2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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73.ウロンスキー・フェイント

 グリフィンドールクィディッチチームのために今は広大な屋内クィディッチ競技場になっているホグワーツ城8階の「必要の部屋」で、せっかくだからと合同練習を開始したグリフィンドールとハッフルパフとスリザリンのクィディッチチームの面々が頭上をビュンビュン飛び回っている中、地上の芝生に座り込んでいるサチャリッサ・タグウッドは、かねてから訊いてみたかった疑問を本人に、レイブンクローの1年生、ヘスパー・スターキーにぶつけていた。

 

「アミット・タッカーは?」「アミくん!」「ナツァイは?」「ナティちゃん」「アンドリュー・ラーソンは」「ドリュくん」「ダンカン・ホブハウスは?」「ハウスくん」

 

 次から次へと名前を上げて、サチャリッサ・タグウッドはヘスパーがその名前を何と略すのかを、その都度手元の羊皮紙にメモしていく。

 

「アルバス・ダンブルドアくんは」

「ドアくん! ドアくんは優しくてちっちゃくてお顔まんまるでかわいいのよ」

 

 ともすれば失礼だと非難されかねない「他人の名前を独自の短縮形で呼ぶ」というヘスパーの習慣はしかし今のところ、ホグワーツの皆から概ね快く歓迎されていた。

「グリフィンドールの1年生のブロッサム・ブラウンは?」

「サムちゃん!」

「レイブンクローの1年生のバグノールドさんは? 確かアナタのルームメイトよね?」

「ノルちゃん!」

 法則とかは特になさそうねと、サチャリッサは早くもそう結論付けながら更に名前を挙げる。

 

「ミラベル・ガーリック先生は?」「ベルせんせ」「ポピーは?」「ポピーちゃん!」「ダイナ・ヘキャット先生は」「へキャせんせ」「シャーロット・クランウェルは」「ロットちゃん!」「フィニアス・ナイジェラス・ブラックは?」「んーー、ジェラくん?」

 

 最後のは知らないひとだと思ったらしいヘスパーは、ちょっと考えてからそう答えた。

「今のはブラック校長の名前よ?」

 自分がそう明かしたら案の定「へ?! あらやだ、じゃあ『ブラック校長』って呼ばなきゃ」と慌てて訂正した上に「だって校長先生とはお友達になりたくないものね」と言い放ったヘスパーを見て、サチャリッサはクスクス笑いが止まらなくなってしまった。

 そしてサチャリッサは、なおもクスクスと笑い続けながら、本題に入った。

 

「じゃあギャレスは? グリフィンドールのギャレス・ウィーズリー」

「ギャレス!」

 

 サチャリッサがその答えを受けて首を傾げてみせると、ヘスパーも釣られて首を傾げる。

 上級生のことを一貫してファミリーネームで呼ぶ生徒も、必ず「先輩」などの敬称を付けて呼ぶ生徒も、ヘスパーのように仲良くしてくれる上級生の事は親しみを込めた愛称で呼ぶ生徒も、なぜか必ずギャレスの事だけは「ギャレス」とファーストネームで呼ぶのは如何なる理由によるのか、というのがサチャリッサの予てからの疑問だった。

 ギャレスの事を「ウィーズリー先輩」と畏まって丁寧に呼ぶ下級生を、サチャリッサはダンブルドアくん以外に見たことがなかった。

 

 ギャレスの親しみやすさがそうさせるのだろうかと、サチャリッサはなんとなく推測していた。

 

「ギャレス・ウィーズリーは、ギャレスはギャレスなのね、あなたも」

「ギャレスはギャレスよ? あたしギャレスだいすきなの」

 私もよと返しながらヘスパーの頭を撫でている内に、サチャリッサは一体自分が何を疑問に思っていたのかを、いつの間にやら忘れていった。

 

「じゃあ私は? 私の名前はわかる?」

「あなたはサッちゃん。キレイでカッコいい」

 

 大満足の表情を浮かべたサチャリッサに激しく撫で回されてきゃあきゃあと喜びながら笑っていたヘスパーは、サッちゃんの向こうから、見たことはあるけれど名前がわからないスリザリンのおねーちゃんがこっちを見ている事に気づいた。

「ねえねえ、そこのおねーちゃんのお名前はなあに? 何年生? 7年生?」

「あら、私? 私はアン・サロウ。5年生よ。こんにちはスターキーさん」

 傍まで近寄ってきてくれたそのおねーちゃんに、ヘスパーは人懐っこい笑顔で挨拶する。

「こんにちはアンおねーちゃん。あたしヘスパー。……サロウって、セバくんとおんなじね?」

 アン「おねーちゃん」という呼称がとても気に入ったらしいアン・サロウは、ヘスパーの問いかけに返答するまでに、一瞬の間があった。

 

「――…………あ、そうよ。スリザリンの7年生のセバスチャン・サロウは、私の双子の、弟」

「兄だぞ! あーに! お前が何歳までおねしょしてたかバラすぞー?」

 

 上空でノットから受け取ったクアッフルをグリフィンドールの5年生ヘンリー・ポッターが守るゴールへと投げ込みながら、セバスチャンは地上で1年生に嘘を吹き込もうとしている双子の妹へ向けて、大声で吼えるようにしてそう訂正した。

「そしたら私はお兄ちゃんの5歳の頃の将来の夢をバラすわよ!」

今日もまた双子の兄のセバスチャンと元気よく不毛な暴露合戦を始めようとしていたアンの制服の袖を、いま教えてもらった話の中に気になる部分があったらしいヘスパーが引っ張った。

 

「ねえねえアンおねーちゃん。おねーちゃんは5年生でセバくんは7年生なのに双子なの? 双子って同い年でしょ? ねえねえどうして?」

「それはねー。私は一昨年、ホントなら5年生になるはずだったんだけどね。夏休みの間にちょっと厄介な呪いをもらっちゃってね。去年までホグワーツをお休みしてたの。だから私は今年から改めて5年生から勉強したい、ってスリザリンの寮監のローネン先生にお願いしたのよ」

 今後の人生まるごと付き纏ってもおかしくなかった「ルックウッドの呪い」は、もはやアンの中で過去の苦労になりつつあった。

 そしてそんなアンおねーちゃんの目をみつめて、ヘスパーはさらに問う。

 

「……もうだいじょうぶ?」

「うん。だーいじょうぶ。心配してくれてありがとねスターキーさん」

 

 そんなアンおねーちゃんの笑顔を見て何やら感じ取ったらしいヘスパーがアンの頭を撫で始めた横では、ずっとポピーに膝枕してもらって赤子のように甘えていたガゼルがスルリとナツァイ・オナイの姿に戻って芝生に座り直したところに、どのチームの正式なメンバーでもないにも拘らず練習に参加していた7年生の女生徒が箒に跨ってスウーッと降下してきた。

 それに続いてスリザリンのノットとマルフォイ、それにレストレンジと自分の寮のチームの作戦会議に参加せず1人だけグリフィンドールの練習に遊びに来ていたレイブンクローのコンスタンスも、次々に練習から離脱して地上まで降りてくる。

 

「あ、もう出発?」

 

 事情を知っているポピーが真っ先に降りてきた7年生の女生徒に訊き、7年生の女生徒は傍らに擦り寄ってきたヒッポグリフのハイウィングの頬のあたりを指先で撫でながらそれに答える。

「そだよ。『みなさんで是非』って誘ってもらっちゃったからね。僕らみんなで行くのさ」

「だから今日これからのクィディッチの試合に私は出られない。優先順位があるものね」

 ハイウィングを撫でている女生徒に続いてコンスタンス・ダグワースがそう言い、スリザリンのマルフォイも同意する。

 

「7歳の女の子からお茶のお誘いだ。そりゃあ当然、最優先だ。校長も快く許可をくださった」

「招待状の主がスクイブだと校長に伝えなかったマルフォイの名采配だ。恐らく校長はどこぞの純血家系の家の子からの招待だと思い込んでいる」

 マルフォイとノットのそんな言葉を受けて、アンが顔を顰めた。

「あの校長はホントに…………」

「ブラック校長は困ったちゃんだけど、イジワルじゃないよ」

 ハイウィングがポピーちゃんの傍に歩いていったのを見送りながらそう評した女生徒に、コンスタンス・ダグワースが「どこがよ?」と疑義を差し挟んだ。

 

「んー? だってブラック校長って、イジワル言ってやろうって思ってああいう態度なわけじゃなくて、ただブラック校長にとっての『常識』と『適切な分類』に基づいて、当然そうあるものとしてあんな態度と振る舞いをしてるんだもの。だからブラック校長はイジワルじゃないよ」

「…………それ、単なるイジワルな奴よりよっぽとタチ悪くないかしら」

「ああ。かなりタチが悪いと言えるね。ちょうど一昨年までの僕みたいにな」

 純血思想が骨身に染み付いてる人はこれだから、と思ったコンスタンスは横でノットが自嘲気味の言葉を呟いたのを聞いて、思わずそのノットの脇腹を肘で小突く。

 

「アナタは変われたんだから、ブラック校長だってきっと…………変わぁ、れるかしら……?」

 

 自罰的な思考の沼に嵌まり込みつつあったらしいノットを励まそうとしたコンスタンスは、しかし「純血主義からほんの少しでも脱却したブラック校長」をどうしても想像できなくて、断言するはずだった言葉が疑問形になってしまった。

 校長はどうだろうな、と言って困ったように笑ったノットを横目に見ながら、その7年生の女生徒はスルリとワタリガラスに姿を変えて、少し離れた位置にグリフィンドールの他の1年生たちと固まって座ってクィディッチの練習風景を眺めていたダンブルドア少年めがけて飛んでいく。

 

「やあアルバス」

 

 スルリとまたワタリガラスは7年生の女生徒に戻って、そこにいた小さな男の子に話しかける。

「なんです先輩。お腹が空いちゃったんですか? 僕いま何も持ってませんよ?」

「違うヨウ。あのねアルバス。僕らこれからちょっとお出かけするから、今日このあと昼食後すぐやるハッフルパフとレイブンクローのクィディッチの試合、司会と実況アルバスやってみない?」

 

 ダンブルドア少年は、思わず隣のエルファイアスに縋るような視線を向けた。

 この先輩はもう代役を僕に任せると決定してしまっており、僕にはこの提案を請けるか否かを選択する自由など与えられていないと、そう理解しているからこその動揺だった。

 助けを求められても何もできないエルファイアスは、ただ黙って目を閉じ首を振ってみせる。

 

「がんばれダンブルドア。隣には居てやるから」

「きみたちも良かったらアルバスと一緒にどうだーい?」

 

 7年生の女生徒がダンブルドア少年の返答も聞かずにそう呼びかけたのは、ハッフルパフとレイブンクローの1年生の女の子2人。

「あたしやりたい!!」

 ダンブルドア少年とエルファイアスが予想した通りのお返事をしたシャーロット・クランウェルとヘスパー・スターキーは、2人揃って元気いっぱいにサチャリッサやポピーの傍からダンブルドア少年と7年生の女生徒のところまで駆け寄ってくる。

 

「じゃ、僕ら行ってくるから。あとお願いねアルバス。任せるよ」

「おねーちゃんどっか行っちゃうの?」

 駆け寄ってきたシャーロット・クランウェルが訊く。

「アラベラちゃんからお茶のお誘いが届いたのさ。『皆さんで是非』ってね。こないだダイアゴン横丁で仲良くなった7歳の女の子だよ。ニーズルのミリアムと仲良しでねぇ――」

 その名前を聞いた途端、シャーロットと一緒に寄ってきたヘスパーが大きな声を出した。

 

「あたし知ってる! 『日刊予言者』に載ってた子でしょ! ねえねえそうでしょ?」

「おや、お前新聞読むのかスターキー。世事を知っておこうという意思があるのは偉いぞ」

 

 マルフォイがヘスパー・スターキーを褒めると、ヘスパーは「クイズのコーナーが好きなの」と少し恥ずかしそうに訂正した。

「あたしね。ニュースが知りたくて読んでるんじゃないのよ? だって難しいから」

「……でも覚えてただろう? 偉いとも。そうやって過大評価を訂正しようとする態度もな」

 

 自分に都合の良い誤解を、単にクイズコーナーに挑戦するのが好きでそこだけ読んでいるのに「新聞に目を通して世の中の出来事を知ろうという意思がある」と誤った解釈をされるのを良しとしなかったヘスパーの姿勢の方に、マルフォイは改めて感心していた。

 何より、大方クイズのコーナーに到達するべくページを次々めくっている過程で目にしたのだろう7歳のアラベラ・フィッグに関する記事をしっかり覚えている上に今すんなり思い出せているのは、一度見ただけの知識が身についているという事はマルフォイにとって、まだ純血主義に芯まで染まっていた一昨年の自分でも褒めただろうと確信できる見上げた学習意欲だった。

 

「同感。きみは今レイブンクローに1点を獲得したよヘスパー」

 

 7年生の女生徒はそう言うと、スリザリンのノットとマルフォイとレストレンジ、それにアン・サロウとレイブンクローのコンスタンス・ダグワースと一緒に、みんなより一足早く「必要の部屋」から出ていってしまった。

 一方、そんな先輩たちを見送ってしまったダンブルドア少年は、無理やり押し付けられたのにも拘らず「引き受けたのだから」と責任感を抱いて、しかし自分たちだけでは不安なので誰か先輩方に、とも考えて、結果ひとりの7年生に声をかけた。

 

「スウィーティング先輩手伝ってくださいませんか」

「んー? クィディッチの司会? いいよ」

「ポピーちゃんも一緒なの? やったぁ! ポピーちゃんも一緒!」

 

 シャーロットとヘスパーがまたしても喜びの声を上げてからしばらくすると、上空で練習を続けていたクィディッチチームの面々も地上に降りてきて、皆はそろそろ昼食がテーブルいっぱいに並んだ頃合いだろうホグワーツの1階大広間へと、連れ立って移動を開始したのだった。

 

「あれえ、ベルせんせも居ないのねピブちゃん?」

「そうだぜ。植物大好きミラベルちゃんもお茶会にお呼ばれしてんだ」

 

 教職員と生徒たち皆が昼食を食べ終わり、全校生徒の中で最も時間に無頓着な者たちがようやく観客席に現れて思い思いの位置への移動を終えつつある昼下がりのホグワーツのクィディッチ競技場で、3人の1年生と1人の小柄な7年生が先生たちに囲まれて座っている。

 

「…………ピブちゃんですか」

 誰かがそんな呼び方をしているのを聞いたことが無かったダンブルドア少年が困惑している。

「そうよ? ピブちゃんはジャグリングがとっても上手なの! おととい見せてくれてね、それであたしお友達になってくださいってお願いしたの。そしたら良いよって言ってくれたの!」

 ピーブズ相手にすらピブちゃんと愛称で呼ぶヘスパーのすぐ後ろでは、シャーロット・クランウェルがピーブズの背中に手を突っ込んでは驚いた様子で目を見開いてすぐ手を引っ込め、またすぐにピーブズの身体へ手を伸ばすのを繰り返している。

 

「俺様は仲良くしてくれるやつとは仲良くするんだ。気の合いそうなやつとな」

 

 お前らだってそうだろ? と言いながら、そのポルターガイストは手に持った松明の火をブラック校長の高級そうな衣服の裾に燃え移らせようと隙を伺っている。

「そんなに魔法史の授業を受けたいのならそう言えばよかろう」

「ひぇーーバレてたのか目ざといなチクショウ申し訳ねえなんにもしてねえぜ校長先生様!」

 急に振り向いたブラック校長に睨まれたピーブズは、ブラッジャーのような速さでダンブルドア少年のところまで飛んで戻ってきて、その小さな身体の陰に隠れた。

 

「おおっ、おーうぇ゙。……むごぉああ゙………‥」

 

 ダンブルドア少年の右隣に座っていたせいでピーブズの胴体の中に包みこまれてしまったエルファイアスが、未体験の不快感に悶えている。

「なんだ失礼なやつだなドージぼっちゃんよ」

「お前わかっててわざとやってるだろピーブズ……!」

 エルファイアスがピーブズに抗議したのを聞きながら、ダンブルドア少年は「今の今まで持ってたのにピーブズさんの松明はどこに消えたんだろう」と、そればっかりが気になっていた。

 

 そしてダンブルドア少年が目を凝らして観察している中で、ピーブズはどこからともなく前回の試合でも手にしていた伝声管の塊をどこからともなく出現させて、自分の傍に浮かべた。

「へーいお前ら聞いてるかーー? 今日は俺様の相棒が外出中だが、アイツはキッチリ代役を指名してから出発して行った! えらいぞ去年より賢い! ほらお前さんたち自己紹介しろ!」

 ピーブズの発言が競技場全体に聞こえる音量へと拡声されているのが、傍らに浮かんでいる伝声管の塊の機能に因るのかは、わからない。

 

「ピーブズさんのご紹介にあずかりました、僕アルバス・ダンブルドアです。1年生です。先輩の代わりを仰せつかりましたので、精一杯務めさせていただきます」

「エルファイアス・ドージ。グリフィンドール。1年生」

「あたしシャーロット・クランウェル! ハッフルパフの1年生!」

「あたしもヘスパー・スターキー。レイブンクローよ。ポピーちゃんも一緒なのよ。いいでしょ」

「私ポピー・スウィーティングよ。呼ばれたから一緒に居ます。――ヘスパー、『私も』なの?」

 

 競技場をグルリと囲む観客席の生徒たちは、もしかして今日はいつもより賑やかな実況と解説になるんじゃないかと、1年生4人と動物にしか興味が無いポピーで実況と解説が成り立つのかと、あるものは楽しげに耳を傾け、またある者は不安を抱きながら、先生たちが固まって座っている高い位置の一角を眉をひそめながら見つめるのだった。

 

「へ? あたしも実況をするんだもの。そうでしょドアくん」

「そうだよ。一緒に頑張ろうねスターキーさん」

 

 賑やかな1年生たちとマイペースなポピーに加えて普段通りピーブズもいるが、アイツがいない分いつもよりは先生たちの負担も少ないかなと、7年生たちが概ねそんなふうに至って気軽に捉えていたのは、あの賑やかな席に自分は巻き込まれずに済んだ、という安堵も理由のひとつだった。

 7年生たちはいつも騒がしいあの「編入生」の影響で賑やかなのが好きになっていたが、それはそれとして静かに優雅にクィディッチ観戦を楽しみたい気分の時もあるのだ。

 

「いーーや、そうはいかないね。なんてったって俺様が居るんだからな! ほーら試合開始だ!」

 

 あの7年生がいないので司会進行の主導権を確保してしまったピーブズがそう宣言し、普段飛行訓練を教えているコガワ先生が3種4個のボールを開放して、ハッフルパフとレイブンクローの両チームによるクィディッチの試合が幕を開けた。

 

「ピブちゃんピブちゃん。きょうはレイブンクローのシーカー、いつもと違うのよね?」

 ヘスパーに問いかけられて、ピーブズは観客席全体へむけてその情報をお知らせする。

「そうだ。今日は7年生のコンスタンスじゃあなく4年生のマクファスティーってお嬢ちゃんだぜ」

「あー、『試合中の選手交代は認められない』んだから、試合開始する前に選手変更するのは別にいいのか……そりゃそうか。それ禁止だと卒業してった奴らの代わりを入れるのもできなくなる」

 自分の疑問に自分で答えたエルファイアスに、ダンブルドア少年も同調する。

 

「もし試合中以外でも選手交代が一切禁止だと、選手が死んでも交代できないんで、ゴーストになった選手以外はいなくなって、でも交代はできなくて、最終的にクィディッチの公式試合ってのは、無人の競技場を皆で凝視し続ける哲学的な催し物になるでしょうね。……心が踊りますね?」

 

 ダンブルドア少年の冗談めかしたその発言で、ピーブズとヘキャット先生のみならず観客席の多くの生徒たちも、それどころかブラック校長まで笑い声を上げた。

 ブラック校長はすぐ仏頂面に戻ったが、ピーブズはまだ笑っている。

 

「俺達のチームには最強の選手が0人居る! こっちだって0人だ、つまり互角だ! ってな。そーんな試合はゴメンだね! 静かなのは性に合わねえんだ。おっとハッフルパフがゴール!」

 

 ハッフルパフ生たちが一斉に湧き、レイブンクロー生がうめき声を上げる。

「ドリュくーん! がーんばってー!」

「アーサーおにーちゃんすごーい!! もう1点、もう1点!! がんばって!」

「クアッフルはゴール1回で10点だよシャーロットさん。あ、ホブハウス先輩すごい。クアッフル取るのにほとんど箒から身体を投げ出すなんて、僕にはできません」

 ダンブルドア少年が実況解説を頑張っている一方、ヘスパーとシャーロットは皆がなんとなく予想していた通り、普通に試合に夢中になって元気いっぱいに自分の寮のチームを応援している。

 

「あのー、それでスウィーティング先輩。その生き物は何です?」

「この子はナールよ。名前はフェザーソーン。私が名前つけたの。かわいいでしょ」

 

 ハリネズミにしか見えないその小さな生き物をポピーは掌の上に乗っけて、反対の手でヒナギクの束を少しずつ与えている。

「おいしい? フェザーソーン。ほら、ウィラがマクファスティーさんと並んであんな高いところに居るよ。見える?」

 掌の上に乗っけられたままお腹を空に向けてリラックスしているハリネズミによく似た生き物にいつもの如く嬉しそうに話しかけ続けているポピーが試合とナールのどちらにより注目しているのか、果たして試合の趨勢を気にしているのかを、エルファイアスは疑問に思っていた。

 

「そういえば、あのおねーちゃんたちみたいにやるのが良いんだっけピブちゃん。シーカーって」

「らしーぜぇ。金色のちいちゃなやつを見つけるまでは、クアッフルの取り合いとかに巻き込まれない、それでいてフィールド全体を見渡せる誰より高い位置でじっとしてる。これがセオリーだ」

 またピーブズがヘスパーの疑問に答える形で競技場全体に解説を届けたのを聞いて、エルファイアスは隣に座っている友人を見つめる。

 

「つまりお前にシーカーは務まらないなダンブルドア」

「ぼっ、なっ、僕だってシーカーやるなら高いの怖いの我慢するよ……」

「やりたいのか?」

「んんーーううぅぇ遠慮したい……」

 

 ダンブルドアとエルファイアスのそのやり取りは気を利かせたピーブズによってクィディッチ競技場全体へと最高音質でお届けされ、レイブンクローの臨時代理シーカーを本日務める4年生のマクファスティーまでがクスクスと笑った。

「おっとレイブンクローのキーパーを狙ったブラッジャーが躱されてそのままゴールポストを通過した! 別にどっちの得点にもならないが見ててちょっと気持ちいい! もっかいやってくれ!」

「ラーソン先輩あとちょっと気付くのが遅れてたら当たって――レイブンクローがゴール! マヘンドラ・ペルワーン先輩お見事でした!」

 ピーブズがブラッジャーに、ダンブルドア少年がクアッフルに注目している中、ポピーちゃんのハリネズミさんが気になっていたシャーロットは、ふと試合へと視線を戻したところでもうひとつのブラッジャーがハッフルパフのチェイサーの脇腹に最高速度で直撃する瞬間を見てしまった。

 

「わあー!! エヴァンジェリンおねーちゃんが!! たいへんだわ!」

「今のは良いプレーでしたフォーリー先輩。ハッフルパフの得点のチャンスを見事に潰しました」

 

 冷静に解説を続けるダンブルドア少年の頬をシャーロット・クランウェルが「むー!」と唸りながら抓り始めたものの、ダンブルドア少年はゴメンごめんねと軽く謝るだけで解説はやめない。

 

「エヴァンジェリン・バーズリー先輩自力で地上まで降りてきましたね。選手は試合中『タイム』を要求しに来たキャプテンを除いて地面に足をつける事が一切認められていませんので、アバラを折りながらとはいえバーズリー先輩そこは気をつけていただきたい。みすみすペナルティスローをレイブンクローに与える事になってしまい…………あーそっか、それは良いんだ。なるほど」

 

 勝手に1人で納得してしまったダンブルドア少年に代わって、ピーブズが観客に解説を届ける。

「試合中に選手に杖を使うのは反則だ! つまり杖で魔法をかけて怪我を治してやるのも反則だ! けど選手が自力で魔法薬を飲むのはセーフ! と、こういうわけだな。ガッツがあるねえ!」

 箒に跨ったままノーリーン・ブレイニーに渡された小瓶の中身を一気に飲み干して、エヴァンジェリン・バーズリーは別に試合が中断されてなどいない上空へと再び昇っていった。

 

「ハッフルパフがまたゴールしたわ! アーサーおにーちゃんすごいすごい!」

「ラーソン先輩いい動きでしたけど、少し届きませんでしたね」

「むうー。頑張ってドリュくん!」

 

 レイブンクローのキャプテンにしてキーパーを務めるアンドリュー・ラーソンは、悔しそうな表情をすぐに引っ込めて集中し直す。

 

「わあ!!!」

 

 大慌てで身をかがめたアンドリュー・ラーソンの頭が1秒前まであった位置を通過して、またブラッジャーがレイブンクローのゴールポストを突き刺すように高速で通過した。

「こらピーブズ!!」

「なあーんにもしてねぇって!!」

 アンドリュー・ラーソンの抗議の声を笑い飛ばしたピーブズが本当にブラッジャーに何もしていないのかは、ピーブズにしか判らない。

 

「ホブハウス先輩からデール先輩に、デール先輩からペルワーン先輩に、今またデール先輩に、レイブンクローが小刻みにパスを回しながらハッフルパフのゴールに迫って――おっと!」

「ハッフルパフがゴール! パフスケインのダンケインからサマンサ・デールへのパスに割り込んだエヴァンジェリン・バーズリーのロングシュートをレノーラ・エバーリーがレイブンクローのキーパーより先に獲って目の前のゴールに投入した! 今のは良かったレノーラ・エバーリー!」

 

 ダンブルドア少年とピーブズの実況を聴くまでもなく、また観客席から歓声とうめき声が響く。

「俺様もしかして名前間違えてないよな?」

「間違ってるぞ!! わざとだろピーブズ!!」

 ダンカン・ホブハウスの抗議の声に対して、ピーブズは聞こえないふりを決め込んでいる。

 

 そして、そこから試合は急に両チームのチェイサーたちが目まぐるしくクアッフルを奪い合って相手のキーパーを翻弄し続ける猛烈な点取り合戦の様相を呈し始め、クアッフル1ゴール10点のスコアがどんどんと積み重なっていく。

 

「やったぁ! ハウスくんすごい! レイブンクローがクアッフルをゴールしたわ!」

「むーー!! 頑張ってー! ハッフルパーフ!!」

「ほら見てフェザーソーン。ダンブルドアくんだよー。かわいいでしょ。……噛んでみる?」

「スウィーティング先輩は先程から何をなさっているんですか?」

 ダンブルドア少年の問いかけに、ポピーはそのハリネズミのような小動物をダンブルドア少年の肩のあたりに乗っけてあげながら答える。

「フェザーソーンがダンブルドアくんを噛んでみたいって」

「ええ……まあ別にいいですけど……そんなに痛くなさそうですし…………今度はハッフルパフがゴール! レイブンクローのチェイサーを全員抜き去って華麗に決めましたプラムリー先輩!」

 

 クアッフルによる得点は積み重なっていき、しかしどちらか片方ではなく両チーム共に次々ゴールを決めていくので点差は開かず、ただスコアだけが増えていく。

 キーパー2人も奮闘しているが単純にゴールが脅かされる回数が多いので、見事にゴールを守った数と共に、守りそこねた数も増えていく。

 

「レイブンクローがまたゴール! ……いま何点と何点だおチビちゃん?」

「レイブンクローが430点でハッフルパフが390点です僕おチビちゃんじゃないです」

「だそうだお前ら皆ちゃんと数えられてるか? ありがとよノッポちゃん!」

 

 ノッポちゃん呼ばわりもそれはそれで貶されている気がして不本意らしいダンブルドア少年がまんまるの頬をさらにまんまるにしながらピーブズを睨んでいる一方で、シャーロットとヘスパーが同時に上空の高い位置を指さして大きな声を上げ始めた。

 

「あら2人が動いたわ! 急にどうしたのかしら!」

「ウィラおねーちゃーん! 頑張ってー!」

「シーカー2人がスニッチを見つけたようですね。スニッチを追いかけて……あんな速度で急降下して大丈夫なんですかね?」

「スニッチに追いつけなきゃスニッチを捕まえられない。スニッチは真下に向かって飛んでる。だから自分は最高速度で追う。と、あの2人の頭に今あるのはそれだけなんだろうな」

 

 ヘスパーとシャーロットは自分のチームのシーカーを頑張って大きな声を出して応援し、ダンブルドア少年は実況役に徹している。

 ピーブズはダンブルドア少年に合わせているのかわりと場を荒らすこともなく解説をこなし、ポピーはハリネズミそのものの外見をした魔法生物のナールにヘキャット先生を見せてあげている。

 

 しかし数秒後には、シャーロットとヘスパーの声は応援から制止を促すものに変わった。

 

「ダメよウィラちゃん止まらなきゃ! 地面にぶつかっちゃうわ!」

「おねーちゃんたち止まって! あぶないわ!」

 ピーブズだけが、相変わらずの楽しげなハイテンションで実況を続けている。

「スニッチは相変わらず小刻みにジグザグな軌道で地面へ向かって飛んでる……おっとレイブンクローのマクファスティーがとうとう急減速してチキンレースから離脱! 流石にあの速度で地面とキスするのは遠慮したいらしい! いくらなんでもこれを臆病風に吹かれたとは言えねーぜ!」

 

 この時ウィラ・ウィホルトの目には、自分がどちらの方向に飛んでいるのかという事それそのものが映っていなかった。彼女はただ、届きそうで届かない前方を飛び続けている金のスニッチだけを見ていた。レイブンクローのマクファスティーがもう後ろに居ない事にも、気づいていない。

 

(もっと速く、もっと速く……もうちょっと…………もうちょっとで……)

 

 そしてレイブンクローのシーカー、4年生の女子マクファスティーがスニッチを追うのをやめてからきっかり1秒後、前方に伸ばしたウィラの手がスニッチに届くという瞬間に、スニッチはとうとう大きく方向転換した。

 

 芝生の間を這うようにして。

 

(……あっ)

 

 急にスニッチを見失ったウィラ・ウィホルトの視界いっぱいに芝生の緑色が、本人の認識としては「突然に」現れる。

 そしてウィラ・ウィホルトはついに自分がどっちの方向に向けて飛んでいたのかを思い出したが、それ以上何をすることもできなかった。

 仮にこの時ウィラ・ウィホルトが使用していた箒がムーントリマー初期モデルの自作カスタム仕様ではなく100年以上もの後に発売されるファイアボルト・スプリームだったとしても、今更止まる事などできなかっただろう。

 

 しかし、先生たちすら間に合わない速さで地面に突撃して行ったウィラ・ウィホルトはひとつだけ、人生最大の幸運に恵まれていた。

 それはこの場に、100年以上後の時代に発売される未来の最高級競技用箒の最新機能よりも速く杖を振れる人間が、たったひとりだけ居合わせていた事だった。

 

 手を出していいのか迷っていたその小さな男の子の脳裏に響いたのは、あの先輩の言葉。

 

(きみならできるよアルバス。だってきみはアルバス・ダンブルドアなんだから)

 

 先生たちより一瞬遅れて杖に手をかけた11歳のアルバス・ダンブルドアは、先生たちが杖を抜いた時には既に呪文を唱え終わっていた。

 

「イモビラス!!!」

 

 ウィラ・ウィホルトの粉砕された箒の柄のみならず、レイブンクローとハッフルパフの全ての選手とブラッジャー2つとクアッフルと金のスニッチまでもがその瞬間、完全に静止した。

 

「――ウィホルト先輩!!」

 

 競技場の地上まで降りて行こうと席を立ったアルバス・ダンブルドア少年は、そこでようやく自分が観客席のみんなも、生徒も先生方もピーブズさんも皆まとめて止めてしまった事に気づいた。

 11歳のダンブルドア少年にも観客席から遠目に眺めて即判断できるほど、地面に激突したその瞬間で止まっているウィラ・ウィホルトの首は明らかに、曲がってはいけない角度に曲がっていた。

 

 みんな止めてしまった。先輩は今ホグワーツに居ない。

 

 11歳のアルバス・ダンブルドア少年には、判断ミスを悔いている時間など無かった。

 

「怪我を治す呪文怪我を治す呪文怪我を治す呪文怪我を治す呪文怪我を治す呪文……」

 バチンと大きな音を立ててウィラ・ウィホルトの傍らに瞬間移動したダンブルドア少年は、自分が今なにをしたのかを自覚していない。彼はただ、自分は大急ぎでウィホルト先輩のところまでやってきたのだ、とだけ認識していた。

「怪我を治す呪文怪我を治す呪文……杖の振り方…………唱える時に注意すべきこと……」

 彼はただ、ウィホルト先輩を助けてあげられるのは今この場に僕しかいない僕がやらなければとそれだけを考えて、9月1日の午前中にホグワーツへと向かう列車の中で読んだその呪文を、一心不乱に思い浮かべて、その詳細な唱え方の記述を脳裏に喚び起こしていた。

 

 そしてまたダンブルドア少年は唐突に、あの先輩の無責任なアドバイスを思い出した。

 

(きみならできるよアルバス。だってきみはアルバス・ダンブルドアなんだから)

 

 理由になってませんよと思いながら、ダンブルドア少年はウィラ・ウィホルトを杖でそっと操って地面と並行な向きで自分の目の前の空中に浮かべ、その頭部に反対の手をいちおう添えて、杖の先を既に死んでいるのかもしれないウィラ・ウィホルトの首に当てる。

 そして、今はそうすべきでないと判断したダンブルドア少年は、しばらくぶりに適切な力加減などを一切考慮せず、ただ全身全霊でその呪文を唱えた。 

 

「エピスキー!!」

 

 クィディッチ競技場がまるごと、光に包まれた。

 

 




 
【ウロンスキー・フェイント】
 不意にスニッチを見つけたフリして高速急降下を開始し、釣られた相手シーカーが競りかけてきたのを確認したら地面ギリギリで自分は頑張って減速して相手シーカーだけ地面に衝突させる、というシーカーのテクニックのひとつ。名前はこのプレーを編み出したかつての名選手から。

 公式設定で開示されているクィディッチワールドカップの試合の得点差は「460対300」とか「270対100」とかの「3ケタ得点 対 3ケタ得点」がほとんどであり、バスケットボールくらいには頻繁にゴールが決まり得点が嵩んでいくことも多い模様。
 しかし個人的なクィディッチ最大のツッコミどころはルールでもスニッチでもなく「第1回ワールドカップは1473年開催」で「開催は4年に1回」で「1994年の大会は第422回」という点。
 第2回~第421回をそれぞれ西暦何年に開催したのか教えてくれ国際クィディッチ連盟。

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