2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
分厚く空を覆っていたはずの雲はいつの間にやら散り散りになり、再び快晴の空と暖かな陽光がホグワーツを照らす。そこに集まった人々の大歓声に包まれるクィディッチ場の高い位置にある左右3つずつのゴールポストの上には、何対もの翼を持つ金色にも見える白い大きな鳥、6羽のサンダーバードたちが堂々と佇んでいた。
「ありがとうございます、ウィーズリー先生………」
ヘクター・フォーリーが自分を庇ってくれた変身術教授に礼を言う。
魔法大臣と校長の、お互い酒の入った会食の席での勘違いが発端となって急遽開催された、この「校長と3人の先生方」対「7年生代表11人」の特別試合と銘打った決闘は、みんなで空を眺めた末に1人の生徒が巻き起こした凄まじい落雷の束から先生方が対戦相手である生徒たちを咄嗟に守るという、ある意味では「劇的」であり、またある意味では「拍子抜け」とも言える結末となった。しかして観客席の生徒たちも、魔法大臣を始めとする貴賓席の面々も皆割れんばかりの拍手を贈っている。
「ありがとうギャレス」
「大丈夫セバスチャン?そう。じゃみんなのところに行きましょ」
サチャリッサが立ち上がった傍に、ヒッポグリフのセバスチャンに跨ったポピー・スウィーティングが降りてくる。
「おいレイエス、帰ってこいレイエス。おい」
手早く己の服の埃を払ったマルフォイは、箒をしっかり抱きしめたまま放心状態でへたり込んでいるイメルダの目の前で手をヒラヒラと動かしている。
「あ、今日の最初の授業の一番初めに聞いたと思うけど、生徒のみんなに一応、もう一度伝えておくわ。―次の授業は午後からよ。流石にこのまま授業再開しても集中できないでしょうから」
ミラベル先生が喉に杖を当ててそう告げた通り観客席に居た皆は次々とクィディッチ場の地面へ、戦っていた面々の周りへと集まって来ており、生徒たちに至っては各寮の5年生と6年生の監督生や、7年生の監督生の中でも特別試合に参戦しなかった数人などに統率されて順番待ちの列すら構築していた。
「おじさん………」
擦り傷だらけ泥まみれのセバスチャン・サロウを、傍にやってきた叔父ソロモン・サロウが見つめている。
「『クルーシオ』も『インペリオ』も、一度も使わなかったな」
「そりゃ、魔法省のお偉方が見てる前、だからね。…………何回か咄嗟に唱えそうになった。自分で思ってたより、よっぽど強く染み付いてる。おじさんが言ってた通りだったよ」
まだ少し息が上がっているセバスチャンは、元闇祓いの叔父に正直に申告した。
「本当に、………成長したなセバスチャン。いい戦いぶりだった」
疲労困憊の甥をニッコリ笑って労ったソロモンおじさんの隣では、マルフォイ氏がホグワーツの理事たちを引き連れて息子と対面していた。
「父上」
「結局。誰にも禄に有効打を与えられず、挙げ句の果てに対戦相手に守られる。お前は未熟だ。甚だ未熟だ。その事を肝に命じておけ………」
そう言ってから、自分にぞろぞろ付いてきた理事会の老人たちがブラック校長の方へ行った事と魔法省のお偉方が揃って他の面々と歓談中なのを確認すると、マルフォイ氏は「来い!」と厳しく言って息子をその場の誰からも離れたクィディッチ場の隅へと連行していく。
「褒めてやらないのか。ふうん。頑張った我が子を皆の前で叱責するんだね」
そう呟いたギャレスに隣のオミニスが「マルフォイ家の人らは複雑なのさ」と言って笑っている。
そして近くに誰も居ない位置まで移動して念入りに声量を落としたマルフォイ氏は、目の前の息子にだけ聞こえるように囁く。
「全体としては、まずまずの戦いぶりだったと言える。他寮の生徒とも上手く連携できていたし、味方を上手く使えていた。杖捌きも悪くなかった。それに盾の呪文で受けた呪詛が防ぎ切れないと判断してからの行動も敏速だった―」
誰の目も耳も無い状況を作るや否や、一転。マルフォイ氏は本心を吐露し息子を労い始める。それが、純血主義を標榜していながらマグルの王への献身で財を成した11世紀の先祖アルマンドの血統と伝統を引き継ぐマルフォイ家の変わらぬ在り方だった。
「むゅあーーーーーー!!負けた!!!」
ブラック校長の目の前にまだ居る女生徒は、立ったままひとしきりジタバタと悶えた後、落とした杖を指先の動きで「呼び寄せ」ると、杖を持っていない方の手を校長に突き出す。
「なんのつもりだ?」
「最後の不意打ち、なんでわかったんですかブラック校長」
手を突き出したまま女生徒が問う。
「透明になった訳ではない事は落下中の貴様の杖と手の動きを思い出せば判る。その上で、どうせ不意打ちをしようとしているであろう貴様が視界に居ない。それはつまり背後に居ると言う事だ。『透明マント』の類や似たような効果の呪文を使わずに相手の虚を突こうとする輩は、背後から来る。と相場は決まっている」
その口調にいつも通りの明らかな上から目線を感じた女生徒だったが、それでも手をブラック校長に突き出し続ける。
「ん!!」
「なんのつもりだ………」
「握手!!試合終わったらノーサイド!握手するんですよブラック校長!!」
そう言われた校長は暫しの睨み合いの末、お気に入りの革靴で馬の糞を踏んでしまった時と同じ表情をして、これが最初で最後の譲歩だと言わんばかりの態度で女生徒に片手を差し出す。
そして2人は握手を、交わそうとした。
「痛ぃ!!!!嘘でしょ?!こんなに??!!!」
静電気という単語から一般的に連想されるそれから大きく逸脱した規模の電光と衝撃音が炸裂し、ブラック校長と女生徒は2人共全く同じ動きで手を引っ込める。厚い雷雲の中に今の今まで居たその女生徒は、、激しい稲妻の残滓を未だ全身に強く帯びていたのだった。
「貴様ぁ!!」
「本日はどうもありがとうございました!また遊んでねブラック校長!大っ嫌い!」
そう言って深く素早く一礼した女生徒は、一瞬ブラック校長の目を見てニッコリした後ダッシュで友人たちの居る方へと逃げていった。
「愉快な生徒ですな」
入れ替わりにやってきた理事たちの1人が鷹揚にそう言い、ブラック校長は「笑い事ではありませんぞ………」と手首をさすりながら返した。
「………シャープ先生。解毒薬ありますけど今お渡ししましょうか?」
「要らん、ミスター・ウィーズリー。これはお前の勝ち取った勲章であると同時に、私の判断ミスの結果だ。これが闇祓い時代であれば命は無かっただろう………全く、たまには身体を動かすべきだな。この足を加味しても。思っていた倍、鈍っている。説教でもされたような気分だ………『お前はもう若者ではないのだ』と」
特別試合の最中にギャレスが放った魔法薬を浴びてしまったシャープ先生はその一部が口に入り、結果として長大で厚い毛皮に全身を覆われ、引き擦るほどの毛に水と泥を大量に纏って怪奇モップ人間となったのだ。
「もうちょっとふわふわにしたいわ………」
そのシャープ先生の長い長い毛並みを杖で『洗い』『清めた』サチャリッサが夢中で整えているが、シャープ先生は咎めも嫌がりもせず、やりたいようにやらせている。ただその表情には、この辱めを甘んじて受け入れる事が己への戒めだとハッキリ書いてあった。
「シャープ先生、三つ編みにしていいですか?」
「……好きにしたまえ」
そう答えた直後、目を輝かせて自分の方へ駆け寄ってくる何人もの1年生の女の子たちを見て、シャープ先生の顔から表情が消えた。
「その先生が飲んだお前さんの薬にはどういう工夫がしてあったんだい、ギャレス?よかったら私に聞かせておくれ」
そこにやってきたウィーズリー家最年長の親戚のおばあさんが、ウィーズリー先生が杖を振って用意した椅子に腰を降ろしてギャレスに訊く。
「パフスケインの毛を入れたポリジュース薬にレタス喰い虫の粘液と水。正確には、あそこからこっち見てるサンダーバードたちが起こした雨でできた水溜まりの水。それで濃度を調節した。あんまり効果が長くなりすぎないように。でもちょっとの飛沫が口に入っただけで効くように」
手を叩いて激賞するウィーズリーの親戚のおばあさんの横では、ウィーズリー先生が難しい顔をしている。甥の危険行為を減点すべきかそれとも戦いぶりに加点すべきか悩んでいるのだと、闇の魔術に対する防衛術教授ダイナ・へキャットにはわかった。
空では1羽のサンダーバードと不死鳥が悠々と飛び回り、それを何人もの生徒が目を輝かせて見上げていた。
「こ、こんにちは。アナタも、ミラベルっていうのね?私もそうなの。光栄だわ」
〈怖がらなくていい。こちらこそ聡明な魔女の名を貰えて光栄だ〉
薬草学教授ミラベル・ガーリックは、どうやら自分と同じ名前らしい、その透明でいるのをやめた巨大なホーンド・サーペントと交流を試みていた。
「『こちらこそ』だそうです。―よければお手伝いしましょうか、ガーリック先生?」
「お願いするわオミニス」
そこにホグワーツの在校生で唯一生まれつき蛇語を解するオミニスがやってきて助け舟を出す。ミラベル先生が質問し、ホーンド・サーペントが答え、オミニスが訳す。それは魔法界においても貴重で奇妙な光景だった。
「おーい!あのカバンを持ってきてくれるかい?」
女生徒にそう声をかけられた不死鳥は優雅に空を舞いながら呼びかけに応じて一声美しく啼き、「姿くらまし」する。
「息子が言っていた通り、本当に不死鳥を連れているのだな」
「お久しぶりですマルフォイさん。………去年の、その、クリスマス以来ですね」
その女生徒に、息子との会話を終えたらしいマルフォイ氏が話しかけてきた。
「去年のクリスマスに私の息子を誘拐していった事を今更咎めはせんとも。未だ腹に据えかねては居るが。しかし、私の息子がお前から多くを学んでいることも事実だ。息子が世話になっているな。一度きちんと礼を言わねばならんと思っていた」
「あの時は本当にすいませんでした。僕ただ、クリスマスパーティーをみんなで過ごしたかっただけなんです。『一緒に楽しみたい大好きな友人たち』の中に貴方の息子さんも居て、僕はクリスマスパーティーに彼を欠きたくなかった。それだけです。でもそのために貴方がた家族の時間を奪ってしまった。申し訳ありませんでした」
そう言われたマルフォイ氏は、「顔を上げたまえ」と言った後で女生徒の目をジッと見据える。
「次からは、私の息子がいつ必要なのかを予め伝えてくれたまえ。当日のそれも直前に有無を言わさず攫って行くのではなく、だ」
「今年は、クリスマスイブにお伺いします。時間は時期が近くなってきたら手紙をアイツに―僕の不死鳥に運ばせます。アイツは僕が宛先を知らなくても自力で見つけ出して届けてくれるので。それでマルフォイさん。僕マルフォイさんにずっと訊きたかった事があるんですけど、いいですか」
「言ってみたまえ」
「……いつもお持ちの、その超カッコイイステッキは何ですか?」
マルフォイ氏の表情が、目に見えてほころんだ。
「これは我が家に代々伝わる家宝の杖だ。材は楡。芯はドラゴンの心臓の琴線」
ステッキの、蛇の頭を象った柄の装飾を引き抜いてその「家宝の杖」を披露したマルフォイ氏の目の前で、女生徒はその瞳を輝かせていた。
「おかえりマルフォイ………さっきは向こうでお父上となんの話してたんだい?」
「大した話ではない」
その返答とは裏腹にマルフォイの表情がとても嬉しそうな事から、アミットには目の前の学友が父親にどんな言葉をかけられたのかが概ね察せてしまった。
目の前に「姿現し」した不死鳥から旅行カバンを受け取ると、女生徒はマルフォイ氏にもう一度謝罪して、杖を見せてもらったお礼も伝えてからその場を離れる。
「やあアン。体調はどうだい?」
不死鳥を頭に止まらせたまま、女生徒は双子の兄セバスチャンと叔父と共にいたホグワーツ休学中のアン・サロウに声をかけた。
「かなり良くなってるわ。じゃなきゃこんなにも遠出させてもらえないもの」
「きみのお陰、きみたちのお陰だ。本当に、心から感謝している」
双子の叔父ソロモン・サロウがアンに続いて言う。
「ねえセバスチャン、ソロモンさん。アンをちょっと借りてもいいかい?」
2人の了解と本人の同意を得た女生徒は旅行カバンを水溜まりも気にせず地面に置くと、セバスチャンに「カバン見ててね」と告げ、アンと共にその旅行カバンの中へと消えていく。女生徒はそれと同時に辺りの動物たち、7羽のサンダーバードとホーンド・サーペントのミラベル、そしてポピー・スウィーティングの傍のヒッポグリフに向けて「お行儀よくしてるんだよー!」と声をかける事も忘れなかった。
〈本当に愚かな子だ。お前の方こそ普段からもう少しお行儀よくしてくれたら、どれだけ私たちの気苦労が減る事か……………まったく、本当に愚かな子だ〉
魔法薬学教授ミラベル・ガーリックと交流を続けているホーンド・サーペントが慈愛に満ちた口調でそう呟いたのが、オミニスにだけはわかった。
〈きみもアイツの事大好きなんだねミラベル〉
〈あの子が居なければ、私はあのまま孵化することもなく土にまみれて死んでいた。最初はそれだけを理由に接近し触れる事を許していたが、やがて別の理由ができた〉
〈わかるよ。俺は最初どちらかといえば『友人の友人』って認識だったんだ。アイツは初めて会ったその日既に俺のこと友だちだと思ってただろうけど。けどその友だちを、アイツは救ってくれた。俺もきみと同じさ。みんな同じ。恩があるんだ。けど、それが理由で友人でいるんじゃない。それもきみと同じ………だと思う〉
オミニスはホーンド・サーペントの目を真っ直ぐ見、触れる寸前まで顔を近づける。
〈アイツの世話焼くのも、振り回されるのも、困らされるのも楽しいんだよね〉
ホーンド・サーペントもオミニスを見つめる。
〈寝室を荒らし始めたニフラーに『僕の方が先に見つけるよ』と宣言して一緒になって宝飾品を部屋中探し回る人間は他に居ないのだろうな。見ていて飽きない子だよ〉
「そんなことしてたのか、あのおバカ…………」
そのオミニスの最後の呟き以外は内容が全く解らないのに「蛇語で会話をしている」という事だけはなんとなく察せていたミラベル先生は「何、なにが??何の話?!」と、ひたすらに戸惑い続けるのだった。
「お兄ちゃんからの手紙に時々ここの事が書いてあるから一応知ってたけど、旅行カバンの中が本当にこんなになってるなんて………」
暖かな陽光の中、森と草原の境界を流れる小川の傍に立つ一軒家を見て、アン・サロウが感嘆している。その前を歩く女生徒の周りにはものすごい勢いで寄ってきた様々な魔法生物が後ろをついて歩いたり周囲を飛んだりして追従している。
「2年前は普通に必要の部屋にこんな感じの環境作って、そこの飼育場に居てもらってたんだけどね。僕だけが必要の部屋を占有するのは他の生徒に悪いし、この子たちの世話するのにいちいち必要の部屋に行かなきゃなんないんじゃ、一刻を争う事態になった時が怖いし。だから去年ウィーズリー先生に許可貰って、こうしたんだ………そう言えばアンは知ってるっけ?『必要の部屋』」
前にお兄ちゃんから聞いたわ、と答えたアンを女生徒は一軒家の中、1階の居間へと案内し、暖炉の傍のソファに座らせた。2人と一緒に入って来た動物たちも床やら棚の上やら思い思いの場所に落ち着き、屋内までは入ってこなかったヒッポグリフは開けっ放しの窓から顔を覗かせている。
「さ、とりあえず今の状態を診させてね………何度も念押しして悪いけど、僕はアンの状態を診てあげられるだけで、その呪いをどうこうすることはできない。………情動皆無の抜けがら搾りカス人間になりたいって言うなら別だけど」
そう言って女生徒が取り出した杖は、普段使っている自分の杖や、密猟者から獲った数多い戦利品の杖のどれとも違っていた。強力で曖昧、危険で自由な古代魔法を、それもある特定の一箇所のそれを守護するためにのみ作られたその杖をこの女生徒が使う事は極めて稀だった。女生徒はこれをあえてたまーに使って衆目に晒し、加えて他にも大量の杖を所有して気分で使い分ける事でこの「守護者の杖」を多数の中の1つにして、その重要性を悟らせないようにしているのだった。
そしてその杖は「古代魔法のみを扱う場合」に限定すれば、他の杖より優れていた。
「どうやってるのかは訊かないでねアン………自分でもよくわかってないから………ホントに、ホントに良くなってるね、アン。最後に痛みの発作が起きたのはいつ?」
女生徒にそう訊かれて、アン・サロウはパッと笑顔になった。
「半年くらい前。それもほんの少し痛かっただけ!こんなに長いこと痛まなかったのも、あんなに発作が大したことなかったのも初めて!!それに叔父さんは私の発作に気づかなかったのよ!そのくらい小さな発作だったって事!全部あなたのお陰!!」
アンの身体に向けていた杖を仕舞った女生徒は、アンの瞳をジッと見つめる。
「僕じゃなくてアイツのお陰だよ。送ってる不死鳥の涙はちゃんと朝晩飲んでる?」
「もちろんよ。2年前のあの日から、一度も欠かした事なんてないわ」
それを聞いた女生徒は「診察終了!」と宣言すると、アンに抱きついた。
「励ましてほしいんだけど、いい?『間違った事はしてない』って言って欲しい」
「………どうしたの。何の話?」
女生徒に頭を撫でるよう小声で要求されたアンは微笑んで、要求通りにする。
「あの僕のホーンド・サーペント。ミラベルって言うんだけどね、去年の休みに旅行に行った先で卵の状態で保護したんだけど。密猟者が立派なホーンド・サーペントを100人くらいで包囲して狩ってたんだ。だから僕、割って入って密猟者を全員殺した。けどそのホーンド・サーペントは助けられなかった。死んでた。で、その母親の亡骸に守られるようにして卵が3つあったんだけど、全部割れてた………」
アンに抱きついて頭を撫でてもらっている女生徒の傍に、動物たちが集まって来る。ニフラーたちもムーンカーフたちも巨大紫ヒキガエルもデミガイズも、フンコロガシでさえ何かを察して寄り添いにきていた。
「殻の割れ具合が1番マシだったひとつだけ、まだ中の子が生きてた。気づいたら僕は杖をその割れた卵と、そこから溢れそうになってた中身に向けた。それでミラベルは助かって、その後、何ヶ月かして無事に生まれた……………」
女生徒の続く言葉は、一際小さな声だった。
「僕はいいことをしたのかな。わるいことをしたのかな」
女生徒の背後、アンの正面の空中が燃え上がり、不死鳥が姿を表す。
「ギャレスと交代して、セバスチャンを看てて」
アンに縋りついたまま小さな声でそう言った女生徒に従って、不死鳥は窓から飛んでいった。
「セバスチャン?」とアンが訊ねる。
「今朝生まれたディリコールの雛なんだけど、1羽だけ死にかけで生まれてきたんだ。で僕はそれを今でてった不死鳥と、デミガイズのギャレスと交代で看てる。だいぶ、良くなった。けどね、考えちゃうんだ。あのままだったら死んでただろう生き物を僕が治療して看病して命を繋ぎ止めるのは、自然に生きて自然に死んでいく、ありのままの流れを破壊しているだけなんじゃないかって。環境や試練に適応できなかった個体とか、運が悪かった個体を僕が助けちゃう事によって、その生き物の種としての、本来していたはずの進化とそれに依る繁栄を奪ってるんじゃないか、って」
女生徒はアンの体に埋めていた顔を上げ、その目でアンを見つめる。
「ねえ、アン。………僕は、いいことをしたのかな。わるいことをしたのかな」
「……お兄ちゃんにそっくり。傲慢で欲張りで、とってもとっても優しい。だけど、アナタは間違ってるわ。『自然な在り方を自分の行いが破壊している』ですって??本気で言ってるの?そんなのは酷い思い上がりよ!」
アンは両手で女生徒の肩を掴み、目を見てハッキリとそう言い切った。
「だって、アナタだって自然の一部でしょう?アナタの行いだって自然の一部でしょう?『いい』も『わるい』も知性なんていう身に余るものを獲得してしまったヒトが自分たちの群れを統率するために作り出した架空のものじゃない!」
女生徒は、唖然としたままアンの目を見つめている。
「でもそれだと生き物を欲のままに殺戮する密猟者も自然の一部って事になるわね?そう。密猟者も、自然の一部よ。私たち皆自然の一部よ。『いい』か『わるい』かを気にしてるのは、知性なんてものを持ってしまった一部の愚かな生き物だけ。ヒトが滅びたって、何が滅びたって、私が呪われたって『その他の全て』は変わらず在り続けるわ。だったら、アナタがアナタの勝手な気まぐれで誰を助けたって別に『いい』じゃない。だって私はお兄ちゃんの心をアナタが救ってくれて嬉しかったんだから。ほんとに、ほんとに嬉しかったんだから……私たち家族にかかってた『呪い』を、アナタは解いてくれた―私のこれの事じゃないわよ?」
そしてアンは、女生徒の頬をあらん限りの力で引っ叩いた。
「アナタが2年前のあの日、私やお兄ちゃんの事を少しでも想っていたのなら、それであの行動をして今があるのなら。………いい?お願いだから、2度とそんな事言わないで。今までアナタに救われた全ての相手に対する侮辱よ。それは」
「ぅ゙ううぅ゙えぇええぇ゙………………」
女生徒が唐突に声を上げて泣き出し、凛としていたアンは一転して慌てふためき始める。
「えっ、何。ちょっ、泣くことないじゃない!叩いたのは謝るから!」
「ううぅ゙ぅ゙……うぐぇえぇぇ………ア゙ンのお腹にちょっとお肉ついてだぁぁあ……」
「はぃ????」
「ほっべだも痛いぃぃぃぅ゙ぐぇえ……ヒック、前会った時より゙元気になっでるうぅ……うれしい゙い゙い゙い゙ぃぃ…………うえぇええぇ゙……………………ヴォヱェ!!!」
ひとしきり泣きじゃくった挙げ句、急にえずいた女生徒は、素早く両手で自分の口を抑えて無の表情でゆっくりと立ち上がり、1歩2歩と後退してアンから距離を取り、そのまま硬直した。
「待って待って待って待ってまってなんでよ???!!」
「ヴヴゥオオ゙オ゙ェェェェエエヱぇぇぇ…………………ヴウぅオ゙オ゙オ゙オオォォエ……」
動物たちが素早く退避した直後盛大に嘔吐した女生徒は、胃の中身を全て床に放出しきると、ゆっくり顔を上げた。
「ごめ゙ん…………服汚れてない……??」
「汚れてないし、そんな事いいけどアナタ、どうして………??」
未知と遭遇した様子のアンに、女生徒は口の中に残る酸味と床に広がった吐瀉物を指先を振って無言で「拭って」、「清めて」、「消失」させつつ冷静な分析を伝えた。
「たぶんね、ペネロープの………あのサンダーバードの上に乗ってる間ずっと全身ビリビリしてたから、そのせいだと思う…………今度から気をつけよ………予め、そうだなぁ……吐き気止めじゃなく保護呪文のほうがいいかな……ギャレスに薬作ってもらって、作り方教えてもらおうかな………そうしよ……」
呆れ果てるアンが見ている前で、口から大きなシャボン玉を吐いた女生徒は床に指先を向けたまま更に呪文を唱える。
「テルジオ!スコージファイ!テルジオ!スコージファイ!エバネスコ!」
念入りに床をキレイにした女生徒は部屋の隅の棚から取り出したウィゲンウェルド薬を一気に飲み干すと、再びアンをじっと見つめる。
「な、何…………?」
「ありがとね、アン。ちょっとスッキリした」
そう言われたアンは「そりゃアレだけ吐けばそうでしょうね」という言葉が喉まで出かかっていたが、どうにか堪えた。
そこに再び不死鳥が、何かを大事に両手で持った1匹のデミガイズと共に「姿現し」する。
「ん、あれどしたのギャレス。緊急?」
ギャレスという名のそのデミガイズは女生徒とアンの目の前に、何かを優しく包み込んだままの両手を差し出し、そっと開いた。
「わああ、かわいい………」
そのデミガイズの掌の上では1羽の元気いっぱいのディリコールの雛が、小さな丸い目で2人をジッと見つめていた。
「よかった…………!!元気になったんだねセバスチャン」
シュポン!と軽い小さな音を立てて姿を消したその雛が一瞬後にまたシュポン!という音と共にデミガイズのギャレスの掌の上に、しかしほんの少し違う位置に現れるのを見て、女生徒の顔に笑みが戻った。
一方その頃、クィディッチ競技場での歓談はそろそろお開きかという雰囲気になり始めており、女生徒の旅行カバンを預かっているセバスチャンは、やっとこさ放心状態から回復したイメルダの話を他の友人たちや叔父のソロモンと共に聴き終えたところだった。
「何考えてるんだあの馬鹿は…………」
2年前に出会って以来何度言ったか判らない言葉をアミットはまた言った。
「雷雲の只中で杖を振り回しながらサンダーバードの背の上を飛び跳ねていただと?アイツが正気じゃないのはいつもの事だが…………」
マルフォイも、その隣のギャレスとサチャリッサも揃って頭を抱えている。
「いやあ、僕らの想像の斜め上を行ってくれるよ。相変わらず」
ヘクター・フォーリーは呆れ果てた結果として笑っている。
「しかも、はしゃいでたっていうのはともかくとして、行動自体はあくまでも真面目に勝ちを狙った結果なんですよね?最後の落雷、途轍もなかったですし………」
ダンブルドア少年の言葉に皆が頷いた時、セバスチャンの傍らの旅行カバンが開き、そこから当のその女生徒がアン・サロウと共に戻ってきた。
「やっと戻ってきたわね」
「………どしたのみんな?」
「座りなさい」
「はい」
ポピー・スウィーティングの声色から逆らってはいけない事を察した女生徒は、地面の水溜まりの上に大人しく、できるだけキッチリと座る。
そして開始された当然のお説教を、周囲の先生方や魔法省から来たお歴々は微笑ましく見守るのだった。
「あの7年生たちの関係性は、年寄りには些か眩しいですな」
「ええ。まったく仰る通りです」
ファリス・スパーヴィン魔法大臣と呪文学教授エイブラハム・ローネンが歓談している横で、魔法ゲーム・スポーツ部の部長と飛行訓練のチヨ・コガワ先生も並んでその7年生たちを眺めながら笑っていた。
「―で、私たちに言うことがあるわよね?」
お説教の最後、ポピーにそう問い詰められた女生徒は友人たちに見つめられながら、未だぬかるんでいる地面にべったりと頭をつけた。
「危ないことして心配させてすいませんでした」
「ん。よろしい」
寮への加点も減点も他のホグワーツ生を全て合わせたより多いこの生徒は実際のところ、先生方に怒られる事よりもこうして友人たちに怒られる事の方が多いのだった。
そして7羽のサンダーバードたちとヒッポグリフのセバスチャン、そしてホーンド・サーペントのミラベルを呼び寄せた女生徒は、次々に旅行カバンの中へとそれらを収容していく。
〈あの子は………〉
ホーンド・サーペントのミラベルが、ホグワーツ城内へと戻っていく人だかりの方をじっと見つめている。そしてその場でただ1人オミニスだけが辛うじて、呼吸音の聞こえてくる方向が急に全く変化しなくなった事とその呟きの内容から、鎌首をもたげて佇むホーンド・サーペントが「誰かを見つめている」事に気づいた。
〈あの子はいずれ愛する者によって愛する者を喪い、ある愛によってある愛を失う。そして己の愛が故に、数多くの愛のために己が命を捧げて死ぬだろう〉
いきなり難解で不穏な事を言ったホーンド・サーペントのミラベルの視線の先に城へと戻っていくダンブルドア少年の背中があった事に、盲目のオミニスは気付ける由も無かった。
「ほらミラベルもお家戻ろ?」
〈ああ、そうしよう〉
〈ちょっと待ってくれ、今のは一体〉
そしてその予言めいたものが誰のことを言っているのか不明な上、それっきり2度と同じ発言をしなかったためにこのホーンド・サーペントの予言は、それを唯一聴いていたオミニスの記憶にすらもあまり長期間は残らなかった。
「ちょっといいかい?」
最後にヒッポグリフのセバスチャンが女生徒のカバンの中へ戻っていった直後、闇の魔術に対する防衛術教授のダイナ・へキャットが女生徒と友人たちの元へとやってきた。
「あ、へキャット先生。先程はお見事な戦いぶりでした」
「褒めてくれてありがとうよ。それで、あんた『ダイナ』って名前つけたやつも1匹いるんだろう?ギャレスから聞いたよ。どんなやつなのか気になる。さっきの特別試合に出して来やしないかと期待してたんだがね」
そのへキャット先生の言葉で、当の7年生以外のその場に居る7年生全員が雷にでも撃たれたかのようにビクリと反応した。
「あ、よかったらダイナに挨拶しますかへキャット先生?今連れて来ますね!」
そう言って再び旅行カバンの中へ消えようとした女生徒をギャレスとセバスチャンとアミットとヘクターが寄ってたかって押さえつけ、ポピーとサチャリッサとイメルダとマルフォイとナツァイが女生徒に杖を向ける。
「やめろ愚か者!アイツだけは絶対にダメだと何故わからんか!!」
マルフォイが血相を変えて叫んでいる。
「きみの動物たちの中でアイツだけは本当に、まるっきり、完全にきみの言う事しか聞かないだろう!ダイナを外に出していいのはきみ以外の周囲の人間を物音ひとつ立てずに全て殺す必要がある時だけだ!!」
アミットも叫ぶ。そして周囲の他の友人たちの表情も皆揃って「絶対に駄目だ」と強く主張しているのを見て取った女生徒は「わかったよぉー」と渋々受け入れる。
そして、いよいよ訊かずにはいられなくなったへキャット先生が口を開く。
「お前さんは、この私の名前を一体何につけたんだい?」
「へ?ああいえ、ダイナはレシフォールドです。去年ボルネオに行った時に仲良くなりました。ダイナの上に寝っ転がって日向ぼっこすると気持ちいいんですよ。すっごくすっごく強くてカッコイイからへキャット先生の名前を貰ったんです!」
みんな、へキャット先生が目を剥いて驚愕するところなど見るのは初めてだった。
レシフォールド。守護霊呪文以外の一切が効かず意思の疎通は不可能。人が就寝しているところに音もなく接近し痕跡を全く残さず食い尽くす、別名”生ける経帷子”は、その種々の特徴から吸魂鬼の近縁ではないかとすら囁かれる、熱帯地域にのみ極少数棲息している、夜行性の貴重かつ危険極まりない魔法生物である。
「ダイナは僕と一緒に森をキレイにしてくれるすごいヤツなんですよ!」
そう続けた女生徒の口をセバスチャンが「効果覿面」だと実証済みの手段で塞ぐ。
「お菓子あげるからちょっと静かにしててくれ」
別名が示す通りの「宙を舞う外套」若しくは「それ単体で空を飛ぶマント」とでも言うべき外見のその生き物、公式に記録が残っている中では遭遇して生き延びた例が数えるほどしかないその生き物と、この女生徒はどういうわけだか一定の信頼関係を構築する事に成功していたのだった。
「………セバスチャン、このマフィン美味しいね!」
そしてそのまま正午の寸前まで歓談していた面々もやがて解散し、各々戻っていく。しかし観覧していた全ての者の脳裏にその「特別試合」の光景は焼き付いており、先生方相手に見事な戦いぶりを見せた11人の7年生と、最後の瞬間に落雷の束から咄嗟にその生徒たちを庇った3人の先生方は大いに皆からの評価を上げた。
中でも群を抜いた戦いぶりを見せた首席の女生徒は、その7年生の事を良く知らなかった下級生や一部の来賓の方々にこれ以上なく強い印象を残した。
しかし、ブラック校長に関しては、「あれほど戦えるとは」という驚きの声と共に「あれほど戦えるのに2年前何もしなかったのか」という見解も上級生たちの間で多く囁かれ、決着のその時に1人だけ生徒を庇わなかった事も相まって、ただでさえ極めて低い大多数の生徒たちからの評判をより一層落とす結果となったのだった。
はい。この話においては、ソロモンおじさんは生きています。
だって………あんなのあんまりじゃないか……………
【検知不可能拡大呪文】キャパシウス・エクストリムス。
袋とか箱とか服のポケットとか部屋とかテントとか、そういう「容器」の
容量をめっちゃ増やす魔法。この魔法がかかっているかどうかを外側から
判別することができないので「検知不可能」。
ニュート・スキャマンダーの旅行鞄とかハーマイオニーのビーズバッグとか
クィディッチワールドカップで登場したウィーズリー一家のテント(借り物)
とかにこの魔法がかけられている。
魔法省の許可無く私物にこの魔法を施すのは違法。
原作者曰く「この魔法を使えばトイレの個室1つで100人が生活できる」らしい。