2年後もしくは106年前   作:requesting anonymity

93 / 101
93.ナイトゴーント

 今ホグワーツの廊下を歩いているその人物には、行き交う生徒たちの大半が不快害虫に見えていた。駆除されて然るべき汚物がホグワーツに本来あったはずの清らかさを踏みにじっていると、まるでそうする権利があるかのように不躾にも廊下を歩いていると、その人物は本気で思っている。

 

〈根から取り除かねばならん〉

 

 その男は自身の思想信条を心の裡だけに秘することなく全てを独り言にして表明していたが、それらは一貫して呟くような小声の蛇語であるために、すれ違う生徒たちは皆、その見るからに不機嫌そうな男の発言の内容どころか、その男が声を発していることにすら気づかない。

〈害虫の駆除は巣まで念入りに行われねばならん。そもホグワーツに4つも寮が存在していること自体が道義に悖るのだ。ある生徒がスリザリン寮に所属する資格を有さぬのであれば、それ即ちホグワーツに入学する資格を有さぬのだ。ホグワーツは本来あるべき姿に戻さねばならん〉

 

「あら? おじさまったらオミくんにそっくり! もしかしてオミくんのパパさんかしら?」

 

 レイブンクローの1年生の女の子、好奇心旺盛なへスパー・スターキーは、今すれ違ったばかりのおじさまの顔が優しいオミニスお兄ちゃんそっくりだったので、わざわざ駆け足で戻ってきて、そのおじさまの正面に回り込んでから声をかけてみたのだった。

 

〈純血ではないな。己が生まれ持った魔法力を、そうあって然るべきだと考えている。正当な権利のもとにそれを宿していると考えている。不当に占有しているとは考えない。傲慢、卑劣……〉

 

 純血魔法族ではない全ての者への嫌悪を隠そうともしないゴーント家の家長にしてオミニス・ゴーントの実の父でもあるイグノラムス・ゴーントは、彼自身の基準に照らした場合の純血に該当する家はもちろん全て把握していたし、それらの家の家族構成も概ね記憶していた。

 つまり不躾にも今この俺に話しかけてきた不快な小娘は純血魔法族ではないと、イグノラムス・ ゴーントは即座にそう識別した。

 なので当然、イグノラムス・ゴーントは11歳の小さな女の子であるへスパーに対して、穢らわしい泥混じりの分際でホグワーツに侵入しているという罪に対して、正当な罰を与えようとする。

 

(クルーシ――)

「お久しぶりですゴーントさん!!!!」

 

 杖も使わず呪文も声に出さず、それどころか両腕を後ろ手に組んだまま磔の呪文を行使しようとしたイグノラムス・ゴーントに廊下の向こうから出せる限りの大声で挨拶したのは、先日の闇の魔術に対する防衛の授業でボガートが他でもないこのオミニスのパパさんの姿に変わったスリザリンの1年生、純血を標榜する由緒正しい家系出身のブルストロードくんだった。

 自分の心の底に巣食う最も強い恐怖そのものであるイグノラムス・ゴーント氏に、ブルストロードくんは大急ぎで駆け寄ってきて笑顔を作って話しかける。

 

「ブ、ブラック校長、に……会いにいらっしゃったのですか? 校長先生は校長室に――」

〈多少濁り具合がマシなだけのブルストロードごときが……〉

 

 いま自分が頑張らないとスターキーの奴が殺される可能性すらあると考えているブルストロードくんは、何かを言っているのかどうかすら判りづらいゴーント氏に、できるだけ丁寧に、できるだけ礼儀正しく、できるだけ堂々とした態度を作って話しかけ続けている。

 しかし物事の巡り合わせというものは、悪い時はとことん悪い方向へ、動揺する時間すら無いほど急速に転落していくのが常である。

 

「あ! ロットちゃんとクレアちゃんとポピーちゃんだわ! ロットちゃんおはよう!」

 

 イグノラムス・ゴーント氏の後方から廊下の向こうにあったらしい階段を登って現れたハッフルパフ生3人を、へスパーはブルストロードくんの背中越しに判別して声をかけた。

〈…………ブラックの奴が甘い考えを捨てぬからこのような由々しき事態を招いたのだ。魔法省に働きかけて純血でない者共が入学できぬように基準を変更するなどと。……第一、バカバカしい! 魔法省だと? 泥混じりの穢らわしい奴らが畜生共と手を組んで『法による支配』だと? 害虫の巣をギトギトと飾り立ててそれで文明のつもりとは……見るだけで吐き気がする〉

「ねえねえロットちゃん、私このおじさまオミくんのパパさんだと思うの! けどね変なのよ? このおじさま、さっきからなんにも喋らないんだもの! 恥ずかしがりやさんなのかしら?」

 

 知らない大人と出くわした時、その人物が危険かどうかを確かめるためにまず近づいて観察しようとするという矯正されるべき悪癖がへスパー・スターキーにはあったが、しかしそのへスパーの友達であるシャーロット・クランウェルには、この人は危ない人かもしれないと一目で感づいて速やかに距離を取るという、草食動物じみた生存本能が備わっていた。

 だからこそ、「オミくんのパパさんだと思う」とへスパーが言った知らないおじさんと目が合った瞬間に、シャーロットは姉の後ろに隠れた。そして妹が感づいたのと同じ危険性に気付いている4年生のクレア・クランウェルがローブのポケットに手を突っ込んで杖を握りしめる中で、シャーロットとクレアよりも一歩前に、後輩たちを守るために、ポピーが進み出る。

 

 自分たち3人だけなら今すぐ来た道を引き返せばそれで済むけれどへスパーとブルストロードくんを放って行くわけにはいかないと悩みながら、ポピーは待つ。

 いつ磔の呪文を乱射し始めても何も不思議は無いゴーント氏と目を合わせないように気をつけながら、しかしゴーント氏から目を離さないようにその口元を注視しながら、ポピーは目の前の危険人物を制してくれるかもしれない可能性に、さっき聞いたばかりの情報に賭けていた。

 

「……校長室へ向かわれるのでしたらあちらですよ、ゴーントさん」

 

 ブルストロードくんはへスパーの腕を引っ張って自分の身体ごと廊下の壁際まで寄せ、ゴーント氏が通過できるように道をあけた。

 そしてへスパーは、ブルストロードくんの手が震えていることに気づいたのとほとんど同時にイグノラムス・ゴーントの深い緑色の瞳と目が合って、ようやく現状の危険性を認識した。

 

「もしかしておじさまは、危ないひとなのかしら……オミくんのパパさんじゃないのかしら?」

 

 本人に直接問いかけてしまったへスパーの口をブルストロードくんが手で塞いだが、既に発された言葉がそれで取り消せるわけではなかった。

 

 なぜ未だに生きているのかを疑問に思っているかのような目をして、イグノラムス・ゴーントがへスパー・スターキーを見ている。

 こういう時に死の呪いは便利だと、イグノラムス・ゴーントは思っている。なにせ命中した生物に一切の損傷も病変も発生させずに即刻息の根を止める死の呪いなら、清浄であるべきホグワーツを不快害虫の中身で汚さずに済むのだから。

 どうせ劣等種の穢れた血なら身体の中に一滴も流れていないほうが合理的ではないだろうかと、マグルは乾いているべきだと、イグノラムス・ゴーントはへスパーを見ながら考えている。

 

〈そこに立っていることそれ自体がどれだけの罪か、考えもせんのか〉

 

 へスパー・スターキーも、へスパーを庇うようにして立っているブルストロードくんも、シャーロットもクレアも、怖くて動けない。

 そんな4人を守らなければと決意しているポピーは、すぐ呪文が唱えられるように、ローブのポケットに突っ込んだ手で杖をしっかりと握っている。

 イグノラムス・ゴーント氏が口にしている言葉はポピーたちには聞き取れなくても、ゴーント氏が何を考えているのかは、その表情が物語っていた。

 

 嫌悪と殺意に満ちた、冷たい目。

 

 マグル生まれもマグル混じりも、イグノラムス・ゴーントにとってはマグルと同じ、清らかなるべき魔法界に不遜にも悪疫の種を蒔き続ける、根絶されて然るべき害虫共だった。

 ではそんなイグノラムス・ゴーント氏にとってスクイブとはどのような存在なのかと問われれば、彼は流産と同義語だと答えるだろう。

 この世を己という存在で穢すという愚かな行いを良しとせず、高潔にも生まれ落ちることを選ばなかった者たち。それがイグノラムス・ゴーントの考えるスクイブであり、彼にとってスクイブは生者ではなかった。

 どちらかの親だけでも魔法族である場合に生まれてくる子が魔法力を宿していない、という可能性の萌芽であるスクイブは、対と言える「マグル生まれ」と比べても非常に稀な、例えば何世紀も続く魔法族の一家に「記録上初めて」発生して親類縁者が皆で戸惑うような椿事なのだ。

 それだけ稀なのだから、それはつまり己が生まれ落ちることを潔しとせず生誕しないことを選んだスクイブが多く潜在したのだろうと、つまりスクイブは生者ではなく死者に分類するのが正確であり、それすなわち魔法生物規制管理部「霊魂課」の管轄だと、イグノラムス・ゴーントはフィニアス・ナイジェラス・ブラックに語ったこともある。

 しかしマグルも、マグル生まれもマグル混じりも、スクイブとは違って、蔓延っている。この時点で許しがたい暴挙であるにもかかわらず、マグル生まれとマグル混じりに至っては己の身分も弁えずに、あろうことか魔法界に混入している。

 

〈継承者の敵よ、心せよ〉

 

 このホグワーツ城には3階の女子トイレからしか入れない部屋があると、イグノラムス・ゴーントは知っている。

 イグノラムス・ゴーントは18世紀のホグワーツ城に下水道が整備された際にその部屋の存在が露見する事態を未然に防ぐために配管をいじって部屋への入り口を3階の女子トイレに改めて隠した当時のスリザリン生コルヴィヌス・ゴーントの直系子孫であるので、その部屋の位置も道のりも入り方も開け方も、把握しているのは当然だった。

 サラザール・スリザリンが残した秘密の部屋が全部でいくつあるのか、それぞれの部屋に何が残されているのか。イグノラムス・ゴーントが先祖から受け継いで記憶しているそれらの知識のほとんど全てが、ホグワーツの教職員や校長どころか血みどろ男爵ですら知らない内容だった。

 

〈この俺の手を煩わせるとは、どこまでも不愉快な――〉

 

 なぜこやつらは自ずから命を絶つという正しい選択をしないのかと訝しく思いながら死の呪いを行使しようとしたイグノラムス・ゴーントは、その呪文に意識を集中させようとした矢先に何かに気付いて片方の眉だけを僅かに動かし、着用しているほとんど黒に近い緑色の見るからに高級そうなジャケットの裾を翻して、ヘスパーから他所へと体ごと視線を移した。

 

 バチンと音がしてそこに現れた屋敷しもべ妖精が、またバチンと音を立てて姿をくらます。

 直後またバチンと音がして再び現れた同じ屋敷しもべ妖精に、その生徒は連れられて来た。

 

〈何しに来たんだ、父さん〉

〈マールヴォロや他の兄たちにこれからも倣わんつもりか、オミニス〉

 

 かなり久しぶりに父と対面したオミニス・ゴーントは、父さんの蛇語を聞き取って真っ先に己の心に浮かんだ想いが、信じられなかった。

 なぜ父の声を聞いた瞬間に「ああ元気そうだ良かった」と安堵したのか、なぜ父への親愛の情が未だに自分の中に残っているのかが解らなくて、オミニス・ゴーントは困惑していた。

 

〈俺は兄さんたちと同じにはならない。父さんと同じところには堕ちない!〉

〈放蕩者の不良息子に、道徳というものを理解せんお前に、俺が父祖伝来の秘密を全ては語っていないことなど、お前でも察せているだろう〉

 

 オミニスにつられてイグノラムス・ゴーント氏も少しずつ大声になってきており、未だに1単語すら聞き取れはしないクランウェル姉妹にもへスパーにも空気漏れのようなシューシューという音自体は聞こえ始めていたし、ポピーとブルストロードくんはそれが蛇語だとは察している。

 

〈この害虫共をなぜ駆除しないオミニス。汚物にまみれたいわけでもなかろう〉

 父イグノラムス・ゴーントのこの言葉で、オミニスは周囲に他の生徒も居るのだと察した。

〈ああそうだ。俺は自分から汚物にまみれるのはゴメンだ。だから父さんや兄さんたちと一緒には

居たくない。あの屋敷にはもう足を踏み入れることもしたくない〉

 

 その途端にオミニスはいきなり床に倒れ絶叫しながらのたうち回りだし、シャーロットが驚いて短い悲鳴を上げた。

 呪文を声に出さず、杖も使わず両腕を後ろ手に組んだ直立姿勢のまま、イグノラムス・ゴーントは実の息子であるオミニスに磔の呪文を行使する。

 杖を介していないので直前呪文が機能せずウィゼンガモットが証拠を掴めないというのはあくまでも結果であり、そもウィゼンガモットを司法機関ではなく英国魔法界の不法占拠集団だと考えているイグノラムス・ゴーントには証拠の隠滅などという意図は無い。

 

 彼は単に、杖を使ってやるなどという礼儀を払うべき場面ではないと考えている。

 フィニアス・ナイジェラス・ブラックやフルクラン・レストレンジなどの友人たちと作法に則って決闘という名の戯れに興じているならともかく、今は我が子を罰しているのだから。

 

 杖なし無言で禁じられた呪いを行使するというのがどれだけ困難で高度な技術かなど、イグノラムス・ゴーントは意にも介さない。幼い頃からこの類の呪文が得意だった彼にとって、杖なし無言で磔の呪文を行使するというのは、できない者たちこそが異常な、単なる基本動作だった。

 ただ一度唱えられるだけでも優秀さの証になる死の呪いでさえ、彼はやろうと思えば無言のまま、杖すら必要とせずに己の手と指先を媒介にして行使できる。

 

 しかし、これはイグノラムス・ゴーントが魔法界でも最上位の実力を有する極めて優秀な魔法使いだという証拠ではない。

 イグノラムス・ゴーントはあくまでも、他者に害をなすような、対象を責め苛み傷つけるような、あるいは無理矢理に支配するような使い道の、闇の魔術に分類される中でも最も悪辣で危険な一部の呪文にだけ、「類稀な」と表現される水準の優れた才能と適正を有しているに過ぎない。

 

「オミくんが、オミくんが……」

 

 泣きそうになっているへスパーを、ブルストロードくんが必死で宥めている。

 

 そして磔の呪文の激痛と苦しみに耐えようと努力しつつも耐えきれていないオミニスは床を転げ回って叫びながらも、へスパーの泣きそうな声もブルストロードくんの恐怖を我慢している声も、シャーロットとクレアの心配そうな声もポピーの声も、全て聞こえていた。

 ホグワーツでできた大切な仲間を心配させまいとして、オミニスは磔の呪文に全身を貫かれながら、痛みのあまり自分の意思に反してのたうち回る身体を制御するために、人生最大の集中力を注ぎ込んで無理矢理冷静さを取り戻すことに成功していた。

 

 去年、いつも騒がしいあの友人が密猟者の野営地を掃除して帰ってきた直後に言っていた無茶なアドバイスを、今オミニスは必死に脳内で繰り返している。

 曰く、磔の呪文を使う者は、悶え苦しむ以外の反応があるとは考えていないので、こちらが我慢して平気なフリをするだけで動揺して隙を晒してくれるから、かえって楽な相手なのだと。

 完全に無反応を貫くというのはいくらなんでもオミニスには無理だったが、それでもオミニスは必死で痛みと苦しみを我慢して、落とした杖を手探りで見つけて握り直し、10秒近くを要しながらもどうにか立ち上がって、赤い光が明滅している杖の先を、父へと向けた。

 

〈俺は、もう、父さんには、負けない。兄さんたちにだって、従わない。絶対に〉

 

 自分がそう宣言した途端に全身から痛みが消えたのでオミニスは父が磔の呪文を中断したことには気付いたが、それがなぜなのかは判らなかった。

 いくつもの足音が近づいてきているのが理由だろうかとオミニスは考えているが、それは正しい推測ではなかった。

 

〈誰かにそのような考えを植え付けられたわけでは、ないのだな〉

〈違う。俺の意志だ。俺は俺の意志で、父さんたちと距離をとる〉

 

 オミニスは生まれつき完全に目が見えないので、今も父の表情は声色から推測しているし、驚きと困惑のあまり声を出せずにいるブルストロードくんの表情は推測する材料すらない。

 なぜ急にイグノラムス・ゴーント氏が満足げな微笑みを浮かべたのかが全く解らないブルストロードくんには、まさかこんなイグノラムス・ゴーント氏がオミニスを未だに我が子として愛しているとは、まるっきり考えも及ばない。

 

 親に反抗するのは子の成長の証であり間違った考えに傾倒するのは若さ故で、歳を重ねればいずれは己の愚かしさに気づくのだから今は度が過ぎた時だけ指導してやればそれで済むと、若い時間は貴重なのだからやりたいようにやればいいと、まさかそんな考えをイグノラムス・ゴーントが持っているとは、オミニスですら想像だにしていない。

 ブラック家すら比較にもならないほどの極端すぎる原理主義的純血思想と、普通の親の愛。相反しているようにも思えるこの2つが矛盾を起こさず同居しているのが、まだ先祖代々の資産が豊富に残っていた最後の世代のゴーント家当主であるイグノラムス・ゴーントという人間の心だった。

 

 オミニスとてゴーント家の人間なのだからいずれは自ずから正しい道を歩み始めると、イグノラムス・ゴーントはそう信じている。

 実の父でありゴーント家の家長であるイグノラムス・ゴーントがこのような考えを持っているからこそ、まだ一度もゴーント家の人間がオミニスを殺しに来ていないのだ。

 

〈磔の呪文を……何度唱えたって。それで心までは変えられないぞ。父さん〉

〈お前たち兄弟の中では、お前が一番俺に似ている。オミニス〉

 

 父の言葉が受け入れられなくて嫌悪感と不快感と屈辱に歪んだオミニスの顔は、いみじくも父のイグノラムス・ゴーントにそっくりだった。

 

〈何と言われたって、俺は父さんみたいにはならない……!〉

〈どうなりたいかと何になれるかは全く別だと、そのうちに気づくものだ〉

「おやまあ。兄さんちょっと見てよあれ。プレリアール22日法が服を着て立ってるよ。珍しいことがあるもんだねえホグワーツは」

 

 フランス革命の折にジャコバン派によって制定された裁判の手続きを簡略化し証拠がなくとも陪審員の心象だけで被告を有罪つまり死刑にできる悪名高い恐怖政治の象徴にイグノラムス・ゴーントを例えて嗤ったその男性も、兄弟なのだろうその隣の男性も、周囲にいるもう何人かの男たちも皆、燃えるような赤毛だった。

「やあオミニス。大丈夫だったかい?」

 兄たちに囲まれてやってきたギャレス・ウィーズリーは、父さんが来てるんだとオミニスから知らされて以降も今までずっと、全く慌てていなかった。

 

「大丈夫だよギャレス。……大丈夫。ちょっと父さんと言い争ってただけさ」

「それってつまりそういうことだよね、きみんちの『言い争い』ってさ。あとで薬をあげるよ」

 磔の呪文を浴びせられたらしいと察したギャレスはしかし、オミニスの意志を汲んで、それにはハッキリとは言及しない。

 家族が授業を見に来てくれるなんて催しはきっと皆にとっては楽しいものなのだろうから、自分の父のせいでそれが中止になるのは皆に申し訳が立たないと、オミニスはそう考えている。

 

 来ると信じていた救援がようやく到着して、ポピーはほっと安堵して杖をしまった。

 

「こんにちはゴーントさん」ギャレスはイグノラムス・ゴーントに話しかける。「解りますよね。僕が授業を受けているところを、一体誰が見に来るのか」

 イグノラムス・ゴーントの脳裏に否応無しにその顔が浮かんだ瞬間、その声は聞こえてきた。

 

「ほら見てみてギャレスの親戚のおばーちゃん。これがアルバスですよ。まるいでしょう」

「おやま本当だね。それじゃあお前さんがオノリアがいつも言ってる甥っ子兄妹の長男かい?」

「そうですけど、オノリアおばさんをご存知なんですか? あの人なんの仕事してるんです?」

「オノリアは魔法試験局の局長だよ。つまりお前さんがそのうち受けるO.W.L.(ふくろう)とかN.E.W.T.(いもり)の試験問題を作って、試験を監督する。知らなかったのかい?」

 

 魔法生物規制管理部危険生物処理委員会委員長にしてウィゼンガモット首席魔法戦士でもあるオリュンピアス・ウィーズリーは、橙と緑の派手なゴーグルをかけてシルバーブロンドの髪をした青年と11歳のアルバス・ダンブルドア少年を伴って、ギャレスと兄たちよりいくらか遅れて、楽しげに会話をしながらその場にやってきた。

 

〈ウィーズリー〉

 

 それが最大級の侮辱の言葉かのように、イグノラムス・ゴーントは不快そうに呟いた。

〈血を裏切る不届き者共め。今に罰を与えてやる……後悔させてやる……〉

「また蛇語かい。人に話しかける時は理解してもらおうって努力がなきゃダメだろイグノラムス。ちゃんと私にもわかるようにクソババア語で喋っておくれよ」

 

 ギャレスの親戚のおばあさんにそう声をかけられて即、イグノラムス・ゴーントは杖を向けた。

 

「その杖をどうしてほしいのか。言わなきゃ伝わらないだろう。リボンでも結んでやろうか?」

 ギャレスの親戚のおばあさん、ピンと背筋の伸びたオリュンピアス・ウィーズリーは、イグノラムス・ゴーントに対してすら、無軌道な若者でも相手にしているかのような余裕のある年長者としての態度を崩さず、敵として扱おうともしない。

 

(アバダ――)

「ニブい人だねゴーントさん。解らない? 今すぐ帰った方がアナタのためなのにさ。解らない? オリュンピアス大伯母さんが僕らと一緒に来てるんだから、エディー大伯父さんも来てるって」

 

 何人もいるギャレスの兄たちの1人がそう言った途端にイグノラムス・ゴーントは2秒間、全ての動作を完全に中断してピタリと硬直した。

 

 ギャレスの親戚、具体的には父の父の姉であるオリュンピアス・ウィーズリーの夫。みんなからエディーと呼ばれているエデュエイダス・ウィーズリーはイグノラムス・ゴーントにとって、世界で一番苦手な人間だった。

 イグノラムス・ゴーントの価値基準に照らしてもエデュエイダスは「間違いなく純血」だとしか言えない血筋のもとに生まれているという事実が、イグノラムス・ゴーントに顔を顰めさせる。

 即座に杖をしまって周囲への敵意も嫌悪も全て心の裡へと押し戻してその場を立ち去るべくクルリと振り向いたイグノラムス・ゴーントは、廊下の向こうから歩いてくるその人物と目が合った。

 

「イグノラムス! イグノラムスじゃないか! きみも来ていたのか大親友!!!!」

 

 イグノラムス・ゴーントの姿を見るなり真夏の太陽みたいな笑顔になった、背が高くてどっしりした体型の壮健そうなおじいさんの禿げ上がった頭頂部を囲むように残っている髪の毛は、誰かの誕生日パーティかと勘違いしてしまうくらいに、強い虹色の光を放っていた。

「だから言ったのに……」

 ギャレスの兄たちの1人はそう呟いて、クスクスと笑い始めている。

 

「話がややこしくなるからお前ピーブズとでも遊んでておくれよエディー」

 ギャレスの大伯母であるオリュンピアスが険しい顔で夫にそう告げる。

 

「おや! おやおやおや! そこにいるきみはオミニスくんだね!! ぼくはエデュエイダス。愛する妻と結婚した時に晴れてエデュエイダス・リメット・『ウィーズリー』になったんだ。それまではエデュエイダス・リメット・『ブラック』だった。ぼくの甥っ子のフィニアス・ナイジェラスはちゃんと校長先生をやれてるかい? 家族と会えないのが寂しくて泣いてないかな?」

 

 妻の発言も耳に入らない様子のエデュエイダスは虹色に光り輝く髪でハゲ頭をライトアップしたままオミニスの目の前まで歩いてきて、ずいとオミニスに顔を近づけた。

 

「おっと、きみは目が見えないんだったね。待ってなさい。与えられた食事の量が物足りなくて保護施設の職員に不満を訴えるエルンペントの鳴き真似を聞かせてあげるからね」

 そう言うが早いかブモーブモーと激しく唸り始めたエデュエイダス・ウィーズリーがこちらを見ていないことに気付いて、イグノラムス・ゴーントは立ち去ろうとする。

 

「他所へ行かれちゃ困るよイグノラムス! きみは保護施設の職員をやってくれなきゃ! エルンペント役のぼくがゴネ続けるから、きみは毅然とした態度で『食事は終わり』って言わなきゃ!」

〈死ね…………〉

「おおー蛇語だ! 今の蛇語だねイグノラムス!! きみは蛇語が上手だねえ!!」

「ピクルスやるから向こう行ってなエディー」

 

 あくまでも夫を排除しようとするギャレスの大伯母オリュンピアス・ウィーズリーの声と、イグノラムスに迷惑がられているとは全く気付いていないように思えるエデュエイダスの賑やかな声に混ざって聞こえてくるイグノラムス・ゴーントの声が聞いたこともないほどウンザリしていて、オミニス・ゴーントは笑ってしまった。

 

「よし、ぼくが真ん中の頭をやるからきみは左の頭をやるんだイグノラムス! それできみは右の頭をやってくれるかい我が愛する妻オリュンピアス!」

〈死ね…………〉

「いいからピクルスを食べなエディー。そんでイグノラムスも連れてどっか行ってな」

 

 また何か別の魔法生物の真似を始めようとしているエデュエイダス・ウィーズリーの声は、オミニスの身体に未だに残っている磔の呪文の余韻や、クランウェル姉妹やへスパーそしてブルストロードくんが頑張って耐えていた恐怖や不安といったものを、纏めて消し去ってしまった。

 

 なぜエデュエイダス大伯父さんがブラック家の家系図から抹消されているのか、ギャレスもギャレスの兄たちも末の妹も、誰も疑問に思っていない。

 あのブラック家だからこんな人はそりゃまあ縁くらい切られるだろうと、エデュエイダスが披露する宴会芸を見るたびに皆して腹を抱えて笑いながら、ウィーズリー家の誰も彼もが思っていた。

 

〈死ね…………〉

 

 それしか言わなくなってしまった父の表情を想像して、オミニスはまたしても笑った。

 

 




 
【エデュエイダス・リメット・ブラック】Eduardus Limette Black
 ブラック家の家系図から抹消された中で、最も古い世代の人物。1820年生まれ、1899年没。
 家系図から消された理由は不明(公式では家系図以外に登場していないので)。
 そして家系図が装飾的な書かれ方をしているので、フィニアス・ナイジェラス・ブラックよりも上の世代であろうという以外は、具体的な関係性も不明。
 フィニアス・ナイジェラス・ブラックが1847年生まれなので、たぶんエデュエイダスはフィニアス・ナイジェラス・ブラックの父の兄弟だと私は思う。
 なのでこの話ではエデュエイダスはフィニアス・ナイジェラス・ブラックの叔父で、ギャレスの大伯母の夫(婿入りしてファミリーネームがウィーズリーになった)。

 オミニスの父でゴーント家の家長ともなれば、原作で登場した純血至上主義なんか目じゃないくらいの、そりゃもう極端過ぎるくらい極端な思想を持ってるんだろうなと勝手に想像しています。

 次回、エデュエイダス&レガ主&ピーブズ&ファスティディオ VS 秩序。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。