2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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67.揺れる道行き

「おっきい! カッコいい!!」

 ぴょんぴょこ飛び跳ねて大喜びしている妹の手をしっかり握っているハッフルパフの4年生クレア・クランウェルは、自分がいま妹と全く同じ表情をしている事に、全く気づいていない。

 

「ねえねえサチャリッサおねーちゃんこのグラップホーンさんが背中に乗っけてくれるのね!!」

「そうよシャーロット。アナタとお姉ちゃんとダンブルドアくんがその『湖畔の主』に、それでコイツと私がこっちの――」

 

 サチャリッサが1年生の女の子に説明してあげている隣で、その青年は再び旅行カバンを開く。

 

「わあーー! まっしろ!! キレイなグラップホーンさんね!」

 

 ホグワーツ領内をすっぽりと包み込む保護魔法の壁、その内と外の境界線上。ホグワーツ城から出て、南門と周辺地域とを結ぶ木製の橋を渡りきったところ。

 ついにこれからグラップホーンさんに乗せてもらえるのだと実感し始めたらしいその女の子から、ダンブルドア少年は心配で目が離せなかった。

「――『湖畔の后』に、乗っけてもらうの」

「お姉ちゃんこのグラップホーンさんたちツノがキンキラよ! どうしちゃったのかしら?」

 1年生の女の子がそう言った途端、7年生の青年とサチャリッサ・タグウッドは同時にその女の子の4年生の姉に視線を注ぐ。

「アナタはもう魔法生物学で習ったかしら? それともポピーに教えてもらった?」

 ハッフルパフの4年生、元気いっぱいの妹から目を離せないクレア・クランウェルは、サチャリッサに「まだ習ってないわ」と抗議しようとして、すぐにやめる。

 なぜなら確かにまだ習ってはいないが、数日前にポピーちゃんから教わっていたと思い出したのだ。それはつまり、思い出せるはずだという点において、授業で習ったのと同義だった。

 

「グらぁップホーンのツノはぁ……えええーーーーっとね、待って。覚えてるの。覚えてるのよ? ホントよ? だってポピーちゃんに教えてもらったんだもの、忘れるわけないじゃない……魔法薬の、魔法薬の材料になるのよ、それで、キンキラなのには理由があって、単にそう見えるだけじゃあなくて……つまり……そう! グラップホーンのツノは『金色』じゃないの! 『金』なの!」

 

 じっくりと悩み抜いてから一気に晴れやかな笑顔になってそう言ったクレア・クランウェルはその一瞬後に、7年生のふたりがまだ自分をじっと見つめている事に気づいた。

 

「……なあにタグウッド?」

「それで合ってるわよ。……アナタって。アナタの妹とおんなじくらいかわいいのね」

 

 サチャリッサ・タグウッドが投げかけてきたその言葉に何か含みがあるのではなかろうかと疑っているらしい4年生のクレア・クランウェルとは対照的に、そのクレアの妹、1年生のシャーロット・クランウェルはそのサチャリッサの言葉がどういう意味なのかを自分なりに理解するのに3秒の沈黙を必要としてから、「褒められた」とようやく察して俄に大喜びし始めた。

 

「――それってあたしお姉ちゃんとおんなじくらいキレイってことよね? そうよね?」

「そうだよ。きみはきみのお姉ちゃんとおんなじくらいキレイ。だってきみたちそっくりだから」

 横から青年にそう告げられて、目を輝かせながらダンブルドアくんの手を取って喜びを全身から発散している女の子に、サチャリッサは至って冷静に言う。

 

「ほら、アナタのお姉ちゃんと一緒に『よろしくお願いします』って湖畔の主に挨拶しましょう」

 

 1年生と4年生のこの姉妹や、ダンブルドア少年。そしてギャレスを始めとするウィーズリー家の面々など。彼ら彼女らには全く共感できない喜びを、サチャリッサのみならず多くのホグワーツ生が2年目以降、進級する度に、密かに感じていた。

 下のきょうだいが居るってこんな感じなのかな、という、慈しみの心である。

 今グラップホーン2頭に元気いっぱいに挨拶し、さらに2人して丁寧に頭まで下げた1年生と4年生のハッフルパフの姉妹と接する度、サチャリッサは庇護欲が満たされていくのを感じていた。

 

「あたし一番前に乗りたい!!」

「ダメよシャーロット。だってアナタは私とダンブルドアくんと一緒に、この湖畔の主さんに乗せてもらうんだから…………私の言いたいこと、判るわよね?」

 お姉ちゃんが「ダメ」と言う時、決して自分にイジワルしたくてそう言っているわけではないのは、11歳のシャーロット・クランウェルも理解していた。

 そしてシャーロットはじっくりと考え込んで、気づく。

 

「……お姉ちゃんの言う通りだわ!!ホントね! だってダンブルドアくんはあたしより背がちっちゃいんだもの、一番前じゃなきゃなんにも見えないわ! うっかりしてたわあたしったら!!」

「そうよ。ダンブルドアくんはあなたより背がちっちゃいんだから。一番前はダンブルドアくん」

 

 この会話をしているのがスリザリンのブルストロードやクラウチだったなら、父についての噂話をしていたダイアゴン横丁の無責任な中年魔女たちだったなら、ダンブルドア少年は心を強く保って耐える事ができただろう。なぜならそれは単なる嘲笑で、聞き慣れている種類の悪口だから。

 しかし今この会話をしているのは、誰かを嘲るなどという選択肢を最初から持ち合わせていないハッフルパフらしいハッフルパフ生、マグル生まれのクランウェル姉妹なのである。

 

 この純朴で天真爛漫な2人にあるのは、まず「ダンブルドアくんは私達より背が小さい」という事実の確認と、「グラップホーンさんに乗せてもらえるのは家族が魔法使いでも珍しいこと」という理解と、「だったら前の人の背中しか見えないなんてつまんないわよね」という心優しい配慮。

 

 それらの純粋な善意が結果として今、鋭い杭となってダンブルドア少年の右肺を貫いていた。

 

「おっ……気、遣い。ありがとう、…………ございます……」

 

 忸怩たる思いで礼を言ったダンブルドア少年の視界の端で、7年生の青年が笑いを堪えている。

「ほらほらダンブルドアくん、ダンブルドアくんが最初に乗るのよ。だって一番前なんだもの!」

 ダンブルドアくんが乗ってくれなきゃあたしの番が来ないのよ、と待ちきれなくなっているのが表情に全部出ているシャーロット・クランウェルに急かされて、同級生の誰より、女の子たちより背が低い11歳のアルバス・ダンブルドア少年は、グラップホーンの横っ腹を見上げた。

 ダンブルドア少年にとって、グラップホーンに騎乗するというのは、ほとんど登山だった。

 

「ふん、っぎぃ、ちょっと待ってくださいね。僕い゙っま乗りますからね。もう乗れますから……」

 

 しゃがんでくれた湖畔の主の、それでもなおホグワーツの城壁くらい高い背に手をかけようとして横っ腹にしか届いていないダンブルドア少年は、湖畔の主にしがみついて足でも踏ん張って、どうにかこうにか登ろうとしている。

 

「お気持ちだけで結構ですっ!!」

 

 背後で青年がスッと杖を取り出したところなど視界に入っていないはずのダンブルドア少年は、しかしそれを鋭く察知してピシャリと拒絶した。

 それを聞いてますます7年生2人はクスクス笑いが止まらなくなる。

 そして30秒ほど湖畔の主の横っ腹にへばりついてもがいた後「魔法なしでは無理だ」と悟ったダンブルドア少年は、これ以上僕なんかが皆さんの貴重な朝の時間を無為に浪費するわけにはいかない、という焦りもあって、少々の無茶を敢行する。

 

 ほんの束の間だけなら自分の体重を片手で支えられるダンブルドア少年は「一旦降りたらどうだいアルバス」という青年の提案をプライドだけを理由に拒否しつつ、素早く杖を取り出した。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!!」

 自分に杖を向けて浮遊呪文を行使したダンブルドア少年は、自分自身を対象とした場合の「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」の壊滅的とすら表現できる操作性の悪さに苦戦して空中で自分を少々振り回したりなどしつつも、数秒でどうにか湖畔の主の背にふわりと着地する事ができた。

 

「焦ると無茶するのねえダンブルドアくんって」

「かわいかったよアルバス」

「ダンブルドアくんすごーい!! じゃあ次あたしの番ね!!!!」

 

 7年生2人がまだ笑っている中、その女の子は元気いっぱいに宣言すると湖畔の主の横っ腹に飛びつき、そのまま手と足を思いっきり動かしてあっという間に湖畔の主の背の上まで登りきった。

「わあー!! したで見てたより高いのね! よろしくお願いするわね湖畔の主さん!!」

 自分のすぐ後ろで大はしゃぎしているハッフルパフの女の子の嬉しそうな声を聞きながら、まだ愕然としているダンブルドア少年は、7年生の先輩たちと目が合った。

 

「今度また『魔法使わない激しい運動』の練習とかするかいアルバス」

「よっ、余計なお世話です…………」

「アナタ上の学年の女子たちに大人気よダンブルドアくん。『抱っこしたい』って皆言ってるわ」

「なぜ今それを…………」

 

 今日もまたプライドが打ち砕かれたダンブルドア少年をよそに、青年はグラップホーンを見上げたまま微動だにしなくなっていたハッフルパフの4年生の女子生徒に声をかける。

「よかったらお手伝いしようか?」

「あ。ありがとう……お願いするわ」

 そして青年の気軽な杖の一振りでクレア・クランウェルはふわりと宙に浮かび上がり、彼女もまた湖畔の主の背の上に、ダンブルドア少年とその後ろの妹の更に後ろに着地した。

 

「わっ、わあ!! たかい!! 高いです先輩!!」

「わあーー!! すごいすごい! あたし今パパとママより背が高いわ!!」

「グラップホーンの背中ってこんなにあったかいのね!! 私知らなかった!!」

 

 ずっとしゃがんでくれていた湖畔の主がのっそりと起き上がった事でダンブルドア少年が悲鳴を上げ、そのすぐ後ろでハッフルパフの姉妹は目を輝かせて歓声を上げている。

「ほらサッちゃん、僕らも」

 真っ白い表皮を持つ雌のグラップホーン「湖畔の后」の背にいつの間にやら乗っていた青年が、そう言いながら身を乗り出してサチャリッサに片手を差し出す。

 そして真っ白なグラップホーンの胴を勢いよく登ってその手を取ったサチャリッサ・タグウッドが「湖畔の后」の背に、青年の後ろに乗っかって、一行はようやく出発した。

 

「わあ、結構揺れるのねアナタって!」

「ここ実はホグズミードとは城を挟んで反対側だから、ぐるーっと回って北に行くよー」

 のしのし歩き出した湖畔の主の背の上できゃあきゃあと声を上げながら楽しそうにしている1年生と4年生のクランウェル姉妹と、じっと前だけを見ているダンブルドア少年に、前方を歩いて先導してくれている真っ白な「湖畔の后」の上から7年生の青年が声をかける。

「高いの怖いのかいアルバス」

「怖くないです。だって僕は杖を持ってますからね。クッション魔法で安全に着地できます」

「怖いのねダンブルドアくん」

 

 7年生ふたりに容赦なく見透かされて、楽しい気持ちを保つのに努力を必要としているらしいダンブルドア少年に背後から鈴を転がすような声が投げかけられた。

「ねえねえダンブルドアくん。グラップホーンさんの頭の後ろっかわってトゲトゲなのね!」

「ちょっと! 落ちるわよシャーロット。お願いだからおとなしくしてて……」

 クランウェルさんはお姉ちゃんに後ろから胴をがっしり掴まれてるんだろうなと、ダンブルドア少年は背中に目がついているかのように察する事ができた。

 

「ダンブルドアくん!!」

「わ! なんだいクランウェルさん」

 

 後ろからダンブルドア少年のほっぺを両手で押しつぶしたシャーロット・クランウェルは、そのままダンブルドア少年を、両手で無理やり右を向かせる。

「名前で呼んでほしいな! あたしシャーロットよ! ほらダンブルドアくん見て見て!」

 石造りの橋を渡るグラップホーンの背の上で、怖いので目の前にある湖畔の主の後頭部だけに注目していたダンブルドア少年はその時、初めて周囲の景色を見る。

 

「あたしたちいつもあんなすっごいお城の中に居るのよ!! すごいわよね!!」

 

 そこには視界のほとんどを占有して、ホグワーツ城が手を伸ばせば届きそうな距離にあった。

「ねえねえお姉ちゃん、あたしたちいつもあんなお城に居るのね!」

 のしのし歩き続けるグラップホーンの背の上で思いっきり揺られながら、クレア・クランウェルはそう言ってきた妹を力いっぱい抱きしめた。

「――ところできみたち、ハッフルパフの談話室がどこにあるか判るかい? アルバスはグリフィンドールの談話室の場所、パッと見て判るかい?」

 前を行くグラップホーンの背の上から青年にそう問いかけられて1年生と4年生のクランウェル姉妹とダンブルドア少年は、3人揃って城を凝視し始める。

 

「グリフィンドールの談話室って高いところにあったわよね? あたしもお姉ちゃんも階段登って行くわよね? ねダンブルドアくん?」

「そうだよシャーロット。…………どーの塔だろうな……」

 名前で呼んでと頼まれたので同級生のシャーロット・クランウェルを名前で呼んでいるダンブルドア少年は、自分がさっきまで居た南側出入り口の木製の屋根付き橋から頭の中で今来た道のりを遡り、グリフィンドールの談話室まで戻ってみた。

 

 そしてほぼ同時に、ダンブルドア少年と4年生のクレア・クランウェルは気付いた。

 

「ずるいです先輩! グリフィンドールの談話室は大階段の塔の後ろに隠れてて見えません!」

「ハッフルパフの談話室は地下階なんだから、見えるはずないわ!」

「おー。すごいすごいふたりとも。正解! ハッフルパフの談話室の上にあるお庭はこっちからだと死角になってて見えないんだよね。あ、グリフィンドールの談話室は今ちょっと見えるね」

 

 姉とダンブルドアくんが一緒になって設問のイジワルさに抗議している中でも、シャーロット・クランウェルはまっすぐにホグワーツ城を、自分とお姉ちゃんがいつも勉強して休憩して遊んで寝泊まりしているその立派なお城を、ずーっと右を向いたまま眺め続けていた。

 

「あ、ホーウィン先生。おはようございます」

「あホントだ。ホーウィンせんせだ! おはよ!」

 

 曲がりくねった小道を通った自分たちがまたいつの間にやらホグワーツの領内へと戻ってきている事に、ダンブルドア少年は7年生の先輩たちの声を聞いて初めて気づいた。

「おやおはよう。それにミスター・ダンブルドアと、ミス・クランウェルとミス・クランウェル」

「おはようございますホーウィン先生」

 ダンブルドア少年とクレア・クランウェルが挨拶した一方、その2人の間でシャーロット・クランウェルはキョトンとした表情でその「見たことある気がするおばさん」を見つめていた。

 

 そして、自分たちの前方に居たその「おばさん」が自分たちの後ろへと過ぎ去ろうとしている中、その場を通り過ぎてから、シャーロット・クランウェルはやっと気づいた。

 

「…………こないだオオカミ人間のおじさんのお話聞かせてくれた授業のおばさん!!」

「ちょっとシャーロットあなた失礼でしょ!! ごめんなさいホーウィン先生あたしの妹が!!」

「構いませんよミス・クランウェル。魔法生物学は3年生からなのですから、1年生が私の名前を知らなくても何も不思議はありませんからね」

 

 ホーウィン先生は鷹揚に笑ってくれているが、それでもクレア・クランウェルは大慌てだった。

 新しく入学してきた下のきょうだいが特大の粗相をして慌てる兄や姉というのはホグワーツの教授たちにとっては、ごく見慣れた愉快な光景で、決して腹など立つ種類の出来事ではなかった。

 

「――あたしもしかして失礼だったかしら? やだごめんなさい知らないおばさん!」

「知らないおばさんじゃなくてホーウィン先生!!!!」

 

 そんな騒がしい姉妹の声を聞きながら、ダンブルドア少年は笑顔になっていた。

 

「賑やかで飽きないねえあの子たちは」

「…………アナタがそれを言うのね?」

 

 魔法生物学の屋外教室が遠く後方に過ぎ去っても未だ「ねえあれはなあに?」と目に写った全てに興味を示し続けているシャーロット・クランウェルと、その質問に精一杯答えているクレア・クランウェルとダンブルドア少年の騒がしく楽しげな会話を聞きながら、真っ白な雌のグラップホーン「湖畔の后」の背の上で、その7年生ふたりはゆったりと会話を楽しんでいた。

 

「ねえねえサッちゃん。サッちゃんは卒業したら何するの? どっかに就職するの?」

「魔法薬の研究を続けるわよ。けど、それだけですぐ生活できるようにはならないから、まあどこかには就職しなくちゃあならないわね。それか自力で商売を始めるって手も――」

「…………それって、『ギャレスと一緒に』かい?」

「そりゃあもちろん、そうなればいいなと思っては居るわ」

 

 けど私ギャレスに提案する勇気がまだ、などと言い淀んだサチャリッサを「応援してるよー」と気楽に励ました青年はグラップホーンの背の上で器用に180°後ろに向き直り、そのまま仰向けに寝っ転がる。何本もの太く短いツノが並んでいるグラップホーンの大きな後頭部には、しかし正中線上にはツノが生えておらず、ちょうど人ひとりが寝られるくらいのスペースがあった。

 目の前で寝っ転がった青年を見ながら、サチャリッサは訊く。

 

「ねえ湖畔の后、アナタ首と頭に乗っかられて重くないの?」

 

 全然平気だとアピールするかのように「グオオーー!!」と大きく吼え猛った「湖畔の后」に影響されたのか、その後ろでハッフルパフの姉妹とダンブルドア少年を背に乗せている「湖畔の主」も俄に興奮し始めている。

「わあ! グラップホーンさんって声がおっきいのね!」

 また嬉しそうに騒ぎ始めた妹をしっかりと抱きしめたまま、クレア・クランウェルは楽しさを不安が上回りつつあった。

「ねえ、ねえこれ大丈夫なの? 乗ってていいの? なだめなくていいの? 危なくないの?」

 独りでに開いた門をくぐりながら、ますます早足になったグラップホーンの背の上で、ダンブルドア少年もクレア・クランウェルも振り落とされないように頑張りながら狼狽えている。

 そしてそんな後輩たちの不安の声を聞いて、青年は湖畔の后の背に寝っ転がったまま提案した。

 

「ほら2人とも。こっからホグズミードの入口まで。どっちが速いのか競争しよう!」

 

 青年にそう言われた2頭のグラップホーンはダンブルドア少年の全身をビリビリと震わせるほどに吼え猛り、その身体は内側から黄色に近いオレンジ色に光り輝きだした。

 

「なんで煽るんですか先輩!!!」

「わあーーー!! グラップホーンさんってこんな事できるのね! すごいすごい!!」

 

 2頭のグラップホーンと同じくらい、シャーロット・クランウェルも興奮している。

「途中に急カーブがあるって知ってるよねえ? あそこがたぶん勝負の分かれ目だよー」

「アナタねえ…………」

 顔面蒼白になりつつある4年生のクレア・クランウェルと、同じく蒼くなっているダンブルドア少年。そして姉のクレアにしっかりと捕まえられたまま飛び跳ねんばかりに大喜びしている1年生のシャーロット・クランウェル。湖畔の主の背の上で賑やかに騒いでいる彼らの方になんとなく視線を向けたまま、その青年は今とてもリラックスしていた。

 

「それゆけ!!」

 

 青年のお気楽な合図で、2頭のグラップホーンはホグワーツ特急を追い抜けるんじゃないかと思わせるほどの勢いで駆け出す。

(いやそれは流石に無理かな…………)

 ダンブルドア少年はすぐに、今のは表現が主観的過ぎたかと、課題のレポートを書き進めているかのように脳内で訂正した。

 

「グラップホーンって!! こっ、こんなに速いのね!!」

 

 自分と妹が振り落とされないようにしっかり掴まるので精一杯らしい4年生のクランウェル先輩にはどうやら景色を見る余裕は無いらしいと、ダンブルドア少年は何故か冷静になり始めていた。

 

「えっ、嘘でしょ? この速度であそこ曲がるの???」

「わあーー。景色が流れていくよおサッちゃあああ」

 

 どこにも掴まっていなかったその青年は、ホグズミードとホグワーツの間の道、その中ほどにある急カーブに一切減速せず突入し鋭く曲がった「湖畔の后」の背から、案の定こぼれ落ちた。

「ありがとサッちゃん」

「どういたしまして」

 素早く取り出した杖を振って自分を回収してくれたサチャリッサにお礼を言ってから再びグラップホーンの背の上に元通り寝っ転がった青年を、ダンブルドア少年はビクトール・ルックウッドの死亡記事を読んだ時のケンドラ・ダンブルドアと同じ顔で見つめていた。

 

 そんなバカなとダンブルドア少年の顔には書いてあったが、それでも青年には寝っ転がってもいいと判断できるだけの根拠があった。

 まず落ちちゃってもサッちゃんが助けてくれるし、ワタリガラスに変身して飛んで戻ってもいいし、何よりここから先にはもうカーブは無く、ホグズミードまで一直線の上り坂なのだ。

 

「追い抜かれるよお湖畔の后ぃー」

 

 お気楽な声色で、青年はグラップホーンを煽る。

 

「落ちっ、落ちる! 揺れすぎですって! わあ、わあ!!」

「わあーー!! すごいすごい!! はやいわ!! あ、サチャリッサとおにーちゃんを追い抜いたわ! アナタって光るとあったかくなるのね!! ねえねえお姉ちゃんすごく速いわ!!」

「じっとしててシャーロット!!!」

 

 そして店名なのだろう案内板だらけの道標が立てられていた分かれ道を左に進んですぐに、その2頭のグラップホーンは急停止した。

 青年が2頭のグラップホーンにお礼を言って旅行カバンの中へと元通りに収容してしまった後も、まだダンブルドア少年と4年生のクレア・クランウェルは見るも無惨にゲッソリしていた。

 

「またねグラップホーンさん!! 乗っけてくれてありがとう!!」

 

 青年が開いた旅行カバンの中へと吸い込まれるようにして姿を消した「湖畔の主」に、シャーロット・クランウェルはその手を目一杯振ってお礼を言った。

「アルバスはホグズミード来たことあるかい?」

「初めてですけど」

「……なんだいアルバスどうしたんだい」

 

 ダンブルドア少年にじっとりと睨まれても、青年は気楽な佇まいを崩さない。

「ねえねえホグズミードってなあに? ここにおにーちゃんのおうちがあるの?」

 ハッフルパフの1年生の女の子にそう聞かれて、青年は旅行カバンをどこへともなくしまい込みながら一同を先導して少し歩き、その「入口」の前まで後輩たちを案内した。

 

「ここがホグズミード。イギリスで唯一、魔女と魔法使いだけが住んでいる村。ホグワーツの生徒は3年生以上になったら、週末ここに来てもいい。……もちろん罰則とか言い渡されてなければ」

「ここは皆が、できることなら毎日だって来たい場所よ。楽しいお店がいっぱいなんだから」

 

 7年生のおにーちゃんとおねーちゃんにそう言われて、まんまるの大きな目をより一層まんまるにして輝かせたシャーロット・クランウェルは、勢いよく姉の方に振り返る。

「なっ、何かしらシャーロット…………」

「お姉ちゃんだーいすき!!」

 妹に抱きつかれたまま、クレア・クランウェルは静かに天を仰ぐ。

「……お姉ちゃんがなんでも買ってあげるわ」

 最愛の妹にぎゅーっと抱きしめられて、妹の魂胆など百も承知だろうに、それでもあえなく陥落したクレア・クランウェルを見て、サチャリッサ・タグウッドがクスクス笑っている。

 

「先輩のお店って何を売っているんですか? 密猟者の生き肝とかですか?」

「…………当たらずと言えども遠からず、ね?」

「行ってみてのお楽しみでーす。ほらきみたちも着いてきて! 僕のお店に案内するから!」

 

 そして一行は幾つかの店と幾つもの建物の前を通り過ぎて、そのお店までやってきた。

「……『ヴェスターズ・アンド・ヴェナム』? これが先輩のお店ですか?」

「え、『クラッドウェル・アンド・ブリュースター』って書いてあるわよねあの看板?」

「2人とも何言ってるの? 『スティッチズ・アンド・ドラウツ』って書いてあるわ!」

 クランウェル姉妹とダンブルドア少年がお互いを見てまた看板を見上げて混乱しだしたのを眺めながら、その青年は何やら満足げにニヤニヤしている。

 

「……先輩、先輩。なんなんですかこのお店。僕いま看板なんて何もかかってない廃屋に見えてるんですけど。今の今まで確かに『ヴェスターズ・アンド・ヴェナム』だったのに」

「私にはずっと廃屋に見えてるわよ」

 そう言ったサチャリッサの隣で、「あたしも今『ヴェスターズ・アンド・ヴェナム』に見えた」と、1年生のシャーロット・クランウェルが目を丸くしている。

 

「名前を3つ提案されて、決められなかったからってコイツ。建物の外観に魔法かけたのよ。そんな店は『ビングルとブラッチ』だけでお腹いっぱいだって言うのに、まったく」

「えー、いいでしょこれ。楽しいでしょ?」

「楽しいわよ。でも、楽しいけれど、よ」

 諌められても気にしない青年に、姉のクレアと手を繋いだまま1年生の女の子が声をかける。

 

「ねえねえここがおにーちゃんのお家なの?」

「そうだよ。僕が2年前に人殺しの不動産詐欺師から買ったの」

「えっ何ですかその話」

 

 ダンブルドア少年とクレア・クランウェルが反応しても、青年は質問をさらりと受け流して皆を建物の中へと案内する。

「いらっしゃいませお客様! ペニーに何か御用でしょうか?」

「おはよペニー。この子たちを『ファスティディオに会わせて』あげようと思ってね」

 予め指示されているとおりに、店主よりまず客に挨拶した屋敷しもべ妖精は、その店主からの新たな提案にニッコリ笑って従った。

 

「では皆さん、店の奥に――」

「かわいい!! お耳がおっきい! おめめもおっきい! あなたペニーさんって言うのね!!」

「はい。ペニーはペニーと言います」

「あたしシャーロット! こっちはクレアお姉ちゃんと、お友達のダンブルドアくん! ねえねえペニーさんお友達になりましょう!!」

 

 屋敷しもべの手をとってそう言った1年生の女の子を、サチャリッサが見つめている。

「先輩ここに住んでるんですか? どこに居住スペースがあるんですか?」

 ダンブルドア少年は未だ怪訝そうな表情のまま、周囲の全てを注意深く観察していた。

 

「ペニーとお友達になってくれるのですか? 嬉しい申し出です!」

「ほらきみたちもこっち降りてきて! 僕の家族をもうひとり紹介するよ!」

 

 青年の声がした方に、店の奥へと進んでみたダンブルドア少年とクランウェル姉妹が見たものは、魔法なしで運ぶなら4人くらい必要そうな、開けっ放しの大きなトランクケースだった。

 その中を覗き込んで、クランウェル姉妹は目を丸くした。

 

「ほらこっち! ひとりずつ降りてきて!」

 

 トランクケースの中はどこかへと続く梯子がかかっていて、青年はその下からこちらを見上げている。ダンブルドア少年は「ああ検知不可能拡大呪文がかかってるのか」と理解して、特に疑問も抱かずにその梯子を降りた。

 クランウェル姉妹もサチャリッサに促されて、ダンブルドアくんに続いて梯子を降りる。

 そして「これから何が起きるのか」を知っているサチャリッサが最後に梯子を降りて、全員がそこに降り立った――はずだった。

 

「え、あれ?? みんなは?」

「あら? お姉ちゃんしか居ないのね? これも魔法なのかしら?」

「おーーーーーい! 聞こえてますか皆さん!」

「あダンブルドアくんだ! ダンブルドアくんどこに居るの?」

「タグウッド先輩と2人きりで、知らない部屋に居ます! 降りてきた梯子が見当たりません!」

「あたしはお姉ちゃんと2人よ! ねえねえこれってなんの魔法?」

 

 ワクワクしているのが声色に表れているシャーロット・クランウェルと、何か予定外のトラブルが起きたのではなかろうかと考えているダンブルドア少年。そして皆と分断されてしまった以上は私が妹を守らなければと決意しているクレア・クランウェルと、さあ朝の運動をしましょうと軽くストレッチを始めているサチャリッサ・タグウッドに、その声は届いた。

 

「おや、こりゃあいい。遊び相手が来てくれた! これから楽しくなりそうだ!!」

「友達つれてきたよファスティディオ。さーあ、遊ぼう!」

 

 ダンブルドア少年も、クレア・クランウェルも、声しか聞こえないその何者かが如何なるものなのかを、既になんとなく理解していた。

 

「あとで説明してくれるんですよねタグウッド先輩」

「もちろん。一緒に頑張りましょうねダンブルドアくん」

「……とりあえず皆と合流しないと。お姉ちゃんの傍に居てねシャーロット」

「これってあたし、今から『冒険』をするのね!!! お姉ちゃんと一緒に!!」

 

 11歳のアルバス・ダンブルドア少年と7年生のサチャリッサ・タグウッド。1年生と4年生のクランウェル姉妹。2人ずつに分断されてしまったが何故かお互い声だけは聞こえる4人は、唯一事情を知っているらしいサチャリッサが慌てていない事から「予定通りなのだ」と察して少し安心しつつ、しかし何が待ち受けているやら判らないこの空間を攻略するべく、ダンブルドア少年もクレア・クランウェルも、誰に指示されるでもなく杖を取り出した。

 

「ほらシャーロット、あなたも杖を出して。ホントはあたしたち学校の外じゃ魔法使っちゃいけないけど、こんな場所でこんな状況なんだから仕方ないわ」

 

 そして望んだ通りにひとりきりになった青年も、暗くて広い部屋の中央で杖を取り出していた。

 向こうに幾つもある扉からゾロゾロと何体ものマネキンが歩み出てきても、青年は力の抜けた気楽な立ち姿のまま、まだ特になにもしようとしない。

 

 ファスティディオが今そうしているように、その青年も笑っていた。

 

 




 
 レガ主は絶対ともだちをファスティディオに紹介したし、頻繁にあの地下室でファスティディオと遊んでいるし、なんなら呪文の練習とかもあの地下室でファスティディオとやるし、あの地下室に住環境と飼育環境を整えて大量の魔法生物と一緒に住んでいるんだ(強めの幻覚)。
 ゲーム的に言うとあのレジェンド宝箱がちゃんとまた地下への入口になってて、そっからトレーニングモードとか自宅の飾り付けとかにアクセスできるんだ(妄想)
 ファスティディオも普通にうろついてて会話できるし地下の模様替えとか頼めるんだ(妄想)

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