2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
2年前のある時まで、そこでは何人もの死者が出ていた。運良く生きて帰れた者たちも心に癒えない傷が残ったり、正気を亡くしてしまった者すら珍しくはなかった。
2年前のある時まで、そこはまさしく地獄の底だった。
そこに数多くの人々を騙して送り込んでいた中年の魔女も、そう解釈していた。
しかしその場所の主にとっては、そうではなかった。
彼にとってそこは「いつか私とずっと遊んでくれる誰かが現れる」と信じながら、期待外れの奴らにガッカリさせられながら独りで作り続けた、未だ見ぬ友と自分のための最高の遊び場だった。
そしてその「いつか現れると信じて待ち続けていた最高の友人」は、2年前に現れた。
出会ってから暫く後、1891年8月の末にその友人からなされた「僕ここに住んでもいい?」という提案を、彼は大喜びで歓迎した。
「おや、そこは単なる物置きだよ。面白いものは何もない。いや、あったかもしれないな。なにせその部屋は私じゃなくて、きみたちもよく知っている私の友人の物置きだからね。部屋の鍵と……あとは……そうそう扉だね。まあ、どこかにはあるだろうさ。探して見つけて先に進むといい」
その声がどこから聞こえてきているのか、1年生のシャーロットと4年生のクレアのクランウェル姉妹には全く推測すらできなかった。
しかし、蝶よ花よと両親やご近所さんたちから溢れんばかりに愛情を注がれて育ってきた彼女たちは「探せって言ってるんだから探せば見つかるはずよね」と、疑いもせずに行動を開始する。
「積み上げるにしたって、もうちょっとキレイに積まなきゃ危ないんじゃないかしら?」
天井スレスレまでそびえ立っている家具の塔を見上げながら、クレア・クランウェルは呟いた。
「どこから何が崩れてくるかわかんないんだから、気をつけなきゃダメよシャーロット!」
幾つもの家具の塔とガラクタの丘の向こうからお姉ちゃんの声が聞こえたので、「はーい!」と大きな声でお返事したシャーロット・クランウェルは、目の前にある家具の塔の根元を構成している机の下に潜り込んで、この部屋のどこかにはあるのだろう「鍵」を探している。
「これ何かしら? なにするものかしら? 望遠鏡かしら?」
その変な望遠鏡は覗いてみても景色が拡大されて見えたりしなかったので、シャーロット・クランウェルはお姉ちゃんに訊いてみるべく姉の名前を呼んでお互いの場所を確認し合いながら、同じ部屋に居るものの家具とガラクタの山に遮られて姿が見えない姉との合流を試みる。
「おっと! お前さんたち2人に新しく伝言を預かったぞ。『もし欲しい物を見つけたら、キミたちは1人ひとつだけ持って帰っていい』だそうだ。……私のお気に入りを見つけないでくれよ!」
またどこからともなく聞こえてきたその声は、11歳のシャーロットを大喜びさせた。
「ほんとう? じゃああたしこれがいい!」
「まあ! そんなところに居たのねシャーロット?」
すぐ後ろから聞こえてきた妹の声にクレアが振り返って見てみれば、シャーロットはクレアの背後にあった家具の塔の中程、複数のテーブルが積み上がった土台の上のタンス、の上の椅子の脚の間から顔だけ出してこちらを見下ろしていた。
「んしょ、よいしょ、よいしょ!」
もしこの家具の山が崩れてきたら妹を守らなければと緊張しながら杖を構え続けていた姉の気持ちを察しているのかいないのか、シャーロットは椅子の下から這い出してタンスの淵に手を引っ掛け、そのままタンスの淵に一瞬だけ片手でぶら下がってすぐ床に飛び降りた。
「…………お願いだからお姉ちゃんが見えてるところに居てね……?」
元気いっぱいな妹が心配で心配で仕方がないクレア・クランウェルは今のところ、この「冒険」を楽しめるだけの心の余裕など無かった。
「見てみてお姉ちゃん、あたしこれ見つけたの! 望遠鏡みたいなのに、おっきく見えないの!」
「それ『スニーコスコープ』じゃない。ちょうどいいわシャーロット、あなたそれ持ってなさい」
そう妹に告げた瞬間「持ってると手が塞がっちゃうわ」と気付いて、4年生のクレア・クランウェルは妹に杖を向ける。
「ほら、これで肩に掛けられるでしょ。……杖を持ってない方の手を塞ぐべきじゃないわ」
「わあ! お姉ちゃんすごーい! ありがとう!」
覗いても景色はおっきく見えないけれど気に入ったから置いていきたくないその変な望遠鏡にお姉ちゃんが魔法で革の帯を取り付けてくれたので、シャーロット・クランウェルはそれをさっそく肩から斜めに掛けて、嬉しそうにその場でくるっと回ってみたりなどした後、気付いた。
「…………ねえお姉ちゃんこれなあに?」
――あたしはあたしが見つけたこの変な望遠鏡みたいなのが何か知らないわ、と。
そしてそんな妹のキョトンとした表情を見てクスクス笑いながら、姉のクレア・クランウェルは記憶を頼りに解説する。
「それは『隠れん防止器』よ。スニーコスコープって言って、持ち主に危険が迫っているとか、危険な人が迫っているとか、そういう時に大きな音で鳴るの。これが『なんでもない時』に鳴りだしたら、それは壊れちゃったんじゃなくて私達がまだ気付いてない危険を教えてくれてるだけで、間違ってるのは『いま自分に危険なんか迫ってない』って思ってる私達の方なんだって。去年スリザリンの先輩たちがそう教えてくれたわ」
だからシャーロットあなたそれ持ってなさいと言った姉から、自分が肩に掛けているその品に視線を移して、また姉に視線を移して、シャーロット・クランウェルはひとつだけ理解していた。
つまりこれは魔法の品なのだと。
「……たのしい? シャーロット」
「うん!!!」
妹がこんなに喜んでいるんだし第一ここはあのおかしな先輩の家なんだから、そりゃ妙な経験はたくさんするだろうけれど危険は無いかもしれないと、クレアはそう考えを改めて肩の力を抜く。
「あ! お姉ちゃん扉ってこれじゃないかしら!」
また好奇心のままに駆け出そうとした妹の手を素早く捕まえた姉のクレアは「どれ?」と質問しながら、頭の中では全然別の事を考えていた。
そういえば自分が右利きで妹が左利きなのは、そして妹の利き手をパパとママが一切矯正しようとしなかったのは、あたしとシャーロットにとってとても幸運な事だけど、もしかしたらそれはこのためだったのかもしれないと、もしかしてウィーズリー先生が見守っててくれたのかしらと、無邪気にそんな想像をしていた。
そんな事を思ってしまうくらいには、その「偶然」はクランウェル姉妹にとって好都合だった。
お互い利き手で杖を構えたまま、手を繋いでいられるのだから。
「あらホント。扉ね、これ。…………ここを通るの?? とおっ、通る、の……?」
目の前を塞いでいる家具の山の最下層、幾つもの戸棚が並んだ土台部分の更に下、自分たちが今立っている床に、その扉は半ば家具の山に埋もれるようにして存在していた。
「……シャーロットあなた、『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』はできる?」
とりあえずこの家具の山を解体してどこかへ除けなければ鍵を開けるも何もないと思いながら妹にそう確認したクレア・クランウェルが見たのは、小さな虫のような羽音を響かせながら妹の顔のすぐそばを飛行していく、大きくて古そうな鍵だった。
そして「いま魔法を使ったら妹に当たってしまうかも知れない」とクレアが迷っている数秒の間に、その翅の生えた鍵はスーッと部屋の奥へ、大量の家具やガラクタが積み上がった塔と山の間を縫うように飛んでその姿を消そうとする。
「あれ捕まえるわよシャーロット!」
4年生の姉がそう言ったのを合図に、その姉妹は駆け出す。
「…………1問目はアレ、『変わり者のウェンデリン』ですよね?」
「そうね。……書いときましょうかダンブルドアくん」
一方、サチャリッサ・タグウッドとアルバス・ダンブルドアの2人は、1年生と4年生のクランウェル姉妹が探検しているのとは、まるで様相の違う部屋に居た。
その真っ白な部屋には何ひとつ物が無く、ただ四方の壁をびっしりと埋め尽くすようにして、全100問の「穴埋め問題」が2人の行く手を塞いでいた。
“全部獬いたら頭文学を並べて順番に読んでゐよう!!”
「変なとこを綴り間違いしますね先輩…………やっぱり字の練習しましょうね先輩……」
誰が書いたのかひと目でわかる、かろうじて判読可能なヘッタクソなその字を見ながら、ダンブルドア少年は眉間にシワを寄せた。
「2問目の答え、変わり者のウェンデリンじゃあないかもしれませんね……」
「大丈夫よ。だってほら、天井に書いてあるもの。『問題制作協力:カスバート・ビンズ及びマチルダ・ウィーズリー』って。だからつまり、アイツは確かに魔法史の成績がギリギリだけれど、この穴埋め問題たちはしっかりと査読されているから、出題ミスを考慮する必要は無いはずよ」
そう言われて初めて、ダンブルドア少年は天井を見上げた。
「あ、ほんとうですね。この問題文とかの字は誰の字かって判りますか? タグウッド先輩」
「ファスティディオの字よ。…………よし72問目解けた! はず!」
ダンブルドアくんとの会話に応じつつ空中に何行も数字を並べて計算していたサチャリッサはついにそう声を上げ、壁に書かれている問題文の空欄に「14時間32分6秒」と書き込み、晴れやかな表情でダンブルドア少年の方を向いた。
「さ! わかる問題とわかりそうな問題からどんどん埋めていきましょう!」
「そうですね。…………そうか、別に1問目から順番に解いていかなくてもいいのか……。ところで今やってらっしゃった72問目の『ポリジュース薬の摂取量と頻度による変身時間への影響』って、どう計算するんです? 公式があって、僕も何年生かで習うんですか?」
「6年生で習うわ。変身術の『N.E.W.T.』の頻出問題なのよ」
サチャリッサとダンブルドア少年は、会話と同時並行で各々別の問いに挑んでいるせいで普段よりも少し発言が投げやりになっていた。
「……今現在のスリザリンの談話室の合言葉…………? えー、確か、変更されてなければ……」
「骨生え薬を作ったのって、ハリーくんのご先祖で合ってるわよね……スティンチコームのリンフレッド……『スティンチコーム』の綴りが怪しいけど、まあ必要なのは頭文字だけだしいいわ」
わからないところは素直にタグウッド先輩に訊くダンブルドア少年と、そのダンブルドアくんが考え込んでいる時の横顔がホントにほっぺまんまるで視界に入る度に笑いそうになるサチャリッサ・タグウッド。未だ90問以上残る穴埋め問題に挑み続ける2人は、床にも空中にも大量にメモを書きまくるサチャリッサと、どこにも一切何も、壁の問題文の空欄に答えすら書き込まず殆ど動きもしないダンブルドア少年という対照的な姿で、各々その頭をめいっぱい働かせるのだった。
そして物だらけの部屋で危険の無い宝探しを楽しんでいる1年生と4年生のクランウェル姉妹とも、培った知識と学力を問われているダンブルドア少年とサチャリッサとも違う、「自分向け」の試練を、そのつい先程まで青年だった女生徒は楽しんでいた。
「ディフィンド!!」
ちょうどホグワーツ1階の大広間と同じくらいある、高い天井と薄暗い照明の、何一つ家具が置かれていないその部屋で、7年生の女生徒は四方の壁に幾つもある扉から次々に湧いて出てくるマネキンたちと戦闘を続けている。
「インカーセラス!!」
上半身と下半身に分断された事など気にもしていないかのように走って迫りくる木製のマネキンを、女生徒は杖の先から放った縄で拘束し、そのまま続けてさらに杖を振る。
「アクシオ、インセンディオ、おりゃあ!」
目の前まで引き寄せたマネキンに着火して蹴り飛ばした女生徒は、鋭く身体ごと右に向き直る。
「ヴェラベルト、グリセオ!」
自分に掴みかかろうとしていた別のマネキンをワイングラスに変え、その背後のマネキンに「潤滑呪文」をかけて立てなくした女生徒は、1体倒したら2体追加されるマネキンの群れと相対しながら、心の底から湧き上がってくるかのような笑みを抑えられずにいた。
「デイフォディオ!」
本来なら硬い地面などに使う「掘削呪文」を背後から近づいてきていたマネキンに投射し腹部を大きく抉り取った女生徒は再び鋭く振り向いて脚を開いて腰を落とし、ベッタリと床に貼り付くような体勢になって、別のマネキンが力強く両腕で振り抜いた椅子での一撃を躱す。
「それゆけ毒触手草ー。うなれ噛み噛み白菜ー」
そしてごろんと一回転した後立ち上がりざまに気の抜けたような掛け声を唱えながら女生徒がばら撒いたトゲだらけの植物は床に落ちるや否やそこに根を張り葉を生い茂らせ牙だらけの花を咲かせ、玉のような植物は女生徒の手を離れてすぐ2個に増えた。
毒の汁を飛ばし触手で巻き取ったマネキンを咀嚼して攻撃している毒触手草と、葉っぱを散らかしながら暴れまわる2個の噛み噛み白菜に背後を任せ、女生徒は別のマネキンの鋭い右拳をゆらりと少し体勢を変えるだけで躱し、そのマネキンの胴体に杖を突きつける。
「ハービヴィカス!」
本来なら薬草学の実技で使用する「急成長呪文」を投射されたその木製のマネキンは、たちまち全身から枝葉が生い茂り脚から根が伸び、頭から伸びた幾つもの枝が淡い色の花に覆われて、数秒も経たないうちに一株の樹木に変わってしまい、完全に微動だにできなくなった。
「おおー、効果覿面だぁ。…………となるとこれを防ぐ保護魔法も考えとかないとな……」
そうして女生徒が束の間「目の前の楽しい戦闘」から「今後の自宅の警備体制」へと思考を移したのとちょうど同じ頃。マグル生まれのハッフルパフ生、1年生と4年生のクランウェル姉妹は2人揃ってその目を好奇心と喜びで大いに煌めかせていた。
「イモビラス!! …………よし、できた! あたしできた! 今よシャーロット!」
「捕まえた!捕まえたわおねーちゃん! ねえ見てみて捕まえた! まだ飛ぼうとしてるわ!」
先日の呪文学で習ったものの授業時間中に成功させることができなかった「縛り術」に今はじめて成功したのが嬉しくて仕方がない姉のクレア・クランウェルに、お姉ちゃんのすごいまほうで動かなくなった不思議な鍵を両手でバチンと捕まえてつぶさに観察している妹のシャーロット・クランウェルが、揃って大きな声を出している。
しかし、全ての好奇心をその不思議な翅の生えた鍵に吸い寄せられてしまっている妹とは違い、姉のクレアはほんの少しだけ冷静だった。
だからこそ、冷静に現状を客観視して慌てふためくことができた。
さっき見つけた床の扉がどこにあったのかも、それどころか自分たちが今この部屋のどの辺りに居るのかも、飛び回る鍵を夢中で追い回していたせいで解らなくなっていると気付いたから。
「ねえお姉ちゃん見てみてこの鍵まだハネを動かしてるわ! ……お姉ちゃんどうしたの?」
「シャーロット、あなた。…………さっき見つけた扉がどこにあるのか、覚えてる?」
たっぷり3秒ポカンとしてから、シャーロットもようやく気付く。
「あらほんと! あたし覚えてないわ。たいへん! 今どこに居るのかしら!」
しかしシャーロットは焦りで顔から血の気が引き始めている姉をよそに、すぐ解決策を見出す。
「とりあえずこのお部屋片付けましょう! …………お姉ちゃん何か呪文知らない?」
「そうね。そうねシャーロット。ありがとう。とりあえず大きいものを除けて、視界が開けるだけでもかなり違うはずだわ………でもそんなスペースは……この部屋モノだらけで……」
考え続けながらとりあえずまた妹の手をしっかりと握ったクレアは、やがて正解に辿り着いた。
「レデュシオ!!」
「わあー! なにその魔法! お姉ちゃんすごーい! ねえねえあたしもやりたい!」
お姉ちゃんの呪文で手のひらに乗るくらいの大きさにまで縮小されたタンスを見ながら、シャーロット・クランウェルはまたしてもその目を輝かせた。
「今のは『縮小呪文』。2年生で習うわ。呪文は『レデュシオ』で、杖の振り方はこう……生き物にも効くから、冗談でも先輩たちとかお友達に向けちゃダメよ? わかった?」
「わかった!!」
そして「レデュシオ! ……あれえ? レデュシオ!」と目の前のクローゼットに杖を向けて何度も唱えた1年生のシャーロット・クランウェルは、姉に杖の振り方などを矯正してもらいながら根気よく実践練習を続け、数分後にやっと成功した。
一回りほど小さくなったクローゼットを見つめていたシャーロットは、くるりと横を向いたかと思えば次の瞬間大喜びで姉に飛びついた。
「お姉ちゃん! あたしできた! ねえねえあたしできたわ!」
「すごいじゃないシャーロット。私より上手かもしれないわ! 私授業中にできなかったもの!」
自分より新しい呪文を覚えるのが早いように思える1年生の妹を、4年生のクレアはその妹にも負けないくらいの喜びようで思いっきり褒める。
クレア・クランウェルにとって妹が成功するのは、自分が成功するよりも嬉しかった。
クレアとシャーロットは2人で手当たり次第に、しかし積み上がった家具の塔や山を大崩落させないように、より上にある物から順番に縮小呪文をかけて、次から次へと小さくしていく。
やがてシャーロットもお姉ちゃんと同じくらいには縮小呪文を上手に唱えられるようになり、部屋の壁に突き当たったので180°反転してまた家具の山と塔とその他のガラクタが雑多に積み上がった丘を「縮小呪文」で解体していく。
「あ! お姉ちゃん見てみて! 扉! 扉あったわ! ほらあそこ!」
「デパルソ!!」
これで最後だからと雑に吹き飛ばして家具やガラクタの山を除けたクレアは、妹に訊く。
「シャーロットあなた、鍵はちゃんと持ってる?」
「うん。あたしちゃんと持ってるわ。ほら!」
杖と一緒にずっと握りしめていたからか、その翅の生えた鍵はシャーロット・クランウェルが掌を開いてもどこへも飛んでいこうとはせず、ただ弱々しく微かに翅を動かそうとしていた。
「よーし。……やーっと解けた。桁数多いと大変ですね……」
ようやく床から顔を上げたダンブルドア少年の後頭部越しに、サチャリッサ・タグウッドがその「ダンブルドアくんが今まで取り組んでいた問題」を読む。
「……ダンブルドアくんあなた、まさかこれを暗算でやったの?」
「はい。先輩とはいえ人のお宅なんですから、壁とか床に落書きしちゃダメかと思いまして。僕もタグウッド先輩がやってるみたいに空中に杖で光の線を引いて字が書ければいいんですが……」
床も壁も天井も白一色な部屋の、壁にびっしりと書かれている100問の穴埋め問題を2人で協力して半分ほど埋めた11歳のアルバス・ダンブルドア少年と7年生のサチャリッサ・タグウッドは、後にそれぞれ蛙チョコレートのカードにその名を刻まれるがこの頃は未だ何者でもなかった2人は、束の間まわりの壁の問題文を忘れて、お互いの顔を見つめ合った。
ダンブルドア少年はキョトンとした表情でタグウッド先輩の顔を見上げ、サチャリッサは驚きを隠せない様子でダンブルドア少年のまんまるほっぺを見下ろす。
「…………ダンブルドアくんアナタ、使えない呪文とかあったのね……」
「え、そりゃありますよいっぱい。だって僕まだ1年生ですよ」
そう言ったダンブルドア少年は、自分が今した発言が「7年生の先輩たちには使えない呪文なんて無いんだ」という無邪気な憧憬の念に満ち満ちたものである事に気付いていない様子だった。
「そうね。そうだわ言われてみれば。……とりあえずアナタの言う『空中に光の線を引いて字を書く呪文』は、この『焼印呪文』は今から私が教えてあげるわ。ダンブルドアくん杖を構えて」
ダンブルドアくんってパフスケインにも似てるわよね等と余所事考えながら、サチャリッサは「焼印呪文」の唱え方と杖の振り方と細かなコツをダンブルドア少年に、手短に説明した。
そしてダンブルドア少年は「ふう」と短く息を吐いてから、杖を振る。
「フラグレート!」
自分が振った杖の動きのそのままに、杖の軌跡に光の線が引かれて空中に留まるのを見たダンブルドア少年は、これで随分楽になるぞと呟いて、一気に空中に大量の文字を書き始めた。
そして数十秒とかからずに、ダンブルドア少年は宣言する。
「解けました。答えは『不死鳥』です。壁にある100問の内、4問目までの問題の答えの頭文字が『WHAT』なんで、もしかしたらこれ全部解いたら101問目の問題文ができあがるのかなと思いまして。で現状『What bird ……rns……………………dies………………rise……very wi■e and gen■le ……tur………………owerful …… and ap………… and dis……ars with fl■mes』なんで、たぶんこの質問って、死ぬと燃え尽きて灰から蘇る鳥で、優しくて力強く……炎を伴う生き物は何? みたいな感じだと思うんで、答えは不死鳥です。いくつかあった厄介な計算問題も、答えの頭の数字をアルファベットで書いて、その頭文字を当てはめればたぶんキレイに収まります」
メモを取れるようになった途端あっという間に答えを導き出してしまったダンブルドア少年に、7年生の中でも際立って成績優秀な生徒の1人であるサチャリッサ・タグウッドはまたしても驚かされていた。この子ってもしかして本当にホグワーツ始まって以来の天才なんじゃないかしらと、普段あの目が離せない友人が言っている、根拠が無いように思えるその評価に、今サチャリッサ・タグウッドは心の中で賛同していた。
正面の壁にじわりと染み渡るようにして現れた扉が独りでに開くのを見ながら、サチャリッサは驚愕に満ちた表情のまま、ダンブルドア少年にぽつりと告げる。
「ダンブルドアくん、もしよかったら抱っこさせてもらえないかしら」
「……別に、構いませんが…………」
あなた本当に賢いのね驚いたわと、サチャリッサはダンブルドア少年を抱き上げてから言った。
「わ゙っ! レヴィオーソ!」
床にあった扉を開けて、勇気を出してそこへ妹と一緒に「せーの」で飛び降りてみたクレア・クランウェルは、背中から床に叩きつけられて呻きながらもどうにか隣の妹を落下の衝撃から守る事には成功して、安堵のため息を漏らした。
自分たちが「床の」扉を開けて飛び降りた先で「壁の」扉から飛び出て重力に引かれたのだと理解するのにクランウェル姉妹は2人揃って10秒ほどを必要とした。
「あら、意外と早く合流できたわね2人とも。そっちはどうだったの?」
「あサチャリッサおねーちゃん! たのしかったわ! ねえねえあたしこれ見つけたのよ!」
「それ『スニーコスコープ』じゃない。良かったわね、買うとそれなりにするのよ?」
妹が会話しているタグウッド先輩よりも、その腕に抱かれているものの方に、4年生のクレア・クランウェルは視線を釘付けにされている。
「…………なんでなのか訊いてもいい? ダンブルドアくん……」
「ノーコメントです………」
タグウッド先輩に抱っこされているダンブルドアくんの表情が、クレア・クランウェルには親戚のおばさんが溺愛している飼い猫のキャンディちゃんの「なんでこの俺様がこんな」とでも言いたそうな憮然とした顔と同じに見えていた。
そして合流した4人の興味が「お互い」から「この部屋」へと移るよりも早く、広々として天井の高いその部屋の奥から、その声は響いてきた。
「おーっ! ずいぶん早くここまで来たな。お見事! お前さんたちも好きになれそうだ!」
上等そうな水色の服を着て、白い髪の先を筒状にカールさせたその人影は全身から薄ぼんやりと光を放っており、鷲のように曲がった鼻と端が少し垂れ下がった目、そして大きめの口など、宙に浮かぶ椅子の上に脚を折り曲げて座っているその人物の姿を観察して、クレア・クランウェルは「おかしな曲とか作ってそうね」と、なんとなくそんな印象を受けていた。
「おはようファスティディオ。今日は新しいお友達を3人連れてきたわ。仲良くしてあげてね?」
「これはこれは! どうもありがとうミス・サチャリッサ・タグウッド! きみたちがそうだな? そうなんだな? 私と一緒に遊んでくれるんだな? なんて事…………なんて、……最高だ!」
さらりと挨拶したタグウッド先輩をよそに、1年生のダンブルドア少年と4年生のクレアは「やっぱりか」と、あの7年生の先輩を思い浮かべて呆れ半分感心半分の複雑な気持ちを抱いていた。
「あなたがファスティディオさんですね。僕はダンブルドアです。アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアです。グリフィンドールの1年生ですよろしくお願いします。それで、ファスティディオさんは……、もしかしなくても、ポルターガイストですよね?」
ダンブルドア少年にそう訊かれて、その人影は、ニイッと笑った。ちょうど、あの困った先輩がブラック校長に仕掛けたいイタズラを新しく思いついた時と、全く同じ笑顔だった。
「いかにも。私はポルターガイストだ。ホグワーツに住んでる友達が居るんだが、知ってるか?」
「はい。あなたとピーブズさんには『どこか似たところがありますから』。いつでも『落ち着いていて』『物静かで』『冷静沈着で品行方正』です。皆があなた方みたいだったらいいんですが」
ニヤリと笑みを浮かべながらそう言ってみせたダンブルドア少年を、ピーブズがそうだったようにファスティディオもまた、あっという間に気に入ったようだった。
「……ずいぶんオシャレなお坊ちゃんが居たもんだなこりゃ。お前みたいに粋なやつには、そうそう出会えるもんじゃあない。改めて、私はファスティディオだ。ここに住んでる。お前さんたちの友達の、あの飽きないやつともうひとり、ノリの良い屋敷しもべ妖精のペニーと、あとほんの少しの動物たちと一緒にな。……ほんの少しだ。本当さ! 魔法省のお役人たちはそう信じてる!」
そう高らかに宣言しながら椅子ごとクルリと一回転してみせたポルターガイストが急にギュウッと勢いよく目の前まで距離を詰めてきた事で、妹の手をしっかりと握っている4年生のクレア・クランウェルは反射的に一歩後ずさりしてしまった。
「それでお嬢ちゃんたちも、もしかして私と遊んでくれるのかい?」
「私は――」
警戒心が表情に出てしまっている姉のクレアをよそに、シャーロット・クランウェルはまたしても、その場の皆の想像通りに、元気いっぱいに挨拶した。
「あたしシャーロット。シャーロット・クランウェルよ。ねえオバケさんあたしとお友達になってくれる? あたしオバケさんとお友達になりたいな! だってオバケさん優しそうだから!」
「……あの子が『防衛術』でボガートと対面するとこ、見学させてもらえたりしないかしらね」
怖いものとか無いのかしらと呟きながら、サチャリッサ・タグウッドは1年生のシャーロット・クランウェルの大きくてまんまるの目がキラキラと宝石のように輝く様から目が離せなかった。
「私はクレア。この子の姉よ。…………その、よろしくねファスティディオさん」
「よろしくレディ。ところでミスター・ダンブルドア、せっかくなら100問全部解いてから扉を通ってほしかったんだが……まーさかあんな歯抜けの問題文を解読されるとは思わなかったよ」
いやいやそんな顔しないでくれ褒めてるんだよ私はと付け足しながら、ファスティディオは何も無いように見える壁の方を向いて、何かを待っている様子だった。
「あれ、もしかしてお二人が通ってきた部屋って、僕とタグウッド先輩が居たのとは全然違う感じだったりするんですかね?」
「……たぶんそうだと思うわダンブルドアくん。私とシャーロットが居たのは、家具とかガラクタとかが天井まで積み上がった塔とか山とかでいっぱいの、『物置き』って感じの部屋。翅の生えた鍵を追っかけて捕まえて、家具の山の下敷きになってた扉を――扉は床にあったのよね――上に乗ってる家具の山を片付けて、通ってきたの…………私たち、床の扉に『飛び降りた』のに――」
ダンブルドアくんの質問に推測で回答したクレアに、サチャリッサは横から解説する。
「ここは重力の向きだって思うがままなのよクランウェル。ファスティディオと――」
そして、サチャリッサがそこまで言ったのと同時に。
ちょうどファスティディオがじっと見つめていた辺りの壁が轟音と共に大爆発した。
「わあーーい!! それゆけファスティディオ! アルバスになんて負けないぞぉ!」
木製のマネキン4体に担ぎ上げられたまま杖を構えて笑っている、4年生のクレア・クランウェルと同級生のように見えるその女生徒の意思に従って、4体のマネキンは女生徒を担いだまま部屋の中央まで、皆の正面に移動して、杖を構えたまま、まっすぐにこちらを向いた。
「さーぁ! さあさあ! 僕と勝負しよう!!」
「…………私たちちょっと目を離しただけなのに……あなたはホントにもう……」
思わずそう呟いたサチャリッサのみならず、その女生徒がなぜ下着姿なのか、なぜ頭にだけハロウィンのカボチャ飾りを模した仮装を着用しているのか、その場の誰も理解できていなかった。
ファスティディオにも、こればっかりは全く理解できなかった。
ハリポタ公式の「隠れん防止器」はいわゆる「地球ゴマ」などを連想させる球体に近い形状。
一方ゲーム「ホグワーツ・レガシー」内で見つかるものは望遠鏡っぽい形状。
この差異を好意的に解釈した結果、たぶん企業努力の成果なんだろうと私の中で結論が出た。
18世紀に発明されてからずっと何度も何度も改良が重ねられて、コンスタントに新バージョンが発表され続けているのだろう。