2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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71.ムディワ・オナイの慶事

「ディセンディウム!」 

 鬼婆だと勘違いしている生徒も多い「隻眼の魔女像」に背後から呪文を浴びせて押しのけた7年生の女生徒はダンブルドア少年とシャーロット・クランウェルを両脇に抱えたまま、ハニーデュークスの地下から続く公然の秘密の通路を友人と後輩たちを連れてホグワーツまで、今、駆け戻って来たこの7年生は、今日もまた規則を無視して廊下を走る。

 

「今度はどこに行くの?」

「おはよイグナチアさん。えっとねぇまずねぇこの子をねえ――」

 

 いきなり声をかけてきたイグナチア・ワイルドスミスのレリーフに7年生の女生徒が何を答えるよりも先に、その女の子は小脇に抱えられたままその壁のレリーフに言う。

「飛行訓練の芝地! あたしホウキでお空飛ぶ練習するのよ!」

 目を輝かせて元気いっぱいにそう言ったシャーロット・クランウェルのみならず、本日ようやく自分たちの番が回ってきたハッフルパフとレイブンクローの1年生たちは皆、コガワ先生の授業を受けるのを今か今かと楽しみにしていた。

 

「ねえねえギャリくん、あなたはホウキでおそら飛んだ事ってあるの?」

「無いぞ。せっかく良い木材ならホウキより杖にするべきだ」

 

 ホグワーツ領内、城のすぐ外の芝地に集合しているレイブンクローとハッフルパフの1年生たちの中で、2人のレイブンクロー生が会話をしている。

「ホウキにする木って、杖にも使えるの?」

 好奇心旺盛なヘスパー・スターキーは、杖作りの一族出身の同級生ギャリック・オリバンダーにぐいっと大きく一歩近寄りながらそう質問を投げかけた。

 

「必ずじゃない。けど、ホウキも杖も、魔法の効果を効率よく発揮させるための触媒という点で、同じもの、同じ用途だと言える。つまりその材料に求められる要素も類似している。魔法力の宿っていないそのへんの木ではダメだ。……ダメなはずだ。ホウキも」

 

 杖については一家言あるギャリック・オリバンダーはしかし、箒に関しては人並み程度の知識と父や祖父から聞いた話でしか知らず、なまじ杖の専門家であるが故に箒に関する自分の知識が生半可だと自覚しており、専門的な質問をされると煮えきらない解答になってしまうのだった。

 にも関わらず「きっと箒についても自分より詳しいだろう」と思っているらしい周囲の同級生たちの視線が、今のギャリック・オリバンダーのちょっとした悩みだった。

 

「そうなのね。いっしょに頑張りましょうねギャリくん! あ、ねえねえギャリくん、ロットちゃんがどこに行っちゃったのかって知らないかしら? まだ来てないの珍しいなってあたし思うの」

「クランウェルならあの騒がしい7年生とかと一緒にグラップホーンに乗ってるの見たわよ。朝食の時間になるより前。さすがにそろそろ来るんじゃない?」

 背後からそう教えてくれたルームメイトの声がした方向にぐりんと勢いよく振り向いて、ヘスパー・スターキーはパタパタとその女の子のところへ駆け寄っていく。

 

「そうなのノルちゃん?! グラップホーンに乗っけてもらうなんて! ロットちゃんが来たらどんなだったか教えてもらわなくちゃ。速いのかしら? 速いのかしらね? ねえねえギャリくんグラップホーンは杖の材料にはならないの? すっごくおっきいツノがあるのよね?」

「落ち着けスターキー」

 

 少々気圧されながらそう言ったギャリック・オリバンダーのみならず、今日これから箒飛行の訓練に臨むレイブンクローの1年生たちは、自分がうまくできるのかという不安や期待と同じくらいには、「このヘスパー・スターキーをちゃんと見ていなければ」という親やきょうだいのような義務感も胸の内に去来していた。

 そして、それはハッフルパフの1年生たちも同じだった。

 

「わあー、すごいすごい! すっごくグルグルした! それにホントに移動できてるわ! まるで魔法みたい! あ、ヘスパー! ヘスパーおはよう! 今日は一緒に頑張りましょうね!!」

 

 緑色の炎を伴って向こうの壁際にいきなり現れた女の子は、ハッフルパフカラーのマフラーをなびかせながら大喜びでこちらへ駆け寄ってきて、その子を見つけるなり同じように大喜びで駆け寄って行ったヘスパー・スターキーと勢い良くハグした。

「おはようロットちゃん! ねえねえグラップホーンに乗っけてもらったって聞いたの! ねえねえどんなだった? はやかったのかしら?」

「すっごく速かったわ! それにねすっごく揺れるの! ダンブルドアくんのほっぺがずっとぷるぷるしてたのよ! あとね7年生のあのおねーちゃんのお家に行ってね――」

 

 自分がさっき初めて体験した色々を大好きなお友達にとめどなく報告し続けるシャーロットと、その話を目を輝かせながら聴き続けているヘスパーがお互いの手を握りあったままぴょんぴょこ飛び跳ねたりくるくるとその場で回ったりし始めたのを見たハッフルパフの1年生たちが、レイブンクローの1年生たちと同じように「自分たちがしっかり見ていなければ」という義務感を改めて共有し直した頃、シャーロットを飛行訓練に送り出して4年生のクレア・クランウェルを魔法生物学の屋外教室に送り届け、さらにアルバスを僕らの授業に連れて行きたいとゴネ始めた困った友人をどうにか説得したサチャリッサ・タグウッドは、その困った友人共々、厳しい先生なら遅刻扱いにして咎めただろうギリギリのタイミングで占い学の教室に飛び込んだのだった。

 

「あら、随分遅かったわねミス・タグウッド?」

「お゙は、おはようございます、オナイ先生……」

「むぅー。僕アルバス占いしたかったのになー」

 

 また胡乱な思いつきを試そうとしていたらしいその青年は、キョロキョロと占い学の教室全体を見渡して誰がどこに居るのかを確認してから、ナツァイ・オナイとポピー・スウィーティングの間に座り、同じ丸テーブルで課題に挑む事を選択した。

「今日は何するんですかオナイせんせ。アルバス占いしませんか」

「それは何で何をどう占うの?」

 授業を始める時間になったが、占い学教授のムディワ・オナイは娘のナツァイがその青年に横から声をかけて雑談し始めても、特に咎めようとしない。

 

「アルバスのほっぺのもちもち具合でナッちゃんのN.E.W.T.の点数が決まるんだよ」

「決まるの????」

「つまり逆説的にナッちゃんがお勉強を頑張れば頑張るほどアルバスのほっぺはもちもちになる」

「ああ、だからダンブルドアくんのほっぺはまんまるなんだね。ナティは成績優秀だから」

 

 ポピーまで雑談に参加して他愛もない話で盛り上がりだしてからも、ムディワ・オナイは娘と友人たちが自主的に静かになるまで授業を始めなかった。

 

「…………ごめんなさいオナイせんせい」

「はい。よろしい。もう始めてもいいわね?」

 

 特に誰からも減点したりもしないまま、ムディワ・オナイは「おはよう皆さん」とあまり広くはない占い学の教室全体へと声をかけた。

「おはようございますオナイ先生」と、7年生でも占い学を履修する少数の生徒たちが返答する。

 

「今日は皆さんに、2つの課題に取り組んでもらいます。まずは煙を読み解く術に挑戦してもらおうと考えています。それが済んだら『与えられた予言を解釈する』つまり占う側ではなく占われる側に必要な思考方法を訓練しましょう。占いの才能がどれだけあっても、見える未来は断片的なものです。それに見たいものを見られるわけでもありません。『解釈』というのは、占いを己の未来に役立てるために、必ず重要になる作業です……ではテーブル毎にひとつずつ、小さな香炉が置いてありますね? 杖を取り出して、それに火をつけて。そうしたら、昇ってくる煙を見ましょう」

 

 それぞれのテーブルで、特に話し合うこともなく各々代表者が香炉にそっと火を点け、皆で煙を凝視し始める。そしてすぐに、その教室に居る7年生たちの殆どの眉間に深いシワが刻まれた。

 

「……何か見えるかレストレンジ」

「ノットの顔が見えるね。めっちゃカッコいい」

「煙を見ろ煙を」

 

 ピューシン・レストレンジと同じテーブルで同じ煙を睨んでいるマルフォイもノットも、隣のテーブルを囲んでいるギャレスとアンドリューも。自分には「内なる目」など無いと既に理解してしまっているにも拘らず授業には真剣に取り組んでいたが、しかし同時にまだ自分の才能を諦めていないらしいらしいレストレンジと同様に、大苦戦していた。

「ううーーん……何だこれ。死神? 逆さまの死神? ……どういう意味だぁ……????」

 そんな感じのなんらかが見えた気がしたルーカン・ブラトルビーは、首をかしげながらも見えたものをそのまま、見えた気がしただけだという部分まで含めて正確に羊皮紙に書き記した。

 ルーカンもリアンダーも、占い学という分野そのものを不確かで曖昧で胡散臭いと思っている。

 それでも彼ら彼女らが占い学を選択したのは、同級生に本物の予見者が居るためだった。

 

「何か見える?」と、訊いたポピーは明らかに、煙ではなくその青年を見ていた。

「サッちゃんは蛙チョコレートのカードになるんだねぇ――」

 正面に座るポピーの顔を見るのと同じように、その青年は煙を通して未来を垣間見ていた。

「――あ。それとね、おひるごはんのお魚の骨がギャレスのノドに刺さるよ。気をつけてね」

 

 その青年だけは、未来など見えないと思いながら探り探り真似してみるのではなく、己の中に「もしかしたらあるかもしれない」内なる目を呼び起こすべく真剣に煙を睨むのでもなく、至って気軽にいつも通り楽しげに、先程までしていた雑談そのままの声色で、当然に未来を占っていた。

 

「それ、あの不死鳥の羽根?」

「そだよ。さっきくれたの。オナイせんせコレ燃やしてもいいですか」

「もちろん。あなたがそうしたいなら、そうしてもいいわ」

 

 未来を見るのに必要な内なる目を確かに備えている生徒を教え導くというのは、魔法学校で占い学を教えている教師にとって、滅多にある事ではなかった。高名な予見者の血縁だからといって内なる目を備えているとは限らないし、自分は内なる目を備えていると思い込んでいるだけの者や、単に会話や観察から相手の情報を読み取る技術に熟達しているだけの者、そして本の中の物語に憧れるのと同じように占いに憧れて夢を見ているだけの、可愛らしい女の子たち。ホグワーツだけでなくワガドゥーでもダームストラングでもマホウトコロでもイルヴァモーニーでも世界のどこでもそんな生徒がほとんどで、だからこそムディワ・オナイにとって、その青年の存在は貴重だった。

 

 本物の「予見者」の卵が生徒の中に1人居るだけで、授業は劇的に有意義になるのだから。

 

「わぁーーー!!! えっえっなんで?? なんで?? どうやって? ホントに?!!」

 

 その青年が急に仰天した様子で大声を出した理由が解らず、ナツァイもポピーも戸惑っている。

「おっ、オナイせんせ、見て。見てはやく消えちゃうかもしれない。これ。これ見て――」

 青年は平静さを欠いた態度のまま、急いで自分のこめかみに杖を当てて、反対の手を煙に翳す。

 

 そしてムディワ・オナイもまた、青年によって不死鳥の羽根が投じられた事で勢いを増したその煙の向こうに、青年が見たのと同じ光景を見た。

 いま自分たちがいるのと同じホグワーツの占い学の教室で、おそらくは3年生だろう生徒たちに、ド派手なメガネをかけた魔女が授業をしている。

 そしてその中に、なぜか明らかに1人だけ、一回り背が低い、下の学年の女の子が紛れていた。

 ムディワ・オナイの内なる目が朧気だったその光景をハッキリと捉えたまさにその時、その女の子はぐりんと振り返って、まっすぐにこちらを見た。

 

「はじめましてオナイ先生。あたしヴァブラツキー。カッサンドラ・ヴァブラツキーよ! 1年生なの。ねえ今ちょうどアナタの初めてのお孫さんが明日生まれるところなのよ。おめでとう!」

 

 垣間見た未来の向こうから話しかけられた経験など、それまで世界中の誰にも無かった。

 

「誰に話しかけてたんだいカッサンドラくん?」

「昨日見たのよ先生。今日のこの時間に、ここで、7年生だった先生と、先生の先生があたしの事見てるの。今年はホグワーツをお休みしてるムディワ・オナイ先生ね。だからあたし挨拶したの」

 

 当たり前の事かのようにそう返答した11歳のカッサンドラ・ヴァブラツキーを見ながら、その派手なメガネの魔女は「そういえばそんな事もあったっけな、あの年」と、学生時代を懐かしく思い返し、そして大切なのはそこではないと気付いた。

 

「ねえカッサンドラくんナッちゃんの子どもが生まれるって言った? 無事に?」

「ええ。あたし見たもの。明日よ!」

 

 未来を垣間見る内なる目という世にも稀なる才能を持って生まれた少数の者たちでも望むものを望むタイミングで見られるわけではなく、不意に見たいつかどこかの何かについて必死で考察するのが常識の「占い」という分野にあって、後に結婚してカッサンドラ・「トレローニー」になるカッサンドラ・ヴァブラツキーだけは、物心ついた時からずっと、常に全部が見えていた。

 

 1894年に生まれて1997年に死ぬ彼女にとって、未来は現在だった。

 

 そして、未来を垣間見た過去の誰かに別の時間の自分が見られているところすらも幾度となく「見て」いたカッサンドラ・ヴァブラツキーにとっては、過去も現在だった。

「……そのレイブンクロー生をなんで連れてきたんです先生。そいつ1年生ですよね?」

「えー、だってカッサンドラくんかわいいから。それにこの子は本物の予見者だよ」

 疑義を挟んできたスリザリンの男子に、派手なメガネの魔女はそれだけしか説明しなかった。

 

 そして派手なメガネの魔女が派手なメガネの小さな女の子に変わったところでその光景は一気に朧気になっていき、ムディワ・オナイの意識は1892年の今へと引き戻された。

「見た? オナイ先生。ねえビックリだよね。バッチリ目が合うなんて――」

 興奮気味に話しかけてくる青年の声も耳に入らないまま、ムディワ・オナイはどうにか心中の混乱を鎮めて、いま見たものの中で最も重要な情報は何かを、すぐに選びだした。

 

「ナティ!!!!」

「なっ、なあに……」

「おめでとう!!」

 

 母がなぜ喜んでいるのかが全く判らず、ナツァイ・オナイはただただ戸惑うばかりだった。

 

「んむぅーー…………でっかいアリホツィーのファッジが見えてきた気がする……」

「それはたぶん本当に見えてきた『気がするだけ』だレストレンジ。食べ足りなかったのかお前」

 呆れながらそう指摘したカンタンケラス・ノットは、煙を睨みつけては手元の羊皮紙に視線を落としてさらに一層眉間のシワを深めながら何事か短い一文を書き込む、という、ホグワーツで習う科目の中でも随一の曖昧さを誇る「占い学」を受講している生徒としては極めて真摯な姿勢で、決して簡単でもなく明確な想定解答が用意されているわけでもない課題に取り組んでいた。

 そして、そんなノットを眺めていたら集中力が切れたものすごい美人のスリザリン生ピューシン・レストレンジは不意に反対を向いて、静かに羽根ペンを動かしていたマルフォイを見る。

 

「なんでそんなスラスラ書けるのさマルフォイ。アンタ当てずっぽうで書いてるのかい?」

「お前と一緒にするなレストレンジ。…………占い学だぞ? 直感以外の何に頼るんだ。アリホツィーのファッジが『見えた気がする』なら、アリホツィーのファッジが見えたと書くべきだ」

 

 それ当てずっぽうとどう違うんだいと言い返したかったレストレンジは、しかしすぐに、マルフォイがいま言った方法は決して当てずっぽうなんかじゃないと気付いた。

 見えてもいないものを見えたと言い張るのも、占おうという素振りすら見せずに羊皮紙を埋める事だけに集中力を注ぎ込むのも、この生真面目なマルフォイは絶対にやらない破廉恥な逃避だと、レストレンジはホグワーツ入学以降7年目になるこの友人との付き合いでよく知っていたから。

 そして「アリホツィーのファッジ」と羊皮紙に書き込んでから再び香炉から立ち上る煙と向き合い始めたレストレンジに、彼女と入れ替わるようにして集中力が限界を迎えたらしいカンタンケラス・ノットが余計な一言を投げかけた。

 

「……やっぱりお前の書く字はかわいいなレストレンジ」

「に゙ゃあ゙何だい急にぃ゙!!」

 

 レストレンジとノットとマルフォイが身を寄せ合って観察している香炉の煙が揺れた。

 

 一方、城のすぐ外にある小屋の傍で魔法生物学の授業を受けているレイブンクローとハッフルパフの4年生たちの中にあって、その女子生徒はあまり授業に集中できていなかった。

 魔法生物学の授業がつまらないわけでも、難しすぎるわけでもない。

 

「わあー! あたし飛んでる! あたし飛んでるわヘスパー! ねえねえあたし飛んでる!!!

 

 すぐ傍にある飛行訓練の芝地で行われているハッフルパフとレイブンクローの1年生たちの箒飛行の授業に参加している妹が、心配で心配で仕方なかったから。

 城の中で行われる科目ではなく飛行訓練の芝地のすぐ隣の屋外教室で行われる魔法生物学の授業を自分は今受けているという位置関係が、ずっと妹の声が聞こえているという事実が、ハッフルパフの4年生、将来の夢を探している最中のクレア・クランウェルから集中力を奪っていた。

 

「――では、誰か。この生き物について解説してくれますか? では……ミス・クランウェル?」

 

 魔法生物学のホーウィン先生は、最も授業に集中できていない様子だった生徒を指名した。

「えっあっあっはっ、はいホーぉウィンせんせい!!! えっ、えっと――」

 大慌てで周囲を見回すクレア・クランウェルが何ひとつ話を聞いていなかったと察して、同級生たちがクスクス笑っている。

「――えっとえっとこの生き物は前にポピーちゃんが教えてくれた」

 

「わあー! あたし逆さまだわ! あらやだどうしてかしら! ねえねえコガワ先生どうやったら戻れるかしら! あ。ヘスパーが下にいるのに上にいるわ!」

 

 妹の楽しそうな声が聞こえてきて、またしてもクレアは集中力を削がれた。

「えっあれ? 居ない!」

 シャーロット大丈夫かしらと余所事考えた一瞬で、その生き物はクレアの視界から消えていた。しかしその事が、クレア・クランウェルに「その生き物」の概要を思い出させた。

「えっとえっとえっと、デミガイズは、透明になれます。近い未来を見ることもできます。なので、デミガイズが捕まりたくないと思っている場合、捕まえるのはとても大変です」

「まあ、いいでしょう。……妹さんが心配なのは理解しますが、授業に集中してくださいね? それでは皆さん。皆さんで協力して、デミガイズを捕まえてください。ただしデミガイズに怪我をさせてはいけません。デミガイズを傷つけたら、デミガイズも貴方達を傷つけますからね」

 

 ホーウィン先生のその言葉を、杖を使ってもいいが使う呪文は選べという意味だと理解したレイブンクローとハッフルパフの4年生たちは、しかし誰も呪文を唱えようとしなかった。

 透明になっているせいでどこに居るのか判らない生き物相手では、狙いが全く定まらないのだ。

「さあ、このデミガイズたちの飼い主の7年生は魔法無しでも見つけ出しますし、ミス・スウィーティングは探しさえしませんよ! あの子たちにはデミガイズの方から近寄って来ますからね」

 

 もっと参考になるアドバイスをくれよと、一部のレイブンクロー生は思っている。

 

「未来が見えるやつをどうやって捕まえろって言うのかしら……ねえマクファスティーあなた何かアイデア無い? あなた魔法生物の取り扱いは専門分野でしょ?」

「アナタ『専門』の意味わかってないわね。ウチの家族が代々管理してるのはヘブリディアンブラック。デミガイズじゃなくてドラゴン! それだって危険さを身に染みて知ってるってだけよ」

 

 友人にそう返答したレイブンクローの女子生徒は、顔の半分を大きな傷跡が覆っていた。

「全員、まず静かにしろ。デミガイズどもが立てる物音を聞き取れなきゃ始まらない」

 戸惑うばかりの4年生たちの中にあってレイブンクローの男子生徒が1人、真っ先にそう言った。

 

「わ、わあ! あたし戻れたわ! 勢いつけてグルンってすればよかったのね!」

「ロットちゃんロットちゃん、チヨせんせが待っててくれてるわよ。追いつきましょう!」

 

 シャーロット・クランウェルの声も、ヘスパー・スターキーの声も、遠くまでよく響いた。

 レイブンクローの男子生徒の眉間にシワが寄ったが、それでも彼は誰を咎めようともしない。

「レベリオ! ダメか。『足跡追跡呪文』を、僕が使えれば話は早いんだが……」

 その男子生徒が当てずっぽうで唱えた暴露呪文によって一瞬だけデミガイズたちの姿が明らかにされたが、それは1秒と保たずに再び景色に溶け込んでしまった。

 

「ねえクレア。ポピーちゃんとか『あの先輩』は何か言ってなかったの? アナタよくあの人達に遊んでもらってるでしょ。何か聞いてない?」

「何か教えてもらったって事だけは覚えてるわ。でもポピーちゃんが教えてくれてる横で、あの先輩が不死鳥と大ゲンカしててね……その、不死鳥のごはんを盗ろうとして啄かれて……」

 そう返答したクレア・クランウェルはその光景を、100回くらい見たような気がしていた。

 

「そこか! クソ、透明になれて未来を見られるんならせめてウスノロであってくれよ……」

 

 デミガイズの足音を聞き取って杖を向けたレイブンクローの男子生徒が、妨害呪文を回避されて歯噛みしている。彼のみならず、クレア・クランウェルも友人のマクファスティーも他の4年生たちも、未だ誰もデミガイズどころか、捕獲するための方策すら見つけ出せていなかった。

 ただ何人かは、透明なデミガイズがだいたいどこにいるのかに見当をつける方法だけは既に確立させていた。地面を踏む音。呼吸。つまりとにかく静かにして、デミガイズが立てる僅かな物音を聞き取り、音がしたらそちらの地面を凝視し、足跡を見つけること。

 

 うるさくしないのは、大前提だった。

 

「あらーー? あたし前に飛びたいのにこっちは前じゃないわ!! やだどうしましょう!」

「シャーロットあなた何してるの!」

 真上から妹の声が近づいてきて、クレア・クランウェルも騒ぎ始める。

 箒を制御できなくなったらしいシャーロットが猛烈な勢いで急降下してくるのを見上げて、クレアは大慌てで杖を取り出した。

 

「インペディメンタ」

 

 かなり遠くの空から正確に呪文を命中させたチヨ・コガワのお蔭でシャーロット・クランウェルは地面にぶつかる寸前、4年生たちの視線より低い位置で静止して、目をぱちくりとさせながら周囲をキョロキョロと見回した。

 4年生たちの何人かは地面に尻もちをついていて、ほとんど皆デミガイズどころではなかった。

 

「む。居たな。……捕まえ、た、ぞ。デミガイズ」

 

 絶対に今なにかが僕にぶつかったと確信したレイブンクローの男子生徒が手を伸ばした先には、皆と同じくらいビックリしたらしい透明な生き物が、どこに逃げるでもなく突っ立っていた。

 そのデミガイズをそーっと抱き上げたレイブンクローの男子生徒は、抵抗されないのを確認してから大きくひとつため息をついたところで、シャーロット・クランウェルと目が合った。

 

 妨害呪文の影響で全ての動作が極めて遅くなっているシャーロットは、10秒近くを要してゆっくりと、じわじわと、しかしハッキリとその目を好奇心で煌めかせた。

 クレアは妹に駆け寄って抱き上げ、地面に下ろし、杖を向ける。

 

「フィニート・インカンターテム。……シャーロットあなた、どこも怪我してない?」

「わあ、わああ!! ねえお姉ちゃん聞いて聞いて! あのね。箒でお空飛ぶの、たのしい!!」

 

 ずっとマグル生まれのクランウェルを見ながら「静かにしてくれって言ってるだろ」とか「授業に集中できないならいっそ飛行訓練の見学に行ったらどうだ」とか思っていたレイブンクローの男子生徒はそこでやっと、こりゃ確かに心配にもなるかと、マグル生まれのクランウェルの心情にいくらか共感して、彼女の今日の授業態度を許容することができた。

 

「すばらしいですねミスター・ブリシュウィック。そしてミス・クランウェル。あなたたちは今、デミガイズを捕獲する時に大切な要素を目の当たりにしたはずですが、それが何か判りますか?」

 

 一切慌てる様子もなく魔法生物学の授業を続けるつもりらしいホーウィン先生の問いかけに、デミガイズの捕獲に運良く成功した純血家系出身のレイブンクローの男子生徒が答える。

 

「僕がコイツを捕まえられたのは偶然です先生。偶然クランウェルの奴の妹が落ちてきて、皆がそれに気を取られて、デミガイズたちも気を取られて、偶然、その内の1匹が僕にぶつかった。デミガイズ共に有効なのは、予測できない動き。意識していない方向からの不意打ち。綿密に練られた計画とかいうものとは真逆の、突発的な出来事。それだけがデミガイズの未来視を出し抜く」

 

「そのとおりですよミスター・ブリシュウィック。レイブンクローに5点! そしてミス・クランウェル。あなたは突然のことに慌てながらでも、正確に妹さんを助けるために杖を振ろうとしました。コガワ先生の方が速かったですが、それでもアナタも速くて的確でした。ですからアナタにも1点さしあげます。……怪我をしていませんね? ミス・シャーロット・クランウェル」

 

「あたしどこも怪我してないわ。えっと、えっと、……えっとアナタはホーウィンせんせい!!」

「そうですよ。私は魔法生物学のホーウィン先生です。飛行訓練の調子はどうですか?」

「とってもたのしいわ! それじゃホーウィン先生。あたし皆のところに戻らなきゃいけないから、お姉ちゃんを任せるわね! お姉ちゃんはちょっとそそっかしいからあたし心配なの!」

 

「もーーー……この子ったらもぉーー……」

 

 また箒にまたがって宙に浮かび上がりながら元気いっぱいに「お邪魔してごめんなさいね!」と皆に挨拶した妹を見ながらクレア・クランウェルは、授業が終わったらコガワ先生にお礼を言わなければいけないと、固く決心していた。

「やっぱり、アナタの妹ちゃんすんごく可愛いわねクレア。あぶなっかしくて目が離せなくて」

「私、予備の心臓が欲しいわ……いくつあっても足りないのに、ひとつしか無いんだもの……」

 

 そしてシャーロット・クランウェルは箒にまたがったままぐんぐんと速度を上げ、皆と一緒に空中で待ってくれているコガワ先生のところまで飛んでいった。

「怪我はしていませんね、ミス・クランウェル?」

「はい! ありがとうございましたコガワせんせい!」

「どういたしまして。私の、後ろに、しっかりと。ついてきてくださいね?」

 

 そのままチヨ・コガワは箒に前後逆にまたがったまま、レイブンクローとハッフルパフの1年生たちを先導して、ゆっくりとホグワーツ城の周囲を飛行する。

 それがどれだけ高度な真似なのか、理解できている生徒は少数だった。

 

「コガワ先生。前から気になっていたんですが、その、僕はホグワーツに入学する前に、家で、箒に乗せてもらった事があるんです。その時にですね、母上は『両手で箒の柄をしっかりと持て』と仰るんですが、父上は『箒の柄を両手で持っているようじゃダメだ』と言うんです。この父上と母上の意見の違いは、どちらかだけが正しいのですか?」

 レイブンクローの男の子の質問に、チヨ・コガワは背中向きに飛行しながら答える。

「いえ、そうではありませんよミスター・ガンプ。あなたのお父上の仰ることも、あなたのお母上の仰ることも、どちらも正しいです。なぜなら、もちろん両手で箒の柄を持った方が安全ですが、仮にあなたがクィディッチに興味があるなら、どのポジションをやるにせよ、両手を箒の柄から離したまま飛行できなければお話になりませんからね」

 

 その説明で、純血家系出身のガンプくんは数ヶ月越しに、父上と母上の意図を理解した。つまり父上は僕がもっと上手に飛べると期待してくれていて、母上は僕を心配してくれているのだと。

 自分は両親に愛されているのだという実感は、どれだけあっても多過ぎるという事はなかった。

 

「ねえねえチヨせんせ、この塔も何かの授業をするところ?」

「そうですよミス・スターキー。この中では今ちょうど、7年生が占い学の授業を受けています」

 

 そこで、さっき自分が煙から読み取った占いの内容が何を意味するのかを解釈するという課題に取り組んでいた7年生たちの中の数人が、窓の外の人影に気づいた。

「――少なくともラッキーな出来事ではないな。災難だたぶん。何かはわかんないけど」

 ルーカン・ブラトルビーは投げやりにそう呟き、深く考察しようともせず羽根ペンを走らせる。

「あれ? ……もしかしてシャーロットとヘスパーかなアレ」

 そう呟いたギャレスは、試しに窓の向こうのその人影に、手を振ってみた。

 

「あー!! ギャレスが気づいてくれた!! わーいギャレス!! ねえねえギャレスあたし箒でお空飛んでるのよ!! あたし練習頑張るから応援しててね!!!」

「あアミくんもこっち見たわ! アミくん授業に集中しなきゃダメよ!」

 

 窓の外の人影がブンブンと激しく手を振り返してきたのを見て、7年生たちは肩を竦めて笑う。

「コガワ先生に怒られなきゃいいけど」

「大人気だねえギャレスは」

 窓の外からこちらを覗いている1年生たちの人影は、1秒毎にどんどん増えていた。

 

「ポピーちゃんポピーちゃんこっち向いてこっち! わあこっち向いてくれた! かわいい!! やっぱりポピーちゃんかわいいわ! あ、笑ってくれたわ!! ポピーちゃん笑ってくれた!!」

 

 そんな声は占い学の教室の中までしっかりと響いてきていたので、ルーカン・ブラトルビーはさすがに少し注意したほうがいいのではないかと、これは僕らだけでなくあの子たちの授業の妨げにもなっているのではないかと懸念して、それとなく言い含めて他所へ行ってもらおうと思い、立ち上がって窓の傍まで行こうとした。

 

「えっ、うわ。わあ!!」

 

 占い学の教室の、床が一段高くなっているエリアの淵で丸い椅子に座っていたルーカン・ブラトルビーは、窓の外だけを見ながら立ち上がって一歩踏み出そうとして、床が一段低くなっている教室の中央へと足を伸ばしてしまった。

 

 踏もうとした高さに床は無く、ルーカンはそのままバランスを崩して派手に転倒した。

 

「何してるんだブラトルビー。大丈夫か?」

 形だけでも一応心配してくれたノットに「大丈夫」と返しながら仰向けになったまま天井を眺めていたルーカンの目に、教室の壁に飾られている大きなタペストリーが飛び込んできた。

 

「あーーー、なるほど…………」

 

 タペストリーの真ん中で水晶玉を眺めている魔法使いの男性のすぐ後ろでは赤いローブを身に纏ったガイコツが大きな鎌を掲げていて、床に倒れているルーカンはそれを上下逆さに見ていた。

 

「占い学って、結構ためになりますねオナイ先生」

「その通りです。ミスター・ブラトルビー」

 

 ムディワ・オナイは満足げにそう言ってから、杖を一振りして全ての窓をカーテンで覆った。

 

 




 
 後のいつか、ナツァイに子どもが生まれた時、初孫の顔を見たのがきっかけで、ムディワ・オナイがまたアフリカウミワシに変身するようになって、夫を亡くして以来ずっとぼんやりした霧みたいなのすら使えなくなってた(妄想)守護霊呪文がまた使えるようになったらいいなって思う。
 ムディワ・オナイの守護霊はキリン。(妄想)

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