2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「ほらリトルフット、皆さんにご挨拶して?」
見渡す限り氷と雪山と空しかない、雲より高いカンチェンジュンガの尾根の上で。ホグワーツ魔法魔術学校から友人と共にピクニック気分でやってきたポピー・スウィーティングは、さっき新しく家族になった毛むくじゃらの真っ白なトロールらしき生き物に、まるで我が子か飼い犬にでもするように優しい口調で、挨拶するよう促している。
国際魔法使い連盟から派遣されてきて駐在している、イエティの監視と保護とマグルからの隔離を任務としている職員の魔法使いと魔女たちにどよめきが広がっている中、ニフラーの仮装に身を包んだ青年は、中国出身だと思われる研究員の魔女を相手にちょっとした相談を始めていた。
「ねえねえお姉さん、僕ね帰る前にお土産買っていきたいんだよね。このへんお店とかない?」
「この雪と氷と透き通った空気しかない
予想していた通りの答えが返ってきて、ニフラーの仮装に身を包んだ青年は唸る。
「ん゙ニャアァ゙ーー、そうだよねえー。でもねえ僕おみやげ買いたいんだよねえー。お姉さん着てる服と持ち物全部売ってくれたりしない?」
「お前の脳みそは木彫りヨ」
「ねえねえお姉さん、リトルフットがお姉さんをガブガブしたいって!」
「お前の脳みそも木彫りヨ」
目に付くもの全てを破壊して殺して食べてしまうはずのイエティを何故か手懐けてしまった小柄なお嬢さんとニフラーの仮装をした青年を、その魔女は極めて雑にあしらっている。
「僕おみやげ買いたいのになー……」
「ほらリトルフット、大丈夫だよ。もう怖いヘビさん居なくなったから」
青年はお土産買いたいお土産買いたいとダダをこね始め、ポピー・スウィーティングはここに居る事自体怖いらしいイエティを励まして勇気づけようとしている。
「あのヘビの化け物、中国魔法省は存在を把握してたんですよね?」
11歳のアルバス・ダンブルドア少年は今しがた体験した出来事について、まだ驚いていた。
「そういう種類の生き物が居ることは把握してるし、研究もしてるヨ。けど、全個体の所在地と動向を常にってのは、現在達成するべく頑張っている目標であって、それすなわち未だ達成されていないネ。人迹咒で
聞き慣れない魔法が話題に上がったので、当然ダンブルドア少年は興味を持った。
「レンジージョーってなんです? どういう魔法ですか?」
「ん? ああ、英語だとナンテ言うんだったカ……所在追せ、そう『Homonculous Charm』ネ。こっちだと『
「しょうがないから雪と氷を持って帰ろうカナァ…………みんな喜んじゃくれないだろうナァ……デモしょうがないヨナァ……ここには雪と氷と綺麗な空気しかないんだもんナァ……」
「ここはイエティもろとも自然も保護サレてる区域だかラ雪も氷も持ち帰り不可ヨ」
現地駐在員としてはしないわけにはいかない当然の忠告をした魔女を、その青年はいかにも何か言いたそうな目つきでジットリと睨む。
「卑しいですよ先輩」
ダンブルドア少年は先輩のあからさまな態度に苦言を呈したが、一方で現地駐在研究員の魔女は「旅行者にガッカリされたまま帰られるのは自分たちにとっても損なのでは」と考え始めていた。
「…………そのイエティを本当に連れて帰るイウなら、ドチにしろ寄ってもらう必要あるネ。……よしバカコドモ、お前とお友達は私と一緒に今から中国魔法省本部に行くね。土産なんかそこにいくらでも売ってるね。土産らしい土産がヤダってんなら地元の露店でも見るとイイヨ。食べ物でも魔法薬の材料でもペットにしていい魔法生物でもイギリスに無いノがいくらでもあるよ」
「ほんとう?!! やったあ!! わぁ゙いやったよポピーちゃん!!!!」
一気にその目を輝かせた青年が歓声を上げながらポピー・スウィーティングの方に駆け出していったのを横目に見ながら、ダンブルドア少年はその魔女に質問を投げかける。
「中国魔法省本部ってどこにあるんですか?」
「洛陽ヨ。マグルはまだ見つけてないけど、中国魔法省本部の建物は古すぎて地上に近い部分が完全放棄されてるヨ。それに地下の特に深い区画は未だに発掘中ネ。だからとにかく、見物するんなら1日じゃあ足りないヨ、中国魔法省本部は。だからそれを見てきたって話も土産になるはずネ」
「……放棄って、魔法で直さないんですか?」
レパロですぐなんじゃないかと、ダンブルドア少年は思っている。
「ヘタに魔法で修復すると経年劣化と一緒に歴史的価値も消すことナルネ。だから放ったらかしよ。ただ、本当に完全にほったらかしてるから、マグルが見つけるのも時間の問題ヨ」
「いいんですかそれ」
国際魔法使い機密保持法という単語が頭に浮かんだダンブルドア少年は思わずそう訊き返したが、その中国出身だと思われる魔女の返答は極めてお気楽なものだった。
「イイヨ。なにせマグルが掘り返せる地上に近い深さの区画は本当に放棄されてて、魔法なんかひとつもかかってないネ。だから見つかっても単なる遺跡と区別つかないネ。それにまだ使ってる区画はもちろん山程の呪文で隠匿してあるから見つけられっこ無いヨ」
イエティに抱きついた先輩と、抱きつかれながら助けを求めているとダンブルドア少年にも判る視線をポピーに投げかけているイエティを見ながら、ダンブルドア少年はその魔女にさらに訊く。
「――本当に大量に使うんですね。あの解毒薬」
エルダーベリー氏の通報を受けて大集合してきた国際魔法使い連盟所属の現地駐在員や、現在このカンチェンジュンガに滞在中だったらしい各国から来た研究員たちに加えて中国魔法省やインド魔法省から急行して来た様子の研究員たちの内のいくらかが、各々の傍に浮遊させた大鍋から薄い青色の液体を無尽蔵かと思えるほどに大放出して、未だに生臭さが漂っていた血塗れの景色を洗い清めている。その大量の魔法薬は洪水でも起きそうなほどに垂れ流されているのに、ほとんど流れ広がらず全てその場に染み込んでいき、雪も氷も一切溶かされる様子はなく、ただ血の赤さと耐え難いほどだった生臭さだけが徐々に徐々に薄くなっていく。その光景はダンブルドア少年に、まるでこの雪山をお風呂に入れてあげているみたいだと、そんな間の抜けた感想を抱かせた。
「材料も
「――それって、その量でいくらくらいするの? ふむふむ。それで――」
今みんながやってる洗浄作業に総額いくらかかっているのかを大まかに計算できてしまった現地駐在研究員の魔女が大きくため息をついたその向こうでは、ゼノビア・ノークが珍しくレイブンクローらしい勉強熱心さを発揮して、未だそこら中血みどろなままの景色を洗浄している研究員たちの内ひとりを質問攻めにして、相柳の毒の解毒薬の材料とレシピを詳細に書き留めている。
一方、そんなまだまだ続く洗浄作業に参加していない研究員たちは、皆一様にポピーが保護したイエティの「リトルフット」を少しでも身近で観察したいという生理的欲求と、あんまり近寄ると殺されるかもしれないという知識と経験からくる当たり前の懸念との間で揺れに揺れていた。
「珍しい事例です……とても珍しい……把握している限りでは世界初だ……」
「『極めて危険だとされている魔法生物と』という意味では、前例が無いわけでもないありませんよね。……他でもないそちらの青年を始めとして」
「魔法生物というものは須らく我らの想像より賢いものですから、すなわち『命の恩』というものを我らと同程度かそれ以上に理解できて、そして重大だと捉えていてもそこまで不思議は――」
若い人も老人もアジア人も西洋人もいる学者たちが多種多様な訛り方をした英語で、各々の見解を話しかける相手の目など一切見ずに、皆イエティを凝視したまま述べあっている。
「自分はパーセルマウスなのだから言う事を聞かせられるはずだ、と、孵したバジリスクに高圧的に接して睨み殺された不届き者の事例が我がギリシャ魔法省にはいくつも残っていますが、ヘビに限った話でもないですよね。意思の疎通ができるかどうかと心が通い合うかどうかが別なのは」
そこまで言ったところでイエティと目が合った学者の老魔女は、反射的に後ずさりした。
「お風呂入ろっかリトルフット。その後でブラッシングしようね」
「待って、待ってくださいミス・スウィーティング。もう少し――」
「ダメです。リトルフットったらヒトの顔が怖いみたいなので」
研究者の要請を撥ねつけたポピーの発言も、周囲の学者たちの興味を惹いた。
「それは、相柳の姿が恐怖の象徴として心に刻まれているという理解でいいですか」
「たぶんそうです。あのヘビは顔がヒトで9個あったから、あの9個のどれかに似た顔のヒトのことは怖いんだと思うんです。私も怖かったしあのヘビ。――ほらリトルフット、あなたの新しい家族に挨拶しましょ――ねぇ、この子にカバンの中を案内してあげてほしいんだけど、いい?」
皆の頭上を飛び回っていた不死鳥がちょうど自分のそばに来たのを見計らってそう声をかけたポピーの要請をどうやら快諾したらしいその不死鳥は、イエティの頭の上に止まってパタパタ踊っていたワタリガラスを蹴り飛ばして排除するとそのままイエティもろとも炎に包まれて姿を消した。
「ん゙ニヤァ゙ァ゙……蹴っ飛ばされた……僕のこと蹴ったよアイツめ……」
「仲良しだよねえアナタたち」
気の置けない間柄とはこういうことを言うのだろうと、ポピーはその友人と不死鳥のやり取りを見ながら常々思っている。
ワタリガラスからヒトの姿に戻ったそのホグワーツの7年生の生徒は、青年からナツァイ・オナイに似た雰囲気の快活そうな女生徒になっていた。
「んーー? なんだいゴドリック、どうしたんだい?」
話しかけられているような気配を感じて、そしてその出どころをすぐに理解して、7年生の女生徒はどこへともなくそう問いかけた。
「なんか、懐かしい気配を感じたんだが。そっちにさっき私よりデカい光る鳥が居なかったか?」
「居たよぉ。ゴドリック知ってるひとなのかい? あれ誰なんだい?」
その声の主は、飼い主の問いかけに答えているのかいないのか判断しづらい返答をよこした。
「…………エリエザーの奴、今回どうせお前のこと手伝わなかったろ。寒いから、ってのは単なる言い訳だぞ――ちょっとカバン開けてくれるか」
「いいよぉ。ゴドリックもヒマラヤの景色が見たいのかい?」
その女生徒がいそいそと取り出したカバンが開かれて、そこから吐き出されるようにして姿を現した生き物の姿が視界に入ると、イエティが不死鳥と共に姿を消してしょんぼりしていた各国の魔法省や国際魔法使い連盟から派遣されてきている役人や魔法生物研究家たちは、腰を抜かした。
立派な髭を蓄えたヒトの顔に力強いライオンの身体、そして成体のバジリスクくらいの太さがあるサソリのような毒針を備えた尾に、ドラゴンのような翼。
姿を現した異常に巨大なマンティコアは、空を覆えそうなほどに大きい翼を思いっきり広げて尻尾も真っ直ぐにして全身で思いっきり伸びをした後、周囲の人間たちでも飼い主とその友人たちでもなく、青く遠い空の向こうを見つめた。
「やっぱり、アイツが来てたのか。それで――ああ、あの清潔感って概念を知らない迷惑なヘビが居たんだな。バジリスクの奴はあれで結構綺麗好きだったんだが、ヘビにも色々居る――」
「ゴドリックぅー、ゴドリックー、乗っけてー」
飼い主のお気楽な声が足元から聞こえてきたので、マンティコアのゴドリックはいつものようにあまり深く考えず、「何をするつもりなのか」などとは予想もせずに「いいぞ」と返事をした。
「あのヘビなんて名前なんだったかな。会話がまるで成り立たないんだよなあのイカれ野郎共は。それも私どころかバジリスクの奴とすら。むかーし1回バジリスクの奴がアホのハーポと一緒に『同盟を』って提案しにはるばる苗族の奴らが住んでるとこあたりまで行って――ああ、相柳だ」
誰も聞いたことがない大昔の話を懐かしそうに、誰にとも無く独りで語り始めた巨大なマンティコアのゴドリックに、その胴体をよじ登り終えた7年生の女生徒が言う。
「それって『腐ったハーポ』と最初のバジリスクの話だよね。そんなの本に載ってなかったや」
「そりゃあいつら皆に内緒でこっそり行ったからな。記録には残ってないだろうとも」
そこで棚からティーセットを呼び寄せるかのような気軽さで自分たちを「呼び寄せ」た7年生の女生徒によってゴドリックの背の上へと集合させられたダンブルドア少年とゼノビア・ノークが中国出身なのだろう現地駐在研究員の魔女と一緒に「急に何を」と抗議している中、いっしょに呼び寄せられたポピー・スウィーティングは戸惑う様子もなく、7年生の女生徒を背もたれにできる位置までゴドリックの背の上を四つん這いで移動してきて、満足げにそこに収まった。
「ねえねえゴドリック。それって結局その『同盟』は無理だったんだよね?」
「そうだよポピー。ハーポとバジリスクはわざわざ現地語の蛇語を練習してから行ったんだが――帰ってくるなりあいつら私のところに来て愚痴愚痴愚痴の大演説を始めてね……曰く、たとえ言語が共通していてもあんなのとは協力関係なんか結べないし願い下げ、だそうだ。……あの不届き者ふたりにそう言わせるんだから、その相柳って生き物はよっぽど野蛮なんだろうな」
そのマンティコアの「ゴドリック・グリフィンドール」の背中は、実技を伴う授業が無理なく行えるだろうとダンブルドア少年に思わせるほどの広さがあった。
「それさ、腐ったハーポとバジリスクがすごい上から目線で偉っそうに『服従しろ』って迫ったからジャンローたちが怒っちゃっただけ、って可能性は無いですか」
ポピーに続いて、また7年生の女生徒がマンティコアのゴドリックに訊いた。
「……大いに有り得る。あのアホ共にはそういう傾向があった。……お前『相柳』の発音変だぞ」
「そうかい? ジャンローはジャンローで合ってるって思ってるんだけど、違うのかい?」
7年生の女生徒のその発言に、ゴドリックよりも早く反応したのは他でもない、中国語を母語とする現地駐在研究員の魔女だった。
「
「ジャンロー」
「先輩
ダンブルドア少年も参加して発音を矯正しようとするが、その女生徒は自分の発音と正しい発音との差異に未だ気づけていない様子だった。
「シャンロウ?」
「かわいい」
そんな即興講習会がお気に召したらしいポピーが、女生徒の身体にもたれかかって笑った。
「んん゙~……ねえゴドリックぅ。ゴドリック今までお昼寝してたんでしょ? だったら運動しよう運動。僕ねぇこっから麓まで一気に駆け下りたら爽快だと思うんだよね」
ダンブルドア少年がそれを聞いて抗議するよりも先に巨大極まるマンティコアのゴドリックは翼を大きく広げて山脈が崩壊するのではなかろうかと思わせるほどの音量で吠え、女生徒はラブグッドくんとエルダーベリー氏に呼びかける。
「おおーい。ラブグッドくんもエルじいも乗って乗って。このお姉さんが中国魔法省に案内してくれるんだよ! ゴドリックに乗っけてもらって空飛ぶのは楽しいよぉ~?」
戸惑うエルダーベリー氏とは対照的にラブグッドくんは「久しぶりだねゴドリック」とかなんとか言いながらゴドリックの大きな大きな身体をスルスルと登っていくが、その間も周囲にいる各国の研究者や国際魔法使い連盟の職員たちは衝撃に呑まれたままだった。
「なん、なん、何ですかあれは……こんなサイズのマンティコアなんて……それに翼とは……」
絶句しているインド魔法省所属のおじさんの横で、ギリシャ魔法省から派遣されてきている研究者数名のチームは、何やら各々の記憶と照らし合わせながら小声で話し合っている。
「クニドスのクテーシアースの著書の中でアルタクセルクセス2世が『会談した』とされている、記録に残る最古のマンティコアは、描写が異常だとして長年議論の対象になってきましたよね」
「ああ。恐怖心故に実際よりも大きく見えていたとか、我らが把握しているものではない未知の単位系を用いて記録されているだとか、いろいろ言われていたが――」
あの紀元前の記録は正確だったのだと、見たものを見たまま忠実に記録していたのだと、アルタクセルクセス2世に謁見したマンティコアはこの個体だと、その研究者たちは確信していた。
「おや、お前たちさてはギリシャから来たのか。じゃあアホのハーポがどういう最期を遂げたのかも知っていたりするのか? アイツといつも一緒だったバジリスクの奴ならともかく、アイツ自身はまさか未だに生きているわけはないだろう?」
巨大極まるマンティコアに話しかけられてビクリと怯んだそのクルクルとした艷やかな金の巻き毛が日光を反射している年若い魔法使いは、しかしすぐに落ち着きを取り戻して、ギリシャ出身の魔法使いなら子どもの頃に必ず習う「よく知られた話」を語る。
「
「……やっぱりアホだよハーポ。……お前は。……仲良くすればいいだけの話だったろうに」
その巨大極まるマンティコアは、また遠い空の向こうを見つめた。
「あっ、あの! あなたの名前を教えていただけませんか! あなたの存在自体は古い記録に残っているんですけど、個体名がどこにも――」
頑張って勇気を出したのだろう、怯えが隠しきれていない険しい表情でそう呼びかけてきたギリシャ人の魔女に、巨大極まるマンティコアは快く返事をする。
「私の名前はゴドリック・グリフィンドールだよ。この賑やかな友人がくれた名前だ」
そういう意味の質問ではないと訊き直す勇気は湧かないらしいその魔女は、控えめに「ありがとうございます」と言ったっきり黙ってしまった。
「ねえねえゴドリック。『前は』どう呼ばれていたかを訊きたいんじゃないのかな? ほら例えばそのアルタクセルクセス2世さんとか、それこそ腐ったハーポとかにさ」
ポピーにそう補足されて、ようやくゴドリックはギリシャ人の魔女が怯えながら投げかけてきた質問の意味を正しく理解した。
しかし、ゴドリックの回答は変わらなかった。
「ああそういう……しかしなぁ、聞いたことがない単語が聞けたりはしないぞ? 私はあのころ単に『
確かにギリシャで魔法生物の研究をしている者なら誰でも聞いたことがある単語を聞かされたギリシャの魔女は、しかしその回答から新たな学びを得たらしかった。
「そっか。マンティコアって、生き物の種類の名前だと思ってたけど――バジリスクだってそうだ。最初は、その一個体だけを指す『個体名』だったんだ。そっか……」
何やらブツブツ呟いていた魔女は、やがて再び顔を上げてその巨大極まるマンティコアを見た。
「あの、その、えっと……お会いできて光栄ですゴドリック・グリフィンドールさん!」
「こちらこそ。あの迷惑なヘビの後片付けは大変だろうが、頑張ってくれ」
ゴドリックに見つめられて腰が抜けたらしいそのギリシャの魔女は、氷の斜面にへたり込んだ。
「さ。行こうゴドリック! 中国魔法省本部に!」
「先輩まさかこのままゴドリックさんに乗ってそこまで移動するつもりなんですか? 洛陽ってここから近いんですか?」
「遠いネ。清の領土を西から東に横断することナルヨ」
「それゆけ!」
賑やかな飼い主に促されて、ゴドリックはカンチェンジュンガの斜面を思い切り蹴った。
ホグワーツの大広間にギリギリ収まるかどうかという巨大極まるマンティコアは、ヒトなら魔法使いでも自殺行為だろうカンチェンジュンガの峻険な凍った岩壁を、どんどん速度を増しながら駆け下っていく。一歩ごとに踏みつけた岩壁が砕け、雪と氷と石が飛び散り落ちていく。
大規模な雪崩が発生するまでには、10秒もかからなかった。
「みゃーーーーははははははは!!! もっと走るんだぁゴドリック!!」
「バカなんじゃないのあなた!! いやバカなのは知ってるけど! バカでしょこのおバカ!!」
「何考えてるんですか先輩!!」
「私ナニモ見てないネ。誰がなんと言おうとこれの始末書も報告書も書かないネ。シラナイネ」
あまりの轟音に思わず背後を――厳密には上空を――見てしまったダンブルドア少年の目に飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がった真っ白な壁。
それは全てのものを呑み込みながら追いかけてきていて、しかし着実に遠ざかっていた。
自分たちは雪崩より速くカンチェンジュンガ峰の急斜面をほとんど落下するようにして駆け下っているのだとすぐに理解できてしまったダンブルドア少年は、気が遠くなった。
「ゴドリックは優しいね。ありがとねゴドリック」
マンティコアのゴドリックが背の上の自分たちを落とさないように気をつけて慎重に走っていると、気づいているのはポピーとラブグッドくんだけだった。
そして雪崩よりも早くカンチェンジュンガの急斜面を駆け下ったゴドリックは、下方からどんどん迫ってきた雲海よりも低い位置まで降りてしまう寸前で翼を広げて飛び立った。
「さーあゆくぞう二里頭へ!!」
いくら雲の上を飛んでも本当にこのまま中国魔法省本部まで行くのでは一体何人のマグルに目撃されるかわかったものではないと心配し始めたダンブルドア少年の視界に、不死鳥が映った。
その鳥を数日前にホグワーツの図書館で読んだ本に載っていた数行の文章でしか知らなかったダンブルドア少年はそれと判らず、いま眼の前を横切ったその鳥を、不死鳥だと思った。
「やあ、はじめまして。きみが案内してくれるのかい?」
だから先輩がそう呟いたのが聞こえても、ダンブルドア少年は聞き間違いだと思ってしまった。
「ほら、アルバスとゼノビアも挨拶して。僕もポピーちゃんも去年初めて見たんだから!」
「よ、よろしくお願いします」
「ねえ何? この鳥! 不死鳥に似てるけど、不死鳥ってここまでカラフルじゃないわよね?」
戸惑い気味のゼノビア・ノークが発した問いかけに、ポピーが答える。
「鳳凰だよゼノビア。不死鳥の親戚みたいな鳥で、極東アジアにしか居ないの」
「違うよポピー」ラブグッドくんがすかさず訂正する。「そもそも彼は鳥じゃないよ」
ポピーにくっつかれている7年生の女生徒もその鳥を鳳凰だと思っていたので、ポピーと2人してラブグッドくんの居る後方へ振り返って目を丸くしたまま固まっている。
眼の前でゴドリックの頭部に着地したその生き物が本当は何なのかを正しく理解しているのは、中国出身である細身の魔女を除けば、ラブグッドくんだけだった。
「彼は今たまたま鳳凰に化けてるだけ。――ねえ、そうだろう?」
「
その鳳凰は何やら中国語で呟くと、ひとりの老いさらばえた小さな僧侶に姿を変えた。
「
その僧侶はマンティコアのゴドリックの頭の上で直立したまま、真っ直ぐに中国出身の魔女を見つめてそう宣告すると、今度は白と黒の2色に別れた毛並みを持つ見慣れない熊に姿を変えた。
「きみ『
先輩の声から好奇心と嬉しさで起爆寸前なのが伝わってきて、ダンブルドア少年はこの人がこれ以上何かをしでかす前に拘束しなければと考えて杖を構えたが、遅かった。
「『
「ひょほーーーー!!! 捕まえた!! あれぇ捕まえてない!! そいやーーー!!」
その正体不明の何かと7年生の女生徒は、空を征く巨大極まるマンティコアの背の上であろうことか取っ組み合いの乱闘を始めた。
「
「んにゃあーー! ほややーーー! デパルソ! デパルソチョップ!! デパルソキック!!」
「
7年生の女生徒の猛攻撃を軽くあしらっているその柔らかい身のこなしのジャイアントパンダは若い女に姿を変えて女生徒の鋭い右の拳をいなしたかと思えば、次の瞬間には一本の松の木に姿を変えて蹴りを受け止めている。
「ステューピファイ頭突き!!!」
松の木から一匹の猿に姿を変えた相手の額めがけてすかさず頭突きを放った女生徒は、次の瞬間頭を両手で抑えてマンティコアのゴドリックの頭の上で転げ回った。
「むぎゃーーーー!!! 痛い痛い痛い痛ぁ゙ーーーい!! どんっだけ石頭なんだいきみ!」
「なによステューピファイ頭突きって」
ゼノビア・ノークが目を細めている中で7年生の女生徒の頭突きを直立不動で受け止めて平然としているその猿は、今度はひとりのスラリとした青年に姿を変えたが、その青年が身につけている甲冑は今までダンブルドア少年が見たことがあるどの甲冑ともまるで見た目が異なっていて、ダンブルドア少年は「たぶんこれが中国の昔ながらの様式の鎧なのだろう」と推測していた。
甲冑姿の青年は自分の髪を何本か引き抜いて口に含み、噛み砕いてプッと吐き出した。
青年が2人増えて3人になったのがいかなる魔法を用いたのか全く検討もつかず、ダンブルドア少年は目を白黒させている。
新しく現れた2人の青年は7年生の女生徒を取り押さえ、元から居たもう1人の青年が7年生の女生徒の額を、指でほんの少しだけ、触れたのかすら傍目には判別できないほどに、軽く小突いた。
「びゃ!!!」
甲冑姿の青年3人は次の瞬間、一陣の爽やかな突風となってどこへともなく去って行った。
「み゙ゃあぁあーー……負けちゃったよ゙ぉポピーちゃーん……ぼくオデコある……?」
翼を広げて雲の上を飛ぶ巨大なマンティコアのゴドリックの背の上で、正体不明の生き物に勝負を挑んで手も足も出ず負けた7年生の女生徒がポピー・スウィーティングに膝枕してもらってゴロゴロと甘えているのを、ダンブルドア少年もゼノビア・ノークも見ていなかった。
2人は今しがた目撃した次々と様々な姿に変身してみせた生き物の正体が判らなくて、お互いの顔を見たり、その生き物が先程までいたゴドリックの頭の辺りを見たりして、まだ驚いていた。
突風と共に姿を消した最後の魔法らしきものは絶対に「姿くらまし」ではないと、ダンブルドア少年はそれだけが何故か確信できていた。
「
少し後にどこからか聞こえてきたかすかな悲鳴を、ラブグッドくんだけが聞き取っていた。
中国魔法省本部を観光してホグワーツに帰り着くところまでがこの1話に収まるはずだった。
公式設定には影も形もないけれど中国魔法界に棲息していないわけがない魔法生物、皆様もちろん私と同じものが思い浮かんでいますね。
英国魔法界で言うところの「ケンタウルス」とか「マーピープル」とかが居る立ち位置に、中国魔法界ではどんな魔法生物が収まっているか。皆様もちろんご存知ですよね(強めの幻覚)。
次回、中国魔法省本部(全妄想)。