「ピカチュウ、"でんこうせっか"のスピードを維持するんだ!」
「ピカピカピカー!」
「エレキブル、守りを固めろ!」
「ブルルル……」
サトシとシンジの指示により戦う両雄は、全身に強力な電撃エネルギーを纏いながらも肉弾戦に徹底している。
ピカチュウ、エレキブル共にでんきタイプの技を無効化する特性を持っているため、両者とも考えなしに電撃を打つことが出来ない。
速度で勝るピカチュウが攻撃の主導権を握ってはいるが、シンジはそのスピードを冷静に観察し続けている。
「俺のエレキブルが対応できない程のスピード……。
お前のピカチュウの素質は認めてやるが、その程度で勝てるほど生易しくはない」
目で完全に追いきれない程の速度ではあるが、離れて観ているシンジは接近のタイミングを感知しつつある。
ならば、あとはそれを即時にエレキブルに伝達するだけだ。
「5!」
「ピ!?」
シンジが一言数字を言い放つと、エレキブルの左腕から水平な"かわらわり"が繰り出される。
それはトレーナーとポケモンがリアルタイムで同期通信しているかの様に、ほぼ同じタイミングであった。
既にヒット・アンド・アウェイで逃れたピカチュウに当たりこそしなかったものの、先程までより明らかに動きが噛み合い始めている。
「7! 8!」
数字のみを叫ぶシンジと、それに反応して拳を繰り出すエレキブル。
その様子を見て戦術を理解したデュフォーが感心を示す。
「"ナンバーシステム"を使いこなせるのか」
「なにそれ、初めて聞いたんだけど……」
カスミの隣でタケシがデュフォーに代わってその疑問に応える。
「かつて高名なボクシングトレーナー*1が考案した指示システムだよ。
相手の攻撃部位に数字を振り、その番号のみを発することで解析されにくい指示を瞬時に繰り出す方法だ。
シンジはそれを応用して、多用する攻撃パターンに番号を振っているんじゃないか」
「だからピカチュウの動きにもついていけるかもしれないってこと?
でも、そんなに便利なシステムなのに使ってるトレーナーはほとんどいないわね」
強力な性能の割に普及していないのは、単純に運用が難しいという一点に尽きるのだろう。
まず前提としてトレーナーとポケモン、両者が番号とパターンを完璧に記憶できなければ使い物にならない。間違えでもしたら逆効果となってしまう。
更に憶えたとて、実戦で瞬時に繰り出せる反射神経がポケモンに無ければ無意味と化す。
「わたしもカメックスに仕込もうとしたことがありましたけど、習得する対費用効果のハードルが高くて断念しました。
ポケモンの孵化厳選作業といい、あのシンジ君っていう子、少なくともあの年の頃のわたしよりずっと強いです。
あとタケシさんって格闘技マニアですか?」
「皆がネタがわからないだろうから言わないだけで、ボクシングとプロレスは詳しいぜ!
っと……それどころじゃない、サトシを応援しないと!」
シンジが繰り出したナンバーシステムにより、試合の流れは徐々に傾いていく。
「5! ……惜しいな、あと10cmか」
とうとう打撃がピカチュウを掠め始める。このままではいずれ捉えられるだろう。
対応を迫られるサトシに、新たなトラブルが降りかかる。
ピカチュウが"でんこうせっか"による移動を緩め、息を切らせながらサトシの方まで引き下がった。
「ピカチュウ!? 大丈夫か?」
筋力に違和感は無いのだが、体力の消耗が想像以上に激しい。
ピカチュウ本人ですら掴めていない原因を、シンジがあまりのレベルの低さに呆れた様子で指摘する。
「あれだけの速度を出し続ければ、スタミナが落ちてくるのは当たり前だろう。
更に動きが捕捉され始めたことで精神的疲労も増加している。
ましてやそのピカチュウは、昨日戦闘不能になるダメージを受けているんだ。たとえ治療を受けたとしても1日程度では万全とは言い難い」
あと10秒もすれば回復して再び機動力を取り戻すだろう。
無論、それを黙って待つ選択肢などシンジにはない。
「"じならし"!」
「ピッ!」
エレキブルの震脚により蠢くフィールドからピカチュウが上空へと飛び退く。
しかし、それはあえて出力を薄く広く地上全域へと伸ばしていたシンジの"誘い"である。
「弱点となる地面攻撃がフィールド全体に及べば、空中に避けるしかないよな。"がんせきふうじ"!」
「ピー!」
鋭利な岩撃の一発がピカチュウの前足を貫く。
威力の低いタイプ不一致の技でありダメージはさほどではなかったが、生命線のスピードが削がれてしまった致命打であることは誰の目にも明白だった。
ゼオンやキクコでさえも、ここからの逆転は厳しいと見立てる程の窮地であった。
「
――『違う、これが初めてじゃない。シンジとは何回も戦っているライバルだ』
突如脳内に去来する声。ミュウツーとの戦い以来、記憶の混濁は都度あったが症状が悪化したのか、幻聴まで聞こえ始めた。
――『
ピカチュウと俺のポテンシャルを信じて、
自身の声に良く似た、本来なら聞くに値しない根拠ゼロの誘惑。いつものサトシなら無視していただろうが、今回ばかりは少し勝手が違っていた。
ミュウツーとの戦いから今まで敗北、バトルに乱入して石化、と失態に次ぐ失態。
ゼオン、デュフォー、そしてミュウツーのためにも今度ばかりはドジを踏めない。
追い詰められ摩耗した極限の精神状態で、「本当にここから勝てるなら好きにしてみろ」と投げやりに返事をすると、
――『もっとも俺はお前だけど、
目鼻先で、自分と同じ顔をしたナニかが冷たい笑みを浮かべた気がした。
「エレキブル、遠距離から詰めるぞ! "かえんほうしゃ"!」
『ピカチュウ、その場で"じゅうでん"だ』
「ピ!? ……ピカー!」
「サトシ……?」
顔も声も同じなのに、何かが違うモノがいつの間にか抑揚のない指示を繰り出している。
ピカチュウは一瞬躊躇したが、その指示に従い"じゅうでん"を開始する。
デュフォーとは違い、疑惑止まりで確信には至らなかったのだ。
一方のシンジは思い通りの戦術を展開しながらも、火炎によりじわじわと炙られるピカチュウを前に、不快感を露骨に出し舌打ちする。
「愚かな。なぶり殺しにされるだけだぞ」
"じゅうでん"は守りこそ固められるが、ダメージをゼロにするわけではない。
何より電撃エネルギーを強化したところで、"でんきエンジン"の特性を持っているエレキブルにダメージは与えられない。
いくら勝利が目前と言えど、悪手によりまともに成立していた勝負を汚される不愉快さがシンジの中で上回っていた。
(さっさと降参しろ。これが3対3なら捨て駒として最後まで運用する使い道はあるが、1対1ではただの無駄死にだ。
自分のポケモンを無意味に痛めつけてそれ以上無能を晒すな!)
一方の
『俺が合図したタイミングで、一直線に"でんげきは"を放つんだ。
その時に、少しでも自分の力を疑ってはいけない。俺がピカチュウを誰よりも信じているからこそ、この指示が成立する!』
気付けば困惑していたピカチュウの思考はクリアになっていた。
仮に
理屈ではなく直感がそう告げたから――
『今』
「ピーカー!」
その合図に即応し、頬袋の細胞を刺激してためらいなく電撃を打ち込んだ。
"でんきショック"よりも素早く"ほうでん"より力強い雷に撃ち抜かれ、エレキブルは悲鳴をあげる間も無くフィールドに膝から崩れ落ちる。
「何っ!?」
シンジは己の育成,指示技術に自信を持っている反面、想定外の出来事への対応が遅れる欠点を持っている。
"でんきエンジン"の特性を無視してダメージを与えてきたこと、
想定外の威力の電撃が、不可避の角度で急所を的確に突いたこと、
エレキブルが一瞬息継ぎし、"かえんほうしゃ"が止んだ隙をサトシが完璧に捉えたこと、
不可解な事象が重なりに重なり思考は完全に飛んでいた。
もっとも、眼の前の事象が信じられないのは観客,敵味方も同様であったため、シンジの落ち度として
「なっ……なんですか今の!? ピカチュウの電撃がタケシさんのイシツブテに一度だけ通用した、という噂話は聞いたことがありますけど。
ゼオンと同じ力を使いこなせるようになったのですか?」
「……違う。オレの"紫電"はじめんタイプには通用するが、特性までは無効化できない。特殊性能だけで言えばオレの雷の上位版だ。
それよりも、エレキブルは急所に不意打ちを受けてあと数秒は立ち上がれまい。シンジも我を忘れている。
あと一発攻撃を打ち込むだけで勝てるはずだが――サトシは何故指示を送らない?」
ゼオンが指差す先、二度と訪れない好機を前にサトシは棒立ちのまま硬直している。
いつまで経っても背後から指示が送られず、ピカチュウは迷った挙げ句に独断で追撃を試みたところで――
直後、あまりにもあっさりと決着は訪れる。
◆◆◆◆◆
痛みや苦痛はない。気持ち悪さもない。ただひたすら頭が重く身体がだるい。
こういう時は大抵、良くないことが過ぎ去った時の兆候だ。
「気づきましたか? 起きないでそのまま寝ていてください」
「あれっ……試合は!?」
簡易ベッドの上で目覚めるサトシの隣で、ソファに寝転がりながらスマホロトムをいじくるアマネ。
その腹の上では、ピカチュウがポケモン用のおやつをかじりながら寛いでいたが、サトシが起き上がったことで喜んだように駆け寄ってくる。
軽いやけどだけで済んだピカチュウに微笑みながらも、サトシはアマネの言葉を無視して、身体を無理やり起こそうとする。
当人からすれば、いまだシンジとのバトルの最中から時は止まったまま。
頭の整理がついていない状態で、その静止を振り切るのも仕方がない。
「サトシ君はシンジ君との対戦中に意識を失ったんですよ。
倒れた拍子に腰と背中も打撲して今は治療中です。ここまで言えばわかるでしょう」
バトルフィールドに併設された治療スペースに自分は搬送された。
アマネの発言の意味をゆっくり頭の中で反芻して、事態を理解していく。
自分は負けた。そして今は負傷者として扱われている。
(まただ……また勝てなかった! 2敗したらデュフォーが戦うまでもなく、大会が終わっちゃうのに……!)
敗北感、罪悪感がじわじわと腹の底から湧き上がってくる。
だからといって、ここでゴネて起き上がるような愚行も犯すつもりはない。
それを今することがどれだけ自己中心的であるか、さすがのサトシも弁えていた。
「そういえば大会はどうなったの?」
「第2試合は私達が勝って、これから第3試合が始まるところです。
ナツメさんと共に、週刊連載にしたら3.5話分のそれはそれは激しい死闘を繰り広げましたが――って、あんまり興味無さそうですね」
アマネが勝ったことはもちろん嬉しい。これでデュフォーが勝てば決勝へと進める。
だが今のサトシの意識は、エレキブルの治療に訪れ、たまたま鉢合わせていたシンジへと向けられていた。
「フン、ようやく目覚めたか」
「シンジ……」
「ああいう倒れ方をすると味方だけでなく、敵にも、関係者達にも迷惑がかかる。
チームバトルをするなら体調管理にも気を配れ、ヘボトレーナー」
腕を組みながら、相変わらず険のある表情で敗者のサトシに言葉責めで容赦なく追い打ちをかけていく。
「くっ……」
シンジの言うことは一々もっともな正論だ。悔しくても言い返すことなどできない。
そんな寝たきりのサトシの姿に満足したのか否か、シンジは早々に治療スペースを後にする。
「最後の攻防でしてやられたのは俺のミスだ。次に戦う時は
去りゆきながら背中越しに送られたその檄に、サトシはハッと顔を見上げる。
アマネはSNSを読み漁っているのか、スマホロトムの画面を指でひたすらスワイプしていて2人の様子は見ていない。
それでも耳に入ってくる会話から、互いを意識し合うライバル同士が誕生したと知り、自然と笑みをこぼしていた。
今回もご視聴ありがとうございます。
シンジ君はタクトに揉まれに揉まれにまくって、原作の初期よりかは精神的に大分成長しております。
初期状態からの成長を書いてもよかったですが、カットしました。
コウヘイ、アマネも個人的に好きなのですが、同じく尺の都合上カットしました。機会があれば皆にも出番を持たせたいです。