2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
首席を務める賑やかな7年生が提案した「パパさんとかママさんとかきょうだいとかに皆がホグワーツの授業受けてるところを見に来てもらおう」という行事はブラック校長が承諾しウィーズリー先生によってホグワーツ全体に通達され、先生方の話し合いによって期間や詳細が決定し、あれよあれよと言う間に、その開催期間の初日がやってきた。
1892年、10月1日。授業の見学を希望する生徒の親族は、ホグワーツの校長もしくは副校長の署名がなされた見学許可証を持参して、ホグワーツを訪問する日付を事前に通知した上で、通知したとおりの日に、通知したとおりの顔ぶれでホグワーツにやってくる。
ブラック校長に見学許可証を発行してもらえなくてもウィーズリー先生に発行してもらえばいいというマグル生まれの生徒にも優しい仕組みになったのは、他ならぬウィーズリー先生当人の強い働きかけによるものだった。
その日の朝、各々の寝室で目を醒ました瞬間から、ほとんど全ての生徒が緊張していた。
「今日来るとは限らないでしょ? 1ヶ月もあるんだから」
「今日来るかもしれないじゃない!」
いつもより身だしなみに気をつけているのも、いつもより朝の身支度に時間をかけているのも、レイブンクローの4年生だけではなかった。
グリフィンドール寮の談話室の奥に位置する男子寝室のひとつで、父さんと母さんが来てくれるという嬉しさと父さんと母さんが来てしまうという焦りが一緒くたになって心の底から食道を通って喉まで上がってきたエルファイアス・ドージは、吐き気となって溢れ出ようとしている緊張を押し返すために、深皿に積み上がっているリンゴをひとつ、無理やり口の中に詰め込んだ。
「おはようエルファイアス」
「もぁオう、あンウうおア」
リンゴひとつを一気に詰め込んだ口でルームメイトのアルバス・ダンブルドア少年に挨拶したエルファイアスの唇の端から、涎とリンゴの果肉と果汁が少量、自由を目指して脱出を試みた。
「テルジオ。べつにリンゴを急いで食べたってきみのパパとママは来るよエルファイアス。いつもどおりのきみで居なきゃ、かえってカッコ悪い失敗をするんじゃないかな」
そう窘めたダンブルドア少年が落ち着いているように見えるのは、アリアナがいる以上は母さんが来てくれる可能性は無いと割り切っているからだった。
「おはようロングボトムくん」
「おあ゙っお、おはョ゙ヴ、ろングおヴォむ。おゔ、ンむ゙、むぐ……」
口いっぱいに詰め込んだリンゴを頑張って咀嚼しているエルファイアスと、エルファイアスの口から漏出しているリンゴの汁を適宜呪文で拭っているダンブルドア少年に挨拶されて、「おはよ」と寝ぼけ眼で返答したロングボトムくんは、今日が10月1日で、パパとかママとかがホグワーツの授業風景を見に来てもいい期間の初日だという情報を、しばらくぼんやりしてから思い出した。
「じっ、じいちゃんが来たらどうしよう!!」
情けない声色でそう不安を漏らしたロングボトムくんは何もグリフィンドールの男子で一番成績が悪いわけでもなく、今のホグワーツで最も慌てている生徒というわけでもなかった。
そして、生徒だけが慌てているわけでもなかった。
「そうか、とうとう今日だよ……来ないわけがないね…………ああヤだヤだ……」
グリフィンドール寮の7年生であるギャレス・ウィーズリーの父親は、変身術の教授にして副校長でもあるマチルダ・ウィーズリーの弟である。ギャレスが授業を受けているところを見学しに来るギャレスの家族は、マチルダ・ウィーズリーの家族でもあるのだ。
自分が生徒たちに向けて授業をしている姿を弟とその家族が見に来るというのは、ブラック校長も含めた教職員の話し合いでは賛成票を投じたとは言え、手放しで喜べる事態ではなかった。
しかしマチルダ・ウィーズリーや生徒たちが望もうが望むまいが、あらかじめ提出された書類で通知されたとおりに、生徒の親族たちはホグワーツへとやって来る。授業を参観するために。
「3年ぶりだ。ギャレスはおとなしくしてるかな兄さん」
「『してない』に1シックル賭けてもいいぜ。ところでパパ、ばあちゃんは?」
「お隣にお住まいのマグル生まれの生徒のご両親と一緒に後から来るそうだよエドワード」
ホグワーツを囲む城壁の内側へ南門から入ろうとしているその一団は、皆一様に燃えるような赤毛をしていて、みんな人の良さそうな表情をしていた。
真顔でも少しだけ笑っているかのような印象を見る者に与える、人懐っこそうな顔つき。
「おや、初日の朝一番から来てるのが僕らだけじゃないとは驚きだ。久しぶりだねベリンダ!」
ギャレス・ウィーズリーの父である燃えるような赤毛をオールバックに整えた背の高い男性は、植え込みの花々を眺めている魔女の背中に見覚えがあった。
「あら久しぶりねグリフレット。それにアナタたちも。……今日はギャレスを見に来たの?それともアナタのお姉さんを見に来たの?」
魔法生物規制管理部の職員であり若くしてウィゼンガモットの一員でもあるベリンダ・ブラウンは、ホグワーツの生徒だった頃からよく知っている先輩に親しみを込めて挨拶を返した。
「どっちもだよベリンダ。でも僕らの目的は結局、一言で表せるよね」
ギャレスの父でもあるウィーズリー氏の発言に、ギャレスの兄でもある息子たちが続く。
「ホグワーツを見に来たんだよ」
「ホグワーツを見に来たんだぜ」
ウィーズリー氏の両隣に居る息子たちがピッタリ声を揃えてそう言い、傍にいる他のウィーズリー家の兄弟たちも「変わってないよなここは」とか「そりゃ僕らが卒業してからまだ10年も経ってないからな」などと口々に述べて賛同を態度で示している。
「きみの娘さん、ブロッサムちゃんは今年から入学したんだったね?」
「そうよ。アナタたちのギャレスとか他の7年生たちに、とっても優しくしてもらってるみたい」
おや本当かいそりゃ申し訳ないと謝罪してきたウィーズリー家の面々の態度に、ベリンダ・ブラウンは疑問を抱かない。
ギャレス・ウィーズリーは自作の魔法薬を自分自身だけでなく友人や後輩でも試していて、騒ぎを起こさない日など無いのだと、ベリンダ・ブラウンも当然知っていた。
娘がギャレス・ウィーズリーの妙な自作魔法薬を喜んで試しているのだと、ベリンダ・ブラウンは当の娘自身から送られてくる手紙で把握している。
はたして文句を言うべきかお礼を言うべきか、ベリンダ・ブラウンには判らなかった。
自分の娘が市販のものどころかレシピが確立された既存のものですらない自作の魔法薬を飲まされていると知った時は愛する娘がいじめられているのかとすら思ったが、ウィーズリー家の人間にそんなつまらない行いをする人物は1人だって居ないと知っていたベリンダ・ブラウンは、当初はギャレス・ウィーズリーくんについて、単なる勉強熱心で無軌道な若者なのだろうと思っていた。
若さ故の必要以上に満ち溢れる行動力と、思春期特有の全能感と、たまたま他の生徒より少し得意だった分野への興味が掛け合わさっただけなのだろうと。
だから娘の手紙に、そのギャレス・ウィーズリーくんが「見たこと無い魔法薬を」「何種類も」「毎日」配っているのだと書いてあるのを読んだ時、ベリンダ・ブラウンは己の娘を疑った。
娘はまだ1年生になったばかりだから何か勘違いをしているのだろうと、考えて当然だった。
「さて、まずは変身術の教室に行って姉さんの顔でも見てくるかな」
ギャレスたち兄妹の父親、グリフレット・ウィーズリーが気軽な口調でそう宣言すると、彼の息子であるギャレスの兄たちもそれに続いて城の中へと入っていく。
「そういえばグリフレット、あなたの奥さんと末っ子ちゃんは?」
ベリンダ・ブラウンにそう訊かれて振り返ったウィーズリーおじさんが指し示した先では、視界に映る全てが興味深くて仕方ないらしい燃えるような赤毛の女の子に母親らしき女性があれこれ声をかけて、ホグワーツ城の中へと誘導しようと頑張っていた。
「ねえママ、グリフィンドール塔ってここから見える? どれがそう?」
「行き方なら教えてあげられるわよ。私が生徒だった頃はよく、パパに会いたくて『太った婦人』の前でひたすら待ってたりとかしましたからね」
ホグワーツの1年生たちに紛れていても気づかないくらいの背丈をした女の子は母親の惚気た発言には興味が無いらしく、目の前に聳えるホグワーツ城を見上げたままぼんやりと呟く。
「ホグワーツってこんなに大きなお城だったのね。……ギャレス見つからなかったらどうしよ」
「そんな心配する必要ないぜ」
その女の子の兄たちが、女の子の傍まで寄ってきて口々に同じ見解を述べる。
「ギャレスが今ホグワーツのどこに居るのか判らない、なんて事態は起きないよ。大丈夫」
「そうそう。僕らがホグワーツに居る間ギャレスが何ひとつ騒ぎを起こさないなんてありえない」
探さなくたって見つかるよギャレスはと口を揃えたウィーズリー家の兄弟たちが自分たちはこれからホグワーツ城の中をあてもなく彷徨い歩く羽目にはならないと確信しているのは、ギャレス・ウィーズリーの今日の授業予定をマチルダおばさんから前もって知らされているからだった。
一方、当のギャレス本人はと言えば、伯母のマチルダ・ウィーズリーが心の準備に手間取ってコーヒーをいつもより多くおかわりしていることなど知りもしないまま、自分とて今日さっそく家族が授業を参観しに来ると把握しているにもかかわらず、至って普段通りの態度でグリフィンドールの談話室にいくつもあるソファのひとつに腰を降ろして、同じくリラックスした態度のナツァイ・オナイともども優雅な朝の時間を過ごしていた。
「そういえばナツァイ、きみにとっては親が授業を見物してるのって、いつもだね」
「母さんったら『いい機会だから』って占い学以外も見に来るつもりだよ、絶対」
同じソファでギャレスの隣に座っているナツァイはそう言って、ギャレスが差し出してきた深皿に入ったミックスナッツを何粒かつまんで口へと運び、バリバリと音を立てて噛み砕いた。
「ところでギャレスあんた、なんでそんなに落ち着いてるのさ。来るんだよね家族」
「来るよ。父さんと母さんと兄さんたちと妹と、あと大伯母がね」
ギャレス・ウィーズリーは深皿に盛られたミックスナッツを、味わう前に一手間必要なピスタチオは避けて口へと運びつつ、どうも宿題ではないらしい分厚い本やら走り書きの羊皮紙の束やらを目の前にセッティングした丸テーブルの上に広げて、それらを見たりめくったりしながら手元の手帳に羽根ペンで何やら書き込み続けている。
「今度は何を作るつもりなの、ギャレス」
半ば諌めるような口調にも聞こえるナツァイの質問に、ギャレス・ウィーズリーは隣のナツァイに視線を向けようともしないまま返答する。
「それはまだ判らないね。けど僕、ゼニアオイの新しい薬効を見つけたと思うんだ……」
手帳の1ページを文字やら数字やら数式やら図案やらの間の僅かな余白までみっちりと埋め尽くした直後、ギャレス・ウィーズリーは「やっぱりそうだ」と呟いて立ち上がった。
「ギャレスあんた朝食はどうするの」
返事もせずに大鍋その他の魔法薬作りに必要な道具一式を広げて談話室の一角を占拠し始めたギャレス・ウィーズリーを止める術など無いと、ナツァイはよく理解している。
「……最初の授業までにはそれ片付けてちゃんと教室に来なよ」
魔法薬の研究を始めると途端に周囲の物音なんか耳に入らなくなる困った友人にそれでも一応釘を刺してから、ナツァイ・オナイは今ようやく寝室から談話室へと出てきたルームメイトのクレシダ・ブルームと連れ立って朝食が饗される1階大広間へと移動を開始するのだった。
そしてナツァイが大広間までたどり着いた頃、ホグワーツ城の地下階に位置するハッフルパフの談話室では、天窓から注ぐ朝日に柔らかく照らされているハッフルパフの1年生の女の子が、今日が何の日なのかを思い出して嬉しさを爆発させていた。
しかし普段と違うのは、その女の子に抱きつかれているポピーも、その女の子の姉である4年生の女子生徒も揃って嬉しさを爆発させているという点だった。
「ポピーちゃん今日ねパパとママがあたしが授業がんばってるところ見に来てくれるのよ!」
「ポピーちゃん今日ね魔法生物学の授業があるからパパとママに動物さん見せてあげたいの!」
「ねえねえ聞いて2人とも今日ね私のおばあちゃんが来てくれるんだよ!」
お互いがお互いに聞いてほしい内容を一方的に捲し立てながら手を取り合ってぴょんぴょこ飛び跳ねているシャーロットとクレアのクランウェル姉妹とポピー・スウィーティングを見ながら、ポピーと同じ7年生のアデレード・オークスが笑っている。
「朝から元気ね」
3人揃って大喜びしながらも周囲の声は聞こえていたらしく、話しかけたつもりもなかったアデレードの呟きを聞き取って、1年生のシャーロットも4年生のクレアも7年生のポピーも全く同時にピタリと動きを止めてアデレードの方を向いた。
「今日の最初の授業が何か、覚えてる?」
アデレードにそう質問されて「魔法生物学よ」と即答した4年生のクレアに抱きつかれているポピーも一瞬考えてから「変身術」と回答できたが、1年生のシャーロットはポカンと口を開けたまま、視線が少しずつ少しずつ斜め上へと移動している。
「魔法薬学だよシャーロット。シャープ先生の授業」
羊みたいな癖っ毛のフルームくんが通りすがりにそう教えてくれてもまだ、シャーロット・クランウェルは斜め上に視線を向けたままボンヤリと立ち尽くしていた。
「まほうやくがくの、きょうしつって。どっちにいけばあるんだったかしら…………?」
「思い出せないんなら今もう移動し始めてる同級生のお友達についてった方がいいんじゃないかしら? 大広間に行く途中で訊いてもいいし、大広間でも周りのお友達がお食事し終わったらアナタもお食事は終わりにして、同級生の皆についていけば辿り着けるでしょうシャーロット」
妹に無難な処世術を吹き込み始めた4年生のクレアをルームメイトが反対意見でも述べそうな顔をして後ろから見つめているが、他所の家の教育方針に口を出すべきではないとでも考えているのか、それともシャーロット・クランウェルには多少そういう世渡りの術を身に着けてほしいと思ったのか、その4年生はルームメイトのクレアを背後から見つめるだけで、声はかけない。
「クレアあなた背中にニフラーがへばりついてるわよ」
「え嘘サチャリッサ、あ、わかった髪留め!」
ちょうど寝室から談話室へと出てきたサチャリッサ・タグウッドにそう指摘されて、クレアはすぐさまニフラーが自分の所持品のどれを狙っているのかを理解した。
「わあホントに居た! ダメよあなた、これはポピーちゃんに貰ったんだから! シャーロットとお揃いの髪留め、ヒマラヤのお土産の!
手探りで背中から引っ剥がしたニフラーを両手で捕まえたクレアだったが、ニフラーは意外なほど強い力でクレアの手を振りほどいて談話室の床に飛び降り、ポピー・スウィーティングの足から服の中を通って身体をよじ登り、ボタンが留められた襟首から顔を出してそこに落ち着いた。
「お帰りリチャード。今日はあなたも私のおばあちゃんに会うんだもんね?」
キラキラしたものに執着し蒐集しようとするのはニフラーの本能なので叱っても仕方がないと、もし叱るならニフラーではなく飼い主の方だと、ポピーはよく知っている。
それにこの「リチャード」は、ポピーも日常的にお世話をさせてもらっているのだ。
ポピーが着ている制服の襟首から顔だけ出しているニフラーを見ながらポピーと同じようにニフラーの本能について考えを巡らせていたアデレード・オークスは、ふと疑問が湧いてニフラーからポピーへと、視線を少しだけ上へ移動させた。
「ねえポピー、そういえばアイツは? 昨日寝る時ポピーあいつと一緒じゃなかったよね?」
「んーん、一緒だったよ。私のローブのポケットの中に入れてたカバンの中に居たんだもん。でもさっき私がまだ寝室で目が醒めたけどベッドから出たくないなって思ってる時に『そうだあ!』って声が聞こえてね。なんか出発したっきりまだ帰ってきてないんだ」
なぜか嬉しそうな顔をしてそう語ったポピーに、アデレードは当然の疑問をぶつける。
「それで、どこに何しに行くかとかは聞いてないのね?」
「どうだったかな、まだぼーっとしてたからね。聞いたかもしれないけど――」
ポピーのそんな歯切れの悪い口調から、ああ内緒にしといてほしいと頼まれたんだな、とアデレードはすぐに察した。
「ねえポピー、襟首にニフラーがそんなみっちり収まってて、あなた苦しくないの?」
「ぜんぜん? だってほら。リチャードはこんなに可愛いんだもん!」
襟首に詰まっているものがいくら可愛かろうが圧迫されているという事実は何ら変化しないのではなかろうかとアデレード・オークスは考えているが、屈託の無いポピーの笑顔には「そんな質問するだけ野暮かな」となし崩し的に納得させる、不思議な効力があった。
「撫でてみる?」
さあさあどうぞとポピーが強く勧めてくるので、アデレードは遠慮なくポピーの頭を撫でた。
「えっなあに、私リチャードを撫でてみたらどうって提案したつもり――」
「……魔法生物と仲良しで幸せねポピー」
そのまま数分ずっとポピーの顔を両手で挟んで揉み続けたアデレードを、ポピーが着ている制服の襟首に収まっているニフラーのリチャードが不思議そうな眼差しで見つめていた。
「あたしも! あたしもポピーちゃんのほっぺ触る!」
シャーロットがそう言いながら伸ばしてきた手が自分の手より一回り以上小さかったので、アデレードは自分が親かのような気持ちになってしまい、抑えきれない庇護欲を微笑みとして垂れ流しながらシャーロットにポピーの頬を譲った。
小さくてすべすべの手で大好きなポピーちゃんのほっぺを触りながら目を輝かせているシャーロット・クランウェルは、今日これからしたいことがまた新たに思いついた。
「お姉ちゃん、あたしパパとママにポピーちゃんを紹介してあげたい! だってポピーちゃんは優しくって可愛いから、パパとママだってきっとポピーちゃんのことが大好きになるもの!」
良いアイデアねと妹を褒めたのを皮切りにどんどん気持ちが盛り上がっていくクレア・クランウェルが妹のシャーロットと手を取り合ってぐるぐると回り始めたのをすぐ傍で見ているアデレードは、何故か目を細めて、何かを遮るかのように広げた掌を自分の顔の前に突き出していた。
「その顔はなあにアデレード」
まるで鏡越しにバジリスクと視線でも合ってしまったかのような妙なポーズと妙な体勢で固まっているアデレードにそう訊いたポピーは、自分の頬を自分でさすっている。
「お姉ちゃんあたしパパとママに見せてあげたいものがいっぱいあるの!」
「アナタがホグワーツで見つけたステキなものを教えてあげたらパパとママはきっと喜ぶわよ」
シャーロットとクレアのクランウェル姉妹は相変わらず、今日がどれだけ嬉しい日なのかを確認しあって2人で大喜びし続けている。
そんなシャーロットとクレアを、アデレード・オークスは妙なポーズをしたまま見ている。
「まぶしい」
目を細めたままそう呟いたアデレードの表情は、太陽を直視しているかのようだった。
「しかし、ブラック校長がよく許可したよな」
同じ頃、スリザリンの談話室ではセバスチャン・サロウを始めとする数人の生徒たちがソファに並んで腰掛けて、今回の「生徒の親族に授業を参観してもらう」という自分達の友人発案の催しが実現するに至った経緯を考察していた。
「父上が仰るには魔法省の国際魔法協力部まで動いてるそうだ」
「……言われてみれば、確かに魔法省に話を通して協力を仰がなきゃホグワーツの独力じゃとても実施できないよな。レストレンジの奴みたいな例もあるわけだし」
マルフォイとノットが話題に出しているのは、フランス出身にもかかわらず家族にワガママを言ってまでボーバトンではなくホグワーツに入学してきた同級生のピューシン・レストレンジ。
そんなものすごい美人のスリザリン生レストレンジは、ルームメイトたちにお世話を焼かれて身だしなみをバッチリ整えてもらってから談話室へと出てきてすぐソファに座ってしまったからか、隣のノットにもたれかかってウトウトと眠りに落ちつつあった。
「おいレストレンジ、……レストレンジもうすぐに朝食だから大広間まで移動するんだぞ起きろ」
ノットはレストレンジをゆすり起こそうと試みるが、レストレンジの意識は覚醒しない。
「きょうはね、あしたかもしんないけどさ。父さんと母さんだけじゃなくてね、兄さんと姉さんも来てくれるんだ。だからアタシね、今日からしばらくね、授業がんばるよ」
「いつも頑張るべきだぞ授業は」
「ノットはパンプキンパイとチェスだったらどっちがすきだい…………」
質問をしている自覚があるのかどうかすら周囲からは判別できないレストレンジは、ノットにもマルフォイにも見つめられたまま、それにも気づかずにとうとう寝息を立て始めた。
「あ、おはよお兄ちゃん。ねえソロモンおじさんは来てくれるんだっけ?」
「判らない。明日かもしれないし、月末かもしれないし、毎日来てくれるかもしれない」
寝室から談話室へと出てくるなり双子の兄のセバスチャンにそう質問したアン・サロウとそれに返答したセバスチャンのやりとりが、ソロモンおじさんが「今日」来てくれるのかどうかという、授業参観の期間中に来てくれるかどうか自体は疑っていないちょっとした確認だという事実に、セバスチャンのルームメイトであるマルフォイはその双子をしばらく眺めてから気付いた。
「最初はどっち見に来るかな?」
「アンだろ。元気に授業受けてるところを見たいはずだ」
双子の兄にそう指摘されたアン・サロウはその瞬間急に静かになり、数秒沈黙してから改めて兄と友人たちを見つめた。
表情の変化から何か深刻な話かと推測して、「どうしたアン」とセバスチャンが訊く。
「あのね、お兄ちゃんも皆もね。今回の『見に来てもらおう』って催しの発案者ってあの、いつも私たちを笑顔にしてくれる賑やかな首席のアイツでしょ? 変な仮面をたくさん持ってる――私とお兄ちゃんだったら、ソロモンおじさんが見に来てくれるでしょ。それでマルフォイだったらパパさんとママさんが見に来てくれるでしょ? でもさ。アイツの今の『家族』ってさ――」
アン・サロウが何に気づいたのか、いかなる可能性を懸念しているのか、その場にいる7年生たちにはすぐに解った。
ホグワーツに入学するまではずっとロンドンの下水道に住んでいたので肉親が存命かすら不明なあの騒がしい友人が、今回自分だけ授業を参観しに来てくれる関係性の人物が居なくて寂しい思いをするかもしれないと心配しているのでは、ない。
「ブラック校長かウィーズリーが招待状を書くんだ。ブラック校長が書かなくても、ウィーズリーが書けば、それで正式な入場資格になる。……ありうるぞ」
そう呟いたマルフォイも、ノットもセバスチャンもアンも、同じ顔を思い浮かべている。
ノットの膝を枕にして熟睡しているレストレンジを起こそうと頑張っているグレース・ピンチ=スメドリーも、同じ懸念を抱いている。
変身術の教授にして副校長も務めるマチルダ・ウィーズリーは、彼らの懸念通りに、ホグズミードの一角にある、かつてはカサンドラ・メイソンが所有していた、今では何を売っているのかよくわからないその店にも、他の生徒に送ったのと全く同じ文面の手紙を送っていた。
「…………あいつ今どこに居るんだ」
マルフォイがいま言及したのは自分たちの友人のワタリガラスのアニメーガスではないと、ノットもアンもセバスチャンも言われずとも理解している。
「さあな。どっかのトイレで水を出しっぱなしにして廊下まで冠水させようとしてるか、備品の箒に大量の棒切れを紛れ込ませてるか、朝食のために大広間へ移動してる生徒の邪魔して遊んでるか……どこで何してたっておかしくない。先生方の言うことすらロクに聞きやしないんだからな」
そう言ったノットに続いて、アンが皆の不安を代弁する。
「絶対に意気投合するわよね。ファスティディオとピーブズ」
「そこに我らが首席どのと、場合によってはギャレスとかも加わるわけだな」
それを父上と母上がご覧になるだなんて悪夢以外のなんだと頭を抱えたマルフォイもノットもグレース・ピンチ=スメドリーもこの時は、本当の悪夢がどういうものなのかを、忘れていた。
大きな音を立てて男子寝室の扉がひとつ、壊れるんじゃないかと思わせる勢いで開かれた。
そこから姿を現した7年生は、彼にしては極めて珍しいことに、友人たちの元まで走ってきた。
「おはようオミニス。今日はまたずいぶん速やかなお目覚めだったな?」
先程オミニスを散々苦労して起床させられなかったセバスチャンが軽口を叩いたが、オミニス・ゴーントには友人との軽妙なお喋りを楽しむ余裕は無かった。
「皆を談話室に避難、いや、授業さえ始まってしまえば先生方がいらっしゃるんだから下手に移動するよりも、いやでも…………」
小声の早口で独り言を呟き続けるオミニスの表情の深刻さに、1人また1人と気付いていく。
「おい、どうしたオミニス。なんなんだ一体。言ってくれなきゃわからない」
マルフォイにそう問いただされて初めて、オミニスは皆に何も説明していないと気付いた。
「さっき起きたらスクロープの声がしたんだ。すぐそこに居たんだ。スクロープは俺が起きるのを待ってたんだ。伝言は命令されたけど、俺を起こす許可は与えられてなかったから。寝てたら起きるまで待つように命令されてたのかもしれないけど、とにかくスクロープが教えてくれた――」
そこまで説明したところで10秒ほどを呼吸を整え直すのに消費したオミニスは、なおも焦燥と不安に満ちた表情のまま、信頼する友人たちに緊急の警告を発した。
「父さんが来る。ブラック校長が招待状を送ったんだ」
オミニス・ゴーントが何と言ったのかを理解できた全員が、一気に顔面蒼白になった。
ブラック校長が間違っても招待状を出さないような、例えばマグル生まれの生徒の両親などにもウィーズリー先生が招待状を書くので問題なく授業を参観する機会が与えられる、というのはつまり、ウィーズリー先生なら間違っても招待状など送らないような人物でも、ブラック校長からの招待状さえ届けば問題なく授業を参観する機会が与えられるということだった。
〈穢らわしい害虫共の臭いに満ちている……なんと嘆かわしいことか…………〉
純血ではない全ての者への嫌悪と憎悪を蛇語で吐き出し続けているその人物は、オミニスの父親にしてゴーント家の家長であるイグノラムス・ゴーントは、すでにホグワーツに到着していた。
「あ! へスパーだぁ! へスパーおはよう! ねえねえへスパーのパパとママはいつ来るの?」
「おはようロットちゃん! わたしのパパとママは明日来てくれるのよ!」
シャーロット・クランウェルも、他の多くのマグル生まれの生徒たちも、パパやママにホグワーツのいろんなものを見せてあげたいと考えて、今年あたらしく仲良くなった友達だって紹介してあげたいと考えて、皆ワクワクしながらその時を待っている。
〈泥の血統……泥混じりの血統……血を裏切る者共……洗い清めたくもなるというものだ……〉
ホグワーツ城内の1階中央ホールまでやってきたイグノラムス・ゴーントは、オミニスそっくりの整った顔を侮蔑と敵意で歪ませて、周囲を行き交う生徒たちを見ていた。
次回、オミニスのパパさん。