「……わざ、か」
デュフォーが「呪文は使えない」と断言したということは、オレが今まで厳しい修行の末に生み出した術の数々はこの世界にいる間は本当に使えないということなのだろう。
だが落ち込んで上の空になっている暇はない。肝心なのはデュフォーの後半の言葉だ。
「「わざ」の説明をする前に、「タイプ」の説明からだ。サトシから少し聞いていたとは思うが
ポケモンとわざには18個のタイプが存在している。ゼオンはサトシのピカチュウと同じでんきタイプとなる」
電気――オレがポケモンだとするなら振り分け的には妥当か。
「ポケモンはおのれのタイプと同じタイプの技をメインに運用することが基本の戦い方となる」
デュフォーはそこでオレを見据え言葉を区切る。その意味は、オレに答えに辿り着けということなのだろう。
しばし考え、昨日の出来事を振り返り、そしてデュフォーが要求した単語に到達する。
「『でんきショック』だな」
「その通りだ。昨日サトシのピカチュウが使っていたのはでんきタイプの初級特殊攻撃技。魔物の術で言う『ザケル』に相当する。
つまりお前もこの世界ではあれが使えるはずだ」
デュフォーの言葉を聞いたオレは、無意識の内に自然と頬を緩ませる。
魔界での修行や技の開発は成長を実感する喜びはあれど、苦行でもあり、王になるための責務でもあり、時にはガッシュへの憎しみを募らせる、愛憎交じる複雑なものだった。
それに加えて、今のオレにとって初級相当の技を取得することなど単純作業に等しい。
だというのにオレの心は、初めてザケルを覚えようとした時の様に高揚していた。
「さっそく試そうじゃないか」
デュフォーと共にポケモンセンターの外、人気のない広場へと移動する。
「ポケモンの身体には魔物の魔力に似て非なるエネルギーが存在する。サトシのピカチュウに、オレのモンメンに、そしてゼオンにも」
デュフォーに言われる前から薄々気付いていた。
体調が万全に戻ったからこそ、よくわかる。この世界に来てからオレの体内には魔力とは別の生命エネルギーが存在する。
「オレにも掴めた。こいつがわざの元になるエネルギーか」
「ピカチュウは「それ」を技に変換していた。
機械のオペレーティングシステムが、異なる種類であっても画面に出力する内容が人間には同じ様に見えるように、魔物の術もポケモンのわざも行き着く先は同じだ」
コツは掌で力をていねいに正しい
サトシのピカチュウの姿と、初めてオレがザケルを放った幼少時の記憶をすり合わせ――
何かが噛み合ったと感じた瞬間、申し訳程度に黄金色の電撃が掌の上で生まれ、弾けるような炸裂音を立てながら
「できたぞデュフォー!」
最初の前進に思わず興奮して声を張り上げるオレに対し、デュフォーが対象的な無表情で小さくうなずく。
「練習を重ねれば十分な威力が出せるようになるだろう。その感覚が掴めれば他の技も覚えられるはずだ」
「他の技――『こうそくいどう』と『たいあたり』か」
たいあたりはただ相手にぶちかましているだけのように見えて、衝突した際に己へのダメージを抑えるため微弱ながらエネルギーを身体に纏わせる工程を含んだ立派な技だが、正直オレにとっては取得する費用対効果が薄い。
こうそくいどうは長時間でも維持できる速度専用の強化術で、これは中々有用だな。ここで覚えるべきだろう。
「あとはその力を常時纏えるようにしておけ。この世界でそれを持てるのはポケモンだけだ。
そうすることでお前はこの世界でポケモンだと認識され、色々と都合が良くなる」
「確かにオレが人間の子どもとして誤認されたら証明するのに手間がかかるし、何よりバトルの時に相手に一々手心をくわえられるはつまらんな。
いいだろう、今この場でまとめて修得してやるよ」
それからオレはガムシャラに2つの技を反復し、身体へと染み込ませた。しばしば広場を往来する人間達が横目に視線を送っていたようだが、それが気にならないほど集中して取り組んでいたようだ。
一区切りついた頃には1日中修行をしていた感覚だったが、デュフォーいわく1時間程度しか経過していなかったようだ。
「よくやったな、ゼオン。この短時間で技を取得できたのは普段の鍛錬を怠らなかったからだ。こいつの勉強にもなっただろう」
「もふもふ」
いつの間にかデュフォーは座りながら膝の上にモンメンを乗せ、その身体を指先でマッサージするように触りながら観覧していた。
「お前が褒めるとは珍しいな」
深く考えずに珍しい、と言ったがそれどころか初めてのことかもしれない。
「パートナーがやり遂げたのを正当に評価しただけのことだ」
デュフォーは当たり前の様に言ってのけるが、今までのこいつからしたらあり得ない言動をしているとわかっているだろうか。
オレは昨日から、アンサートーカーの有無と同じく気になっていて聞けずにいたことがある。それを聞くなら今しかない。
「デュフォー……お前、今どうなってるんだ?」
デュフォーの瞳に渦巻きの様な紋様が浮かび、視線が合うものに否応なく緊張感を与える圧力が放たれる。
要領を得ないオレの曖昧な問いも、アンサートーカーの力を使えば解読は容易い。
「ゼオン、お前はガッシュとの戦いによりオレに変化が起きたと気付いている。どれ程の変化があったのか気になっているようだな。
結論から言うと、オレから憎悪が完全に消えたわけではない」
やはりそうか。お前は変わった。だがずっと傍にいたオレには、お前から危うい雰囲気が薄っすら残っていることにも気付いていた。
「本来ならガッシュのバオウにより、憎悪が食い尽くされるはずだったのが、この世界に転移したイレギュラーのせいで不完全に終わったのだろう。
はっきり言って、元の世界でオレを苦しめた連中が目の前に現れたら怒りに身を任せるかもしれない」
冷静な表情で曖昧な言い方をしているが、そいつらが救えない悪党だった場合、デュフォーは殺害も辞さない程には容赦しないだろう。
オレはバオウとの衝突でガッシュへの憎しみは完全に晴れたが、デュフォーだけはそうならなかった。オレの心に宿る懸念に語りかけるように、デュフォーが言葉を続ける。
「だが憎悪だけで人は生きてはいけないということは、ガッシュから教えられた。ガッシュからもらった『思い』もこれから引き継いでいくつもりだ」
それは今のお前を見ていればわかる。正直不安は残っているが、それを支えるのもパートナーであるオレの役目か。
「……納得した。十分だ」
デュフォーはそれを聞いて立ち上がり背のリュックから地図と思わしき紙を取り出し、オレの目の前で広げる。
「では早速だがポケモンジム攻略を開始する。このカントー地方タウンマップで、ジムマークがつけられている8つの都市に行きジムバトルをクリアしていくことになる」
ジムの場所は見事にバラけているな。地図の縮尺を見るに、街と街の間は50km以上か。
デュフォーがバカ正直に徒歩で移動したら、グレンタウン以外のジムのある街を最短で回るだけでも2週間はかかりそうだ。
「時間制限のあるオレ達の場合は『瞬間移動』が大前提だな」
オレは一度行った場所なら、同伴者を連れて1000km以上の距離を一瞬で移動できる。
そして瞬間移動を使わずとも、オレ一人なら自動車よりずっと早く長距離移動ができる。この2点を活かして、距離の問題をクリアしていくことになる。
「ああ。ここからニビシティまでオレの足で徒歩20時間だが、ゼオン一人ならトキワの森まで一度瞬間移動をして、そこから「こうそくいどう」を使えば途中で標識を確認しながら、生物や障害物に当たらないよう安全に走っても20分程度でたどり着ける」
ニビシティへ瞬間移動のマーキングが完了したら、トキワシティのポケモンセンターに瞬間移動で戻り、そしてデュフォーを連れてもう一度ニビシティへ飛ぶ。
これを繰り返せば短時間でジムを巡ることができるというわけだ。
「準備が出来たら出発してくれ。その間にオレはポケモントレーナーとして身分登録をしてくる」
わかった、と頷き瞬間移動を発動しかけてオレはある事に気付いて思いとどまる。
「このトキワシティにもジムがあるよな。まずはここから攻略するのか?」
「情報収集した結果、トキワジムには最後に挑むことにした。このジムは難易度が高く、その上でんきタイプの技を無力化するじめんタイプのポケモンをメインとする。
まずは、でんきタイプと相性が五分のいわタイプポケモンを使い、難易度が低く設定されているニビジムへ挑戦しよう」
「なるほど、でんきショックしかまともな攻撃技が使えない今のオレ達にとっては、相性が最悪の相手だな」
デュフォーは未知の相手に対し慢心せず、堅実な道を選択している。
しかし後々わかるのだが、オレが信頼を置いているデュフォーのスキームにも想定外の出来事は都度発生させられる。
現にこの直後、ニビジムでの初の本格的なポケモンバトルで、オレ達はでんきタイプの天敵と呼ばれるじめんタイプのポケモンと戦うはめになるのだ。
◆◆◆◆◆
カントー地方を旅して回り、数カ月ぶりにニビシティへと帰省した"俺"は余暇を持て余していた。
面倒を見ていた9人の小さな弟と妹は、家を空けている間に成長して手間がかからなくなっていた。
人間、急に何もする事が無くなるとそれはそれでどうしていいかわからくなるものだ。ひとまず自分が捕まえたポケモン達の世話を一通りしよう、と考えた時――
「にいちゃん、ジムチャレンジの人が来てるよ!」
弟サブロウの呼び声により、この俺タケシのニビシティジムリーダーとして止まっていた時が再び動き出す。
そして、この直後あの少年とポケモンとの出会いを果たすことになる。
「今からか? 用意するから待っててもらってくれ」
しばらくして準備を整え薄暗いジムの中に入ると、既に挑戦者と思わしき少年がフィールドを挟んだ向かい側で直立不動で待機している。
「ニビジムリーダーのタケシだ。ジム挑戦は喜んで受け付けるが、この時期に挑戦するのは珍しいな」
近づきながら、挨拶がてらチャレンジャーの様子を伺う。俺と年齢の近い少年の見た目はイッシュ地方かカロス地方を彷彿とさせる。
隣には人間の子供に似た、白いマントを羽織ったポケモン(?)を連れている。ポケモンだとしたら見たことのない新種ということになる。
「それはあと1週間でポケモンリーグのエントリーが締め切りだからか?」
「そうだ。このジムは初心者向けにレベルが抑えられている。
今季にデビューしてポケモンリーグを目指すトレーナーは、大分前の内にこのジムに挑んでいるんだ」
少年から手渡されたIDカードをジム内に設置された端末に通す。
運営管理の観点から、現在公式戦は身分照会が必須となっているが、最近はもっぱらスマホロトムでのやりとりが主流だ。
彼はアナログ派のプレイヤーみたいだな。
「『フォン・デュフォー』トレーナー歴は――0日?」
端末の画面に表示された情報を見て、ただでさえ細い俺の目が更に細まる。
「ID登録は先程したばかりで、ポケモンバトルは実質ゼロだが、戦闘鍛錬は十分積んでいる。このジムの規定である使用ポケモン2体も用意した」
口から出かけた忠告の言葉を飲み込む。
初めてポケモンを手に入れてから舞い上がって1週間程度でジムに挑み、敗れ去り現実を思い知る者達がいた。
サトシが自分と初のジムバトルをした時はトレーナー歴2週間だった。それでも早すぎる。
このデュフォーという少年はそれらとは違う。トレーナーになった当日に、明確な意図と目的を持ってのジム挑戦など前代未聞だ。
「まさかサブアカウントか?」
ポケモントレーナーは諸事情や本人の希望でIDを再発行し、新規トレーナーとしてやり直す事ができる。
思い当たるケースはそれくらいしかない。
「違う。こういった公的の身分証明は、新規登録者と再登録者の区別がつくようになっているんじゃないのか?」
その言葉に「は、」と気付きデュフォーのIDを確認する。その末尾の数字は0になっていた。
同一人物がIDを変えて再登録した場合、その回数に応じてIDの末尾の数字が繰り上がる仕様となっている。つまりデュフォーは本当に今日初めてトレーナーになったということだ。
「確かに違うようだ。疑ってすまなかった」
「別に謝る必要は無い。仮にオレがIDを作り直したとしても責められるいわれはないだろう」
デュフォーの反論に対し、俺は首を横に振る。
「ルール上はな。その仕様を利用して、ジムチャレンジ制覇のRTA(リアルタイムアタック)という企画を行う者達がいるらしい。
他には、本来の実力よりも低いレベル帯の公式大会でプレイする、
前者は他の新規チャレンジャーが順番待ちをさせられる程度の影響しか無いが、後者は完全にモラルを逸脱した行為だ」
「事情がどうであれ運営側からすれば、IDの再発行はあまり歓迎できない行為ということか」
説明を聞いたデュフォーは理解を示し、その横で彼のポケモンが呆れたように鼻を鳴らす。
「そんな回りくどいことをしてまでわざわざ弱い者達の集まりに行くのか? オレには理解できん。
それよりもそろそろジムバトルを始めてほしいものだ。ポケモンリーグのエントリーが迫ってるからな」
「ほぉー、人の言葉が話せるとは珍しい。それに大した自信だな。ではさっそくジムバトルをやろうか」
今回のエントリーまでにジムを制覇するのは無謀だ、と片付ける事無くバトルフィールドの設営を開始する。
これから挑戦しようとしている者に否定の言葉から入るのはナンセンスだ。
これはサトシとの旅で教えられたこと。指摘はバトル中に思う存分すればいい。
岩石が無作為に点在する岩のバトルフィールドが完成し、デュフォー達とフィールドを挟んで対峙する。
「始まるな、ゼオン」
「ああ。オレ達のデビュー戦だな」
会話は駆け出しのポケモントレーナーそのものだ。なのに彼らが放つ雰囲気、風格はただものではない。
その違和感の正体、理由をこのバトルで教えてくれ。僅かの緊張と好奇心を胸に抱いた時、弟が試合開始の合図を告げた。
ポケモンリーグのエントリー期限まで 残り150時間
紛失で再発行した場合IDの数字が繰り上がるのは運転免許書の仕様です