翌朝、あの義経が霊達を成仏させて欲しいと俺を頼り、すぐさま義経に案内された場所まで辿り着いたのだが。
そもそもこの温泉宿の近くに、このようなラブホの跡地があっただなんて、事前の調べではそのような情報など出てこなかった。
そのラブホがあった場所は、なんと温泉宿から少し山側に進んだ場所にあり、数十年は整備されてないであろう私道の先にあったのだ。
ただ事前に義経から聞いた話では、このラブホを根城にしていた悪霊は既に義経が喰らったとのことであり、残された霊達は行き場のない地縛霊と化した哀れな女達だけという話。
にも関わらず、私道から少し進んだ先で確認できるこの嫌な気配の正体は言うまでもなく――。
「……馬鹿な! そんなはずはない! 一通りくまなく捜索し、無害な霊達だけなのを確認し、安全を確認した上で相談したんだ! い、一体何故こんな状況になっているんだ!?」
義経からすれば、俺の安全を確保された上で成仏させて欲しいと願ってきたに違いない、それは確かだ。
が、残念ながらあのラブホは、最早蟲毒の壺の中に等しい状態であり、この異様な空気感ですぐさま察せられる。
言ってしまえばだ、最後の一人になるまで互いに互いを喰らい尽くす餓鬼道が出来上がってしまっているのだ。
では問題だ、最後の一人になった悪霊はどうなる? 答えは簡単だ――喰らう魂を求め勢力を拡大させていく。自分の領域を拡げる、或いは災害を引き起こし無差別に多数の魂を取り込むなど、そういった最悪な存在になっていくのだ。
だからこそ、そんな最悪な事態を未然に防ぐために、滅霊会議において事前にどの場所の悪霊を狩るか等の情報共有を行い。
或いは心霊スポットに関して立ち入っては不味いエリアに関しての人払いの結界の状況などの情報を共有し、各都道府県にて管理管轄の手順などを話し合う場が年に一度行われ、優先事項が高い順から処理していくという話し合いが滅霊会議の場なのだ。
そんな中、恐らくこの場所は優先度が低いと判断され現在に至っていたのであろう。
が、状況は一変した――滅霊会議の場が開かれていたならば、この場所は最優先に処理しなければいけない案件。
つまるところ、かなりヤバすぎる場所であるということ! 事態は逼迫し、本来であれば東照寺に応援を頼むのが本来の手順。
しかしあまりにもイレギュラーであり、下手をすればこの地域一帯がすぐにでも呪いの地へと化すであろう。
……いや、そもそも義経が悪霊を喰らった翌日にこのような事案が発生してしまったのだ。
少なからず因果関係があるのではないかと疑われ、最悪な場合、俺と義経は滅霊会議の参加者総出で闇へと帰す可能性が高い。
「
「……
「な、何を言っている!?
「うん。その方が絶対にいい。僕だけならば余裕で対応可能だけど、あの中を生身の人間である鳴海君を行かせるわけにはいかない。護りきれない、そう言っているんだよ。それに――大物を喰らう方が僕の栄養になるからね? 折角さ、極楽浄土に逝かせてあげようと思ったけど、こうなってしまっては僕の腹を満たす栄養にしないとね~?」
なんとも薄気味悪い笑顔を俺の向けるのか。
だが確かに義経の考え方は合理的であるが、あまりにも非情でもある。納得いかないが、今回ばかりは納得するしかない。
であればこそ、俺が出来るのはただ一つ――それは対峙する悪霊がどのような悪霊であっても対応できるように、今のうちに下準備する、ただそれだけだ。
※
蟲毒状態は消え失せ、一つの強大な悪霊がその場に誕生したのだろうか。
甲高い女の叫び声が天を貫くかのような絶叫を挙げ、これだけ離れているというのに憎悪の塊をこの身に感じ、パタパタと木の上で休んでいた小動物達が泡を噴き出し意識を失っている。俺は義経が傍にいるからその影響は少ないが、きっと俺が泊まっていた温泉宿で少しでも霊媒体質がある者は気分が悪くなっているに違いないだろう。
「鳴海君、さぁ! 僕の名を呼ぶがいい! 気高く、畏怖を込め、高らかと僕の名を呼べ! さぁ、さぁ、さぁ! 共に戦場を駆ろうぞ、僕だけの主よ!」
「――殲滅しろ、
その名を呼んだ時、
いや、天女と呼ぶべき美しさなどなく、最早ただの骨と皮だけの醜き存在が、義経に向かって無数の桃の花びらを降り注ぎ、その花びらを全身に浴びながら義経は
天女だった存在はその言葉を嬉々として聞き、そして激しくのたうち回りながら絶命する。
が、これは義経の祈りなのだ。九人の天女達を呪いの言葉で殺し、骨と皮だけだった存在に肉を与え、再び美しき存在へと化すための祈り。
「あぁ……! 義経様! ありがとうございます! ありがとうございます!」
そう言いながら天女達は天界へと還っていく。それを最後まで義経は見送ると、いつの間にか義経の腰に二本の刀が差されていた。そう、天女達からの贈り物だ。その贈り物を受け取るために義経は祈り、天女達もまたそれに応える。
これが九天流転源義経――天を支配せし存在へと何度も何度も生まれ変わり、何度も何度も死に変わり、その流れを支配するのが源義経そのものなのだ。
「……準備は出来たぞ、主よ。さぁ、オレと共に駆けようではないか! 安心しろ、オレが絶対に護る。だから主よ、お前はオレをただ信じろ。行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
義経の言葉を信じ、俺は一切の迷いなくラブホの跡地へ走り出す!
義経には善と悪という区別はないが一つ確かなことがある――この状態の義経はまさに神格化された霊であると。
※
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! おど、おどご、おどごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
なんとも痛々しい悪霊なことか。
どれだけ乱暴され、どれだけぞんざいに扱われ、どれだけ尊厳を踏み躙られたというのか。
ほぼ布一枚だけのその女は、体中に無数に暴行を受け、最早顔だった部分は酷く大きく裂けた口しかなく。いや、違う――髪の毛一本一本に憎悪を込めた眼が俺を睨みつけている――なんとも哀しき存在か。
だから何故義経が俺に成仏を依頼してきたのかすぐに理解した。
故にすぐに行動し、女の苦しみを和らげるために、俺は女の周囲に結界を敷く。
「安心しろ! 精神を落ち着かせる結界――な!?」
馬鹿な!?
「おどごは死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! おど、おど、おどごのせいで、あだ、あだし、あだし達はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
女の髪の毛が無数の触手かのような動きで俺に襲いかかってくる!
「――
義経はそう言うと、護りの刀である今剣が女の熾烈な攻撃を全て斬り刻み、すかさず女の間合いに入るや否や――。
「――吠えろ、
声を押し殺すかのように義経は叫び、女の胴を一閃し、決着は着いたと思ったのだが――。
「きゃはははははははははは! おど、おどこ、おどごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
刹那。
女達がどれだけこの場所で壊されていったのかという記憶が一気に流入してきた。
そのやるせない怒りと行き場のない憎悪がどれだけ長い間、彼女達をこの場で苦しめ、彼女達を壊していったのか。まさにこの場所は地獄そのもの――鬼ですらまだ慈悲があるだろうに!
「――戦場で泣くな! 愚か者が! 同情するな!
「っ!? ……同情するなだと!? ふざけるな!
「――ならば好きにしろ。主よ、やるだけやってみせろ」
すぐに女は再生し、再び俺を殺すためにありとあらゆる方法で殺し続け。
それはさながら、自分達をどのような方法で壊し続けた男達を模倣するかのような攻撃であり。
されど義経は俺をひたすら護り続け、俺はひたすら阿弥陀如来様に力を乞い続け。
感情的なまでにお経を読み続けながら、彼女達の感情を全てこの身に刻まれ続け。
俺は地獄に垂れる一本の蜘蛛の糸であればいい――だからその蜘蛛の一本にしがみついて、今すぐ地獄から抜け出してくれ!
救う! 必ず救う! 彼女達の苦しみを終わらせるのは俺だ! 阿弥陀如来様、俺に力を!
「きゃはははははははははは! こわ、こわれ、こわれろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! あだ、あだし、あだし達は――あだしは……、あだしはなんで……! どうしてこんな目に遭ってしまったの! どうしてこんな場所に留まっているの! どうしてどうして! どうしてあだしなんかの為にお前はそこまで温かいの!?
あぁ……、やっと届いた、か。
感謝致します、阿弥陀如来様……。
あれだけ怒り狂っていた彼女達に安らぎを与えてくれて感謝致します……。
あと少しだけ、あと少しだけ御力をお貸しください……。
「――女。貴様を喰らうてやりたいが、主がそれを許してくれんのでな? 改めてよく見るのだ、女よ。
「あ……、あぁ……! これでようやくこの場所から解放され――いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
突如として、無情にも蜘蛛の糸であった俺の糸はバッサリと切断されたような感覚に陥り。
結果、救えるはずだった彼女達は再び地獄へと落ちていく――深く、ひたすら深く、深淵のその先まで深く。
消耗しきった俺の今の状態では最早救えない、救いたくても救えないのだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 何なのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! ま、また、あ、あだ、あだまが! こ、ころ、ごろじで――」
「――あぁ、すぐに楽にしてやる。すぐに終わらせよう」
「痛みは一瞬だ」と義経は言い放つと、彼女達をいともたやすく無惨に斬り刻み。
そしてすかさず義経は彼女達だったモノを狗のように貪り喰らう様を俺に見せつけ。
それしかもう解決策がないという絶望感に苛まれながら、その場でただひたすら叫ぶしかなかった。
「おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
義経の悲痛な叫びと同時に、義経は何故このような事態に陥ったかを理解したのだろう。
そして再び狗のように貪り喰らう――血の涙を流しながら。
※
「――そういうことか! 誰が一体こんな真似を!?
悪霊と化した彼女の意識を一時的に戻せたというのに、これはあまりにもあんまりではないか!
義経に案内された場所に置かれてあったこの呪具は、狂乱の蛇と呼ばれる最も忌むべき呪具だ。
その呪具の効果は、その場にいる霊同士を強制的に飢餓状態にさせ、蟲毒状態を無理矢理作り出し、霊が多ければ多い場所程恐るべき悪霊を作り出す最悪な効果。
故に、この呪具は全て破棄されたとし、実際に俺も資料で見た程度だけの知識しかないが、それでも実際にその効果を目の当たりにしてしまった。
「……少なくとも、昨夜はなかったはずだよ? ということは僕がこの場を去ってから誰かが仕込んだ、そういうことだよね~? まー、ほら?
「っ!? 義経ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「……ごめん、言い過ぎた。だけどね、鳴海君? 僕だってかなりムカついてるんだよ? まさかさ?
……聞き間違いか?
滅霊会議に参加した者達だと? いや、そんなはずは――。
「――は? 今、なんて言ったんだ?」
「だーかーら! 要するに――」
義経の推測はこうだ。
10年ぶりに滅霊会議に参加した俺に対して、何者かが追手を仕向け。義経自身の力を観測するためにこのような呪具を仕掛けたと考えるのが自然ではないか? と。
だが一体なんのためにそんなことを? そう義経に質問したところ――。
「決まっているじゃない?
義経が腹を抱えながら拍手しているが、状況は最悪すぎるじゃないか! だとしたら誰がなり代わっているというのだ!? っぐ、分からない……。こういう時どういう手を打てばいいんだ、落ち着け、落ち着いて状況を整理して――。
「一人ずつ殺しに行く? ってのは冗談で、今後関わる相手は絞ろう。即ち、鳴海君の元師匠の
俺は大きなため息を吐き、近くに咲いていた名もなき花をそっとホテルの入り口に置き手を合わせてその場を去る。
絶対に許さない――悪霊と化してしまった彼女達の無念は必ず晴らしてみせる! 必ずな!
【専門用語等説明】
◎オリジナル要素◎
九天流転源義経……源義経の戦闘形態。義経の愛刀である二刀、即ち今剣と薄緑降臨の儀。牙狼を知っていれば牙狼っぽい演出のアレ。牙狼剣を押し込めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
ラブホ跡地の女……本編基準で言えば、推定ランクSに近い存在。あまりにも哀しき存在であり、作者自身は救いを与えたかった。けど、ダークギャザリングの世界だから……。
狂乱の蛇……蛇の抜け殻に似た形状の呪物。その効果は、神様が夜宵ちゃんの部屋をぶっ壊した後どうなったかお察しのアレ。そりゃあ現存してたらヤバイよねって感じなので、あってはならない呪物。
◎専門用語◎
今剣(いまのつるぎ)……護りの刀であり、自刃専用。神仏に奉納したらしく、霊的な加護ありあり。
薄緑(うすみどり)……土蜘蛛絶対滅ぼすヤベェ刀。吠えるワン!的なノリで吠えたみたい。何それ、超絶カッコイイ。