2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

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83.二里頭遺跡の地下深く

「別に人里離れてたりはしないし、それどころかマグルの集落も近いネ。だからコイツでこのまま降りていくのは萬户(ワンフー)より愚かヨ」

「ワンフー? 誰か有名な人なのかい?」

 

 中国魔法省本部がある二里頭の遥か上空でドラゴンのような翼を力強く羽ばたかせてその場に浮かんでいる、異常に巨大なマンティコアの背の上で。ニフラーの仮装に身を包んだ10代の少女と、アジア人なのだろう若い魔女が会話をしている。

 

「自分で作った特製の花火を椅子にありったけ括り付けてそこに座って火ぃ点けてそれで宇宙まで飛んでいこうとした、中国魔法界が産んだ空前絶後のミラクル大マヌケね」

 その説明をすぐ後ろで聞いていたダンブルドア少年も、その隣のゼノビア・ノークも、ニフラーの仮装に身を包んだ先輩に視線を注いでしまった。

 

「なんだいポピーちゃん」

「あなた今『ホグワーツに戻ったらやってみよう』って考えてたでしょ」

 

 その7年生の女生徒が膝枕されたままポピーに向けたまんまるの目は「どうして解ったの?!」という驚きを溢れんばかりに表現していた。

「……その、ワンフーさんはそれでどうなったんですか?」

 ダンブルドア少年がゼノビア・ノークの疑問も代弁してそう訊くと、中国出身で本日案内役を務めてくれている魔女は、記憶を辿ることすらなくすらすらと回答した。

「火ダルマになりながら雲の向こうマデぶっ飛んで行って、ソレデこの世の終ワリみたいな爆発の音キコエテ、地面も空気も揺れて、それっきりヨ。本人も椅子も破片すら見ツカラナカタて話ヨ」

 それを聞いて、月まで「姿くらまし」で飛んでいこうとしたセレーネ・ワートナビーみたいな人ってどこの国にも居るんだなあと、ダンブルドア少年はビンズ先生に魔法史の授業で教えてもらったホグワーツ城内の数多い歴史ある展示品のひとつについての逸話を思い出していた。

 

「ほえー、そうなんだぁ。帰ったらセバスチャンで試してみよ」

「ちゃんとセバスチャンに何するのか説明してからじゃなきゃダメだよ」

「説明してもダメですよスウィーティング先輩」

「いつまでもここで浮かんでるわけにはイカナイネほらバカコドモ降リルヨ」

 

 ゴドリックと一緒にお空の上で日向ぼっこするためにはるばるホグワーツから清まで来たのではないと、その7年生の女生徒は中国出身の魔女に急かされてやっと思い出した。

 

「運んでくれてありがとねえゴドリックぅー」

「まさか一晩ぶっ続けで飛行させられるとは思わなかったぞ」

「まさか一晩で着ク思わナカタヨ。凄いナお前」

 

 ポピー・スウィーティングが何故7年生の女生徒にかけてあげていた毛布を片付けたのか、先輩ともども立ち上がって今から何を始めるのか、ダンブルドア少年には検討もつかない。

 否、ダンブルドア少年当人の認識としては全く判らなかったがその実、ダンブルドア少年は心の底ではこれから何をするのか理解していて、しかし納得したくなかったのだ。

 いやです僕はやりませんと、ここでゴドリックさんと待ってますと、言いたかった。

 

「さ、行くよぉアルバス。ほらゼノビアもこっち来てこっち。行くよ」

「行くって何どこによ」

 

 ゼノビア・ノークが理解するより先に、彼ら彼女ら全員を背に乗せたまま羽ばたき続けて雲の上で漂い続けている巨大なマンティコアのゴドリックの頭の上に、炎とともに不死鳥が現れた。

「いつも悪いな。ニフラー共の棲家に運んでくれるか。あいつらいつまでも眺めてられるから」

 マンティコアのゴドリックがそう言い終わるか終わらないかの内に、不死鳥はすぐに再び炎に包まれて姿を消す。マンティコアのゴドリックもろとも。

 

「えっ」

 

 当然、その背の上に乗っていた人間たちは、何の支えも無く空中に投げ出される。

 

「ウソ嘘ウソうそ嘘よ何して落ちこれ落ちてバカ馬鹿ばかばか何を考えてるのよ!!!!!」

「私なんにもしないからアナタ助けてね?」

「もっちろんですともポピーちゃん!!」

 

 雲を突き抜けて自由落下しながらゼノビア・ノークはあらん限りに悲鳴を上げ、ポピーは制服のスカートの裾をしっかり抑えながらいつも通りにのんびりした笑顔を浮かべ、ラブグッドくんとエルダーベリー氏と中国出身なのだろう魔女の大人3名は一切慌てず騒がず杖を取り出している。

 そしてただ1人だけ慌てふためきもせず杖を取り出す素振りも見せずお気楽に落下し続けているポピーは、こういう時真っ先に騒ぎそうな後輩の声が聞こえないので、ゼノビアの隣に居るはずの、その小さな男の子の様子を確かめるべく、背後へと振り返ってそちらへ視線を向けてみた。

 

(なっ、泣いてる……ダンブルドアくんったら、泣いてる……!! 声も出さずに………!!)

 

 そこには、滂沱の涙を流しながら唇を固く噛み締めて、眉間にぎゅっとシワを寄せて両手の拳を強く握りしめたまま遥か下方の地面へと頭から落ちていくダンブルドア少年の姿があった。

 その有り様があまりにも可愛くって顔がほころんでしまったポピーは、バチン! という大きな音が自分のすぐ隣で鳴ったのを聞き取った。 

 

「ほぉらアルバス。周り見てみて。景色すごいよ?」

「ゆる゙さない゙」

 

 精一杯の怖い顔を作ったのだろう、ぷっくりとした憤怒の表情で泣きながらそう呻いた小さなダンブルドア少年を、ニフラーの仮装に身を包んだ7年生の女生徒は片腕を伸ばして回収し、即座に再びバチンと音を立てて「姿くらまし」し、今度はゼノビア・ノークの眼の前に現れる。

 

「普通は! こういう! 突拍子もない無茶する時は! 事前にぃ! 説明! するもんなの!」

「ゼノビアもアルバスも『付き添い姿くらまし』するから心の準備して。一気に降りるよ」

 

 じゃあ最初からそうすればいいじゃないですかなんで自由落下を挟むんですかという抗議の気持ちをダンブルドア少年は言葉にしてぶつけたかったが、未だ遥か下方とはいえどんどん地面が近づいてきている恐怖ゆえに声を出せず、その代わりに諸悪の根源である先輩を、力いっぱい睨んだ。

 

 そしてポピー・スウィーティングは再び、バチンバチンという大きな音を聞いた。

 

「おかえり。ダンブルドアくんとゼノビアを降ろしてきたんだね?」

「ただいま。そうだよポピーちゃん」

 

 勢いよく落下しながら、その女生徒とポピーはお互いを抱きしめる。

 

「ライサンダスくーん! エルじいー! お姉さーん! 僕ら先に降りてぇぁアレぇ?」

 呼びかけた先に誰もいなかったので首をひねっている女生徒に、抱きついたまま嬉しそうに楽しそうに笑顔を浮かべているポピーが、耳元で言う。

「みんな先に降りちゃったよ。目眩まし呪文とアレストモメンタムしてから『姿くらまし』で」

「そっかそっか――むぁ! ポピーちゃん今ぼくのこと噛んだでしょ! 肩のとこ!」

「…………へへへ」

 

 その時々で女生徒だったり青年だったり小さな子どもだったりする首席の7年生は、よく身体に噛み痕やら引っかき傷やらをこしらえていることがある。

 それはだいたいが元気いっぱいのナールやニーズル、あるいはグラップホーンの子供や不死鳥との戯れで発生した嬉しい傷痕だったが、2人でくっついて寝ている時などに嬉しくなってしまったポピー・スウィーティングに因る咬傷も、時々は混じっているのだった。

 安全の確保も、マグルに目撃されないための呪文による隠匿も何もかも任せっきりにして、ポピー・スウィーティングはその女生徒が着ているニフラーの仮装の襟首の部分をまた更に少し捲って、にこにこと嬉しそうに微笑みながら再び首の付け根に噛みつく。

 

「いい景色だねえポピーちゃん」

 

 クッション呪文を自分たちに使って落下速度を落とし、目眩まし呪文も使って周囲の風景に紛れたその2人は、ゆっくりと落下しながら見つめ合っている。

 地面まではまだ遠く、先に降りて待っているラブグッドくんたちは催眠豆のように小さく見え、遠くの景色はお互いの表情を際立たせる背景として目に飛び込んでくる。

「フェザーソーンとかアントニアとか、湖畔の王子とかさ。あなたの身体に噛み痕が残ってると時々ね。……私のなのになーって思っちゃうんだ」

 控えめな声量でそう言ったポピーは、また首筋に噛みついた。

 

「僕を噛むと、何がどう嬉しいんだい?」

「この痕わたしがつけたんだぁー、って」

「…………こんど僕もゴドリックに噛みついてみよ」

 

 傍目には通じ合っているのかいないのか判断しづらい会話を繰り広げながら2人はゆったりと時間をかけて落下していくが、そこにいるのは2人だけで皆は遥か下の地上からこちらを見上げて待っているので、その女生徒とポピーの会話の齟齬なのか円滑な意思疎通なのか判りづらいやりとりに、割って入るものは誰も居ない。

「僕ら中国に居るよポピーちゃん。アジアだよアジア。アジアなんてホントにあるんだねえ」

「嬉しいね」

 自分がつけた女生徒の首の噛み傷を、ポピーは見つめている。

「ねえポピーちゃん。フィグ先生が言ってたんだけどさ。ホグワーツを卒業する時って仲良しの誰かと世界一周旅行に出かけるものなんでしょ? 僕ねえ皆で行きたいんだけどねえ」

 その女生徒が言わんとしていることを察したポピーは、最後まで聞くより先に返事をした。

 

「こんどは皆で来ようね。きっと楽しいから」

「皆で見て回る場所、僕いっぱいいっぱい調べとくんだ」

 

 その2人はお互いをピッタリと抱きしめたまま、ゆっくりと時間をかけて空から降りてくる。

 

「墜落しながらイチャつくのやめなさいよこっちから見てるとバカみたいよ」

 

 7年生2人の遥か下方の地上で、既に待ちくたびれているゼノビア・ノークの言動は辛辣だった。

 そのゼノビアが着ているレイブンクローのローブの裾を、ダンブルドア少年はぎゅっと掴んだまま離さず、まだその目には涙が溜まったままだった。

「ほらダンブルドア貴方もいつまでもメソメソしてないで元気出しなさい。せっかくこんなところまで来たんだから。機嫌良くなきゃもったいないわよ」

 それは、そんなことを指摘されてそれで機嫌が良くなるなら世の親たちは普段あれほど苦労していないと評価できる実にお粗末な慰め方だったが、それでもダンブルドア少年は「確かにそうだ」と納得して、先輩をやっつけろと訴えてくる自分の心の底の凶暴なトロールを頑張って説得した。

 

 しかしダンブルドア少年が抑え込めたのは先輩に対する憤懣だけで、未だ身体にしっかりと残っている空の上から何の支えも無く落下するあの感覚とそこからくる恐怖だけは、どうにもできずにダンブルドア少年の心にまで染み付いてしまったままだった。

「ねえ、ローブの裾を離してくれないかしら」

「ひとり゙にしなぃでください」

 ダンブルドアったら空から落ちてきたのがまだ怖いのねと、そう懇願されてゼノビアも察した。

 

「ほら、手つないであげるから」

「ありがどうございま゙す」

 

 未だ残る恐怖に優しくしてもらえた嬉しさや情けなさや悔しさが入り混じって、その瞬間不意に自分の感情を自分で制御できなくなったダンブルドア少年はボロボロと大粒の涙を流し始める。

 しかし自分では先輩への怒りを我慢できたという自覚だけしかなかったので、ダンブルドア少年はなぜ自分がいま泣いているのか判らず、混乱した挙げ句にその心の中の混沌を解消する手立てをゼノビア・ノークに求めたのか、ぎゅっと縋り付いて離れなくなってしまった。

 

 自分がダンブルドア少年に頼られている手前ラブグッドやエルダーベリーさんに救援を求めることもできず、ゼノビア・ノークはどうにか慰めようとダンブルドア少年にあれこれ声をかけるなどして頑張りながら、心の中でこの場に居ないルームメイトたちに泣きついている。

 

 中華大陸、清帝国。洛陽の田園風景のただ中で、13歳のゼノビア・ノークは途方に暮れていた。

 

「コドモにはコドモなりの苦労アテ、コドモだって毎日必死にやってんダッテ、オ前ラ見てて久しぶりに思い出したヨ。オマエラよく頑張テルよ」

 ヒマラヤからついてきてくれてこれから案内までしてくれる中国出身の魔女も、慣れないながら彼女なりに、ダンブルドア少年とゼノビア・ノークに寄り添ってくれていた。

 

「とぉちゃーく! さあ来たよぉポピーちゃん中国魔法省本部に! ――なんだいゼノビア?」

 

 ポピーを抱きかかえたまま優雅に降着したその青年は、優しくポピーを降ろしてから、ゼノビア・ノークに鋭く睨みつけられていることに気づいた。

「ダンブルドアに謝りなさい。この子は貴方のせいで怖い思いしたのよ――第一、あなたこの子が高いところが苦手なんだって、知ってたはずでしょう!」

 そう声を荒らげたゼノビア・ノークの杖を持つのとは逆の手を、ダンブルドア少年は未だに涙目のまましっかりと握って、反対の手でもゼノビアが着ているローブの裾を掴んでいる。

 

 青年はダンブルドア少年を見つめ、ダンブルドア少年は楽しみにしていたマフィンを眼の前で食べられたみたいな顔をして先輩を睨みつける。

 青年はたった今ゼノビアから与えられた指摘を、頭の中で繰り返している。そっかぁそうだなあアルバス怖かったよねえと、その7年生は今さら理解していた。

 

 高いところが怖い11歳の小さな男の子が、雲の上から空中に放り出されたのだ。

 心の準備をする暇も無く、なんの説明もなされないまま。

 

「アルバスごめんね」

「ゆる゙してあげま゙す」

 

 ダンブルドア少年は先輩をギリギリと睨みつけたまま、絞り出すようにそう宣告した。赦すとは言ったものの、ダンブルドア少年の両腕は相変わらずゼノビア・ノークに縋り付いたままだった。

「えらいわよダンブルドア。あなたえらい」

 そう褒めたゼノビア・ノークが年長者として振る舞うところを、ポピーは初めて見た気がした。

 

「お前ら今から中国魔法省本部に行くネ。イエティの飼育許可取りにネ。けどイエティの飼育は禁止されてないから、法律だけで判断するなら飼育に許可イラナイヨ本来ナラネ」

 

 それは、数十年後にニュート・スキャマンダーも何度か経験する、世にも稀な好都合。本来なら誰にも突けなかったはずの、法律の抜け穴だった。

 イエティ、ヌンドゥ、マンティコア、キメラ、レシフォールドなどなど。まさか誰かが飼い慣らせるとは誰も思っていなかったので、当初は飼育が禁止されていなかったのだ。

 これらの生き物たちは、この7年生とポピー・スウィーティングによって、そして魔法生物学の全てを1人で塗り替えてしまった愛すべきニュート・スキャマンダーによって「飼育可能」と実証され、その度に国際魔法使い連盟と各国の魔法省は大慌てで法整備をやり直す羽目になった。

 もしルビウス・ハグリッドが論文発表に熱心だったなら、彼もきっとここに続いていただろう。

 

「こっちヨ。あそこに草まみれの倉庫アル。あれヨ」

 

 田んぼと民家が並ぶ風景の一角にある農具倉庫から地下に広がる中国魔法省本部へと、この当時は未だマグルに発見されていなかった二里頭遺跡の秘匿された地下階へと降りていったエルダーベリー氏率いる英国魔法省からお越しのご一行は、帯同しているホグワーツの生徒たちの驚く顔を見るために、ここはヨーロッパではなくアジアなのだと実感してもらうために、わざわざエントランスホールを経由してから目的の魔法生物管理局があるフロアへと向かうことに決めていた。

 

「きみたち、英国魔法界と中国魔法界の一番の違いが何か、わかるかい?」

「ピーブズ?」

 

 心ゆくまで食事をして大満足したトロールのように知性を感じさせない笑顔でそう言った青年に、ラブグッドくんはいつもの通りの夢の向こうから語りかけてくるかのような不思議な響きのある声で、微笑みながら「ちがうよ」と返す。

 

「えー、じゃあじゃあファスティディオ!!」

「きみってポルターガイストと仲良しだよね」

「違うネ。オマエラ不列顛(ブリテン)の魔法界とこの中國魔法界との何よりの違いは――」

 

 ラブグッドくんと7年生の青年との会話に割って入ったその魔女はそこで発言を切ってスルリと狐に姿を変えてしまい、続きを言わなかった。

 前方へ駆けていってこちらに振り返ったその姿は、一目瞭然だとでも主張しているようだった。

 

「――『頭数』だよ」

 

 そう言ったラブグッドくんが示す先を見て、その光景が目に飛び込んできて、その途端にダンブルドア少年の心の中からは、今の今まで渦巻いていた先輩に対する怒りや不甲斐ない自分への憤りなどといったドロドロした感情が、一切合切消え失せてしまった。

「あのお猿ったら耳が6つあるよポピーちゃん!」

「あそこにいるカラフルなマンティコアみたいなのなんだろうね!」

 人混みの中に未知の動物をすぐ見つけてもう大喜びし始めている7年生2人をよそに、ゼノビア・ノークは人の多さに早速うんざりし始めていた。

「今から私たちあの数え切れない人の河の中を行くの……? もみくちゃになっちゃうじゃない」

 

 そしてダンブルドア少年はといえば、そこに広がる光景の全てに、見入っていた。

 

 天井があるはずの辺りには何も見当たらず、それよりも遥かに高い位置に青空が広がっている。似た魔法がかかっているホグワーツの大広間の天井とは違い、よく見れば投影されている空の奥に本来の天井が見えているということもなく、いつも見ているのと同じ、どこまでも続いていく青空が本当にそこにあるようにしか見えない。現にたった今ここへ地上から降りてきたばかりなのに、ダンブルドア少年は本当にここは地下深くなんだろうかと疑ってしまっていた。

 本来なら床なのだろう地面にはどこから来てどこへ続くのかまるで検討もつかない河が流れていて、そこにかかった石でできた大きな橋から溢れんばかりの人々がそこから真っ直ぐ伸びる大通りへと行き交い、恐らくは各部署やその受付などの施設なのだろう、ずらりと並んだ幾つもの建物に吸い込まれていく。その建物の1軒1軒もホグワーツやダイアゴン横丁を初めとしたダンブルドア少年にとって見慣れたイギリス魔法界の建造物とは、まるで建築様式が異なっている。

 

 中国魔法省本部のエントランスホールは、ダンブルドア少年の目には、アジアのどこかの古い都がそのままここにあるようにしか見えなかった。

 英国魔法省本部とていつだって混雑しているのだが、ここはダンブルドア少年が何度か行ったことがあるそれとは比べ物にならないほど広く、行き交う人々が形成する流れには迫力すらあった。

 田舎者が初めて大都会にやってきた時に感じるものと同じ、「数」が生む圧倒的な熱気が、それを形成している者たちは感じることすらない、部外者にしか実感できない圧迫感が、ダンブルドア少年の小さな身体が押しつぶされそうなほどに轟々と押し寄せてきていた。

 

「快点吧。距离预定时间只剩1小时了」

「號外! 號外! 那个偷仙桃的贼终于被抓住了!」

「请问、办理门钥匙登记需要去哪里?」

「嗨、漂亮小姐姐。要和我一起玩吗?」

「在你嘴里溢出的、足以让人弯腰的恶臭消除之后、再来跟我说话吧」

 

 この数え切れないほどの人の流れがそれぞれに全く違う事情でここを訪れているのだとすぐ理解して、しかしあまりの人数を受け止めきれなくて、ダンブルドア少年はめまいがした。

 

「さ、ついてきて。魔法生物管理局はもう少し下の階だけど、直通の受付がここの奥にあるからね。職員用の入口は別の場所らしいけど、僕らここの職員じゃないし」

 ラブグッドくんが歩き始める前に声をかけてくれたので、ゼノビア・ノークは驚いてしまった。

「マンティコアかスフィンクスの親戚なのかな? お顔がヒトっぽいよねあの子」

 気になっていた「カラフルなマンティコアらしき動物」の傍を通り過ぎながら、お互いの手をしっかり握っている青年とポピーは夢中でその生き物の姿を観察した。

「わかんないからあの生き物は『もっちりモーティマー』って呼ぶことにしようポピーちゃん!」

「なんで絶対に正解じゃない呼び名がそんなにすぐ思いつくんですか先輩?」

 

 先頭を行く狐の姿を見失わないように気をつけつつも、ダンブルドア少年もポピーもゼノビアも、ニフラーの仮装をした青年と同じくらいには視界に映る全てに興味を惹かれていた。

 

「むこうにある山って、あれ壁に景色を投影してるだけなんですかね? それとも本当に――」

「どっちにしろ、どこかにはああいう景色があるってことよね。だって、あれをあそこに作るのには、見本を見たことがないと。じゃなきゃあんな変な形の山は作らないでしょ」

 

 ダンブルドア少年とゼノビア・ノークが見つめる先には、分厚い本を何冊も積み上げたような、歪な柱のような形をした幾つもの妙な岩山とそれを覆う森の緑が、古い都そのものにしか見えない中国魔法省本部エントランスホールの大通りと幾つもの建物の奥に、街の向こうに広がっている。

 それが本当にそこにあるのかそれともそう見えているだけなのかは2人にとって重要ではなく、どちらにしろ魔法で作られているのだろうその妙な形をした岩山の数々が、この中国のどこかには本当にあるのだと理解したからこそ、2人は驚きを隠せなかった。

 

「ねえねえライサンダスくん、この石像のおっちゃんは誰だい? 有名な人なのかい?」

 豪華な服を着た男性の大きな石像のすぐ横を通り過ぎた時、青年がラブグッドくんに訊ねた。 

「前漢の8代皇帝の『昭帝』って人だよ。ホーンド・サーペントを釣り上げて食べちゃった人さ」

「ほぇーー、すんごいおっちゃんが居るんだねえ! どんな味がしたんだろ!」

「めちゃくちゃ美味しかったけど二度と釣れなかったんだってさ。あと骨が青くて肉が紫で、鱗も甲羅も無かったんだって言い伝わっているよ」

 ラブグッドくんの説明を聴いて、「鱗が無いホーンド・サーペントなんているんだろうか」と、青年もポピーもしきりに首を捻っている。

 

 そしてどうにか目的の建物に到達して人々の流れの中から脱出できた一同は、相変わらずヒトの姿に戻るそぶりすら見せない狐に先導されて、イエティの飼育許可を得るために、それを与える権限を持った人物のところへと向かう。

 すっ転んだら死ぬとダンブルドア少年に確信させる何度も折れ曲がったどこまでも続く狭い急角度の階段をひたすらに降り、その先にあった廊下を延々と歩く。

 廊下はやがて霧深い竹藪の中を通る砂利が敷かれた小径へと変化し、いつの間にやら暗くなっていた空には満月がぼんやりと静かに輝いていた。

 

「ここだよ。僕から話は通してあるから向こうも僕らが来るのを知ってるけど、僕らちょっと待たせてるからまず謝んなきゃいけなくなっちゃったよ」

 

 そこにあったのは、周囲を竹藪に囲まれた、一見するとあまり広々とはしていないように見える、庵のような落ち着いた佇まいの建物。

 やはりイギリスでよく見るものとはまるで違う、ダンブルドア少年には珍しく見える建築様式で、これまで見た建物と同じくほとんど全体が木でできていて、あたかも一度ここから立ち去ったらもう二度とここへはたどり着けないのではないかと思わせるような、不思議な儚さがあった。

 

「この建物だよ。そこの玄関で靴を脱いでから入るんだよ」

 

 そりゃまあ耳慣れないルールの1つや2つあるかと、ダンブルドア少年もゼノビア・ノークもさっさと建物の中へ入っていってしまった狐に代わってそう説明してくれたラブグッドくんに何も質問せず、自分で自分を納得させて言われた通りに建物の入口で履いていた靴を脱いだ。

「スカートの下に履いてるものも脱ぐんだよポピーちゃん」

「騙されないよ?」

「そういうのはアナタたち2人っきりの時に勝手にやっててくれないかしら」

 

 今までにヒトによって飼育された例がない保護動物の個人での飼育許可を申請しに来たのに遅刻している、という緊張して然るべき状況にもかかわらず、その7年生2人は脱いだ靴をゼノビアとダンブルドア少年のぶんまで引き受けてしまい込んでいる時も、装飾や展示物の類がほとんど見当たらない長い廊下を歩いている間も、にこにこと楽しそうに会話し続けていた。

 

「どうぞ、おはいりください」

 

 誰が返事をするより先にその戸は独りでに横へスライドする形で開き、そこから狐がサッと部屋の奥へ消えていった。

「お久しぶりです。こちらからお目通りを願ったにも拘らず遅参した無礼、如何様にも」

 ラブグッドくんが床にベッタリと這いつくばるようにして頭を下げて会話している相手が誰なのか、ダンブルドア少年からはその姿が確認できなかった。

 

「はて。そなたら遅参したのか? 今日の予定だったのだろう? そしてそなたらは今日現れた。なら遅参しておらんではないか。そんなことよりも、そなたら相柳と出くわしたと聞いたぞ。子どもばかりでよくもまあ命があったな」

 こちらへ話しかけてきている人物の声は今しがた入室を許可してくれた誰かの声とは明らかに異なっていて、膝に縋り付いて甘えたくなるような、それでいて絶対に近寄ってはいけないと本能が警告を発するのが聞こえるような、不思議な聴き心地の良さを伴った柔らかい女性の声だった。

 

 多分失礼にあたるだろうと判断して、ゼノビア・ノークは部屋中に立ちこめる強烈な香りに顔を顰めることなく、我慢していると態度に出さないように気をつけながら耐えている。

 ゼノビアのみならずポピー・スウィーティングもダンブルドア少年も、とりあえずラブグッドくんとエルダーベリーさんがそうしているように、できるだけ丁寧に床に直接座っている。

 

 これは単なる面会や許可申請ではなく「謁見」だと、皆なんとなく理解していた。

 ただ1人を除いて。

 

「わぁー! おねいさんすっごい綺麗だぁ! 膝枕してもらってもいいですか!」

 

 御簾で隔てられたその奥へと入っていってしまった青年が無礼を働いているのに、ダンブルドア少年は止めることができなかった。立ち上がって先輩のところまで行くのはその時点で先輩と同じくらいの無礼者になるのではなかろうかと危惧してしまって、ダンブルドア少年は立ち上がるどころか顔を上げることすらできなかった。

 

「この年寄りを捕まえてお姉さんとは。目が腐り果てておるのか?」

「そのおっきいおっぱい触ってもいいですか」

 

 杖を使って無理やり黙らせるべきかと悩み始めたダンブルドア少年だったが、とうとうその考えを実行に移すことはしなかった。

 

「ほう」

 

 誰も何もしていないのに、不意に、その人物とダンブルドア少年たちとの間を隔てていた御簾が独りでに持ち上げられ、その声の主が、この部屋の主がダンブルドア少年の前に進み出てきた。

「そこの赤子。そなたもしや邓布利多(ダンブルドア)家の者か」

「僕を赤子と呼ぶ人とは僕はお話をしません」

 速やかにヘソを曲げてプイと横を向いてしまったダンブルドア少年をじっくりと観察しているその美しい女性は、マホウトコロからホグワーツに留学して来ているシマヅくんとリュウサキさんが所有しているキモノともまた違う色鮮やかで袖の広いゆったりとした豪華な衣服を着用していて、その大胆に着崩した胸元に押し付けるようにしてワタリガラスを抱きかかえている。

 

「監視の目を逃れた相柳が保護区を襲ったことも、対処が後手に回り後始末しかできんかった事も、謝罪して容赦してもらわねばならぬのは我らの方じゃ」

「あの、それよりも。その子わたしのなんで返してもらえませんか」

「……これほど心地よさそうに寝ておるのにか?」

 

 とっても機嫌が悪いのが顔に出ているポピーを見下ろして、その女性はワタリガラスを抱きかかえたまま妖しく笑っている。

 

「――飼育の許可など、出せる立場にはないんじゃがの。しかし欲しいというならくれてやろう。虐げんじゃろうし、無下にもせんじゃろうし、そなたは信頼されておるようじゃしの」

「その子わたしのなんで返してください」

 ポピーはとうとう立ち上がって、その女性の腕からワタリガラスをひったくった。

 

 そしてワタリガラスを奪い返されてなぜか満足げなその女性は、改めてポピーに宣告する。

 

帕比斯威廷(ポピースウィーティング)。そなたと、そこのワタリガラスが。保護した雪人(イエティ)を飼育することを許す。さらに相柳の件の口止め料として、これも進呈する。稀少種じゃ。愛せ」

 

 その発言を合図に向かって右手側の戸が開き、そこから奇妙な動物が部屋に入ってきた。

 

「ここに来る時に見たカラフルなマンティコアみたいな不思議な動物だ! でもずっとちっちゃい! まだ子どもなのかな――すっごく可愛い! この子もらえるの?! この子は――えっと、なんて言うんだっけあの生き物――トラ! トラでもないのかな? でもトラだな……」

 すり寄ってきた猫くらいの大きさしかないでっぷりした体型のトラやマンティコアに似ている大きな口をした生き物を抱っこして、ポピーは興奮と嬉しさが収まらない様子だった。

 

貔貅(ピィーシォウ)と言う。そなたら不列顛(ブリテン)から来たのならニフラーを知っておるな? ニフラーが好んで集める種類のものを、この貔貅(ピィーシォウ)は好んで食する。他のものは食べぬ。そしてこれは食べるばかりで排泄をせん。食したものは腹の中に蓄えられ続ける――もちろん生きるために消化吸収はするがの――騶虞(ズーウー)と縄張り争いをする程度には凶暴で、ドラゴン相手に勝ったり負けたりする程度には頑丈で力自慢じゃ。ただし普段は寝てばかりおるから、何をさせるにしろまず起こさねばならん」

 

 言われてみれば確かに、その丸っこい体型の生き物はポピーの腕の中で既に寝息を立てている。

 ワタリガラスは相変わらず、ポピーが着ているローブのフードにギリギリ収まったままグッスリ眠っていて、落ちそうで落ちない。

 

「あのっ、あのえっと、ありがとうございます魔法生物管理局の局長さん!」

「くるしうない。その貔貅(ピィーシォウ)にしろ雪人(イエティ)にしろ、つがいが必要になったら連絡するがよい。もっとも、その貔貅(ピィーシォウ)は未だ幼子じゃがの」

 

 特に審査をされることもなく飼育を許してもらえたのがダンブルドア少年には不可思議だったが、しかし許可がもらえないよりはずっと良かったので、あまり深くは考えなかった。

 そして一同はポピーがその女性に「ピーシウの飼い方」を詳しく教えてもらい終えるのを待ってから改めて礼を言ってその部屋から退出し、二里頭遺跡の地下に広がる中国魔法省本部の一角に当たり前のように存在した商店街へとやってきた。

 

「さ。お土産買うんだろう? それも観光客向けのお土産だけじゃなくて、地元の魔法族が買うような本とか魔法薬の材料とかも欲しいんだろう? イギリスに無いものが。じゃあここだよ」

 

 その通りには所狭しと商店が並び、食料品やら何らかの材料らしきものやら書籍やら胡散臭い品物やら様々な物を販売していて、ダンブルドア少年はさっそく向こうに見える本屋なのだろう店舗へと駆け出していきたいのを我慢しなければいけなくなった。

 

「えーっと、まずね、いいかいアルバス。それにゼノビアも。欲しいもの見つけたら遠慮せずに言ってね買ったげるから。それと各々好きな店に入って買い物してたら僕が絶対迷子になるから皆で一緒に順番にお店巡るよ――さあゆくぞうライサンダスくん!」

 

 それは普段のダンブルドア少年なら「悪いですそんなの」と固辞しただろう申し出だったが今はその提案を断るには、気になる店があまりにも多すぎた。

 遠慮するつもりで口を開いてありがとうございますと言ってしまったダンブルドア少年の横ではゼノビア・ノークも「ほんとう? ありがとう!」と目を輝かせている。

 

「先輩、あそこにある人間の赤ちゃんが実ってる木は何なんですかね?」

「ねえスウィーティング見てみなさいよこの木彫りの動物すっごくかわいい――」

「あ、これはオミニスにあげよ。シャーロットは何かお人形とかかな。そんでクレアは――2人でお揃いの何かのほうが良いかな? セバスチャンは呪文の本とか喜ぶよな。ナッちゃんには――」

 

 全校生徒を網羅するのではなかろうかとダンブルドア少年が思ってしまうほど止めどなく延々と「お土産買っていってあげたい友達」の名前を挙げながら幾つもの店舗を巡って大量のお土産を購入する青年のすぐ後ろを、小さな貔貅の仔を抱えたままのポピーがピッタリ離れず歩いている。

 

「あ、ねえねえポピーちゃんこれサッちゃんにどうかな?」

「わ゙あコレさっきの木の鉢植え? どういう植物なのこれ?」

「ねえダンブルドア、あなたこれ読めたりしない? これ何の薬だって書いてある?」

「んん゙ぇぇえーーーっとですね。あ、この文字列は知ってます。すっごく力が強くて勇ましいって意味です。だからたぶんこれ強化薬の類だと思います」

 

 じゃあ要らないわと判断したゼノビアはその「抜山蓋世薬」なる謎の瓶を棚に戻して、かなり向こうの方に歩いていってしまっていたポピーと青年に追いつくべく歩幅を広げて先を急いだ。

 

「ブラック校長には何のウンチを買ってってあげようかなぁー。なんかすっごいのないかなぁー」

 

 結局お土産を買うだけのためにその日と翌日をまるまる使って、ホグワーツでもホグズミードでもダイアゴン横丁でもノクターン横丁ですら見たことがない品々をありったけ購入した青年と、イエティのみならずとっても可愛いピーシウなる生き物までもらって大喜びのポピーと、それぞれに欲しくなった物を買ってもらったダンブルドア少年とゼノビア・ノークは、これ以上ないくらいにだらけきった幸せな気分のまま帰路につき、自分たちはカバンの中に入って移動を不死鳥に任せ、7年生の青年がイエティの住環境を別のカバンの中に整えている間、ダンブルドア少年とゼノビア・ノークは「好きに使ってね」と与えられたカバンの中のコテージの居間で、床に寝そべって貔貅の寝顔を至近距離で観察し続けているポピーをソファから眺め続けたのだった。

 

 煙突飛行ネットワークを使って神秘部に直接帰るというラブグッドくんとエルダーベリー氏と別れて不死鳥に運んでもらって高速で上空を移動したダンブルドア少年と先輩たち合計4名は、驚くほどの距離を姿くらましで一気に移動できる不死鳥の献身によって思っていたよりはずっと早く、青年がカバンの中に新しく雪と氷に覆われた峻険な山々を古代魔法を用いて造営し終えたのとほぼ同時に、消灯時間が過ぎた9月23日の深夜にホグワーツへと帰り着いた。

 

 屋敷しもべ妖精ディークに手助けしてもらって先生方にバレないように「付き添い姿くらまし」で直に各々の寝室に運んでもらって、思い出話とお土産配るのは明日にしようというポピーの意見に従って、ダンブルドア少年とゼノビア・ノークはそれぞれの寝室で眠りについたのだった。

 

 ヒマラヤでイエティの監視をしている人員の内ただ1人だけ中華大陸出身で中国魔法省所属の人物は男性で、なおかつ奥さんの妊娠を理由に先月から長期の休職中だという事実と、中国魔法省の魔法生物管理局局長は髭の長いおじいちゃんで5日前からイギリスに来ているということをブラック校長から知らされたダンブルドア少年がゼノビアとポピーや派手なゴーグルをした青年ともども急に生じた疑問を解消できずに首を捻り続けることになるのは、明くる日の早朝のことだった。

 

「は? じゃあお前が会ったその魔女はどこの誰なんだ?」

「それがわかんないんだよねえマルフォイ。あこれお土産ね。ギョクロってお茶の茶葉だよ。ラブグッドくんは『あの魔女アニメーガスじゃないよ』って言ってたけど、それって――」

 

 青年がマルフォイと会話しているソファのすぐ目の前の床で、ポピー・スウィーティングはそのでっぷりした体型と大きな口をしたカラフルな毛並みの生き物に話しかけている。

 

「あなたをくれたあの綺麗なお姐さん、誰だったのかな? …………まーったくもうラブグッドくんったら。私たちをいったい何に引き合わせてくれたんだろう?」

 

 あの中国魔法省所属の魔女だと思っていた何かと、中国魔法省魔法生物管理局局長だと思い込まされていた何らか。あれらがヒトだったのかどうかすら疑い始めているポピーをよそに、その小さな貔貅(ピィーシォウ)の子どもはスヤスヤと眠りこけたまま、ポピーが次々差し出すガリオン金貨をフガフガと寝言らしき鳴き声を上げながら食べ続けたのだった。

 

 ポピーには、狐に変身してみせた魔女もピーシウをくれた綺麗な女の人も正体は判らなかったが、ただ目の前の小さな生き物がとってもかわいいということだけは、ハッキリ判っていた。

 そしてポピーにとっては、それだけ判っていれば充分だった。

 

「ラブグッドくんは知ってたんだろうなぁー、最初っから」

 

 やっぱりラブグッドくんは不思議だなあと呟いて、その青年はポピーの隣に寄っていった。

 

「あなたよく見ると翼があるのね。でもちっちゃい! これあなた飛べないよね?」

「この子名前何にしよっかポピーちゃん。それとももう決めちゃった?」

 

 そうして皆が起きてくるまでの間、その2人は床に寝そべってずっと貔貅を観察し続けた。

 

 




 
萬户(ワン・フー)
 16世紀初めごろの中国の人物で、花火をありったけ装着した椅子に座ることで宇宙まで飛んでいこうとした、と言い伝えられている。
 ただし初出の記録が20世紀のアメリカ人作家の典拠不明の文章であり、地元であるはずの中国の信頼できる文献には一切登場しない、実在したのか疑わしい人物。恐らくアメリカ人作家の創作。
 私の妄想では中国の昔の魔法族。

貔貅(Pixiu)
 中国に古くから伝わる伝説上の生物。縁起が良いとされているので色々な造形物の題材になっている、唐獅子をずんぐりむっくりにしたような、龍を極端に短くしたような生き物。口がデカい。
 金を好んで食べ、排泄せず(尻の穴が無い)、金を集める力があり、凶暴でとてもよく眠る。
 そこはかとなくニフラーっぽいと思った。中国ではコイツは「貯金」の象徴だそうな。
 私の妄想では中国魔法界に実在する稀少な魔法生物。

 次回、お土産。

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