日本海を見下ろせる温泉宿でゆったりと温泉に浸かり、冷酒をぐいっと飲みながら贅沢なひと時を過ごし、滅霊会議を途中で抜けてくれた義経に正直感謝している。俺からすれば、あれはまさに拷問の時間に他ならなく、ようは魔女裁判で魔女だと断定され、火炙りの刑に処されていた心地そのもの。義経が語ったように、こんな年齢になっても未だに自分を出せず、だからこそ滅霊会議の際はずっと胃がキリキリしていた。
「まー、もう出なくていいんじゃない? ストレス溜めるのってさ、正直しんどいんじゃない? 僕はそんなの感じたことはあんまりなかったけどねー? だってさ、ムカついたらボコっちゃえばいいし? ほら、僕の時代はさ、皆血の気が多くてさ? いやー、実にいい時代だったよ!」
そう言いながら俺の目の前で仰向けになって月を見上げる義経の顔は、滅霊会議で怒り狂っていた顔ではなく、邪気を全く感じない腑抜けた顔をしている。
いや、普段から義経はこんな感じで腑抜けているのだ。果たして本当に義経が天才的戦術で、平家を滅ぼした武将なのかと思ってしまうぐらい温厚な少年なのだが。俺に対して敵意を感じた場合に限っては一気に豹変し、平家を滅ぼした怒れる武将と化すのだ。
確かに守護霊としては破格級の強さであるのだが、義経は俺を護るためならば何だってやる――それが源義経という守護霊なのだ。
「昔よりはさ、俺も言えるようになった……と思うし?」
「ははは! まーねー! でもさ、そこは男らしく言いきっちゃおう! もうさ、いい年齢だし? アレだよ? 死ぬ前の僕よりもさ、鳴海君はおじいちゃんなんだからね? まー、うん! 面倒なことはさ、滅霊会議に参加していた奴らが片付ければいいんじゃない? 一応さ、僕らの立ち位置も改めて表明できたし?
守護霊たる義経は、決して善霊でもなければ、悪霊でもない。では中立的な立ち位置なのかというと、そうでもない。
何故ならば、こうやって食事をすることを俺に伝えるが、どういった食事内容だったかを決して話さないからに他ならないからだ。ただ一つ、なるだけ無害な霊に関しては手を出さないで欲しいと命じてはいるが、それは時と場合と状況によるというのが義経の考えであり、飢えれば何だって喰らうのが義経なのだ。
であれば、悪霊が跋扈する心霊スポットで、悪霊だけを狩らせればいいのでは?
まさにその通りであり、残念ながらその通りではない――何せそれだけ霊が溜まりに溜まった淀みの場が形成されているからな。
俺がまだ未熟だった頃、とある心霊スポットに
貞観達がいなければ、確実に廃人となっていたであろう――未熟であるが故に狩るはずだった悪霊も、ただそこに囚われていた地縛霊も、迷い込んだ浮遊霊も、母親を求め彷徨う水子も、何もかも等しく義経は喰らってしまったからだ。
何故定数が定まった容器の中に、定数オーバーの変数の液体をずっと流し込み続けるというのか?
だからこそ、俺はそのような場所には決して近づかないようにしてきたし、義経もまたそれを深く理解している。
護るべき俺が壊れてしまえば義経だってただではすまないのだからな。
「……程々にな?」
飢えさせれば、義経は何だって喰らう――善も悪も関係なく、自分の飢えを満たすために。
だからこそ、いつも通り毎日この言葉で優しく義経を労わる。
きっとそれは、義経の想いを知っているからこそ優しく語るんだろう。
「うん! じゃー、行ってくるね!」
その想いとは
かつて自分の妻と娘を手にかけて自殺した義経だからこそ、もう二度とあんな想いをしたくないがために必死なのだろう、きっと。
※
滅霊会議に参加し、ロリコン巨乳好きの話をされた時。
主を護り続けなければいけない想いと、懐かしき合戦の飢えの狭間に立たされていた。
だってそうでしょ? 僕は僕なわけだし、合戦をしないか? と誘われれば、どちらかが滅びるまで殺し殺されたいわけだし?
だけどさ? まー、僕の大事な主の身を護るのも役目だし、困っちゃうよねー? どうしようかなー? んー、どうしようかなー?
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ははは! 五月蠅いぞ、小僧! 僕は今物凄く考え事をしているんだ! いやはや、やはりゲテモノは最高だよ! どうしてここまで魂が腐ってしまうんだろうね? だからこそ小僧、お前は悪霊になって、こんなにも若い女達を弄び、こんなにも醜く太り、こんなにも僕の飢えを満たしてくれているではないか! 全く、僕は考え事で忙しいんだ! 弁慶! この豚の口を抑えておけ!」
「――御意」
んー、実際今戦っても勝てる見込みなさそうだしなー?
あのロリコン巨乳好きを遠くから見たことがあったが、アレに挑むのは無策では絶対に無理だ。
全盛期に近い姿の僕でさえも、まー、滅霊会議で語ったように、真っ先に僕の主が死んでしまうから無理! 僕の主の身は大事だからね、うん!
「弁慶、左腕食べるかい?」
「――出来れば両腕を頂きたいのだが?」
「ははは! ごめんごめん! その図体だとそうだよね! いいよいいよ! 頭以外は全然好きにしていいよ! あ、豚さん、安心してね? 僕達のウンコになるだけです! って言っても、もうウンコは出ないけどさ? まー、栄養になってくださいね?」
「――っ!!」
はぁ?
この僕がお釈迦様みたいに救いを与えると思ったのかい?
え? なんでそんなに驚いた顔してるわけ? 状況分かってる?
「……救いを求めるな、下衆が。彼女達に救いを与えたのか? 与えてないよな? お前の快楽の道具として存外に扱われ、呪い殺し、こうやってお前のコレクションとして飾られているんだろ? 全く、
もしも、だ。
もしも自分の妻と娘が贄とされ、永劫なる時間を過ごさねばならないとしたら。
あのロリコン巨乳好きのことだ――さぞかし弄び、さぞかし愉悦し、さぞかし充実した時間を過ごしているんだろうね……。
……そいつは駄目だ、そいつだけは絶対に駄目だ!
そいつだけは絶対に許しては駄目なんだ! そいつを許してしまったら、僕が僕でなくなってしまうではないか!
あぁ……、主よ、ごめんね……。
僕は目の前の彼女達の惨たらしい姿を見させられて、自分の妻と娘を重ねてしまった、しまったんだ!
「――挑むのか?」
流石は弁慶、分かってるじゃないか。
「挑むよ、挑まなければならない。だけど今の僕達では勝てない、そうだろ?」
「……」
「――だから僕はある人を喰らおうと思う。下手すれば死ぬかも? ははは……」
「であれば、沢山喰らおう。さて、彼女達を弔うために喰らうか、それとも彼女達を供養するために主に託すか。喰らうべきだとは思うがな?」
「……今回はなしだ。いや、今後はなしだ。異論は認めない、女子供は二度と喰らわない、いいね?」
「――委細承知」
主を護るためならば、本当は喰らうべきなんだろうね、きっと。
今更ながら善人ぶるだなんて僕らしくないんだろうけど、まー、ほんの気まぐれってことでいいかな?
だからもう少しだけ待っててくれ、女達――すぐに楽になるからね、きっと。
【補足説明等】
・源義経の最期は、自分の妻と娘をその手にかけて自刃したと記されてあります。恥ずかしながら自刃したのは知ってましたが、妻と子供を殺めた後に自刃したのは執筆しながら知りました。
とりあえずダークギャザリングは面白いので、毎秒更新して欲しいですね……。