『これより本戦2回戦、第2試合が始まります!
改めまして6VS6のフルバトルが始まる本日より実況の私、こだわりマイク_ニシの心強い味方として四天王のお歴々が解説を行ってくれています!
第1試合に続きキクコ殿に解説を行っていただきます!』
本戦のメインスタジアム中央に設置された実況席で、隣のニシから名を呼ばれた
その直後、両コーナーの入口から現れる2人のトレーナーを視認し、歓声をあげる観客達。デュフォーとサトシ――ベスト8まで生き残ったただ2人のルーキーを皆が暖かく出迎えていた。
実況席からの視線に気付き、デュフォーはキクコと視線を交わす。
が、両者ともほんの一瞥しただけでどちらともなく譲り合うように視線を外し何事もなかったかのように振る舞う。
『緑コーナーからはサトシ選手。弱冠10歳にして初出場の本大会でベスト8まで進出! 将来が期待される新人トレーナーです!
赤コーナーからはデュフォー選手。今大会エントリー時は28000位台でしたが、無敗の連勝記録を重ね大会期間中に2万人以上をごぼう抜きして6991位の大躍進!
前途有望な2人の少年ですが、準決勝に進めるのは1人だけです!』
審判に促され、両者共に先鋒のポケモンを選出する。
「……ゼオン」
「リザードン、君に決めた!」
モンスターボールから現れるゼオンを認識した会場の熱量と声援が更に高まる。今大会で最も注目されているポケモンが登場したのだから無理もない。
同時に現れたリザードンは、四方から聞こえる歓声を気に食わない様子で聞き流しながらも真正面の仇敵を視界に捉えて離さない。
『首洗って待ってやがったか、
『約束だからな、外してやるよ』
ゼオンが指をパチンと鳴らすと、リザードンの腹部から雷の結晶がスルリと抜けそのまま地面へ落ちて砕け散る。
かつて自身に苦痛を与えた"らいけっしょう"の消えゆく残滓を忌々しい表情で見届け、リザードンは天に向かって咆哮をあげる。
「いよいよ始まるな……」
本戦における観客席の最前列は、選手が招待した来賓が優先的に座ることができる。
サトシの招待枠で呼ばれたタケシ、カスミ、ハナコ、そして白衣姿の中年男性が並んで試合の開始を見守っている。
「なんか2人ともいつもと雰囲気が違うんじゃない?」
「デュフォー君は初めて見るのでなんとも言えんが、サトシの方は明らかにいつもより気負っておるのう。もしかして2人は張り合ってるライバル同士なのかな?」
「サトシに誘われて一度家に遊びに来たことがありますけど、デュフォー君との仲は良さそうでしたし、しっかりした子でしたよ。
オーキド博士もポケモン図鑑の調査をデュフォー君に頼んでみてはどうでしょうか」
ハナコに名を呼ばれオーキドはふむ、と肯定とも否定ともとれない相槌を打ちながらデュフォーを注視する。
オーキドはかつてトレーナーだった頃に長年積んだ経験から、一目でトレーナーの力量、度量、ポケモンに対する愛情や好意をある程度把握することができる。
その眼力もってしてもデュフォーはまだ
「試合開始!」
「リザードン、"かえんほうしゃ"!」
審判の合図と同時にサトシは迅速な指示を試みる。
ゼオンの速度は圧倒的な上、デュフォーの指示を介さずに己の判断でタイムラグ無しに動いてくる。少しでも出遅れれば畳み掛けられることは明らかだ。
『
しかしやはりというべきか、リザードンはサトシの指示を一蹴して正面へと突進する。が、既にゼオンの姿はそこにいない。
『消えやがった……?』
『後ろだ』
声の聞こえた背後へと旋回し、ゼオンに向かって片翼を思い切りぶつけようとするがすぐにまた標的を見失い、攻撃は無様に空を切る。
再び周囲を見渡すと、最初からずっとそこいたかのように試合開始時の位置にゼオンが戻っていた。
『チイッ! ちょこまかと……』
業を煮やしたリザードンが折れるかのように、最初にサトシが指示した"かえんほうしゃ"を咥内から解き放つ。
今大会で何匹ものポケモンを戦闘不能に追い込んだ炎熱を白銀のマントで軽くあしらいながら、ゼオンは高速移動で翻弄しながらも少しずつ距離を詰めていく。
『お前の実力はサトシの手持ちの中ではNo1だが、ただそれだけだ。オレからすれば全体的に実力不足で話にならない。
フィジカルもスピードも戦闘技術も低次元。それよりも精神が未熟ゆえに、生命エネルギーと精神のコントロールが致命的に出来ていない』
「ねーママ、あのリザードンさっきから何も無いとこ攻撃してるよ」
「だめ、ポケモンさんも真剣に戦ってるんだからそんなこと言わないの!」
共通言語で淡々とゼオンから己の欠点を指摘され続け、その上客席から己に対する憐憫の声と思わしきものが聞こえてきた。
自然とリザードンの苛立ちと怒りは頂点に達し、彼の頭の中からこれが公式戦のポケモンバトルだということが完全に抜ける。サトシが何かを叫んでいるが、その声はもう届いていない。
眼の前まで迫るゼオンへ明確な敵意を持って炎を浴びせ続けるが、火傷どころか水膨れさえも与えられない。否が応でも見せつけられる、絶望的な実力差。
『サトシに頼んで強敵との練習試合を組むなり、デュフォーの協力を仰げば指導を得られる機会もあっただろうに。この2週間、お前は一体何をやっていた?』
ダメ押しにゼオンの全身から敵意を孕んだ生命エネルギーが放たれ、リザードンに浴びせられる。
『く……ウオオオオ!!』
『"でんげきは"』
2週間前に受けた時よりも強力な力の波動に怯み、あの時以上の彼我差を突きつけられプライドはズタズタに引き裂かれる。
それでも戦意に身を任せ、拳を振り下ろそうとするが無情な圧倒的強度の電撃を受け、リザードンはその場で仰向けに崩れ落ちる。
『実力差を理解しながらも逃げなかった度胸は称賛してやる。その滾る精神力を
リザードンが意識を失う直前に置き土産を言い放ち、ゼオンは試合開始時の位置へと静かに戻る。
「リザードン、戦闘不能!」
一撃での劇的な決着に観客は大いに沸き立つが、サトシに近しい一部の人間は重い表情で見守っている。
サトシのエース格であるリザードンが手も足も出ない、その事実は既にサトシが
「さあ、次を出してこいサトシ」
「う……あ……!」
今のサトシは相手トレーナーの強さ、力量を正確に把握できる程の経験は積んでいない。
それでもこれまで友として、仲間として接していたデュフォーとゼオンから初めて受ける、敵としての静かなプレッシャーにサトシは完全に飲まれていた。
◆◆◆◆◆
『圧倒的だゼオン・ベル! 怒涛ゼオン・ベル!
試合開始から10分が経過したところで既にリザードン、ゼニガメ、フシギダネ、キングラーの4匹を完封し、5匹目のピジョンも全く寄せ付けていません!』
激しい空中戦の末、フィールド中央でゼオンはピジョンを捉え地べたに組み敷いていた。
うつ伏せで身動きが取れない態勢での制圧、誰が見ても事実上の決着状態といえる。
『お前はトレーナーバトル形式だと気が乗らないみたいだな。何でもありの戦いでサトシが危険な時でないと本気で戦えないか』
『……それが私の気性だ。笑うか?』
『笑いはしない。お前のような奴は仲間にいると頼もしい』
言葉を交わし満足したようなピジョンの延髄にゼオンの"かわらわり"が落ちる。気絶したピジョンを開放し、ゼオンはここに来て初めてサトシのピカチュウを視界に捉える。
『次だ。いよいよだな』
『ゼオン・ベル、これで5匹抜き! サトシ選手もう後がありません!』
「もどれピジョン! ……ピカチュウ、頼む」
ゼオンが遥か格上であることは疑いようも無い。万が一ゼオンに勝てたとしても、デュフォーには無傷の控えが5体残っている。その全てを打ち破れる奇跡など起きるはずもない。
負けるとわかっていて相棒を送り出すなどサトシにとってこれ以上の悔しさと屈辱は無い。
サトシの傍らでこれまでの戦いを見届けていたピカチュウもそれをわかっているからこそ、緊張を押し殺して勇ましくサトシに応える。
「ピカ!」
ゼオンとピカチュウの対峙はこれで2度目。初対決時のピカチュウは手も足も出なかったが、この3週間でサトシとの特訓を積んでいる。
前回とは違うところを見せるべく、試合開始と同時に身をかがめ四足に力を込め全力で地を蹴る。
サトシの指示を受けてからでは間に合わないと判断し、ピカチュウは独断で"こうそくいどう"を発動したのだが――
『その程度の速さではわざと遅れを取ることもできん』
成長、対策、工夫、その全てをあざ笑うかの様な速度で距離を詰められる。
ピカチュウのとくせいが電撃技を無力化する"ひらいしん"だと把握しているゼオンは"マッハパンチ"を繰り出す。
「ピー!」
『待っててやる、さっさと立て』
打撃を的確に腹部へ食らい、一撃でダウンを喫するピカチュウをゼオンは無表情で手招きする。
この時点で違和感に気づいたのは、会場内ではオーキド博士のみである。
(今までの5戦は2分ほど様子見に徹した後に一撃で勝負をつけていたのに、今回はいきなりゼオン・ベル側から攻撃を仕掛けておるのう。
しかもピカチュウにだけは、明らかにすぐ倒さず手加減しておる)
もう勝ち負けは見えている。ならば目的は単なる勝利では無く、別の何かではないか。
オーキドの疑念をよそに、熱狂していたスタジアムは次第に困惑と恐怖に包まれていく。
全ての攻撃を完璧に防ぎきり、決してトドメは刺さずなぶり殺しにするゼオンと、何度も立ち上がり向かっていくピカチュウ。
圧倒的な実力差と諦めない姿というものは興行における定番の人気要素だ。しかしそれは限度の範囲を守ればの話である。
数分前に観客達から送られていたピカチュウへの声援は、やがて悲嘆めいたものへと変貌する。
「もう十分やったよ、降参しろ少年!」
「ピカチュウがかわいそう! もう無駄だよこれ以上は!」
「ただの公開処刑じゃないか。審判止めろよ!」
勝負にすらなってない試合内容に客達は引きはじめている。ニシがスピーカー越しに観客のマナーに対して釘を刺すが、あまり効果は見られない。
(オレだって辛いけど、ピカチュウが戦おうとしてるのに降参なんて出来ないよ!)
サトシや審判が止めようとする度にピカチュウがゼオンへ向かっていくため、無下に中断もできない。
何より「オレ達の意思を無視して戦いを止めることは許さない」という無言の圧力がゼオンから向けられていた。
会場の空気が更に険悪になりヤジが飛び交い始めたその時――
『その辺にしときな!』
沈黙を貫いていたキクコから気迫が宿る怒声が放たれる。客席はすぐにハッと静まり返り、ゼオンとピカチュウは思わず戦いを止める。
『勝負の内容と
アタシに言われてもまだそんな浅い戦いにしか見えないなら、席を外しときな。ここに残る以上はこのアタシの顔を立てて黙って見届けてもらうよ』
それに追従するかのように、カスミ,タケシが空気を変えるように声援を送る。
「そうよ! ピカチュウが諦めてないのに勝手に無駄とか決めないで!」
「気の済むまで戦えピカチュウ! でも無理だけはするなよ!」
それが決定打となり、興奮していたギャラリー達は我に返る。若干のぎこちなさとしこりを残しながらも、健闘を称える拍手を送り、再び真っ当な声援を送り始めた。
『私一人ではどうにもならなかった状況を一喝して収めてくれました。さすが四天王キクコ殿!』
『解説らしい解説をしてなかったからね。しかし老人に大声出させるんじゃないよ。
これじゃまるで、スーパーで見かける面倒なクレーマーばあさんみたいじゃないか』
声色をかえておどけてみせるキクコに対し、会場からクスクスと笑い声が聞こえたことで剣呑だった空気もほぼほぼ元に戻りかけていた。
ニシはひとまず事態が収拾し胸を撫で下ろしながらも、内心で一人驚嘆する。
キクコの介入が速すぎれば、態度が高圧的過ぎれば、過剰な観客批判と見なされ運営への不信が募ったかもしれない。
逆に遅ければ、態度が柔らか過ぎれば、収集が付かなかったかもしれない。
適切なタイミング、程度だったからこそ効果的に機能したのだ。
(この状況が事前に予期されていたとは一体誰が信じられるだろうか。化け物なのかキクコ殿……そして
◆◆◆◆◆
サトシの試合が始まる約30分前、第一試合を終え控室で待機していたキクコ、ニシは突如来訪したデュフォーを迎えていた。
キクコはデュフォーを推薦した身ではあるが、実際に会うのは今回が初めて。顔を突き合わせたことで、両者は互いの力量を察する。
(このばあさん、今まで見たトレーナーの中では一番の使い手だな。互いに全力で戦りあった場合の勝率もわからない)
(ほぉー……直で見ると想像してたより二周りは強いね。しかし眼の奥底に暗い何かが宿っている。若いのに苦労してんのかね)
心に抱いたものをおくびにも出さず、キクコは本題へと移る。
「用件はなんだい。アタシゃ年寄りの割に長話は苦手でね。前置きはいいから手短に頼むよ」
壁を作るようなキクコの態度を気に留めることもなく、デュフォーはそれに応える。
「次のサトシとの試合、オレが確実に勝つ。それも圧勝でだ」
ニシはキクコと顔を見合わせ、そしてデュフォーとの間に割って入る。
彼が用のあるのは運営側のキクコだけで、雇われ実況である自分は気にも留められていないことは承知していたが、それでも口を挟まずにはいられなかった。
「デュフォー選手の才能が非凡なのは理解しているけど、ポケモンバトルに絶対は無いと思うよ」
「……続けてみな」
キクコに促され、デュフォーは彼女と見解が一致していることを理解しニシに構うこと無く言葉を続ける。
「その上でただ勝つだけのバトルをするつもりはない。サトシを成長させるための荒療治をするつもりだ」
そんなことをわざわざ宣言して一体何の意味があるというのか。わけがわからずニシが戸惑う横で、キクコは経験を頼りにその意図に到達する。
「興行の懸念かい?」
「ああ、オレを推薦してくれたあんたら運営側の顔を、出来ることなら潰したくはないからな」
「……!」
そのやりとりでニシもようやく理解が追いついた。
もしデュフォーとサトシに圧倒的な力の開きがあり、あまつさえデュフォーが勝利度外視の戦いをしたのなら。
熱いフルバトルを期待している観客達が失望することは十二分に想像できる。その事態に陥った時の対応策を彼は話し合おうとしているのだ。
ニシはそこで口をつぐみ2人のやりとりを静観する。理解度に周回遅れの差がある以上、横槍を入れても会話の妨害になるだけだ。
「じゃあ、あんたが合図したらアタシが観客をたしなめるってことでいいね」
「ああ、オレの個人的な目的に大会を利用することになるが、協力を頼む」
キクコは誰もが認める熟練のトレーナーだからわかる。しかし新人でありながら同じ視点でモノが視えているこの少年は一体何者なのか。
この先、経験を積んだら一体どれほどのトレーナーになるのだろう。
無関係のはずなのに、打ち合わせを済ませる2人を見守るニシは心の中の不安を拭いきれなかった。
「年取ると若いモンに頼られるのも悪い気はしないのさ。でも貸し一つだよ」
と言い残して席を立つキクコとそれに続くニシを送り出し、デュフォーは心置きなくサトシとの決戦に臨めることになるな、と一息つくのだった。