――私は誰だ。
長く考えてきたこの問だが、未だに答えが出ない。
私は人間によって作られたポケモンだ、という事だけははっきりしている。
ミュウというポケモンから作られたからといって『ミュウツー』、なんともふざけた名前だと思う。
何のために作られたのか? 私は何をするために生まれてきたのか?
洞窟の奥深く、孤独の中で考えてきたのだが――分からない。
最近少し思うのが、『人間ってなんなんだ』という事である。
私は僅かな人間しか知らない。
生み出した人間、利用しようとした人間。
よくよく考えると、どちらでもない人間の方が多いはずだ。そう決まっている。
人間がどういうものなのかきちんと理解出来ていない以上、私が誰か、というのはわからない気がしてきた。
決して、洞窟で一人いるのがつまらないとかそういうわけではなく。
たまには太陽の日差し浴びたいな、なんて思ったこともなく。
そう、そうだ。私は人間を知る義務がある。そんな気がする。急に。
ならば、お出かけせねばならない。
楽しみなんかじゃないぞ。面倒極まりないからな。
人間はポケモンを捕獲して使役しているらしいからな。
どんなポケモン使っているんだろうか。めちゃくちゃ気になる。
あ、いやいや、けしからんな、我々のような存在を自由にするとは。
うむ、人間はけしからん存在だ。
どうけしからんのか、今日は一日見物することにしよう。
うん、一日だけ。
そうしたらまたここに戻ってくれば良いんだからな。
人間ってどういう事をしているんだろうか。なんだかワクワクしてきた。
あー、いやいや! けしからん事をしているに決まっている!
うむ!
「あーあ、どこかにポケモンいないっかな~」
あれが人間のメスか。
研究所でもいたが、胸が膨らんでいるとメスらしい。
髪も長いし。
よく分からないが、人間のメスはこの二つの特徴を併せ持つ場合がちょくちょくあるようだ。
ふうむ……
髪が長くてサラサラしていて、胸というのもなんだか、柔らかそうだな。
一体どんな感覚なんだろうか?
と、いかん、いかん。
相手は人間、けしからん存在なのだ。
じゃああのメスも、けしからんはずだぞ。
けしからんやつは、けしからん事をするはずだ。
いざとなったら、この私が念力で成敗してやろう。
「折角マサキさんの所に行ったのに、よくわかんないポケモンしかいなかったし……海外じゃシンクロマシン、とかいう研究があるって言うのに、ここは遅れてるわよね~」
知らない単語がどんどん出てくる。
くそう、やっぱり引きこもっていたらダメだなぁ。
あ、いやいや!
多くの情報を知っているのが偉い、というのは浅はか極まりない。
私のように、真に優れた存在は厳選した情報だけで十分なのだ。
「ええっと、この辺はどんなポケモンが出てくるんだっけ」
なんだ、あの四角い物は?
何やら音が流れている。
耳を澄ます。
ん……周囲のポケモンの情報が出力されているのか。
えっ、めちゃくちゃ便利じゃないか。いいなぁ。
あーいや、いや、けしからん、人間はやっぱりけしからん!
そうやって自分の力以外に頼っている人間に、私のようなポケモンが負けるはず無いのだ。多分。きっと。うん。
に、してもすごい。
ポケモンの情報についても、事細かに説明しているようだ。
ちょ、ちょっとだけ使ってみたいぞ。
どうしよう、あれを私に使ってみたとして……
『最強のポケモン。人間すらかなわない、究極の存在である』
なんて言われちゃったら。
ドキドキしてきた。
でも逆に、
『ただのアホ。考えすぎ。弱い』
とか言われたら、一週間は寝込んでしまいそうだ。辛い。
どうするか。やめておこうか。
まず、どうやってあれを手に入れるか、だが……
「あれー? この辺、バリヤードなんかいたっけ? まあいいや、一回町に帰りましょっと」
四角いものを尻にしまい、立ち去ろうとする。
おっ、あれなら……簡単に落とせそうだ!
私はクイッと指を動かし、念力を働かせる。
案の定、四角く赤い何かは飛び跳ねるように尻から飛び出し……草むらに落下した。
うむ、うむ。
落ちた音で気付くかと思ったが、大丈夫だったみたいだな。
とは言え――私があそこまで歩いていくと、絶対に音でバレる。
だが心配はご無用だ。
私ほどの存在になると、瞬間移動……テレポートなぞ、お茶の子さいさいだからだ。
さあ、あの四角いのを手に入れに行くぞ。
意気揚々と私は目的地点に集中し、眼力を込める。
そして一気に、自分がそこに飛び込むイメージを……
「あっ、あったあった! なんで落としちゃったのかしら!」
あ。
走ってきた人間のメスを認識してしまい、揺れている胸を見てしまい。
まさかまさかの、そのタイミングで私はテレポートを発動させてしまったのだった。
「わぁ、わぁ、や、やめろっ!!!」
すごい、すっごいわ、アタシ、ポケモンになっているんだわ!
お、おい、こら、私の体だぞ!?
何言ってるのよ、アタシの体に入ってきたくせに!
そ、それは、そうだが……!
へぇ、ポケモンも人間みたいに思考してるのね。
くそ、なんだってこの私が人間と融合してしまったのか……
良いじゃないのよ、これってすごいことじゃない、もしかしたら世界で初めてかもよ!
ええい、お前はどうしてそんなにこの状況を楽しんでいるんだ!?
えー? だって、アタシポケモン大好きだし、もっとポケモンの事知りたかったし。
い、いや、私もそうだが、こうなるのはもっと慌てるだろう!?
でも、ポケモンって喋らないでしょ? そういうのもいるとは聞くけどさ。じゃあ、何考えているかわからないじゃない!
それはまあ、そうだ。人間、言葉以外で考えていることが多すぎるからな。
あー、なになに、あなた、人間に興味あるくせに、人間嫌いなんだー?
う、うるさい! これは私の事情なんだ、放っておけ!
ポケモンって、もっとこう幼稚だって思ってたけど!
失礼なやつだな、おい。
あなた、名前は? 私、リサ。
私は……一応、ミュウツーという名前だが。
そっかそっか。てっきり、こういう事するのかと思ってたの!
「みゅう、みゅう~! リサって人間とくっついっちゃったみゅう~! おっぱいおっきいみゅう~! な、何をしてるんだ!?」
わ、わ、私にないはずの、体の部位が、あ、あ!?
うふふ、ポケモンになりきって自分の胸触ってみるの、結構面白いわね?
やめないか、お前は人間で、私がポケモンだぞ!?
「くっついっちゃったから、みゅうが人間なのかリサがポケモンなのか、わっかんないみゅう~!」
勝手に口が動き、言いたくもない言葉が出てくる。
あはは、おっもしろーい! 結構あなたの体、すべすべしてて素敵じゃない!
え、そ、そうか?
うん、うん。ミュウツーってポケモンは初めて見たけど……あ、見てはいないか。その前にくっついちゃったし。
細かいことを気にするんだな。
あなたに言われたくないわよ、それ。ポケモンって、全然違うものねー。だから私、ポケモン大好きなんだ!
そ、そうなのか……おい、胸、とか言うのを触るのをやめろって。
え、アタシはもう手を止めてるけど。
んんっ!?
さっきからアナタが動かしてるんだけど。同じ体だし、私と同じ感じ方してるのかなって思ってたわ。
こ、こ、これは、あ、本当だ。止まった。じ、事故だ! ただの偶然だぞ!
んもう、可愛くないんだから!
私が可愛く見えるか?
割と、好きよ私。
え?
うふふ、可愛いんだからぁ!
あ、そ、そうだ。あの四角い物は?
四角……ポケモン図鑑の事?
なに、図鑑なのか?
うん、図鑑よ。色んなポケモンの情報が載っているのよ。
じゃ、じゃあ、私も載っているのか?
どうなんだろう。ミュウツー、って聞いたこと無いし。
見、見せてくれ! 見たい見たい!
はいはい、じゃあ胸から手を離すわよ~?
こ、これは、止めて、そのままおいていただけで!
『ミュウエリ 合体ポケモン』
えっ。
『事故により、ポケモンと人間が合体した存在。奇妙なことに、人格は独立しているとされている』
わー、アタシ、こんな姿なんだ今。
お、おい、おい、新しく登録されたって出たぞ!?
なるほどね、くっついたらそりゃあ、新しいポケモンになっちゃうもんね……
感心している場合じゃないだろ、早く戻るぞ。
戻るって、どうやって?
そりゃあ、私のテレポートで混ざった状態で私だけ脱出すれば良い。
すごいわねぇ、本当にできるの? ミュウツーって初めて聞いたけど、めちゃくちゃすごいじゃない。
ふ、ふふふ、それほどでもない……って、なぜまた、胸を触る?
えー? おっぱいがないけど気に入っていたミュウツーくんに、最後にしっかり楽しませてあげようかな~って。
よ、余計な、お世話、ん、あ、ま、まあ、少し、くらいなら……
あはは、素直でよろしい。アタシもいい体験、出来たわ。
「バリ、バリバリぃ?」
ん、なんだ?
あ、バリヤードじゃん。
なんか……変なポケモンだな。
ポケモンって、みんな変だと思うけど。あ、そうだ。
どうした、唐突に。
いやね、バリヤードもアタシにくっついちゃえば……バリヤードの気持ちもわかっちゃうのかしら?
やめろやめろ、私は人間のことを調べに来たんだ、あんな変に動くポケモンなんて興味はないぞ。
こう、出来ないの? あのバリヤードを、この中に……あれ?
あ、バカ、私の念力を勝手に使うな……!?
あれぇ、なんか変な感じするバリィ?
きゃっ、混ざっちゃったの!?
どうするんだ、三人合体なんて、ますます変になってるぞ!?
オイラ、色んな声がするバリ!
へー、バリヤードもちゃんと人間みたいに考えてるのね。
お、落ち着いている場合か、早くなんとかしないと!
なんか手が柔らかいもの触ってるバリ。何だこれ?
あ、きゃっ!?
お、おい、バ、バリヤード、勝手に体を動かすんじゃない!
よくわかんないバリ。これはオイラの体のはずバリ。
待って待って、おもちゃじゃない、バリよ!?
そうバリ、ん、待て待て!?
でも、オイラの思いどおりに動いているわよ。だったら、オイラの体のはずだろう?
それはそうだけど、アタシたち一緒の体だぞ。もっと落ち着いて遊ぶバリ!
待って、待って頂戴!? もしかして、心が混ざってきているバリ!?
なんだか、体の感覚と一緒に、心がふわふわしてきているわ。気持ちいいバリ!
ちょっと、アタシも、ゾクゾクしちゃうバリ、あ、アタシなのに、違う感じがしてきてるな。
だ、駄目バリ、このまま一緒にいると、私も二人と混ざっちゃうんじゃないの!? 早く、脱出しなきゃ!
脱出って、よくわからないわ。この体、なかなか気に入ったぞ。
えへへ、そうね、よく分からないけど……アタシ、このままでも、いいバリ~!
私は他の精神が入ってくるのを、他の精神に入ってしまっているのを感じながらも必死に念力を固める。
早くしないと、オイラになっちゃうわ!
そうなったら、私は一生、このままバリ……!
違う、違う、私は私だ、ミュウツーだ、ミュウツー!
ドサリ、と着地する感覚。
『リエヤード がったいポケモン』
離れた所から、例のポケモン図鑑の音がする。
『ミュウツーの念力によって合成された存在。念力が無くなったため、分離はほぼ不可能とされている』
おいおい、そんな。
目の前にいるのは、リエとバリヤードが混ざりあった奇妙な存在。
いくらなんでも、そんな事実を突きつけられたら……
「わぁ、一生このままバリィ~♪ うふふ、私、オイラ、心どころか、体まで、シンクロ、シンクロ、嬉しいわぁ~♡」
またもや服の上から胸を触りつつ、くっついた存在……リエヤードは大喜びしている。
焦点があっていない目で、ドタバタと足を動かして大地を踏み。
スカートをはいていて、人間の上着も着ていて、髪も生えていて……
しかしながら、体のあちこちがバリヤードなのだ。
戻してやりたいが、それにはもう一度くっつくしか無いだろう。
だが……なんだか、私の精神もまだ安定していない。
迂闊に接触しようものなら、念力すら使わずにリエヤードと融合してしまい、歪んだ幸福感に同調してしまう気がする。
い、いや、確かに、精神が混ざっていくのは、どこか気持ちは良かったが……
それはそれだ。と、とにかく、私の体が落ち着くまで一旦この場を離れるようにしよう。
「バリバリぃ~、ミュウツーちゃんも、また合体して、アタシ、オイラと、仲良く、一緒になっちゃって、うふふ、楽しくやるバリ~♡」
一つになったら一緒も仲良くもないだろう!
幸い、自分自身に夢中でこちらに来る気配はない。
私は警戒しながら、後ろに下がり……
「わっ、きゃっ!?」
ん、今、背中になにか当たったな?
えっ、なにこれ、何か声が聞こえてくるわよ?
ちょっと待て、もしかして人間か!?
人間って、え、あなた、人間じゃないの? そうだ、ミュウツーだぞ。え、え、え!?
しまった、人間とぶつかって、私、リーナでーす。いや、違う、違う。
ミュウツーって、私、人間、ポケモン。
違う、違う、私はリーナ、違う、人間、じゃなくて、散歩中だったのに、ん、そうだったわね?
全く、人間というのは私と混ざってきて、けしからんぞ、もう私はすっかりミュウツーじゃない!
えっ、私がミュウツーじゃないの? あら、リーナだったかしら。
そうだ、私はリーナだぞ。ミュウツーは、人間よ。
おかしいな、そんなはずは、ミュウリーナ。
あれっ、どっちがどっちだったっけ? ミュウリーナだった気がするな。
そうね、ミュウリーナよね。なんでミュウツー、とか思っていたのかしら。
リーナって気もしていたけれど、私はミュウリーナだぞ。
そうよね、ミュウリーナなんだから、ミュウリーナよね。
あれ、でも、ミュウツーって気がするし、リーナって気もするけど、あっ、あぁあああ……!
ちゃあんとミュウリーナって気持ちにまとまっていっている、気がして、なんだか、気持ち、いい……!
人間、ポケモン、ポケモン人間、同じ、同じ、だって同じだもの、私、私、ミュウリーナ、だものね♡
当然よ、私はミュウリーナなんだから。ミュウリーナがミュウリーナで、何がおかしいんだろう?
うん、うん、私はミュウリーナ、ポケモン人間よ!
『ミュウリーナ がったいポケモン』
ポケモン図鑑の声が聞こえてくる。
『偶然により精神も完全に重なった存在。元から自分がミュウリーナだったと、誤認している』
「あらあら、誤認だなんて。私はもとからミュウリーナなのに!」
ポケモン図鑑にも、間違いはあるんだな。
「あはは、おもしろいバリィ! オイラと違って、なんだかきれいになっちゃったのね!」
リエヤードがパントマイムのような動き方をしながら、私を見てくる。
「んもう、失礼しちゃうわ! ところで、私は洞窟の奥に帰るんだけど……リエヤードはどうするのかしら?」
そもそも、私って何をしにここまで来たんだっけ。
えーっと、まあいいか。思い出せないなら大した問題じゃないでしょ。
「じゃあ、せっかくだし、アタシ、ミュウリーナについていくバリ~!」
「うふふ、仕方ないわねぇ。何かの縁だし、来てもいいぞ」
なんだか、心がウキウキしている。
さっきまですごく困惑していたような、驚いていたような、そんな気もしていたのに。
なんというか……同じになる、重なるような感覚がとても心地よく、思い起こされる。
でも、何が重なったんだろう。
私って、ミュウリーナなのに。
「バリバリぃ、ミュウリーナ、可愛いバリ~!」
「うふふ、ありがとう! リエヤードは……そんな変な動き、しないほうが可愛いぞ?」
ま、いっか。
帰りましょ。
おしまい