please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
ぼんやりと意識が戻り始めてから、最初に感じ取ったのは音。聞き覚えのある規則的な機械音が鳴り続けていて、次に鼻をくすぐるツンとした薬品の匂い。そして、ほのかに混じるオイルの匂い。
ここは病室なんだろうとゆっくりと目を開けると、無機質な白い天井。そして視線を傾けると、彼女の姿があった。
「………おはよう、リッカ」
「うん。おはよう、ヤナギ」
この目覚めの前、一度起きていたことは、記憶に残っている。だが、俺は最初にそう口にして、彼女も同じように返した。
「…ごめん」
「いいよ。ヤナギは約束守ったんだから」
リッカに謝った後、俺は包帯まみれの両腕を持ち上げ目の前に持ってくる。当然痛みは残っているが、手を開いて閉じても問題はなさそうだった。両足の感覚もある。
「無事ってわけじゃないけど、四肢があるなら儲け物か。………リンドウはまだ、見つかってないのか」
「…うん。まだ手がかりもないみたい」
「そうか。…………あの時、何があったのか話す。大した情報はないかもしれないけど、ツバキさんかサカキ博士を呼んできてくれないか」
「わかった」
リッカは快く頷いてくれて、医務室を離れていった。
それからまず医師の人が軽い検査に来て、問題はないと判断されたため上官が入室してきた。
希望した二人のうちどちらかが来てくれれば良いなと思っていたが、リッカはツバキ教官もサカキ博士も連れてきたのだった。
「やあヤナギ君。無事目が覚めたようでなによりだよ」
「早速で悪いが、あの日何があったのか。可能な限り話してくれ」
「はい」
二人と後ろで控えているリッカに対して、俺は当時の状況を話し始めた。
まずヘリから飛び出して戦闘を開始したこと。上空数百メートルでザイゴート数体と接近戦なんて自分で言いながら馬鹿げた話だが、事実は事実である。
そして地上になんとか着地したが、待ち受けていたのはアラガミの群れ。どこから湧いてきたのか小型から大型までわんさかと溢れかえっていた。
「何体やったのかは正直覚えていませんが……凡そ片付けた後に、報告にあった新型アラガミと交戦しました」
「その個体について具体的な特徴は第一部隊から後に詳しい報告を受けた。個体名はヴァジュラ神属、プリティヴィ・マータだ」
「……地母神ってわけですか。ハッ、アレは母神ってより女王って感じですけどね」
「お前の重傷はヤツが原因か?」
「……いや、違いますよ。ただアレも第二種接触禁忌種くらいには認定した方がいいですよ。適当な部隊が相手したら全滅しかねません」
「…検討しよう。それで、ヤツではないというのならその怪我は一体どうした」
この怪我を負わせたアラガミ。
「…………いましたよ。ディアウス・ピターが」
「なに…?」
ロシア地域で遭遇した黒いヴァジュラ。当時の俺は一対一でなんとか撃退はしたものの気絶し、駆けつけたリンドウに助けられた。
このことは教官であること以前に当時第一部隊隊長であった彼女も記憶している。
「間違い無いのか」
「はい」
勝つ自信はあった。言い訳にはなるが、連戦による怪我や神機の破損がなかったならば、押し切れただろうとは今でも思える。
しかし、負けは負けだ。
「もしリンドウが負けたんだとしたら、アイツですよ。プリティヴィ・マータは強敵ではあっても、リンドウがやられるようなヤツじゃない。でもアイツは…………」
そこまで言って、ふと思い出す。俺はあのアラガミに負けて意識を失った。ならば喰われてもおかしくないのに、今こうして生きている。
「俺、どうやって生き残ったんですか…?」
「そのことだがな」
そこからツバキ教官から告げられた内容は、思わず首を傾げたくなるものだった。
「捜索部隊が意識を失い倒れているお前を発見した時、周囲にアラガミは一体もいなかった。お前の言う、ディアウス・ピターを含めてな」
プリティヴィ・マータを含めたその他アラガミを全て俺が切り伏せたことは覚えている。しかしヤツは違う。俺は間違いなく敗北した。
既にボロボロだった神機はヤツの外皮に殆ど弾かれ、まともにダメージを与えられないままこっちは攻撃を受け続け、最後に覚えているのは眼前に迫る黒い雷。
「………そういえば…」
意識を失う直前に、誰かがいたような………白い…ヒト……?
「何か思い出したのかい?」
「………いえ」
「…そうかい?何か思い出したら、後で教えてもらってもいいかな」
「…わかりました」
「ありがとう。ともあれ、目が覚めてよかった。私は先に失礼させてもらうよ。お大事にね」
そう告げてサカキ博士は医務室から出ていく。ツバキさんも快復したら報告書を提出するようにと言葉を残し、職務へと戻っていった。
「……で、何があったの?」
「何って?」
リッカが二人になった途端に問い詰めてくる。俺はとぼけるが、彼女は無言で見返すだけだった。
「……ほんとに曖昧な記憶なんだけどさ」
あっさり根負けした俺は無駄な予防線を張ってから話す。意識が途絶える寸前の記憶を。
「誰かいた気がするんだよ…ヤツから守ってくれるみたいに…」
「それってもしかして…」
「いや、違うと思う。もしアレがリンドウだったんなら、今も行方不明な意味がわからない」
とはいえ、リンドウじゃないならアレは一体何なんだという話でもあるのだが。
「……それ以上はいいよ。ありがとう」
数日ぶりに目を覚ましたからなのか、考えをうまくまとめられずにいると、リッカがそう言って俺の上体を軽く押し、再びベッドに横たわらせた。
「今は体を回復させないとだもんね。無理させちゃってごめんね」
「無理なんてことはないが………まあ、そうだな。とりあえず休むか…」
全身はあちこちがまだ痛む。全治にはもう数日かかるかもしれない。それにいくら治癒能力が高いとはいえ、体力は奪われる上に今回は精神面にかなり負担がかかったように思える。これ以上考えるのは、まだやめておこう。
「眠るなら電気消してもらうようにお願いしてこようか?」
「それは大丈夫。リッカこそ、仕事に戻らなくていいのな?」
「みんながフォローしてくれてるから大丈夫だよ」
「そうか。………なら、もう少しここにいてもらおうかな…」
「もちろん」
そうして目を瞑ると、ふっと左手に優しい温もりを感じる。その手を軽く握り、安心しきった俺は容易く眠りへと落ちていった。