2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
私の前を、あの素早いやつが飛んでいる。金のスニッチが。今にもレイブンクローのシーカーが追いついてきそうだ。私が追いかければ追いかけるだけ、スニッチは逃げる。
もっと速く。もっと速く。
あとちょっと。あとちょっと……もう手が届く。……ああ、まただ。
私の掌を通り抜けたスニッチを、すぐ後ろから迫ってきていたレイブンクローのシーカーが獲った。急減速したレイブンクローのシーカーが競技場全体に勝利をアピールしている嬉しそうな声を聞きながら、私は地面を通り抜けて、大きく膨らんだ軌道で上昇して、観客席をすり抜けて、校長先生のすぐ傍を通って、また空に戻って来る。
まあ、こういう日もあるよね。
クィディッチに初めて興味を持ったのはいつだったっけ。ホグワーツに入学するより前だったのは覚えてる。その時すでに、クアッフルにあんまり興味が持てなかったのも覚えている。
思えば私は最初から、金のスニッチだけを見ていた。
グリフィンドールの談話室には誰かが持ち込んだ金のスニッチが放ったらかしにされていつも飛び回ってるって聞いた気がするけど、あれホントの話なのかな。
ホントなんだったら、ちょっと羨ましいな。
ああ、思い出した。クィディッチやりたいって思ったきっかけ。ケアフェリー・カタパルツのシーカーだ。ちっちゃい頃に連れてってもらったクィディッチワールドカップで見たんだ。
あのひと綺麗だったな。けど、なんて名前だったっけ。
あのひとがスニッチを獲ったとこ、手を伸ばせば届きそうだった。目の前だった。スニッチがそこにあって、あのひとが飛び込んで来て。
スニッチを手にしたあのひとは、喜びを爆発させる前に、私にそっとウインクしてくれたんだ。
でも、私は結局、あのひとみたいにはなれなかった。
忘れもしない。1908年の、最後の試合。私はウロンスキー・フェイントに引っかかって、ありもしないスニッチを追いかけて。
それで、このざま。
私が謝りたいのは、私にウロンスキー・フェイントを仕掛けてきたあの子に対してだ。
だって私がヘマをやらかしたせいで、あの子は人殺しになってしまった。
だから私はまだこうしてクィディッチ競技場を漂ってる。獲りそこねたスニッチが諦めきれないってのは、ホントは理由の半分でしかないんだ。
どうしてもあの子に謝りたくて。あれは1892年の事なんだから、あの子はもうとっくにホグワーツを卒業してるって、解ってるのにね。
しかも、それなのに、スニッチへの執着も捨てられない。今度こそは捕まえてみせるって、思わずにはいられない。スニッチにはそういう魔法がかかってるって言われても納得しちゃう。
目の前に来たら、皆が見る。それが金のスニッチ。見つけたら、皆が追いかける。それが金のスニッチ。クィディッチをやっていても、やっていなくても、興味がなくても。
そう。クィディッチに興味がないひとも、金のスニッチは目で追うんだ。
これはもう条件反射だ。これはもう本能だ。これは、スニジェットにはないチカラだ。クィディッチ競技者たちがスニジェットを追い回していた頃、スニジェットにはこれほどの魔力は無かった。だって、そうでしょ? もしスニジェットにスニッチほどの魅力があったのなら、試合の度に勢い余って殺したりなんてしないはず。
あの小さなやつのために、ボーマン・ライトは伝説になった。単にスニジェットと同じに飛べる球体ってだけの品物だったら、ここまで魔法史に深く名を刻みはしなかっただろう。知る人ぞ知る、くらいだったはずだ。けど、今じゃクィディッチをやる人もやらない人も、興味がない人も、皆がボーマン・ライトの名前を知っている。だってスニッチは今も世界中で飛んでるから。
あともうひとつ。金のスニッチには、競合する他社製品が無い。始まりのムーントリマー、そしてニンバス、クリーンスイープ、他ならぬファイアボルト。どれだけ優れた競技用箒も、決して他社製品を完全に淘汰はしていない。あのオリバンダーでさえ、グレゴロビッチやシコバ・ウルフの事業継続を許している。
けどボーマン・ライトの金のスニッチは、金のスニッチしかない。「ニホン式の木製スニッチ」とか「ゴブリン製の銀のスニッチ」なんてものは、存在しない。
丸くて、小さくて、美しくて、精緻。収納されていてさえそうなのだ。それが、そんなものが、ひとたび飛び立ったら、それか不意に目の前に飛来したら。
目を奪われずにいられる者などいない。
だから私がこうして、今どこにも居ないと解っているあの最期の試合のあの子を探すよりも、目の前を飛んでく金のスニッチを追う事を優先してしまうのも、仕方がないんだ。
スニッチを追いかけずにいられるクィディッチ好きはいない。たとえチェイサーやビーターだって、試合中でなければ皆、こぞってスニッチを追いかけるのだ。
私のハッフルパフのチームも練習中、時々練習を中断してチーム全員でスニッチを追い回したものだ。あれは正シーカーである私には良い練習になったし、他の皆には良い息抜きだった。
ああ、まただ。また捕まえそこねた。私より速く飛んだあのグリフィンドールのシーカーが、今日はスニッチを獲ってしまった。今日はいつもよりダメだった。グリフィンドールのシーカーと競っているスリザリンのシーカーにすら、私は追いつけなかった。
今日はコース取りが良くなかったかな。まあ、こういう日もあるよね。
今日は惜しかった。あのレイブンクローのシーカーよりももっと早く私はスニッチを見つけたし、真っ先に私がスニッチに手を伸ばした。でも、スニッチは私の掌をすり抜けていった。
そりゃそうだ。解ってる。私の手はもうスニッチを捕まえられないって。
でも追いかけずにはいられないんだ。でも捕まえようとせずにはいられないんだ。だって、金のスニッチだから。今度こそ私がスニッチを獲ってみせれば、あの1908年の最期の試合で私を殺す事になってしまったグリフィンドールのシーカーも、ちょっとは心に棲み着いたディメンターが弱ってくれるかもしれないから。
もうちょっと。もう少し。あと少し。もっと速く。もっと速く。今もう掴める。捕まえられる。点差は40点。いま私がスニッチを穫ればハッフルパフの勝ち。悪いねマクファスティー!
もうちょっと、もうちょっと……もうちょっと……今、いま、いま……獲った!
獲った! 獲っ、あれ? え? ここ、どこ?
「おや、ミス・ウィホルトじゃないか。どうしてここにいるんだい?」
「…………えっ、フィグ先生? なんで、なんでここにいるんですか?」
いつの間にかそこにいたのは、私が5年生だった時に亡くなった、かつてのホグワーツの「魔法理論」の先生。優しくて授業が解りやすくて、宿題の量が容赦なかったエリエザー・フィグ先生。
「『ここ』とは? きみにはここが、どこに見えるんだ?」
フィグ先生は、私が覚えているとおりの穏やかな笑顔で、私にそう問いかけた。
「…………どこって、ホグワーツのクィディッチ競技場、でしょう? 今の今まではそうだった」
「では、今は、どこに見えているかな?」
「空の上です。足元のずーっと下に、雲の間からホグワーツのクィディッチ競技場が辛うじて見えてます。私も先生も、箒にも乗っていないのに、空の上にいます」
でも、こんなに何もかも真っ白だったっけ。ホグワーツの空ってこんな白一色だっけ?
「…………私、死んだんですか。………………もしかして」
「それは、きみが決めることだ。もしきみがそれを選ぶなら、今から私と一緒に来て、私の妻のミリアムが淹れてくれた紅茶を飲みながら、私の妻のミリアムが焼いてくれたクッキーを食べながら、時代を超えたクィディッチの名選手たちが試合をするところを特等席で観戦できるね」
フィグ先生の背後に太陽があるから輝いて見えるのか、それともフィグ先生自身が輝いているのか、いよいよ私には判別できなくなってきている。それほどまでに何もかもが光っていて、目を開けていられないほど眩しくて、今にも目を閉じてしまいそうだった。
けど、そうしてはいけないと、目を開けていなければいけないと、何故か私は確信していた。
「遠慮したい、と言ったらどうなりますか」
「その時は、伝言をお願いしたいね」
誰に対してなのかは、訊くまでもなかった。私でなくとも、同級生の誰でも私と同じように、今フィグ先生が誰を思い浮かべているのかが、質問などする必要もなく察せたはずだ。
「何と伝えますか? フィグ先生」
「妻と一緒に見ていると。ずっと見ていると。応援していると」
必ず伝えますと言おうとした途端、一層全てが眩しくなって、フィグ先生の姿が見えなくなる。
「待って、フィグ先生! あの、これは!」
言葉をまとめる余裕もないまま、私は一番の疑問をぶつける。
「これは、これは現実なんですか! それとも私の頭の中だけで起こっている事ですか!」
「もちろん全てきみの頭の中で起こっていることだ。しかし、だからといってそれが現実でないとどうして言える?」
そう返されて新しくできた訊きたいことを質問として整える時間も無いまま、フィグ先生の声は遠くへ消えていって、いつの間にやら景色も何も見えなくなった。
(あれ、でも私。…………これはいよいよホントに死んだのかな)
そう思った途端、とんでもない激痛で立っていられなくなった。反射的におデコにあてた手は、目の前に持ってきてみればべったりと赤褐色に染まっていた。
頭のどこを怪我したのか、止めどなく溢れて流れてきて、私の肌はどんどん土色に褪せていく。
それはすぐ目にまで滴ってきて目が開けていられなくなり、ほどなく口にも入ってきた。
「……え、甘っ」
これチョコレートソースじゃない?
「起きた! ウィホルト先輩!! 先輩先輩起きましたよ! ウィホルト先輩が――」
真っ先に視界に映ったのは、小さな男の子の、まんまるの顔。
「痛っ…………なに、あったま痛…………」
次に視界に映ったのは、ルームメイトの顔。
「おはようウィラ。気分はどう?」
「お、はようポピー。…………あたま痛い……」
「だろうね。――マダム・ブレイニー! ウィラが起きた!」
マダムブレイニーって、ああ。つまりここは、そうか。私は――
えっちょっとまって何なになに何どうしたの、この子どうしたの、何きみダンブルドアくんだよねなんでちょっとまってどうして。
「………………どうしたのダンブルドアくん。なん、なんで泣くのよ」
「ウィホルト先輩が、死んじゃったら…………ぼく誰に謝れば良いんだろうって……あ痛!」
恨みがましい表情をして睨みつけてきたダンブルドアくんを、そのワタリガラスは悪びれもせずもう一度啄こうと嘴をギラつかせて鋭い視線で狙っている。
「何ですか急に…………僕が何かしましたか!」
ダンブルドアくんがそう喚くと案の定、そのワタリガラスはワタリガラスでいるのをやめた。
「したさ。きみのお蔭でウィラはまだ生きてるんだから。そうだろう、アルバス?」
「ぼっ、僕が先生たちまで止めちゃってなかったら…………先生たちならもっと……」
この子、責任感が強いを通り越して、自罰的過ぎるね。なんでこんな後ろ向きなんだろ。
「バカだねアルバスは」そいつがダンブルドアくんを諭し始めた途端、私はまたチクリとした頭痛に襲われた。「あのねアルバス。いいかい? あの時、ウィラを助けられるのはアルバスだけだったの。先生たちじゃダメだったの。アルバスが杖を取り出すのがあと一瞬でも遅れてたらダメだったの。先生たちは、間に合わなかったの。言っただろう? アルバスならできるって。できただろう? アルバス。アルバスのお蔭でウィラはこうして元気いっぱいになって――いやまだちょっと元気いっぱいではないか――とにかく無事で、マチルダにおやつを提供してくれてる。きみがウィラの命を助けたんだから。アルバスはもっと『朕に感謝するがよい』って態度してればいいの!」
やっぱり、私、死にかけてたのか。
それってつまり、私またスニッチを獲りそこねたんだ。
「ねえ、ねえ試合、試合どうなったの! ハッフルパフは――」
私がそう訊くと、そいつはダンブルドアくんのほっぺを両手で引っ張りながらこっちを向いた。
「どっちのチームのシーカーもスニッチを獲ってないけど両チームキャプテンの合意により試合終了。そりゃあ、両チーム全員空中に縫い留められたまま微動だにできないんだからそうする他ないよね。…………おや。まーたそんな顔するのかいアルバス。すごいじゃないか! ヘキャット先生もウィーズリー先生もシャープ先生も自力で魔法解くのにすんごく時間かかったなんてさ!」
ソイツはそこまで言ってから「『縫い留められた』はイモビラスの影響を表現するには不適切かな? マンドちゃんに減点されちゃうかな?」などとブツブツ呟き始めたが、私はまだ、一番大事なことを聞けてなかった。
「ねえ、どっちが勝ったの。私はまた――」
「ん? ああ、あの試合ね。あの試合なら 430 対 390 でアルバスの反則負けだよ」
…………はい?? なにそれ? つまりどうなったの?
「『試合中に選手に杖を使うのは反則』だからね。これをやるのって普通はヒートアップしちゃったどっちかのチームのファンで、まず間違いなく片方のチームの選手だれか1人だけに魔法をかけるんだから、普通は相手のチームにペナルティスローが与えられてそれで終わりなんだけど、アルバスったら選手も観客も全員止めちゃったらしくて、すぐ自力で解除したブラック校長以外誰も動けないままなんだから、そりゃあ試合はそこで終了するし、アルバスは『全員』止めちゃったんだから、両方のチームをどっちも妨害したって事で、アルバスの反則負け。……ルールを厳密に適用するとこうなるってコガワせんせが言ってました。ウィーズリー先生とヘキャット先生とブラック校長と4人で話し合ったんだってさ。ぅぷふーーふふ!! ぶひゅ、へへぇアルバスったら!! 試合に出てもいないのに負けるなんて、なっかなかできる事じゃないよお!! さっすがぁ!!」
あろうことか両手の人差し指をダンブルドアくんに向けて猛烈にからかい始めたソイツにダンブルドアくんは反論しようとして、できない。
「僕、僕はただ、ウィホルト先輩を…………僕は……」
「へへぇ~~~? アルバスのバーカぁ! チービぃ!」
全く内容の無いそんな罵倒にも、ダンブルドアくんは何も言い返せず、ただぷるぷると頬を震わせて、いつもならこんなイジワルはしないはずの「先輩」を見つめている。
そして、驚くほど我慢強い普段の姿からは想像もできないほど早く、みるみる内にダンブルドアくんの頬を涙が滴り落ち始める。
あーあ。こんなちっちゃい子を泣かしたわよコイツ。
「ぼ、ぼぉくだっで、僕だって精一杯やったんでず!! なのになんでそんな言うんでずがぁ……僕はっ、ヴィホルト先輩がっ、死んじゃうって思ってっ、そしたらもう、身体が勝手に動いてっ」
ダンブルドアくんが大きな声で泣き始めた途端、ソイツの笑顔は急に憎ったらしいイジメっ子のそれから、穏やかで優しい慈愛に満ちたものへと一変した。
「――だろう? だったら何を悔やむことがあるんだい。アルバスは精一杯やった。お蔭でウィラは命が助かった。重要なのはそこだけで、他は全部どうでもいい事。違うかい?」
そう言われたダンブルドアくんはほんの一瞬だけ静かになって、涙で頬をもっちもちにしたまま、何を考えているのか全く解らない「先輩」を見つめた。
「先輩のバカ!! ……バカ!!!」
「何? アナタたち『騒がない』って約束でここにいるの忘れたの? うるさくするなら――」
校癒のマダム・ブレイニーが言い終わるより先に、ダンブルドアくんは声の限り叫んだ。
「せんぱい゙がイジワル言ぅ゙んです!!!!」
向こうのベッドの男子を診ていたマダム・ブレイニーを連れて戻ってきたポピーの姿を見るなり、ダンブルドアくんはビャッと駆け出して飛びついた。
「あら珍しい。どうしたのダンブルドアくん。コイツにイジワルされたの?」
大きな声だったのでもちろん全部聞こえていただろうに、ポピーはわざわざそう訊いた。
「…………ぢがいます……でもっ、でも先輩がっ! 僕はっ、ゔぅえ、え゙ぇぇぇぇぇ………!!」
結局ダンブルドアくんはその後、私の体内時計が正確なら軽く30分はポピーに縋り付いたまま大きな声で泣き続けて、やがて泣き疲れたのか、ポピーに膝枕されて眠ってしまった。
「お疲れ様。ダンブルドアくん。ウィラを助けてくれてありがとね」
ニフラーの赤ちゃんがミルクを飲めた時と同じ声でそう言ったポピーに、私は訊く。
「ねえ、ダンブルドアくんが助けてくれたってのは、なんとなく察したけどさ。何があったの?」
「どこまで覚えてる? ウィラ、あなたスニッチを追いかけてすごいスピードで真下に飛んでたのは覚えてる? ……もしかしてどっちに飛んでるか気づいてなかった?」
ダンブルドアくんを泣かせた自分たちの友人がマダム・ブレイニーに滔々とお説教されているのを聞きながら、私はあの時の事をどうにか思い出そうとして、また頭痛に襲われた。
「スニッチを見失って…………そしたら……そしたら……地面があった……」
私がそう答えると、ポピーはダンブルドアくんの頭を撫でながら、こっちを見て笑った。
「アナタが最高速度で地面に突撃して、アナタの箒の柄が地面にぶつかった瞬間にダンブルドアくんが『イモビラス』を唱えて――先生たちよりもっと早くね――それで、全員動けなくなった。ダンブルドアくんったら、勢い余ってアナタだけじゃなくクィディッチ競技場をまるごと止めちゃったの。それで慌ててウィラの傍まで行こうとして…………どう見たって『姿くらまし』した」
私は「ウソでしょ?!」と言いそうになったが、どうにかこらえた。全く信じられないが、ポピーはこんなタイミングで嘘をつくような子ではないし、第一ダンブルドアくんならもしかするともしかするかもしれないと、なんとなくそう思ったから。
「ホグワーツでは姿くらましできないし、あの時は誰もあの場にかかった『姿くらまし防止呪文』を解除してないのに。まあとにかく、それで、ダンブルドアくんはアナタの隣に『姿現し』して、今度は『エピスキー』をやって、あんなに眩しい『エピスキー』は私、初めて見た。それで、それでたぶん治せたか確信が無かったからかな、ダンブルドアくんは城に杖を向けて『アクシオ』をやったの。そしたら……たぶんアレ、この部屋から飛んできたんだろうな。アイツがマダム・ブレイニーにちょくちょく渡してた『不死鳥の涙』の小瓶がいっぱい飛んできて、ダンブルドアくんはアナタの首に半分を撒いて、もう半分を……10瓶くらいかな。アナタの口の中に注いだ」
そこでポピーは、ちょっと頬を膨らませて、唇をとんがらせた。
「そしたらブラック校長がダンブルドアくんの隣まで降りていって、ダンブルドアくんに何か言った後で、ウィラには特に何もせずにまた観客席の元いた位置まで戻ってきたの。で、ヘキャット先生が動き始めて、ウィーズリー先生とシャープ先生も動き始めて、先生たちが順番に、私たちを動けるようにしてくれたの。ブラック校長ったら、自分はさっさと魔法解いてなんにもしないのよ! ホントにもう、あの人なんで校長してられるのかな!」
ポピーがそこまで話し終えた途端に最悪の可能性が脳裏をよぎって、私は焦った。
「…………ねえ、ねえもしかしてクィディッチ――」
「中止じゃ、ないです。ブラック校長がそう言ってましたから。ウィホルト先輩が死んでたら中止にするつもりだったけど、見た限り問題ないから中止にはしないって。ただしミス・ウィホルトの箒は直すのではなく新品を買うようにって。……あと、……あと………」
起きてしまったらしいダンブルドアくんが小さな声で続きを言うのを、私たちは待った。
「…………グリフィンドールに60点くれました」
そう呟いたダンブルドアくんの声色は、不服だとでも言いたそうだった。
それにしてもブラック校長、たまには気の利いた判断もできるのね。意外だわ。
「あとウィホルト先輩は60点減点だって言ってました。自分の命よりもスニッチを優先するのは度が過ぎてるって。『死んだら二度とスニッチを捕れないという事すら理解できんのかね』って」
やっぱりあのヒゲイヤミオヤジはホグワーツの校長にふさわしくないわ。
「ブラック校長が『すぐには目を醒まさないだろう』って言ってたんです。でもブレイニー先生は『怪我は治ってるからそのうち目を醒ます』って言ってたんです。僕、心配で、毎日授業の合間の時間はここに居たんです。それで先輩がブレイニー先生を説得してくれて、寝る時も僕ウィホルト先輩の傍に居させてもらえたんです。僕、今日までずっと、寮の寝室だと寝られなくて……」
この期に及んで、ダンブルドアくんは未だに申し訳無さそうだった。
「ありがとね。ダンブルドアくん。アナタのお蔭でまたスニッチを追いかけられるわ」
「…………すいませんウィホルト先輩。僕、僕が皆まで止めちゃってなかったら――」
この子は本当に、なんでこんなに自罰的なんだろうな。
「あのねダンブルドアくん。『ありがとう』って言われたら、返す言葉は『ごめんなさい』じゃないの。『どういたしまして』なの。それでいいんだから。ね? ほら。さあ、『ありがとう』」
私がそう諭しても、ダンブルドアくんの顔にはまだ、自分にはそんな傲慢な返事をするのは許されてないとか、そんなの烏滸がましいとか思っているのがバッチリ書いてあった。
「……どういたしまし、て。……今度からは、最高速度で地面に突撃するのは控えてくださいね」
「それは肝に命じておくわ。ねえダンブルドアくん。改めてお礼を言わせてね? 助けてくれてありがとう。アナタが助けてくれなかったら、わたし死んでたわ。そしたらきっとゴーストになって、永劫ホグワーツのクィディッチ場を彷徨ってたわ。そんな気がする。だから、ありがとう」
私はベッドから上半身だけ起き上がって、ダンブルドアくんの頭を撫でるために手を伸ばして、またチクリとするような頭痛に襲われた。そしてそれがどうやら表情に出ていたらしく、ダンブルドアくんを心配させてしまった。
「どうしたんですかウィホルト先輩、もしかしてまだお体がどこか――」
「さっきからね、頭が痛いのよ。私、なんか変な夢見てたから、もしかしたらそのせいかも……」
「え、あ。じゃあやっぱりそれ、何か僕の知らない療養法とか、そういうわけではないんですね」
なにそれ。何の話?
「ウィホルト先輩、今朝からずっと頭にスウーピング・イーヴルが貼り付いてますよ」
「えっ。なに嘘とってとってとってとってよ!!!!! 今朝からって言った???? ちょっとなんでそんなに笑ってるのよポピー!!! スウーピング・イーヴルは人の脳を食べるんだって、2年生の時にアナタが私に教えてくれたのよ??!!」
「だってマチルダはおりこうだし、アナタの脳を食べようとしてるんじゃなくて人の頭を齧るのが好きなだけだから。そんなに慌てなくて大丈夫だよ」
「スウーピング・イーヴルに頭を齧られたら普通はあわてるの!!!!」
私がどれだけ訴えても、ポピーはのんびりとした笑顔のままだった。
「ほらマチルダ。ウィラが起きてくれたからこっちおいで」
なんでポピーはそう呼びかけるだけでスウーピング・イーヴルを制御できるのか、なんでスウーピング・イーヴルが自分の頭に貼り付いても笑っていられるのか、私にはサッパリ解らなかった。
スウーピング・イーヴルの「マチルダ」を帽子のように頭に被ったまま、ポピーは私に言う。
「ウィラ、気づいてるのか気づいてないのか判んないから一応伝えておくね。今は9月21日のお昼で、アナタがここのベッドに運ばれてきてから10日経ってる。アナタ、一週間以上寝てたの」
ポピーがなんと言ったのか理解するまでに、私は数秒かかった。
「10日前なの?! えっ10日経ってるの?? じゃあ私、えっ私…………私、ハッフルパフのクィディッチの練習を、一体どれだけすっぽかしたの?!!!!」
ベッドから起き上がろうとした私は今度は肩に激痛が走って呻いてしまった。ただ、これはポピーが持ち込んだ魔法生物が私に悪さしてるわけではないとも、すぐに解った。
10日もベッドで眠っていたせいで、身体がカチコチに固まりきっているのだ。
今すぐクィディッチの練習をするのはちょっと無理だと理解したけれど、でも、だからこそ私は身体をどうにか動かして、固まりきった筋肉にどうにか力を込めて、無理やりベッドから降りた。
「マダム・ブレイニーありがとうございましたもう大丈夫ですお世話になりました」
「もう大丈夫な人はそんなできそこないの亡者みたいな歩き方はしません! 目が醒めたんだから出ていくのは構わないけれど、今日と明日は無理をしてはダメよ! 少しずつ身体を慣らす事!」
「あ、行くんなら僕も行く! ねえねえ待ってウィラおんぶさせて! 抱っこでもいいから!」
「ヤよ! 私はっ、自分の脚でっ、歩けるもの!」
説教から開放されたらしい困ったやつに私はそう返したけれど、内心では、直立二足歩行というのが一体どれだけ高度な移動方法なのかという、去年魔法生物学で習った話を初めて己の身で体験して、ホーウィン先生のあの話は真実だったのだと1年遅れでようやっと理解していた。
「ねえ、ミス・ウィホルト。そこのベッドから向こうの壁際のベッドまで、10往復くらいしてからここを出ていくというのはどうかしら?」
マダム・ブレイニーが提案のような口調で宣告した主治癒命令に、私は二つ返事で従った。
療養している他の生徒たちに見られながら、ギッコギッコと可能な限りスムーズに歩こうとして全然スムーズではない私は、こんなに不格好な有り様を黙って見つめられているのがどうにも恥ずかしくなって、見守ってくれている友人に提案した。
「ねえ、アナタ。アナタさ。私が試合してる間、どっか行ってたのよね? お茶会に誘われたって言ってたわよね? その話、聞かせてくれないかしら」
「いいよぉ。えっとねえ、僕らお茶会に呼ばれたんだからって事でみんな正装をしてねえ――」
待ってましたとばかりに語り始めた友人の話を聴きつつ尚もギッコギッコと歩き続けた私は、自分の身体の動きのぎこちなさと重苦しさよりも、身体を動かせるという喜びを強く実感していた。
【ウィラ・ウィホルト】Willa Weholt
ゲーム「ハリー・ポッター:魔法の覚醒」に登場する、ハッフルパフ生のゴースト。1908年のホグワーツ寮対抗クィディッチの最後の試合でスニッチを追いかけた末、地面に激突して死亡した。
私が「公式設定との整合性」より「何が書きたいのか」を優先したことにより、私の妄想の中ではレガ主の同級生で、辛くも死を免れた。これ(72~74話)がどうしても書きたかったの。
アルバス・ダンブルドアはきっと、ホグワーツの生徒だった頃すでに誰かの命を救っただろう。
当初の予定ではここまでが第72話に収まるはずでした。土台無理とはこの事でした。