「まさか、この僕がサトシに守られる日が来るとは……」
広大な天空バトルフィールドの四方で相対する、トレーナー陣とミュウツーのポケモン達。
フィールドの一角でカンナと対峙するサトシ達を、シゲルは安堵感と不甲斐なさの両方を感じつつも指をくわえて見ているしか無かった。
本来なら自分も参戦すべきなのに、恐怖で身体が言うことを聞かない。
「2体相手ならこちらも合わせましょう。行きなさい、グレイシア!」
ラプラスと並び立つように、イーブイの分岐進化系であるグレイシアが繰り出される。
カンナはミュウツーの支配による影響からか、強者特有のプレッシャーが一切感じられない。
それでも"四天王"の格は"圧"を与えるのに十分であった。
ヒロシは息を呑みながらも、今持てる戦力での勝ち筋を追求する。
「サトシ、ポケモンの数は同じだけど指示を出すスピードはボク達の方が上だ。連携して攻めよう」
「ああ、俺達ならできるはずだ!」
ヒロシの作戦は単純なものだった。カンナがいかに強かろうと、指示を出すための口と頭脳は一つしか無い。
ならば2人で次々と指示を出し続ければ、指示速度と処理判断で物理的に優勢を取れるはず、というものだった。
そしてその戦術を実現できる力もサトシ達にはあった。
「行くぞレオン、"10まんボルト"!」
四天王カンナは氷使いではあるが、手持ちには水タイプの複合ポケモンもいる。
まずはピカチュウ2体で電気タイプが弱点のラプラスを集中狙いする算段だ。
「グレイシア、"ミラーコート"!」
グレイシアが念じると、ラプラスの周囲を覆うように半透明の障壁が発生し、電撃をレオンへと跳ね返す。
"ミラーコート"はタイミングがシビア、物理技や変化技には効かない、などの制約がある。
しかし見事に成功させれば、特殊攻撃技を一方的に反射できる上級者向けの技である。
「ピー……!」
「危ない! ……今だピカチュウ!」
「ピカー!」
反射攻撃によりふっとばされたレオンを身体で受け止めながらもサトシが送った合図に従い、ピカチュウが追撃の10まんボルトを放った。
"ミラーコート"は強力ゆえに短時間しか使えない。あえて同時に打ち込まずにタイミングをずらし、技の終わり際に追撃する波状攻撃だ。
「ラプラス、"まもる"!」
障壁が消滅する際にラプラスの身体にオーラが纏われ、電撃は際どいタイミングで防がれる。
"まもる"は体内の生命エネルギーを消費して全方位からのダメージを防ぐ技。
1対1の戦いでは使う場面が限られるが、集中攻撃を受ける集団戦においては有用な技となる。
「あのタイミングで防がれた!? 2対1なのに、それでも押されるのか……!」
サトシ、ヒロシ共に1ターンの攻防で相手との力量差を思い知らされる。
"ミラーコート"は通常自分に使うものだが、自分ではなくラプラスの前にピンポイントで発生させるグレイシアの戦闘技術。
ラプラスが集中攻撃をされると予期していたカンナの洞察力。
どれを取っても今の2人が持ち得ていない力だ。
そして相手の情報を得たのはカンナも同様である。
"この2人が一緒に戦うのは今回が初めてではない"。カントー大会終了後に、2人で何度か一緒にトレーニングをした時にダブルバトルの練習も兼ねていたのだ。
だがそれを踏まえてもないカンナが優勢。横目でその戦いを見守っていたミュウツーも同様の見解だ。
『あちらの憂いは無さそうだな。ではこちらもそろそろ始めるとしよう。誰からでもかかってこい』
余裕の態度でゼオン、アマネ、セセリを手招きするミュウツー。
3人を同時に相手しても良い、という自信と誇りすら感じられる。
「それなら言い出しっぺの私からだね。行くよフシギバナ」
「バーナ!」
セセリが覇気のない表情と声で、ミュウツーの手持ちであるフシギバナツーの眼前にフシギバナを繰り出す。
トレーナーとしての純粋な力を比べるには、同タイプ、同種である方が望ましい。
完全にミュウツーからの挑戦を意識した選出だ。
「フシギバナ、"ヘドロばくだん"!」
『フシギバナツー、"つるのむち"』
「つるのむち……!?」
ミュウツーの指示内容を聞いたセセリは我が耳を疑う。
セセリが指示した"ヘドロばくだん"は当たればそれなりのダメージが期待できる。
一方で"つるのむち"はくさタイプの初級技。
草・毒タイプのフシギバナに当てたところで、ほぼほぼダメージは入らないだろう。
ミスチョイスとしか思えない技選択であったが、直後にその恐ろしさを思い知ることになる。
「バナ!」
フシギバナツーの背から放たれた2本の蔓が"ヘドロばくだん"を真正面からはたき落とす。
空気を切り裂く音を放ちながらしなるそのスピードは、ゼオンですら目を見張るレベルだった。
(速い。先端の速さは音速を超えている。それに……)
攻撃を防いだ蔓はそのまま振り下ろされ、攻撃軌道上にいたセセリのフシギバナに直撃する。
ひるんだフシギバナを蔓が絡みついて締め付け、そのまま空中へと釣り上げると、勢いよく直下に振り下ろし岩盤でできた地面へと叩きつけた。
「ナー……」
「フシギバナ!」
甲高い衝突音を立てながら頭を打ち付けられ、悶絶するフシギバナにセセリは思わず駆け寄る。
だが彼女にしてやれることは何も無い。その理由は先程受けた技にある。
(ただの"つるのむち"じゃない。高速で攻防一体の処理を兼ねただけではなく、そのまま"しめつける"からの"たたきつける"に繋げた!
技そのものも高次元だし、他の技を複合させて3連撃にするなんて……ポケモンの鍛え方から次元が違う!)
セセリから戦意が失われていくのを察し、背後で見守っていたアマネがすぐさま前に出る。
「次は私が行きます。カメックス!」
セセリと同じく同種を繰り出すが、状況は先程までとは違う。
ミュウツーがトレーナーとしても別格の力を持っていると判明した今、実力の差が直結する同種対決はリスクでしかない。
『ハイドロポンプ』
カメックスツーの背に備え付けられた二門の砲台から、一直線上に走る水のビームが放たれる。
最上級特殊技をまともに受けたなら、みずタイプを受けられるカメックスといえど無事では済まないだろう。
しかし幸いにも水砲撃を装填するまで一拍の間があったこと、そして砲撃そのものもフシギバナツーの蔓ほどのスピードは無かったため、アマネの指示は辛うじて間に合う。
「カメックス、"ミラーコート"です!」
攻撃が刺さる直前に反射壁をカメックスの周囲に張り巡らせることに成功するが、予断を許さない状況にあることをゼオンだけが理解していた。
(あのハイドロポンプ……螺旋回転している。まさか!)
またも相手の攻撃が、通常の技とは異なる性質を持っている。しかし気付いたところで他者の戦いに口出しするわけにはいかない。
見守るしかできないゼオンの前で、ハイドロポンプがミラーコートを打ち破る。
ガラスが割られるような音をたてながらそのままカメックスの腹部を撃ち抜いた。
「ガメー!」
背後の壁まで吹き飛ばされ一撃でカメックスはダウンを喫する。
アマネが慌てて駆け寄るが、想定外の事態にただ狼狽することしかできない。
「"ミラーコート"を貫いた!? ハイドロポンプにそんな効果は無いはずですが……」
『全てのわざは極めることで新たな階層へと到達する可能性を秘めている。
それにより、ポケモンの資質に応じて通常のわざを凌駕する性能を手に入れられるのだ。
私はそれを便宜上"Tierが上がる"と表現している。
ミュウツーの言葉に対しアマネが「あ、ありきたりな設定……」と呑気なツッコミを入れる一方で、ゼオンは表情に険を走らせる。
わざを強化するきっかけをミュウツーに与えてしまったのは他でもない――
『私の障壁を貫いた、お前が使った貫通型の電撃。あれがヒントとなった。カメックスツーのハイドロポンプも、それをベースに開発した』
ゼオンが開発したでんきショック"収縮の型"こそが、まさにわざの発展により生み出されたものであった。
ミュウツーの強さに対抗するため、ゼオンは己のわざを増やし強化するという選択を選んだ。
それに対しミュウツーは、同様にわざを強くするだけでなく他のポケモンにまで修得させている。
明らかに己を意識したムーブにゼオンは自然と笑みをこぼした。
「強烈なアンサーを返してくれるじゃないか……。ならば次はオレが応えよう。行くぞ、
「ブイ!」
「なんで俺まで……って、マジヤバいオーラがすると思ったらこの前の
ゼオンがデュフォーより借り受けたモンスターボールより、2体のポケモンが繰り出される。
スリーパーはミュウツーの姿を見るやいなや怯えゼオンの背後に隠れるが、
それは異様な光景であった。
『私達の直接対決の前に、ポケモントレーナーとしても格付けをしておこう。行け、"リザードンツー"』
唸り声を上げながら、炎竜がフィールドを飛び回る。巨体をひっさげ素早く舞うその姿は、フィジカルだけをとっても脅威であるとゼオン達に知らしめる。
「レンカゲロウ、敵は手強い。最初から力を開放するぞ。"れんごくボディ"!」
レンカゲロウの身体を焔が渦巻く。
己を蝕む程の高温を体に宿す、生まれついての病であり特殊個体。デュフォーによる治療とトレーニングにより、レンカゲロウは熱を制御できるようになった。
それだけではなく、熱を生命エネルギーに変換し、戦闘への応用を可能とした。
先のポケモンリーグ予選、1回戦での戦いがまさにその力の試運転であった。
周囲に炎熱を垂れ流し、レンカゲロウもリザードンツーを追いかけるように地を駆ける。
アマネやセセリの肉眼レベルでは視認が難しいスピードで体当たりによる殴打戦を繰り広げる2体。
だがそれを見守るゼオンとミュウツーの様子から、両者の攻防は五分に近いことが読み取れる。
『体熱をエネルギーに変換したか。身体能力はリザードンツーと渡り合える程に上がったようだが……哀れだな。
上空を飛んで距離を取れ。遠距離からの攻撃に徹するのだ』
ミュウツーは一目でその性質を見抜く。レンカゲロウが戦闘中に強力な力を使っている間は、完璧な制御ができなくなる。
炎が己の身体を蝕む間しか使えない刹那的な状態ならば、離れて慎重に戦いただ自滅するのを待てば良い。
そのミュウツーの見立ては実際正しい。しかし一つだけ抜けもあった。
「レンカゲロウ、出力レベルを2にあげて"ニトロチャージ"!」
「ブイー!」
レンカゲロウの周囲が歪んでいく。
周りの空気に陽炎を生むレベルの高熱を放ちながら、跳躍した。
一閃の火矢と化した彼女による超高速の突進は、空中で悠長に灼熱をチャージしていたリザードンツーの鳩尾に深々と突き刺さる。
「グウウ!」
苦悶の表情を浮かべ再度距離を取るリザードンツー。
チャレンジャー側に初めてクリーンヒットを決められ、ミュウツーの表情が初めて変わる。
『まさか……更に炎熱による負荷を上げた? 先程までは全力ではなかったということか』
抑えていた負荷をわざわざ上げるなど非合理的な選択なはず。
だが幼い頃からそれ以上の自熱に苦しめられ、苦痛に慣れていたレンカゲロウからすれば、どうにか耐えられるレベルではあるのだ。
「レンカゲロウ、レベル2は長時間使うな。タイミングが難しいとは思うがそいつの使いどころは限られる」
ゼオンの指示を受け地に着地したレンカゲロウは小さくうなずき、炎の出力を先程までに戻す。
10秒に満たない時間の強化であったというのに、その身体には早くも数か所に火傷の跡が刻まれている。
ミュウツーはそれを見て憤りを覚える。己の読みに落ち度があったからではない。
『バトルのために……ニンゲン達のためにわざわざ己の命を必要以上に削るなど愚の骨頂だな。
やはりポケモンは私が支配し、管理しなければならないようだ』
『違う! 私はヒトの言いなりになって戦っているわけじゃない。
私の事を助けてくれた
ゼオンが何かを言いかける前に、レンカゲロウがミュウツーへ勇猛果敢に吠える。だがそれを捉えるミュウツーの冷たい瞳には、敵対心すら宿りはしない。
『違うのはお前の方だ。そもそもの原因はお前が"弱い"からだろう。
お前がそのような難儀な身体に生まれていなければ、元から私のように強く生まれていたらニンゲンにすり寄る理由もない。兵として従えることだってできる』
『従えるって……自分の意思であなたに報いたいと思ってる人間なんて一人もいないじゃない。
あなたの周りにいるのは支配されたロボットみたいなニンゲンに、コピーされたポケモンだけ。それでこの地球を征服して満足? 私はそんなの羨ましいとも……』
「下がれ!」
憐れむようにミュウツーへまくしたてるレンカゲロウに、背後のゼオンから緊張の籠もった指示が飛ぶ。
咄嗟にその言葉に従ったレンカゲロウの半身を、空から炎を纏わせたリザードンツーの爪撃が振り下ろされ掠める。
「ブイー!」
パワーとスピードが段違いに増したその攻撃は、辛うじて直撃を避けたものの、決して小さくないダメージをレンカゲロウに刻みあっさりとダウンを奪う。
ミュウツーにとってもそれは想定外だったのか、念話による語気も無意識に強まる。
『リザードンツー! 私の指示も無いのに勝手な真似はするな! あんな挑発に乗ることはない』
『だってよー、この嬢ちゃんが知ったような口を利いてアタシをムカつかせるんだよ。
うっかり本気であの貧相な身体をへし折るところだったじゃないか』
『お前達……意思があるのか?』
"ニトロチャージ"を打ち込まれた腹を擦りながら、怒りの相を浮かべ毒づくリザードンツー。
言葉を喋ることはゼオンにとって予想外。
フシギバナツーとカメックスツーは眼前の同種へ警戒を怠ること無く、思わず漏れたその言葉に感情を乗せて追従する。
『当たり前だろ。オレ達をバケモノかなんかだと思ってるのか?
それにミュウツーよぉ、オレ達の目的は"復讐"だろ。征服だのなんだの、そんな陳腐な言葉で語られてリザードンツーがイラッとくるのも仕方ねえ』
『ミュウツーはボク達の家族であり……そしてポケモン達の王にすらなれるヤツだ。だからボク達だって信じて付いていっている。仲間のために戦うのがあんた達だけだと思わないことだね』
『……2体共喋りすぎだ。皆、相手はまだ少し体力が残っているようだ。すみやかにトドメを刺せ』
3体のモンスターから放たれるミュウツーへの強い信頼と結束。
それはまだゼオンが手にしていない力。
戦闘,トレーナーとしての力,統率力,どれをとっても現時点の自分を超えるミュウツーに対し、小さく羨望と嫉妬を抱きながらゼオンは弟の光景を思い返していた。
――そうか、
まだ幼い魔族の王子は確信する。決してひとつの勝負に因縁が生じただけの軽い関係ではない。
ミュウツーこそが、この世界において終生のライバルになると。