2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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69.空飛ぶパフスケイン

「おはようポピー。……きみ、それ何をしてるんだい?」

 

 ハッフルパフの談話室で、同室の誰より遅く起床しゆっくりと朝の身支度を済ませて寝室から出てきたアーサー・プラムリーの視界に飛び込んできたのは、談話室の一角を埋める幾つもの大きなカボチャと、その間で何やら動き続けている小柄な同級生の後頭部だった。

「おはようアーサー。これね、おうち作ってるんだ!」

 大きなカボチャの向こうから頭部だけがかろうじて見えているポピー・スウィーティングが述べたその説明は、アーサーには一度聞いただけでは意味不明だった。

 

「おうち? …………アイツのかい?」

「ううん、ニフラーとかオカミーたちのおうちだよ。カボチャに棲んでたら可愛いかなって思って。――どおマーマデューク? あなたたちのおうち作るんだよ」

 

 ポピーの背丈と同じくらいある大きな大きなカボチャを「手伝うよ」と言って作業に加わったアーサー・プラムリーとポピーが2人で杖を慎重に動かして鍋のフタを開けるように上側四分の一ほどを切り取る様を、ニフラーの「マーマデューク」はポピーの頭の上に乗っかったまま見物していたが、すぐに好奇心旺盛なニフラーの興味は「作業風景」から「カボチャそれ自体」に移った。

「食べてもいいよ、マーマデューク」

 優しい声色でそう告げたポピーの頭の上から2人用の丸テーブルくらいあるカボチャの断面へとダイビングを敢行したニフラーの「マーマデューク」は、アーサー・プラムリーがまさに今から取り除こうとしていたカボチャの種とワタの上に着地する。

 

「そういえばポピー、このカボチャの実の部分というか、可食部はどうするんだい? これ確か、そんなに美味しい品種じゃあなかったと思うんだけど。ハロウィーンの飾りを作るための品種だよね、このやたら大きくなるカボチャって」

 杖をカボチャの断面に向けたままニフラーのマーマデュークを目で追っているアーサーが、カボチャの断面から種を掘り出して齧り始めたマーマデュークに杖を向けたポピーに訊く。

「私たちにとってはそうだけど、動物たちの飼料にはなるよ。うまく育てれば栄養たっぷりになるし、サチャリッサはうまく育てるから。……おいしい? マーマデューク。よかった」

 ポピーがそう言いながらカボチャの断面に向けた杖をコーヒーとミルクを混ぜるようにくるくると回すと、大きな大きなカボチャは外側の皮だけを残して中身がかき回され、ポピーの杖の動きに合わせて皮から引き剥がされた果肉と種とワタとが一緒くたに、空中に巻き上げられていく。

 

 皮から引き剥がされて空中でひとりでに擦り潰れたカボチャの実に取り囲まれて、ニフラーのマーマデュークもまたポピーの魔法によって宙に浮かんだまま、まだ食べたりないのか周囲の擦り潰れたカボチャの中から種の破片を見つけ出して、クリーム状になりつつあるカボチャと一緒に空中で回転しながら貪欲に食事を続けている。

 

「身体がハッフルパフの色になってるよ。マーマデューク」

 

 全身カボチャまみれで体毛がクチバシと同じ色になりつつあるニフラーのマーマデュークがこっちを見てくれたのが嬉しくて、ポピーは杖をさらにくるりと回した。

 それに従ってマーマデュークも回り、すり潰されたカボチャの中身も円を描くように宙を漂う。

「あら、今日はまた何をしてるのポピー?」

「おはようエヴァンジェリン。ニフラーとオカミーのおうち作ってるんだ」

 皆よりかなり遅れて、ようやく起きてきたらしい寝ぼ助たちがのたのたと各々の寝室から這い出してきた中に、ポピーの同級生、7年生のエヴァンジェリン・バーズリーも居た。

 エヴァンジェリンは階段を降りてくるとアーサーの隣を通ってポピーの背後まで来て、ポピーの左右の肩に自分の手を乗せた。

 

「そのニフラー、なんて名前だっけ?」

「この子はマーマデュークだよ。あいつが名前つけたの」

 

 エヴァンジェリンはポピーが教えてくれたその名前、というよりは単語に聞き覚えがあったような気がして記憶を辿り始めたが、結局サマンサ・デールとその弟には思い至らなかった。

 ポピーの杖の動きに従って、皮だけ残して削り取られたカボチャの果肉や種やワタはポピーが着ている制服のポケットの中へと吸い込まれるようにして消えていき、クチバシから尻尾までくまなく全身カボチャまみれのマーマデュークはポトリと床に着地した。

 

「……なんでそんなに嬉しそうなんだい? ポピー」

「あのね、アイツがね。去年ね。私が魔法生物のお世話手伝わせてほしいってお願いしたときにね。私にもカバンをひとつくれたんだ。それは今この私のポケットの中にあってね。えっと、つまりね、私のポケットの中は、カバンを経由してだけどね。…………アイツに繋がってるんだ」

 

 嬉しそうに微笑んでそう言ったポピーの向こうでは、今の話を聞いていたらしい下級生の女の子たちがきゃあきゃあとかしましく騒ぎ始めている。

 しかし当のポピーはただ純粋に嬉しいだけのようで、エヴァンジェリン・バーズリーはそんなポピーの表情を見ながら、そして自分の顔が熱を持ち始めたのを感じながら、いかに己の心が穢れてしまっているのかを改めて自覚していた。

 

「ゔ! ぅん、ねえポピー、このくり抜いた大きなカボチャをそのまま使うのかい?」

 わざとらしく咳払いしたアーサー・プラムリーが、ポピーに次の作業手順を訊いた。

「んーー、いくつか保護魔法をかけて、あとはもっとフワフワのベッドにしないといけないんだけど、それは親がやるから。土台だけ作ってあげるんだよ」

「…………つまり、『ニフラーとオカミーが巣を作りたくなる場所を作る』ってことだね?」

 

 それはN.E.W.T.レベルすら逸脱するほどの専門知識を必要とする高度な作業なのではないかと、アーサー・プラムリーとエヴァンジェリン・バーズリー他、まだ朝食のための1階大広間への移動を開始していない何人かのハッフルパフ生たちは思っていた。

 そこまで実践的な知識は、試験や授業では必要にならないと。

 一方、談話室の隅の床に固まって座り込んでポピーちゃんと「あの先輩」の関係性についての妄想できゃあきゃあとかしましく盛り上がっていた下級生の女子たちは「ニフラーが巣を作りたくなる場所なんて決まってるじゃない」と、そう簡単に考えていた。

 そんな彼女たちの会話が聞こえていたのか、アーサーがポピーに問う。

 

「ニフラーは、どういう場所に巣を作るんだい? やっぱりキラキラした物がたくさんある所?」

「ううん、キラキラしたものは、あの子たちが自分で集めてくるからね。あの子たちが野生で巣を作るのは、近くに肉食の大型動物が居なくて、キラキラしたものを集めておけるスペースがある、つまりある程度広くて平らな場所。けど平地のど真ん中の開けた場所じゃなくてもっと奥まった、少なくとも前後左右のどれか一方向は壁である方が落ち着くみたいだから、カバンの中のそういう場所にこれを置くんだ。それであの子たちは、そのまま巣として使えるものが既にあるなら、わざわざその隣にゼロから巣を自作したりしないから。……もうちょっと枯れ枝を足そうかな?」

 

 カボチャまみれのままスカートの裾に飛びついて肩までよじ登ってきたニフラーのマーマデュークによって自分の制服にハッフルパフカラーの彩りが足されても、ポピーは気にしていない。

 ニフラーのマーマデュークはポピーの肩の上に乗って後足だけで立ち上がり、大きなカボチャをくり抜いて作られた自分たちのための新しい棲み家を見下ろす。

 カボチャまみれのマーマデュークは今この新しい棲み家を品定めしているのだとアーサー・プラムリーは見て取ったが、「そ? 良かった。じゃあきみたちの新しいお家に運んでおくね」と言ったポピーが一体ニフラーの何を見て「気に入ってくれた」と判断したのかは全く解らなかった。

 

「ねえアーサー。このカバンを……中の私ごと大広間まで運んでくれたら嬉しいな」

「もちろんいいよポピー」

 

 ポピーがそう要請しながら取り出した旅行カバンは一見すると自分たちの共通の友人が幾つも所有している魔法生物飼育用の違法改造品と全く同じであるようにエヴァンジェリン・バーズリーには見えたが、しかしよく観察してみると「ポピーちゃんの」と、誰によるものなのかがすぐに判るヘタクソな字が取っ手の金具に刻印されていた。

「そのカバンにもどうせアイツが山程保護呪文をかけたのよね? なら、その焦げた足跡は何?」

「これ不死鳥の足跡だよ。前このカバンを踏んづけたときにね、ついてたんだ」

 ポピーは自慢げにそう言うと、スーッと杖を振って自分の周囲に幾つもあるくり抜かれた大きなカボチャをカバンの中へと収納し、自分の左肩に乗っているニフラーのマーマデュークに右手を差し出して、掌の上へと移動させる。

 

「ほらマーマデューク。盗ったものみんなに返そうね」

 

 そしてポピーは右の掌に乗っけたニフラーの首根っこを左手で摘んで逆さ吊りにし、右手の人差し指でニフラーのお腹をくりくりと撫で回し始めた。

 ニフラーのマーマデュークがくすぐったそうに手足を伸ばしたり縮めたりする度に、そのお腹の袋からジャラジャラと小さな宝石や食器類、指輪にネックレスやブローチなどなど、マーマデュークが貯め込んでいたキラキラした品々が滝のように溢れ出て床に散乱していく。

 

「あー! 私のネクタイピン! 無いと思ったら!」

 

 逆さ吊りにされたニフラーのお腹の袋から溢れ出てきた宝飾品の中に自分の私物を見つけて駆け寄ってきた下級生の女子生徒の隣では、失くしたと思っていた杖の柄を手に取った男の子が、ポピーに「これ僕の」と、持っていってもいいのかを恐る恐る訊ねている。

「ごめんねマーマデュークが」

「……これ全部だれかの失せ物なのポピーちゃん?」

「全部じゃないかな。誰に所有権があるわけでもない捨てられてたガラクタとか、私がこの子にあげたものとか、あとはアイツの私物とか。ほら、あのパフスケインみたいでかわいい方の首席」

 

 ヘクター・フォーリー先輩はパフスケインみたいではない、という消去法で、その下級生はポピーちゃんが誰の話をしているのかを理解した。

 

「アイツね、大事な物をニフラーに預けるんだよ。キラキラしてれば手放さないし、カバンの奥に居るから危険に晒されたりもしないし自分で移動してくれるしでとっても優秀! って言ってた」

 盗品ではない宝物たちをまたお腹の袋にしまい直すマーマデュークを床にしゃがみ込んでカーペットにベッタリと頬をくっつけて至近距離で見守りながら、ポピーは同じハッフルパフの下級生には一瞥もくれずにそう言った。

 

「ポピーったら、だんだんやることがアイツに似てきたわよね」

 

 床に這いつくばってニフラーに話しかけているポピーのお尻をじっくりと見ながら誰にとも無く発されたエヴァンジェリン・バーズリーの呟きを聞いて、アーサー・プラムリーが無言で頷いた。

 

「そういやそのアイツはどこに行ったのポピー?」

「1年生と4年生のあの子たちとダンブルドアくんを連れてホグズミードに行ったよ。シャーロットを湖畔の主に乗っけてあげて、ファスティディオにダンブルドアくんを紹介するんだって」

 

 ニフラーのマーマデュークから目を離さないままポピーがそう説明したが、お尻しか見ていなかったエヴァンジェリン・バーズリーは、ポピーのお尻が喋ったかのように錯覚していた。

 

「今頃はたぶん、みんなでファスティディオと遊んでるんじゃないかな?」

 

 宝物をしまい直すべく床を動き回るマーマデュークを四つん這いのまま追いかけているポピーが口にしたその推測は、概ね的中していた。

 

「ぷにゃーーーーー!!!!」

 

 ダンブルドア少年が杖の先から放った赤い閃光が、マネキンたちもろとも青年を吹き飛ばす。

 

 素っ頓狂な悲鳴を上げて広い部屋の奥まで飛んでいった青年は壁に強打した後頭部を両手で抑えて呻きながらヨロヨロと立ち上がって、ダンブルドア少年をぐぅーっと睨みつけた。

「んぬぅー……アルバスめぇー。僕がバカになっちゃったらどうするのさー…………」

「もし先輩が頭を強く打ったせいでバカになってしまったら、それはつまり何も状況が変化していませんので、当然僕の対応も変化しませんね」

「なんだぁコンニャロぅー」

 

 ぷっくりと頬を膨らませて抗議した7年生の女生徒の声色が穏やかだったので、1年生と4年生のクランウェル姉妹と共にダンブルドア少年も杖を降ろして肩の力を抜いた。

 しかしサチャリッサ・タグウッドだけは違った。サチャリッサは180°後ろに振り向き、杖を持っていない方の手でダンブルドア少年を素早く突き飛ばした。

 

「ステューピファイ!」

 

 サチャリッサ・タグウッドが大慌てで唱えた失神呪文と、クランウェル姉妹の背後に音も無く姿を現した女生徒が無言で放った赤い閃光が正面衝突する。

 どちらが押し切るよりも早く、その女生徒は再びフッと姿をくらました。

「何を油断してんだいアルバス」

 ダンブルドア少年が急いで立ち上がって再び杖を構えるよりも早く目の前に現れた女生徒はダンブルドア少年の左腕を掴む。

 そして今度は「バチィン!!」とけたたましい騒音を響かせて、女生徒は再び「姿くらまし」する――11歳の小さなアルバス・ダンブルドア少年もろとも。

 

「レヴィオーソ!」

 

 かなり遠くの天井近くに現れたダンブルドア少年を、サチャリッサが浮遊呪文で受け止める。

 一方、ダンブルドア少年を床に投下したワタリガラスはガアガアと喧しい啼き声を上げながら、杖を持っていない方の手を繋いで何をするでもなく観戦していたクレアとシャーロット・クランウェルの姉妹へと迫る。

 

「え、あ、リッ、リクタスセン――」

「つかまえた!!」

 

 姉のクレアが慌てたのとは対照的に、妹のシャーロットはお姉ちゃんと繋いでいた右手をするりと離し、左手に持っている杖を親指と人差し指の付け根でだけ把持して掌を開くと、姉に迫っていたワタリガラスを両手で勢いよく挟むようにして捕獲した。

「おめめがとってもキレイね!」

 クレア・クランウェルの目には、妹の手の中でジタバタと抵抗しているワタリガラスが、今の自分と同じくらいビックリしているように見えた。

 まさか素手で捕獲されるとは思っていなかったのだろうと、クレアは推測していた。

 

「やるなお嬢ちゃん。シーカーとか向いてるんじゃないか?」

 ファスティディオの褒め言葉も聞こえていないらしいシャーロットのまんまるの目から放たれた煌めくような視線は、捕まえたワタリガラスに注がれている。

 

「大丈夫、ダンブルドアくん? お薬あげましょうか?」

「…………だいっ、大丈夫、です。タグウッド先輩……ヴぅっ……!」

 

 先輩がおそらくわざと乱雑に行ったのだろう「姿くらまし」に巻き込まれたダンブルドア少年は、何年か前に父さんのワインを飲んでしまった時のような、母さんと一緒にやたら料金の安い馬車に乗ってみたら案の定酷く傍若無人な走り方だったあの時のような、過去に何度か経験した種類の激しい頭痛と吐き気に苛まれていた。

 たぶん「姿くらまし」が上手じゃないと自分でやってもこうなるのだろうと、だったら僕はできるだけ丁寧にやろうと、「姿くらまし術」のやり方すらまだ知らないダンブルドア少年は、床に嘔吐してしまわないように耐えながら、いつか姿くらましを練習する日の事を考えてそう決意した。

 

「ほらダンブルドアくん。吐き気の切れ目にこれ飲みなさい。良くなるわよ」

 ダンブルドア少年は固辞しきれずに、タグウッド先輩から小瓶を受け取った。

「ちょっと何してるのシャーロット! ダメでしょ!」

 

 妹がワタリガラスの頭部を口に含んだのを見て、姉のクレアが大きな声を出した。

 ワタリガラスはシャーロット・クランウェルに捕まえられたままジタバタともがき、姉のクレアのみならずファスティディオまで俄に慌てているが、当のシャーロットはワタリガラスのお顔を口の中に収めたまま、なぜか嬉しそうだった。

 

「かわいい!」

 

 やっと口から出してもらえたワタリガラスが足の鉤爪までギュッと閉じて微動だにしなくなった一方で、そのワタリガラスを捕まえたままのシャーロット・クランウェルは満足そうだった。

「ほら、ほらシャーロット。先輩を離してあげて?」

 姉に促されて、シャーロット・クランウェルはようやく、そのワタリガラスを自分がどれだけ強く握りしめていたのかに気づいた。

 

「……あらほんとう! ごめんなさいね!」

「僕が朝ごはんなのかとおもった…………」

 

 スルリとワタリガラスからヒトの姿に戻った7年生の女生徒は、すっかり戦意を削がれていた。

 

「おまえたち、朝食がまだだろう? ペニーが用意してくれてるから奥に来るといいぞ」

 

 そしてポルターガイストのファスティディオがそう言ったのを合図に、それまで向こうの壁が見えない薄暗さだったその広い部屋は、パッと一気に明るくなった。

「ようこそ私と私の家族の家へ。もしくは私を家族に迎え入れてくれた友人たちの家へ」

「オバケさんはこのおねーちゃんとさっきの妖精さんと一緒にここに住んでるの?」

「そうだよお嬢さん。コイツは私が店で遊ぶ事も許可してくれたんだ!」

 

 この「編入生」が5年生の時にファスティディオと交わした契約は、去年の一年間に何度かの改定を経て、今ではかなりファスティディオに歩み寄った内容になっていた。

 いつでも地下から出てきていいし、店を開けてる時間でも店で遊んでいい。そのかわりに店と動物たちとペニーを危険とか意地悪から守ってね、という最高の遊び相手からの頼みを、ファスティディオはキチンと遂行し続けていた。

 

 それは契約文に付け入る隙がないからではなく、ただ最高に気の合う友人の頼みだからだった。

 

 その「編入生」がファスティディオの事をそう考えているように、ファスティディオもそのホグワーツ生を自分の家族だと思っていた。

 一緒のお家に住んでもいいかと訊かれたあの日も、それを二つ返事で了承したら「じゃあこれからは僕ら家族だね」と言われた事も、ファスティディオにとっては未来永劫忘れないと確信できる、最も嬉しい思い出のひとつだった。

 

 そしてシャーロットとクレアのクランウェル姉妹とダンブルドア少年は、ファスティディオと名乗ったそのポルターガイストの気分次第でどこまでも続いたのだろう「地下迷宮」から、ホグワーツが休暇中の時期に先輩が棲んでいる「居住区画」へと、初めて足を踏み入れる。

 ひとりでに開いた扉をファスティディオに先導されて通り抜けながら、ダンブルドア少年は考えてみれば当たり前だったはずの事実に驚いていた。

 

 この先輩にとって「自分の居住空間」と「動物たちの飼育区画」は一体不可分なのだと。

 

「あ! えっとね、あたしこの子たちのお名前ポピーちゃんに教えてもらったのよ! えっとね、えっとね。あたし知ってるのよ? ホントよ? うんとね………ぱすふケイン!」

 

 シャーロット・クランウェルがじっくり考えてからそう大きな声を出した横で、サチャリッサ・タグウッドがクスクス笑っている。

 ファスティディオが皆を招き入れたのは、台所と居間が一緒になった広くて明るい部屋だった。

 いま自分の顔のすぐ傍を転がっていった毛の玉のような生き物がなんなのか、4年生のクレア・クランウェルはちゃんと知っていた。

 

「パフスケインね。パ『フ』スケイン」

「あたしパスフケインってちゃんと言ったわ!」

「…………シャーロットあなた、もう1回ゆっくり言ってごらんなさい」

 

 パ、フ、ス――と、一音ずつなら正しく発音できた妹がもう一度「ぱすふケイン!」と自信たっぷりに言い切ったのを目の当たりにして、クレア・クランウェルは両手で顔を覆ってしまった。

「……パフスケイン。」

「パスフケイン! …………あれえ??」

 自分が正しく言えていないとやっと気づいたシャーロットと、正しく言えるまで付き合ってあげるつもりらしい姉のクレアをよそに、ダンブルドア少年はその部屋を見渡す。

 そしてダンブルドア少年がまず気になったのは、空中をころころと転がって移動する、やたら毛の長いパフスケインたちだった。

 

「先輩、先輩。パフスケインってこんなふうに空中を転がるものなんです? 飛べるんですか?

 

 こんなことは本には書いてなかったと思いながら、ダンブルドア少年は訊いた。

 

「飛べるんだよこの子たちは。ニホンの固有種、フライング・パフスケイン。去年ニホン行った時に買ったんだけどねえ、保護種だったりしないのかってニホン魔法省のヒトに訊いたら『増えすぎて困ってる』だってさ。フライング・パフスケインの中には毛が黒いやつと白いやつがいるけど、どっちも性質は同じで、全身を覆ってる長い毛が薬の材料になる。気に入った相手を幸運にする能力と、気にいらない相手を不幸にする能力を持ってる。けど『フェリックス』とかマックルド・マラクローみたいに強力なものじゃなくて、至ってささやかなんだよね。やあフェンネル」

 空中を漂って寄ってきた真っ黒な長毛のパフスケインにニッコリと笑顔を向けて挨拶したその女生徒に続いて、サチャリッサもダンブルドア少年に説明する。

 

「ニホンのマグルはこの子たちを、白い個体が幸運をもたらす『ケサランパサラン』で、黒い個体が不幸をもたらす『毛羽毛現』だと思ってるそうだけれど、実際にはどっちも同じ生き物よ」

 

 この家の家主である女生徒と一緒に擦り寄ってきたその毛だらけの丸っこい生き物を撫でながら、サチャリッサ・タグウッドはファスティディオに促されるままテーブルに着席した。

「ありがとうファスティディオ。あら、あなたハイウィングね? おはよう」

 窓の外からこちらを覗いていた真っ白なヒッポグリフに、サチャリッサはわざわざ椅子を引いてもう一度立ち上がってから丁寧に挨拶している。

 

 一方、フライング・パフスケインと呼称するらしい今まで全く聞いたことがなかった生き物を目の当たりにして、ダンブルドア少年は、自分には知らない事がたくさんあって見たことがない景色がたくさんあるのだと、そんな当たり前の事実を再確認していた。

 

「ペニーが皆さんにお食事をお持ちしました」

「待ってたよペニー。一緒に食べよ!」

「パフスケイン。」

「パスフケイン!」

 

 賑やかで明るい広々としたダイニングで、ダンブルドア少年のすぐ目の前に浮かんでいるポルターガイストのファスティディオが右手の人差し指をクルリと回してテーブルを倍近いサイズに拡大すると、そこにすかさず屋敷しもべ妖精のペニーがパチンパチンと指を鳴らして魔法を行使し、自分の周囲に浮かべて運んできていた料理の数々を滑らかに飛行させて配膳していく。

 

 しかし、そこに並べられた美味しそうで彩り鮮やかな朝食には、足りないものがあった。

 

「あの、……先輩すいません。スプーンとかフォークとかいただけるとありがたいんですけど」

 

 ダンブルドア少年にそう要請された女生徒は、良くぞ訊いてくれましたなどと言いそうな笑顔で窓際の一角を指差す。

 そこには色とりどりで大小さまざまな宝石が暖炉の炎のようなグリフィンドールカラーのソファを埋め尽くすほど大量に、ちょっとした地層のように敷き詰められていて、その上に積み上げられた銀製らしき食器類の山脈のあちこちには確かにカトラリーも点在していた。

 

「あれが我が家の食器棚です。」

 

 その宝の山の真ん中で、銀のボウルの中に収まってグウグウと眠っているニフラーのお腹に、もう一匹のニフラーがそっと手を突っ込んで何かを盗もうとしている。

「…………ニフラーって、同じニフラーからも盗るんですか」

「ううん。同じコロニーの仲間に対しては、たぶんそうしないのが普通だと思う。アイツは特別だよ。とびっきり好奇心が強いんだよね、アイアンデールのこそ泥は」

 

 眠りこけている仲間のお腹の袋の中から真珠のネックレスを引っ張り出したその明るい青色の毛並みを持つニフラーは、明らかにガッカリした様子でそれを元通りに仲間のお腹の袋の中に戻すとトボトボとした足取りで飼い主の方へと寄っていった。

「あそこで寝てるリアンダーは真珠もよく集めるけど、こそ泥にとっては『二級品』みたいなんだよね。こそ泥は真珠みたいな柔らかい輝きじゃなくて、もっとキンキラのやつが好きなの」

 椅子の足から自分の身体を伝ってテーブルに乗っかったとびきりイタズラ好きのニフラーを愛おしそうに指で撫で回しながら、その女生徒はダンブルドア少年にも着座を促す。

 

「ほらアルバスお膝おいで!」

「先輩ぼくのこと3歳だと思ってます?」

「アクシオ!」

 

 今日もまた抵抗虚しく先輩のお膝に座らされてしまったダンブルドア少年は、諦めてテーブルの上の料理を眺める。そこには苦手な品がいくつも並んでいたが、それらも我慢して食べなければ背が伸びないとダンブルドア少年は固く信じていた。

 

「これとこれと、あとこれもだな。お前さんは大きめのスプーンにしてやろうすぐこぼすから」

 

 熟睡中のニフラーが鎮座する宝の山の中から、ファスティディオはフォークとスプーンとナイフを人数分浮遊させて引っ張り出し、編隊飛行させてテーブルに配膳する。

 

「パ、フ、ス、ケイン。」

「ぱ、ふ、す、けいん!」

「パフスケイン。」

「ぱすふケイン!」

 

 進展の無さに頭を抱えている姉のクレアとなぜうまく言えないのかが自分でもよく解らずに首を傾げている妹のシャーロットもサチャリッサに声をかけられて2人仲良くみんなと同じテーブルの開いている席に並んで座り、最後にファスティディオとペニーも着席して、漸く食事が始まった。

 それはちょうど、ホグワーツの皆が大広間で朝食を食べ始めたのと同じ時刻だった。

 

「ねえねえお姉ちゃん。これ美味しいわよ!」

「ホントね。先輩サンドイッチに挟まれてるこれはなあに? なんのお肉?」

「ウェールズ・グリーン普通種とヘブリディアンブラックの混血だよ。ペックさんのお店で100ポンドだけ買ったの。たまーにしか市場に出回らないんだけど僕もみんなもこれ好きなんだよね」

「『みんな』ってのはマンティコアたちの事ね。肉食の動物たちにとってもたまにしか食べられないごちそうだから、コイツもポピーもいつだってソロモンとかイソップに優先して配分するのよ」

 

 なんのことやら理解できていないのが全部顔に出ている妹に、姉のクレアは心底ビックリしているのをどうにか抑えてコッソリと、何故か小声で囁く。

 

「これドラゴンのお肉よシャーロット」

 

 そしてまたまた例によって例のごとく、11歳のシャーロット・クランウェルの大きくてまんまるの目は、湧き上がってきた好奇心と嬉しさによって眩しく煌めいた。

「ほんとう? あたしドラゴンのお肉を食べたの! お姉ちゃんと一緒に?? やったああ!!」

 椅子に座ったまま激しくジタバタし始めたシャーロットは、ぐりんと頭を動かして7年生のおねーちゃんたちの方を向いた。

 

「あたし今からパパとママにお手紙書く!!!!」

 

 サチャリッサは「食べてからにしましょう?」と諌めたが、もう一人の女生徒とポルターガイストのファスティディオは既に瓶に入ったインクと羽根ペンと羊皮紙を用意し始めていた。

「ここはホグズミードだ。ここにはヒトは魔法族しか居ない。だからこういう品もあるんだよね」

「きみが話したことを、この羽根ペンは勝手に動いて自動で筆記してくれる。インク瓶と紙は私が浮かべておくから、お嬢さんは食事の合間に話すだけで、手紙を仕上げることができる」

 

 それを聞いてますます目を輝かせるシャーロットをよそに、サチャリッサは自分がホグワーツに入学したばかりだった頃のちょっとした失敗を思い出して、苦々しげに呟いた。

 

「自動筆記羽根ペンは便利だけれど、そればっかり使ってると字がヘタクソになるのよね」

 

 シャーロット・クランウェルはもう一口サンドイッチにかぶりついてからサチャリッサおねーちゃんを見て、それから隣の姉を見て、オバケさんが浮かべて見せてくれた筆記具を見て、それからダンブルドアくんを見つめる。

 

「あたしやっぱりお食事してから書くことにするわ! だってお行儀が悪いもの」

 

 それを聞いて満足気にニッコリしたファスティディオに悔しそうな表情の先輩がシックル銀貨を一枚手渡すところを、ダンブルドア少年は確かに見た。

「きみの妹はおりこうだねクレア…………」

「なんでそんな渋い顔してるのか訊いてもいいかしら先輩?」

 

 あなたの妹を賭けの対象にしてたのよと説明したいのを、サチャリッサはどうにか堪えていた。

 

 




 
【ジャパニーズ・フライング・パフスケイン】
 公式設定には影も形も存在しないが私の妄想の中には存在する、ニホンの魔法生物。
 かつては一部地方にのみ棲息している稀少種だったが、人工飼育と繁殖の試みが大成功した。
 ケサランパサランもしくは毛羽毛現。マグルはこれらをそれぞれ別の妖怪だと思っているが、単に白いやつも黒いやつもいるというだけでどっちも同じ魔法生物。マグルがケサランパサランと呼称している白色の個体もまとめてニホンの魔法族は毛羽毛現と呼ぶ。
 なんならヨーロッパ魔法界の「普通のパフスケイン」もニホンの魔法族は毛羽毛現と呼ぶ。
※ここまで全て私の妄想でハリポタシリーズの公式設定ではありません※  

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