その場のほぼ全員がネモに対し、頭に「?」を浮かべた。
異常な提案を裏表なしに礼儀正しく切り出されると、それはそれで不気味である。
「売られたバトルは買うしかないぜ! なあ、ピカチュウ!」
「ばっ、よせ!」
同じく無邪気にバトルを受けようとしたサトシ。
それを止めようとするゼオンの視界に、新たな来客者が映る。
「失礼します。お取り込み中でしたか?」
ネモよりも深い褐色の肌に四足獣の様なツリ目、稽古着姿の少女の入室を見たゼオンの目が見開かれる。
「サイトウ……久しぶりだな!」
かつてヤマブキ道場で研鑽に励んだパートナーを前に、互いの表情と声色は自然と和らいだ。
「開会式では精神統一をしていたため、挨拶し損ねました。ガラル地方代表のサイトウです。
ヤマブキで技を磨き、一夜を共にして色々と語らった時以来ですね、ゼオン」
「ん!? まあそうではあるが……」
サイトウに他意は無かったが、その言葉に周囲にはにわかにざわめき、ゼオンの頬は朱に染まる。
「あら、こんな可愛い子とお泊りデートするなんて、ゼオンも隅に置けないじゃない」
「道場内で寝泊まりしただけだ! でも確かにサイトウは身体能力も高いし、カスミよりは可愛らしいな」
「あたしを一々比較対象に出さなくていいでしょ!」
食って掛かるカスミを適当にあしらうゼオンの横で、アマネがちょうど良くネモとタイミングが被ったことへの疑惑を投げかける。
「もしかして、サイトウさんも今からバトルを挑みに来たとか?」
「はぁ? そんな常識のない行動はしませんよ。決勝前の挨拶に来ただけです。私『も』ってなんですか?」
「え?」
「あっ……」
笑顔で聞き返すネモ,気まずそうなアマネ,眉をひそめるサイトウの間に流れた空気に気付き、ゼオンが慌てて話題を切り替える。
「そ、そうだ。"あの技"は使えるようになったか?」
「いえ……武の頂きはまだ遥かです。ただしバトルの方は順調にランクがダイヤモンドまで伸びて、有り難くこの大会に招致されました。
そのおかげで、ゼオンと公式戦で対戦できる機会を得られましたよ」
「サイトウはオレにとって技の師だ。明日の決勝戦、弟子は師匠を超えて恩返しせねばな」
サイトウはそれに対しすぐに返答を返さずに、神妙な表情を浮かべる。
「皆さん、決勝戦は気を引き締めてください」
「……お嬢さん、さすがにこの子達もそこまで腑抜けてないと思うけどね」
「そうよ。それに対戦相手のあなたが言うのは変じゃない?」
サイトウに対して訝しむキクコやカスミに、ゼオン達は追従こそせずとも異は唱えない。
彼女達の言う通り、さすがにその忠告の意図は不明過ぎて真意が全く見えなかった。
「ただの直感ですが、明日の決勝戦はただで終わらないような、嫌な予感がしたのです。
しかし余計なお世話でしたね。失礼しました、今のは忘れてください」
すぐさま己の落ち度に気付き、深々とサイトウが頭を下げたことでそれ以上の追求は行われず、話はそこで一段落し――
「あれ、バトルは?」
「サトシもまだ病み上がりだから無理するな。明日に備えろ」
「ネモ殿。皆様はこれから、決勝戦の作戦会議をするのでしょう。万全の準備を整えた皆さんと戦う方が、明日の本番が楽しくなりませんか?」
サイトウの言葉に「確かに! 本日はお邪魔しました!」とネモはあっさりと引き下がり、ゲスト達は掻き回すだけ掻き回してその場を去っていった。
残されたゼオン達は、念のためにサイトウが残した意味深な言葉の真意を改める。
「何かクリティカルな危機があれば、オレは《アンサー・トーカー》で事前にある程度は察知できる。ナツメはどうだ?」
「私の方も特に危険察知の予知は働かない。決勝戦に問題があるとするなら、単純にルールが複雑な上に相手が強すぎる、に尽きると思う」
ナツメの言葉に頷き、一同は改めて各個人のメールアドレスに送付された電子文書ファイルを確認する。
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ブルーベリー学園主催 世界選抜大会決勝戦 ルール概要
1:エントリー
各チーム4名全員がエントリー可能です。試合開始10分前までに、3体までポケモンをエントリーしてください。
※1人のトレーナーが、同一種族ポケモンを複数体使うことはできません。
2:全般
2-1
バトルフィールドは、当校のテラリウムドーム全域(中央のセンタースクエアを除く)です。
当ドームは、4等分した4つのエリアに別れております。
以下のエリアの中央地点が、各チームの試合開始位置となります。
カントー代表:サバンナエリア(南東)
パルデア代表:コーストエリア(北東)
ブルーベリー代表:ポーラエリア(北西)
ガラル代表:キャニオンエリア(南西)
試合中は当施設の障壁システムにより、ドーム内の野生ポケモンから危害は受けず、反対にダメージを与えることもできません。
2-2
試合開始5分の時点から、10分毎に対戦エリアの外周半分が立入禁止エリアになります。
立入禁止エリアではポケモンの体力が常に減少し、試合時間経過と共に減少量は増加していきます。
2-3
各トレーナーにはレンタル用のスマホロトムが貸与されます。
試合中は貸与品で以下の機能が使用できます。
・試合状況閲覧(各トレーナーの残ポケモン数、撃墜数)
・各トレーナーとの通信(許諾を得れば対戦相手とも通信できます)
・自身と味方の現在位置と、立入禁止エリアの確認。
3:勝敗条件
3-1
最後まで対戦可能なポケモンが、1体でも残っていたチームの勝利となります。
3-2
最低でも1体以上の戦闘可能なポケモンを、ボールの外に出していないトレーナーは失格となります。
3-3
相手ポケモンを戦闘不能にする毎に、チームに撃墜数が付与されます。
自チームの合計撃墜数が、他チームの平均値と比較して一定の不足が出た場合、そのチームは即失格となります。
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「今まではチームといいつつも、シングルバトルとダブルバトルのみでした。決勝は4人同時に戦うチームバトル形式、それも4チーム同時のバトルロイヤル形式ですね。
おそらくは、既存のFPSゲームやサバイバルゲームをベースに設計されています」
「この3-3のルールはどういうこと?」
「他のチームがバチバチやりあってるのに、自分達だけ戦わずに逃げ回って最後に美味しいとこだけ掻っ攫う真似はやめろ、って意味でしょうね。
あえて失格のラインとなる数値を明記しないのも、差分値を計算してギリギリまで隠れ続けるのを防ぐためだと思います」
ゲームか何かで似たような競技の経験があるのか、アマネが的確にルールを解していく。
そのおかげで、サトシやナツメといった不慣れなメンバーも徐々に理解が進んでいった。
「真っ当に戦っていれば特に障害となるルールは無いな。ナツメの言う通り、敵の手ごわさの方が重要だ」
ゼオンの言葉を受け、デュフォーが室内に備え付けられたPCを立ち上げ、各対戦相手の動画を順次映し出していく。
ライバル達の強大さを改めて確認し、明日の決勝戦に向けての具体的な戦略とパーティの選出案を練り始めるのだった。
◆◆◆◆◆
『皆様、お待たせしました。全選手のエントリーと会場入りを確認いたしました。本日これより、選抜大会の決勝戦が始まります』
今日の対策に奔走していたカントーチームにとっては、18時間という時が過ぎ去るのはあっという間だった。
テラリウムドームに入場し、試合開始位置に陣取ると同時に、拡声器を通じたアナウンスが響き渡る。
乾いた風が吹き荒れるサバンナエリア――デュフォー達の眼前は少し寂れた草原だけがだだっ広く伸びている。
この決勝戦とオレ達の未来を
「デュフォー……。俺、今日こそはピカチュウと活躍してみせるぜ!」
決戦を前にすっかり舞い上がるサトシ。
アマネとナツメも言葉こそ発しないものの、明らかに今までより気負った様子だ。
「ああ、皆の力を合わせて勝とう」
驚くほど十人並みの、誰でも思いつくようなありきたりのアンサーがデュフォーの口から放たれ、少しだけ驚きを見せるゼオン。
その感情に浸る余裕も無く――
『それではこれより、決勝戦が開始されます。ラウンド1――リングのカウントダウンが始動』
4人のスマホロトムが鳴動し、ディスプレイに5分のカウントが表示される。
あまりにもあっさりとした簡素な幕開けだが、間違いなく決戦の火蓋は切って落とされた。
「ゼオン、ナツメ。リコン・フォーメーションだ」
『了解』
ナツメが選出した主力であるフーディン、エーフィー。
2体がゼオンへエスパーエネルギーを送り、ゼオンの生体感知と組み合わせた新型の感知能力を発現させる。
エスパーポケモンは感知機能に対する認識阻害を可能としており、当然他チームもそれを承知して展開している。
しかし、カントーチームだけはそこにゼオンの力が加わることで、敵の認識阻害を一方的に無視した長距離索敵をやってのけた。
無論、自分達は現在位置を秘匿した上での離れ業だ。
「他チームの現在位置が判明。マップに送ったぞ」
脳に受信した感知の結果を、ゼオンがすぐさまデュフォーのスマホロトムに打ち込み、全員に共有する。
中央に近づくブルーベリー代表。
そして、開始位置とサバンナエリアとの堺の間、約1:3の比率の場所に位置する、パルデアとガラル代表。
その位置情報に、最初にささいな違和感を抱いたのはアマネであった。
「なんかいきなり寄ってないすか?」
「キルムーブ*1がしたくて前に出てるんじゃないか。
オレ達も進軍はする予定だっただろ?」
「いや……私達と対角線上にいる、ブルーベリーチームが真ん中に寄るのはわかるんですよ。中央は攻めと守りに使える拠点の一つですから。
でも他の2チームも、なんかこっちのサバンナエリア寄りに見えるのは偶然ですか?」
ゼオンは今一度深く目を瞑り索敵を実行し――アマネの言わんとしていることを理解する。
「どういうことだ……3チームとも一直線にサバンナエリアへ進軍している。まるでオレ達をゆっくりと包囲するかのように」
考えたくはないが、皆の頭に歓迎できない一つのケースが過ぎる。
「まさか、この4チームの中で地力が確実に劣る私達を最初に落として撃墜数を稼ごうと、他のチームが狙っていると?」
「その線は有り得る。だが、最初にオレ達と戦ったチームは勝ったとしても、ほぼ確実に後続から漁夫の利を狙われて、優勝が難しくなるぞ。
それに気付かない程、他の連中は愚かじゃないと思うが……デュフォーはどうなんだ?」
「妙だ。さっきから《アンサー・トーカー》による未来の"答え"が出てこない」
ゼオンに振られ応えるデュフォーは、落ち着き払った態度と声色ではあったが、その実情は切迫そのものだった。
「私も。エスパーの先読みが働かないわ。こんなこと初めて」
ナツメもそれにしれっと便乗するが、あっさりと答えていいものではない内容に、ゼオンとアマネはなまじ勘が良すぎるがゆえに背筋を凍らせてしまう。
「オイ、これって……」
「っっ……まさか!」
「ああ、そのまさかだ。この戦いには"敵"がいるようだ」
未来の不確定な"答え"は出せずとも、現時点の"答え"は導き出せるデュフォーの発言が、ゼオン達の理解へのダメ押しとなった。
「敵……!? 他のチームはルールを守って戦ってるライバルじゃないの?」
「サトシ君。他の全チームが露骨に私達を狙う動きを見せる中、いきなりデュフォー君達が原因不明のトラブルを抱えたんですよ。
偶然に偶然が重なるこの状況が"悪意"によって構成されたものだとしたら?」
「この戦場が――決勝戦が、最初からオレ達だけを狙った狩り場かもしれない、ということだ」
未だサトシとピカチュウはイメージと理解が完璧には追いついていない。
それでも珍しく冷や汗を流しながら、苦渋の表情を浮かべるゼオンの様子から、今自分達が置かれている状況の深刻さだけは本能で思い知らされた。
◆◆◆◆◆
その女は、デュフォーが決勝に進出することを心から願っていた。
予選はいかにデュフォー個人がベストを尽くそうとも、味方の層の薄さやゼオンの消耗という他責要因で敗れる可能性がつきまとっていた。
そういった負け方をした時に、四天王やタマランゼ会長が救済の助け舟を出す可能性が、万に一つあったかもしれない。
だがもしも、デュフォー、ゼオン共に万全の状態で圧倒的に叩きのめされたら――
「エリシア様、あちら側の準備も整いました。
隣から名前を部下に呼ばれた彼女、エリシアは会場に特設された観客席で相槌を打ちながら、試合を映しているモニタ越しにデュフォーへ微笑みかける。
この狩り場とシチュエーションを用意するのに、相当の手間,工数,予算をかけた。
だからこそ、デュフォーには存分に味わい尽くしてしてもらいたい。
「ナツメさんとあなたは力を封じられ、サトシくんは不調のアクシデントを抱えている。
内情的には幾重にもハンデを負いながらも、事情を知らぬ他者から見たら、負けても一切の言い訳ができない状況です。
さぁ、始めましょうデュフォーさん。私が用意した、世界中の精鋭達からの包囲攻撃を堪能してください。あなたは少し、
ブルーベリー代表
アカマツ(ダイヤモンドランク 261位)
ネリネ(ダイヤモンドランク 191位)
タロ(ダイヤモンドランク 104位)
カキツバタ(マスターランク46位)
パルデア代表
アオキ(マスターランク43位)
グルーシャ(ダイヤモンドランク 111位)
ナンジャモ(ダイヤモンドランク 233位)
ネモ(マスターランク12位)
ガラル代表
サイトウ(ダイヤモンドランク 97位)
オニオン(ダイヤモンドランク 67位)
マリィ(ダイヤモンドランク 120位)
キバナ(マスターランク 9位)
ご視聴ありがとうございます
本来は7500文字近く書いたのですが、さすがに長過ぎて少し削りました
カットした分は後の話に少しずつ切りたしていきます