2年後もしくは106年前 作:requesting anonymity
「ほやーーー。おっちゃんサムライなのかい? じゃあそっちのおっちゃんもサムライかい?」
英国魔法省が手配したものであろうセストラルが牽く馬車から降りてきたニホン人の男性2名の目の前まで寄っていった7年生は、そう問いかけた途端にストンとした体型の女生徒になった。
「いやいや、ワシはそない立派なモンやない。単なる日本の魔法使いや。魔法省魔法法務局警務課厭魅蠱毒対策係怨霊捕獲室所属の呪禁官。つまりワルいことしてるオバケ捕まえるのが仕事。ワルいかどうかの基準は死人が出てるか否か、そのうち死人が出そうか否か、害意があるか否か」
そのおっちゃんの英語には強めの訛りがあったが、だからこそ、7年生の女生徒は目の前にいるのが誰の父親なのかを状況からの推測ではなく証拠に基づいた確信として、察することができた。
「おっちゃんはサキちゃんのパパさんだよね? おっちゃんの杖の材料はなんだい?」
「柿と猫又の心臓の琴線やけど、それがなんやの」
期待した通りにホグワーツでは全く聞いたためしが無い木と芯材だったので7年生の女生徒は目を輝かせたが、その7年生の女生徒が喜びと衝動のままにオリバンダーくんを呼ぼうとしたところでニホンからお越しのリュウサキ氏は隣の島津忠義の内心にある困惑を察して、彼よりは自分の方が英語がいくらか得意だからと、代表してホグワーツの人々に意見を具申した。
「そんで、うちの娘と島津の若君が、今日これからなんの授業を受けるんか。訊いてもええかな」
日程を先に進めてくれという意思のこもったリュウサキ氏からの質問に返答したのは、7年生の女生徒でも虹色頭のエデュエイダスでもポルターガイストたちでもなかった。
「グリフィンドールとスリザリンの3年生は今日これから魔法史の授業ですよ!」
周囲の群衆の中から聞こえてきたその大きな声は、日本語だった。
「おお! お千代ちゃん久しぶりやな!」
「貴方はともかくそちらの島津の公爵サマが魔法史の授業を見学なさるのは、哲学ですねもはや」
マホウトコロ出身のホグワーツ箒飛行教師チヨ・コガワによるその問題提起はつまるところ、マグルはゴーストの姿が見えず声も聞こえないのにビンズ先生の授業を如何にして見学するのかという、島津忠義に限らない「マグル生まれの生徒の親たち」に共通する隔たりの話だった。
ブリテン島で最も多くのゴーストが居るホグワーツにあってすら、島津忠義を始めとする彼ら彼女らは、そのいずれの姿も声も認識できないのだ。
「おぃが魔法史とやらの教室を見学すると何か問題がお有りか」
そう問いただしてきた島津忠義が気分を害していると察したチヨ・コガワは誤解がありますと訂正しようとしたが、それより早く7年生の女生徒が会話に割って入った。
「だいじょぶだよ。だよねピーブズ?」
「もォちろん!! いいかぁミスターサムライ!! ホグワーツにはゴーストがそりゃもう数え切れないくらいにそこらじゅうで跳梁ずっこん跋扈んサカり合ってる! カスバート・ビンズもその1人だ! なのにゴーストは魔法力が無いやつにゃあ見えねえし声も聞こえねえ! つまりオメーにもビンズは見えねえ。声も聞こえねえ。そんなビンズが魔法史の授業を受け持ってる! 魔法史の授業をマグルが見学するとどうなる? 生徒しか居ねえ教室で次々に眠っていく生徒! ああ、こりゃいったい何たる事態か! 尋常ならざる怪異であるぞ麻呂を助けてくりゃれ爆乳陰陽師!」
表現の端々に抑えきれない品の無さが現れているピーブズは、そこで一瞬だけ静かになった。
「しかしホグワーツにはこの俺様が居る。この天下無敵の爆乳陰陽師たるピーブズさまがな」
「天下無敵のわりにはヘキャット先生とかウィーズリー先生とかに痛い目見せられてるよね」
「なんだあオマエやるかぁ?」
あたかもケンカを始めるかのような言葉をぶつけ合っているピーブズと7年生の女生徒だが、しかし実際には心を通じあわせて戯れているだけだという真実が、互いを見る眼差しに現れている。
「もちろんやるともさ。さぁさぁピーブズ、ファスティディオ。マグルにもゴーストたちが見えるようにしてあげて。ホグワーツの中でならできるだろう? だってピーブズが居るんだからさ」
ピーブズとファスティディオにそれができるというのはその提案をした7年生の女生徒の思い込みで、根拠など全く無い直感だったが、しかしその7年生の女生徒は教職員を勘定に入れても尚、ホグワーツでもっともポルターガイストというモノをよく知っている人物でもあるのだった。
「もちろんできるとも」ファスティディオがピーブズの隣へと移動しながら言う。「だってそうだろう? 考えればすぐに判ることだろう? 『見える』『見えない』『聞こえる』『聞こえない』楽しいのがどっちかなんて考えなくても判るだろう? 楽しい方が、良い。そうだろう?」
「そーだとも!」と、側頭部にまばらに残った頭髪を虹色に光らせて己のハゲ頭をライトアップしているエデュエイダス・ウィーズリーがファスティディオに同調した。
このレインボーハゲのエゲレス人の爺様について会話で触れてもいいのかどうかすら、ニホンから来たばかりのミスター・リュウサキにも島津忠義にも、まるで見当がつかない。
(なんやねんこのジイさんは……なんでそんな髪型しとんのか訊いてもエエんか? 失礼か?)
「今回だけだ。特別だぜ? コイツの頼みだからやるんだ。そうだろう心の友よ」
「そうだともピーブズ。私たちが力を貸す相手はいつも決まってる。それは魔法大臣じゃない」
ピーブズとファスティディオ、2体のポルターガイストはかわりばんこに喋りながらグルグルと空中で回り続け、徐々に高度を上げていく。
「それにホグワーツの校長でもない。今はまだな。あと80年ぐらい経ったら話は別だぜ?」
その一瞬、皆に紛れて遠くからその光景を見ているダンブルドア少年はピーブズと目が合った気がしたが、ピーブズの気まぐれか僕の気のせいだろうと判断して、あまり深くは考えなかった。
「私たちが力を貸す相手はいつも同じだ。一緒に遊んでくれる友達。そういう者だけが、私たちの力を借りられる。私たちに仕事を与えられる。楽しい役目を割り当ててくれる奴だけが、ね」
ファスティディオがそう言い、ピーブズも高らかに声を上げる。
「そーだ! 始めはゴドリックの旦那とヘルガおばちゃまと、あのイカした若造のウィーズリー。胡乱なウリック、焼き菓子を爆破することにかけちゃ世界一だったアーチボルト・アルダートン! クソ野郎のアルベリック・グラニオンに、消え失せちまったザビエル・ラストリック! それに光って踊るエデュエイダスと、ダニエルもだ。けーど今はコイツだ。コイツは最高の友達だ!」
向こうではしゃいでいるピーブズのそんな言葉を聞き取ったダンブルドア少年は最高の友達だなんて言われたら先輩がまた大喜びして騒ぎ出してしまうと懸念したが、そうはならなかった。
7年生の女生徒は急に静かになって、笑顔でもなくなって、遥か空の彼方を見ているような遠い視線で、目の前にいるピーブズを見つめている。
「きみにとっての最高の友達は僕じゃあないよピーブズ。きみの最高の友人たちはまず1971年にクシャクシャの髪で丸眼鏡の男の子とあと2人すんごいカッコいい子が、その次は1989年に2人、燃えるような赤毛でソックリの顔した双子の男の子たちが入学してくるんだよ。楽しみにしてて」
「なんだぁオマエまーた変な夢みたのか? 怖い夢みたのか? オマエが寝るまでこの俺様が隣にいてあげまちょうか? ばぶぶーーぅ? 子供を寝かしつけるのは得意でちゅよー?」
舌をベロベロと見せつけながら発されたピーブズの言葉は、7年生の女生徒には、自分の予言を信じてもらえていないように聞こえた。
「あー。信じてないでしょピーブズ。信じてないね! でもホントなんだよ! ホントだもん!」
「俺様にとっての最高の友達がオマエじゃないなんて、そんな予言を信じられるわけあるかよ」
会話が延々と横道へと逸れ続けるポルターガイストたちを見て「このままでは日が暮れる」と理解したチヨ・コガワは、魔法処で学んでいた頃の学友でもある龍崎に、すぐ目の前まで歩み寄ってから声をかけて、明らかに困惑していた島津忠義公爵にも助け舟を出した。
「魔法史の教室まで、よければ私が案内いたします」
「……
その7年生の女生徒が誰も居ない方向に顔を向けて1人で盛り上がっているように、島津忠義には見えている。ピーブズもファスティディオも島津忠義には見えていないし、声も聞こえていない。
「さーあやるよぉピーブズぅ! ファスティディオぉ! 全部のパワーをアルバスのほっぺに!」
向こうでマホウトコロからいらっしゃった2人の行く手を塞いで大はしゃぎしている7年生の女生徒が急にそんな言葉を口走ったので、それまで大勢の生徒たちに紛れていたダンブルドア少年は、急にグリフィンドール生だけに留まらない周囲の全員の視線を一気に集めてしまった。
「おおーアルバスそこに居たのかい! さあアルバスも一緒にやろう!!」
「何を始めるつもりですか先輩!!」
「せっかくホグワーツに来てもらったのにゴーストが見えないし声も聞こえないって、そんなのつまらないだろう! だから見えるようにしたいんだ! アルバス呪文しってるだろう?」
先輩にそう促されたダンブルドア少年の脳裏には2つの呪文が思い浮かんだが、しかしダンブルドア少年には、思い浮かんだ呪文のどちらにもそんな効果があるとは思えなかった。
それらはどちらも、あくまでも魔法の効果で透明になっているものや魔法で隠匿されているものを暴露する呪文であって、マグルがゴーストを見られないのは隠匿呪文の効果ではないのだから魔法で姿を暴き出そうとしたって無駄なんじゃないかと、ダンブルドア少年は推測している。
「アルバスったらまーたそんなまんまるのお顔して。できるよアルバス。だってきみはアルバス・ダンブルドアで、ここはホグワーツなんだからね」
ダンブルドア少年をそう鼓舞した7年生の女生徒が今からやろうとしている試みを「できる」と確信しているのは、2年前に似たような状況で似たような結果を得ていたからだった。
古代魔法の痕跡を肉眼で捉えられなかったフィグ先生にだって、僕が力いっぱい「レベリオ」をやったらあの騎士像が見えるようになったんだからと。
そして7年生の女生徒は金属製にも見える不思議な造形の杖を勢い良く頭上に掲げ、ダンブルドア少年もかなり戸惑いながらではあるものの、少し遅れてそれに続いた。
この魔法でそんな真似を本当にやるなら力加減なんか考えてちゃダメだと思ったダンブルドア少年が今から唱えるこの呪文にありったけの集中力と魔法力を注ぎ込もうと頑張っているのは表情からも見て取れたが、一方でニホンからお越しの来賓2人の行く手をピーブズとファスティディオとエデュエイダスと共に塞いでいる7年生の女生徒は至っていつも通りの気軽な笑顔のままだった。
「レベリオ!」
「アパレシウム!!」
島津忠義にはその2つの呪文を正しく聞き取ることすらできなかったが、それでもどのような効果を齎すものなのかは、瞬く間に理解できた。
目を丸くしているのは島津忠義だけではなく、ホグワーツの生徒と教職員に紛れてその光景を見ていた親たちの中にも、驚きを隠せないまま周囲を見渡している者が何人もいた。
ホグワーツには英国で最も多くのゴーストが居るという知識だけを持っていた者と、それすらも知らなかった者。マグル生まれの生徒の、親たち。
「…………ねえ、あなた。何年も前に、クレアが木陰を指さして『オバケさん!』って声をかけたことがあったわよね。シャーロットがやっと捕まり立ちできるようになったばかりの頃」
「あったね。あの時クレアの目には彼らが見えていたんだ…………あの木陰にも、居たんだ」
自分たちの頭上を今までもずっと覆っていたらしい夥しい数の透き通った人影を見上げて、我が子がかつて口にした発言は事実だったのだと、あの子はこれを見ていたのだと、何組ものマグル生まれの生徒の親たちは今、初めてそう確信できたのだった。
「はじめまして、遠くアジアからお越しの客人。私はニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿。生徒たちからは――不本意ではあるのだが――『ほとんど首無しニック』と。そう呼ばれている」
こんなに大勢居たのに今の今まで見えていなかったのかと驚きを隠せずにいる様子の島津忠義に挨拶するべく真っ先に降下してきたグリフィンドールの寮憑きゴーストに、いつの時代も皆がしてきた質問をリュウサキ氏がぶつける。
「ほとんど首無して、なんやのその称号。どういう状態やの『ほとんど』て」
「それは――この通り。私を斬首した男は刃の手入れを怠っていてね。ここまで斬るのに45回斧を振り下ろす必要があった。そこで私は死んだわけだが、それでも結局スッパリとはいかなかった」
ほとんど首無しニックが自分の頭をぐいと引っ張って傾け、皮一枚だけで辛うじて繋がっている首の切り口を見せながらそう説明すると、島津忠義が渋い顔をした。
「薩摩兵子なら一太刀で楽にしてやれたものを……しかし、慰めになるかはわからぬが、首を完全には両断せず皮一枚で繋がったままにするというのは、我が国では貴人を介錯する時にのみ行われる丁重な作法であるから、我が国の者がそなたを見れば、尊き身分にあったのだと一目で判るぞ」
その訛った英語をほとんど首無しニックは辛うじて聞き取り、意味まで理解することができた。
「嬉しい知見をありがとう。ニホンの人」
それだけ言って去っていたほとんど首無しニックの透けた背中を指し示しながら、チヨ・コガワは同郷の来賓2人に「彼のことはサー・ニコラスと呼んであげてくださいね」と補足した。
「おはんは1人で喋っているのではなかったのだな」
さっきまで青年だったはずの女生徒に島津忠義が問いかける。
「そだよ。コイツはピーブズ。ここに棲んでる。こっちはファスティディオ。僕の家族。2人ともポルターガイストだよ! ニホンじゃなんて言うんだっけかポルターガイストのことって」
7年生の女生徒の質問には、島津忠義ではなくその隣のリュウサキ氏が答えた。
「きみらが言うところのマグルは『騒がしい霊』を略して騒霊て呼ぶか、幽霊と区別できとらんかのどっちかやけど、騒『霊』は語弊があるから日本魔法省ではそのまんま『ポルターガイスト』や。きみらがドイツ語の『Poltergeist』をそのまんま使てるんとおんなじやね」
そうなんだぁとお気楽に驚いた女生徒を横目に、島津忠義の視線はその2体に注がれている。
「貴殿らがぽるたあがいすととやらか。無礼を承知で問うが、幽霊とは如何なる違いがお有りか」
「いかにも俺様はポルターガイストさ。俺様にとって『落ち着き』とか『静謐さ』なんてもんは無けりゃ無いほどいい。けどゴースト共は静かでくらーいのが好きだ。そこが一番の違いだな!」
目の前まで寄ってきたぴいぶず殿の発言が正鵠を射ていないことだけは、島津忠義にも判った。
「いま挨拶してくれたサー・ニコラスもだけど、ゴーストってのは元々は生きてたのさ。生きてた頃は魔法使いか魔女だった。けど死んじゃって、更にこの世に未練があった。だからああして生きてた頃の似姿が、生きていた頃に辿った道を漂ってる。魔法力が無い者はゴーストにはなれないんだけど、魔法力があったってその道を選ぶ者は滅多に居ない。脆弱で朧げで機能の制限された姿をこの世に遺すなんて選択は多くの死者にとって、安らかに逝くことよりも魅力的じゃないからね。『朧げな姿でこの世に留まっている』んじゃないんだ。『不完全な複製を遺した』んだ。だから、つまり『死後に生きる』みたいな表現とは、彼らはまるで正反対なんだ」
そこまで喋ったところで、7年生の女生徒はすぐ傍の頭上に寄ってきていた年若い姿をしたゴーストの青年リチャード・ジャックドウに「……合ってるよね?」と視線を投げかけて確認した。
そしてジャックドウから「合ってるよ」という意味であろう微笑みを返してもらった女生徒は、安心して話の続きを喋り始める。
「でもポルターガイストは違うんだ。全然違う。ポルターガイストってのは皆、死んだ経験なんて無いんだ。それでこれから死ぬこともない、言わば『不生不死』なんだ。ピーブズにもファスティディオにも、他のどのポルターガイストにも『生きてた頃』なんて、始めっから無いのさ」
シマヅくんのお父さんであろう人の、先輩の説明を聞いて何やら考え込んでいるのが表情に出ているその姿を大勢の同級生や先輩たちと一緒に少し離れた位置から見ているダンブルドア少年は、いつまでそれが続くかはともかく少なくとも今はゴーストの姿を視認できているらしいと理解して、しかしだからこそダンブルドア少年は考え込んでいた。
自分が唱えた「アパレシウム」と、先輩が唱えた「レベリオ」、そしてファスティディオとピーブズによって行われたであろう何らかの、影響力とでも呼ぶべきものの行使。魔法力を持たない者の五感にゴーストを認識させるという結果をこれらの内どれが齎したのかが判らなかったから。
ダンブルドア少年は、ほとんど周囲の誰もダンブルドア少年に注目していないという事実に心地よさを覚えていた。何かうまくできた時に注目されるのはダンブルドア少年にとっても当然に嬉しい経験だったがしかし、自分としてはうまくできたという評価を下せない残念な結果に終わったのにもかかわらず皆からは褒められてしまう、というしばしばある現象は、ダンブルドア少年にとっては時々、苦痛だった。
だからこそ自分はあの先輩の後ろをついて回るし、あの先輩に甘んじて連れ回されるんだろうと、ダンブルドア少年はそう自己分析していた。
あの先輩と一緒に居れば、皆の耳目を最も集めるのは僕じゃない。けれどそれと同時に、先輩のお蔭で僕が皆の注目を集めるってことも良くある。注目を集めたくない時と集めたい時。そんな自分勝手な欲求を両方満たせるから先輩について回るなんて僕はどれだけ浅ましくてズルい奴なんだろうと、ダンブルドア少年の思考はそんな自己嫌悪の泥の中へと沈んでいく。
「あそうだエリエザーもニホン語わかるんじゃんトミーくんのパパさんに見せてあげよ」
一瞬、ダンブルドア少年にも、7年生の誰にも、いま聞こえた言葉の意味が理解できなかった。
この7年生がいま口にした「エリエザー」というのはニホンにしか棲息していない種類のホーンド・サーペントの中でも際立って長生きしている個体であり、7年生の女生徒が6年生だった頃、ニホンに赴いた際に仲良くなって法も手続きも全て無視して連れ帰ろうとしてニホン魔法省に多大な迷惑をかけた、そしてそれでもなお結局は特例の許可を貰って連れて帰ってきてしまった、本来なら飼いならすことなど不可能なはずの、1400年以上生きている危険極まる大蛇である。
エリエザーと呼ばれているホーンド・サーペントがいま常陸の山ではなくホグワーツに居ることを知っているのは、飼い主である7年生と親しくしているいくらかの者たちを除けば、ニホン魔法省にある魔法生物局地祇調伏課の担当者たちと、英国魔法省魔法生物規制管理部だけなのだ。
要するにエリエザーは、不要な波風を立てたくないなら、目撃されるべきではないのである。
だからいくらなんでもまさかそんな真似するはずがない、という彼ら彼女らの中に未だあった常識が重石となって理解と思考の邪魔をしていたために、皆の頭上を漂っているゴーストたちの間を縫うようにして飛来した不死鳥が速度を落とさないまま炎に包まれ地面スレスレで姿をくらますのを、ダンブルドア少年や先生方どころかセバスチャン・サロウすら何もせずに見届けてしまった。
島津忠義が驚くよりも先に、不死鳥は炎とともに再び出現する。
見上げるほど巨大なホーンド・サーペントを伴って。
「こいつは、こいつが……なんでここにおんねん……地祇調伏課のアホども隠しとったな……」
魔法生物局が発行している冊子の表紙を何度も飾っているので、日本魔法省の職員でこの蛇の姿を知らない者は居ない。なので当然このリュウサキ氏も、この蛇が何なのかを既に理解していた。
「こいは
島津忠義公の表情を横目で確認したニホン魔法省職員のリュウサキ氏は、そらまあ流石にビックリもするかと、この魔法界に疎い公爵どのを安心させて差し上げなあかんと、そう考えていた。
「
だから島津忠義公がとても嬉しそうな大声でそう言ったのを、リュウサキ氏の脳は聞き逃してしまった。耳から入ってきた情報を処理しきれずに「このオッサン今なんて言うた??」と、リュウサキ氏は急に凶悪な笑顔になった島津忠義公と鹿のように枝分かれした角が頭から生えている大きな大きな蛇とを交互に見るばかりで、困惑を態度で表現する以外には何もできずにいる。
〈おい、コイツ。この声の大きい男。このまま放っておくとあと5年ぐらいで死ぬぞ〉
不死鳥を頭に乗せた巨大な白いホーンド・サーペントのエリエザーが、頭を低い位置へと移動させながら7年生の女生徒に囁いた。
〈あらま。そうなの。なんで?〉
〈腑のあたりを患っている〉
〈病気? 魔法の病気?〉
〈普通の病気だな。呪いでも祟りでもない〉
ふうんそうなのと呟いて、7年生の女生徒は、エリエザーが言うには重体であるらしいそのニホンから来たばかりのおっちゃんを、52歳の島津忠義を見る。
まだ全然お年寄りとかには見えないんだけどなあと考えているその女生徒は、知らなかった。
この当時のニホンのマグルの平均寿命が、魔法族の半分にすら届かないということを。
1891年から統計が取られ始めて1898年に第一回の調査が完了したこの当時の日本のマグルの平均寿命が、男女共に40代前半だという事実を。
「ギャレスーぅ! 居るかーい? おくすりが要るんだーー!!」
「はいはいすぐ行くよ。なんの薬が欲しいんだい」
〈また会ったなピーブズ。元気にしてたのか〉
「もぉちろん!! 引っこ抜かれたマンドレイクくらい元気いっぱいだぜぇ! ア゙ァ゙ァ゙ーー!!」
群衆の中からギャレス・ウィーズリーが呼び寄せられ、ギャレスはナツァイやリアンダーの制止をスルスルと滑らかな足運びで躱して7年生の女生徒のもとまですんなりと辿り着いた。
ピーブズはエリエザーと何やら話していて、エデュエイダスは虹色に光っている。
「ギャレスぅギャレスぅこのおっちゃんのね。なんだっけ。フ? を治してあげたいんだ」
「はいはい消化器系とか泌尿器とかだね。じゃあこれか、それか一昨日つくったこれか――」
「ビーム出るやつあるかい? びゅばーーーって」
「もちろんあるよ『内臓太陽薬』が。何色がいいかな?」
巨大なホーンド・サーペントのエリエザー。虹色に光るエデュエイダス。7年生の女生徒とギャレス。ブラック校長とイグノラムス・ゴーント。ピーブズとファスティディオ。
どうすればいいのかなんて誰にも判らなかったし、最優先はギャレスだと考えている7年生たちや先生たちすら、動こうとした瞬間にエリエザーが素早くこちらを睨むので、誰も何もできない。
「ねえねえおっちゃん。トミーくんのパパさん。これ飲んでこれ。ギャレスのおくすりだよ」
ゆったりした英語だったので問題なく聞き取れた島津忠義は遠い異邦の地であるこのホグワーツとやらで見知らぬおなごが差し出してきた飲料を口にするのは警戒心が欠けた振る舞いかとも一瞬思ったが、自分は国元を代表して来ているのだから受け取らないなどという無礼をするわけにはいかないだろうと、すぐにそう考え直して女生徒から硝子の小瓶を受け取った。
ギャレスが先日制作した「内臓太陽薬」には、マンティコアの毒と不死鳥の涙が含まれている。
それは、投与されれば即死するマンティコアの毒が不死鳥の涙によって毒性を消されて新しい薬効が生まれたらいいなぁそうだ試してみよう、というギャレスの高度なヤマ勘の産物である。
魔法に因らない単なる内臓疾患などマダム・ブレイニーなら杖を一振りするだけで治してしまえるのだが、それじゃあつまんないもんねという意見で7年生の女生徒とギャレスは一致していた。
「ぜひ飲んでみてください。美味しくないはずですから」
ギャレスがニホン語でそう勧めた直後、島津忠義は小瓶を開栓して飲み干した。
その途端、島津忠義は下腹部から喉元にかけての胴全体に強烈な熱を感じ、それはすぐに口の中まで上がって来て、抑えきれないほどに大暴れし始める。西洋人のお嬢さんに吐瀉物を撒き散らすなどあってはならんと考えて堪らえようとした島津忠義だったがしかし魔法薬の効果は抑えられず、もはや幾許の猶予もないと直感して、島津忠義は咄嗟に真上を向いた。
「オ゙ヴァァ゙ァ゙ァ゙゛゛ーーーー!!!」
「
赤かったり緑色だったり黄色だったり青色だったりするカラフルな火花が島津忠義公の口から高く高く噴き上がってゴーストたちの身体を通り抜ける光景を、リュウサキ氏は眺め続けるしかなかった。なにせ自作の魔法薬である。反対呪文など判るはずがなく、癒者でもないのに直感だけで介入しようとすれば十中八九状況は悪化するのだから。
「こんのアホガキ共っ、お前ら公爵サンになんしてくれてんねん!!!」
思わず日本語で怒鳴ってしまったリュウサキ氏は次の瞬間にはもうニホン魔法省職員がホグワーツの生徒を怒鳴りつけるなど国際問題に発展しかねないのではなかろうかと不安を覚えたが、しかしそんなリュウサキ氏の隣で真上を向いている島津忠義公の口腔からは、相変わらずトヨハシテングが優勝したのかと勘違いしてしまうくらい盛大に色とりどりの火花が噴出している。
「わあーすごい! ギャレスギャレスぼくもやりたい! 僕にもちょうだい!!」
「もちろんいいよ。けどきみは内臓悪くしてないだろうからこっちの青い瓶にしときな」
「私にもひとつくれるかいギャレス。赤と緑の2色だと最高だ」
「もちろんいいよエディー大伯父さん」
7年生の女生徒とエデュエイダスがギャレスから小瓶を受け取って開栓しているその頭上では、大量の火花が身体を通り抜けていく感触を楽しんでいる様子のゴーストたちの中心で、ファスティディオがピーブズから着火済みの爆竹を受け取っている。
そして7年生の女生徒とエデュエイダスが小瓶の中身を飲み干すのと、ファスティディオとピーブズが爆竹を丸呑みしたのは全く同時だった。
「おぉ゙うヴァぁぁぁーーー!!!」
城の屋根くらいまで噴き上がる火花の柱は3本に増え、ピーブズとファスティディオは口からも鼻からも大量の煙とけたたましい騒音を撒き散らしている。
そんな目も当てられない光景の只中にあって、リュウサキ氏はチヨ・コガワと目が合った。
チヨ・コガワは、あろうことかニッコリと笑いかけてきた。
「ようこそホグワーツへ」
「その挨拶ホンマに今やないとアカンか……?」
それから5分くらいして、自分の腹の中から噴出していた火花が収まり、臓腑の奥が炎上しているかのような熱さも嘘のように消えた時、島津忠義は齢10かそこらだった頃くらい軽々と身体を動かせるという事実に気が付いて、理屈は判らんが劇的に健康状態が改善されたのだと直感で理解して、それはもう大きな声で目の前のホグワーツ生2人にお礼を言ったのだった。
しかし、だからといって7年生の女生徒とギャレスが友人たちからのお説教やウィーズリー先生からの大減点と罰則を免れたわけでは、なかった。
「なーにを考えて生きてるんですか、先輩方」
7年生の女生徒とギャレスが友人たちに囲まれて叱られているのをちょっと離れた位置からエルファイアスや他の同級生たちと並んで見ているアルバス・ダンブルドア少年のそんな呟きは、この11歳の小さな男の子の、新たな口癖になりつつあった。
「きみね、先生方がお決めになってた本来の段取りをどれだけ妨害すれば気が済むんだい」
「えー、でもヘクターだって楽しい方が嬉しいだろう?」
今回も長引きそうだなあと呆れているダンブルドア少年は、自分がつい先程までどんなに後ろ向きで自罰的な思考に陥っていたかなど、もうまるっきり忘れ去っていた。
もし本文に登場した薩摩弁に違和感があるという方がいらっしゃいました場合、私からは「どうかお許しください」以外の何も言えません。どうかお許しください。
もし本文に登場した関西弁に違和感があるという方がいらっしゃいましても、私からは「知らんよアンタと私で住んでるとこちゃうんやないの関西言うたかて広いし」としか言えません。
日本魔法省魔法法務局警務課厭魅蠱毒対策係怨霊捕獲室は私の妄想ですが、
ニホン魔法省の役人の肩書きは長ければ長いほど「それっぽさ」が出ると私は固く信じている。