念のため
「来いよ」とだけ呟き、
空中戦を仕掛けられたカイリューは、距離を取りつつ同じ高さまで舞い上がる。
元々空での戦いは得意であり、望むところでもある。
そして何より、
(あの
一転してこの者は静かだが、妙な雰囲気と圧力がある。
まるで己の実力と戦意を
それだけではない。カイリューは経験則と直感から、ある一つの推測を立てる。
このドンカラスは、殺しの
「カイリュー、"りゅうのいかり"だ!」
やることは変わらない。相手が誰であろうといつも通りをねじ伏せるだけ。
体内のドラゴンエネルギーを変換し、咥内に凝縮させる。
倒れるか、耐えるか、はたまた回避を成功させるか。この一手で相手の実力を計測できる。
その瞬間を待ちわびる観客達の緊張が極限まで達したその時――
「ゴオオ!」
カイリューの口から高速の怪光線が発射される。
凡庸なポケモンなら反応すらできず戦闘不能となる一撃。
射出の瞬間、ほんのコンマ1秒。
カイリューは不敵に微笑む
『どいつもこいつも強者の初手ってのは大抵似てやがるな』
だがその時には姿が消失する。
距離を置いていた相手を見失うという事態に戸惑うカイリューの右目に、突如痺れるような痛みが走る。
(なっ……攻撃されたのか? あの距離から!?)
「後ろだ!」
ユウジの指示が届くと同時に、今度は背後の両翼に突き刺すような痛みが。
戸惑いながら振り返ると、目と鼻の先で
この試合中にカイリューが両の眼で捉えた最後の光景だった。
反射的に殴りつけるが、その攻撃は空を切り、塞がりかけた右目にダメ押しの痛みが走る。
気付いた時には
時間にして2秒程度の攻防。
沈黙していた客席からワンテンポ遅れて驚愕が入り混じった歓声が上がる。
「今何が起きたんだ!? あのドンカラス強すぎないか!?」
「ゼオン・ベルじゃなくても強けりゃなんでもいいや! やっちまえー!」
『なんと先制を決めたのはドンカラスの方です!
りゅうのいかりが発射された刹那、クロスカウンターで際どく特攻しすれ違いざまに殴りつけました!
更に背後から一方的に攻撃を仕掛け、ヒットアンドアウェイで回避もこなした!
しかし傷は浅かったようで、大してカイリューは効いていないようです!』
『確かにダメージは然程無いですが、十分すぎる効果は出てますね』
シバが指差す先、普段は穏やかな顔立ちのカイリューが憮然とした表情を浮かべていた。
その右目は翼による二度の強打で腫れ上がり、完全に塞がっている。
カイリュー、ユウジ共に敵の術中にハマったこと、そして己の誤算を痛感する。
(やられた。狙われていたのは私の眼!
これでは距離感が狂って中距離戦に支障が出る……)
(相手の視界を奪うのは基本戦術だが、ここまで徹底した眼球攻撃は初めて見る。
デュフォー選手はいったいどんな仕込み方をしたんだ?
それにこの近接戦闘技術は異常なレベルだ。これ程の強さがあるのに、どうしてここまでゼオン・ベルだけに頼っていた?)
脳内でいくつもの考察を繰り広げるユウジ達に反して、バトルフィールドは静のままだ。
デュフォー、
そしてユウジもまた選択を迫られ動けずにいた。カイリューといえど、力を温存して楽に勝てるほど生易しい敵ではない。
しかしここで余力を使い切れば優勝は厳しい。迷った末、ユウジは信頼する相棒へ判断を託す。
「カイリュー、お前が選べ!
カイリューは
「オオオオオオ!」
(知れたこと! この者は全力で倒し、その先も全て勝つ!)
『ククッ……坊っちゃんみてえな面してたのに、滾ってるじゃねえか』
(おっと速えな。だが追いきれねえほどじゃ……)
「カイリュー、"アクアジェット"!」
近距離で水しぶきを噴射しながらの急加速。
今度は
(なんだ……加速しやがった! しかも水使いの技まで打てるのか!?)
「相手の身体が濡れた今がチャンスだ! "10まんボルト"!」
続いて全身から巨大な電撃が放たれ、
でんきタイプではないというのに、その威力はサトシのピカチュウのそれに匹敵していた。
『"ドラゴンクロー"!』
電撃で痺れ硬直している
(この者は攻撃意識に対する先読みの直感がずば抜けている。ならばこうして速度で緩急を付けてから攻めるまでだ――)
『"つじぎり"二連』
確かな手応えの余韻を感じさせる間もなく、
痺れにより僅かに減速していたため、カイリューは直前で辛うじて身を固めていた。
それでもユウジの表情には初めての緊張が走るのだった。
「まさか……カイリューの攻撃が効いていないのか!?」
『ほー、初見で俺様の"つじぎり"から急所を守るとはやるじゃねえか。
俺だけ無傷ってのも収まりがつかねえからな、やる気が出てきたぜ』
(硬い……まるで異国の地で戦った
先読みによる回避が無くとも、素の打たれ強さもまた凄まじいな)
何事も無かったかのように語りかけ手招きする
その強さを痛感しカイリューは静かに距離を詰める。
2Mと無い近距離まで迫るその姿を見て、ユウジは何故危険な接近戦を選ぶのか戸惑う。
だが、カイリューが
(そうか、お前にもやっとライバルが出来たんだな)
気付けば挑戦者を迎え撃つことが日常と化した、常勝の憂い。
1対1で勝とうとする者は久しく現れず、連戦が前提となった王者の宿命。
それらから開放され、ライバルからの
『つ、強いとしか言葉が出てきません!
七色のタイプの技を使いこなし、守りも怠らないカイリュー!
特A級の攻撃をまともに受けながらも平然と切り返すドンカラス!
両者、戦闘技術と耐久力はゼオン・ベルに匹敵するやもしれません。
まさかデュフォー選手の真のエースはゼオン・ベルでは無かったのか!?』
皆の疑問を代弁するニシの言葉に、シバがゆっくりと首を横に振る。
『私も数多くのトレーナーとポケモンの間柄を見た経験から断言します。
ゼオン・ベルは間違いなくデュフォー選手のエースポケモンです。
ただ、ドンカラスも彼の強力な
……私達は
『最初、というと決勝戦が始まった時のことでしょうか?』
『いえ、
熱気に包まれている会場内が俄に静まり返る。
『ッッ……振り返ってみましょう。予選1回戦、デュフォー選手のバトルはモンメンの運用こそ光るものがありましたが、その後ブースターとドンカラスのバトルは至って普通でした。
その時点で仕込みが始まっていたということでしょうか。
2回戦以降はゼオン・ベルだけで戦い続け、圧倒的な勝利を重ねていましたね』
『それにより『デュフォー選手の構成はゼオン・ベルのワンマンチームである』と皆が思い込み、対策や研究対象も必然とゼオン・ベルに集中します。
現在はスマートフォンやSNSの普及による集合知の発展により、トレーナーのバトルスキルやリテラシーが一昔前より格段に進歩しました。
それに加え、相手への事前準備や対策の比重が段違いに上がっています。
ゼオン・ベルやカイリューといった
デュフォーは事前に現在の対戦環境を調査し、シバの語る現状を重く受け止めていた。
ゼオン本人も、対策されることの脅威は実戦経験で十分思い知らされている。
十二分に技が揃っていないゼオンだけでは攻略される日が来る。ならば――
「
「多分、あたしと戦った日*1から運用と構成はデュフォーの頭にあったと思うわ」
客席の最前列、デュフォーが招待した来賓が利用できる特等席でタケシとカスミの言葉に、サトシが何度目になるかわからない驚愕をデュフォー達に向けていた。
「じゃ、じゃあデュフォーのこれまでの選出は全部作戦だったってこと?
それで、半分以下のパーティの戦力でここまで勝ち上がったのかよ……」
隣でアマネも同様に息を呑むが、違和感も同じく抱えている。
(確かにドンカラスを温存する理由にはなっていますが、それだけではゼオンだけを酷使する説明がつかない。
デュフォー選手はまだ何かを隠しているのでは……)
実況も,観客も,シバですらデュフォーの戦略を理解し、背筋にヒヤリとしたものを一瞬走らせる。
しかし、彼らがデュフォーへ本当に戦慄するのはまだしばらく後であった。
「お前の気の済むまでとことんやれカイリュー!」
会場の空気を変えるように、ユウジは主ではなく一人のトレーナーとして自然と声援を送る。
そしてそれが最終ラウンドの開始合図となる。
互いが超接近戦を選択したことで自然と勝負は早まり――
決着まで残り1分。
カイリューからノーモーションで繰り出される、背筋の凍る竜爪の連撃。
それを回避、というよりもカウンター気味に
カイリューの右目が見えない以上、右方向からの攻撃は絶対的有利に働く。
徹底的に弱みを突くのは、
一方のカイリューも滅多打ちにされながらも右側のガードを堅め、粛々と反撃の機を伺う。
「もう10発以上攻撃がヒットしたよな。あれでまだ倒せないのか……?」
「いや、間違いなく効いている。だが屈すれば、
だから倒れない。精神までは折れない」
デュフォーが導き出したカイリューの力と心は、今のゼオンが持ち得ていないものだ。
未だ死闘を繰り広げる2匹を見上げるゼオンの表情は、どこか神妙だった。
尚も
死角からの見えない攻撃ではあったが、タイミングを見計らえばカウンターで10万ボルトを打ち込むことは、決して不可能ではない。
(相手の動きが鈍った……これが最後の好機! ツメは誤らない!)
徹底的に動きを封じるべく、ダメ押しの"れいとうビーム"を
電撃と冷気で完全に硬直した身体へ"ドラゴンクロー"の連撃が打ち込まれ、
『ッッ……』
これまで幾度となく強敵の攻撃を凌いだ、
初めてガラ空きとなった急所の鳩尾へ、カイリューはドラゴンエネルギーを全身に纏わせながら渾身の突撃を打ち込む。
『"ドラゴンダイブ"!』
直線的な攻撃ゆえ、回避されるリスクが付きまとう技ではあるが威力は比類が無い。
そして何よりこの技を発動させるには明確な"殺気"を纏う必要がある。
一切手加減のない無慈悲な一撃だったからこそ――
『それで終いか?』
『……なっ!?』
吹き飛ばされながらも先程までと何も変わらぬ表情、佇まいで態勢を整え直す
その姿を見たカイリューのナニかにヒビが入る。
強敵と、ライバルと認めて全力で攻撃してしまったからこそ、通用しなかったという事実に強者としての自負が僅かに揺るぎ、それがほんの僅かの隙を生んでしまう。
『やっと急所を晒してくれたな』
交差の直後、喉元に熱が籠もった痛みが走る。
『なんと、あのカイリューの猛攻フルコースを食らって、倒れるどころか反撃したぁ!
これにはユウジ選手も驚いたというより呆れた表情だ!』
実際に拳を交わしていないユウジやニシからすれば、何故
カイリューはそのカラクリを理解している。そして同時に、己が最大の失策を犯していたことも。
(不覚! 私の攻撃が効いてないわけがない!
この者もまた私と同じ様に背負う物があり、その強靭な心が負傷した肉体を動かしているのだ。
己を信じきれなかった私の落ち度か……)
『おおっと、攻撃を受けたカイリューが苦しそうだ! アクシデントを抱えたのか!?』
『ドンカラスは先程カイリューの呼吸器を狙い撃ちしていましたね。
どれだけ強い心で痛みに耐えようと、酸素不足まではどうにもできないと踏んだのでしょう』
『……まだお前、切り札を隠してるんだろ? さっさと見せねえとその前に倒れちまうぞ』
酸欠で見る見る顔色を悪くしているカイリューを催促する
それが罠ではなく、不本意な決着を避けるためであることをカイリューも察している。
『……確かに私は呼吸が続かず、もうあまり長くは戦えない。奥の手を見せる余力も一度きりだ。
しかし直撃すればどうなってもおかしくないのだぞ。恐れはないのか?』
『ああ? 好きで喰らいたいわけじゃねえが、お前相手に犠牲無しで勝とうなんざ思ってねえよ。
ド突き合いだろ。お互い恨みっこ無しで行こうや』
あけすけな物言いをするこの黒鴉は、命の価値を軽んじるわけでもなく、撃たれる覚悟も兼ね備えている。
苦しみの最中にいるカイリューの顔に、どこか涼し気な笑みが浮かんだ気がした。
『そなたは破滅的思考の戦闘狂ではなく、自分以外の何かのために戦っているのだろう?』
『だったらどうしたよ? そんなことは関係ねーだろ』
『関係ないことはない。そういった者を殺したくないし、逆に殺されるわけにもいかない。
ゆえにこの勝負は、誰がなんと言おうと私の負けだ』
ポカンとする
カイリューの全身に極限近くまで練り上げられていたドラゴンエネルギーも霧散している。
それを見たユウジは全てを察し、かぶりを振りながらモンスターボールへとカイリューを戻す。
「もういい、よくやったカイリュー!」
たとえポケモン自身が戦闘続行を望もうと、観客達が戦いを期待しようと――
最終的な決定権はトレーナーが持っている。
突然の終幕劇に観客達が静まり返る中、審判の決着コールとニシの熱響的な実況が響き渡る。
この瞬間、誰がなんと言おうとこの戦いの決着、デュフォーの優勝が確定したのである。
十秒ほど静寂の後、誰ともなく最初の一人が拍手を送る。
それに続き観客席から続々と拍手が2人のトレーナーへと降り注ぐ中――
デュフォー、ユウジ、サトシ、アマネのスマホロトムが振動する。
同タイミングであったが、文面が決して偶然でないことを物語っていた。
Subject: 最強のポケモントレーナーからの招待状
本文: 決勝戦終了直後、余韻冷めやらぬ中突然のお手紙をお許しください。
当メールは、今季カントーリーグで成績上位を収めた方へ配信されております。
あなたを優秀なポケモントレーナーと見込んで、
最強のポケモントレーナーであるご主人さまのパーティへ招待状をお送りします。
一区切りでポケモンリーグ編まで書けました
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