一旦なるべくフルネームで呼ばないようにします。
あとサトシピカチュウは特性せいでんきですが、当小説ではひらいしんも持ってる設定です。
カントー地方の公式戦実況を任され、はや10年。
ニシは幾千のトレーナー、試合を見届けてきた。
四天王シバの様にひたすた強さを求める猛者。
在りし日の四天王カンナの様に新人時代から頭角を表す逸材。
予選でサトシと戦ったコームの様に、実力は一流未満ながらも観客を楽しませる生粋のエンターテイナー。
タイプは違えど記憶に残る輝かしいトレーナーは度々見かけた。
だが、それらにすら当てはまらない
トレーナー歴3週間の新人でありながら、優勝を明確に目指し圧倒的な力で勝ち進む。
それだけでなく対戦相手の育成も同時に試み、運営側への配慮と折衝も欠かさない。
予知できぬ彼の次なる一挙手一投足を食い入るように見つめるニシ。
その視線の先で、デュフォーはこの試合で初めて動きを見せる。
「辛いかサトシ」
名を呼ばれハッとサトシはデュフォーの顔を覗き込む。
仲間であるデュフォーとの勝負、
人生初のフルバトル、
決勝トーナメントの晴れ舞台、
絶好の条件でお膳立てされ最初は今日の試合が楽しみで仕方なかった。
蓋を開けてみれば、自分の無力さを突きつけられる一方的な試合運び。
デュフォーからの指導といった指導も出てこない。
挙げ句観客から失望されキクコに助けられる始末。
辛くないわけがない。サトシの悲痛な表情がそのまま答えとなっていた。
「サトシがポケモンマスターを、『王』を目指すならこんな苦しみは生易しい方だと思え。
創作の世界では才能や努力でどうにかなったりするが、現実世界で頂点を目指すには才能も努力も兼ね備えて当たり前。
未熟なうちはバトルで負けて悔しいのは序の口。
勝てなければ生活苦になり、家族にも迷惑をかけ、ポケモンを養うことも困難だ。
成長して注目されればスカウトやメディアから嫌でも他者と比較され、期待通りの結果を出せなければポケモン共々心無い評価を受けることもあるだろう。
そして勝つことは相手の夢を摘むこと。人生を賭けて挑む相手をこの手で下すこともある。
寝ずに死ぬ気で努力しても、自分以上の才能に無慈悲に踏み潰される」
淡々とデュフォーの口から語られる、苦しみ、理不尽、悲しみ。
頂きを目指すものが立ち向かうべきものを突きつけられ、サトシはやるせなさそうに笑う。
「そうまでして戦うなんて、なんかおかしいね」
「オレもそう思う」
即答するデュフォーは周囲の客席を軽く見て回る。
目が一瞬合った、それだけで観客達は内面を見透かされた気がして鼓動を高鳴らせる。
「今ここにオレ達を応援する人、ポケモンマスターを目指すものを愛する人は大勢いる。
だが実際に目指す側はごく僅かだろう?
ポケモンにかかわらず、格闘技に、スポーツに、ビジネスにしかり。
あえて言う。『王』を本気で目指す者は異常者なんだ」
サトシのためなのか、珍しく饒舌になるデュフォーの言葉を皆が真剣に聞き入る。
否定はできんね、とキクコが自嘲気味に呟く。遠回しな賛同だった。
「オレがポケモンマスターを目指しているのはその先に目的があるためだ。
サトシはなぜ目指す?」
「ポケモンが……ポケモンバトルが好きだから」
デュフォーと会った時から――いや、初めてトレーナーになった日から変わらぬ気持ち。
それを値踏みするかのようにデュフォーの言葉は止まらない。
「いいのか? さっき言ったように修羅の道だ。
結果が出せなければ厳しいトレーニングも、時間も無駄になる。
成功しても時には親友を失うぞ。それでも進むのか」
サトシから返事は無く、デュフォー側もそれは求めていない。
即答できる問いでもなければ、その場しのぎの安易な回答に大した価値などないからだ。
ゼオンもそれを悠長に待つこと無く再び力を開放し、会場の注目を己に集める。
『オレ達もそろそろ戦いを再開しよう。
ピカチュウ、前にも言ったがお前には潜在的な力が眠っている。
それを今開放してみせろ』
人にはわからぬポケモンの共通言語でゼオンは語りかける。
だがピカチュウも構えるだけで、身動きも取れなければ返答もできない。
力を開放しろと言われて出来れば苦労はしないからだ。
ゼオンもそれをわかっているから、
『できなければ、ここでお前に深刻な後遺症を与えて二度と戦えんようにする。
サトシもトレーナーとしては再起不能だろうな』
『ど、どうしてそんな事を……』
ピカチュウは言っていることが理解できずに聞き返すが、ゼオンの表情は変わらない。
終始敵意のような圧力が放たれ、それがただの脅しか本当なのかが読み取れない。
『お前たちがロケット団に狙われ続けている事は知っている。
今は相手がムサシやコジロウ程度の甘い雑魚だから助かっているだけだ。
このままでは、強く邪悪で冷酷な敵と戦った時に命を落とすだろう』
ゼオンは前方へ駆け、ピカチュウに牽制用の弱いでんきショックを浴びせる。
ひるんだピカチュウを左腕で地へ伏せ身動きできぬよう制圧する。
指摘をより効果的に伝えるため、ピカチュウに自分の無力さを思い知らしめる目的だ。
『その時に自分の実力不足が悪かった、で話は済まされない。
お前が死んだ場合は戦わせたサトシの責任だ。
逆にサトシが死んだ場合は相手のポケモンに勝てなかったお前のせいだ』
後方からサトシに脱出するよう叫ばれ、もがくピカチュウの表情が凍る。
ゼオンが言わんとしていることは実際の責任所在の話ではない。
精神的な意味だとわかるからこそ、ピカチュウも最悪の事態を想定してしまう。
『その時に後悔しても遅い。
ならばいっそ、今オレの手で戦いの連鎖から開放してやると言っている。
1分だけ待ってやるからその間に覚悟を決めろ』
ゼオンの右手に生命エネルギーが集中する。
そこに殺意も悪意も無かったが、サトシとピカチュウは直感的に嫌なものを感じ取る。
あれを食らってはイケナイ。
「ピカチュウ、逃げろ! どうしてもダメなら降参――」
「サトシ、お前達がオレ達とまともに戦りあえるようになるまで20年は必要だろうな。
だがお前とピカチュウ、どちらかが覚醒出来れば話は別だ。
ゼオンとピカチュウに任せてみろ」
デュフォーに制され、サトシは言葉を飲み込む。
サトシが一言でも続きを叫べば、機を伺っている審判がすぐにでも試合を止めるはずだ。
しかしそのデュフォーとゼオンの思惑を無視する選択肢も、果たして本当に正着手なのかと直感が語り、サトシは何も言えずに見守るしか無かった。
ゼオンはただ、サトシ達が変わるそのきっかけを今与えようというのだろう。
『イヤだ……』
追い詰められピカチュウから絞り出されたのは心からの願い。ゼオンが聞きたかったものだ。
『何がどう嫌なんだ?』
『ボクが弱くてサトシが死ぬのも、ボクが死ぬのもイヤだ!』
『ならばどうする?』
初めて自分が限界を超えた力を発揮した時のことを思い出す。
サトシと出会いその日にオニスズメの大群を撃退した。
その時己にあったものは強い負の感情と強さへの渇望。
今と同じだ、そう思った時――自分の中で何かがカチリと噛み合った。
『ボクがサトシを守る!』
ピカチュウの咆哮。
数万に及ぶ会場の人間は、空間そのものが変容した感覚に襲われる。
その直後、電光とは異なる眩い金色の光がその小さな身体から上空へと放たれた。
両トレーナー,審判,観客,皆が平等に閃光から目を逸らす。
そしてその影響を最も受けたのが、密着状態にいたゼオンだった。
彼が如何に強者であろうと、強力な光の前に視界は覆われてしまう。
「チッ!」
視力が奪われたことで密着状態へ危機感を覚え、ピカチュウの拘束を解き距離を取る。
身体に自由が戻りゼオンの眼は塞がったまま。
この試合、最高にして唯一の勝機を感じ取りピカチュウは満身創痍の身体に鞭打つ。
「ピカー!("こうそくいどう")」
サトシの指示を待つこと無く、体を起こし再度フィールドを駆ける。
だがすぐにはゼオンへ突撃せず、周囲を旋回しながら機を伺う。
(視力を奪われてもなお、ゼオンはボクの動きを感知できるはず。
チャンスはたった一度だから焦っちゃだめだ)
(ピカチュウの生命エネルギー、身体能力が跳ね上がった。
"こうそくいどう"はオレの
エネルギー反応である程度位置はわかるがな……)
数秒の高速移動の末、完全にゼオンの背後を取る。
それが
ピカチュウはその状態で頬袋へ溜めに溜め込んだ電撃を開放する。
『"10まんボルト"!』
ゼオンがまだ修得していないでんきタイプの上級特殊技。
ピカチュウの潜在能力解放により、その威力と範囲はゼオンに対抗できるレベルとなる。
『化け始めたか……"でんげきは"!』
振り返りざま放った巨大な紫と黄金の電撃が激突する。数秒ほど技同士が鍔迫り合いした末、紫が金を飲み込んだ。
ゼオンはピカチュウの覚醒に頬を緩ませ、視力の回復を確認し瞼を開ける。
『悪くない威力だったぞ。これがお前に眠っていた――』
紫電で捉えたという確実な感触。それは幾多の戦闘経験から培ったもの。
その自負を裏切るかのように、視界の先に倒れたピカチュウの姿は無い。
(いない? 巨大なわざの激突でエネルギー反応の検知は確かにできなかった。
だが、オレの"でんげきは"をあのタイミングで回避できるはずが……)
技のエネルギー残滓が完全に消滅したことで、ゼオンは再び気配を察知する。
ゼオンの頭上、10M程の高さにその小さな黄色の姿があった。
「ピー……!」
退路の無い上空より、ピカチュウが不退転の決意で吠える。
ピカチュウは己の力が到底ゼオンに通用しないとわかっていた。
撃ち合いで負ける事を見越して、電撃を放ちながら空中へあらかじめ跳躍していたのだ。
(更にエネルギーが上がった! まさか10まんボルトすら囮で、本命は次……)
蓄えていた電撃エネルギーは次で空になる。
両脚からは筋繊維の悲鳴が聞こえる。
限界を迎えた最後の一撃、それでもゼオンに届くかどうかわからない。
ならば――新しい技を
フィールド全体を、いや会場全体を覆い尽くすつもりで全ての力を解き放つ。
『"100まんボルト"ッ!」
(その目、その声、秘められた底力――やはりお前は似ている。
最後まで温存するつもりだったゼオンの切り札。
「"ほうでん"!」
紫色と金色が再び、先程以上の規模で交わる。決着は直後だった。
◆◆◆◆◆
アマネは大きなツリ目が特徴的な少女であった。
彼女は己を宿の自室へと迎え入れたデュフォーへ、微笑し一礼する。
小一時間前に試合で打ち負かされた相手だというのに、そこに負の感情は見られない。
「デュフォー選手、決勝戦進出おめでとうございます。ゼオン・ベルも30匹抜き、お見事でした。特殊火力と速度重視だと思っていましたが、まさか素の耐久力まで一級品だとは。
君を見誤っていた私の完敗ですね」
ヤドンの形に焼かれた手土産の焼き菓子セットを置きながら、アマネは饒舌に喋る。
椅子の上から少女を見上げるゼオンは、あまり歓迎していない様子だ。
「試合前にやたらデュフォーへ言いたい放題、舌戦を仕掛けた女には見えんな」
「あれは勝つためにやるものです。勝負がついた以上は恨みっこなしのノーサイドですし、もう必要ありませんよ。
それにゼオン・ベルは盤外戦術でどうこう出来る相手ではないでしょう」
腕を横に組みながら、アマネはあけすけな様子でため息を付く。
勝負が終わるまでは色々あったが、悪意の無い相手だとわかったゼオンは態度を緩和させる。
「ゼオンでいい。それにお前は相当の使い手だと思うぞ。
2,3発とはいえオレに攻撃を当てるだけでも大したものだ。
マントを完全に破壊された時はヒヤリとしたしな」
アマネが取った戦術は、先発2体で起点作りをして残りを主力とするものだった。
"どくびし"や"おいかぜ"でゼオンの機動力と防御を削ってから攻め立てる作戦自体は、なかなかどうしてゼオンに対して有効に働いていた。
「明日の決勝で当たるユウジ選手は私より格上で、エースのカイリューは本当に強いです。しかし私の様に各ポケモンの役割を分担しているわけではなく、対面性能特化のパーティですね。
今まで通りゼオンを軸とするなら、相性は私より良いと思いますよ」
「アマネは明日の決勝、オレ達に勝って欲しいようだな」
「ええ勿論。あなたよりユウジ選手の方がまだ勝ち目がありますからね」
デュフォーの言葉にアマネは即答する。
地方大会は現在のレーティングルール上、一度優勝した者が再挑戦するメリットがほぼ無い。
無論デュフォーも今回優勝したなら、カントー大会への挑戦は卒業するつもりである。
次回を考えれば、アマネにとっては強敵のデュフォーには是非とも勝ち抜けしてもらいたい。
「といっても、セセリ選手他を含め強力なライバルはまだまだ多いですがね。
それにサトシ選手のピカチュウも……ゼオンとの戦いで見せたあの力を意図的に出せるとしたら、なかなかどうして手強いです」
ゼオンの脳裏に蘇る、昨日のサトシとの勝負。
最後の一撃を出し切った後、ピカチュウは昏倒しそのままデュフォーの勝利となったが、電撃の対決自体はピカチュウに軍配が上がっていた。
ゼオンにダメージこそ与えられなかったものの、これまで鉄壁を貫いたマントを一部破壊したその威力は会場の誰もが認めている。
「あれは中々強烈だった。サトシの悔しそうな顔も忘れられない。
サトシやアマネとあそこまでの勝負をしてここまで来た以上、明日は負けられんな」
感慨深い表情で呟くゼオンを見るアマネの表情から、微笑みが消える。
「だからこそ……
あなた達にも何か思惑があるなら止めませんけどね」
「気づいていたのか」
「なんとなくでしたが今の反応で確信に変わりました。
解説していた四天王も察していると思いますよ。
最終的に勝つなら構いませんが……決勝戦、楽しみにしています」
挨拶を済ませ部屋を後にするアマネ。その後姿にゼオンは「食えない女だ」と呟く。
今のはお前が悪い、とデュフォーは思ったがこれまでの、そして明日の激闘を労う様に無言でアマネの手土産を開け、2人分の紅茶を用意するのだった。
次回でカントー地方の大会終了予定です
今まで改行は全く意識してなかったのですが、少し読みやすいように工夫してみました。