2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
授業が続いている闇の魔術に対する防衛術の教室の、入口扉のすぐ外の廊下で。1人の7年生が、心の底から溢れてくる涙をどうしたらいいのかが判らない小さな男の子に、優しく語りかける。
「ねえアルバス。違うだろう? そうじゃないだろう? アリアナちゃんについて、きみが考えなきゃいけないことは何か。わかんないのかいアルバス」
あれはボガートが読み取って再現したきみの心の中の恐怖の象徴であってホンモノじゃないとかそういう話を今のアルバスに聞かせたって何の慰めにもならないと、その7年生は理解している。
「ねえアルバス、アリアナちゃんにきみが、してあげられることが何なのか。判んないのかい?」
「でも、オブスキュリアルにっ、きっ……効く魔法薬とか、呪文は無いってっ、本に……僕、ぼくいっぱいいっぱい調べたけどっ、な……無いって…………だから僕は、アリアナにっ、何も……」
そこでその7年生は小さなアルバス・ダンブルドア少年の腰を両手でガッシリと掴み、そのままダンブルドア少年を持ち上げることで自分とダンブルドア少年の視線を同じ高さに合わせた。
「あのねアルバス」と語りかけながらその7年生はダンブルドア少年の身体をグルリとひっくり返して、彼の小さな足を天井に向ける。「なーにを言ってるんだいさっきから。違うだろう?」
ダンブルドア少年は小さくて軽いので、その7年生はダンブルドア少年を上下逆さに持ち上げたまま再びグルリと回して頭を上に戻してあげたり横にしたりまた上下逆さにしたりと、ぐるぐるグルグルいくらでも苦も無く回転させることができた。
サーカスの演目か本場仕込みのピッツァかというくらいダンブルドア少年をグルグル回しながら、時折ダンブルドア少年を天井めがけて投げ上げたりしながら、その7年生はソファに座らせて腰を据えて対面しているかのように優しく穏やかな口調でダンブルドア少年を導く。
「きみがアリアナちゃんにしてあげるべきことは、そんなんじゃないだろう?」
身体を絶え間なくグルングルン回されているので、そして高いところが怖いのに高々と投げ上げられたりしているので、ダンブルドア少年の心の中からは悲しむとか後悔するなどといった自罰的思考に割けるだけの余裕が、遠心力に負けて廊下の向こうまで飛んでいって消え去ってしまった。
「きみがアリアナちゃんについて考えるべきは『今度は何して遊んであげようか』ってことだけだろう。それか『どんなお話をしてあげようか』とか、そういうことだけだろうアルバス。それともアルバスには、僕がなんでこんなにアルバスを毎日毎日連れ回すのか、解ってなかったのかい?」
また上下逆さに持ち上げられたまま、無理やり泣き止まされたダンブルドア少年はその7年生を何か不服そうな顔で、納得できないところがあるような目をして睨む。
「…………先輩が僕を毎日毎日かまうのは、僕を肥え太らせて頃合いを見てシチューにして食べちゃうつもりだからだって、エルファイアスが言ってました」
「そうだけど、それもあるけどそれだけじゃないよアルバス」
そんなわけないでしょと返答されると信じ切っていたダンブルドア少年は驚愕して目を見開いているが、ダンブルドア少年を持ち上げている7年生はそんなことを気にしない。
「僕がアルバスを毎日毎日連れ回すのは一緒に居ると楽しいからさ。誰かと一緒に居たい理由が他に何かあるかい? そしてそれこそが、これだけがオブスキュリアルの治療法なんだよアルバス。心の傷になっていた辛い出来事を思い出して『ああ、昔はそんなこともあったな』って気軽に笑えるくらいたくさんの楽しくて幸せで穏やかな日々。それだけがオブスキュリアルを癒やすんだよ」
そう言われても、ダンブルドア少年は先輩の言葉によってそれまで全く考えてすらいなかった解決策を提示されて己の視野の狭さに愕然としながらも、それでもダンブルドア少年はその先輩を、そんな意見には賛成できないと書いてある顔で、泣き腫らした目のまま睨んでいる。
「…………先輩なら、アリアナのオブスキュラスを、直接除去してしまえるんじゃないんですか」
ほとんど疑念と表現していいダンブルドア少年の提案を、その7年生は即答で否定する。
「オブスキュリアルになってしまった子の命を脅かしてるオブスキュラスはその子の命そのものなんだけどアルバスは僕にアリアナちゃんの命を直接引っこ抜いてほしいのかい。それともまさかアリアナちゃんをイシドーラのパパさんみたいな単に生きてるだけの絞りカスにしてほしいのかい。僕にできるのはそのどっちかだけで、どっちも『治療』とは程遠い短絡的な『バカな真似』だよ」
その7年生はダンブルドア少年をクルリと回してまた頭を上にし、床に降ろす。
「あのねアルバス。オブスキュリアルを治す方法は『幸せに過ごす』これだけなの。他の方法は無いの。一発でよくなる反対呪文も飲めばそれで解決する治療用の魔法薬も無いの。魔法で簡略化する余地なんかどこにもない気長で不確実な方法で、ゆっくり取り組むしかないの。全ての害ある魔法には必ず『特効薬』があるだなんて、アルバスはそんな勘違いするほどおバカじゃないでしょ」
ダンブルドア少年はまたしても涙を流し始めてしまったが、その7年生は一切表情を変えない。
「でもっ、ぼくがなんとかしてあげないといけないんです……あの時、アリアナが一緒にお庭で遊びましょって言ったのに……僕、ことわったんです…………本の続きが読みたかったからっ……」
「その時の自分の行動と選択を思い返すことが何か解決に繋がるのかい。それで何かアルバスが進歩するのかい。ただ辛いだけだろう。その時のことを思い返して辛い思いをして、そんなふうに自分に罰ばかり与えて、それでアリアナちゃんが笑ってくれるのかいアルバス。違うだろう」
しかしダンブルドア少年は二枚貝のように心の殻を固く閉じて、そこに先輩を入れまいとする。
「…………ふしっ、不死鳥のっ……涙。なら……」
「グリフィンドール10点減点。きみは気休めで妹を騙したいわけじゃないだろうアルバス。不死鳥の涙が癒してくれるのは肉体だけで、心の傷には効かない。こんなこと本で読んでとっくに知ってるだろうアルバス。だって去年僕がみんなと作ってこないだアミットがきみに貸した魔法生物図鑑に書いてあるもの。『これからどうするべきか』って学びに繋げずにただ自分の過去の選択ミスを思い返して自分を責めるのはね、単なる自己満足だよアルバス。きみがやるべきことじゃない」
この7年生は首席なので権限を有しており、グリフィンドールからは本当に10点が減点された。
「…………そんなに自分を責めたいなら、このまま授業抜け出してブレちゃんとこ行っておやすみさせてもらうかい。ブレちゃん優しいからボガートにやられたって言えば休憩させてくれるよ」
マダム・ブレイニーはきっと何も訊かずに休息させてくれるだろうとダンブルドア少年にも思えたが、だとしてもこのまま早退するわけにはいかないと、ダンブルドア少年は考え直した。
「僕、授業に戻ります。……だってアリアナに……アブにも。授業の話、してあげたいですから」
その7年生はダンブルドア少年の回答を聴いて、満足げにニッコリと笑った。
アルバスはしょんぼりしてないでひたむきに頑張ってるほうが僕が嬉しいから、という、これも言ってしまえばこの7年生の単なる自己満足だったし、この7年生自身も自分が今ダンブルドア少年に対してとった言動を、自己満足に因るものだと考えていた。
しかしこの7年生の自己満足は、いつだって周囲に集う皆を笑顔にした。
「ちゃんと『お兄ちゃんは授業でボガートに負けて泣かされたんだ』って話すんだよアルバス」
「ヤですよかっこ悪い。…………アブに笑われるじゃないですか」
「いいじゃん笑ってくれるんならさー。あ、ヘキャット先生ぼくら戻りました」
ダンブルドア少年の心の殻を何の魔法も使わずに簡単に再び開かせてしまったその7年生はさっき通って出てきた扉をくぐって闇の魔術に対する防衛術の教室の中へと戻ってきた途端、劇的に背が縮んで性別まで変わり、ダンブルドア少年より頭ひとつほど背が高い男の子になった。
「あらまヘキャットせんせありがとございます」
ブカブカになった着衣のサイズを杖を一振りして体型に合わせてくれた闇の魔術に対する防衛術の担当教授にお礼を言ってから、その7年生は同級生たちの居る教室の隅へと去っていった。
「もう大丈夫なのかいミスター・ダンブルドア?」
「はい。ご心配おかけしました。ぼく頑張ります」
その答えを聞くなりダンブルドア少年の目を見て「じゃあ頑張ってもらおうかね」と呟いたヘキャット先生に促されるまでもなく、ダンブルドア少年は自分の足で歩いて他の1年生たちが形成している列の最後尾に、ボガートに挑むための順番待ちに再び加わった。
「りぃ、リディクラス!!」
スリザリンの男の子がそう唱えると、成人男性の姿をしていたボガートは流行に敏感な御婦人のクローゼットの中身を全部ひとまとめにしたかのような、カラフル極まるド派手な服装になった。
「…………よくお似合いです。父上。ホンモノのランツクネヒトみたいです」
そう呟いて満足げに去って行ったブルストロードくんの後ろから、一歩前に進み出たのはハッフルパフの女の子、あいつ怖いものとか無いのかと周囲の同級生たちが首を傾げるシャーロット・クランウェル。男の子たちも女の子たちも、列に並んで自分がボガートを退治する番が回ってくるのを待っている1年生たちも、既に戦い終えた1年生たちも、隅から見守っている7年生たちも皆、ほとんど誰もシャーロットの目の前でボガートがどんな姿になるのかを、予想できていない。
そして、それはシャーロット当人も同じだった。
シャーロットはクルリと後ろに振り向いて、自分の次にボガートに挑むスリザリンのプリンスくんに話しかける。
「ねえねえプリンスくん。あたしが一番怖いものって『独りぼっちになっちゃうこと』なんだけれど。それってボガートさんはどうやって変身するのかしらね?」
プリンスくんは問いかけられたので条件反射で少し考え込んだが、すぐに気づいた。
「……いや…………それを今から試すんじゃないか?」
「プリンスくんはわかる? プリンスくんの一番怖いもの。プリンスくんがほかの何より目の前に出てきてほしくないものってなあに? しゅくだい?」
この質問にもプリンスくんは答えようとしたが、しかしハッキリと確信できているからこそ回答したくないと気付いて、プリンスくんは少し悩んでしまう。
目の前のこいつには存在すら伝えたくないと、プリンスくんは考えていた。
「ねえねえなあに? しゅくだい? むずかしいしゅくだい?」
しかしプリンスくんはシャーロットの大きくてまんまるの目の輝きに照らされて、質問を無視することもはぐらかすこともできなくなってしまった。
「ぼくが一番怖いものは、お父上だ。オミニス・ゴーントのお父上。イグノラムス・ゴーント氏だ。ゴーント家の家長。お前にも、お前の姉にも、絶対に引き合わせるわけにはいかん人物だ。あの人と比べたらブラック校長など、熟睡中のパフスケインだ」
プリンスくんの言葉を聞いて「きっと怖いひとなのね」と理解したシャーロットだったが、しかし今まで周囲の皆から愛されて可愛がられて褒められて励まされて、叱られるにしても優しく諭されて育ってきたシャーロット・クランウェルは、想像しきれていなかった。
「どんなひとなの? 怒ると怖いのかしら?」
ゴーント家というものを。
「…………あのひとが怒っていないところなど、見たことがない」
そんなの疲れちゃうんじゃないかしらと思いながら、シャーロットはプリンスくんに更に訊く。
「プリンスくんは、そのオミニスおにーちゃんのパパさんが、出てきてほしくないのよね?」
「もちろんそうだ。オミニス・ゴーント当人の前でこんなこと言うべきではないが、あのイグノラムス・ゴーント氏は、決してホグワーツに足を踏み入れさせていい人間ではない。思想だけで比べるならランロクすら見劣りする危険人物なのだから…………あのひとは、極端すぎる」
そこでプリンスくんはさすがに言い過ぎたかと不安になってオミニスを探して表情を伺ったが、オミニス・ゴーントは後ろの壁際に立ってこちらを見ている7年生のセバスチャン・サロウとヒュペリオン・マルフォイの間で、丸くなって床で寝ていた。
ヘキャット先生に注意される前に起こそうとカンタンケラス・ノットが頑張っているものの、オミニスはすやすやと安らかに寝息を立てていて、眠りから醒める兆候は全くない。
「…………あいつ……」
お前だって今この「防衛術」の授業中だろうと咎めたくなったプリンスくんだったが、そこでシャーロットからひとつの提案が投げかけられる。
「ねえねえプリンスくん。あたしはあたしの怖いものがすぐ目の前にでてくるのはヤなのね? それでプリンスくんもそのオミニスおにーちゃんのパパさんがでてくるのヤでしょ? そしたらあたし考えたのね? あのね、怖いものが出てくるのは怖くてヤだから、一緒にやるのはどうかしら」
それはヘキャット先生が、最低限1年生全員がひとり1回はボガートに挑み終えて、やっつけられなかったのでリベンジしたいダンブルドア少年のような一部の生徒の再挑戦も終わったら、その後で1年生たちに取り組ませようと予定していた、次なる段階のボガートの対処法だった。
プリンスくんは今シャーロット・クランウェルが投げかけてきた提案こそが恐らくボガート退治の「正解」だろうという推測だけでなく、自分たちが今から2人で協力してボガートと対峙するのはヘキャットの授業プランを狂わせてしまう勝手な行いなのではなかろうかとまで思案して、自分の利だけを考えれば断る理由など見当たらないはずのシャーロットのアイデアを却下する。
「ヘキャット先生が『1人ずつ』と言ったのだから、まずはお前1人でやってみるべきだろう……ほら、見ててやるから頑張れクランウェル」
いつも羨ましいくらいにツヤツヤでふわふわのブロンドヘアーを何故か今日は1本残らず逆立てて立派なトゲをいくつも作ってあるクランウェルの奴の攻撃的な髪型をあんなに間近で見て、なぜプリンスの奴は笑いを堪えているそぶりすら見せずに耐えるなんて真似ができるんだろうかと、プリンスくんと同じ純血を標榜する古い家系出身のスリザリン生であるブルストロードくんとクラウチくんは感心半分不可解半分の妙な気分で、気難しいお節介焼きのルームメイトを見つめている。
「わかった! あたし頑張るわプリンスくん!!」
元気いっぱいにお返事したシャーロットに見事な作り笑顔で微笑みかけたプリンスくんを壁際から観察していたスリザリンの7年生女子グレース・ピンチ=スメドリーは、気付いた。
「……ねえ、あれフランシスくんったら左手でずっと自分の太もも抓ってない?」
グレースに小声で話しかけられたので、隣にいるネリダ・ロバーツもそのプリンスくんの姿を観察しながら小声で返答する。
「あらヤダホントね…………プリンスくんったらやっぱり我慢してないと笑っちゃうのね。いま笑ったらシャーロットを嘲笑することになるからやめようって配慮ができるのはエラい」
めいっぱい力を込めているのが誰の目にも判る強張り方をしているプリンスくんの左手と、寄ったシワがどれだけ強く腿の肉を抓っているかを示しているプリンスくんの履いてるズボンを見ながら、ネリダはグレースと囁き声で会話を交わす。
「……プリンスくんってフランシスくんって言うの?」
「あらネリダあなた知らなかったの? そうよ。フランシス・リスター・プリンスくん。あの子の叔父様とおじい様のお名前を貰ったそうよ。カワイイわよね彼、お人好しが隠しきれてなくて」
先輩の女子たちにかしましく分析されていることなど気付いていないプリンスくんの目の前で、攻撃的に逆立てたトゲトゲ髪のシャーロットは「よぉし!」と大きな声を出してから正面に向き直って、ようやくボガートが潜むキャビネット棚と対峙した。
そしてヘキャット先生が気軽に杖を一振りし、キャビネット棚は開け放たれる。
現れたのは5人ほどが充分に囲める丸テーブルと、そこに並んだ2人分の食事らしきもの。
あれはきっと皿に盛られた食事「のように見えているだけ」で、触ろうとしてもすり抜けてしまったり表面だけしか無かったり全く違う材質だったりするのだろうと、ガンプの元素変容の法則の5つの例外に食べ物が含まれていることも何故それが例外たり得るのかを公式から導出する方法も、ボガートが再現した恐怖の象徴はそのモノ本来の機能までは持たないという知識もちゃんと思い出せている大多数の7年生はそう推測しているが、今ボガートと対峙しているシャーロットには、目の前の食事がホンモノかどうかなど考えている余裕はない。
壁際からシャーロットを見守っている他の1年生たちも7年生たちも、シャーロットが一番怖いものだと言っていた「独りぼっちになっちゃうこと」が、なぜ「2人分の食事」なのかを理解できずにいるが、シャーロットにはそれが何を意味しているのか、それどころかボガートが再現しているこのテーブルがいつの食卓なのかまで、ハッキリと判った。
シャーロットが一番寂しかった食事。姉のクレアがホグワーツに入学するための学用品を買いにママとウィーズリー先生と共にダイアゴン横丁に出かけていて、パパは仕事中。家には自分と使用人のおねーちゃんしか居なくて、使用人のおねーちゃんが一緒にお昼ごはんを食べてくれた。
使用人のおねーちゃんはずっと話しかけてくれていたのに自分が一言たりとも返事をしなかったのをシャーロットは覚えている。ずっと一緒だと思っていた大好きなお姉ちゃんがぜんぜん違う世界に行ってしまったと思っていたシャーロットにとってあの時確かに、世界はつらいものだった。
しかし、あの時に感じた押し潰されそうなほどの孤独感が幼い自分の早とちりだったことを、シャーロットはもう知っている。自分は独りぼっちなんかじゃなかったと、お姉ちゃんとおんなじ学校でおんなじお勉強ができるのだと、シャーロットはもう知っている。
お姉ちゃんだけでなく自分も魔女なのだと。
「リディクラス!!」
シャーロット・クランウェルが真っ直ぐに杖をテーブルの上のお食事に向けて力強くそう唱えると、ボガートはニンジンやらセロリやらピクルスやらが大量に組み合わさった、概ねヒトの上半身らしき風体をした大きな何かに変わった。
「いいねミス・クランウェル!!」とヘキャット先生が大きな声で讃える。
その何かは大量のニンジンとトマトで構成された腕らしき部分を高く持ち上げて、何やら唸り声を上げるかのような体勢になって、シャーロットをおどかそうと頑張っている。
「見てみてプリンスくん! おやさいオバケ!!」
満足気にそう宣言してから、シャーロットはポピーちゃんめがけて大喜びで突撃していった。
「さて、…………思ってるとおりのモノが出てくるなら……」
賑やかな同級生が去って行ったのでようやく自分の試練に集中できるプリンスくんが野菜のオバケに杖を向けた瞬間、そのボガートはオミニスによく似た上品な佇まいの男性になった。
「リディクラス!!」
プリンスくんはその姿をほとんど見もせず即刻ボガートを撃退し、ゴーント家の家長イグノラムス・ゴーントそのものなのだろう姿をしていたボガートの胴体と腕と脚が消え、顔から直接手足が生えた妙な生命体が登場した。
「かわいい!!」
「どこがよ……」
それを見てへスパー・スターキーが嬉しそうな声を上げ、サマンサ・デールが眉を顰める。
闇の魔術に対する防衛術の教室全体を包み込む皆の笑い声があたかも自分に対する賞賛であるかのように、まるでスニッチでも獲ったかのように得意げな表情をしてボガートの前から去って行くプリンスくんを見ながら、1年生にしか見えない背丈の男の子の姿をしている7年生が、ボガートにリベンジする機会を列に並んで待っているダンブルドア少年に囁く。
「アルバス、ほんとに大丈夫かい?」
「心配していただかなくても僕はもう平気です」
嘲りの言葉をぶつけられたわけでもないのに強めの口調で突っぱねたあたりどうやらまだ心の余裕は戻ってきていないらしい、とダンブルドア少年の精神状態を推察したその7年生の男の子は、あろうことか人を小馬鹿にしたような笑顔を浮かべて、もう一度ダンブルドア少年の顔色を伺う。
「手つないであげよっかアルバス?」
「いりませんよ!」
声色がやっぱりいつもとは少し違うと鋭敏に察知して、その7年生はダンブルドア少年の頬に自分の両手を当てて無理やりその目を見つめると、再びダンブルドア少年に話しかけた。
「いいかいアルバス。ボガートはアルバスの心の底の恐怖を読み取って、その姿になるんだ。でもボガートにはそれしかできない。アルバスの心の中に元からあるものを引っ張り出すってことしかできない。それまで全く考えもしなかった未知の恐怖を新たに知らしめたりは、できないんだ。だからねアルバス。ボガートに対処する時のコツはね。怖いって認めることさ。『皆も怖いだろ?』 みたいな気持ちでいることさ。だって、だいたいの場合、ボガートによって呼び起こされるような『心の底にある一番の恐怖の象徴』ってのは、怖くたってしかたないものなんだから」
ダンブルドア少年にそう言い聞かせながらその7年生はチラリと同級生で友人のダンカン・ホブハウスへと一瞬だけ視線を向けたが、ダンブルドア少年は先輩のそんな些細な振る舞いの理由まで察せるほどの心の余裕がまだ戻っていない。
パフスケインの何がそんなに怖いのかはわかんないけど、それにしたってダンカン当人にとってはそれは「怖くたってしかたがないもの」で、デミガイズが怖いホグワーツの管理人のムンさんにしたってそれは同じことで、ボガートというものは、それが呼び起こす恐怖の象徴が何だったとしても、「そうだよ怖いよ」と認めてしまうことによって一気に対処が簡単になるのだと、この7年生は始めてボガートというものに相対した5年生の時の「防衛術」の授業で学び取っていた。
「怖くない、怖くなんかないんだ、って自分に言い聞かせることこそが、ボガートの思う壺なのさ。だってほら、『怖くない』って自分に言い聞かせるなんて、怖くなかったらしないだろう? 怖くないって自分に言い聞かせなきゃいけないってのは、つまり怖いってことだろう? それはもう自分の中の恐怖心に負けてるんだよ。そうじゃなくて、怖がってる自分を赦してあげるんだよ。怖くたっていい、って。そうすれば少しだけ心に余裕ができるよアルバス」
あんまり納得できていないのが顔に書いてあるダンブルドア少年の目を真っ直ぐ見つめたまま、その7年生は更にアドバイスを続ける。
「アルバスが一番怖いものは、なんだい? さっきボガートを見たから判るだろう?」
ダンブルドア少年は一瞬口ごもったがそれでも数秒で自己分析を終えて、勇敢にも今投げかけられた質問に回答するという選択をした。
「僕が、怖いのは、家族が酷い目に遭うことです。そしてそれを、後から知ることです。家族が酷い目に遭ったんだって……全部終わってしまってから知らされることです。そうすると自分を赦せなくなるんです。だって、家族が酷い目に遭ってるその時自分は何をしてたかって、そう考えてしまうから。僕が一番怖いのはそれです。そしてそれは、既に僕の……いえ、なんでもないです」
ダンブルドア少年はその言葉の最後の部分で、僕の身に降り掛かったのではなくアリアナの身に降り掛かった不幸だと言い直そうとして、やめた。
「そんなの僕だって怖いよ。ペニーとかポピーちゃんとかファスティディオとかハイウィングとかセプルクリアとか湖畔の主とかアイアンデールのこそ泥とかナッちゃんとかギャレスとかセバスチャンとかオミニスとかアミットとか家族も友達も皆みんな酷い目になんて遭ってほしくないし、もしそうなってしまったらって考えると怖くてたまらないさ。僕の手の届かないところで、僕が間に合わないタイミングでそんなことが起きたらなんて、考えるのもイヤなくらいにね。……だから僕はいつも皆と一緒にいるの。そんな怖いこと起きないように。皆一緒なら安心だからさ。僕の言いたいこと、わかる? つまり僕がアルバスにどうしろってアドバイスしたいのか、わかる?」
ダンブルドア少年は頬を両手で強く挟まれたまま、顔を左右から潰されたまま質問に答える。
「こんどの休暇で家に帰ったら、…………ぼく、アリアナともアブともいっぱいいっぱい遊んであげます。アブが煙たがったって離れません。アブともいっぱい遊んであげます。大好きですから」
そう言いながらどうにかこうにか笑ってみせたダンブルドア少年の声色にいつもの明るさが戻ったように聞こえたので、その7年生はもう大丈夫だと判断した。
「うん。喜ぶよ2人共……アルバスほら、肩にチカラ入りすぎ。お顔がまんまるになってるよ?」
「それは元からですね」
自分が果たしていつの間に元気を取り戻したのかと疑問を抱くことすらできないほどに、今や完全に平常心を取り戻したダンブルドア少年は、ここでやっと周囲に目を向けることができた。
開け放たれたキャビネット棚の前には明らかに健康体ではない腫れ物だらけ膿まみれのあまりにも醜い溶けかかった身体のドラゴンが居て、それにエルファイアス少年が杖を向けている。
たぶんあれってエルファイアスが思う「龍痘」の象徴なんだろうなと推測しているダンブルドア少年の目に、それは飛び込んできた。
「あ。もうすぐねダンブルドアくん。頑張ってね! あたし応援してる!」
グラップホーンみたいにトゲトゲの髪型をしたシャーロット・クランウェルが、ポピーちゃんにピッタリくっついたまますぐ傍の壁際からダンブルドア少年にブンブンと手を振ってくれていた。
そしてまた何人もの生徒がボガートと対決して打ち負かしたり打ち負かされたりした後で、ようやくダンブルドア少年が再挑戦する順番が回ってきた。
ダンブルドア少年が目の前に来たと察知した瞬間に、ボガートはまたしてもその姿をとった。
幼いアリアナ・ダンブルドアはうつ伏せに倒れていて、可愛らしい服が泥と血で汚れている。
その光景を眼前に今ふたたび突きつけられているダンブルドア少年は、大きく深呼吸をする。
「リっ、…………リディクラス!!!」
ダンブルドア少年がそう唱えた途端、息をしているのかすら確認できなかった幼いアリアナ・ダンブルドアはムクリと起き上がり、服どころか顔まで泥に塗れたまま満面の笑みで何かを包み込むように合わせたまま握りしめていた左右の手を、ダンブルドア少年の目の前でそっと開く。
「えっ、わあ!!!」
幼いアリアナ・ダンブルドアの手の中に居たのは、カエル。
解放された1匹の小さなカエルが顔めがけてジャンプしてきたので、ダンブルドア少年は驚いた拍子にぽってりと尻餅を搗いてしまった。
そして、そんな光景を見ていた周囲の誰より先に、ダンブルドア少年の口から笑い声が漏れた。
直後、誰からとも無くクスクスと笑い始め、すぐにそれは大きく激しい楽しげな声になって今ふたたび教室全体に皆の笑い声が響く中、その7年生だけは慈愛に満ちた微笑みだけを湛えている。
「これじゃあボガート退治に成功したのかしてないのかよく判んないね、アルバス?」
ボガートはアリアナ・ダンブルドアの姿をしたままで、カエルはどうにかしてダンブルドア少年の口の中に侵入したいらしく、唇をこじ開けようとしてみたり身体をねじ入れようとしてみたり、ダンブルドア少年の顔から退くそぶりなど一切見せずにあれこれ頑張っている。
「あっ、ありがとアリアナ…………カエっ、カエル捕まえたの見せてくれたんだね……」
先程までとは全く違う理由で疲弊しながら、ダンブルドア少年は顔から引き剥がしたカエルをアリアナ・ダンブルドアに――妹の姿をしたボガートに返却する。
そこでようやくボガートは形を失い、キャビネット棚へと吸い込まれるように退散していった。
次回、レガ主、いいこと思いつく。