タクトが苦手な方はご注意ください。
「そ、そうだ……。さっきのバトルで気絶する前に起きた事を、デュフォーには話しておかなくちゃ」
「無理をするなよサトシ」
僅かながら残っていた試合中の記憶を、なんとしても共有しようと身を起こしかけたサトシを静止する声。
「ゼオン!」
いつの間にか治療スペースを訪れていたゼオンが、サトシとピカチュウを乗せたまま、ベッドを片手で軽々と持ち上げる。
観客には目立たない高所で、なおかつバトルが良く見える位置まで運んでいくためだ。
「デュフォーも今度ばかりは、オレを欠いた状態で他人に気を配りながら戦う余裕はない。対戦相手が
サトシも今は、大人しく戦いを見届けるんだ」
バトルフィールドでは、既にデュフォーとタクトが入場して準備を進めている。
他の試合と同じく、使用ポケモンは1体のみのタイマンルールだ。
タクトが無言で繰り出したあんこくポケモン、ダークライがボールから顕現する。
それだけで、観戦者達は反射的に息を呑み、鼻腔を震わせる。ただそこにいるだけでゼオンともボーマンダとも違う、本能的な不安を煽るプレッシャーを放っていた。
「あれがダークライ……見ただけでヤバいってわかりますよ。
そういえば、ゼオンは今回お休みするんですよね。デュフォー君は一体どのポケモンを使うんですか?」
「オレも聞いていない。だが普通に考えたら
実力もあるし、何よりあいつは特性でダークライの"ダークホール"による催眠が効かないはずだ」
「行け、
「「「ブーッ!」」」
白い綿毛に包まれたポケモンをデュフォーが繰り出すと、サトシ,ピカチュウ,ゼオンが仲良く同時に吹き出す。
アマネは「ひえっ」と驚きながらも、すんででその飛沫を回避する。
「な、なんですか!? サトシ君もゼオンも……。
詳しくはわかりませんけどあのエルフーンって、デュフォー君が修行中にかなり面倒見てた子ですよね。ダークライに相性では有利だと思いますけど」
「あいつは、この前のポケモンリーグの少し前にデュフォーがゲットしたやつだ。
進化したのもつい最近の話で、本格的なバトルの経験も1回くらいしかない」
「その時はまだ赤ちゃんに近くて、レベルは1とか2だったよ……」
「ピカピ……」
「へー。まだまだ育ち盛りで今が一番可愛い時期ですねえ……はあっ!?」
時間差で良いリアクションを見せるアマネ。「だよね」とサトシが零す。
デュフォーが如何にトレーナーとして優秀でも、肝心の戦う本人のレベルが決定的に不足していては意味がない。
仮に魔界の王を決める戦いで、バルトロやロップスといった術数や身体能力が未熟で、平均的な実力の魔物の子とデュフォーが組んだとしよう。
デュフォーが1ヶ月も育成してバトルで直接指示を出せば、8割の魔物には勝てるようにだろう。
しかしゼオンやアシュロンといった、優勝候補筆頭級が本気で戦えば、絶対に勝てない。
ゼオンの見立てでは、現時点でダークライと
対峙するタクトの見解も同様である。
(てっきりドンカラスを繰り出してくると思っていた。
あくタイプとフェアリータイプでは相性上はこちらが不利だが、ダークライと比べてレベルがあまりにも低すぎる……どういうつもりだ)
「フーン……」
ダークライを前にして、緊張した様子で震える
無謀とも言える不可解な選出だが、タクトは手を抜いたり油断することはしない。
そんなことをしてもしも、万が一負けたとしよう。
勝てないとわかっていても逃げずにダークライへ立ち向かってきた、今まで戦ってきた対戦相手のトレーナーとポケモン達への冒涜だ。
一方のデュフォーも、エルフの選出が酔狂ではないことを表情で物語る。
互いに無言でありながら、ただ佇まいだけで会場と観戦者達に緊張感を与えていた。
試合開始前に挨拶は済ませている。両者にそれ以上の言葉は不要だった。
「それでは第3試合、シングルス1始め!」
「ダークライ、"ダークホール"!」
「エルフ、"みがわり"だ」
開始の合図と共に、まずは迷いない初手を両者選ぶ。
直線を走る怪しい輝きを放つ黒のオーラ、次いで衝撃と消滅音。1秒を切るその動きを把握できた観戦者はほぼいなかった。
当たれば確実に相手を眠りへと誘う"ダークホール"。ダークライの技術により高速のノーモーションで放たれるが、辛うじて変わり身が間に合い防がれる。
無論、タクトは
その上で相手の力を測るために補助技を放ったのだ。
(本物と見紛う精巧な写し身……丁寧な仕事だ。技の精度一つ取っても、あのエルフーンの補助技に対する技術力の高さが推し量れる。
想像していた通り、通常個体を上回る強さをこのエルフーンは持っている。レベルが低いからといって侮ることはできない)
"みがわり"で作られた写し身には、対戦相手の意識を惹きつけ本物の居場所を捕捉されにくくする効能がある。
写し身を無力化する音技でも所持していない限り、まずは写し身から破壊するのが鉄板の戦術だ。
「"あくのはどう"だ」
またもノータイムで黒の魔弾が放たれ、写し身を軽々と消し飛ばす。すぐさまダークライはその奥、後方へと視界の焦点を合わせる。
「そこにもう一発!」
たとえもう一度"みがわり"を先手で打たれ防がれても、みがわりは発動に体力を消耗する。何度も使わせればいつかは防戦一方で力尽きるだろう。
再度ダークライが捉えた影に"あくのはどう"を打ち込み、見事に着弾させる。
「ボクのダークライは力だけではなく、感知能力も一級品だよ。ん……?」
不自然な手応えにダークライ、タクト共に訝しむ。波動を受けた
すぐさまこれが"みがわり"であることを察知したのだが、デュフォーは一度しか"みがわり"を指示していない。
「"やどりぎのタネ"」
タクト、そして一部の観客は一瞬硬直する。
デュフォーのその指示は通常ならばありえないからだ。
(どういうことだ? あくタイプのポケモンに対しては"いたずらごころ"による補助技を発動できないはず。ここで凡ミスをしたのか? ……いや!)
自身の戦闘経験と直感がタクトに警告する。それは決して失策ではない、と――
「地面から生えてくるぞ! かわすんだ!」
タクトの指示が無ければ当たっていただろう。
下方向からおもむろに飛んできた植物の種子を、ダークライはギリギリで感知して回避する。
だが、ダークライの意識が足元に向いたその一瞬をデュフォーは見逃さない。
「
「……上だと!?」
曲芸師の様に上空を飛び交う
"やどりぎのタネ"を打った以上、これは写し身ではなく本体だ。
「"あくのはどう"!」
「"ムーンフォース"」
指示により、両ポケモンが魔弾と月の光から生みだした、黒と白のエネルギー弾を真正面からぶつけ合う。
白が押し負けあっさりと消し飛んだ。だが技の衝突により僅かに軌道をズラされた黒の弾は、
タクトはその事象が、デュフォーの指さした角度にエルフが正確にわざを打ち込んだ結果だと理解し、相手の力量を少しずつ把握し始める。
「技の威力自体は3倍以上ダークライが上回っている。それでも的確な角度で技をぶつけることにより、攻撃を弾いて当たらないようにしたのか。
驚いたな……おそらくは動画で研究されてたとはいえ、初見でもう弾道を見切られている」
デュフォーの眼力も驚異的だが、タクトは
(この勝負、勝敗のカギを握っているのはボクの洞察力か。
1つ、何故エルフーンは1回の指示で同じ技を2回も放つことができたのか。
2つ、何故あくタイプに通用しない"いたずらごころ"で補助技を打つことができたのか。
この謎を突き止め、対抗策を見出せなければボク達は負けるかもしれない)
更に"やどりぎのタネ"によりダークライのHPを吸収し回復することで、"みがわり"を使用しながらの長期戦が可能となっていた。
ただ闇雲に攻撃をするだけでは、攻略することは困難だろう。
(相手の補助技を防ぐには"ちょうはつ"を決めるのが一番だ。
"ちょうはつ"は"みがわり"の存在を無視するが、相手の座標を正しく認識している状態で打つ必要がある。
更にこちらの"ちょうはつ"に被せられて相手に先んじられて"ちょうはつ"を打たれる可能性も考慮すれば、そう簡単には成功しないだろうな)
「"みがわり"だ」
タクトの思考により生まれた僅かな猶予で、
厄介な陣形を再構築されながらも、タクトは思考を続け冷静に次の指示を出す。
「ダークライ、"あくのはどう"三式」
ダークライは黒の魔弾を生成するが、すぐに眼前の写し身に対して放つ事無く手中にオーラを蓄積する。
前方に一つ。そのすぐ後ろに一つ。そして――自身の斜め後ろに一つ。
感覚器官とあくエネルギーを研ぎ澄ませ、バトルフィールドに点在する三つの生命エネルギーの位置を感知してから攻撃するためだ。
「フッ!」
「モフ!?」
ダークライの手中で怪しく蠢めいていた魔弾が、突如三方向に分裂して飛散する。
そして恐るべきことに、写し身を2つ用意した上でダークライの死角へと完璧に潜んでいたエルフを、魔弾の一つが的確に襲いかかったのだ。
「左だ!」
デュフォーの咄嗟の指示で、辛くも
だが残りの二発は、それぞれ写し身を一撃で跡形もなく消し飛ばしていた。
ただの一手で会場は騒然とし、カントーチーム側のコーチング席にいたタケシ,カスミが泡を食ってしまう。
「あのダークライ、攻撃を3発同時に放ったのか!?」
「しかも、みがわりがあるのに本体のエルフーンの位置がわかってるみたいだったわ……。そんなこと有り得るの?」
「ダークライは狙いを速攻から感知に切り替えたんだろうね。その上で悪の波動の力を単純に3分割してみせた。
分裂弾は一発の状態より少しスピードダウンしたからやや避けやすくはなったけど、今の攻防の情報はデュフォーの坊やを追い詰めたね」
タケシとカスミはキクコの考察を聞いても合いの手を入れることが出来ず、互いに顔を見合わせるだけ。
「みがわりの耐久力、発動コストは術者の体力の4分の1(25%)だよ。
あとはサトシの坊やでもできる単純な計算だ。考えてみな」
その様子に気付いたキクコは、すぐさまヒントを送る。
遅れて2人はキクコの言わんとしている状況を察知した。
「そうか……33%の"あくのはどう"でみがわりを一撃で破壊できるということは、100%の"あくのはどう"が直撃すれば、エルフーンの体力を最低でも75%は削れるということか」
「エルフーンの生命線はみがわりだから、万全の状態でも攻撃が1回直撃したらもうアウトになっちゃうのね!」
「"みがわり"を貼るだけでも、回復が追いつかずにエルフーンの体力は少しずつ溶けていく。
加えてあのダークライの戦闘技術とスピードは、ゼオンの坊やに見劣りしないレベルときている。
あのタクトって坊やが主導権を握っていて、デュフォーの坊やが対応を迫られる番だよ」
「そんな……まだ一度もまともに、ダークライへ攻撃を当てられてないのにどうするのよデュフォー! ……ところでキクコさん、ちなみにサトシは今の計算できないと思います」
「そ、そうかい……」
既に窮する場面であることは、ゼオン達の目にも明らかだ。
「くっ……やはりエルフには早すぎたんじゃないのか!?
何故
「最初からデュフォー君は攻撃をするつもりはなく、防衛に徹するつもりだったのでしょうか。
"やどりぎのタネ"の定数ダメージでダークライを突破するにしては、悠長すぎますよね。
現状、こちらは1勝1引き分けで相手が2勝。制限時間が切れて引き分けになった場合は、相手が勝数で上回り予選を突破することになる。
こちらはここで何としても勝たなければならないはずです」
負傷で戦えない己への歯がゆさ、デュフォーの奇行が自身の理解を超える現状に、思わず地を拳で殴りつけ悔しさをぶつけるゼオン。
自身がまだまだデュフォーの領域に到底及ばないとわかっていながらも、なんとか勝ち筋と戦略の理解を試みるアマネ。
その横で、サトシは独り想い、誰にも聞こえない呟きを漏らす。
『違う……デュフォーの狙いはダークライを倒すことにはなく……まさか……』
アニメのエルフーンの鳴き声調べた時に、鳴き声が「エルフーン」って聞こえたからどうしたもんかと思ったけど、
「フーン」って言ってる場面もあったからそっちを採用しました。
いつもご視聴ありがとうございます
今年中は週1ペース(年内52話)で投稿目標にやっていきます。