2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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75.お静かに

 ホグワーツ城、教職員棟の上階。魔法薬や呪いの被害を受ける、もしくは授業中に失敗するなどして、さらにその影響から自力で脱せなかった者たちが校癒ノーリーン・ブレイニーに助けを乞う部屋。そこにいくつも並んだベッドの間を7年生の女子生徒が1人、ギッコギッコと歩いている。

 

「ねえ、アタシ本当に10日寝てたの?」

 

 先日行われたハッフルパフとレイブンクローの両チームによるクィディッチの試合で全速力で地面に突撃して危うく死ぬところだった7年生のウィラ・ウィホルトは、首の損傷こそ1年生のダンブルドア少年の尽力によりその場で快癒したものの、外傷を治す魔法では精神的なショックまでは回復させられないからか、試合終了以降ずっと今日まで目を醒まさずにいたのだ。

 起き上がってみたら満足に身体を動かせなかったので、彼女は今までの生活に戻るための、身体を動かす予行演習をしているのである。

 

「そうだよ。僕がアラベラちゃんとお茶会したのも10日前」

「マルフォイがお土産だって言って持ってきてくれたお菓子まだ取っといてあるけど、食べる?」

 

 いつの間にやらまた静かになったと思ったら再び眠りに落ちていたダンブルドア少年を膝に寝かせたまま、ポピーはそう言いながらウィラ・ウィホルトではなく校癒ノーリーン・ブレイニーに視線を投げる。今ここでお菓子を広げて良いのかを、無言で伺っているのだ。

「…………良いわよ。他のベッドの皆にもあげるならね――もちろんあなたはダメよギャレス! あなた腸に飛び跳ね毒キノコが生えてたんだから! まだあなたのお腹は殺菌中!」

「あなた何やらかしたのよギャレス。…………だいたい予想はつくけど……」

 ベッドとベッドの間を、癒務室を端から端まで歩こうと頑張りながらそう訊いたウィラ・ウィホルトに、ベッドの上のギャレス・ウィーズリーは予想通りの言葉を返した。

 

「久しぶりに、魔法薬の実験に、大失敗してね……いぃやーー、材料を1から吟味し直さないと」

「ギャレス生きてる?! ヘキャット先生から授業中に吐いたって聞、私、私、ごめんなさい!」

 

 血相を変えて癒務室に飛び込んでくるなりそう言ってギャレスが上体だけ起こして休息しているベッドの傍まで飛び込んでいったサチャリッサ・タグウッドの慌てようを見ながら、ポピーは今ギャレスがああして胃腸に深刻なダメージを負って療養を余儀なくされている原因が本当はギャレスではなくサチャリッサにあったのだと理解して驚きはしつつも、そんな判りきっていた真実よりも、皆には既に真実を悟られているから無意味だと理解しているだろうになぜギャレスがわざわざサチャリッサの失敗を庇おうとしたのかが気になっていた。

 

(ギャレスが魔法薬で問題起こすなんて毎日のことだけど、サチャリッサは先生たちに節度をわきまえていると思われてるから、自分が罪を被った方が話が成績評価への影響が少ないとか考えたのかな。それとも、サチャリッサがそこまで察するって解った上でサチャリッサで遊んでるのかな)

 

 妹を慰める長男みたいな笑顔のギャレスに繰り返し繰り返し謝っているサチャリッサを見ながら、「あの2人の関係性って不思議だなあ」と、一見すると品行方正なサチャリッサが問題児たるギャレスの手綱を握っているようでいて、その実ギャレスがサチャリッサに良く気を回して精神的な支えになっている魔法薬学成績1位と2位の友人たちを「恋人たち」と呼んでいいのかどうなのか、お互いの気持ちを確認しあったよねあの2人と思いながらも、ポピーは未だに悩んでいた。

 

「レシピのどこが良くなかったのかを検分するのはまた後にするかいサチャリッサ?」

「…………あなたが元気になってからにしたいわギャレス。…………本当にごめんなさい」

 

 失敗の原因に心当たりがあるのかディメンターにでも出くわしたかのようにしょげかえっているサチャリッサに、ギャレスはいつもどおりの柔らかい笑顔で話しかけて元気付け続けている。

 

「ねえウィラちゃん起きたってほんとう?」

「ウィラおねーちゃん起きたって聞いたの! ねえねえウィラおねーちゃん起きた?」

「あら、本当に起きたのねウィホルト。もちろんもう飛べるわよね?」

 

 どやどやと騒がしく癒務室に入ってきたのはスリザリンの7年生イメルダ・レイエス及びマルフォイ他スリザリンクィディッチチームの面々と、レイブンクローの1年生ヘスパー・スターキーやハッフルパフの1年生シャーロット・クランウェルを始めとする、練習を見学していた者たち。

 

「療養に10日も必要とは、ご自慢の箒が折れたのがそんなにショックだったのかウィホルト?」

「無理もないだろクラッブ。ダンブルドアのお蔭でギリギリ生き延びたんだよウィホルトの奴は。死んでても何もおかしくなかったし――第一アンタ自身『死んだ』と思っただろ。ウィホルト」

 

 スリザリンの7年生、純血家系出身でやたら美人のレストレンジにそう問いただされて、ウィラ・ウィホルトは束の間足を止め、自分が休んでいたベッドの傍に座っている同級生を見た。

 

「フィグ先生からアナタに伝言を預かってるわ」

「……ホント?! フィグ先生なんて言ってた? 背中にドラゴン描いても良いって言ってた?」

「ミリアムさんと一緒に――確か奥様だったわよね――いつも見てるって。応援してるって」

 

 ウィラ・ウィホルトにそう告げられた途端、その7年生はパッと表情を輝かせた。

 

「じゃあもう僕アルバスの背中にドラゴン描いちゃう。フィグ先生に見えるくらいおっきく!」

「ダメだよせっかくおやすみしてるんだから。ほらアナタもお菓子食べるでしょ?」

 ポピーが友人を窘めながら杖の先をクルッと回して、ローブのポケットの中から喚び出した大量のお菓子は宙を漂ってベッドの上の患者たちや周囲の見舞い客、そして校癒のマダム・ブレイニーにも配布され、特に1年生たちとスリザリンの7年生レストレンジは大喜びですぐさま食べ始めた。

 

「あのお茶会のお土産をお前が受け取るのはどうなんだレストレンジ」

「ん? なんでだいノットは食べないのかい?」

 僕もお前も招待されてあのお茶会に参加して皆のために持って帰るお土産のお菓子を見繕った側の人間だろうとノットは苦言を呈するが、レストレンジは聞く耳を持たない。

「ねえねえピューちゃんこれなあに?」

「アリホツィーのファッジ。……普通そういう質問は食べ始める前にするもんじゃないのかい?」

 自分に配られた幾つかのお菓子のうちのひとつを早速食べ始めているヘスパー・スターキーに愛称で呼ばれたピューシン・レストレンジは、ヘスパーが膝の上に座りに来たのを見て、自分に配られたお菓子を杖を振って空中に浮かせた。

 

「ねえねえあたしあのお話ききたい! おねーちゃんたちこないだお茶会行ったんでしょ?」

「ウィラちゃんが起きたらお話聞かせてくれるってヒュペくん言ってた!」

 

 シャーロット・クランウェルも同じ先輩に話しかけたので、エルファイアス・ドージにはヘスパーの言う「ヒュペくん」が誰なのかが、訊かずとも解った。

「…………お前って『ヒュペくん』だったのか。マルフォイ」

 問い正してきたエルファイアスにスリザリンの7年生、古い純血家系出身のマルフォイは言う。

「ん? そうだが。……そういえば、スリザリンの1年生にしか名乗ってなかったか?」

「スリザリンの1年生にしか名乗ってないのになんでスターキーは把握してるんだ」

「訊かれたからだ。『なんてお名前なの?』とな」

 事も無げにそう返してきたマルフォイが、今にも厭味を言いそうなスリザリンらしい顔をしているように、エルファイアスには見えている。

 

「ねえねえヒュペくんお話聞かせて」

「あたしもあたしも! ねえねえいいでしょウィラおねーちゃん起きたのよ!」

 

 マルフォイはあの日ミス・フィッグからの招待状を受け取ってお茶会に同行した友人たちに次々と視線を向けて無言で意思確認をしたが、その中に件のお茶会に甲冑姿で赴いた7年生の女生徒は含まれていなかった。

「むぅーー。なーんで気づいたんだいアルバス」

 その女生徒は明らかにこっちの話を聞いていないので、マルフォイの判断も当然と言えた。

「先輩が余計な事を思いついた時の気配がしました」

 自分が杖を向けた途端にポピーの膝からムクリと起き上がって杖を構えたダンブルドア少年に、7年生の女生徒は先ほどダンブルドア少年を泣かせた時と同じ笑顔を向けている。

 

 11歳のアルバス・ダンブルドア少年は、憮然とした態度で先輩を睨んでいる。

 

「おーや、なんだいアルバス。僕のこと好きなのかい?」

 その女生徒はダンブルドア少年に杖を向けたまま、ニヤニヤと厭らしい笑みを顔に貼り付けて「勝負しようよ」と、言外にダンブルドア少年を煽る。

「イジワルする人はキライです」

 まんまるの頬をさらに膨らませたダンブルドア少年は先輩の方を見ようともせず、なぜか楽しそうに笑っているポピー・スウィーティングにピッタリとくっついて、離れようとしない。

 しかしダンブルドア少年に杖を向けている7年生の女生徒は、尚も言葉に含ませた鋭いトゲでダンブルドア少年のまんまるの頬を楽しげに突く。

 

「僕がアルバスにイジワルしたことが一度でもあったかい?」

「…………ただの一度もありません」

 

 先輩がぶつけてくる言葉のトゲをそれで弾き返そうとしているのかと思うほどに頬を膨らませたダンブルドア少年は、最後に食べようと思って取っておいたアップルパイを目の前で食べられたかのように、その先輩を睨んだ。

 ダンブルドア少年にギュッと縋り付かれているポピーは、相変わらず嬉しそうに笑っている。

「先輩はいつもそうやって、僕に支援の手を差し伸べるためにわざわざ憎まれ役に回って、なんでそれでそんなに楽しそうなんですか。今だって、先輩が僕に気を回してくれてるって、気づいてない方もいらっしゃいますよ。きっと。そういう人たちにしてみれば先輩はあたかも――」

 

 先輩が自分にぶつけてくる発言の意図をダンブルドア少年は正しく見抜いていて、気遣いをありがたく感謝していて、しかしだからこそ不満げなのだった。

「なんだいアルバス僕なんかの事を心配してくれているのかい?」

「――『僕なんか』って、先輩が御自分を低く見積もるなんて珍し――」

 先輩ともあろうものが自分をわざと低い立場に置いて「謙遜」だなんて、それは慎ましやかでは決してなく、むしろ厭味ですらあると思ったダンブルドア少年はそこで反射的に口を噤んだ。

 いま僕は先輩ではなく自分自身を冷笑したのだと、鋭敏に察したから。

 

「……なんでそんなに僕に構うんですか先輩は」

「おやあ? アルバスは理由が必要だって言うのかい? 理由がなきゃダメなのかい?」

 

 ダンブルドア少年が、また頬を膨らませた。先輩が毎日のように自分にちょっかいをかけてくるのは善意ゆえだと理解していて、善意とは原動力であり「なぜ善意を抱いたのか」に理由など必要ないと思っているからこそ、ダンブルドア少年は先輩に何も言い返せなくなってしまった。

 毎日のように自分にちょっかいをかけてくる先輩の顔を見上げて、何か言ってやろう何か言い返してやりたいと、ダンブルドア少年は自分の心の中のイジワルな部分を撚り集めて言葉にする。

 

「……先輩のっ……チビ!!」

 

 ダンブルドア少年は、ひとの悪口を言うのがヘタクソだった。

 

「ねえ、なんでポピーはあんな嬉しそうに笑っていられるの? 口論を見せつけられてるのに」

 マルフォイにお茶会の話をしてもらっている1年生たちよりも、珍しく不満を態度で表しているダンブルドア少年よりも、レストレンジにはポピーの笑顔が疑問だった。

 口喧嘩を特等席で観戦させられてそれで愉しめるようなやつではないと、レストレンジはホグワーツの多くの生徒と同じように、ポピーに対してそんな印象を持っていた。

 

「そりゃお前、ダンブルドアのやつがアイツ以外と口喧嘩してるところ見たことあるか? 貴重なんだよ。遠慮なく口喧嘩して心の中のモヤモヤしたものをぶつけられる相手ってのはな。ダンブルドアのやつはどうも不満とかストレスとかを己の内に溜め込むきらいがあるようだからな。……つまりスウィーティングは、ダンブルドアのやつが、アイツに対してなら遠慮なく心の中のモヤモヤしたものをぶつけられると、自分の目でそう確認できたから笑ってるんだ」

 そう分析したノットの横から、サチャリッサ・タグウッドはレストレンジにまるで違う角度からポピー・スウィーティングという人物を解体してみせる。

 

「ポピーが毎日あのシャーロットとかクレアにどのくらい『かわいい』って言われてるか解る? ポピーがいつもアイツにどれだけの頻度で『かわいい』とか『大好き』って言われてるか知ってるわよね? それに愛する動物たちと毎日触れ合ってる。そりゃあ心に余裕くらいできるわよ」

 

 ノットとサチャリッサそれぞれの分析を聞いたレストレンジは、相変わらず嬉しそうな笑顔を浮かべているポピーの膝の上のダンブルドア少年から、自分の膝の上のヘスパーへと視線を移した。

 

「それ気に入ったのかいスターキー?」

「えへへへへ、ピューちゃんも食べてぇ。えへぇへへへ……」

 

 アリホツィーのファッジを食べたお蔭で笑いが止まらなくなっているヘスパーの頬に、レストレンジは暖を取るかのように両手を添えたまま離そうとしない。

 3人兄妹の末っ子であるピューシン・レストレンジにとって、1年生の小さくて可愛い後輩を膝に乗っけているという今の状況は、夢にまで見たものだった。

「どうだいノット。羨ましいだろ」

「1年生を愛玩動物とか戦利品みたいに扱うのには僕は賛同できない。本人が受け入れていても」

 羨ましくないとは、ノットは言わなかった。

 しかし、レストレンジが聞きたかったのはそんな言葉ではなかった。

 

「いや、アタシはスターキーのことが羨ましくないかって訊いてるんだけど。アタシの膝の座り心地には興味無いってのかいノット。――アタシはスウィーティングにも負けない自信があるよ?」

 

 ちょっと逡巡する様子を見せたたカンタンケラス・ノットは、眉間にシワを寄せて足元の床を睨みながら、小さな声で「言えるか」とだけ呟いたのだった。

 一方、レストレンジの膝の上のヘスパーやマルフォイの傍にピッタリくっついているシャーロットとは対照的に、ダンブルドア少年の顔には笑みなど全く無い。 

 

「――僕は先輩のおもちゃじゃありませんし、愛玩動物でもありません!」

 

 いつもいつも何から何まで助けていただいてばかりで申し訳ないのでもう結構ですという論旨の遠慮も、今ダンブルドア少年が言葉にするとそんな抗議文に変貌してしまうらしかった。

「おや。アルバスは僕がきみに『煩わされている』と、そう思うのかい?」

 目下ヘソを曲げている最中であるダンブルドア少年の言葉から、その女生徒はいとも容易く本心を探り当ててみせた。

 

「アルバス、きみが、僕に? 迷惑をかけてるって? …………こんな程度で?」

 

 全く悪びれる様子もなく、その7年生の女生徒は堂々とした笑顔で胸を張る。

 

「僕が同級生の皆に普段どれだけ迷惑をかけてるかに比べれば、きみなんか可愛いもんだろう」

「迷惑をかけてる自覚があるならきみもう少しでいいから理知的な振る舞いをしてくれないかい」

 横からそう小言を投げてよこしたオミニスに、そこにいる7年生全員が表情で同意を示した。

「せめてケンタウルスたちの前に全裸で出ていって追い回すのをやめなね。校長に苦情が来てる」

 オミニスが追加で述べたその提言に、女生徒は納得できないとでも言いたげに反論する。

 

「ケンタウルスたちはパンツ履いてなくてもいいのになんで僕だけダメなんだい」

 

 マルフォイに先日のお茶会の話をしてもらっていたシャーロットとヘスパーほか何人かの1年生たちは己が耳を疑っているが、一方で7年生たちは呆れこそすれども驚いてはいなかった。

「……きみ、それ確か去年エッセイにしてホーウィン先生に提出してたよね。『問題提起』って」

「ホーウィンのやつ表題を見た途端にもう天を仰いでたわよね。無理ないけど」

 それは7年生たちが6年生だった昨年度に、この「編入生」はこういう事を冗談で言ってるんじゃないんだと彼ら彼女らが理解させられてしまったきっかけの、数多い珍奇な事件のひとつだった。

 

「ケンタウルスたちはパンツ履いてなくてもいいのになんで僕だけダメなんだいアルバス」

 

「別にいいですよ履かなくても。ただ、それがたとえ親しい友人だろうとも尊敬する先輩だろうとも、それ以上の感情を抱いている愛しい相手だったとしても、一般的には屋外や公の場を下半身を露出して闊歩しているヒトが居たら、それを目撃した他のヒトは少なからず不快な思いをしますし、僕も先輩がそのような振る舞いをしているところを見る度に『またか』とうんざりしていますので、先輩が同級生の皆様や僕にそんな思いをさせる事を良しとするのであれば、ですが。それに先輩が下着すら身に着けずに屋外や公の場で行動するというのはいま言った通り『他者に不快な思いをさせる下卑た蛮人の行い』なので、先輩がどんな人間なのかをよく知らない他者からすれば、先輩と仲良しのご友人方まで同類の『蛮人』だと評価される事になります。ですので己の行いで先輩がご友人の皆様の評価を下げたいのなら、お好きなようになさればよろしいと僕は思います」

 

 スラスラと即答したダンブルドア少年は、明らかにご機嫌ナナメだった。

 

「ケンタウルスさんたちは彼らの文化と常識において、『装飾品』はあっても、『下半身に衣服を身につける』という事を、重要視していません。それに、我らヒトの魔法族もケンタウルスに対してはそうあるのが普通だと認識していますので、彼らが衣服を身に着けずに居ても、違和感を抱きませんし不快でもありません。彼らと比べれば僕らの方が野蛮ですよね、むしろ」

 

 そう言われてもまだ納得できていないと表情に出ている先輩に、ダンブルドア少年は更に問う。

 

「僕らヒトはケンタウルスほど賢くないので衣服を身に着けて野蛮さを覆い隠して取り繕う必要と、取り繕えると示す必要があるんです。先輩は、ケンタウルスより、賢いんですか?」

「…………ドランとエレクは僕より賢いけどドランとエレクより僕の方がかしこいもん!!」

 ダンブルドア少年の説明で納得できるが納得したくないと、その女生徒はダダをこねた。お外を裸で走り回ってケンタウルスたちを追いかけ回すのは楽しいのでその権利を放棄したくないのだ。

 

「……ウィンストンさんってお方は、こんな人にどうやって服を着せたんですかね」

 

 まだ見ぬウィンストン・チャーチルさんに教えを請いたい気分になったダンブルドア少年の視界の端、ギャレスのベッドの傍から、サチャリッサ・タグウッド先輩が助け舟を出してくれた。

「ねえアナタ」サチャリッサはその困った友人に、ニッコリ笑って提案する。「下着だってお洒落の一要素で、種類や外見だってこれから先もっともっと多様化するって私は思ってるの。なのにアナタ、着ないの? もったいないわよ楽しいのに。アナタお洒落好きでしょう?」

 

 それは、その困った7年生がホグワーツからの入学許可証を受け取るより前、14歳の時にウィンストンくんが言ったのとほとんど同じ言葉だった。

 ウィンストンくんはこの未開の友人に「衣服」という概念を教える際、なぜ必要なのか理解させるという難業を早々に諦めて「いろいろあって楽しいぞお前もどうだ」と誘う形で説得したのだ。

 

 そしてあろうことか数分じっくり悩んでから、その女生徒は答えを出す。

 

「……ポピーちゃん」

「なあに?」

「僕パンツ履く。それでね、お外でパンツ脱がない」

「かしこい」

 

 別に賢くはないだろうとマルフォイもノットも思っていたが、それを言葉にはしなかった。

 7年生たちが全員で協力して飼っているバカな大型犬にまたひとつ躾が施されたと、エルファイアスはポピー・スウィーティングに褒められたのが嬉しいらしいその先輩を見ながら思っている。

 一方、あくまでもアイツはいま僕らやダンブルドアくんに対して「譲歩」しただけで完全に納得はしていないからこれからも注意は必要だと、セバスチャン・サロウもオミニスも察していた。

 

「それでギャレスそれは何を飲んでるの」

「殺菌薬だよ。信じられないくらいマズいんだ」

 

 ベッドとベッドの間を往復してひたすら歩き続けているウィラ・ウィホルトは、アホな会話に巻き込まれずに済むための次善の策として、先程からずっとギャレスと話し込んでいた。

「私、パパとママに手紙を書かないといけないわよね」

「ガーリック先生がきみに何が起きたかを説明するために書いて送ったけど、まあそうだね。きみガーリック先生に会いに行きなよ。確かきみ宛に届いた手紙を預かってくれてるはずだから」

 

 着実に歩き方がスムーズになってきているウィラ・ウィホルトは、しかし未だ身体のあちこちに残っている動かし難さを完全に解消するべく、頑張って一歩ずつ脚を前に進めている。

「10日寝てたってのを……今! 実感してるわ。……初めての経験よ。歩き方を忘れるなんて」

「あなたそんな有り様で私たちに勝てるのかしらウィホルト? それとも助けが必要かしら?」

 ニヤリと勝ち誇ったように笑みを浮かべてそんな憎まれ口を叩いてきたイメルダ・レイエスに、ウィラ・ウィホルトは「ありがとう」とだけ返す。

 優しい言葉をかけて寄り添うのではなくわざと神経を逆撫でするような言葉をぶつけて発破をかけるやり方でしか人を励ますことができない難儀な女がこのイメルダだと、ウィラは知っていた。

 

「なによウィホルト。何その顔は。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

「アナタっておデコがカワイイわよね、イメルダ・レイエス」

 

 ウィラ・ウィホルトが放った軽口を褒め言葉とは受け取らなかったらしいイメルダはより一層攻撃的な笑顔になったが、自分が今いるのが傷病者が身体を休めるための癒務室で、静かにするという約束で訪問を許されているのだと思い出したからか、それ以上ウィラを煽ろうとはしなかった。

 

「あら。もういいのダンブルドアくん?」

「はい。すいませ――いえ、ありがとうございました。スウィーティング先輩」

 

 ずっと膝に座らせてもらっていたポピー・スウィーティングに礼を言ってから立ち上がったダンブルドア少年は、再びその先輩の顔を、正面切って見上げる。

 

「僕は、先輩には正直、日頃の感謝を伝えなければいけないという気持ちと、顔を殴ってやりたいという気持ちの両方を抱いています」

「じゃあ感謝の言葉を述べつつ僕の顔を殴ればいいんじゃないかい?」

 やれることからひとつずつ取り掛かろうとでも言ったかのように平然とした態度で、その7年生の女生徒は小さなダンブルドア少年を見下ろして笑いかける。

 

「……しゃがんであげよっか?」

「お気遣いありがとうございます!!」

 

 思いっきりジャンプしながら放たれたダンブルドア少年の丸っこい拳は、真下から正確に7年生の女生徒の顎を捉えた。

 

「良いパンチだったよダンブルドアくん。ダンブルドアくんはもっと無遠慮になっていいんだよ。もっと思いっきり自分の気持ちを出してさ。お腹すいた時のニフラーみたいにさ!」

 ダンブルドア少年にそうアドバイスしたポピーは相変わらず嬉しそうだったが、校癒たるノーリーン・ブレイニーはそうではなかった。

「暴れるならここに居させるわけにはいかないわよ、ミスター・ダンブルドア」

「すいませんマダム・ブレイニー。もうしません」

「ジャンプが低かったねえアルバス」

 顎を殴られたダメージからすぐ復活した先輩が自分を抱き上げようとしているのを敏感に察知してスルリとその両腕から逃れたダンブルドア少年はマルフォイ先輩の傍に行こうとして、ちょうど隣に来ていたウィラ・ウィホルトと目が合った。

 

「もう、お体はよろしいんですか。ウィホルト先輩」

「あなたのお蔭よダンブルドアくん。あなたは命の恩人。ありがとう」

 

 どういたしましてと返せるほど、ダンブルドア少年は自分があの時に採った行動を高く評価できていなかった。ウィホルト先輩が10日も目を醒まさなかったのも、それによって今こうして身体の動かし方を思い出して凝り固まった筋肉を解す必要が生まれているのも偏に自分の不充分な知識と半端な腕前による不完全な治療が原因だと、ダンブルドア少年は事ここに至ってもまだそう思い込んで心の中で反省し続けていた。

 

 その頑なな在り方は、もはや妄執的とすら言えた。

 

「つかまえた! アルバス抱っこさせてね! 僕いまアルバスを抱っこしたいから!」

 

 拒否も受諾もせず、ダンブルドア少年は無の表情のままその先輩に抱き上げられる。

「さーぁウィラも起きたことだし! 今日はこれから何して遊ぼっかアルバス!」

 抵抗は無意味だと理解しているダンブルドア少年は、観念して笑顔になった。

「今日中に終わらせるべき宿題とか残ってたりしないんですね?」

「しません!! どうだすごいだろう!」

 

 ヒトというものは楽しくて嬉しいから笑顔を浮かべるのでもあるけれど、まず笑顔を作って、それによって後付けで楽しさや嬉しさが湧いてきたりもするのかもしれないと、ダンブルドア少年が迅速に作った笑顔が1分足らずで楽しそうな顔に変わったのを眺めながらポピーは思っていた。

 

 




 
「『医者』なんて居ないよ。『癒者』ならいるけど」という原作のセリフにあるように、魔法界では他者の怪我や病気を治すことを職務としている者を「癒者」と呼称します。
 にも関わらずホグワーツに居る専属の癒者マダム・ポンフリーは「校医」であり、マダム・ポンフリーの仕事部屋は「医務室」です。
 しっくり来ないので「校癒」「癒務室」に統一することにしました(厄介オタク)

 今回の予定だったアラベラちゃんとのお茶会の様子は次回ですね。何故か。

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