2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「おはよーございます!! …………あー! ポピーちゃんだ! ポピーちゃん帰ってきたのね! ねえねえポピーちゃんポピーちゃんあたしお話ききたい! お出かけのお話!!」
朝から元気いっぱいのシャーロット・クランウェルは、樽の蓋のような丸い扉をバーンと勢いよく開けて寝室から出てくるなり、吹き抜けになっているハッフルパフの談話室の2階から柵越しに見下ろした談話室の1階部分、廊下へと繋がっている出入り口扉近くの壁際に大好きな7年生のおねーちゃんの姿を発見して、爆発するほどの嬉しさを推進力に変えて大喜びで駆け出した。
「ちょっと待ちなさいなクランウェルったら! あなた髪がくっちゃくちゃのままなのよ!」
身だしなみを整えてからにしなさいと制止するルームメイトの女の子の大きな声はシャーロット・クランウェル当人の耳にはどうやら聞こえていないらしく、代わりに同じハッフルパフの談話室の2階の、別な女子寝室のベッドの上に座り込んでまだ寝ぼけていた4年生の女子生徒に届いた。
「こぉーらシャーロットったら。身だしあみはちぁんとしなきゃダメだってあたしいつも――」
「はいはいアナタもよクレア。そんなカッコで降りてったら男子がびっくりしちゃうでしょ」
妹と同じようにルームメイトに制止されて、4年生のクレア・クランウェルは今開けたばかりの丸い扉を再び通って自分たちの寝室の中へと引き戻されていった。
「ポピーちゃんおはよーございます!!」
「おはようシャーロット。……ブラッシングしてあげよっか?」
「ほんとう?! じゃあじゃあえっとね、あたしグラップホーンさんみたいにしてほしい!」
「良いねそれ。サチャリッサに習った呪文でカッコいいツノ作ってあげる」
シャーロットの姉、4年生のクレア・クランウェルも、ポピーの同級生たちも今この場にはおらず、従ってこの2人を、誰も止めない。
「ツノ! おっきいツノ作ってほしいの! あの、えっと……湖畔の主さん! みたいに!」
「もっちろん! あなたってホントに髪の毛ふわっふわだねシャーロット」
ポピーが床に置いたクッションに座ったシャーロットの背後に立って髪に杖を向けながらそんなふうに褒めると、シャーロット・クランウェルは昨日の変身術の授業くらい嬉しそうに笑った。
「あたしの髪の毛がお姉ちゃんとおんなじだって、皆が言うのよポピーちゃん。お姉ちゃんとおんなじだって! ねえねえポピーちゃんもお姉ちゃんとおんなじだって思う?」
「うん。アナタもアナタのお姉ちゃんも、キラキラしそうなくらいにツヤツヤのブロンドで、サラサラのふわふわで、ユニコーンの赤ちゃんみたいだもん。おんなじ髪してる」
お姉ちゃんとおんなじだと言ってもらえたのが嬉しいシャーロットは、ポピーちゃんの発言の中に気になる単語があったことに、数秒経ってからようやく気づいた。
「ユニコーンに赤ちゃんがいるの? ポピーちゃん見たことがあるの?」
「オトナのユニコーンは綺麗な白い毛並みをしているけれど、子供のユニコーンは金色の毛並みをしててね。オトナのユニコーンよりも、もーっとたてがみとか尻尾が柔らかいんだよ。あなたとおんなじ。あなたのお姉ちゃんともおんなじ」
ポピーは緩くウェーブがかかったシャーロットの後ろ髪に杖の側面をかざして、それこそ櫛で梳かすかのように髪の流れに沿って杖をスライドさせていく。するとシャーロットのふわふわでボリュームたっぷりな髪の毛はまるで紡ぎ車の表面を走る絹のようにピンと張り詰めた直毛になり、お風呂に入ったばかりのようにしっとりして、買ったばかりの筆のように大人しくなった。
「今ポピーちゃん、もしかして私の髪、もしかして櫛じゃなくて魔法でしてるの?」
「そうだよ。サチャリッサに教えてもらった魔法。髪を傷めない整髪呪文――ヒトのブロンドって『本物の黄金』とは色が――っていうか光の反射加減が違う気がするけど、あなたの髪ってホントに傷みがぜんぜん無いから、染めたりはしなくてもいいかな……染めてみたい?」
シャーロットはちょっと考えてから、ハッフルパフの談話室の天井近くを梁のように走っている2階の通路を眺めながら、ひいてはそこにある丸い扉を眺めて、その向こうにいるはずの姉の姿を思い浮かべながら、大好きなポピーちゃんの提案を断った。
「ううん。あたし髪の色はこのままがいい。だってお姉ちゃんとおんなじだもの。あたしはあたしの髪が好きなのよ。だってお姉ちゃんとおんなじだから」
この子の姉であるクレア本人が今のを聞いていたらどんな顔して喜ぶだろうかと思い浮かべて、ポピーは自分が思い浮かべた脳内のクレアと全く同じ表情になった。
「いい子だねシャーロットは」
ポピーはシャーロットの髪を杖の先で操って一束を逆立て、杖の側面をかざして逆立てた髪の形を整え、まず右側に大きなツノをひとつ作った。
シャーロット・クランウェルは姉のクレアがそうであるように、ただ長く伸ばしているだけでなく髪の量も人一倍多かったので、ポピーは思い浮かべた通りにグラップホーンを模した大きなツノをシャーロットの頭に次から次へと手際良くいくつも作ってあげることができた。
「ねえねえポピーちゃん。あたしね、昨日の変身術の授業でね、ウィーズリー先生に褒めてもらっちゃったのよ! 『良くできましたね』って。ウィーズリー先生ったらハッフルパフに10点くれたのよ。そしたらへスパーも褒めてくれたの。それでね、えっとね、嬉しかった!」
嬉しかったという感情の先にさらに何か言いたいことがあって、むしろそちらを伝えたくてポピーちゃんに今この話をしたのに、シャーロットはポピーちゃんにこの話を聴いてもらえたのが嬉しくて、言葉がうまく出てこないのだった。
けれど言葉にしきれなかった想いはシャーロットの弾んだ声色が如実に物語っていたので、ポピーには、シャーロットが何を言いたいのかが、まるで自分自身の心かのように理解できた。
「ホグワーツ楽しいね、シャーロット」
「うん!! あたし、魔法、だいすき! だってだって、お姉ちゃんと一緒なんだもの!」
それでねそれでねと聞いてほしい話が止まらないシャーロットに絶え間なく語りかけられながら、パフスケインにブラッシングしている時と同じ笑顔のポピーはシャーロットの髪に魔法をかけて逆立てて、グラップホーンさながらの大きなツノをいくつも形作り続けたのだった。
そしてポピーが髪型の出来栄えに満足した頃、シャーロットはついに気づいた。
「あ! あたしったらポピーちゃんの旅行のお話聞きたかったのに、あたしばっかり話してるわ! なんてことかしら! ねえねえポピーちゃんお出かけのお話聞かせてほしいの。あたしお出かけのお話聞かせてほしかったのよ! ヒマラヤってどんなところなのかしら? お姉ちゃんはウンと寒いところだって言ってたけれど、どのくらい寒いところなのかしら! たっぷりした服をたくさん着なきゃいけないのかしら? ねえねえポピーちゃんどうだった? ねえどうだったの?」
シャーロットがそう言いながら勢いよく振り向いても、逆立った髪は揺れもしなかった。
「これ、何かわかる?」
そう言ったポピーが微笑みながら差し出したのは、大きくてキラキラした透き通った黄色い石。
「わあー。きれいな宝石ね! ポピーちゃんったらこんなにおっきい宝石持ってたの? こんなのママだって持ってないわ! だって、キャンディだとしても大きめサイズよ、この宝石!」
元気いっぱいの声でそんなふうに言われてしまうと「もしかして私いま下品な真似したかな」と不安がよぎったポピーだったが、それでも当初の予定通りに、その石が何なのかを説明する。
「これはね。ドラゴンのお肉のステーキなんだよ。こう見えて」
「ほえ?? ほうせきでしょ? ポピーちゃんったらあたしが何でも信じると思ってるでしょ!」
口をキュッと結んで頬も目一杯ふくらませて可能な限りの怖いお顔を作ったシャーロットを抱きしめたい衝動に駆られながら、ポピーは順番に、一番最初の知識からひとつずつ話し始めた。
「これはね。不死鳥が吐き出した石なんだ。……ペレットって解るかな。不死鳥以外にも鷹とかがそういうことするんだけどね、食べたものに含まれてた、消化できない繊維とかをね。塊にして吐き出すの。その吐き出した塊を『ペレット』って言うんだけど、不死鳥が吐き出すペレットには、たまーにこういう宝石が混じってることがあるんだ。――これは特別おっきいやつだけど――それで、この石……『フェニックスフリント』も、不死鳥の身体の中で何が起こってそうなるのかは解んないけど、やっぱり元々は不死鳥が食べたものが変化してできてるんだって私は思ってるの」
不死鳥が吐き出すペレットは不死鳥が食べたもので、だったらそこに稀に含まれている石も同じく不死鳥が食べたものの成れの果てなのだろうというのは、ポピーだけでなく多くの魔法生物愛好家が支持する、この当時の支配的な学説だった。
この説の正しさが証明されるのには20世紀に入ってニュート・スキャマンダーが台頭するのを待たなければならなかったが、しかしそれが単なる予想でしかなかった当時でも、学生が後輩に語って聞かせるだけなら何も学術論文などは必須ではなく、ただ経験だけがあればそれでよかった。
「不死鳥さんって何を食べるんだっけ? 悲しい気持ちとか食べてくれるかしら?」
「草食なんだよ不死鳥は。草とか、ナッツとか、果物とか、お芋とか、そういうのを食べるんだよ。…………うん。本当ならね、そういうのしか食べちゃいけないはずなんだよね」
けどアイツったらお肉も食べるんだよと、ポピーはその不死鳥の奔放さを訴える。
「草食なんだから、お肉は消化できないでしょ? だからね、あの、アナタも見たことある不死鳥さんね。お肉食べた半日後くらいにはね、絶対こういう宝石を吐くんだよ。それに翌日は絶対に燃焼日だし……だからこのフェニックスフリントって本当ならすんごい値段がする超貴重品なんだけど、あの不死鳥の飼い主の7年生のアイツはたくさん持ってて、時々くれるの」
不死鳥に由来するものならつまりこれにもきっと魔法の力が何か宿っているに違いないと確信して、シャーロットの目は期待で輝いた。
「…………持ってみる?」
「いいの??!!! やったあ!! ありがとうポピーちゃん! あたし持ってみる!!」
手渡された大きな黄色い宝石を両手で受け止めたシャーロットは、途端にその目をますますまんまるにして、大きな声で感動と喜びを表現した。
「わああーー!! この宝石すっごくあったかいわ! お姉ちゃんのお尻みたい!!!」
その表現は大きな声で言うべきではないと、ポピーは指摘するべきか迷った。
「…………あなたのお姉ちゃんって、お尻があったかいの?」
「うん。えっとね、でもねお尻のお肉のところじゃなくてね、もっと下側のね――」
そこまで言ってしまってから、シャーロットは思い出した。
「あ!! これお姉ちゃんに『絶対誰にも言わないで』って言われてたんだったわ! やだわあたしったら! ポピーちゃん今の無しね!! ないしょよ! あたしないしょにしたの!!」
解った解ったなんにも聞いてないよと保証しながらも、ポピーの心にはその使い道の無い知識が既にしっかりと刻み込まれてしまっていた。
「ところでシャーロット、そのことにいつ気づいたのかな?」
「一緒のベッドで寝てる時よ。触ってみたら熱かったの。あたしびっくりしちゃった!」
「……さっきからポピーちゃんに何の話をしているのかしらシャーロット?」
いつの間にやらそこに居たクレア・クランウェルのすぐ隣では、クレアのルームメイトである同じ4年生の女子生徒が、シャーロットとクレアから目を逸らして必死に笑いを堪えている。
「あ、お姉ちゃんおはよう!! ねえねえ見てみてポピーちゃんに髪の毛してもらったの! 見てみて良いでしょ! グラップホーンさん!! グラップホーンさんみたいでしょ!!」
ハロウィンパーティだったとしても誰もが振り向くだろう前衛的で攻撃的な髪型になっている妹の姿を見て、しかし大喜びしている妹は褒めてもらえると確信しているだろうと悟って、クレア・クランウェルは感想を述べる前に一旦しっかりと考え込む必要が生じた。
「ステキよシャーロット。まるで夢でも見てるみたい」
自分に嘘をつくことなく妹を褒めてあげるには、クレアの語彙ではこれが限界だった。
「そうでしょそうでしょ! でもねあたしまだ鏡みてないの! けどねポピーちゃんがしてくれたんだからきっとグラップホーンさんみたいにカッコよくなってるって思うのよ! あ! もしかしてあなたってお姉ちゃんとおんなじ寝室のひと? いつも私の代わりにお姉ちゃんのお世話してくれてありがとう! お姉ちゃんったらそそっかしいからあたし心配なのよ!」
元気いっぱいな妹ちゃんの輝く笑顔を見下ろして、その子の姉であるルームメイトの何か言いたげな顔へと視線を移して、その4年生の女子生徒は堪えきれなくなってクスクスと笑った。
「おはようシャーロットさん。私あなたのお姉ちゃんのルームメイトのセラフィーナよ。セラフィーナ・ボーンズ。よろしくねシャーロットさん」
「セラフィーナおねーちゃん。いつもお姉ちゃんがお世話になってます! あ、ねえねえあたしのお姉ちゃんはいつも授業でどんな感じ? おりこうにしてるかしら?」
そう問いかけてきた妹ちゃんの大きくてまんまるの目ではなく、ポピーちゃんにトゲトゲに逆立ててもらった髪のほうにクレアと2人して注目していた4年生の女子生徒はしかし、すぐにシャーロットがその手に大きな宝石を握りしめていることに気付いて、そちらに視線を奪われた。
「あなたのお姉ちゃんはとってもお利口さんよー。あなたと同じくらい。ところでシャーロットちゃん、アナタそのおっきな宝石どうしたの? まさか貰ったの??」
「これ? これはねポピーちゃんのよ。ポピーちゃんが見せてくれたの。あのね、あたしポピーちゃんにお出かけのお話ききたくってね、そしたらポピーちゃんがこれ見せてくれたのよ!」
見て見ておっきくて綺麗なのよとシャーロットが大興奮しながら差し出してきた黄色い宝石を、姉のクレアはまるで落としたら割れると信じているかのように逡巡してから恐る恐る受け取った。
「……まあ! この宝石すごく熱いのね! ママのお尻みたい!!」
「クレアあなた、もうちょっと他に穏当な例えは思いつかなかったのかしら?」
ルームメイトの女子生徒は呆れ、ポピーは笑った。
「ポピーあなた、これアイツに貰ったんでしょ。火蟹の甲羅から?」
クレアのルームメイトであるセラフィーナ・ボーンズに質問されて、ポピーの気持ちはあっという間に、ついさっきまでそこに居たような気すらしているカンチェンジュンガへと飛んでいった。
「ううん。不死鳥からだよ。それは寒さから身を守ってくれるものだから、ヒマラヤに向かう途中でアイツ配ってくれたんだ。だから体の芯まで冷えちゃうってことはなかったけど、それでも結構寒かったよヒマラヤは。それにどっち向いても真っ白だし、冬のホグワーツよりももっと空気が澄んでるし、それにね! わたし見たことなかった生き物が見られたんだ! リトルフットとポムもそうだけど、あのおっきい蛇! 怖かったし危なかったけど、鱗とか髪までハッキリ見えたんだ」
ポピーちゃんったらまた何か動物を連れて帰ってきたのねと、セラフィーナは察した。
そんなセラフィーナの隣でクレアは、ポピーちゃんの発言の別の部分が気になっていた。
「鱗はともかく、髪ってなあに? ポピーちゃんどういう蛇を見たの?」
宝石を返却しながらそう訊いたクレアの隣では妹のシャーロットがその大きくてまんまるの目を好奇心の輝きでさらに大きくてまんまるにしていて、それが姉のクレアの顔に今浮かんでいるのと全く同じ表情だったので、ポピーとセラフィーナは笑いがこぼれるのを堪えられなかった。
「おっきかったの? ねえねえどんな蛇さんだったの?」
「危なかったって、毒があったの? 噛まれちゃったりしたの?」
妹と同じ顔をしてポピーに詰め寄るルームメイトを見て、セラフィーナ・ボーンズはクスクス笑いの発作に襲われている。
「えーっとね。ちょっと待ってね」ポピーは杖を振り、羊皮紙と羽根ペンとインクを呼び寄せ、それに魔法をかけて羊皮紙の上にその大きな蛇の姿を描いていく。「こういう……エリエザーくらいおっきくてね……あ、私を隣に描くとたぶんこのくらいの大きさかな……それでね、顔は……蛇の顔してなくて、代わりに人間の顔が9つあるの。目に光がなくってね。不気味って思っちゃった」
ポピーは、動物の絵がとても上手だった。
「ヒマラヤのカンチェンジュンガって山に行ったんだけどね。雪と氷しかないたかーい山の上でね、だからお空は暗いめの青色で、地面とか景色は雪で真っ白なんだけどね? 現地駐在の魔女さんに案内してもらった先で、急に景色が真っ赤っ赤になってね。イエティが食べられてたりとかしたんだ。それで、この『
そこまで思い出すと、当然、その直後に見たものも脳裏に蘇ってくる。
「すごく綺麗な鳥だったな。……鳥、でいいんだよね? 鳥だったよね?」
急に話が繋がらなくなったと困惑している後輩たちの怪訝そうな表情が視界に入っていないかのように、ポピーは「あの鳥」の姿を思い浮かべる。
「ねえねえポピーちゃん、何か新しい動物さんとお友達になれたの? 新しい動物さんを連れて帰ってきたの? あたし見てみたいの! イエティさんは見られるかしら?」
期待で目を輝かせたシャーロット・クランウェルにそう訊かれて、ポピーの意識は「あの鳥」からイエティの「リトルフット」と貔貅の「ポム・ド・アンバー」へと移った。
「シャーロットったら、イエティってすっごく危ない生き物なのよ? いくらポピーちゃんでも」
遭遇した全ての生き物を殺して食べてしまうと習ったイエティを飼育できるはずがないというクレアの見解は、一般的には正しいものだった。
ただ、ガンプの元素変容の法則すらそうであるように、何事にも例外はあった。
「遠くからなら見せてあげられるよ。触ったりはまだやめたほうがいいと思うけど」
ポピーが何と言ったのかをすぐには理解できなかったクレア・クランウェルとセラフィーナ・ボーンズは、数秒硬直してから今聞こえたポピーの発言の意味に気づいてビックリ仰天した。
「連れて帰ってきちゃったの?? イエティを?? 危なくないのポピーちゃん?!!」
「イエティって連れて帰ってきちゃっていいの? 向こうの魔法省に怒られるんじゃないの?!」
「リトルフットはね、おっきい石を持ち上げて地面にぶつけて割るのが好きなんだよ」
お互いの顔を見てまたポピーに向き直ったクレアとセラフィーナの心にどれほどの驚きと呆れが去来しているのかなど気にする様子もなく、ポピーは目を輝かせているシャーロットに提案する。
「イエティ見てみる? 遠くからだけど」
「見る!!! あたしイエティさん見てみたい!!」
それじゃあ決まりだねと言いながら不死鳥の足跡が黒い焦げとして残っている旅行カバンをどこからとも無く取り出して開いたポピーに促されて、シャーロットだけでなくクレアとセラフィーナも、そのカバンの中へと入っていったのだった。
そして、セラフィーナ・ボーンズがルームメイトの後に続いて恐る恐るそのカバンの中へと入っていき、旅行カバンが独りでに閉じられたちょうどその瞬間。
ハッフルパフの談話室に1人の7年生が、羊のような癖っ毛の男の子を伴ってやってきた。
「
「ありがとゴーン――オミニス」
「どういたしまして。次からは間違ってスリザリンの談話室の前まで来ちゃっても1人でここまで来られるか? おんなじ地下階だから、そんなに複雑じゃなかっただろう?」
熱された酢を思いっきり浴びながら談話室に入ってきたスリザリンの7年生オミニス・ゴーントはその手に持った杖の先を赤く明滅させながら、一見すると目が見えないとは気付けないほどの速度でスタスタとその旅行カバンの目の前まで来て、杖を持っていない方の手でそれを拾い上げた。
オミニスはそのカバンに杖を翳し、じっくりと表面を調べる。
「ポピーのだな。…………じゃあポピーはこの中か。いくらハッフルパフの談話室とは言え、このまま置いとくわけにもな――」
オミニスはそう呟くと、杖の先の赤い光で羊のような癖っ毛の男の子の顔を照らした。
「フルームくん、きみ宿題とか残ってたりしないかい? 今なら手伝ってあげるけど」
「ホント?! えっとじゃあじゃあ魔法薬学の――」
「魔法薬学かぁ…………まぁ、まあ1年生の範囲ならたぶん……」
ギャレスとサチャリッサを筆頭として同級生みんなに助けてもらってO.W.L.をスレスレの成績でパスして6年生以降のN.E.W.T.レベルの魔法薬学の授業にどうにかこうにか喰らいついているオミニスは、本人がただそこにいるだけで醸し出す知的で神秘的な雰囲気とは裏腹に、「古い純血家系出身の先輩たちともなるとそりゃあ成績だってどの教科も優秀そのものなんだろう」という一部の生徒や保護者たちが抱いている淡い幻想を、実績で粉砕する存在でもあった。
オミニスが苦手としている教科は、別に魔法薬学だけではない。
「そーお? じゃあじゃあえっとね魔法史は?」
フルームくんはオミニスの表情から自信がないのだと察して別の科目を提案した。
しかしオミニスにしてみれば、ビンズの話にちょくちょく親戚や先祖が出てくるからといって、では眠気に打ち勝てるかと自問すると、それとこれとは別の話という結論になるのだった。
ただ、ホグワーツの魔法史においては「授業中に眠くなるか否か」と「成績」はこれまた別の話で、オミニスの魔法史の成績は決して悪くはなかった。
「いいよ。どういう宿題なんだい?」
「えっとね、ホグワーツの成り立ちについての話だったんだけどね。『ホグワーツに今ある中で最も古い品は何か』って問題をビンズ先生が出したんだ。……オミニス知ってる?」
思い当たるものはあったオミニスは、しかしこの課題が「ホグワーツの歴史の古さと長さを体感させる」という意図で出されたものだと察して、答えを直接教えるべきではないと判断した。
オミニスはニヤリと笑って、羊のようにくるくるした癖っ毛のフルームくんにヒントを出す。
「ホグワーツにはね、ホグワーツ城よりも古い品がいくつもあるんだよ。そしてきみはこれが何かを、俺とか他の上級生から聞くんじゃなくて、自分で見つけるんだ。ビンズ先生が期待している方法でな。つまり――例えば図書館に行ってスクリブナーに頼ってもいい。あそこにはいつだって宿題の答えが所蔵されてるからな――それか、俺よりもっとずっと詳しい奴に訊くこともできる」
先生たちに訊けってことだろうかとフルームくんは思ったが、オミニスの見解は違った。
そして現に、先生たちも1年生から「ホグワーツで一番古い品」を訊かれて、オミニスがするのと同じアドバイスをヘキャット先生もウィーズリー先生も皆が異口同音に、1年生に贈ったのだ。
「居るだろ? ホグワーツができたときからずっとここに居る奴らがさ」
フルームくんの視線の端で、壁に飾られたヘルガ・ハッフルパフの肖像画が微笑んでいた。
ちょうどその時ピーブズは友達にもらった爆竹を早速校長室に持っていってブラック校長の頭上からバラ撒いていて、一方「灰色のレディ」ことヘレナ・レイブンクローはレイブンクローの女子寝室でへスパー・スターキーの他愛もない質問に答えていた。
オミニスが誰の話をしているのかを、フルームくんは肖像画の中のヘルガ・ハッフルパフと目が合ったのをきっかけにして察した。
他の1年生たちもそうであるように、自分がこの魔法史の課題に取り組むために今から何をするのかを理解して、フルームくんは身震いした。
まだ歩いたことがない廊下の方が多い1年生たちにとって、それはまさしく冒険だった。
しかし一方で、そういう配慮ができないのか、それともわざとしないのか。1年生たちが自分で答えを見つけるように誘導する、という選択をしない者も中には居た。
「先輩、ホグワーツで一番古い品物って何なのかご存知ありません?」
ギャレスと一緒にスリザリンの談話室までやってきたダンブルドア少年が、まだネグリジェ姿のまま寛いでいる7年生の女生徒に訊く。
「憂いの篩じゃない?」何の配慮も無く、その女生徒は即答する。「校長室にある憂いの篩って、ここにホグワーツ魔法魔術学校を作るぞって決めるきっかけになった品でしょ? レイブンクローだっけ、ハッフルパフだっけ……地面に埋まってるのを見つけたって話だったよねギャレス?」
その7年生の女生徒とは違って「答えを直接教えるのは課題の趣旨に反する」と理解している他の7年生たちは、みな口々に「他の候補」を挙げて答えを霧で覆い隠そうとし始めた。
「そうだけど、『一番』古いかどうかは判んないよね。例えばグリフィンドールの剣のほうが古いかもしれないし、城の建材として使われてる石のどれかがそうかもしれない」
ギャレスに続いて、マルフォイも己の意見を述べる。
「『組分け帽子』も、あれは元々はグリフィンドール個人の持ち物だろう。つまりホグワーツ城より古いという可能性がある。グリフィンドールがあの帽子を人生のどの段階で入手したのかは言い伝わっていないから、城より新しいという可能性も当然残るが」
2人の言葉に「たしかにそうだねえ」と相槌を打ったその女生徒が次に思いついたのは、品物ではなかった。しかし、古さならホグワーツのいかなる品にも負けないだろうという確信があった。
「ピーブズぅー。ちょっと良いかーい?」
女生徒がどこへともなく呼びかけると、その英国で最も悪名高いポルターガイストは、待ってましたとばかりの勢いで天井をすり抜けて飛来する。
「どうした兄弟。何して遊ぶ?」
「アルバスの宿題手伝ってあげてほしくってね――ねえピーブズ――」
献立の希望でも訊くかのように、その女生徒はピーブズに問うた。
「ピーブズってさ、何歳?」
いつの時代でも、その質問をされるとピーブズは、1人の魔法使いの顔を思い浮かべる。
燃えるような赤毛の髪と髭をした、マグルびいきの偉大な男を。
「――俺様を最初に見つけたのはな、ゴドリックの旦那だったんだ」
そういったピーブズの顔には普段の享楽的でくだらない悪巧みに満ちた笑顔は無く、その代わりにまるで授業中のエリエザー・フィグのような、極めて落ち着いた深みがあった。
「まだこの城が、大広間とその周りの何部屋かしかできてなかった頃だ。各々の寮の談話室をどこにするかって話で6人仲良く盛り上がってた頃だ」
「6人? 4人じゃないのかピーブズ?」
口を挟んだマルフォイに、ピーブズは「ああ6人だ」と保証した。
「ゴドリックの旦那と、偏屈ジジイのサラザールと、ヘルガおばちゃ……奥様! と、最初の校長になった奴と、お菓子大好きロウェナちゃんと、城の設計に関する皆の意見を図面に纏めてた男。あの時の『ホグワーツ魔法魔術学校予定地』には、合計6人の魔法使いと魔女が居た。んで、ある時、ゴドリックの旦那が俺様に気づいた。ゴドリックの旦那はもうその瞬間に俺様が『何なのか』まで理解してた…………でな。でな! 旦那が俺様見てよ、なんて言ったと思う?」
そのことを思い出すと、ピーブズはいつでもすぐに最高の気分になれた。
遠い遠い昔。作っている最中のホグワーツ魔法魔術学校。気の早いハッフルパフとレイブンクローが少数の子どもたちに早速青空の下で授業を始めていた時、既に天井が備わっている数少ない廊下のひとつで、そのポルターガイストは、ガッシリした体格の魔法使いと出くわした。
自分を見つけてからのたった数秒で、燃えるような赤毛のゴドリック・グリフィンドールが一体どれほど笑顔になっていったのかを、ピーブズはハッキリと覚えている。
その時、ゴドリック・グリフィンドールは宙に漂うピーブズと目が合ったまま、湧き上がるように言葉を発したのだ。
「こりゃあいい」その声は、今もピーブズの中で響き続けている。「こりゃあいい! おいサラザール! 俺達の城にポルターガイストが来てくれたぞ…………見てみろ、最高じゃないか!!」
それはピーブズがホグワーツを棲み家と定めた瞬間であり、同時にピーブズが「自分はホグワーツで生じたのか、それとも別の場所から移動してきたのか」をサッパリ忘却した瞬間だった。
「不快そうな顔してたぜえ……俺様を見るなり。サラザールの偏屈ジジイは」
偉大なるサラザール・スリザリンを偏屈ジジイ呼ばわりしていることについてはマルフォイもノットも抗議したい気持ちが無いでもなかったが、しかしピーブズを見て心底不快そうにするサラザール・スリザリンという光景が容易に想像できてしまったために、ついに何も言えなかった。
「ピーブズさんは、組分け帽子被ってみたこととか無いんですか?」
ダンブルドア少年にそう訊かれたピーブズは有るとも無いとも返答せず、ただニヤリと笑った。
そうして結局クレア・クランウェルは、今日はこの髪型のまま授業を受けると言い張るグラップホーン頭のシャーロットを、説得することに失敗したのだった。
【セラフィーナ・ボーンズ】
映画の背景に映り込んでいる肖像画の魔女。生没年不明。何世紀の人物かも不明。
私の妄想の中では1892年時点でハッフルパフの4年生。
私が書いている話において名前が登場したのは今回が初ながら、初登場は1話。
ホグワーツ初代校長とホグワーツ城の設計者は、城に像があるけど名前は明かされていない。
ピーブズが述懐している話は全部私の妄想ですが、創設者4名とは別に「初代校長」と「城の建築に携わった魔法使い」が存在するのは公式設定です。