2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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70.不死鳥郵便

 朝。身支度を終えた夫婦が、1人だけギリギリ雇えている使用人と共に朝食を摂っている。使用人と主人は普通なら別に食事をするのだが、この家では「済ませたのか未だなのかを把握できる」という建前の元、使用人も含めて3人で食事をするのが新たな習慣となっていた。

 

「あの子たちが魔法の学校に行っちゃって淋しいから、アナタ話し相手になってね」

 

 その夫婦の娘たちがそうであるように、その夫婦もまた素直な人柄で知られていた。

「もちろんです奥様」

 夫婦にいつでも自由に話しかける事が許されている使用人の女は、雇用主と労働者ではなく家族として扱われているのではないかと錯覚する事もしょっちゅうだった。

 なので使用人の女としても、おふたりが同じ学校に寄宿できているのは喜ばしかった。

 

「そういえば、その。ずっとお伺いしようと思っていたのですが。その『魔法』について、私は、知ってもいいのですか? 何かその、秘匿を義務とする法律が……あるのでしたよね?」

 こんなに天気が良い朝なのだからと開け放たれた窓の枠に止まった大きな鳥にニッコリ微笑みかけた使用人の女は、同じテーブルで食事を摂っている雇い主である夫婦に訊く。

「魔法族を子に持つ非魔法族の親、同居人である養育者、並びにその使用人、並びに――と、マダム・ウィーズリーに読ませていただいた条文にはあったから、つまりきみも、知っていて良いという事らしい。ただ仮に我が家の使用人という職を離れる場合には『忘却術』を施すそうだが」

 火の入っていない暖炉の隣の棚の下の段にひっそりとしまい込まれた「日刊予言者新聞」に視線をやりながら、夫はそう言った。

 

 旦那様の口から言及された謎の処置を、どのようにして施すのか。想像を膨らませてしまった使用人の女は怖くなってしまい、危うく紅茶を吹き出しそうになった。

「きみが外出する用事を済ませてくれている時に限ってマダム・ウィーズリーはいらっしゃるからね。……もしかすると、これもマホウの成せる技なのかもしれんが、まあ考えても仕方がない」

 

 輪切りのレモンを沈めた紅茶にスプーンで砂糖を追加投入しながらそう言った夫に、アンズのジャムとマーマーレードのどちらにしようか迷っている妻と、何も入れずにそのままの紅茶を味わっている使用人の女が同意を示す。

「接触する人数が少ないに越したことは無いんでしょうね。ウチはこの子ひとりだけだからまだ良いけれど、もっと大きなお屋敷とひろーい土地をお持ちの、それこそ貴族の家の子とかが魔法使いだったら、山程居る使用人の全員が『知ってもいい』事になるのかしらね?」

「制御は、できるんだとおもいます。それでも。だって私、その『マダム・ウィーズリー』がいらっしゃる時って毎回所用で外しておりますけれども、その『所用』の目的地に辿り着いたという段になっていつも気付くんです。『ここに来なければいけない緊急の用事なんて無い』って」

 

 だから私は魔法にかけられてるんだと思います、と締めくくって紅茶を口に運んだ使用人の女を見て、夫婦はほとんど同時に同じ質問をした。

「どうしてそんなに嬉しそうなんだい?」

「あなたどうしてそんなに嬉しそうなのかしら?」

 クスクス笑いながらそう訊ねてきた雇い主の夫婦に、使用人の女は元気いっぱいに言う。

 

「だって魔法ですよ魔法! わたし魔法にかけられたんですよ? すごいじゃないですか!」

 

 何人か居た雇用希望者の中から夫婦がこの娘たちよりいくらか歳が上の若い女を採用したのは、ひとえに娘たちに似ているからだった。

「魔法といえば旦那様、奥様、…………いくらなんでも買いません? 時計。そろそろ不便も不便ですよ、日当たりでしか時刻が判らないのは。買い換えるんじゃなくて、買い足しましょうよ」

 文字盤の上でうじゃうじゃと枝分かれした針が脱皮している最中の蛇かのように蠢き続けているせいでどれが長針で短針で秒針なのかもまるで判別不能になっているその柱時計を見る度に、その使用人の女も雇い主の夫婦と同じくらい幸せな気持ちになるのだった。

 

「いいじゃないか。時間に余裕をもって動けばそれで」

 

 旦那様のその柔らかな返答は、使用人の女にとって耳慣れたものだった。

 

 そして2個めのパンに手を伸ばした使用人の女は、ずっと視界に映っていた開け放たれた窓に止まっている大きな赤い鳥が、見たこともない種類の知らない生き物だと、ようやく気づいた。

「旦那様なんですかあの大きな鳥は」

「…………いつから居た?」

「わかりません。ただおふたりと私が食事を始めた時にはたしか既に――」

 夫婦と使用人が困惑する中、使用人の女が最後まで言い終わらない内に、窓枠に止まってこちらを見ているその大きな赤い鳥は突如まばゆい光を放って燃え上がった。

 

 朝食を摂る手がピタリと止まってしまった夫婦と使用人が驚くよりも早く夫の顔の傍の空中が燃え上がって、そこに再びその大きな赤い鳥が現れる。

 空中で羽ばたいて静止しているその見たこともない鳥が嘴に咥えているものは2通の封筒だとその夫婦が気付いたのは、数秒の驚愕と沈黙が過ぎて、心がいくらか落ち着いてからだった。

 

「手紙か? 僕らに…………?」

 

 夫が手に取った封筒の片方を渡してくれたので、妻はそれを開いて、使用人の女と一緒に見る。

「まあ! あの子たちからだわ。……これはシャーロットね?」

 読み進めれば読み進めるほどにあふれる幸福感が顔中を満たしていく妻と使用人を横目に見ながら、夫はもう一通の封筒を開き、中から手紙とクリスタルの小瓶3つを取り出した。

 こんな薄い封筒のどこに小瓶が3つも収まっていたのやらと不思議に思いながら、夫もまた手紙を開いて、それに目を通し始める。

 

“はじめましてミスター・クランウェル。はじめましてマダム・クランウェル。はじめまして使用人様。私はホグワーツ魔法魔術学校の7年生、サチャリッサ・タグウッドという者です。娘さんたちと同じハッフルパフ寮に所属しています。この度お贈りした小瓶の中身が、お2人の娘さんたちが今ホグワーツでどのように日々を過ごしているのかを知る助けになれば幸いです。御夫婦と使用人様でそれぞれ一瓶ずつお手にとっていただき、瓶の中身を御三方各々の左右どちらかの目に滴らせていただければ、私の友人が見聞きした光景を、そのまま、お届けすることができます”

 

 その丁寧な字に続いて書き込まれていた下の娘のシャーロットよりもさらに拙い字を、夫はどうにか読み取ることができた。

 

“お毛紙とどけてくれたその孑は丕死烏だよ。ぼくの家旅なの。カッコいいでしょ”

 

 綴り間違いだらけのその一文を読んだ夫は、それがきっとシャーロットと同じ11歳のお友達からのメッセージなのだろうと考えていた。

「『PENIЖ』とは一体…………? きみは『ペニジェー』なのか……?」

 目の前でホバリングしている大きな鳥が「違う」と抗議しているように、その夫には思えた。

 

 そして夫は妻と使用人の女にもその手紙を読ませ、クリスタルの小瓶を渡し、半信半疑ながらもとりあえず手紙で促された通りの行動を、3人で採ってみる。

 クリスタルの小瓶の中のドロリとした銀色の液体を恐る恐る瞳に垂らしてみた夫婦と使用人は、染み渡るように周囲の景色が一変していく様を見て、思わず驚きの声を上げた。

 

「――見えてます? このへんからにする予定なんだけど。おふたりに、いや使用人さんが1人居るんだっけ。3人に今見てもらってるのは僕の記憶。1892年9月11日の朝。朝食の時間だよ……つまりほとんど『今』、……だよね? オマエ寄り道しないでまっすぐ届けに行ってくれるよね?」

 

 声だけのそのお嬢さんが今話しかけたのが、自分たちに手紙を届けてくれた大きくて豪華な鳥だと、使用人の女も夫婦も気づいた。

 

「急にどうしたんですか先輩? 誰に話しかけてるんです?」

「この子はアルバスだよ。レディ・シャーロット・クランウェルと同じ11歳のホグワーツ生で、グリフィンドールの1年生。ほっぺまんまるだからすっごく賢いんだよ!」

「関連性はありませんよ?」

 小さくて丸っこい男の子が抗議した横で、派手な髪色の若いお嬢さんがこちらを見ていた。

 

「ああ、そういう趣向? アナタが何を思いついたのか解ったわ……はじめまして。私はサチャリッサ・タグウッド。ハッフルパフの7年生。それでこっちが――」

 

 こちらを向いてサチャリッサと名乗ったその派手な髪色のお嬢さんが促すのに合わせて夫婦と使用人の周囲の景色は鮮明さを増し、それまでインクをぶち撒けたような黒と何も書き込んでいない羊皮紙のような白が混在していた空間に、染み渡るように景色の続きが現れて色がついた。

 

「みてみておねーちゃん! かわいい!!」

「かわいい……?? かわいいのかしら……??」

 

 そこで椅子ぐらいある大きな紫色のヒキガエルを撫でようと手を伸ばしていたのは、その夫婦が見間違えようもない自分たちの娘、11歳のシャーロット・クランウェルだった。

「あ、そうだそうだ。これ言っとかないと。『皆さんが今見ているのは僕の頭の中から引っ張り出した過去の記憶の光景なので、既に完了しており、何を言っても伝わりませんし触れません』」

 

 そう教えられたとて、その夫婦は我が子を心配する言葉を発さずにはいられない。

 

「そんなのに触っちゃダメよシャーロット!」

「ダメだやめなさいシャーロット。毒があるかもしれないのに……!」

「大丈夫だよサチャリッサはおりこうだから。ねー。サチャリッサぁー」

 

 夫婦の制止が聞こえているかのようにそう言った声だけのお嬢さんはさらに続けて、巨大紫ヒキガエルに何やら話しかけている妹を心配そうに見守っているクレア・クランウェルに語りかける。

「きみはもうその子たちについて、授業で習ったかい?」

「えっあ、はい。この子たちは、『巨大紫ヒキガエル』と言って、イボが魔法薬の材料になります。でもこの子たちにとってイボを採取されるのは不快で、この子たちは敵を失神させることができるので、採取には危険が伴います。…………一般的には」

 

 クレアが最後に「一般的には」と付け足したのは、この7年生の先輩もポピーちゃんも極めてすんなりとイボを採取できているのを目撃した事があったためだった。

 

「なんで先輩たちはこのカエルに攻撃されないの?」

 

 それはクレアのみならず、おおよそ全ての下級生たちが常々から抱いている疑問だった。そして案の定、7年生の女生徒は至ってお気楽な口調で、事も無げに答える。

「ブラッシングしてあげるとコロってイボが取れるんだ。だから僕はそうしてるけど、ポピーちゃんは『取らせてね』って言いながら普通に手で採ってる。カエルくんたちは、なんでか怒んない。たぶんポピーちゃんが優しいからだと思う。……だからきみたちも、魔法生物たちの正しい知識を蓄えていけば、そのうちポピーちゃんみたいになれるよ」

 その女生徒の最後の一言に、1年生と4年生のクランウェル姉妹は色めき立った。

 

「ほんとう? あたしもポピーちゃんみたいになれる? ポピーちゃんみたいに!」

「私もポピーちゃんみたいに可愛くなれるの?!」

 

 動物さんたちと仲良くなりたい1年生のシャーロットがカエルの口に手を突っ込んだりしないようにしっかりと両腕で捕まえたまま、4年生のクレアは目を輝かせる。

 姉妹でぴったりくっついたままこちらに熱い視線を投げかけてきたシャーロットとクレアをしみじみと眺めた7年生の女生徒は、ふと、去年ちらりと耳にした噂を思い出した。

 

「なれるともさ! ……ねえサッちゃん。ポピーちゃんのファンクラブがあるってホント?」

 

「あるわよ。私たちが1年生の時にアデレードとウィラが作ったのよ。『スウィーティングにヒトにも興味を持ってもらおうの会』を。その後すぐに私も参加させられて――ルームメイトだものね――で、どうすればあの子が人間の友達も欲しくなるかしら、って色々やってる内に、半年後には単にお茶しながらポピーの可愛さについて語り合うだけの集まりになってたわ。で、3年生の途中くらいだったかしらね。宿題とか色々に追われてる内に、誰からともなく忘れていったわ」

 

「それは、ポピーちゃんが、ホーウィン先生のとこに入り浸って動物たちと遊んでばっかりで、それでも本人は満ち足りているように見えたから?」

 なぜアデレードたちはポピーちゃんと仲良くなろうという試みをやめてしまったのかを、その女生徒は確かめずにはいられなかった。

「そうよ。私は薬草学に夢中だった。ウィラはクィディッチに夢中だった。アデレードは、あの頃は占い学にお熱だったかしらね。とにかく、そうよ。あなたが思い浮かべた通り、あの頃の私たちには、ポピーの事は、決して最優先ではなかった。あの子が独りでもそれなりに幸せそうだったからなんて、言い訳にはできないわ。ええ。あの頃の私たちはポピーを興味深く観察するばかりで、こちらからポピーと仲良くなろうとはしていなかったわ」

 

 サチャリッサ・タグウッドは一切自己弁護せず、何も誤魔化そうとしなかった。

 

「アナタに引き合わされて、去年ね。仲良くなってみればとっても可愛い良い子だったわ。私の目は節穴だったわ。『動物たちと一緒で幸せそう』だなんて、関わり合いにならないための呪文よ」

 そう言ったサチャリッサの表情は、後輩の顔にニキビを見つけた時のように苦々しげだった。

 

「…………グリフィンドールの談話室前の廊下に居る猫に言う『可愛い』と、仲良しの友達を褒める時の『可愛い』は、確かに種類が違いますね」

 今の7年生の先輩おふたりの会話を聞いて抱いた感想の内、ダンブルドア少年が明確に言語化できたのはたったそれだけだった。幸福というものは本人の主観が全てではないのかもしれないと、ダンブルドア少年は床に敷かれたカーペットの模様を睨んでそればかり考え続けている。

 

「ダンブルドアくんもかわいいわよ? ねえほら見て見てダンブルドアくん。このカエルさん舌がすっごく伸びるのよ! とっても上手にバッタさんを捕まえるんだから!」

 今の話をどこまで理解しているのか大いに怪しいシャーロット・クランウェルは、巨大紫ヒキガエル3匹にピンセットで生き餌を与えている。

 

「サッちゃんはポピーちゃんすき?」

「好きよ。今は、もうね。だってあの子素敵だもの。…………それであなた、今のこの光景を、この子たちのご両親にお手紙と一緒に送るのよね? だったらもっと――ねえミス・クランウェル」

 

 サチャリッサに声をかけられて、クランウェル姉妹は2人共、同時に振り向いた。

 

「――あなた、パパとママにお手紙を書くんじゃなかったの?」

「…………ほんとうね! やだわあたしったら! オバケさんお手紙書く道具出して!」

 

 ファスティディオが用意した羽根ペンとインク瓶と羊皮紙などなどが勝手に宙を舞い、先程まで朝食が埋め尽くしていたテーブルに整列する様を眺めながら、7年生の女生徒は不意に訊いた。

「ねえファスティディオ。きみってマグルとかスクイブにも見えるんだっけ?」

 ファスティディオはその質問が、「こちらのお嬢さんたちのご両親」に向けての説明を促すものだと理解して、自分だけに留まらない「オバケ」の話を始める。

 

「魔法使いでない者にはゴーストは見えない。スクイブには、たまに見える奴も居る。ゴーストってのは、死んだ魔法使いの中の、ほんの一握りの、先へ逝く事を拒否した奴の『写し』だ。彼らは魔法省魔法生物規制管理部『霊魂科』の管轄で、魔法省の定めた法律に従う義務が一応ある。1人の人間にやたら憑き纏い続けたゴーストには接近禁止命令が出たりもする。だが、この私は違う」

 

 その光景を見ている夫婦は、一体いま何が喋っているのか、なんとなく理解していた。

ただその理解は、魔法界の法の下では、決定的に間違っていた。

 

「私たちを縛る法律なんてものは無い。なにしろ魔法省には私たちに対しての執行能力なんて無いんだからね。私たちは霊魂じゃない。過去生きてたことは無く、これから死ぬことも無い。私がマグルやスクイブの視界に映るかって? それは私が決めることだ。私はポルターガイストだから」

 

 そう言い終わったのを合図にして、同じテーブルに向かい合って座って手紙を書き始めているシャーロットとクレアの間、テーブルの上の空中から染み出るようにして、それは現れた。

 黄色いベストに水色の燕尾服、鷲の嘴のような鼻。カツラのようにカールさせた白髪。

 

「ごきげんようミスター・クランウェル。私はファスティディオ。ポルターガイストだ」

 

 なぜそれがまっすぐ自分の目を見つめているのか、クランウェル姉妹の父親には解らなかった。

 なぜそれが正確に自分へと視線を移せたのか、クランウェル姉妹の母親には解らなかった。

「ごきげんようマダム・クランウェル。それにそちらのお嬢さんは使用人様だね? また今度我が家へ遊びに来ておくれ。その時は私と私の家族が大歓迎するよ」

 

「わぁ、こっち見た……いまこのオバケこっち見てましたよね旦那様……私、目が合った……」

 戦慄している使用人をよそに、クランウェル姉妹の父親は考え込む。

「これを見ている――察するにクレアとシャーロットのホグワーツでの先輩の、記憶を、僕らは今見ているんだよな? だったらなんでこの、コイツは、こんな正確に僕の目を見つめられるんだ? これは、これではおそらくこの視界の主とは、目が合っていないだろう? いくら魔法でも……」

 

「『不可能』なんて、私たちポルターガイストには無いのさ。だってそんなの退屈だろう?」

 

 ファスティディオは得意げにそう嘯いて、ニヤリと笑いながらウインクした。

 

「クランウェルさんはお手紙にどんな事を書いてるのかって、ぼく訊いてもいいかな?」

 そう言いながらシャーロットの隣に来たダンブルドア少年の後ろに、パフスケインがコロコロと床を転がって着いてきている。

「あのね、あたしねホントは組分けの後すぐにお手紙書くつもりだったの。でも忘れちゃってたのよね。だってあたし楽しそうなものをいっぱい見ちゃったんだもの! だからね、えっとね、パパとママにもホグワーツのこといろいろ教えてあげるのよ」

 言いたいことと書きたいことが溢れ出てきて止まらないらしいシャーロットの話に適宜あいづち打ちつつ静かに聞いているダンブルドア少年の頬が「うん」とか「そうだね」とか言う度にプルプルと僅かに揺れるのを、クレア・クランウェルは自分も羽根ペンを走らせながら眺めている。

 

「あなたはパパとママへのお手紙にどんな事を書くのかしらクレア?」

「妹の現状。お友達もできたし先生たちにも頑張りを褒めてもらえてるから心配しないで、って」

「ねえダンブルドアくん『変身術』って綴りこれで合ってるかしら? あたしこないだ変身術上手くできたから、パパとママに褒めてもらいたいの」

「ちょっと違いますね。『Transfiguration』です。エフ、アイ、ジー、ユーです」

 

 そして2人が手紙を書き終わるまで、その7年生は何も口を挟まなかった。

 

「かけた! かけたわダンブルドアくん! ねえ見てみてお姉ちゃん!」

「はいはい見てるわよ。じゃあ私のと一緒にフクロウで――」

「いいや。コイツに届けてもらう。せっかくだからパパとママをビックリさせよう」

 

 女生徒がそう言った途端、向こうの窓から大きな赤い鳥が部屋に飛び込んできた。

「不死鳥さん! 不死鳥さんがパパとママにお手紙届けてくれるの?! ありがとう!」

「ちゃんとお礼言えたの偉いわよシャーロット」

 そう言いながら自分と妹の手紙を同じ封筒に収めたクレア・クランウェルは、封筒を閉じた途端に困った様子でキョロキョロと周囲を見回し始める。

 

「封、封を……ねえ先輩、この家って封蝋とかは無いの?」

「無いよぉ。ちょっと封筒貸してね。だからいつもこうやってるの」

 

 その女生徒はテーブルに封筒を置き、懐から取り出した金属らしきものが巻き付いた奇妙な造形の杖の先を、封筒の上に翳す。

「先輩、いったいそれは何をしてらっしゃるんです?」

 ダンブルドア少年がそう問うたのと同時に杖の先に出現して封筒へと滴り落ちた水色に光る金属らしきものに、女生徒は杖の柄を押し付ける。

 クランウェル姉妹には、女生徒が何をしているのかサッパリ解らなかった。

 

 杖の先から封筒へ滴り落ちた金属らしきもの自体、その7年生の女生徒以外には見えていない。

 

ファスティディオとペニーとサチャリッサは事情を知っているために、ダンブルドア少年は聞いた話を材料にしてなんとなく推察できたために、困惑しているのはクランウェル姉妹だけだった。

 最後にもう一度その妙な杖をクルリと振って「よし!」と宣言した女生徒を、11歳のシャーロット・クランウェルと14歳のクレア・クランウェルが見つめている。

 

「おねーちゃん今なにしたの?! それもまほう? ホグワーツで教えてもらえる??」

「このお手紙に封をしてるもの、見えるかい?」

 

 僅かな期待を込めて、7年生の女生徒はそう訊いた。

 

「うぅーーん…………? えっと、えっとね。……黄色いお星さまの形!!」

「残念。当てずっぽうで答えてもダメだよ」

 

 じゃあまんまるの形! と大きな声で言ったシャーロット・クランウェルの大きな目があまりにもまんまるで、あまりにも眩しく光り輝いていて、女生徒が抱いた僅かな孤独感はあっという間にかき消されてしまった。

「この魔法はホグワーツでは教えていないし、今いる先生たちも誰も使えない。だから僕はこの魔法が使える人がどっかにもうひとりくらい居ないかなーって思ってるんだ。居なきゃ居ないで別にいいんだけど、もし今もうすでにどっかに居るんなら、絶対友達にならなきゃいけないからね。さ、お手紙をパパとママに送る――前に。サッちゃんちょうどいい瓶持ってないかい?」

 

 あるわよとも言わずにサチャリッサが杖を一振りしてテーブルの上に出現させたのは、間違いなくクランウェル夫妻と使用人のもとに手紙と一緒に届けられたあの小瓶だった。

「あと、コレもよね。『はじめましてミスター・クランウェル』――」

 サチャリッサ・タグウッドは杖をもう一振りして羊皮紙と羽根ペンとインク瓶を出現させ、そのまま早口で手紙に書く内容を諳んじ始める。

 それに合わせて羽根ペンは独りでに動き、あっという間に手紙が一通完成してしまった。

 

「サチャリッサおねーちゃんすごーい!! あたしもそれやりたい!!」

「今度ね。今度。自動筆記羽根ペンばっかり使ってると字がヘタになっちゃうって言ったでしょう? だからこれを使うのは手が空いてない時と急いでる時だけ………」

 そしてサチャリッサは、クランウェル姉妹の両親が聞き捨てならない事を言った。

 

「さ、そろそろホグワーツに戻らないと、最初の授業に遅刻することになっちゃうわよ」

 

 その記憶を見ているクランウェル夫妻は目を剥いて驚いたが、サチャリッサ・タグウッドは発言とは裏腹に、慌てる素振りすら見せない。

 

「ありゃま、もうそんな時間かい? じゃあ出発しようか。アルバス忘れ物ないかい?」

「僕クッキーがまだです先輩。あと3枚くらい食べたいです。それに紅茶もおかわり欲しいです」

「持ってけ持ってけそんなもの! 本当に遅刻するぞ優等生! お前もゆっくりしてないで!」

 

 ファスティディオに急かされながら、7年生の女生徒は自分のこめかみに杖の先を当てる。

 

「せっかくだからきみたちに、ホグズミードからホグワーツに戻る秘密の近道を教えてあげるよ。前に話した『隻眼の魔女』の道をね――ところできみは今日これからなんの授業だい?」

「あたし箒で空飛ぶ練習するのよ! ヘスパーたちと一緒なの! あたし頑張るのよ!」

 

 シャーロットの元気いっぱいな言葉を最後に、クランウェル夫妻と使用人の女が見ていた景色も娘たちも娘の先輩さんたちも、小さな丸っこい男の子も全て煙のように形を失って薄く溶けていき、すぐに元の自分たちの家へと戻ってきた。魔法についてはよく解らなくても、今見たものがつい先程の現実の光景だということだけは、使用人の女もなんとなく理解していた。

 

 そして気づけば誰からともなく、その夫妻と使用人の女はクスクスと笑い始めていた。

 

「楽しそうだったわね、シャーロット。あーんなに元気いっぱいで」

「あの様子じゃあ、クレアは毎日ハラハラしっぱなしだろうな」

「優しくしてくれる先輩が居るんですね。私安心しました」

 

 中断していた朝食を食べ進めながら、妻が夫に提案する。

「ねえ、今すぐ返事を書いてあげましょうよあの子たちに。だってきっとシャーロットったらすぐ返事が来るもんだと思って待ってるわよ…………ほら、あの鳥に持ってってもらいましょうよ」

いいですねそれそうしましょうすぐそうしましょうと言って筆記具一式を取りに行った使用人を見ながら、夫は「そうかあれは『PHOENIX』と書きたかったのか」と、今更ながら納得していた。  

 ただ、アルファベットのエックスを構成する線の数を間違える人間を見たのは始めてだった。

 

 そうして夫妻と使用人はじっくりと内容を吟味しながら、テーブルの中央に置いた娘たちからの手紙を読み返しながら、先程見た記憶の中の娘たちを思い起こしながらじっくりと返事を書き上げて、封筒に封蝋をして、信じがたいが不死鳥であるらしいその大きな赤い鳥に渡す。

 

 すると不死鳥は目を開けていられないほどの猛烈な光を放って燃え上がり、後には色鮮やかな羽根一枚だけが残された。あんなに激しく炎を撒き散らしたのになぜどこも焦げていないんだろうと、使用人の女は不思議そうに床や壁を眺めている。

 そして10分近くぼんやりしたあと、クランウェル姉妹の父親は、妻より一瞬早く気付いた。

 

「――遅刻する!!!!」

 

 大慌てで出勤していく夫の背中を、妻と使用人の女は同じくらい大慌てで見送った。

 

 




 
 シャーロット・クランウェルは「11歳になったらお姉ちゃんと同じ学校に入れると思っていた」つまり、「クランウェル姉妹は奉公には出されない」。ということは下層労働者階級ではない。
 下層労働者階級じゃあないなら最低限1人は使用人が居なきゃ不自然。
(中流以上の階級の家庭にとって使用人とは『雇っていなければ世間体が悪い』ものだったので)
 しかしウィーズリー先生が家に来た時、大慌てで妻が玄関に走った。ということは使用人を山程抱えていて広大な土地を所有しているような上流階級でもない。
 じゃあ中流階級の下の方かなあ……と、自分が既に書いてしまっている描写から連想しました。
 というわけでクランウェル姉妹のお父さんの職業は学者か医者か弁護士(なりたて)ですね。

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