2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「似合ってるわよポピー」
「これ、これホントなのサチャリッサ?! ねえこの服ホント? ……私のこと騙してない?」
利用者2名の要望を汲んで今は衣装部屋の様相を呈しているホグワーツ城8階の「必要の部屋」で、友人の熱意に押し流されて、なすがままに提案された衣装に袖を通してしまったポピー・スウィーティングは全面がまるごと鏡になっている目の前の壁に映った自分の姿を見ながら、今また周囲にギッシリと収納されている晴れ舞台用のきらびやかなドレスやら日常で着用すると思われる落ち着いたデザインの衣服やらを見繕い始めているサチャリッサ・タグウッドを問いただした。
「私はアナタのことを騙しているけれど、アナタそれとっても似合ってるわよポピー。もう最高」
「それどっちの意味?! ねえつまりどっちの意味?? これ、こんな、……脚がぁ……」
この時代、婦女子が脚を露出するというのは、特に足首より上を大きく露出するというのは、考えられないほど大胆で恥知らずな行いであり、あまつさえそれを「お洒落」などとは、とても言えなかったし、そんな発想をする者も皆無と言ってよかった。
仮にうら若き乙女が脚を大きく露出する服装で往来を歩けば、それは男たちの情熱的な視線を集めるどころか、正気を無くしたと判断されて速やかに警察の仕事を増やす結果になっただろう。
「こんな丈の短すぎるスカートどういう場面で何考えて履くのぉサチャリッサぁ……?! それにこの下履き、これ脚が丸出しじゃない……何このホントに本当の必要最低限しか隠れない肌着ぃ」
しかしそれはマグル社会での話であり、さらにこの年のホグワーツには、時代を超越するほどの先見の明をもって道を切り拓き歴史に名を残す女子生徒が1人、7年生として在籍していた。
「あと100年もすればそのくらいの丈のスカートも、その下着も、別に普通になるわよ」
「だとしても今はそれより100年も前なの! まだずっと先ぃ!」
後に蛙チョコレートのカードになり、墓碑に「世界をより美しくした」とまで書かれるサチャリッサ・タグウッドは、まだホグワーツに在学していたこの頃すでに、それどころかさらに何年も前から、美容こそが自分の目指す分野であり私は全ての悩める女の子たちをとびっきり輝かせるのだと心に決めて、そのための知識と技術とセンスを磨いていたのだった。
それには肌や髪の手入れや化粧だけでなく、服装や日常における振る舞いなども含まれていた。
「あんまり激しく動くとお尻が見えるわよポピー。お淑やかにしてなさい」
ポピーが大慌てでその太ももすらロクに隠してくれない丈のスカートの裾を手で抑えたが、サチャリッサはポピーがどれほどの羞恥心に苛まれているかなど、一切気にしていない。
「この丈ならむしろ、パニエとかクリノリンみたいな骨組み仕込むよりも、ペチコートみたいなものを重ねて履く方が賢明かしらね。ちょっと試してみましょう」
サチャリッサがそう呟いてから杖を一振りすると、ポピーが履かされている丈の短いスカートがまるで春の優しい風でもはらんだかのように劇的にふんわりした。
「どうポピー? ペチコート重くないかしら?」
「恥ずかしすぎて気持ちが重い、かな…………」
今のポピーに思いつく精一杯の洒落にも、サチャリッサは特に反応してくれない。
「ペチコートをもっともっと薄い布にして、もっとフリルたっぷりにして……それで重ねる枚数を増やす…………こんなものかしらね。それで、――ちょっとポピー杖を構えてくれるかしら」
「はい……」
とりあえず男の子たちには誰も入って来ないでほしいと、ポピーはそれだけを願っていた。もしそんなことが起きたらもうお嫁に行けなくなると、普段なら一切考えないそんな懸念を、この時のポピーはあまりの羞恥心ゆえに抱いていた。
必要の部屋はそんなポピーの内心の要望を聞き入れて部屋全体が人知れず、一時的に男子禁制になったが、それでも数人の男の子たちは「必要の部屋がポピーの要望を聞き入れたので」例外的にこの「必要の部屋」への入室が可能なままだった。
(あ、でもオミニスは別にいいかな……オミニス相手でも恥ずかしいのは恥ずかしいけど……あとダンブルドアくんも別に…………あとは……ギャレスは……うーん……?)
ギャレスには今の服装を見られてもいいかダメかをポピーが悩んでいる間に、サチャリッサはポピーの杖の先に大きめのハート型の赤い造形物を取り付け、ポピーに着せている服のあちこちに装飾を追加し、袖やら襟やらにフリルを足していく。
「あとは髪ね。やっぱり服がハッフルパフの色なんだしそれに合わせてヒマワリとかどうかしら」
サチャリッサはポピーの頭部に向けた杖の先を気軽にクルリと回してポピーの髪にアレンジを施し、自分が着ているローブのポケットから取り出した一輪のヒマワリをポピーの頭に挿した。
「あら、茎が余計だったわね」
サチャリッサはポピーの頭に挿したヒマワリの茎を魔法で縮め、「こんなものかしら」と呟く。
「足元は…………革のブーツとかどうかしら。これは暗めのブラウンにして、それでもっと、膝が隠れるくらいに長く――よし。これでどうかしらポピー」
「どうって今ならわたし顔から火を吹けそうだよ?」
一面すべて鏡になっている前方の壁に映った自分の姿を見てモジモジしているポピーに、サチャリッサはあろうことかピシャリと喝を入れる。
「堂々としなさいポピー・スウィーティング。無理やりにでも自分に自信を持ちなさい。根拠なんか無くてもいいけれど、アナタは羨ましいくらい可愛いんだから。自信を持ちなさい。いいわね? 女が美人かどうかはそれで決まるんだから。――いいわね?」
有無を言わさぬ剣幕で迫られて、ポピーは「わかりました」と答えるしかなかった。
自分の専門分野を探求している間は周りが見えなくなるところとかサチャリッサってギャレスにそっくりだよねと、ポピーは生き物に接している時の自分を棚に上げてそう思っていた。
「ねーえー、このドレスとかポピーに似合うと思――あら、あなた夢みたいねポピー」
「見ないで…………見ないでアン……」
カーテンかのようにギッシリ並んだ衣装をかき分けて部屋の奥から姿を現したスリザリンのアン・サロウが自分の姿を見た瞬間目を丸くしたので、ポピーはアンが今の一瞬でどれだけ慎重に言葉を選んだのかを察してしまい、またしても両手で太ももを隠そうと激しくモジモジした。
「大胆過ぎて正直ビックリしちゃったけど、改めて見るとめちゃくちゃ可愛いわよポピー。あなたっていつも可愛いけど、その服装のお蔭でさらにより一層」
アンはそう言いながらポピーの傍まで来て、サチャリッサが着せたのだから狂気の産物ではなく革新的なのだろうその思い切りの良い大胆な服装をまじまじと観察している。
「………ねえ、鎖骨と肩も出してみるのはどうかしらポピー」
提案するだけしてみたサチャリッサは、しかしポピーの頬と両目が懇願するかのようにぷるぷると震え始めているのを見て、顧客の意を汲んで自分を抑えるのだった。
「アナタいい加減に自分が可愛いってことを認めなさいなポピー……肩出すのはダメ? わかったわかったそんな顔しないでアナタ素敵なんだから」
サチャリッサは相変わらず「この服を着ているのになぜ恥ずかしがるのかしら」とでも言いそうな態度を貫いているが、一方のアン・サロウは少しだけポピーに同情的だった。
「ポピー、言いづらいんだけど、いま一瞬お尻が全部見えたわ。あんまり激しく動いちゃダメよ」
アンにそう指摘されて、身悶えすることすら許されないのだと思ってしまったポピーは、大好きなハイウィングを一心に思い浮かべる。すると勇気が湧いてきたので、ポピーはヤケを起こすという方法で辛うじて現状に立ち向かえるようになった。
「あら、良いわよポピー。今度はこう、クルッと一回転してみてくれるかしら?」
サチャリッサはポピーの視線が僅かに上向いたのを鋭敏に察知して、またしてもそう提案した。
そしてポピーは言われるがまま、回る。去年何度かあったダンスパーティのように。もしくはそのためにこっそりやった、2人きりでの練習のように。
「――え、何、アン。なにこのシックル銀貨は」
「今のは料金が発生して然るべきだって気がしたから」
お金を手渡されたポピーは戸惑っているが、手渡したアンは何やら決心したらしい表情で、ポピーの両手をギュッと握ったまま、サチャリッサを見たりポピーを見たりと落ち着きなく視線を行ったり来たりさせ続けている。
「ねえポピー、サチャリッサ。私、今度の週末のホグズミード行き、オミニスに2人で周ろうって提案してみるつもりでいるんだけどね」
「にぶちんのセバスチャンが邪魔しに来ないようにあなたのお兄様を連れ回せばいいのかしら?」
先回りして訊いたサチャリッサに、アンは「それもあるけど」と口ごもる。
「ねえポピーあなた、あなたもデートはするでしょ? ほら、アイツとさ。で、でね? 普段2人きりの時、あなたたちは何して過ごしてるのかなって訊きたかったのよ。サチャリッサにも。ギャレスと2人きりの時、何してるのが楽しいか訊きたいの。だってホグズミードでオミニスと2人になれて三本の箒でバタービール飲みながら『この次は何を』って途方に暮れたくないもの」
ポピーはアンの真剣な悩みを受け止めて、真剣に答える。
「あるよ。デートすること。アイツが『デートしよポピーちゃん!』って飛びついてくるから。でも『デートしよ』って提案があるか無いかの違いだけで、やってることはいつもと同じだよ? 湖畔の主がウンチするところ2人で見たり、ハイウィングにウサギあげたり、ヤギたちのお世話したり、スコットとかゴードンにブラッシングしてあげたり、セバスチャンとアンと一緒に寝たり、ソロモンとかイソップとチェス勝負したり」
欲しい回答ではないと思えたので、アンはもう一度訊く。
「……あなたたちって、『2人きり』になることって無いのポピー? いつも誰か動物も一緒?」
アンがどういうシチュエーションについて訊きたいのかをやっと正しく理解したポピーは、首を捻って「ふさわしい回答」とか「アンが欲しているだろう返答」とかそういうものを考えている。
「…………あ! こないだノンストップ魔法生物ものまね500連発をアイツと2人でやったよ」
「アナタたち普段2人きりの時いったい何をしてるのポピー?」
サチャリッサとアンは全く同じ呆れ顔を浮かべて全く同時にそうポピーを問いただしたが、ポピーは「楽しかったな!」と嬉しそうに笑うばかりだった。
「『お腹いっぱいなのに食べ物を差し出された時のセプルクリアの目の動き』は自信作だよ」
「今度私にもそれ見せてくれるポピー? ――で、サチャリッサ。アナタはギャレスと2人きりの時なにを――いや、訊かなくても判りきってるといえば判りきってるけど」
「ご想像の通りよアン。魔法植物の話題。魔法薬の材料の話題。お互いの今の研究内容と進捗、目下の課題と、次はどんな魔法薬を作ろうかって話題。そんなところね」
サチャリッサはアンの思い込みを利用して、ギャレスとの2人だけの秘密を巧みに覆い隠した。
「――でも私、アンだって私とかサチャリッサと一緒だと思うけどな。心配要らないよ」
そう言ったポピーが自分に何を見出したのか、アンには解らない。今ポピーがくれた励ましの裏に如何なる論理展開があるのかを全く理解できずに戸惑っているアンに、ポピーは「魔法生物の何がそんなに良いんだ」と同じハッフルパフの男子に訊かれた1年生の時と同じ顔で言う。
「だってアン、あなたはオミニスと2人でなら、何してたって楽しいでしょ?」
ポピーに真っ直ぐ見つめられて、アンはなんとも返答できないまま視線を逸らした。
「あー! やっぱりポピーここに居た! 見てみて見て見てほらポピーちゃん!!! 卵が孵りそうなんだよ!!! 見てみてみてみて!!!!」
ドタドタと走って「必要の部屋」に入室してきたその青年のすぐ後ろから、縄で全身を縛られたダンブルドア少年が宙に浮かされたまま身をよじって無意味な抵抗を続けながら搬入されてきた。
「先輩ぼく魔法史の予習をやりたいんですマダム・スクリブナーのところに行かせてください」
「やだ!! アルバスは僕といっしょに遊ぶの!!!」
サチャリッサとアンがそうであるように、ポピー・スウィーティングも今「必要の部屋」に入ってきた橙と緑の派手なゴーグルをかけた青年を見つめている。
「あら、おかえりなさい。ウィラとスリザリンの奴らは?」
サチャリッサの問いに、ダンブルドア少年が答える。
「マルフォイ先輩とノット先輩はレストレンジ先輩に飲ませる酔い醒ましを作るそうで3人とも談話室へ。ウィホルト先輩はクィディッチ競技場に飛びに行きました」
そしてその青年もまた、ポピー・スウィーティングを見つめている。
青年の目と、ポピーの目が、同じように好奇心と嬉しさで輝き始めている。
「わあポピーちゃん何なにその服、カッコいい!! 僕もそれ着る!! サッちゃん僕も着る!」
「これペネロープとドラウトプルーフの? わあー! どんな子が生まれてくるのかな!」
ポピーが着ているフリフリした服を見ている背の高い青年と、その青年が両手で大事に携えてきた色とりどりの羽根や羽毛がたっぷり入った籠の中央に安置されている大理石のような重い白色の卵を見ているポピーの視線が交差し、そして直ぐに顔を上げた2人は、目が合った。
利用者の抱いた要望を読み取って、「必要の部屋」がその内装を大きく変化させ始める。
「ドラウトプルーフさんというのはどなたですか? 鳥ですか?」
まだ縛られたまま空中に浮かんでいて開放してもらえていないダンブルドア少年がポピーと青年に質問を投げかけている中、ずらりと並んでいた様々なドレスや派手な帽子などはクローゼットごとどこへともなく引っ込んで姿を消し、代わりに何十年もそこにあったかのような木々と、どこまでも続いているように見える広い屋外が現れる。
頭上には一見するともはや天井など無いかのような青空が広がっていて、床だった足元には背の低い草原が広がっている。
しかしそれは見かけだけで、目を凝らすと木々のすぐ向こうに部屋の壁がまだ確かに存在していると、ダンブルドア少年はすぐに見抜いた。
ダンブルドア少年の見る限り、単にいくつもの植物に隠された奥の壁に大自然の絵が描かれているだけだったが、それを抜きにしても部屋は実際にかなり広くなっていた。
ダンブルドア少年の背後の空中が火を吹き、そこから姿を現した不死鳥は、青年が携えている卵の両親を伴っていた。
「無茶言ってごめんねペネロープ、それにドラウトプルーフもありがとね。みんなで見守ろう」
「ドラウトプルーフさんは、オーグリーですか。…………じゃあつまり――」
「そうだよ。サンダーバードとオーグリーの交雑種ってことになるね。ウチ自由恋愛だから」
この当時のイギリス魔法界には、人工的に怪物の新種を創造することを禁じた実験的飼育禁止令どころか、それを起草した魔法生物学者ニュート・スキャマンダーすら、まだ生まれていない。
そして実験的飼育禁止令が施行された1965年以降もこの青年とポピーは「動物たちが自由に恋愛した結果であって人工的に生み出したのではない」という屁理屈と、神秘部に所属しているという立場を利用して、実験的飼育禁止令を完全に無視し続けた。
それは明確な違法行為だったが同時に神秘部の研究なので部外秘でもあり、そも法律より研究を優先できる権限をもって行われた、革新的な研究成果を数多生み出す偉大な長期実験だった。
「あなたは神秘部に所属していますけど、神秘部に所属するずっと前からそれやってますよね」
ニュート・スキャマンダーは2人の先達に会う度に粘り強くそう苦言を呈し続けたが、しかしニュート・スキャマンダーはニュート・スキャマンダーなので、苦言を呈するのと同時に、2人が生み出した数々の交雑種や新種を熱心に研究し、愛し、可愛がりもするのだった。
しかしそれはまだ、何十年も先の未来の話。
「あ、殻にヒビが入った、ねえ見てみて!」「見てるよポピーちゃん――僕らちょっと退こうか」
ポピーと青年は最前列の特等席をその卵の両親であるサンダーバードとオーグリーに譲り、不死鳥は皆の頭上を飛び回りながら心を洗われるような歌声を部屋中に響き渡らせる。
この友人たちが2人きりの時にどう過ごしているのか、アンは今それを実際に目にしていた。
「この子、寿命どうなるのかな。ママに似るかな。パパに似るかな」
「どんな声で啼くんだろうね。目の色はどんなだろうな。綺麗だろうなあ……」
白に近い金色の羽毛に覆われた大きな体がキラキラと輝いて見える荘厳なサンダーバードと、雨雲を彷彿とさせる灰色の羽毛に覆われたハゲワシのような、それでいてどこか好々爺のような穏やかさのあるオーグリー。異なる美しさをもつ2羽の魔法の鳥と、その間から卵の表面に広がっていくヒビを観察している青年とポピーを眺めながら、サチャリッサは隣のアンに小声で話しかける。
「ねえアン。アナタだってオミニスとくっついてる時は今のポピーみたいにキラキラしてるわよ。アナタ、オミニスと一緒に行ってみたい店とか、それかオミニスと一緒にしてみたい事とか思いつかないの? それともいっぱいありすぎて選べない?」
空中でモゾモゾとうねっていたダンブルドア少年がどうにか杖を取り出してついに自力で拘束から逃れたのを横目に、サチャリッサの目の前でアンの顔はどんどん紅く染まっていく。
「…………いったい何を思いついたのかしらアン・サロウさん?」
「クィディッチチームが作れるくらいほしいって思ってるの」
兄が仲良くなった「編入生」のお蔭でもう身体がどこも痛くないアンは、将来について夢を膨らませるという、長らくやっていなかった楽しみに最近また精を出し始めていた。そんな夢と妄想を膨らませて欲求を溜め込みつつあるアンの目下の心配事は、果たしてオミニスが「子孫を残す」とか「血統を繋いでいく」といった事柄に、積極的になってくれるのかどうかだった。
オミニスが生まれ育ったゴーント家がどういう一族なのか、アンもよく知っている。
ウチの一族は遠からず滅びるだろうとハッキリ言い切るオミニスが「ゴーントの血統は自分で終わらせよう」とか考えていたとしても何も不思議は無いだろうと、アンには思えてしまうのだ。
自分が子どもを作るというのはゴーントの血を引いた子がまた「生まれてしまう」ということに他ならないと、そしてそれはその子にとって不幸なことだと、そうオミニスが考えているのではなかろうかとアンは心配していた。
「わあーー!! 生まれた!! かわいい……! なんてかわいいの…………!!」
「身体の形はサンダーバードだけど、色とかはオーグリーだねえ。翼もちゃんと3セットある」
しかし、だからこそアンは、オミニスと一緒になりたかった。家族というものは本来は前向きで幸せに溢れたものなのだと、アンはオミニスに教えてあげたかったから。
俺には死んでしまったノクチュア叔母さん以外に家族なんか居ないなんて、もう言わせないと。
馬鹿で向こう見ずで近視眼的で衝動的で感情に身を任せがちだったお兄ちゃんが、それでもお兄ちゃんなりに私のことを一心に想ってくれていたように私もオミニスのことを想っているのだと、アンはオミニスに伝えたかった。伝えたかったが、まだ伝えられずにいる。
だからサチャリッサとポピーに相談する機会を伺っていたのだし、だからレストレンジとノットにも話を聞こうと思っているのだが、正直、サチャリッサとポピーはあまり参考にならなかった。
サチャリッサとギャレスも、ポピーと「編入生」も、お互いの研究の話で持ちきりなのだから。
薬草学、魔法薬学、魔法生物学。一番大好きな分野を一緒に希求し探究できる相手と人生まで共有できるというのはどれほど幸福なことだろうかと、アンは友人たちを見るたびに思っていた。
自分は果たしてオミニスと、人生以外には何を共有したいだろうかと。
「オミニスがもっと、持って生まれたものについて前向きに考えられるようになったらいいなって思うの。アナタたちのお蔭で一昨年までと比べたらかなり改善してるけど、それでも、もっとさ」
隣にいるサチャリッサにしか聞こえていないことなど百も承知で、アンはたった今うまれてきたばかりの雛に夢中な青年とポピーの背中に話しかける。
「もしオミニスが、本格的にヘビたちを研究したいって思ってくれたらさ。そしたらオミニスには、世界中の魔法生物学者が羨む優越性があるのにね」
サチャリッサと目が合って、アンはどこか困ったような笑顔を浮かべてみせた。
「あ、でもね。もちろんオミニスが選ぶんだから全然関係無い分野でも応援するわよ? 当然!」
嬉しそうな笑顔からして、どうも一昨年と比べればずいぶん幸せな悩みを抱えていることを自覚しているらしいアンをよそに、その青年とポピーは生まれたばかりの雛に話しかけ続けている。
「きみ名前何にしようか。ペネロープとドラウトプルーフは何がいいかなこの子の名前さ!」
青年は皆にも意見を伺って決めようと考えているが、ポピーは違った。
「身体のかたちはサンダーバードだけど、羽根とか羽毛の色はオーグリーだね。パパにもママにもそっくり! これからよろしくねライサンダス」
既に名前を決定してしまったらしいポピーに、サンダーバードのペネロープとオーグリーのドラウトプルーフ、そして頭上を歌いながら飛び続けている不死鳥と隣の青年が一斉に視線を向ける。
「ライサンダスって、もしかしてあのライサンダスくんから貰ったのかいポピーちゃん? あの、僕らのいっこ上の学年だった、レイブンクローのさ」
「そうだよ、アナタと仲良くしてくれてたあの不思議な人。だって眼がそっくりだから」
なんであれ、ポピーが生き物を特別な名前で呼んだら、それは青年にとっても動物たちにとっても、どのような名前をつけるかの「候補」ではなく「決定」だった。
ポピーちゃんがライサンダスと呼んだのなら、この子はライサンダスなのだ。大好きな動物たちにすぐ愛情たっぷりの名前をつけるポピーと、知ってる誰かとの共通点をすぐに見つけてその人の名前を拝借する派手なメガネの青年。2人は動物たちに名前をつける機会を譲り合うこともあれば奪い合うこともあり、どちらからともなく「早いもの勝ち」という不文律を確立させていた。
そして今回は、ポピーのほうが早かった。
「これからよろしくねライサンダス。こっちがきみのママで、こっちがパパ。わかるかい?」
それは知ってるけどお前たちはいったい誰だと、青年はそう訊かれているような気がした。
「僕らはきみのパパとママの友達だよ。一緒にノンストップ魔法生物ものまね500連発とかするんだ。ライサンダスも今度いっしょにやろうねぇ」
また胡乱な話を始めようとした青年とポピーの間からダンブルドア少年が小さな身体をねじ込んで、背後に居たアンとサチャリッサも寄ってきて、皆で雛の姿を見つめる。
「羽根がフワフワですね。ライサンダスさんは。――ところで、どなたかから取られた名前みたいなことを仰ってましたけど、どんな人なんです? その、『そちらの』ライサンダスさんって」
ダンブルドア少年がそう訊ねた途端、よくぞ訊いてくれたと言わんばかりに青年が目を輝かせポピーが懐かしそうな表情をした一方で、アンとサチャリッサは答えづらそうに視線を逸らした。
「私たちの1つ上の先輩よ。レイブンクローの。つまりダンブルドアくん、アナタと入れ替わりに卒業した人たちの内のひとり。…………とっても不思議な人だったわ」
サチャリッサは、精一杯言葉を選んでそう表現した。
「確か神秘部に就職したのよね? 兄さんがそう言ってたわ。まあ、納得ね」
去年はまだ復学していなかったアン・サロウは、セバスチャンの言葉を思い起こしていた。
「ライサンダスくんはね、魔法生物の絵が上手なんだよ。リクエストしたら描いてくれたんだよ、ハイウィングとペルセポネとジェラルドのこと。あの絵は私の宝物なんだ」
そう言ったポピーと同じように、ポピーの隣の青年もダンブルドア少年に向き直った。
「とっても賢いしカッコいいんだよ。それにねえ、魔法生物にもすっごく詳しいんだ。色んな魔法生物のこと僕に教えてくれたんだ。それもね、今まで全然聞いたこと無かった動物たちの話をさ! それにね、すっごく飛ぶのが上手なんだよ。去年までレイブンクローのクィディッチチームのキャプテンだったんだから。それに成績も優秀だし、すっごい良い匂いするんだ!」
嬉しそうに語る青年の傍では灰色の羽毛に包まれた雛鳥のライサンダスが凛々しい頭部をあちこちに向けて周囲を見回しているが、サチャリッサは未だ何か言いづらそうな表情を浮かべている。
そしてダンブルドア少年は、そんなサチャリッサの表情が気になった。
「なんですタグウッド先輩。ライサンダスさんってお人と、その、何かあったんですか?」
「何も無いわよ。何も無いけど……そりゃ見た目が良いのは認めるし、賢くって優れた魔法使いなのも議論の余地は無いけれど。魔法生物に詳しいってのは『要出典』でしょう」
その先輩を懐かしそうに思い出しているポピーと名前が上がっただけで嬉しそうな青年とは少々異なるサチャリッサの見解は、しかし実際のところその「ライサンダスくん」に関する、ごく一般的な、圧倒的多数派の意見でもあった。
「変なやつだったのよ。実在する稀少な魔法生物とか魔法史上の事実と、自分で創作した架空の生き物の話を全く同列に混ぜて語るんだもの。試験前になると後輩たちへの接近禁止令がルームメイトから勧告されてたのよ? カッコいいのは認めるけど、手放しに称賛できる人じゃないわ」
「……この先輩みたいな人だったってことですか?」
橙と緑の派手なゴーグルを外して替わりにフクロウを模した目元を覆うマスクを装着した青年を指さして、ダンブルドア少年はそう推察した。
そして当の青年は、サチャリッサを見ている。あろうことかとても嬉しそうに。
「ねえサッちゃん。僕、そっくり? 似てる?」
「似てるわよ。何を考えてるのか解らないところと、何をしでかすか判らないところが特に、ね」
褒められたと解釈してニンマリした青年は、その嬉しさを全身で表現しながら、まだ理解しきれずにいるダンブルドア少年に言う。
「アルバスも会ったらきっと大好きになるよ。だってお話面白いしカッコいいんだもん!」
「なんて名前の人なんですか? 僕、きいたことある人ですか?」
ファーストネームに覚えがなくてもファミリーネームは有名かもしれないと、ダンブルドア少年はそう期待して訊いた。例えば仮に「ウィーズリー」とかだったら、それだけでどんな人なのかの想像が容易になると、ダンブルドア少年はそう期待している。
「どうだろね? アルバスなら、本で読んだことはあるかもね。図書館に何冊かライサンダスくんが書いて寄贈した本があるからさ。『しわしわ角スノーカック』って絵本なんだけどね」
当人から貰ったその本を、青年も1冊所持している。それを読むたびに青年は嬉しくなって、ライサンダスくんへのお手紙を書いてしまって不死鳥に届けてもらうのだった。
「ライサンダスくんはねえ、ラブグッドくんだよ。ライサンダス・ラブグッド。僕らがみんな見逃してることでも、ラブグッドくんは気づいちゃうんだ」
「あいつたぶん地球の生まれじゃないわよ。きっと故郷は宇宙の彼方」
去年を最後に卒業していったその先輩はサチャリッサにとって、そして大多数の「後輩」にとっても、未だにまるで理解不能だった。
「ところでポピーちゃん、その服サッちゃんに貰ったんだよね? 太陽みたいでカッコいいよ!」
青年にそう褒められて、ポピーは自分が今どんな格好をしているのかを、思い出してしまった。
顔どころか耳まで真っ赤になったポピーに片手を差し出して、青年は目を輝かせて提案する。
「踊ろうポピーちゃん! ねえサッちゃん僕もポピーちゃんとおそろいにして! 踊るんだ!」
ポピーが体温を上昇させながら青年に差し出された手を取ったのを、サンダーバードとオーグリーの交雑種である生まれたばかりの雛が見つめていた。
「……ずいぶん綺麗な声をしてるんですね。ライサンダスさんは」
今まで見たこともなかったその生まれたばかりの小さな雛が初めて上げた啼き声を聞き取って、ダンブルドア少年は興味深げにそう呟いたのだった。
※ライサンダス・ラブグッドくんは公式設定には影も形もない私の妄想の産物です。
ルーナのひいひいおじいさん。
次回、アルバス・ダンブルドア、未知との遭遇。