2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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77.タンポポゴボウを飲みながら

「じゃあ、それがその『アラベラちゃん』に貰ったやつなんですね。ここのところずっと付けてるから何かと思ってました」

 ホグワーツの城内から出てすぐ、普段は飛行訓練の授業が行われている芝の上。9月下旬だというのにずいぶん強烈な陽光にジリジリと肌を焼かれながら、11歳のアルバス・ダンブルドア少年は隣で自分と同じように芝生に直接腰を下ろしている7年生の先輩にそう確認した。

 

「もう大丈夫そうね。それじゃ、お大事に」という、校癒ノーリーン・ブレイニーからの遠回しな退去勧告を受けて看病してもらったお礼など言いつつ皆揃って共にホグワーツの癒務室から退散した一同は、季節外れの直射日光が降り注ぐ「飛行訓練の芝地」に、さっそく飛びたいと言い張って聞かないウィラ・ウィホルトに帯同してやってきたのだった。

 

「そだよ。帰る直前にアラベラが僕にくれたの。手作りの『マーリンくんしょう』だってさ」

 布やらリボンやらを頑張って組み合わせて作ったらしい、その拙い出来栄えのぐんにゃりした勲章には、精一杯丁寧に書いたのだろう、子供のそれと判る字で「くん1とう」と書かれている。

 

「本物のマーリン勲章よりそっちの方がよっぽど価値があるんじゃないか?」

 

 自分の箒を地面のすぐ上に滞空させて椅子代わりにしながらそんな言葉を投げかけたスリザリンの7年生、純血を標榜する古い家系の嫡男でもある白に近い金髪を全て後ろに流しているマルフォイは、借りた箒に跨って試しに飛んでみているウィラ・ウィホルトを、興味なさげに眺めている。

 

「父上が以前、さる魔法省の高官どのから――具体的に誰なのかは教えていただけなかったが――『長年に亘る多額の寄付を讃える』などという理由でマーリン勲章を『授与されそうになった』と憤ってらっしゃったぞ。カネで勲章を販売しているに等しい行いだと気づかんのか、と」

 

「名誉と権益の区別がつかなくなった老いぼれ共のやぁーりそうなことだ…………」

 

 マルフォイが椅子代わりにしている箒の真下で芝生に寝そべっている同じくスリザリンで同じく純血家系のノットが、自分とマルフォイのすぐ右隣で7年生の女生徒に頬を引っ張られているダンブルドア少年の横顔をぼんやり見ながら、そう感想を述べた。

 

「グレイシアス」

 

 まだ夏だったかと錯覚してしまいそうな暑さの中、ノットは芝生に寝転がって空を見上げたまま、めんどくさそうに杖を振って自分たちの周りを「凍結呪文」の冷気で包んだ。

「ノットてんさい。涼しーぃ……」

 暑さに行動力を溶かされているノットの傍に寄ってきて芝生に座り込んだものすごい美人のスリザリン生レストレンジは、そう言葉を漏らしながらノットの頭を自分の太ももの上に乗せた。

 

「あダメだもう冷気が散った。だいたいのものを凍らせる呪文でも、弱めにやったらこんなもんか……まあ普通にやったら涼むどころか……単なる凍傷で済めばマシなほうだしな……」

 

 ダンブルドア少年を力ずくで膝に座らせた7年生の女生徒は、空を飛んでいるウィラ・ウィホルトを見上げながら、地上スレスレに浮かせた箒を椅子代わりにしているマルフォイとその真下で芝生に寝そべっているノット、そしてそのノットに膝枕しているレストレンジという互いの精神的な距離の近さが寛ぎ方に表れているスリザリン生3人のすぐ横で呻くようにそう言った後、どこからともなく焦げ跡だらけの旅行カバンを取り出した。

 

「エリエザー……出てきてー。ちょっと涼しくして~……」

〈何を用意できる〉

「えっ、えっとえっとねドラゴンのお肉がまだちょっと残ってるよ……?」

〈人間、生き肝。若い女。10人分。魂付き〉

 

 宿題は済んだのかと訊かれたような苦々しい顔になった先輩を、ダンブルドア少年が訝しむ。

「エリエザーさんは何と仰ってたんですか先輩?」

「……天気変えてほしかったら女の子10人生贄によこせって。……アイツいま機嫌悪いみたい」

「それ『我慢しろそのくらい』って意味じゃあないんですか。どうにかするなら自力でやれって」

 ダンブルドア少年に窘められて、その女生徒は呻きながら杖を振った。

 

「むい~むいむいむいむい…………ぽんぽこぽこぽこメテオロジンクス~」

 

 暑さにやる気を減退させられている友人たちにつられて自分まで活動意欲が無くなっているらしいその女生徒は気の抜ける掛け声とともにダラダラと杖を振り、「気象呪い」を極めて小規模に行使することで自分たちの頭の数メートルほど上に厚めの雲を創り出した。

 

「日陰」

 

 それだけ言ってべっちゃりと芝生に仰向けに倒れた女生徒は、視界の中央、自分が今出現させたばかりの雲の切れ間の向こうで1人だけ元気いっぱいな同級生に、やる気を総動員してどうにか出した大声で呼びかけた。

「ウィーぃラぁー! どーおーその箒ー! ウィラさえ良ければあげるよー!」

 持ってない製品を見つけると買いたくなるのでたくさん所有している箒の中からとりあえず試用してみてもらっている、ウィラ・ウィホルトが以前使用していたものと同じ「ムーントリマー」は、モノは同一でも、ウィラが以前使っていた数多い損傷と劣化で朽ちかけだったそれにはあった「ウィラ・ウィホルト独自の魔法による改善」が無いために、ウィラの主観では、やっぱりあの箒に代わるものはなかなか見つからない、というか見つかるはずが無いと、いくらか気分が沈んでしまうくらいには違和感を覚える使い心地だった。

 

 しかしその原因が自己流の魔法による独自改善である以上、それは新品を買うのなら如何なるメーカーのどれだけ優れた逸品を入手しようとも避けては通れない障壁であり、そんな理由で選り好みしていてはいつまで経ってもどの箒にするか決められないと、そんなのはこだわりではなく幼稚なワガママだと、ウィラ・ウィホルト自身が一番良く解っていた。

 

 第一、今まで使っていたあの箒をパパに買ってもらった時もそうだったのだ。また一から「自分の箒」に、前よりもっと良い魔法をかけて、前よりもっと優れた箒に、すれば良いだけの話だ。

 だからウィラ・ウィホルトは、箒に跨っている自分の脚と腰とお尻や箒の柄を掴んでいる両手が陳情してくる数多い違和感を「問題なし」と突き返して、眼下の友人にそう返答する。

 

「最高!」

 

 それは箒の乗り心地というよりは、再び空を飛べるという端的な事実に対する感想だった。

 

「そーお? だったらそれあげるよー!」

 言うと思っていたその友人からの提案に、ウィラ・ウィホルトは「ダメ! 支払わせて!」と断固とした口調で返す。気のおけない友人だからこそ、その関係性に甘えてはいけないとウィラ・ウィホルトは考えていた。そうしなければいずれ金銭が原因で「気のおけない友人ではなくなってしまうから」という、それは以前に両親から受けた忠告だった。

「んぇ~? 別にいいのにーぃ。ていうかそれ、いくらで買ったのかなんて覚えてないよ?」

「それじゃ困るのよ。はやく思い出さないと身体で支払うわよ!」

 ずいぶん思いきった脅し文句をぶつけながら地上に降りてきたウィラ・ウィホルトは、芝生でべっちゃりしていた友人たち、特に寝っ転がっているその女生徒とレストレンジに膝枕されているノットに「だらしないわよせめて座りなさい」と発破をかけた。

 

「そう言うアンタは10日も寝てたじゃないかウィホルト」

「それ、毎朝ピンチ=スメドリーの奴に起こしてもらってるお姫様が言えたこと?」

 

 挑戦的な軽口を叩き合うのも7年生の先輩たちの仲の良さの現れなのだろうと、ダンブルドア少年は先輩が創り出した雲の隙間から差し込む直射日光に焼かれながら思っていた。

 

「グレイシアス」

 

 ノットがまた杖を振り、その場の皆が数秒だけ爽やかな冷涼感を堪能した。

「だめだ思い出せない。ねえウィラ、じゃあ今から僕らに『三本の箒』奢って」

「…………いいでしょう。じゃ早速行くわよ」

 自分が今いくら貯金しているのかに思いを馳せてから、ウィラ・ウィホルトは了承した。

「わかった。――ちょっとお散歩しようか」

 7年生の女生徒はカバンの中から吐き出すように1頭のセストラルを出現させて、レストレンジにどこからともなく追加で取り出した箒を渡す。

 

「僕には箒を貸してくれないのか?」

「んえ? マルフォイかレストレンジと一緒に乗ればいいだろう? ほらおいでアルバス!」

 

 そしてまたダンブルドア少年が有無を言わさず捕獲され、マルフォイに無言で促されたノットはレストレンジが跨っている箒の後ろに乗せてもらう。

 

「何を遠慮してんだいノット。アタシにしがみつきなよ転落したいのかい」

 

 ノットが勇気を出すのには10秒近くかかったので、最終的にはレストレンジがノットの両腕を手探りで掴んで無理やりしっかりと自分の腰を抱かせたのだった。

 

「レストレンジお前、やっぱり体温がやたら高いな」

「黙りな舌に噛みつくよ」

「どうだいアルバス、セプルクリアは。かわいいだろう?」

 

 どうだいと訊かれても他のセストラルたちと大して違うようには見えないダンブルドア少年がふさわしい感想をひねり出すより早く、一同はあっという間にホグズミードまで到着した。

 

「こんちはシローナお姐さま!」

「おやいらっしゃい。何にする?」

 

 ホグズミードという村の象徴ですらある有名店、ホグズミードの住人たちも村を訪れた旅行者たちもホグワーツから来た学生や教職員たちも皆が愛する酒場兼宿屋の「三本の箒」は、その日も何組もの客が店内の賑やかさや暖かな雰囲気の形成に一役買っており、さらにその中に突入してきたホグワーツ生たちを率いている生徒が誰なのかに気づいて、店内は一層賑やかさを増した。

「お、誰かと思えばルックウッドとランロクとハーロウをやっつけてくれた我らが英雄!」

「あそういうあなたはトラバースのおっちゃん! こんちは! またお店寄るね!」

 隅のテーブルから声をかけてきた男性に元気よく挨拶してから、その7年生の女生徒は空いていたカウンターの席に座り、連れられてきた他の皆もそれに続いた。

 

「アルバス僕の隣ね! シローナお姐さま僕バタービール飲みたい!」

「ノンアルコールの方なら呑ませてあげる」

「えっなんでよ僕お酒飲むもん!」

「アンタすーぐ酔っ払うくせに止めどなく飲みたがるじゃないか。だからあとはもう帰って寝りゃ良いって時間帯にしか飲ませてやらないよ」

 

 抗議は受け入れてもらえないと理解しつつも頬を膨らませて不平を訴えている女生徒を横目に、ダンブルドア少年も飲みたいものと食べたいものを注文する。

 

「僕はタンポポゴボウと…………何か果物が食べたいです」

「じゃあスモモ飛行船のタルトとかどうだい? 食べる? よしきた待ってな。タンポポゴボウは炭酸入りにするかい? ああ、炭酸入りじゃないやつな。わかった。――お前さんたちは?」

「バタービール!」

 店主シローナ・ライアンの問いかけにノットとマルフォイが揃ってそう返答し、レストレンジだけが「アタシはシードルが飲みたい」と別な飲料を注文した。

 

 そして数分にも満たないほんの少しの待ち時間だけで注文の品が全員の目の前に置かれ、7年生の女生徒の「やったあ!」という声を合図に一同は一斉に飲み物を口に運ぶ。

「シローナさん、タンポポゴボウおいしいです。ありがとうございます」

 グラスを両手で抱えてイギリス伝統の飲料を味わっているダンブルドア少年を見ながら、隣の席の女生徒はアルバスが持つとグラスがすっごく大きく見えるなあと、その1年生の男の子の小ささに改めて気付かされていた。

 

「アルバスが持つとグラスがすっごく大きく見えるねえ」

「今に背が伸びる予定なので僕はそんなこと言われても全然平気ですからね」

 

 ツンと撥ねつけるようなことを言ってそっぽ向いてしまったダンブルドア少年のまんまるのほっぺたを、その女生徒は興味深げに見つめている。

「シローナお姐さま僕ふわふわのパンが食べたい」

「はいはいちょっと待ってな良い子だから」

 ダンブルドア少年の頬から一切目を離さずに追加注文した女生徒は、今にもダンブルドア少年の頬に噛みつきそうで、じわじわと接近しているその女生徒の大きく開けた口は、今やダンブルドア少年の頬に歯が接触しそうな距離にあった。

 ダンブルドア少年のほっぺたを齧ろうとしているその女生徒のうなじを、隣の席からウィラ・ウィホルトがバタービールをぐいっともう一口呷りつつ見つめている。

 

「み゙ゃオぅ何するんだいウィラ!!」

「痛い何するんですか先輩!」

「舐めたくなるうなじしてるアナタに責任があると思うのよね」

 

 早くもバタービールで酔いつつあるウィラにうなじを舐められた拍子に女生徒はダンブルドア少年の頬に噛みついてしまい、妙な連鎖を起こした3人はお互いの顔を見てビックリしている。

「ウィラいま僕のこと食べようとした……?」

「先輩いま僕のこと食べようとしましたよね?」

 ダンブルドア少年は頬に噛みついてきた先輩を警戒し、ダンブルドア少年に噛みついた女生徒はウィラ・ウィホルトに困惑の視線を向けている。

 

「食べるからじっとしてなさい」

「食べないでくれると嬉しいんだよね…………」

 

 またバタービールをぐいっと一口飲んだウィラ・ウィホルトは、軽食を欲していた。

 

「ダンブルドアくんが食べてるの見てたらアタシもスモモ飛行船のタルト食べたくなってきたな。ごめんシローナ・ライアン、アップルパイひとつくれないかい!」

「あんた今スモモ飛行船のタルトが食べたくなったんじゃないのピューシン・レストレンジ」

 

 気ままさに呆れはしつつも、シローナ・ライアンは追加注文を受け付けてくれた。

「レストレンジの発言の前後がまるで繋がってないのはいつもの事ですよ」

「こいつの中では繋がってるんですよこれでも」

 左側から続けざまにそんなことを言ってきたノットとマルフォイに、レストレンジはシードルを一気にグラスの半分までガブリと飲んでから抗議の声を上げる。

 

「なんだい2人してアタシのことをそんなバカな子みたいに」

「シードルおいしいかレストレンジ」

「すごいおいしい。まるでリンゴみたい」

 

 レストレンジったらこの子こんな言いくるめられ易くて大丈夫なんだろうかと心配してしまっているシローナ・ライアンをよそに、ホグワーツから来た6名は飲み物やら食べ物やら友人の挙動やらを楽しみながら、いつものように会話に花を咲かせている。

「ねえねえアルバスはヒッポカンポスしってる?」

「下半身が魚のそれになってる馬みたいな水棲の魔法生物ですよね。それがどうかしました?」

「ちぇー、知ってたかぁ。えっとね、えっとねじゃあじゃあクラゾメナイオスは知ってる?」

 ダンブルドア少年が今度は「なんですそれ」と期待通りの反応を示してくれたことで、その女生徒はパッと表情を輝かせてから、ダンブルドア少年越しに「僕が説明したいんだからね」と、スリザリンの3名に視線で忠告した。

 

「むかーしのトルコのイズミルらへんにあったクラゾメナイって都市に現れてね。畑を荒らしてた困ったやつなのさ。フス・クラゾメナイオス。『Ὑς Κλαζομεναιος』、翼のあるイノシシ」

 

 見たことがあると、ダンブルドア少年は説明されて始めて気づいた。

 

「それってあのホグワーツの色んなところに彫刻が――」

「そ。ホグワーツの象徴も有翼猪だね。ロウェナ・レイブンクローその人の夢に現れて、湖のほとりにある森の傍のきれいな土地に導いてくれた翼の生えたイボイノシシ。ここ夢で見た場所じゃんってなったレイブンクローの勧めとか、その場所で『憂いの篩』を見つけたこととか色々重なって、ホグワーツ魔法魔術学校は今の場所に建てられたんだ。ってピーブズが教えてくれたんだ」

 

 最後に付け足された余計な一言のせいで一気に信憑性が地に落ちた先輩の情報をどこまで真面目に聴いて良いのか、悩んだダンブルドア少年は結局このあと城に戻ってから先生方やゴーストなど複数人にホグワーツ創設時の逸話を訊いて周ることになる。

 

「それ、まだ居るんだったかしら。そのクラゾメナイオス」

 ウィラ・ウィホルトの問いかけに、その女生徒は以前ポピーちゃんと2人で調べた情報を思い出しながら答える。

「トルコにはまだ辛うじて少数が生き残ってるらしいけど、イギリスにはもう居ないはずだよ。誰かがこっそり持ち込んでなければね。オリーブが好物なんだってさ」

「そういやクラゾメナイって都市はオリーブが名産品だったと本に書いてたな…………」

 マルフォイが飲み干したグラスを手にバタービールをおかわりしながらそう呟くのを聞いたレストレンジが「オリーブが食べたくなってきたな」と小さな声で口走ったのを聞き取って、隣の席のノットがバタービールを口に運ぶ手を止めてまで呆れている。

 

「シンプルなシステムで稼働してるなお前ってやつは……」

「なんだいノットおいしいだろオリーブ。ねえマダム・シローナ、オリーブ食べたい」

「カワイイやつだねあんたって子は……」

 

 注文を受けたマダム・シローナが呆けてしまうほどにすっとぼけた言動をしているレストレンジもまた、シードルで既に酔っ払い始めていた。

 一方ダンブルドア少年は、スモモ飛行船のタルトを食べ進めつつタンポポゴボウもグラスの半分くらいまで飲み進めて、大事そうに両手で持っていたグラスを一旦カウンターに置いた。

 

「ホグワーツの象徴なのに、イギリスにはもう居ないんですね」

「そりゃまあ、ホグワーツの象徴だからね。居たら飼ってるだろうねホグワーツで」

 

 今きたばかりのパンをもう1個食べ終えてしまった先輩が事も無げにそう言いながらまたノンアルコールのバタービールをガブリと一口飲んだのを見て、ダンブルドア少年は呟く。

「もうどこにも1匹も居なくなってしまった魔法生物って、たぶんたくさんいるんでしょうね」

「それ、去年ホーウィンが授業で話してたよな。覚えてるかレストレンジ?」

「ぷやマまモいとかのことだろ? おぼえてるよマルひょイ」

 呂律が回っていないレストレンジが自分で空にしたばかりのグラスをなおも傾けて無を飲む様を、ノットが隣から含み笑いをしつつ観察している。

 

「……レストレンジ先輩は今なんて?」

 またスモモ飛行船のタルトを一口かじったダンブルドア少年が隣の先輩に訊く。

「わかんない。去年ホーウィン先生の授業で習った中で僕がいま思い出せるのはラマッスとかバニップとかミルメコレオとかオピオタウロスとか…………あとはねぇなんだっけ」

「ラマッスってなんです?」

「翼が生えてておじさんの顔してる牛だよアルバス。大昔のアナトリアらへんに居たんだって」

 

 ダンブルドア少年は両手でグラスを持って、やっとタンポポゴボウを飲み干した。

 

「絶滅したと僕らが認識できている生き物より、存在したとすら認識されないまま消えていった生き物の方が多いですよねたぶん。でも、密猟者が何をしてるかとか見聞きしてると、ヒトに見つからなかったってのはむしろ幸運なんじゃないかとすら思ってしまいます」

「しわしわ角スノーカックってホントに居るのかなぁ」

 バタービールを飲み干してしまった空のグラスをぼんやり眺めながらすっとぼけたことを口走った7年生の女生徒の頬を、ダンブルドア少年は強めに抓った。

「僕の話きいてましたか先輩? なんですそのしわしわ角スノーカックって」

 

 その単語に、溶け始めているレストレンジを介抱していたノットとマルフォイが反応する。

 

「それ、ラブグッドのやつが『こんど絵本に描くんだ』とかなんとか言ってたやつじゃないか。あいつが考えた架空の生き物だろ?」

 空のグラスを取り上げられたことにも気づかず無を傾けて無を飲んでいる上「おいしいねえ」とか何とかグニャグニャ呟いているレストレンジが床に滴っていかないように支えながらそう言ったノットに、7年生の女生徒はパンを食べ終えた勢いのままに反論する。

「でもラブグッドくんが言ってた『透明な透明の本』はホントにあったし『ササボンサム』はホントに居たじゃん。きみら信じてなかったけどさ」

 

「それはそうだが……ラブグッドのやつ『創作のために自分で考え出したもの』と『既知の現実の事物』を区別せずに語るもんだから、全部創作に聞こえてくるんだよ……どこまでが何なのやら」

 

 去年を最後にホグワーツから卒業していった1学年上のレイブンクローの先輩ラブグッドくんは、在学中ずっと「宇宙が英語喋れたらこんな感じだろうな」ともっぱらの評判だった。

 整った外見をしているのが、奇妙さと神秘的な不思議さを助長していた。

 

「アタシあのヒトに『きみはナーグルみたいで素敵だね』って言われたことあるよ」

「『素敵だね』って付属してるだけいいだろそれは。褒められてるのは判るんだから。僕はクィディッチの試合の後で『きみってブリバリング・ハムディンガーみたいだね』って言われたぞ。まったく、『皆様当然御存知の』みたいな言い方されても知らんからわからんというのに」

 自分たちのひとつ上の先輩ラブグッドくんに言われた謎の形容を思い出しているらしいレストレンジとマルフォイをじっくり観察してから、バタービールの残りを飲み干して、ノットは言った。

 

「ナーグルってのは賢そうでブリバリング・ハムディンガーってのは大雑把な性格なんだろうな」

 

「いまアタシのことバカにしたろノット」

「お前いま僕のこと神経質なやつだって言ったなノット」 

 

「ラブグッドくんに膝枕してもらうとすぐ眠れるんだよね」

 スリザリンの皆さんとは違って1人だけ懐かしそうにしている先輩を見ながら、ダンブルドア少年は、なんとなくラブグッド先輩という人がどんな人物なのか想像できるような気がしていた。

「ラブグッドくんて神秘部で何してるんだろうな。何回訊いても研究の内容だけはさっぱり教えてくんないんだよな」

 

 そう言い終えた女生徒は急に静かになり、バタービールをおかわりしたいと動作だけで示した。

 

「プロテゴ!」

 

「ジェミニオっ、ちぇー。なんで防いじゃうんだいアルバス」

「身の危険を感じました。先輩いま僕の人数を増やそうとしたでしょう」

 また妙なこと思いついた7年生の女生徒よりも一瞬早く杖を振ったダンブルドア少年はそう言い当てつつもまだ杖をしまおうとせず、何考えてるやらわからない先輩に最大限の警戒をしている。

 

「店の中で暴れるんじゃないよ」

 

 シローナ・ライアンがそう警告しながらカウンター越しに、おかわりのバタービールのグラスで7年生の女生徒の頭頂部を小突く。

「すいませんマダム・シローナ」

 先輩の代わりに謝罪したダンブルドア少年の方を見て、マダム・シローナはニッコリ笑う。

「お前さんはいいんだよ正当防衛だろう。しかし、もう盾の呪文が使えるとはね。すごいじゃないか! お前さん、名前はなんて言うんだい?」

 

「ぼくはダンブルドアです。アルバス・ダンブルドア。11歳で、グリフィンドールの1年生です」

「これはご丁寧にどーも。私はシローナ・ライアン。見ての通りこの『三本の箒』で呑んだくれ共を呑んだくれさせたり食いしん坊どもを太らせたりしてる。よろしくミスター・ダンブルドア」

 

 シローナ・ライアンはこの時、「ああ、あのパーシバル・ダンブルドアの」とすぐに去年の日刊予言者新聞の記事を思い出していたが、そんな明らかに話したくないであろう内容をわざわざ本当なのかとか確認せずにいられないようでは、酒場の店主などやっていけるはずもなかった。

 しかしダンブルドア少年は持ち前の察しの良さでそんなシローナ・ライアンの気遣いまで全て見透かして、行く手に先回りするかのような迅速さでほんのわずかに気分を沈ませてしまう。

 

(父さんはそんなつもりであんな事をしたんじゃないのに)

「シローナお姐さま僕あの向こうのおっちゃんが食べてるやつ食べてみたい!」

「横から手を伸ばして食べる前にそれが言えてエラい。お前さん進歩している」

 

 賢いダンブルドア少年はその短い会話を聞くだけで、恐らくは去年までそうしていたのだろう、この7年生の困った先輩が「三本の箒」などで従来はどのような振る舞いをしていたのかを見たかのように想像できてしまい、丸一日身を粉にして働いてヘトヘトになって帰宅したら愛犬が部屋中グッチャグチャに荒らし尽くしていたみたいな顔をして、大きな大きなため息を吐き出した。

 

「ひとのものを勝手に食べてたんですか? 他の人が注文してその人に配膳された他人の食べ物を? 無断で? 先輩は野ネズミなんですか? それともカラスか何かですか?」

「僕はワタリガラスだよ。知ってるでしょアルバス!」

 

 ダンブルドア少年の言わんとしていることを理解しているのかいないのか、その女生徒は追加のバタービールをガブリと一口飲むと心底から嬉しそうな笑顔になって、ダンブルドア少年を見る。

 

「口の周り泡だらけですよ先輩。アラベラちゃん手作りの『マーリンくんしょう』を授与してもらったんですから、それにふさわしい振る舞いをしてくださいラックレス卿」

 

 保護者かのようにそう言って杖を振り、「テルジオ!」と正確に唱えたダンブルドア少年の清拭呪文は十全に発動し、その先輩の口の周りからバタービールの泡をきれいに拭い去った。

 

「ありがとアルバス。あ、ぼくちょっとおトイレ行ってきていい?」

「いいですけど先輩ひとりでおトイレできます?」

「できるよ! 僕のこと何歳だと思ってるのさ!」

 

 思いっきり頬を膨らませてプンスカ腹を立てながら店の奥へと歩き去っていったホグズミードの商店主仲間でもある7年生の女生徒の背中を眺めながら、レストレンジの「シーろるおかぁり!」という追加注文を突っぱねたシローナ・ライアンは、はたと気づいてそれを声に出した。

 

「あの子この店のトイレの場所知ってたっけ」 

「…………あ、帰って来ましたね……まったくもう先輩は……」

 

 




 
「いくらで買ったのかなんて覚えてない」
 ホグワーツレガシー本編では金銭は「ゴールド」なる単位で統一されており、ガリオンシックルクヌートは全て会話や文章内で言及されるのみに留まる。
(ゴールドとやらのアイコン自体はガリオン金貨のそれ)
 1ガリオンが17シックルで1シックルは29クヌートという公式設定のレートをゲームに導入したら面倒くせえなんてもんじゃないのは火を見るより明らかなのでこの処置も当然だと言える。
 そしてムーントリマーは(その店の他の箒と同じく)600ゴールドなので、これをまんま600ガリオンだとすると単純比較でもファイアボルトの倍の値段になるのでありえないと私は思う。
 なのでレガ主は「いくらで買ったのかなんて覚えてない」。

Q.タンポポゴボウってなんだよ
A.イギリスに昔からあるタンポポとゴボウのドリンク。19世紀末に炭酸飲料になった。

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