「まだ1つもチャレンジをクリアしてないのに……いやそもそもポケモンバトルも未経験なのに、1週間でジムを制覇するだと」
デュフォーが冗談を言っているようには見えない。いずれにせよこのオレ、ゼオン・ベルに他の選択肢は無かった。
従わずにここで離別し、個々で動くというのはあり得ない愚道だ。
話を詰めるにしてもここでうだうだやるわけにはいかない。
オレ達のやりとりについていけずに黙って眺めているだけのサトシにデュフォーが視線を移す。
「サトシ、話を中断してしまったがオレ達も今度のポケモンリーグを目指す。お前とピカチュウへの指導はその時に改めて行おう。
借りが返せていない内にまた頼み事があるのだが、余ってるモンスターボールをできれば2つ譲ってくれないか」
「えっ!? うん、いいよ」
いきなり自分に話をふられて虚を突かれたサトシであったが、すぐに快諾して2つの小さなボールをデュフォーに渡す。
これが、サトシが言っていたポケモンを捕獲するためのアイテムか。魔力の類は感じられないな。
「モンメン、お前はどうやらオレ達を本当の家族と錯覚しているようだな」
自身の腕の中でくつろいでいるモンメンにデュフォーが視線を落とす。そういえば、こいつはまだ幼児だといっていたが、オレ達と家族の区別がついていない程の赤子なのか。
オレはモンメンの額(?)部分に手をやり、記憶操作術の使用を試みる。かつてガッシュには記憶の引き出しを行ったが、オレ自身が記憶を参照する事もできる。
捕縛した犯罪者や敵から脅迫や拷問をせずとも正確な情報を引き出すための能力であり、当時ガッシュを憎んではいたものの、記憶を無暗に盗み見するのはオレのプライドから気が引けていたのでこういった使い方をするのは初めてだった。
魔力を集中させることで掌から、オレの頭に直接モンメンの記憶が流れ込んでくる。この能力は映像と音声を脳から吸い出せるので、脳にさえ情報が残っていれば当人が忘れている出来事すらも読み取る事ができる。
断片的にオレの脳に送り込まれた情報から察するに、どうやらこいつの一族は一定周期で長距離移動をする習性があるようだ。
ここより遠く離れた地で移動中に家族とはぐれ、人間の輸送船か何かに紛れこんでここまでやってきたらしい。
「4日前にトキワの森に辿り着いてからは、他の野生ポケモン達からエサを分けてもらったりして何とか暮らしているようだな」
デュフォーはデュフォーで、アンサートーカーの力でモンメンの情報を得ていたようだ。
オレと違ってメディアによる情報は入手できないが、日数といった情報まで割り出せるこいつの能力はやはり凄まじい。
「友人もできたようだが、やはり寝食を共にする家族は見つけられず、ほとんどの時間を独りで過ごしているか。
このまま放っておけば、成体になるまでに生きていける確率は高くないだろう」
家族と離れ遠い世界の森で独り生きるか――まるでガッシュと同じだな。
気の毒ではあるが、この手の渡り鳥の様な種族にはよくある話だ。オレ達が元の世界に戻るために役に立ちそうな能力を持っているとは思えないこいつを助けるメリットもないし、こういったケースで一々感情移入して助けていてはキリがない。
というのが冷静かつ客観的な結論だ。だが、今の精神状態から本音を言うなら――
「だったらデュフォーがこのモンメンを捕まえて、世話してみたらどう? ポケモンマスターを目指すなら、とりあえずポケモンをゲットした方がいいよ」
近くで様子を見ているだけだったサトシが漏らした言葉が、まさにオレが求めていた後押しだった。
「実はオレもサトシと同じ事を言おうと思っていた。オレもある程度カバーをするからこいつを仲間に加えないか?」
思い切ってオレもデュフォーに提案する、が当の本人は少し訝しむ様な表情を浮かべている。
なんだその顔は? ダメなのか? これではまるでオレがペットを飼うのを親にせがんで反応を伺ってる子供みたいじゃないか。
「そのつもりだ。逆に聞くが、ここはモンメンをゲットする流れだろう。
何のためにサトシからモンスターボールをもらったと思ってるんだ」
デュフォーの言葉にオレは思わずサトシと顔を見合わせる。これ今日で3回目くらいだぞ。
「確かにそれはそうだが、今までのお前のキャラを考えるとちょっと意外だったぞ」
「キャラというのがピンと来ないが、理由としてはオレは個人的な興味がある。どうやらこいつは他のモンメンとは異なる"特殊個体"の様だ。モンメン、お前さえ良ければそのまま捕まえるぞ」
「もふもふ!」
他の同種を見たことが無いのでデュフォーの言う特殊個体とやらが何のことかわからないが、完全にデュフォーに心を許し腕の中でくつろいでいるモンメンの様子を見る限り、その意思はわざわざ確認するまでも無いな。
デュフォーが優しくモンスターボールをモンメンに押し当てると、ボールの起動音と共にモンメンの身体が赤い閃光に包まれる。
そのままモンメンは収縮してオレの視界から消え失せた。どういう原理かはわからないが、オレでも片手で持てるその小さなモンスターボールの中に収納されたようだ。
「モンメン、捕獲完了」
感情のこもっていない事務的な態度でデュフォーがボールを見下ろしながら呟くと、サトシが耳元で何かを吹き込み始める。
「違うよデュフォー、そういう時は――」
「そうか、捕まえた時はそうすればいいんだな」
サトシが右腕を勢いよく前に突き出し、Vサインの状態を取るとデュフォーがそれを見て倣い、高らかに叫んだ。
「「モンメン、ゲットだぜ!」」
「ピ――ピカチュウ!」
「くっ……」
笑顔でノリノリのサトシとその横で合いの手を入れるピカチュウ、そして無表情のままのデュフォーのシュールな絵図にオレは思わずニヤついてしまった顔を手で覆い隠す。笑いを堪えるオレに気付いたデュフォーの様子は、照れる事も茶化す事も無く平常運転だった。
「ゼオン、ここに来てから初めて笑ったか?」
――もしかして、サトシに乗っかったのは空気を和ませるためだったのか? いや考えすぎか……。相変わらずお前の考えている事はわからないが、それでもここに来てから張りつめていた気持ちが少しだけ楽になった気がした。
「ふっ、どうだかな――」
◆◆◆◆◆
サトシに案内され、オレ達はトキワシティの出口までやってきた。
行先であるマサラタウンへの通り道だとはいえ、律義についてきてくれる辺りやはりこいつは親切だ。
アンサートーカーの力を使えばサトシの助けは必要無かったのだが、変に強がって気を使っていると思われたく無かったので素直に好意に甘えることにした。
現状、心配されてしかるべき立場である事は自覚しているつもりだ。
「すまんな、わざわざここまでついてきてもらって」
「いいよ、マサラタウンはすぐ近くだし。ここでポケモントレーナーの登録もできるよ! それじゃあまた!」
「ピカー!」
「色々世話になった、またポケモンリーグで会おう」
四者四様の挨拶を交わし、サトシとオレ達はそれぞれ別の道へと別れる。
足を踏み入れた先のトキワシティの外観は、日本の都市によく似ていた。街を往来する人間の姿、立ち振舞いも同じだ。
ポケモンの有無を除けば、元の世界と案外共通点は多いのかもしれない。などと考え街中の散策をするデュフォーに付き合いながらオレはサトシの前では聞けなかった問いを口にする。
「デュフォー。お前の『アンサートーカー』の力、弱体化してるよな。それをわかった上で、ポケモンリーグとやらに挑戦すると言っているのか?」
トキワの森で一番最初にデュフォーから共有してもらった答えからして、それは明らかだった。オレの前を歩いていたデュフォーは立ち止まると悪びれることもなく素直に頷く。
「ああ。このままだとオレ達はアンサートーカーの力を制限された状態でカントーのジムバッジを8つ手に入れ、セキエイ高原でエントリーすることになるな」
「今さっき捕まえた赤子のモンメンは現状戦力外。それを踏まえて1週間以内にジムを制覇できると見立てたわけか?」
デュフォーの凄さはオレが一番理解しているが、さすがにこの判断は強気だ。だがデュフォーからの返答はオレの予想を遥かに上回るものだった。
「今回オレ達が背負うハンデは、アンサートーカーと時の制約だけではない」
「?」
立ち止まり次の言葉を待つオレを一瞥してデュフォーは再び歩き出す。
「話すと長くなる。もうすぐポケモンセンターに着くからそこでまとまった話をしよう」
◆◆◆◆◆
日も暮れてきた頃、オレ達はトキワシティのポケモンセンターへとたどり着いた。
施設側の厚意で果物と木の実だけの簡素な食事をもらい、ソファと毛布を借りて休めることとなり、ひとまず今日の宿と飯を確保できたところでデュフォーが先ほどの話の続きを切り出す。
「改めて説明しよう。あらゆる疑問に対し、瞬時に答えを出すことができる『アンサートーカー』の力は大きく分けて3つに分類される。
1つ目は演算能力、速度の強化。2つ目は本来知り得ない既存情報の入手。そして3つ目は、確定していない未来の予測。
この世界において2つ目と3つ目の力はほぼ失われている」
「それは何となく察していた。1つ目の力は使えるのに他は何故ダメなんだ?」
「アンサートーカーは元居た世界での人間がその世界での『答え』を知るために特化した能力であり、別世界であるこの地に対して完全な性能は発揮できないようだ。
元の世界に近い力を手に入れるには、オレ自身がこの世界の「法則」、「ルール」をある程度学ぶ必要がある」
もっともな理屈がデュフォーの口から語られる。
元の世界でデュフォーが『答え』を出すことができたのは、その世界に生まれた者として最初から理を本能で身につけていたのだろう。
一方、現時点でデュフォーが所持しているこの世界の情報はあまりにも少なすぎると言える。
「加えてオレはこれより、1つ目の力に関しても部分的に制限をかける。
命の危機や元の世界に戻るための計画への大幅な支障が出る場合を除いて、力はあまり使わない予定だ」
「……何か意図があるのかもしれないが、それは自分の力をほぼ使っていないようなものだろ」
次々と飛んでくるデュフォーの突拍子もない言葉に、思わず反射的にオレも突っ込んでしまう。
だがそれすらもデュフォーは見越して、頷いてみせた。
「それだ。オレの性能は良くも悪くもアンサートーカーの比重が多すぎる。オレはそれを変えていきたい」
既存の能力を底上げしたいのか、それとも『アンサートーカー』以外の新しい武器を作りたいのか、いずれにしろデュフォーは現状から脱却しようとしているのだろう。
それをこれ以上突くのは野暮だな。
「それは構わないが、肝心のポケモンバトルの戦力はどうやって用立てるんだ?」
「……何となく察していると思うがゼオン、お前もポケモンとして戦ってもらう」
正直それはオレも考えていた。デュフォーがポケモンマスターになる手助けができ、オレ自身の修行にもなり、メリットだらけなのだが――
「この世界においてオレはポケモンとして定義されているのか? 定義されていたとして、今のオレは呪文を使えないぞ」
オレの疑問を待っていたかのように、デュフォーが懐からモンスターボールを1つ取り出す。おそらくモンメンが入っていない空の方だろう。
「論より証拠だ。このポケモンを捕まえる道具をゼオンに適用させる」
デュフォーの手に持たれたボールがオレの額に押し当てられる。
微動だにせずそれを受け入れたオレの視界が一瞬で暗転すると、次の瞬間には別の光景が広がっていた。
「これは――」
5畳ほどの見知らぬ小部屋へとオレの身体は転送されていた。おそらくここがモンスターボールの中なのだろう。
つまりオレの身体は、あの小さなボールに収納できるほど収縮されていることになる。
飾り気のない質素な室内ではあったが、纏う空気が外の世界より明らかに心地よい。
負傷しているオレの身体が明らかに安らいでいくのが感じられる。魔界にも似たような道具はあるが、この世界ほど量産化されてはいない。
こちらのテクノロジーは勉強になりそうだな、と呟いていると部屋全体にデュフォーの声が響き渡った。
「これが1つ目の答えだ。ゼオン、お前はこの世界でポケモンとして認識されている。
そしてたった今、モンメンに続きオレの2体目のポケモンとして記録された。
また呪文が使えない件についてだが、対策案を用意する。その間にゼオンはボールの中で少し休んでおけ」
部屋の中に座してしばらくすると、ただでさえ居心地の良い空間が更に安らかになり、オレの身体を癒そうとするのが感じられる。
デュフォーがポケモンセンターの治療システムを使ったのだろう。オレの身体を回復させる効果は、同時に猛烈な睡魔も与えてくる。
ファウードでの決戦から始まり、未知の世界への転移と新たな出会いを迎え激動の一日を終えた。
心身の消耗が限界へと達していたオレが眠りに落ちるまで、そう長く時間はかからなかった。
◆◆◆◆◆
深い熟睡から醒める――久しく味わっていなかった感覚だ。
魔界の王を決める戦いが始まってから、いや王になるための拷問のような修行が父王により始められた時から、就寝についてもどこか心だけは常に張り詰めていた。
そんなオレが今日ばかりは気を弛ませ泥のように寝込んでいたようだ。
「……ここは!? そうか……」
見知らぬ光景が飛び込み戸惑うが、すぐに昨日の顛末を思い出す。
まずは落ち着いて状況を把握だ。
いつの間にかボール内ではなくポケモンセンターのソファの上に寝かされていたようだ。窓の外から朝の日差しがうっすらと見える。
起きたら元の世界に戻っている、という都合の良い話は期待していなかったので別にいいが。
バオウによって傷んだオレの身体はすっかり癒え、ボロボロに破壊されたマントも元通りに戻っている。改めてこの世界の技術力には感心させられるな。
デュフォーは既に起床し、本人のセンスとはかけ離れたなんともいえない服装で朝食を取り終えていた。
傍には数冊の本が積み上げられている。
「よく休めたようだな。ゼオンが半日以上眠っていたのは初めて見たな」
「ああ。荷が増えているようだが、何か調べていたのか? それに服はどうした」
「昨日トレーナーズスクールから借りた教材でポケモンの基礎を学んでいた。
服はボロボロだったから『ジョーイさん』の元彼が置いていった服をおさがりで譲り受けた」
こいつ、そういうところをサラッと流したりするんだよな。
「さっそくだが、この世界でのバトルに関してゼオンにも色々と説明したいことがある」
デュフォーが渡してきた果物を朝食代わりにカジりながら、隣に腰掛ける。
「今すぐで構わん。始めてくれ」
どんな答えだろうと受け入れる、その覚悟でオレは逸る気持ちを抑えデュフォーの言葉を待つ。
「結論から言うとゼオンはこの世界で呪文は使えない。
使うのはポケモンが戦う時に使う「わざ」だ。これよりお前に第1の「わざ」を授ける」