2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「ふう。おどったおどった。ライサンダスごはん食べる? おやすみする?」
「…………私たち、いったい何に参加させられたの?」
満足げなポピーの隣で、我に返ったらしいサチャリッサとアンは未だ混乱している様子だった。
サンダーバードとオーグリーの交雑種たる生まれたばかりのライサンダスをお祝いする踊りに何故か参加してしまっていたサチャリッサとアンは、雛鳥であるにも拘らず既にオウムくらいあるその灰色の鳥に熱心に話しかけているポピーの尻を眺めながら、今さら恥ずかしくなり始めていた。
「こっちがアナタのママのペネロープで、こっちがアナタのパパのドラウトプルーフだよ。それでこの子は私たちのお友達のヘンリーだよ。サハラツノクサリヘビっていう種類。可愛いでしょ。それでこっちの子はニーズルのサチャリッサで、あっちは人間のサチャリッサでね――」
灰色の羽毛に覆われた雛鳥が周囲を見回し始めたのをどのような欲求の発露だと解釈したのか、ポピーは次々と友達を雛鳥のライサンダスに紹介していく。
「ライサンダスくんライサンダスくん見てほら見てみて。アルバスだよ。まるいでしょ」
ドラゴンの目を模しているらしい銀色の派手なメガネをかけた背の高い青年が、1年生の小さなアルバス・ダンブルドア少年を両手で抱え上げてライサンダス・ラブグッドに提示している。
「その、改めてよろしくお願いしますラブグッドさん。僕まで連れて行っていただけるようで」
飼い猫のように無抵抗で抱え上げられたまま、ダンブルドア少年はラブグッドくんに挨拶した。
「きみってなんだか不死鳥に似てるねアルバスくん。お顔が似ている」
何人かの純血を標榜する古い家系出身の同級生や先輩たちから「ダンブルドア家は不死鳥に縁があると聞いたが本当なのか」とか訊ねられた経験は何度かあっても「顔が不死鳥に似ているね」などと言われた試しなど今まで一度たりとも無かったので、ダンブルドア少年はなんとも返答することができず、果たして褒められているのかどうかも判らず、ただ自分の身体をがっしり掴んで猫か何かのようにヒョイと持ち上げている困った7年生の先輩に助けを求めることしかできなかった。
「褒められてるんじゃないよアルバス。ライサンダスくんはただホントに『似てるな』って思っただけで、そこには『アルバスは顔が不死鳥に似ている』って事実だけしか乗っかってないよ。何かの例えでもないし称賛でも誹謗でもない。でもライサンダスくんが言うんだから、似てるんだよ」
先輩にそう説明されて、ダンブルドア少年はさらに困惑を深めていく。不死鳥に似ていると言われるのは悪い気はしないけれど、いったいどこを見てそう思ったんだろうかと。
「……不死鳥さんはキリッとしててカッコいいですけど、僕はチビだしまるいですよね」
「きみは背が伸びるよダンブルドアくん。ヒゲも伸ばすといいよ。似合うから」
たとえおだてられているだけだとしても、背が伸びると保証されるのはダンブルドア少年にとってとびっきり嬉しい言葉だったが、しかし自分に長いヒゲが似合うとは思えないのだった。
一方のライサンダス・ラブグッドは、手紙で伝え聞く限りではキライな食べ物も頑張って食べているようだし毎日早く寝てぐっすり眠って早起きしているようだし、親戚みんな背が低い家系でもないらしいので遅かれ早かれ背は伸びるだろうと、アルバスくんについてそう推測していた。
「アルバスってちっちゃくってモチモチでお顔まんまるだから、おヒゲ伸ばしたら庭小人みたいになりそう。……ふへぇ! ヴゥーー! ひゅひゅひゅひゅ……」
ヒゲを生やしたダンブルドア少年の姿をハッキリ想像できたのか噴きこぼすように笑い始めた先輩を、その先輩に両手で抱え上げられたままダンブルドア少年は睨む。
「先輩、今の僕にヒゲがたっぷり生えたところ想像してますよね。僕は背が伸びますからね」
「……あれぇアルバス、ライサンダスくんは?」
先輩が素っ頓狂な声を上げたのをきっかけにして、ようやくダンブルドア少年は気付いた。
またしてもライサンダス・ラブグッドくんの姿がどこにも見当たらないという事実に。
「……嘘でしょうあの人! またどこか行ったんですか? アリアナより目が離せない!!」
愕然としているダンブルドア少年をよそに、7年生たちの態度はのどかなものだった。
「ラブグッドくんなら今しがたフラフラ出てったわよ。……マクミランとかの去年の7年生たちの苦労が偲ばれるわね、まったく」
「去年の7年生のみんなはラブグッドくんがどっか行っちゃう寸前に声かけて止めてたもんねえ」
最高学年である7年生たちが既に卒業してしまった「先輩たち」の話をするのも、そんなの聞かされても想像するしかない後輩が困惑するのも、あるいは好奇心を刺激されて目を輝かせるのも、いつの時代のホグワーツでも見られたお決まりの光景だった。
そして当のライサンダス・ラブグッドは天文学の教室と天文台のすぐ下の階、呪文学の教室が目の前の、机や椅子がいくつもある共同スペースに来ていた。
いつものとおり、そこでは何人もの生徒が自主学習や休憩などして思い思いに過ごしている。
「うげラブグッド。なんで居るんだお前」
「あ、ラブグッド先輩。久しぶり」
「やあシリウスくん。それにフィニアスくん。きみたちラックスパートにいっぱいたかられてるけど、何か忘れものしてたりしないかい?」
この狂人は相変わらずらしいなと心の中で侮蔑しつつもそれを表情に出さない程度の社交性はある5年生のシリウス・ブラック少年とは対照的に、その弟である4年生のフィニアス・ブラック少年は、階段を降りながら声をかけてきたライサンダス・ラブグッドくんにも友好的だった。
そしてラブグッドくんの言葉を素直に受け止めてじっくり考えたフィニアスは、気付いた。
「……兄さん。兄さんの魔法薬学の宿題は?」
弟にそう指摘されて一瞬だけ全ての動作を停止した15歳のシリウス・ブラックは、自分の右手を確認し左手も確認し、前後左右の空中も確認し、つい今しがた苦労してやっと終わらせたそれを確かに自分は所持していないと、ようやく気づいた。
「――さっきの空き教室に置いてきた! 馬鹿か僕は!! 何を提出しに行くっていうんだ!!」
どやどやと大慌てで去って行った仲良し兄弟を見送ったラブグッドくんは、ついでに挨拶していこうと思い立って、すぐ目の前の呪文学の教室の扉を開ける。
「ローネン先生お久しぶりです」
「おやミスター・ラブグッド。元気そうで何よりだ。……どうだね神秘部は」
「機密ですのでお教えできません」
質問の意図を正しく察されてしまった呪文学教授のエイブラハム・ローネンは「ダメか」と悔しがったが、これは挨拶を代替する親しげで気楽なやりとりであって本気で機密を盗み取ろうとしているのではないと、ラブグッドくんも神秘部の機密保持用の保護魔法も理解していた。
「ローネン先生こそ、お元気そうで何よりです」
笑顔を浮かべているラブグッドくんは、7年生のあの子とミス・スウィーティングと1年生のアルバスくんをしばらくお借りしますねとだけ説明して、「では僕はこれで」と告げてまたフラリとその場を後にしようとした。
「いた!! 居ました先輩! 捕まえましたラブグッドくんです!!」
「おや。見つけたのかいすごいねえアルバスは。――やあライサンダスくん。何してたんだい?」
「ローネン先生に挨拶をね。そろそろポピーも準備できただろうし、合流して出発しようか」
背が高い18歳のライサンダス・ラブグッドを、同級生の女の子たちの誰より背が小さい11歳のダンブルドア少年がほとんど睨みつけるように眉間にシワを寄せながら見上げている。
「……なんだいアルバスくん。手を繋いでほしいのかい?」
「そうですよ。間違いなくそうです」
「アルバスは甘えんぼだねえ」
横からまるで的外れな指摘をしてくる先輩にも、ダンブルドア少年は反論などしない。
面倒だからだ。
そしてまた「必要の部屋」に戻ってポピーと合流した一同は、そこにまだ居たサチャリッサとアンに出発の挨拶をする。
「じゃ僕ら行ってくるねサッちゃん。アンをよろしくね」
「…………あなたと、ラブグッドくんと、ポピーで。ヒマラヤに、イエティの観察をしに、ねえ」
そう呟いたサチャリッサ・タグウッドは、ダンブルドア少年の方へと向き直った。
「――任せたわよダンブルドアくん。全てはアナタに懸かっているわ」
「僕は僕があと2人欲しいですタグウッド先輩」
1秒たりとも目が離せない先輩とラブグッドくんに、魔法生物に心を踊らせている時は先輩と同じくらい目が離せないポピー・スウィーティング。その3人を自分が1人で制御しきれるなどとは、ダンブルドア少年にはとても信じられなかった。
せめて誰か7年生の先輩がもう1人ついてきて欲しいと、ダンブルドア少年は思っている。
僕ひとりではどうにもならず、そうなるとつまりヒマラヤの現地の方々などにどれほどのご迷惑をお掛けするやら解ったものではないと、ダンブルドア少年は思っている。
自分や先輩たちに危険が及ぶかもしれないとは、全く思っていない。
先輩が一緒だから。
「やあゼノビア」
「何っ、なによいきなり! 私お昼を食べてる途中だったのに!」
いきなり空中が火を吹いてそこから現れた3年生のゼノビア・ノークは、どうやら彼女と一緒に現れた不死鳥に、有無を言わさず誘拐されてきたらしい。
「僕らと一緒に今からヒマラヤ行かないかい?」
派手なメガネをかけた青年にそう提案されたゼノビア・ノークは、ダンブルドア少年を見る。
「どうせまたダンブルドアの奴も一緒なんでしょ」
「そうだよぉ。アルバスも一緒」
「じゃあ私も行く」
キッとダンブルドア少年を睨みつけて威嚇しながら、ゼノビア・ノークは承諾した。
「決まりだね。じゃあ――別にわざわざホグワーツ領の外まで出なくていいか。ほらこれ持って」
「え、これ『ポートキー』ですよね。ホグワーツの中では――」
「何事にも例外と抜け道はあるんだよアルバスくん」
ダンブルドア少年が戸惑っている間にも派手な眼鏡の青年とポピーはラブグッドくんが差し出した分厚い本の開かれたページに触り、ゼノビア・ノークもそれに続く。
「行ってらっしゃい。頑張ってねダンブルドアくん。そいつらの見張りを」
サチャリッサ・タグウッドが他人事のように投げかけたそんな言葉を最後まで聞けずに、意を決してラブグッドくんが持っている本の開かれたページに手を伸ばした11歳のアルバス・ダンブルドア少年は、臍の裏をぐいっと引っ張られるような妙な感覚と足の裏が地面から離れたという確信を得る暇すらなく、グルングルンと空中を振り回されて周囲の景色が目まぐるしく変化していくことにも、どうやら自分は今すごく高い空の上に居るらしいという気づきにも、恐怖を抱けなかった。
「どっ、どこですか。ここ……」
そして数秒後か、もしくは数分後か。ようやく着陸できたらしいと気付いてから少し時間が経った後で、ゼエゼエと肩を大きく揺らして息をしながら、ダンブルドア少年はどうにかそう訊けた。
「ようこそ神秘部へ」
そう声をかけてきたのは、庭の暗がりのような色の服を着た穏やかな佇まいのお爺さんだった。
「連れてきました。この子たちが今回ご一緒させていただくホグワーツの生徒です」
「よろしい。ラブグッド研究員。……ではきみが、ラブグッド研究員がよく話してくれる子だね」
「こんちは! おじーちゃんはなんてお名前だい?」
いつの間にやら自分と同級生にしか見えない女の子になっている上いつぞやのニフラーを模した仮装まで身に着けていた先輩がそのお爺さんに礼儀も何も無い態度で問いかけたのを見て、ダンブルドア少年は先が思いやられて自分の顔を手で覆ってしまった。
「私はエルトン・エルダーベリー。神秘部で記録の管理をしている年寄りだよ。それで、今日はきみたちが私たちと一緒にヒマラヤまで旅行してくれるんだね?」
「そだよ! よろしくねえおじーちゃん!! エルじいって呼んでいいかい?」
「失礼ですよ先輩!!」
ニフラーの仮装に身を包んでごきげんの先輩を大慌てで諌めたダンブルドア少年に、エルトン・エルダーベリーは声をかける。
「構わんとも。きみはもしかして、パトリック・パーシバル・ダンブルドアの息子か何かかね?」
「それは僕の曽曽祖父の名前ですが。……どうしてですか?」
「ほう、あの小さなパトリックに『ひひ孫』とは! いや、きみはあの子にそっくりだからね」
エルトン・エルダーベリーという名前らしいそのお爺さんが「そうかひひ孫か」とか「そりゃあそうかもうあれからどれだけの年月が」とかブツブツ呟くのを見て、ダンブルドア少年は、このお爺さんは一体何歳なんだろうかと、もしかして話でしか知らない曽曽祖父と同級生だったりするのかと、なんとなく想像を膨らませていた。
まさか自分の曽曽祖父が両親に連れられて神秘部を訪れた年に、既にこのエルトン・エルダーベリーは数百年もの勤続年数を誇る魔法省の最年長者だったなどとは、11歳のアルバス・ダンブルドア少年は全く考えもしていない。
まさかニコラス・フラメルに迫るほどのとびっきりのお爺さんだとは、想像すらしていない。
そしてエルトン・エルダーベリーは再び、ニフラーの仮装に身を包んだ女の子に声をかける。
「きみが、あれを受け継いだんだね? きみが、パーシバルやチャールズの跡継ぎなんだね?」
「エルじい、ラッカム先生を知ってるの?」
「知っているとも。彼がホグワーツの生徒だった頃、私もホグワーツの生徒だったのだから」
「え゙え?! 何歳なんだいエルじいってば!! もしかして80歳とか超えてるのかい???」
「そりゃあもちろん。つい昨日かと錯覚してしまうほどの、遥か遠い昔に」
懐かしそうに見える表情でそう答えたエルダーベリー氏に、ラブグッドくんはホグワーツからここまで一気に移動するために使用した分厚い本を手渡す。
「ありがとうございました、エルダーベリー主任記録官。これ返却します」
「確かに返却された、ラブグッド上級研究員。では、出発しようかね。きみたちで全員だね?」
「そだよ! 僕とね、ポピーちゃんとね、ゼノビアとね、ラブグッドくんとね、アルバスだよ!」
元気いっぱいにお返事できた先輩を、ダンブルドア少年が横からじっとりと睨んでいる。
「あの、あのあの! 神秘部ではイエティの何を調べているんですか!」
「それって機密なんじゃないのスウィーティングったら」
ゼノビア・ノークが苦言を呈しても、ポピーの目は好奇心で輝き続けている。
「『神秘部では』という表現は、事実を正しく捉えていないと言えるね」
そう返答したエルダーベリー氏のイタズラっぽい笑顔は、どうやらますますポピーの興味を惹いたようだった。ポピーは今やエルダーベリー氏の眼前まで接近し、もっと詳しい話を聞きたいという熱意を全身から爛々と発散している。
「『神秘部では』いつの時代も、全体で共有している研究課題なんて無いんだ。神秘部の研究者たるもの常に『各々の研究』に、ある者は独力で、ある者は少人数のチームを率いて取り組むんだ。これは神秘部が新人を採用するか否かを決定する際の第一の基準でもある――その者が、何か1つでも明確に具体的に取り組みたい研究テーマを持っているどうか。……ところで、ラブグッド上級研究員は個人で研究に取り組んでいることが多いと記憶しているが、この認識は正しいかね?」
「手伝うこともありますよ。エルダーベリー教授の班が取り組んでらっしゃる収蔵庫の探索とか」
ラブグッドくんもまたエルダーベリー氏にイタズラっぽい笑顔を投げかけ、束の間微笑みあった2名の神秘部職員がそのままダンブルドア少年を始めとするホグワーツの生徒たちに何ひとつ説明しないままスタスタと滑らかな早足で移動を開始してしまったので、ダンブルドア少年もポピーもゼノビア・ノークも慌ててその後を追った。
「――あ゙゛ぁ゙もぅ今度は先輩が居ないぃ!!」
やっと移動を完了した様子のラブグッドくんとエルダーベリー氏に追いついた直後。憤慨して大きな声を出したダンブルドア少年は、もう既に疲れ始めていた。
「見てみてポピーちゃん。このひとちょっとシャープ先生に似てない?」
そして声が聞こえた方へとダンブルドア少年が視線を向けてみれば、二本の脚で立って歩くヒッポグリフのような、ヒトの頭を猛禽類のそれに変えて手足を鳥の脚にして翼を生やしたような見たこともない背の高い生き物に手を繋いでもらって嬉しそうに笑っている、ニフラーの仮装に身を包んで橙と緑の派手なゴーグルをかけた小さな女の子がそこには居た。
「迷子だ。ご両人」
それだけ言って去って行ったその二足歩行のヒッポグリフのような生き物が何だったのか、ダンブルドア少年にはまるで検討もつかなかった。
「あのひとドングリいっぱいくれたんだよポピーちゃん」
「すごいすごい! やっぱりホントにいるんだ! 信じられない!! ねえ見た?!」
ニフラーの仮装に身を包んだ女の子は大きな葉を折りたたんで作られているらしい器に山盛り入った様々な木の実を次々と口に放り込んでいるし、ポピーは今にも走り出しそうなほどの興奮と喜びが全身から炎のように轟々と噴き出している。
「アナタたち2人とも今日ここに何しに来たのか今からどこに行くのか覚えてるのよね?」
「ゼノビアもドングリ食べるかい?」
ゼノビア・ノークが何やら怪訝そうな顔をしてこっちを見ていたので、ニフラーの仮装に身を包んだ女の子は今しがたシャープ先生ソックリな鳥のお兄さんにもらったばかりの木の実が山盛りの大きな葉っぱでできた器を差し出して「美味しいよ?」と提案してみた。
「アナタは、今から、どこに、何しに、行くんだった?」
「さっきのひとと一緒にドングリパーティするんだよ?」
「ヒマラヤにイエティ見に行くからって私を不死鳥に攫わせたのアナタでしょ!」
ニフラーの仮装に身を包んだ女の子の頬を両手で思いっきり引っ張っているゼノビア・ノークのすぐそばで、ダンブルドア少年は目が離せない先輩と目が離せないポピー・スウィーティングのどちらを見張るべきか、その優先順位を判断できずにいた。
「イエティの何を調べるのかは、向こうに着いてから現地の方に説明してもらおうか」
エルダーベリー氏にそう言われたポピーは、今や興奮のあまり踵が床から浮いていた。
「そうだ。イエティってマグルに何度も見られちゃってるから、ヒマラヤには国際魔法使い連盟の特別チームが常駐してるんだって聞いたことあったな。私、それが見られるなんて!」
いつの間にかそこにあった壁にさっきまでは無かったはずの鉄製らしい古そうな扉が独りでに開き、エルダーベリー氏がその部屋の中へと入っていき、ポピーもピョコピョコとした足取りで後に続くが、ダンブルドア少年とゼノビア・ノークは警戒と困惑を隠しきれていない。
「きみたちは
また唐突に話しかけてきたラブグッドくんにダンブルドア少年は精一杯の笑顔を作って応対するが、そのすぐそばのゼノビア・ノークは機嫌の悪い小型犬のように眉間にシワを寄せて思いっきりラブグッドくんを睨みつけている。
「ドングリはねえ生で食べるとすんごい苦いんだよゼノビア。僕ねえ今ねえ口の中たいへん」
「じゃあ食べるのやめなさいよ」
ゼノビア・ノークに当然の指摘をされてもまだ木の実をいくつも口の中に放り込んだ胡乱な先輩を努めて無視しながら、ダンブルドア少年はラブグッドくんの質問に答える。
「僕は煙突飛行粉を使ったことがあります。どういうものかも知ってますよ」
「口の中パチパチして楽しいよねフルーパウダー」
「ちょっと静かにしててくれますか先輩」
ラブグッドくんがいつの間にかその手に持っていた器の中の、宝石を砕いて作ったかのようにキラキラと光を反射している緑色の粉に、ニフラーの仮装に身を包んだホグワーツの7年生とは思えない女の子は手を伸ばして、あろうことか口へと運んでいる。
「別に美味しくはないよねフルーパウダー」
「じゃあ食べるのやめなさいよ」
呆れているゼノビアと木の実を完食した7年生の女生徒の背後で、皆が今通ってきた鉄の扉が独りでに閉まった。
「さて。じゃあ出発しようか」
そう言い終わらない内に、ラブグッドくんは持っていた器の中の煙突飛行粉を全て床に撒いた。
「中国魔法省本部経由国際魔法使い連盟ヒマラヤ基地イエティ監視所本部!」
緑色の炎が部屋全体を覆い尽くし、数秒後にそれが収まった時には、部屋には誰もいなかった。
「――はい到着。一応確認しとこうか。全員いるかい?」
「むあーーー!」
ラブグッドくんの問いかけに返事をしようとしたらしいニフラーの仮装に身を包んだ7年生の小さな女生徒が口を開けた途端、そこから緑色の炎が噴き上がった。
「そこのおバカも私もスウィーティングもダンブルドアもちゃんと揃ってるわよ」
「――はやー、ビックリしたな。今のもっかいやりたい」
「おとなしくしてなさい良い子だから」
言動が母親みたいになっている3年生のゼノビア・ノーク先輩が着いてきてくれて本当に良かったと、僕1人だったらとても手が回らなかったと、ダンブルドア少年はその7年生の先輩の隣で今にも走り出しそうな表情をしているポピー・スウィーティング先輩を見ながらそう安堵していた。
「オヤマ、思テタヨリ早ク来タネ。仕事ダカラ歓迎スルヨ。ホントニ優秀ナラ大歓迎ヨ」
煙突飛行ネットワークに接続するためだけにあったらしい部屋から出てきた一同を歓迎してくれたのは、現地職員なのだろう若い魔女だった。
「アタシ周ネ。オ前ラガ通達アッタ
「そうです。よろしくお願いします。その、えっと、チョウさん? ……ジョウさん?」
「周ネ。『ヂォゥ』。ケド『チョウ』デイイヨ。オ前ラ西洋人デ発音デキル奴アッタコトナイネ」
その若いアジア人女性は、ニフラーの仮装をした女の子の目の前にしゃがんで視線を合わせる。
「――ジャ、オ前ガ私ノ親戚ノグウェンドリン誅伐シテクレタ奴ネ?」
「それってグウェンドリン・チョウ? だったらそうだよ。ローワー・ホグズフィールドの近所で野営地をこしらえてたから手下ともども皆殺しにしたんだ。グウェンドリンは塵になったよ」
「…………这下子可真是个肮脏恶棍应得的下场了」
早口の中国語で何やら口走ったその女性が何を言ったのか、ダンブルドア少年には、そのどこか寂しそうな表情から察せた。あいつは受けるべき報いをついに受けたと、いつかそうなる運命だったと、だから責められるべきはあいつ本人だけだと、そう自分自身に言い聞かせているのだと。
「サ、馬鹿ヲ見タ馬鹿ノ話ハ止メテ、早速フィールドワーク出カケルネ」
「ねえねえお姉さん英語上手だねえ僕とお茶しない?」
「オ前ガ茶菓子ナラネ。オ前ウマソウネ」
「み゙ゃ!!」
ニフラーの仮装をした女の子は素っ頓狂な悲鳴を上げてポピーの背中に飛びつくようにして隠れ、そこから恐る恐る様子を窺っているその姿を見て、現地研究員の女性は満足げに笑った。
「ところで周研究員、その話し方は何かの実験ですか?」
その質問は失礼にも程があるでしょうと思ったゼノビア・ノークがラブグッドくんを鋭く睨みつけたが、周というファミリーネームらしい現地研究員の女性はニヤリと笑った。
「別に普通にも喋れるけど、ワザト訛ッタ方ガ色々ゴマカシ効クネ。英語の習熟度が『それなり』で止まってると思わせとけば、わりとポロッと研究機密が聞けたりするネ」
そう言い放ってクスクス笑ったその女性の視線も表情も、とても蠱惑的だった。
そして勝手に外に出ようとしていたポピーとニフラーの仮装をした女の子を凍え死にしたいのかオマエと呼び止めて全員に保護魔法をかけた現地研究員の周さんは、上司か同僚なのだろう男性に一声かけてから、ラブグッドくんとエルダーベリー氏とホグワーツの生徒4人を連れて、建物の外へと足を踏み出した。
そこは見渡す限りの地面が岩だらけで、ところどころに雪が残っていて、その向こうに見える尖った山々は真っ白で、冷たい空気は一息吸う度に喉に突き刺さるかのようだった。
かなり高い雪山の上だと、きっとここは植物が大きく育つなんてこと不可能な標高なんだろうと、ダンブルドア少年は前に読んだ本の記述を思い出してそう推測していた。
「わあーーー!! 寒い!! さむーい!! 寒いねえポピーちゃん!!」
「インカーセラス!!」
駆け出すことは予想できていた先輩を、ダンブルドア少年は鋭い杖捌きで縛り上げた。
「おや。1年生でその呪文を使えるとは、優秀だねきみは」
「ありがとうございます。必要に駆られまして。……見ての通りに」
エルダーベリーさんに褒めてもらったダンブルドア少年は「なんてことないですよ」という態度を頑張って取り繕おうとしているが、その表情は嬉しそうだった。
「ここは
何も整備などされていない道なき道を登ったり降りたり滑落しそうになったり15分ほど歩いて、一同は「現場」に到着した。
「……これ、これがイエティ、だよね?」
ポピー・スウィーティングはそう言いながら、ゴクリと唾を飲み込む。
「これだから引きこもって資料編纂ばかりしている気になれないんだ」
そう呟いたエルダーベリー氏の目は、さっきまでのポピーと同じくらい好奇心で輝いている。
「これ、食べられてるよね。それも一口で。ガブッとやられてこうなったんだよね、この断面」
「そうだね。そんなに時間経ってなさそうだけど、ここ寒いから腐るのも遅いだろうし……」
「――きみたちを連れてきて正解だった」
早速検分を開始したポピーとニフラーの仮装をした女生徒を見ながら、ラブグッドくんは言う。
半ば雪に埋まりつつある、その全身を白く長い毛で覆われたトロールによく似た大きな生き物の死体には、胸より下の部分が無かった。
「何が居るんですか、この山」
ダンブルドア少年は、杖を握る手に力が籠もるのを抑えられなかった。
【イエティ】
人間に敵対的な魔法生物で、トロールの近縁種だと考えられている。
ニュート・スキャマンダー曰く最大の個体で15フィートぐらい(4メートル半)。
イエティは出会ったもの全てを攻撃して食べるので、研究は進んでいない。
マグルに存在がよく知られている魔法生物の筆頭でもあり、イエティをできるだけマグルの目から隠すために、チベットの山岳地帯には国際魔法使い連盟の専任チームが常駐している。
【エルトン・エルダーベリー】
ゲーム「ハリー・ポッター:ホグワーツの謎」に登場する魔法省職員のお爺さん。
本人の話によると1990年ごろの時点で少なくとも500歳を超えている。