2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
とめどなく踊り続けていた先輩たちの目を盗んで「必要の部屋」から脱獄したダンブルドア少年は、図書館に向かうべく階段を降りて廊下を渡ってまた階段を降りて、マーピープルなどを模した噴水の像がある1階メインホールにやってきたところで、そこにいる大勢の生徒たちの中に知っている顔を見つけて声をかけようとした。
しかし、ダンブルドア少年が見つけたヘクター・フォーリー先輩は、見るからに困っていた。
「ひさしぶりだねヘクター。ダンカンならグリフィンドールの談話室に居ると思うよ」
「……お久しぶりです、ラブグッド先輩。…………どうしてそれをご存知なんですか……? というか、なぜまた急にホグワーツに……?」
レイブンクローに宇宙の深淵ありと言われた卒業生のライサンダス・ラブグッドくんが、高級さすら感じさせる滑らかで艷やかなシルバーブロンドの髪も女の子たちの視線を集める整った目鼻立ちもスラリと長い脚も背の高さもそのままに、ヘクター・フォーリーの前に現れていた。
「だって、きみが持ってるそれはダンカンの教科書だろう? それで今ちょうど向こうの階段から降りてきたグリフィンドールの4年生たちが談話室の話をしてるからね」
ヘクター・フォーリーがよく知っているとおり、ラブグッドくんは今もう既にヘクターの方を見ていない。ラブグッドくんは今ヘクターには何もいないようにしか見えない空中を凝視していて、その姿はヘクターに、ヒトが気づいていない何かを警戒している時のニーズルを連想させた。
「行ってしまった…………」
海中を漂っているかのように柔らかく優雅な足取りで立ち去っていったラブグッドくんの背中を見送って、ヘクターは自分が今なにをしようとしていたのかを思い出すのに10秒かかった。
「おや。じゃあきみはアイツが手紙に書いてた世にも珍しいまんまる人間のアルバスくんだ」
「まんまるなのは今だけです。僕きっと背が伸びますからね。あなたは先輩の知り合いですか?」
ゆらゆらと歩いてやってきたその不思議な佇まいのお兄さんに、ダンブルドア少年はちょっと警戒しながら応対した。
「僕はきみが入学するのと入れ替わりに卒業した去年の7年生だよ。ライサンダス・ラブグッド。よろしくねアルバスくん」
眠気に微睡んでいるような幽かさと控えめの声量でありながら、その声は不思議と周囲の生徒たちの喧騒に紛れてしまうこともなく、すんなりとハッキリとダンブルドア少年の意識に届いた。
「よろしく、お願いします……」
なんで名前を知っているんだろうと思ったダンブルドア少年は、この人はおそらくあの先輩と手紙をやりとりしていてそれで僕のことを聞いていたのだろうという推察と、そしていま自分が携えているバチルダ・バグショットの著書「魔法史」の背表紙にはちゃんと僕の名前を書いてあるという気づきによって、ラブグッドくんに質問を投げかける必要が無くなった。
「アルバスくん、アイツが今どこに居るか知らないかい? きみ、アイツとよく遊んでくれてるんだろう? ほら、あのグラップホーンとかラックスパートとかニフラーとかをいっぱい連れてる」
ダンブルドア少年にはラックスパートが何かは全く解らなかったが、誰の話かは理解できた。
「はい。先輩なら8階の――必要の部屋と呼称されている隠し部屋に居るはずですけど、先輩のことですから既にどこかへと移動を開始していても不思議では――必要の部屋、ご存知ですか?」
ライサンダス・ラブグッドは、ダンブルドア少年の目の前から姿を消していた。
「えっ嘘ですよねラブグッド先輩? いま会話が途中でしたよね?」
慌てて1階メインホールを隅まで見回したダンブルドア少年は、図書館へと続く左右ひとつずつの扉の片方に、その卒業生の姿を見つけた。
「やあ。きみも元気そうだね。きみはここで何をしているんだい? 何かお仕事かい?」
その場にしゃがんで誰も何も居ないはずの方向に話しかけているラブグッドくんを、通りすがる生徒たちが見てはいけないものを見る目で観察していく。
このひとは放っておいてはいけないと理解したダンブルドア少年は駆け足でラブグッドくんの傍まで追いついてきて、息を整えてからその目が離せない卒業生を問いただす。
「あの、ラブグッド先輩? あの先輩を探してらっしゃるんですよね……?」
「そうだよ。だからこの子に話を訊いてるんだ」
ラブグッドくんが指し示している目の前にはダンブルドア少年が何度目を凝らしても何も居ないが、ラブグッドくんはその何も居ないように見えるところから、なんらかを抱き上げた。
「きみも元気そうだねギャレス。何か新しい子のお世話も任されてるのかい?」
透明でいるのをやめたデミガイズと、そのデミガイズを抱っこしている卒業生の先輩を、ダンブルドア少年は目を丸くして見つめてしまった。
「全然、全然気づきませんでした……あの、さっき居たあの階段の上から、ホールの反対側のここに居る透明なデミガイズを見つけたんですか…………どうやってそんな……?」
「この子たちを見つけるのにはコツがあるんだよ。きみにもすぐできるようになるよ」
そう言い終えるより先にまた歩き出したラブグッドくんを、ダンブルドア少年は慌てて追いかける。しかし背が高く脚の長いラブグッドくんと小さなダンブルドア少年では、ダンブルドア少年が思った以上に、歩幅と歩行速度に差があった。
「まっ、待って、待ってくださいラブグッド先輩。先輩『必要の部屋』ご存知なんですよね! そっちは全然方向が違います! 待ってください! どこへ、どこへ行こうというのですか!」
「やあソフロニア。シャープ先生なら魔法生物学の授業をやる屋外教室の辺りにいるよ」
「わ゙ぁラブグッド! あなたどうしてここにいるの?!」
レイブンクローの5年生の女子生徒ソフロニア・フランクリンは、居るわけがないはずの卒業生が急に視界に入ってきてビックリ仰天してしまった。
ラブグッドくんはまずソフロニアが手に持っている羊皮紙の束を見てそれが魔法薬学の宿題だと理解して、先程このホグワーツ城の中に入る前に城外で見かけたので寄って挨拶したシャープ先生の居場所を伝えただけなのだが、そんな事情は知らないソフロニアとしては、ラブグッドくんの言動は完全に「予見者」のそれだった。
「あなたやっぱりオナイ先生の仰る『内なる目』ってやつを持ってるんじゃないのラブグッド?」
「いいや。僕は『予見者』じゃないよ。未来を見ることなんてできない」
この質問を誰かに訊かれるたびにこう返答しているラブグッドくんは、オナイ先生の見立てでも、ラブグッドくんと同じくらい行動が予測できない「編入生」の見立てでも確かに予見者ではなかったが、では何も見えていないのかといえば決してそうではなく、明らかに皆が見逃している何かを彼だけがその目に捉えていた。
単に変わっているだけの人ではないと、ダンブルドア少年は既に理解していた。
「あっちにラックスパートがたくさん居るね」
また歩き出してしまったラブグッドくんを、ダンブルドア少年は駆け足で追いかける。
そして階段を登って廊下を渡って闇の魔術に対する防衛術の教室がある棟へとやってきたラブグッドくんは、ダンブルドア少年がノチノチと必死の走りで追いかけてきていることなど気づいてもいないかのように、またそこに居た後輩に声をかけていた。
「おや。ラブグッドくん! 僕が作った新しい薬を試してみないかい?」
「やあギャレス。リアンダーとナツァイが向こうから走ってきているけれど、あれはきみを目指して走っているんじゃないかな」
グリフィンドールの7年生、魔法薬学への才能と創作意欲が止まらない輝かしき問題児ギャレス・ウィーズリーは、なぜラブグッドくんがホグワーツに居るのかなど全く疑問に思うこともなく、ただ他の皆にそうするように、ラブグッドくんが在学していた去年までと同じように新作の魔法薬を勧めた。そしてラブグッドくんもまた、在学していた頃と同じように一切訝しむこともなくその見る角度によって色が変わる魔法薬の入ったクリスタルの小瓶を受け取る。
ギャレスの何倍もの背丈に巨大化している1年生のシャーロット・クランウェルとヘスパー・スターキーが普段と違う視界を楽しむかのように好奇心旺盛な眼差しで周囲の全てをキョロキョロと見回して皆を見下ろして大喜びしていることも、怒髪天を衝く様相のナツァイ・オナイが迫ってきていることも、ギャレスとラブグッドくんは全く問題にしていない様子だった。
「あ! ダンブルドアくん。ねえねえ見てみてダンブルドアくん。あたし背が高くなったのよ!」
「背が高くなったというか、…………拡大されたというか……身体が痛かったりはしない?」
アルバス・ダンブルドア少年は、天井にまで届きそうなほどの大きさになっている同級生の女の子2人に首が痛くなりそうな角度で話しかけながら、ただただ困惑している。
「ダンブルドアくんもどうだい? 僕が作った『踏み台要らずの踏み鳴らし薬』、試すかい?」
「ギャレス!!! あなた今度は何をしたの!」
何をしたのかなど察せていながら、ナツァイ・オナイはギャレスをそう怒鳴りつけた。
「やあナツァイ。久しぶりだね。どうだい7年生の授業は。魔法生物学は取ってるかい」
「それ今じゃなきゃダメかなラブグッド久しぶり私ちょっとギャレスと話が――」
ナツァイは会話を中断しようとしたが、ラブグッドくんの興味は既にギャレスへ移っていた。
「有毒食虫蔓の葉をほんの少し入れてみるのはどうだろう」
「いいねラブグッドくん! それ良いよ! うわあ、なんでそれ思いつかなかったんだろう!」
ラブグッドくんの言葉を最後まで聴き終えるよりも先に目を輝かせたギャレスは、着ているローブのポケットに杖を突っ込んで「アクシオ!」と唱えて呼び寄せた羽根ペンをノートの上でガリガリと忙しなく動かして、また高速で稼働し始めた思考の整理に夢中になってしまった。
「ドアくんドアくん、あたしドアくんのこと持ってみたいの!」
「別にいいけど、落とさないでねヘスパー…………?」
「デミガイズのギャレスが今どこにいるか判るかいアルバスくん」
ラブグッドくんから唐突に出題を投げかけられて、ダンブルドア少年は一瞬あわてた。
しかしダンブルドアくんはすぐに冷静になって、周囲を見回す。
「あ。シャーロットさんの足元に居ますね。大丈夫なんですか? 踏まれませぁぁぁあああ」
「見てみてドアくん、あたし今こんなに背が高いのよ!」
ラブグッドくんからの問いかけに回答しようとしたらヘスパーにむんずと掴まれて持ち上げられたダンブルドア少年は思わず声を上げてしまったが、ヘスパーの手際は意外と器用で丁寧だった。
「きみ今日はまたホグワーツに何しに来たんだラブグッド?」
「まずブラック校長に許可を取りに行かなきゃいけないね。校長室に行ってくるよ」
「……なんの話をしているのか判らないが、へキャット先生かガーリック先生あたりに許可を取って、それで校長には先生経由で事後報告してもらうほうがお前としては簡単なんじゃないか?」
ラブグッドくんが何しに来たのかは理解しきれないながらも、グリフィンドールの7年生リアンダー・プルウェットはどうにか話を合わせることに成功した。
「僕もう卒業しちゃったからね。だから一番丁寧な手順を踏まなきゃ……じゃあやっぱりまず誰か先生に会わなきゃいけないか。そうだねありがとうリアンダー。そうするよ」
自分で勝手に結論を導き出して納得してしまったラブグッドくんが、このホグワーツに在学していた去年までと何も変わっていないと理解して、リアンダー・プルウェットは笑ってしまった。
「よくもまあ先輩たちはあんな人を制御できてたもんだよ…………」
「僕から見れば皆さんもおんなじようなもんですよプルウェット先輩」
巨大化しているヘスパーに持ち上げられたまま、リアンダーの頭よりも高い位置からダンブルドア少年がそう言って呆れ顔を浮かべた。
一方で、そんなダンブルドア少年を持ち上げているヘスパーの足元では、ギャレスがナツァイによって床に座らされてお説教を喰らっている。
「――ギャレスあなた、自分の魔法薬が予想だにしない反応を引き起こさないって言えるの? 言えないから魔法薬学って分野があるんだ、ってあなたもサチャリッサもアイツもよく主張してるわよね? 第一あなたもアイツも自作の魔法薬を自分で試してよく予想外の事態に直面してるよね? レシピが確立されてて数多くの魔法薬学に秀でた人たちが薬効を検分し終えている既存の薬ならともかく、あなたのは『新作』でしょ。もし取り返しのつかない事態になったら――」
「ナティちゃんママみたいね」
未だ巨大化したままその光景を見下ろしているヘスパー・スターキーは、自分が今こうなっているからこそナツァイ・オナイがギャレスを叱っているのだと理解しているのかいないのか、ただ楽しそうな笑顔のまま興味深げにそのお説教を観察している。
そして例によってラブグッドくんは既にギャレスのことを気にしていない様子で、ダンブルドア少年にしてもウィーズリー先輩がオナイ先輩に叱られているのは常日頃から見慣れた光景で、ダンブルドア少年も、今回ギャレスが配った「踏み台要らずの踏み鳴らし薬」なるものによって巨大化しているヘスパーとシャーロットも、ギャレス・ウィーズリーが魔法薬によって回復不可能で致命的な事態を引き起こすことは無いと信頼しているので、結果として今ギャレス・ウィーズリーのことを気にしているのは、ギャレスが自作魔法薬を下級生たちに配布しているのを見つけるたびに律儀に駆けつけて親切にも毎回お説教をするナツァイ・オナイただ1人だけだった。
ナツァイと一緒に慌ててやってきたはずのリアンダー・プルウェットはと言えば、ギャレスと同じくらいかそれ以上に目を離してはならないと理解しているラブグッドくんを注視し続けている。
「きみたちも一緒に来るかい。ウィーズリー先生に会いに行くんだけど」
「おにーちゃんだあれ? 新しい先生? それとも誰かのお兄ちゃん?」
ダンブルドア少年を床に下ろしたヘスパーの隣でまだ嬉しそうにキョロキョロしていたシャーロットは、知らない人が居ると今ようやく気づいたらしく、そのまんまるの目でラブグッドくんを見下ろして、興味津々なのが誰にでもわかる、輝くような表情でそう問いかけた。
「僕はライサンダス・ラブグッド。きみたちが入学するのと入れ替わりにホグワーツを卒業した、去年の7年生だよ。今は神秘部で研究員をしてる」
「しんぴぶってなあに? お友達になれるかしら?」
「魔法省で一番古い秘密の部署だよ。魔法に関する色んなことを研究しているけれど、何を研究しているのかは教えてあげられない。教えてはいけないって決まりだからね」
ダンブルドア少年にはシャーロットがラブグッドくんの説明を理解できているようには見えなかったが、しかしシャーロットはラブグッドくんを見つめたまま、その目をますます輝かせる。
「まほうしょうってなあに?! 学校とは違うのかしら?」
「魔法界のいろんなことを整えたり、整えるための決まりを作ったり、悪いことする人を捕まえたり、悪いことできないようにする決まりを作ったり、お掃除したり、難しい話し合いをしたり。そういうお仕事を頑張ってる人たちと、お仕事を真面目に頑張ってる人たちに紛れておカネを溜め込むことしか考えてない人たちと、ただ偉くなりたいだけの人たちが働いているところだよ」
ラブグッドくんの説明はとても簡単な単語だけで構成されていたので、まだ11歳でマグル生まれのシャーロットにもすんなりと理解することができた。
「おにーちゃんはどの人? 真面目にお仕事してる人かしら?」
「僕は運が良い人だよ。やりたいことだけやってれば、それで『真面目に仕事してる』って評価になるところで働いてるからね。それで、きみもウィーズリー先生のところ、一緒に来るかい?」
神秘部で働いているというのはつまり運が良いのではなく才能に溢れていてなおかつ努力をしたのではとダンブルドア少年は思ったが、ラブグッドくんがはたして謙遜というやつをしているのか、それとも本気で幸運のお蔭で就職できたと考えているのかは、ラブグッドくんと初めて会ってからまだ1時間も経っていない11歳の小さなダンブルドア少年には全く検討もつかなかった。
「あたし一緒についてく。ウィーズリー先生におっきくなったあたしを見せてあげるの! ヘスパーも一緒に行きましょ! ウィーズリー先生きっとビックリすると思うの!」
「そりゃビックリはするでしょうね」
ラブグッドくんとヘスパーとシャーロット。目が離せない3人が揃って歩き始めたので、ダンブルドア少年もリアンダーも、まだお説教が続いていたギャレスとナツァイも慌て気味の足取りで不思議な佇まいの卒業生と巨大化してしまっている1年生の女の子2人を追いかけるのだった。
そして、ブラック校長が書類整理を中断して紅茶を飲もうと思い立った頃、その訪問者は校長室にやってきた。
「おや。何の用かねミスター・ラブグッド」
ウィーズリー先生はラブグッド以外のついてきた全員を校長室の外で待たせておいたのは正解だったと、ブラック校長の顔色を通してその心情までも観察しながら己の判断を褒めていた。
ブラック校長はミス・クランウェルのことを面と向かって「穢れた血」と呼びかねないと。
「おととし5年生からホグワーツに入学してきて、今年はヘクターと2人で首席を務めているあの生徒を、しばらくお借りしたいのですが、許可をいただけませんか」
「構わん。一向に構わん。ほしいだけ持って行きたまえ。何なら返却せんでもいい」
ブラック校長はラブグッドくんの方を見てもいないし明らかにロクに話を聴いてすらいないが、ラブグッドくんはラブグッドくんで、そんなのお構いなしだった。
「整髪料を変えたんですね。前よりさらにツヤが良くなってますよ。けど、口髭にも同じものを使うのはお控えになるべきです。もし万が一ブラック校長の口に入ってしまうとあまり良くない材料が使用されているようですから。髪や髭それ自体にはとても良い成分なんですけどね」
「おや、そうかね。ではそうしよう。しかし、相変わらず目も鼻も優れているなきみは」
ブラック校長は、このラブグッドくんのことが、そんなに嫌いではなかった。そして「そんなに嫌いではない」というのは、その評価を下しているのが他ならぬブラック校長だという点を鑑みれば破格の称賛だと言えた。
それはラブグッドくんが一方的に投げかけてくる不可思議な言葉のほとんど全てが事実を正しく見抜いた有益なアドバイスだと、ブラック校長が見抜いているからだった。
過去の、本当に意味が解らなかったいくつかの言葉も、おそらく自分の見識が足りないだけで本当は有益なアドバイスなのだろうと、ブラック校長はそう推測してもいる。
「やっぱりブラック校長ってアンガビュラー・スラッシキルターみたいですね」
「…………そりゃあ、どうも?」
ミスター・ラブグッドから貰った意味が解らない言葉がまたひとつ増えてしまったと思いながら、ブラック校長は完全なるヤマ勘でそう返答した。
「じゃあ校長。お会いできて嬉しかったです。シリウスくんとフィニアスくんとシグナスくんとアークトゥルスくんと奥様によろしくお伝えください。僕はこれで」
それだけ言うと、ウィーズリー先生に連れられてきたラブグッドくんは校長室から去って行った。後にはただ、「アンガビュラー・スラッシキルターとは何ぞや」という解消のしようが無い疑問に囚われたブラック校長だけが残されていた。
紅茶を淹れようとしていたことも頭の何処かへと消えてしまったブラック校長は、ただ、アンガビュラー・スラッシキルターとやらが仮にミスター・ラブグッドの頭の中にしか無いとしても、その場合でも生態や特徴は詳細に「設定されている」はずで、つまりそこには込められた意味があると、それだけが理解できていた。
しかしだからこそ、その疑問は末永くブラック校長の脳裏にジットリと居座ったのだった。
「やあお待たせしたね。馬鹿のバーナバスのタペストリーの向かいだったよね」
「そうです。どこへも移動してなければ、まだ先輩はあの『必要の部屋』に居るはずです」
「そう。ブラック校長はちゃんときみにも気づいてたねギャレス。きみ良い匂いがするからかな」
ダンブルドア少年の目を見つめたまま、ラブグッドくんは傍らのデミガイズにそう言った。
そしてダンブルドアは、来訪者のラブグッドくんと巨大化したままドッコドッコと大きな足音を立てて付いてきているシャーロットとヘスパー、そしてその2人が巨大化した原因であるグリフィンドールの7年生、困ったギャレス・ウィーズリーと、そのギャレスをまだ睨んでいるナツァイとリアンダー、そしてデミガイズの「ギャレス」も連れて、ちょっと前に脱走したばかりのホグワーツ城8階「必要の部屋」へと、戻ってきてしまった。
壁から染み出るようにして現れた扉を通った途端、ダンブルドア少年は目を丸くした。
「ひょーーーう!」
「ひょーーーう!」
「かあっこいいぞぉ!」
「カーッコイイぞ!!」
「ひょひょーーーう!」
「ひょひょーーーう!」
机と椅子をいくつも積み上げた崩れそうで崩れない塔とその上に鎮座している灰色の鳥を囲んで、各々手に持った飛行用箒を高く掲げてビョコビョコと飛び跳ねながら時計回りにぐるぐると激しく踊り続ける、ドラゴンの目を模した派手な銀色のメガネをかけた青年とポピーとサチャリッサとアンに、ダンブルドア少年は声をかける勇気が湧くまでに10秒かかった。
「僕、ほんの少し目を離しただけなのに…………一体、何をなさっているんですか……????」
「これはね。ライサンダスをお祝いする踊りだよ。でもまだ途中だからちょっと待っててね」
「………………はい……わかりましたスウィーティング先輩…………」
そのままダンブルドア少年は「ひょーう!」「ひょひょーーう!!」と奇声を上げながら机と椅子の塔の上にいる鳥を囲んで踊り続ける先輩たちを、なすすべなく30分見続けたのだった。
そしてダンブルドア少年が「このアホども全員失神させちまおうか」などと物騒な考えに支配されて杖を取り出そうとしだした頃、その派手なメガネの青年は、ついに気づいた。
「あーーー!! ラブグッドくんだ! わあラブグッドくん何しに来たの! ラブグッドくんもライサンダスが生まれたのお祝いしに来てくれたのかい?」
「僕と一緒に今からヒマラヤ行かないかい」
「行く!! アルバスも連れてっていい!?」
「もちろんいいよ。校長は僕に『好きなだけ借りていけ』って言ってくれたし」
ダンブルドア少年が今聞こえた言葉を理解し終えて困惑しだすよりも早く、その青年とラブグッドくんの話は先へと進んでいく。
「じゃあじゃあポピーちゃんも連れてっていい?!」
「もちろんいいよ。校長は僕に『好きなだけ借りていけ』って言ってくれたし」
「ちょっと待って私、ていうかアナタも授業が――」
ポピーは今ならまだ青年を制止できると思って、慌て気味にそう反対の声を上げた。
「イエティの調査に行くんだけど」
「今すぐ準備するから待って」
ラブグッドくんに一言で説得されてしまったポピーを見て、ダンブルドア少年が呆れている。
「あ。ねえねえ見てみてラブグッドくん。この子みて。この子ねライサンダスって名前にしたんだよ。ポピーちゃんが名前つけたの。この子ねパパがオーグリーでママがサンダーバードなんだ!」
「おや、じゃあこの子はいつも歌いながら空を飛ぶんだね?」
ライサンダスくんにそう問い返されて、青年と一緒にポピーまで目を丸くした。
「……ホントね? そうかも……ううん、きっとそうだよ! わあ、はやく見てみたいな……」
サンダーバードとオーグリーの交雑種で、まだ生まれたばかりの雛であるにもかかわらず既にジョバーノールの成鳥と同じくらいはあるライサンダスを観察し始めてしまったラブグッドくんと派手なメガネの青年とポピーの3人からとうとう目を背けたダンブルドア少年の視界に、再びシャーロットとヘスパーが映り込んだ。
「ねえねえポピーちゃん、さっきの踊りあたしもやりたい!」「あたしも!」
「いいよ。一緒にライサンダスをお祝いしよう!」
そう返事したポピーは再び柄を床に向けて箒を高く掲げ、サチャリッサとアンも完全なる無の表情をしたままそれに続く。
「ねえねえラブグッドくんも一緒にお祝いの踊りしよ!」
「いいよ。箒を持つのかい」
青年とラブグッドくんもすぐさまそれに加わり、また「ひょーう!」「ひょひょーーう!」と声を上げて踊り始めた青年とポピーとラブグッドくんとアンとサチャリッサを、そして相変わらず巨大化したままその5人のおにーちゃんおねーちゃんたちを囲んでおんなじようにぐるぐると回りながら見様見真似で踊っている楽しそうなシャーロットとヘスパーの姿もしばらく眺めてから、ダンブルドア少年は背後に居る7年生の先輩たちの方へと振り向いた。
「オナイ先輩たすけてください。僕どうしたらいいのかわかりません」
「……いっしょに踊ればいいんじゃない?」
そう言って肩を竦めてみせたナツァイ・オナイと同じくらいには呆れ果てているリアンダーの横から、1人だけいつもどおりの気楽な笑顔を浮かべているギャレスが、ダンブルドア少年に言う。
「退屈しないだろう?」
「限度ってものがあります」
まんまるでモチモチの顔から全ての表情が消えてしまっているダンブルドア少年など視界にも入っていないのか、青年とポピーが満足するまで、その奇声を伴う謎の儀式は続いたのだった。
「ひょーう!」
「ひょーう!」
「可愛いぞぉ!」
「かわいいぞ!」
青年が声を上げ、他の皆がそれに続き、次にポピーが声を上げて、青年を含む他の皆がそれに続く。そうしながらそれぞれが手に持った箒で天井を破壊しようとしているかのように繰り返し高く突き上げ、喜びを表現しているのだろうビョコビョコとした動きで飛び跳ね、踊り続ける。
「きっと強くなる!」
「きっと強くなる!」
「パオーーーン!!」
「パオーーーン!!」
現実から目を逸らしたくて部屋の隅を見たダンブルドア少年の視界に入った豪奢な止まり木の上の不死鳥は、ダンブルドア少年には「こいつらどうにかしてくれよ」と訴えているように見えた。
「おっきく育つぞぅ!!」
「おっきく育つぞー!!」
シャーロットさんはヘスパー共々とても楽しそうだけれどシャーロットさんのお姉さんがこの光景を見たらなんと仰るだろうかと、ダンブルドア少年は辛うじてそんな懸念だけは抱けていた。
【ライサンダス・ラブグッド】
私の妄想の産物。ルーナのひいひいお祖父さん。
ラブグッド家は先祖代々みんなあんな感じに浮世離れしていて聡明だと私は固く信じている。
そんで世話焼きに好かれるんだ。