空が僅かに白み出した頃、薄暗い屋外のテラスで
あれから20時間が経過。さてオレの身体は完治したのかというと、現実は甘くない。
未だ肢体には無数の痺れと痛みが走り、万全には程遠い。
この世界にやってきた初日、ポケモンセンターの治療を受けた時は1日で完治していたはずだが、どうやらあの日だけが特別だったようだ。
「すまんデュフォー。オレが戦っていながら、初めてお前に勝ち星を刻めなかった」
「オレの補助無しでお前が強敵と戦い、経験を積めたことに比べたら些細なことだ」
メンバー全員分のカフェオレを淹れて周りながら、デュフォーが無表情で応える。
なんとも謝り甲斐の無い奴だが、今に始まったことではないのでもう気にしない。
それよりも、オレが眠りこくっていた間に大会は大分進んだようだ。
予選はもう第4試合まで終わり、オレ達カントーが1勝1分け、ジョウトが1敗1分け、ホウエンが2敗、シンオウが2勝という状況らしい。
つまり、残りの1試合でシンオウに勝つだけで晴れて予選通過確定という単純な状況だが、説明する仲間達(特にサトシ組)の表情がどうにも重い。
「何かあったのか?」
「実際に試合を見たほうが早い」
デュフォーがテラスに備え付けられたPCを操作し、モニタに昨日の試合のアーカイブを次々と表示させていく。
ホウエンVSカントーは、サトシが不調で取りこぼすも、ナツメと
オレ達側にアクシデントが無いとすると、問題はシンオウ組か。
「なるほどな……」
ホウエン、ジョウト相手に全勝を納めたシンオウの動画を見てオレは対戦相手の強大さを理解していく。
メンバー全員に隙がない上に、強力な軸を所持している。オレ達カントーチームの上位互換に近い連中だ。
まずはサトシと一悶着あったシンジという小僧……大口を叩くだけはある。
サトシ,ヒロシ,シゲルと同年代らしいが、現時点の強さはあの世代の中では抜きん出ている。
ここ3週間でめっきり実力が伸びたアマネでも勝率5~6割程度と言ったところか。
そしてコウヘイという眼鏡の男は変則的な戦術ばかりを使うが、決してイロモノなどではなく完成度が侮れない。
読み間違えればカタにハメられてしまうだろう。
次にサブリーダーのデンジ。こいつはジムリーダーとのことだが、電気使いとして完成度が高く無難に強い。
オレが万全の状態でも楽には勝てないだろう。
そして最後はタクトというマントを羽織った長髪の男。
この男が使っているダークライという漆黒の伝説のポケモン――こいつは厄介だ。
ミナキのスイクンも伝説級に恥じぬ強さだが、こいつの方が確実に格上と言い切れる。
火力やスピードはミュウツーよりやや下程度だが、すべての攻撃の気配が静かで全く次の手が読めない。
嫌でも目を引くのが、"ダークホール"という相手を強制的に眠らせる技だ。もし一度でも眠らされてしまったら、オレとて勝率は大分下がってしまうだろう。
更に一番の懸念は、こいつが2戦とも格下を秒殺しているため無傷だというところだ。
対するオレはマンダとの戦いで消耗し、体力は60%程度。
試合までに更に休息して65%まで回復したと仮定して、脳内で適当に戦闘シミュレーションをしてみたが、分が悪い。
「モ・コージーのやつ、マンダを使っていればこいつにかなりの痛手を与えてくれただろうに」
「ボーマンダならゼオンとの戦いのすぐ後だったから、ドクターストップがかかって戦えなかったぞ」
「元を辿ればオレのせいか……」
「そこは結果論だから仕方ないですよ。それよりもタクト選手が最大の関門ですよね。
ゼオンが休んでいる間に私も色々考えて、プランを3つほど考えました」
チームの戦略を打ち立てているのはリーダーのデュフォーだが、ただでさえあいつはやるべきことが多々あり負担が大きい。
それを気遣ってアマネも独りで策を考案していたようだ。
ミュウツーの島に遠征した時に代理リーダーに指名しただけあり、デュフォーもアマネの指揮官としての資質はある程度認めているはずだ。
あまり変な戦略は出してこないとは思うが、果たして――
「1つ目は今まで通りデュフォー君をシングルス1に当てる。つまり特別な対応は何もしないというものです。
その場合、タクト選手のダークライ対策をデュフォーくんに丸投げしてしまうことになりますが」
まずは安定択か。デュフォーが"アンサー・トーカー"をフルに使えばタクトに対抗できるだろうが、予選で温存していた切り札を早々に切ることになるな。
「2つ目は、サトシ君をタクト選手にぶつけるというものです」
まあ、そういう考えも出るよな。というか最も勝ちの期待値が高い選択だろう。
だが、サトシと仲の良いタケシやカスミの表情が曇るのも仕方がない。
「ちょっと待って。サトシを捨て駒にするってこと? デュフォーはジョウトやホウエンとのオーダーでそういう戦術は取ってなかったはずだけど」
予想通りカスミが口を挟む。気持ちはわからんではないが、今は邪魔なだけだな。
「早まるなカスミ。アマネは選択肢を提示しているだけに過ぎない。
それに3つ目の……おそらく本命の選択を聞いていない」
デュフォーが間に入り、再び皆がアマネの言葉に意識を集中させる――
◆◆◆◆◆
「どうしたのゼオン? 俺達に話って……」
「ピー……」
まるでオレに獲って食われそうな硬い表情でサトシとピカチュウが後ろからついてくる。
アマネの最後の提案を聞いたオレは、テラスから離れた草原にサトシとピカチュウのみを呼び出していた。
まだ夜が明けたばかりなのか、周囲にはトレーナーどころか野生のポケモンもいない。
説教だと思われるのも癪なので、早々に本題を切り出すとしよう。
「サトシにとってオレとデュフォーはどう映っている?」
すぐに答えは返ってこなかったが、我ながら面倒な質問なのはわかっていたため黙って返答を待つことにした。
「えっと……強いし、隙がないし、他の人への面倒見も良いし、トレーナーとそのパートナーのポケモンとして憧れだなあって思うよ」
「ピカー」
予想していた答えが返ってきた。
別に承認欲求から崇めてほしかったわけじゃない。こっちの方が話をするのに都合がいいからだ。
「昔のオレの話は前に少ししたよな」
「うん。なんとなくで憶えてるよ」
オレにはデュフォーにも、
「かつてのオレは、"ザケル"……この世界で言う"でんきショック"を初めて練習した日に全く打てなかった。
部屋の隅でみっともなく泣いていたあの日は絶対に忘れない」
「ゼオンが!? 嘘だろう?」
「あとデュフォーもな。今でこそあいつは少しマシになったが、サトシと会う直前まではロケット団が可愛く見えるくらい凶暴だった。
オレもあいつ程ではないが、似たような感じだったぞ」
背を向けたまま話しているためサトシの表情はわからないが、声色と息遣いでなんとなくの予想はつく。
「どうして俺達にこんな話をしてくれたの?」
「さあな。墓場までもっていくつもりだったが、気付いたら話していた。
かつてのオレ達も、まあこんなものだったということだ」
この世界でここまで胸襟を開いて他者と話すのは、初めてか。
いや、サイトウと道場に寝泊まりした時に深夜テンションで色々漏らした気もするか……
「そっかあ……俺はてっきり反省会でもするのかと思ったよ」
「聞かれてもないのに他人のレビューをする程オレも偉くはないさ。それに反省なら自分のことで手一杯だ」
「ゼオンも反省することあるの?」
「マンダの体力が
雷霆剣を打ち込む角度がもう少し深ければ、もっとダメージを与えられていたかもしれない。
昨日のバトルだけでも省みる部分が多すぎて挙げきれんよ」
ハハハ、と乾いたサトシの笑い声だけが夜明けの草原に響く。
ちとストイック過ぎて引かれたかもしれんが、お構いなしにオレは思うままを語り、雑談に花を咲かせていく。
「ゼオン、実は俺……タケシ達にも、ママにも言えてないんだけど。最近少し変なんだ」
しばらくしてサトシがある程度オレに心を開いたのか、思い詰めた様子で口を開く。
話を要約すると、ミュウツーとの戦い以来、バトルをしていると見覚えのない記憶が頭を過ぎってしまうらしい。
石化の後遺症による記憶障害だとは思うが、事情を知らぬ人間に話せば頭がおかしくなった、または勝てない言い訳だと思われても仕方が内容だ。
「よく打ち明けてくれたな」
そう労い、デュフォーにも話しておくことの了承も得てその場は解散した。
結局何もわからず仕舞だったが、思うように結果が出せずに落ち込んでいたサトシ達も、少しは気が楽になったようでなによりだ。
その後、試合直前までボールの中で気休め程度の治療を受け、再びチームでテラスに集合し戦いに備えていると――
「はじめましてデュフォーさん。予選突破を賭けた大事な試合前に失礼します」
スーツ姿の若い女がこちらへやってくる。
容姿に目立ったところは無いが、本心を覆い隠すような微笑みが印象的な女だった。
誰も見覚えがなく反応に詰まる中、女がデュフォーの前に立つ。
「先日の授与式であなたにミュウツーの引き渡しを迫った男がいたでしょう。
アレの上司のエージェント、エリシアと申します。あの時は部下が失礼をいたしました」
恭しく頭を下げるその姿をデュフォーがまじまじと見つめる。
何故エリシアと名乗る女がここにやってきたのか、早々に「答え」を導き出したようだ。
「オレが敗退した時にこの場で(ミュウツーの)引き渡しを進めるため、ここに来たのか」
「ご明察の通りです。言い換えるなら、もしもカントー代表が優勝した場合、私はお役御免です。
晴れて四天王となるであろうデュフォーさんを見届け、そのままこの場を立ち去ることになるでしょう」
デュフォーが負けた場合は帰国を待たずして即時手続きを行う。
そのためだけに、この女はスポンサーから送り込まれたようだ。
よほど連中はデュフォーの持っている力を欲しがっていると見える。
「"上"も大分ドタバタしてるようだねえ。イッシュくんだりまでご苦労なことだよ。
それにしても、あんたは大会が終わるまでデュフォーの坊やに交渉やらはせず、ただのんびり滞在してるだけなのかい?」
「他にやるべき雑事はありますが、デュフォーさんや皆さんに対してはこれといった要望はありませんよ。
私のことは気になさらず、大会に集中してください」
他人事の様なキクコの問いに呼応にする様に、エリシアも当事者とは思えない様子で応える。
「あんたの部下のあたしらや坊やへの態度は露骨だったけど、あんたは正反対だね。
そこまで乗り気じゃないのかい?」
「ええ、仕事上だからやってるだけなので。優れた人材には立場上対立する相手であれ、等しく敬意を持つのが私のモットーです。
皆様が予選を無事に突破できる事を祈っておりますよ」
バカ丁寧に再度一礼し、エリシアは去っていく。
事情を知るサトシやアマネは身構えていたが、これといった摩擦やトラブル無くことが過ぎ去り、拍子抜けしたようだった。
「上司の方は案外まともな方でしたね――って考えるのはちょっと単純過ぎますか?」
いや、アマネがそう思うのも無理はない。
エリシアは心中を隠す技術に長けているのか、何を考えているかほとんど見抜くことができない。
ただオレにも一つだけ断言できる。あいつは、
デュフォーやナツメもそれに気付いているからこそ、去りゆく女の後ろ姿を見届けるその視線は、殊更警戒するように研ぎ澄まされているのだった。
◆◆◆◆◆
「シンオウチームリーダーのタクトです。決勝進出が掛っている者同士、全力で戦いましょう」
「カントーチームのデュフォーだ。よろしく頼む」
バトルフィールドの上で、デュフォーと握手をかわす男。
その姿は、一目見ただけでオレに警戒を抱かせるのに十分であった。
昨年、突如現れホウエン,シンオウの2大会でダークライのみで完全勝利を果たし、鮮烈なデビューを飾った謎のポケモントレーナー、タクト。
『ただ伝説の強いポケモンでゴリ押ししているだけの伝説厨』
ネットでこいつをこの様に揶揄する声が上がっているが、あまりにも強さが現実離れしているが故のネタとして定着しているのだろう。
纏うオーラの強さは今まで対峙したトレーナーの中でもピカイチだ。
コージーが変化球タイプなら、こちらは正統派の強者と言えるだろう。
伝説に限らず、一般のポケモンも十二分に使いこなせるに違いない。
「おそらくゼオン・ベルは万全ではない。ならばタクトが有利か」
「デュフォーの手持ちにはサブエースのドンカラスも控えている。ダークホールの力押しだけで終わる簡単なバトルにはならないだろうな」
昨日よりも圧倒的に数を増やした観客達から、遠巻きにデュフォーとタクトの試合予想が聞こえてくる。
コージーの対戦カードも特上の組み合わせであったが、この2人の戦いは更に次元が違う。
経歴ゼロの状態で大会に突如現れ、1体のエースで圧倒的な優勝を納め、強すぎるが故に未だにランクが強さに追いついていない、未だ負け知らずのトレーナー。
デュフォーとタクト――両者あまりにも境遇が似過ぎているのだ。
実際戦えばどちらが勝つのか、考察や議論も一部で白熱しているらしい。
もしも魔界の王を決める戦いが世に公となったのなら――
"石のゴーレン"の様なイレギュラーが戦いの終盤に現れたのなら――
オレとそいつ、どちらが勝つのかネット上で話題になっていたのかもな。
などと上の空で思案にふけるオレの眼の前で、いつの間にかディスプレイに対戦オーダーが映し出されていた。
カントー代表
シングルス2
サトシ(ゴールドランク 2370位)
ダブルス
ナツメ(クリスタルランク 630位)
アマネ(プラチナランク 328位)
シングルス1
デュフォー(クリスタルランク 600位)
シンオウ代表
シングルス2
シンジ(プラチナランク 471位)
ダブルス
デンジ(ダイヤモンドランク 94位)
コウヘイ(プラチナランク 483位)
シングルス1
タクト(ダイヤモンドランク 53位)
ちょくちょくお気に入り登録、評価増えてありがとうございます。
ポケモンセンターの治療は1日で完治しない設定はアニメを踏襲しています。
初日にあっさりと完治したのは、清麿とガッシュの制御と思いやりにより、バオウ・ザケルガのダメージが癒えやすい性質になっていたため、という隠し設定です。
40話までに予選リーグは終わらせる予定です