

 闇の魔術に対する防衛術を教えるダイナ・ヘキャットは、かつての教え子にして今の同僚を、快く自室に招き入れた。

「おはようミラベル。クッキー食べるかい?」

「ありがとうございます、いただきます。ヘキャット先生、温室で育ててる植物について、ちょっと相談があるんですけど……」

 

 嘗ての教え子が自分の対面に座るのを見ながら、まだ何も聞いていないのに、ダイナ・ヘキャットは既に、何を相談されるのかを察している。

 

「カラス避けの罠とか設置しても大丈夫か、生徒たちの安全を考えるとやめたほうがいいのか……その。食害が酷くなってきていまして……アスフォデルや満月草を中心に、あと噛み噛み白菜とか有毒食中蔓とか、目を離した隙に。保護魔法では効き目が……」

 その「カラス」が誰を指しているのか。ダイナ・ヘキャットには現場を見たかのように解った。

「叱ってやればいいじゃないか」

 ヘキャット先生はクスクス笑いながらそう言ったが、一方でミラベル・ガーリックには、果たしてあの子が「食べてはダメ」と言われただけで食欲に耐えられるだろうか、言い聞かせたところで効き目があるのだろうかという疑念が、どうしても拭えなかった。

 

 目の前に「食べ物」があったら、あの子はそれを食べてしまうだろうと。

 

「有毒食中蔓も食べられてるのかい?」

 ヘキャット先生が指先をスルッと振って用意してくれたクッキーに手を伸ばしながら、ミラベル・ガーリックは尚も苦々しげな表情で語る。

「はい、あと毒触手草や飛び跳ね毒キノコなんかも……あの子ミスター・ウィーズリーに美味しい解毒薬の調合を教えてもらったらしくて……」

 ヘキャット先生はそれを聞いて笑っているが、ミラベル・ガーリックにとって温室の被害状況は、いよいよ予断を許さない深刻さになりつつあった。

「……あの子、自分でも育ててるだろう? カバンの中とかホグズミードの家の地下室とか、あとマチルダとディークが一昨年あげた『必要の部屋』の設備も一応まだあるんだろう?」

「はい。そこでも育ててますし、そこで自分で育てたやつも食べ散らかしてるとミス・スウィーティングやミスター・サロウが以前教えてくれました」

 

 そこまで言ったミラベル・ガーリックは、じっとりとヘキャット先生を見つめる。

「…………あの、ヘキャット先生。私、けっこう本気で悩んでるんですけど?」

「いや、悪かったね。けどそこまで解ってるんなら、相談する相手が違うんじゃないかい?」

 ヘキャット先生の言わんとしている内容を理解するのに、3秒を要したミラベル・ガーリックは、ハッと何かに思い至った様子で立ち上がった。

 

 その途端。

 

「ヘキャット先生おはよーございます!!! いまお時間よろしーでしょうか!!!」 

 

 扉の向こうから聞こえてきた元気いっぱいの声が誰のものなのか、ヘキャット先生にもガーリック先生にも、その姿を見ているかのように解った。

「おはよう、ミス・クランウェル。どうぞ、入って構わないよ」

 そして2人のホグワーツ教授が予想した通りに、そのハッフルパフの1年生の女の子は扉を開けてヘキャット先生の姿を視界に入れるなり即、本題に入った。

「ヘキャット先生あたしお姉ちゃんとダンブルドアくんと一緒にね、グラップホーンさんに乗せてもらうの! それでこのおにーちゃんのお家まで行くから、えっと、外出許可をください! あガーリック先生だ! ガーリック先生おはよーございます!!」

 とっても元気なその女の子の後ろから、4人の生徒たちもヘキャット先生の部屋に入ってくる。 

 

「おはよう。それにアナタたちも…………アナタも。おはよう」

「おはよベルちゃん。なんだいお腹すいたのかい?」

 ミラベル・ガーリックは一旦立ち上がって自分が座っている椅子の向きを90度回転させ、更にパチンと指を鳴らして同じデザインの椅子をひとつ、自分の正面に出現させる。

 

「ちょっとアナタにお話があるのだけれど、そこに座ってくれるかしら」

「いいよぉ」

 

 あコレお説教だ、と。1年生と4年生のハッフルパフの姉妹も、サチャリッサ・タグウッドもダンブルドア少年も察していた。

 ヘキャット先生は、心の中でだけ笑っている。

「アナタ、私がお世話してる温室の植物を盗み喰いするのやめてくれないかしら。そろそろ授業に支障が出そうなのだけれど」

 ああやっぱりあの喰い荒らされ具合はコイツが犯人だったのねといつも見ている温室の景色の裏にあった事情を今理解したサチャリッサは、目の前の畑泥棒に呪詛のひとつでもぶつけてやりたいのを我慢しながら、自分も杖を振って椅子を出現させ、ガーリック先生の隣に座る。

 

 一方、今は静かにしていなければいけないと察した様子のハッフルパフの姉妹とダンブルドア少年に手招きしてクッキーを勧めたヘキャット先生は、すぐ傍でお説教が開始された事など一切気にせず、ハッフルパフの1年生の女の子に問いかける。

「それで、ミス・クランウェル。――どうだい? 魔法界は」

 自分が1年生の時もウィーズリー先生にこの質問されたなあと思いながら、ハッフルパフの4年生の女子生徒は隣の妹を見つめている。

 

「すっごく楽しいわ! だって、だってお姉ちゃんと一緒なんだもの! それにねヘキャット先生。あたしお友達がいっぱいできたのよ! おんなじお部屋の皆とか、ヘスパーとか、ブリジットとかウィルヘルミーナちゃんとかロングボトムくんとか、あとあとダンブルドアくんとドージくんも、それにね、他にもね――」

 そのハッフルパフの1年生の女の子、シャーロット・クランウェルの話をヘキャット先生が優しく微笑みながらじっくり聴いているすぐ横では、サチャリッサ・タグウッドに真っ直ぐ見つめられた7年生の青年がその居住まいをみるみる萎れさせていく。

 

「――わかった? もう一回言うけれど、アナタね。アナタじゃない誰かが大切にしてる植物を、許可なく採取したりとか食べちゃったりとかするのは。それって密猟者とやってること同じよ」

 7年生の青年はその言葉を受け止めて、サチャリッサの隣の椅子に座っている薬草学教授、ミラベル・ガーリックへとそっと視線を動かした。

 

「……ベルちゃん」

「なにかしら?」

「……ごめんね」

 

 ちゃんと謝罪できた友人を見ながら、サチャリッサ・タグウッドは脳内で再確認していた。

 やはりこの困ったやつにはこちらの怒りをただぶつけてもダメで、なぜダメなのか、そしてどう困っているのか等をきちんと順番に、丁寧に説明してあげないとお説教に効き目はないのだと。

 なにせ去年、当のこの友人自身に「見せてもらった」ところによると、この困った友人がホグワーツに入学するにあたって、フィグ先生はまずアルファベットの読み書きから教えたのだ。

 

 去年の今頃、その時この友人が何故か所持していた「憂いの篩」をギャレスやマルフォイなどと一緒に覗き込んで目撃したものを、サチャリッサは今ふたたび思い起こす。

 

「――ねえこれ、どこなのかしら?」

 

「ロンドンだよ。下水道の中。まあこの頃は僕、『なんで皆はここじゃあなくて“上”に住んでるんだろう』って思ってたけどね。『下水』なんて知らなかったからさ」

 憂いの篩にその機能がもしあったらおそらく自分は今おもいっきり顔を顰めて鼻を摘むか杖を振って嗅覚を保護するかの二択を迫られていたのだろうと、この時サチャリッサは思った。

「つまりお前、ここに住んでたってことか? こんな場所に? ……足首まで浸かってるのに?」

 きみとも仲良くなりたいんだと声をかけられて、半ばセバスチャンの代理のような形で同行させられたマルフォイは、そう言いながら嫌悪感を隠そうともしていない。

 

「これ、きみの視点だよね? つまり、きみの記憶にきみが居ないってのはそういう事だろ?」

「そだよ。僕がこの頃について覚えてるのは、僕の『周り』についての事ばっかりだからね」

 

 夥しい数のドブネズミを引き連れてどこかへと、おそらくは下水からロンドンの街へと出るべく移動しているのだろうと予想しながら、ギャレスとマルフォイとサチャリッサは後方へと流れていくのにも拘らず変わり映えしない下水の景色を眺めている。

「そういえば、下水ってのはこんな歩きやすいものだったのか? そうじゃあないからこそ、いま穢れた――失敬、マグル共が躍起になって改修工事を進めているんじゃないのか?」

 

「それがねえマルフォイ、僕ねえ下水に住んでたこの頃ねえ、危ない目に遭ったためしが無いんだよね。いつも広くて歩きやすいし、変な匂いなんてしないし、いつも使ってる出入り口がいきなり閉鎖されたりとかって事も無いし、痒くなった事も無いの。それにいつもネズミくんたちが助けてくれるんだ。でね、匂いは単に僕の鼻がニブり果ててるだけだったみたいなんだけどさ。ウィンストンくんが教えてくれたんだよね『おまえ臭いが酷いぞ』って。でも他のはねぇ……フィグ先生が教えてくれたの。僕が寝床にしてた辺りって、ちょうどダイアゴン横丁の真下だったんだってさ」

 

 その「編入生」が何を言いたいのか、真っ先に理解したのはギャレスだった。

 

「そっか、ダイアゴン横丁はマグルの目から隠されていて、なおかつ上下水道が整備されている。で、それってつまり『ダイアゴン横丁の地下にある上下水道網』もまた、マグルの目から隠されているって事だ。言われてみればそりゃあそうだね。漏れ鍋にしろダイアゴン横丁にしろノクターン横丁にしろ、水道管をマグルが勝手にイジり始めちゃ困っちゃうもんね。そりゃあマグルの下水再整備工事の対象になんかならないわけだね――『マグル避け』が、かかってるんだから。そしてこれってたぶんロンドン、どころかイギリス中に点在する魔法界の建造物全部そうだ。つまりこのブリテン島には、普段僕らが意識しないだけで地下にもうひとつ魔法界があるんだ。水道管の網が」

 

 それに続いてサチャリッサとマルフォイも思考を追いつかせ、この「編入生」の当時の生活環境を支えていたのだろう「偶然」と「必然」について考察しだした。

「そうか、『マグル避け』は、ヒトしか避けないのか。……まあ用途を考えれば当然と言えるか」

 ぞろぞろと着いてきているドブネズミたちを見ながらマルフォイが言う。

「で、アナタはマグルじゃあないから、『マグル避け』の影響を受けなかったと。……そのウィンストンくんって、マグルなのよね? 最初はどこで会ったの?」

「もうすぐだよ。いつもね、最初に会ったのとおんなじとこで待ち合わせてたんだ」

 青年が友人たちにそう言った途端、周囲の景色が一気に変わる。

 

「どこかしら、ここ?」

「ロンドン塔の敷地内だな。外側の壁と内側の壁の間。ここで待ち合わせてたのか?」

「あーーー!!! ウィンストンくんだ! おーいウィンストンくん!!」

「きみの記憶を見てるだけなんだから呼びかけたって聞こえない、って知ってるだろう?」

 

 シワの無い真っ白なシャツの上からベストとテールコートを羽織った清潔な身なりのその彼は、見るからに貴族階級だった。

「相変わらず、すごい数のネズミを連れてるな、お前……」

 こちらを見るなりそう言った清潔な身なりの彼に、記憶が映し出されているだけの彼に、青年は大喜びで飛びつく。

「ウィンストンくんウィンストンくんこないだの続き教えて!!」

「もちろん。そのために来たんだからな……お前『買い物』ってした事あるか? 知ってるか?」

「わかんない!! あでもね、ネズミくんたちと一緒に拾ったキラキラしたやつをね、渡すと食べ物くれる人もいるよ! えっとね、ほらこれ! こういうやつ!」

「…………お前これエドワード3世のノーブル金貨じゃないか! てことはそれ、その取引。絶対不当に安く買い叩かれてるぞ……」

「キンカってなんだい?」

 

 記憶の中のその「彼」と会話が成り立っている友人を見て、ギャレスもサチャリッサもマルフォイも気づいた。この友人は当時した会話を全て覚えていて、いまそれを繰り返しているのだと。

 そしてその会話の内容を聞いて、彼らは初めて知った。

 この友人を、「ドブネズミの群れのボス」から「人間」にしてくれたのが、他ならぬこのウィンストンくんだったのだ。

 

 この友人はウィンストンくんに、「文明」を教わっていたのだ。 

 

「あ、来たね」

 

 急に当時の会話の再演を中断した青年が言ったとおり、ロンドン塔の城壁を越えて、1羽のフクロウが飛来していた。

 ウィンストンくんはそのフクロウを受け止めて、気づく。

「なんだ、便箋? 手紙?? フクロウで? なんで……おい、これ、お前の名前じゃないか?」

「僕の名前? 見せて見せて」

「ほら、これはどうやらお前宛……なーんで食べちゃうんだお前!! 大事な手紙だったら――」

「これおいしいねウィンストンくん!!」

「…………いいか、それは『手紙』って言ってな。食べ物じゃあないんだ」

 下水とはいえロンドンに住んでてなんでそこまで万物に疎いんだという驚愕と呆れが顔に出ているウィンストンくんの背後から、またフクロウが飛来した。

 

「この後ね、お腹いっぱいになってもまだフクロウが来たんだ。それでウィンストンくんに読んでもらったら――僕この頃まだ字が読めないからね――『このたび五年生としてホグワーツ魔法魔術学校に入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます』って書いてあったの。なんのこっちゃサッパリわかんなかったけど、ウィンストンくんが『これがお前宛の手紙だって事だけは確かだから捨てないで持っとけ』って言ったからね、僕はそうしようって思ったの。で、そのままいつもの『お勉強』に戻ってウィンストンくんに、ウィンストンくんの時間が許すだけいろいろ教えてもらってね。それで、次はいつ会えるかを話してウィンストンくんと別れたんだ。で、ウィンストンくんの姿が見えなくなった途端に、『バチン!』って音がすぐ後ろから聞こえた」

 

 青年は、「その時」自分が言った言葉を、全て覚えている。

 

「おっちゃん、だあれ?」

「はじめまして。私は、エリエザー・フィグという。きみは?」

「僕チョコレートがすき。こないだウィンストンくんがくれたんだよ。あまーくてね。にがーくてね。僕あんなの食べたこと無かったんだ。それでね――」

 

 この時、エリエザー・フィグが話を遮って本題に入ったりせず、このあまりにも汚い身なりと栄養が足りていないとひと目でわかる体型のせいで性別すらよくわからなかった「編入生」の話をじっくり聞いてあげたのが、もしかしたらこの「編入生」が「ランロク」のようにならなかった最初のきっかけなのかもしれないと、当のエリエザー・フィグ本人から、彼が亡くなる一週間ほど前にこの話を聞いた闇の魔術に対する防衛術教授、ダイナ・ヘキャットは推測している。

 

「――それでおっちゃんは、なにしに来たの? お腹すいたのかい?」

「フクロウがきみに、手紙を届けたはずなんだがね。読んでいないのかな?」

「ぼく字はまだ読めないよ。今度からウィンストンくんに教えてもらう約束してるの。だからウィンストンくんが代わりに読んでくれたんだよ」

「ああ…………」

 

 想定すべき事態だったと、前例はあるはずだと、この時フィグは思っていた。

 

「……それで、手紙は持っているね?」

「これでしょ? 最後に届いたやつがまだ半分くらい残ってるよ。残りは帰ってから食べるんだ」

「ああ…………」

 

 魔法学校に編入する準備どころか、人類文明の仲間入りをする準備すら未だ道半ばだったこの「新入生」に、自分がいまからどれだけの事を9月1日までの短期間で覚えさせなければいけないのか。それを漸く正しく認識して、この時エリエザー・フィグは気が遠くなるのを感じたという。

 

「その『ウィンストンくん』とも、一度会わなければいけないな……」

 

 エリエザー・フィグが「忘却術を施さなければ」と考えながらそう呟いた途端、その「新入生」は表情を一変させた。

 そしてエリエザー・フィグをして「どこにこんなに隠れていたのか」と思わせる、周囲の地面を覆い尽くしてなお溢れる数のドブネズミたちと、絶対にロンドン塔内にこんな数は居ないと言い切れる、青空が細切れにしか見えない数で空を埋め尽くすワタリガラスたちがみるみる内に現れて、一匹残らずこちらに敵意を向けている。

 

「おっちゃんウィンストンくんにいじわるするつもりなんだね」

 

 おそらくは「オパグノ」の準備段階を無意識に行使しているのだろうと推察しながら、エリエザー・フィグは「この新入生から見えるように」杖を取り出す。

 そしてエリエザー・フィグは杖を手放して、地面に落とした。

 

「きみの友達にも、きみにも、何もいじわるはしないと誓う。そんな真似をしに来たのではない。ただ、きみは――私の話を、聴いてくれるかな」

 周囲のネズミたちは未だに警戒心を露わにしていて、今にも一斉に飛びかかって来そうだった。

「……ほんとにウィンストンくんにいじわるしない?」

「しない。絶対に」

「おっちゃん嘘つかない?」

「つくこともある。ただ、今は嘘をついてはいけない場面だと確信している」

 

 数分の静寂の後、エリエザー・フィグが気づくと、ワタリガラスたちは殆どが姿を消していた。

 

「話って、なあに」

「きみは、『ウィンストンくん』とは、ひとつ。決定的に違うところがある。わかるかい?」

「んー、ウィンストンくんはきれいな服を着てる」

「まあ、それもそうだが。もっと、根本的な違いだ――」

 

 あの夜、終了間際のギリギリで「組分けの儀式」に滑り込んできたこの「編入生」を、あそこまで魔法界に、社会に馴染ませるのにフィグ先生が、そしておそらく「ウィンストンくん」も。一体どれほどの苦労をしたのか、サチャリッサ・タグウッドには想像もできなかった。

 

「もう勝手にひとが育ててる植物食べちゃダメよ。食べたいなら、食べていいか訊きなさい」

「わかった」

 

 朝日が登ったばかりの早朝、教職員棟のヘキャット先生の部屋で、ガーリック先生にお説教されている先輩を待っているダンブルドア少年は、何やら思うところがありそうな表情で静かにしているサチャリッサ・タグウッド先輩の横顔を見つめている。

 

 一方「どうやらカラス避けの罠を設置する必要はなさそう」と安堵しながらも、ミラベル・ガーリックには未だ少しの不安が残っていた。ほんとに我慢できるかしらこの子、と。

 そして、ずっと静かにしていたダンブルドア少年は、改めて本題に入る。

「それで、ヘキャット先生。ガーリック先生。僕ら外出許可が欲しいんです」

 ヘキャット先生は、返答する前に数秒考え込んだ。

 

「…………いいよ。最初の授業が始まるまでに帰って来るのならね」

「やったぁ! おにーちゃん早く行きましょ! あたしグラップホーンさんにご挨拶しなきゃ!」

 

 ハッフルパフの1年生の女の子が駆け出す直前でその手を掴んだ4年生のお姉ちゃんが「落ち着きなさい」と妹を窘めているのを見ながら、ヘキャット先生はその4年生の背中に問いかけた。

 

「あんたはどうだい? クレア・クランウェル。つまり、魔法界は」

 

 その生徒、嬉しさが爆発寸前の妹の手をしっかり握っているハッフルパフの4年生は、ちょっとびっくりしてからその問いに答えた。

「今年から、やっと本当に始まったんだって気がしてます。今年からは、妹と一緒ですから」

 それを聴いてニッコリしたヘキャット先生は、7年生の青年に向き直る。

 

「今からこの子たちをどこに連れてくのか、何しに行くのか。もう一度教えてくれるかい?」

「えっとね。昨日約束したからね、この子たちをグラップホーンに乗せてあげるの。湖畔の主がご機嫌斜めじゃなければだけど。そんでね、せっかくだから僕の家族を紹介するんだよ」

「最初の授業が始まるまでに、帰って来るんだ。いいね?」

「わかった!!!」

 

 わかってなさそうだから自分がしっかりしなければと、ダンブルドア少年は考えていた。

 

 そしてヘキャット先生とガーリック先生にもう一度挨拶してから教職員棟を後にした一同は、廊下を通って吊り橋を渡って別の塔に入り、その「吹き抜け」にやってきた。

「わあー! これなーに?」

 自分の頭上を繰り返し通過して揺れ続けている振り子を見上げて、ハッフルパフの1年生の女の子が目を輝かせている。

「ここは時計塔の根元なんだよね。あ、おはよブーちゃん!」

 背後から声をかけられたそのグリフィンドールの7年生は、「ブーちゃん」という、あまりされない種類の呼び方で、その自分を呼ぶ声の主が誰なのかをすぐに理解した。

 

「やあ、おはようチャンピオン。どっか行くのかい?」

「この子たちをグラップホーンに乗っけてあげるんだ。僕んちまでね!」

「……ちゃんとホグズミードの入口で降りなきゃだめだよ? 村の中まで湖畔の主に乗ったまま入っちゃダメだよ? わかってるよね?」

「うん!!!」

 

 わかってなさそうだけどサチャリッサとダンブルドアくんが一緒だし大丈夫だろうと、ルーカン・ブラトルビーは考えている。

「ほら、こっち! きみ、ここ通ったことあるかい?」

 まだ興味が大きな振り子に捕らわれている様子の1年生の女の子は、背後を振り返ったまま姉に手を引かれて「時計塔の中庭」を横断し、その木製の橋の前までやってきた。

 

「この橋を渡りきったら、そこはホグワーツ領の端。保護魔法の内と外の境目さ」

「まだグラップホーンさんには乗らないの?」

「乗ってもいいんだけど、湖畔の主はおっきいから、つっかえちゃうんだよね。屋根を大破壊しながらで良いならグラップホーンに乗ったまま橋を渡りきって向こうまで行けると思うよ」

 

 それを聴いて何やらじっくりと考え込んだ女の子の、今日もまた溢れんばかりの好奇心で煌めいているまんまるの両目は、ダンブルドア少年に向けられた。

 

「ダンブルドアくん!」

「なっ、なんだい?」

「競争しましょ! 橋の向こうまで!」

 

 女の子がそう言った途端、7年生の青年は白く光る靄のような姿に変わって、何かに弾かれたような勢いで瞬く間に橋を一気に渡りきってしまった。

「わぁーー! おにーちゃんすごーい!」

「ほらアルバス位置について!」

 向こうから「ソノーラス」まで使って呼びかけてくる先輩の声を聞いて、ハッフルパフの女の子がその全身から嬉しさを発散させているのをちらりと見て、ダンブルドア少年は観念する。

 そしてそんなダンブルドア少年の心中を察して、女の子の姉、ハッフルパフの4年生の女子生徒はダンブルドア少年に囁く。

「私の妹はそんなに足速くないわよ」

 それは僕もなんですけどねと思いながら、ダンブルドア少年はその女の子の隣に、木製の屋根付き橋の入口に立った。

 

「じゃあ、良いわね? よーい、走って!」

 

 サチャリッサの合図でダンブルドア少年とハッフルパフの女の子は同時に走り出し、2人してぽってらぽってらと全速力で7年生の青年が待つゴールへと、木製の橋の反対側の端へと急ぐ。

 

 2人共、本当に全く速くなかった。

 

「……ホントに可愛いわね、アナタの妹。元気いっぱいで」

「そうでしょ。あの子ホントに可愛いのよ。あの子の足がもし速かったら、それかこれから速くなっちゃったら、急に何か見つけて大喜びでどっか駆け出そうとしたあの子を捕まえるのが難しくなっちゃいそうだから、私としては正直、運動に興味持たないでいてくれる方が楽なんだけれど」

 そう言った4年生のクレア・クランウェルに、サチャリッサはニヤリと笑って問う。

 

「アナタの妹が何かに『興味を持たない』なんて、そんな事があるのかしら?」

「そうなのよね……既にクィディッチに興味持っちゃってるし。嬉しい事なんだけど、心配で」

「それはたぶん、アナタのパパとママがアナタをホグワーツに送り出して以来ずっと思っている事よ。そしてたぶん私のパパとママもね。『嬉しいけど心配』って。ほら、私達も行くわよ」

「えっ、えっ? あ、わあ!!」

 

 4年生のクレア・クランウェルが理解し終えるより早く駆け出したサチャリッサ・タグウッドは、驚くほど足が速かった。

 

「おー。きみの勝ちだね! おめでとう! ほーらアルバス、もうちょっとだよ頑張って!」

 全然足が速くないハッフルパフの女の子にも思い切り離されるほどに足が遅いダンブルドア少年は、後ろからすごい勢いで猛追してきたサチャリッサにもあっという間に追い抜かれ、そのサチャリッサを慌てた様子で追うハッフルパフの4年生の女子生徒、クレア・クランウェルにも追い抜かれ、結局一番最後にその木製の橋を渡りきった。

 

 7年生の青年は、「こうなるってわかってましたから悔しくないです」とか言いそうだなあと、ダンブルドア少年の顔を見ながら想像していた。

 

 そして青年は、どこからとも無く旅行カバンを取り出して、開く。

 

「さあ、ちょっと散歩しようか」

 

 旅行カバンの中から拡大されるようにして現れた勇壮な四つ足の生き物を、7年生の先輩の頭のてっぺんすら前足の付け根に少し届かないほど大きな身体のその生き物を間近で見上げながら、ハッフルパフの1年生の女の子は、嬉しさがついに閾値を超えてしまった。

 

「はじめましてグラップホーンさん!! あたし、シャーロット・クランウェル!! こっちはお姉ちゃん!! すっごく美人でしょ!! ねえグラップホーンさん、あなたのお名前はなんて言うのかしら!! あなたすっごくカッコいいのね!! ねえねえあたしとお友達になりましょ!!」

 

 湖畔の主がたじろぐ様を、サチャリッサ・タグウッドは初めて見た。

 

 




 
【シャーロット・クランウェルとクレア・クランウェル】

 ハッフルパフの1年生と4年生の姉妹。マグル生まれ。ダンブルドアくんの同級生の頭数が足りない(同級生だと公式に明言されているのが唯一エルファイアスのみで、同い年のキャラも片手で足りる数しか居ない)ので生やした、原作にも公式設定にも影も形もない純然たるオリキャラ2人。   
 公式設定のキャラからファミリーネームだけ拝借しているわけでもないが、「クレア」は名前だけならホグワーツ・レガシーに登場している。モブのランダム会話の内容として。
 私が当該ランダム会話を初めて耳にしたのがたまたまハッフルパフの談話室内だったため、この「クレア」という名前の生徒は私の中でハッフルパフ寮所属になった。

 2人のフルネーム、ちゃんと「原作の世界観に居そうな響きの名前」になってるだろうか……

 新しく書きたい場面が思い浮かんで、今後(次回か次次回)それを書くとして、親が愛する我が子を名前で呼ばないの流石に不自然だなあと思ったので、今後はオリキャラにも「この場面で名前が登場しないの不自然だな」って思ったら適宜名前を設定していきます。※レガ主だけは除く。
 
 
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