生まれ育ったこのサバンナの王である
時折俺を捕まえようと試みた、ニンゲンのガキ共も全て返り討ちにしてやった。
天より与えられた鋼の肉体で全てをねじ伏せ、生存競争の頂点として生涯を終える――そのはずだった。
『なんだお前ら? 俺の縄張りで何嗅ぎ回ってやがる!』
『ん?』
『ああっ? オレ達のことか?』
日課の見回りを始めた時から、いつもより空気が張り詰めていて嫌な予感はしてやがったんだ。
平原を練り歩く俺の前に突如現れたよそ者、異国の地の風貌をした黒鴉を一目見ただけで、決して歯向かってはならねえと本能が警告した。
そして、その後ろに控えるヒトに似た銀色のチビは、信じがたい事に黒鴉以上の力を内に宿している。
愕然ぶりを辛うじて表情に出さず、ただ黙り込むしか無い俺の内心など、
『あー、別に喧嘩売りてえわけじゃねえんだ。わりいなおっさん、俺達は今決闘中で気が立ってるんだよ』
『お前がここの頭か? 今日は少しオレ達部外者が暴れて騒がせるかもしれん。
元いた者達に危害は加えない様に心がけるつもりだ。……そろそろ戻るか、
『ああ、地形の下見も終わったしグズグズしてらんねえな。
……しかし
言いたい放題言いながら、鴉とチビは捉えきれない速さで空を飛び去っていく。
ほんの1分足らずで悪意無しに、俺のプライドは滅多打ちに叩きのめされ、そして世界の広さを思い知らされた。
……これからは少しだけ、周囲の手下共へ優しくしてやるか。
◆◆◆◆◆
『っつーわけで、左翼、右翼共に本日は晴天なりってやつだ。
憎たらしいくらい視界は晴れてやがって、敵に接近を許したら余裕で見つかるぜ』
『正面だけは少し砂嵐が吹いているが、視界の悪さは気休め程度だな。後は昨日、デュフォーが地形調査をした通りか。
このサバンナエリアは遮蔽物や高所がほとんどないから、留まっての防衛も困難だろう』
ゼオンと
ゼオンが一時離脱していたことで、リアルタイムの索敵はできなくなっていたが、演算によりある程度の位置はデュフォーも予測できている。
「ガラルとパルデアチームがオレ達の姿を視認するまで、約4分。
距離が遠くて移動速度がやや遅いブルーベリーチームが約6分だ。
アマネ、これより現場の指揮権を移譲する。4分以内にアマネの采配と戦術でオレ達を自由に動かせ」
「なっ……4分!? たとえ1時間あったとしてもそんなの私に思いつきませんよ! それはデュフォー君の仕事では!?」
アマネは予想もしていなかったキラーパスに、一瞬呆けながらもギクリと鼓動を跳ね上がらせる。
もしも本気で他3チームから最初に狙われたら、個人戦術程度どうこうではどうにもならない。
真っ向勝負で迎え撃とうにも、このサバンナエリアは圧倒的に隠密と防衛に向いていない。
この時、勝利自体を半ば諦めていた彼女の心中を見透かすようなタイミングであった。
「オレの役割は、他チームの主力に対応しつつ、詰みの盤面を叩き割る戦略を構築,実行することだ。交代するか?」
秒で首を横にブルブルと振り拒絶を示すアマネ。彼女の資質はデュフォーやゼオンが認めるレベルだが、現時点でデュフォーとの差はまだ大きいと自身で見立てている。
今の彼女がそんな荒業を代行するなど、とても無理だという判断だろう。
「デュフォー君……ここから本気で勝つつもりなんですか? 私は、せめてあなただけでも酷い負け方をしないように、と綺麗な戦い方を思い描いていたのですが……」
今大会で優勝すればデュフォーが晴れて四天王になり資産を手放さなくて良くなる、という話は書面に残した上層部との正式な契約ではなく、あくまで口約束である。
デュフォーは既に予選で獅子奮迅の活躍を見せている。
優勝できずとも相応の爪痕を残せば、特級功として十二分に認められるのではないか。
アマネが勝手に抱いているだけの淡い期待だが、実際に可能性としてはゼロではない。
「オレにもこの状況を覆す確実な『答え』はまだ出ない。だが……一つだけオレ自身の感情から出た『答え』がある。
このチームが尽くした結果ならどうであれオレは受け入れられる、ということだ」
「!? しかし、最悪の場合デュフォー君は……」
特級功が得られず四天王になれない場合は、ミュウツーと研究施設を引き渡す。
たったそれだけでいくらでも立て直しが効き、重職にも時間をかけずに上り詰められる。
だが、デュフォーはミュウツー共々逃げる道を選ぶだろう。
そうすれば、スポンサーと四天王、タマランゼ会長を裏切り地位もすべて失う。
上層部の怒りを買えば、メディアに情報操作をされて社会を敵に回すことだって有り得る。
「アマネ、お前が気にすることではないし背負う必要もない」
それは既に自身は覚悟を決めている、という意味でアマネを気遣ったもの。
しかし、彼女が僅かに浮かべた相は、それが見当違いのフォローであったと物語るのに十分であった。
「デュフォー君、私の気持ちが理解できないなら《アンサー・トーカー》とやらは今本当に曇っているようですね。
あなたがそうでなくても、私はあなた達に
つまりただこの窮地にワガママ言って、駄々こねてるだけなんです」
「……アマネがそういった感情論を優先するとはな」
デュフォーにとっては意外であったのだが、口に出さないだけでサトシも内心では同意見だ。
ナツメはたとえデュフォーがどうなろうが協力するかもしれないが、それでも気持ちとしては似たようなものだろう。
「盛り上がってるところ悪いが、タイムリミットが迫っている。
戦術を説明する時間も含めたら2分も猶予はないが、どうするんだ?」
「もう戦術自体は用意してあります」
しびれを切らしかけたゼオンにアマネが何気無しに即応したことで、皆が我が耳を疑う。
「私の策はあまりの勝率の低さと、失敗した時に情けなく逃げ回った挙げ句、各個撃破されてしまい致命的な評価を外部から受けるデメリットがありました。
それさえ度外視して良いなら、策自体は最初から浮かんではいましたよ」
(おい……負け試合の撤退戦を同時進行で練りながら、勝つ策も保険として用意してたのか!?
アマネのやつ、戦術構築度だけならこの前のポケモンリーグの時から段違いで成長してるんじゃないか……)
ある意味でサトシをも凌ぐ覚醒、確変を遂げようとしている少女にゼオンが独り舌を巻く中、当のアマネは切羽詰まった様子で、チームへできるかぎりの献策を試みる。
「ゼオンとナツメさんで、再びリコン・フォーメーションを維持してください。
そして――デュフォー君のドンカラスと、私のグライオンによる無音飛行で、この包囲を抜けます」
デュフォーはその言葉に耳を傾けながらも、アマネに全てを委ね既に自身は大局的な戦略の考案に没頭している。
次々と脳内で策を練っては破棄を繰り返す彼に代わり、ゼオンがレビューアの立場を務め意見を挟む。
「1つ目の指示は了解した。2つ目の指示についてだが、今は周囲の地形と視界が開けすぎていて、音を出さずとも奴らはオレ達を見つけてくるぞ。
それに
「でしょうね。ですからその2つの課題を解消するため、このサバンナエリアに
「地雷……!?」
僅かに空気が張り詰め、話を一方的に聞くだけだったサトシとピカチュウが自然と息を呑む。
それはアマネによる不退転の意志と、この理不尽な窮地に対する少しの憤りがその場に伝播したかのようだった。
◆◆◆◆◆
「サバンナエリア領空に入りましたが、前方に標的はまだ見つかりません」
「左右後方も、他チームの偵察や追跡の心配は無しでーす。チームアオキの進撃は順調そのものですぞ!」
「索敵ありがとうございます、グルーシャさん、ナンジャモさん。あと"チームアオキ"ではなく我々はパルデア代表チームです」
テラリウムドームの上空、高度10メートル。ムクホークの背に揺られながら、抑揚のない声で仲間達へ声をかけ、独り思考を巡らせる。
この私、パルデア代表のリーダーであるアオキの内心など誰も興味は無いでしょうが、その実は眼の前の状況を何もかも放り出したい気分です。
ああ――チャンプルタウンに戻って、宝食堂の焼きおにぎりとステーキを思いっきり頬張りたい。
決勝戦の最中にこんな事を考えているのがバレたら、お叱りを受けるであろうことは重々承知。
しかし現実逃避するのにも、やんごとなき事情があるのです。
『パルデア地方代表のリーダーとしてチームを作成し、世界選抜大会で準優勝以上の成績を納め、パルデアの武威を示してください』
若手とホープのために用意された出場制限とは名ばかりの、実質四天王クラスのトレーナーがゴロゴロ参加できる、抜け穴だらけのヤバい大会ですよ。
(といっても、私も本来兼任するはずだった四天王職を直前で外され参加できたため、人のことは言えませんが)
しかも今回に限って、シンオウのタクト選手やカントーのデュフォー選手といった、規格外の新人が参加する始末。
無茶振りミッションに頭を抱えながらも、どうにかメンバーを集めました。
普段は優秀で良識的だが、スイッチが入るとバトルにのめり込んでしまうネモさん。
高いポテンシャルを持ちながらも、挫折を経験してから少し引っ込み思案なグルーシャさん。
一癖も二癖もある若者たちを監督しながら、予選をどうにか勝ち抜け迎えた昨夜。
『カントー代表を最優先で撃破せよ』
他のメンバーには
さすがにこちらも黙っては飲みませんでしたよ。
戦場でのフェアプレーは悪、とまでは言いませんが多対一や集中攻撃は戦術として認められるべきです。
しかしそれも、戦いの中でチームを勝たせるための根拠があればの話。
外部の政治的な理由で、一つのチームをリンチするなど不愉快きわまりありません。
普段は厄介事を平気で押し付けてくる
っと――少々愚痴が過ぎましたね。結局、パルデアの品位を損ねない,他のメンバーには責任を波及させないという条件で、渋々引き受けることにしましたよ。
最終的には従ってしまうのは、どこまでいっても私に宮仕えの根性が染み付いているからでしょう。
「前方に索敵感知の反応が1つあり。あと20秒で目標を捕捉します」
「右方向から、私達とほぼ同等の速度で同座標に向かってる反応も4つありですな。角度的に、ガラル代表っぽいかなー」
「やっとバトルが始まるー!」
グルーシャさんとナンジャモさんから追加の報告を受け、上機嫌のネモさんの横で、やや前のめりに身を乗り出す私の両眼に少年の姿がかすかに映りました。
サバンナエリアの奥地にそびえ立つ大きな岩盤の上。
覚悟を決めた様子の少年に従うように、両傍らに控えているのはピカチュウとピジョットですね……。
「あれはカントー代表の……サトシ選手のようですね。他の選手は潜んでいるのでしょうか?」
「岩陰に隠れてても、さすがにこの距離なら僕が気付きますよ。どうやら本当にここに残ってるのは彼だけのようです」
「グルーシャ氏の言う通りだとしたら――他の方々はサトシ選手を見捨てて、ここに置き去りにして離脱した、ということですかな?」
ナンジャモさんの考えも十分有り得ますが、左右2チーム、合計8人に包囲された絶体絶命のサトシ選手が、一瞬私には毒入りのエサに見えたのです。
頭に浮かんだ恐ろしい仮説が正しければ、この戦術を構築した人間は――鬼だ。
いつもご視聴ありがとうございます
決勝戦は中盤までとラストだけはプロットができたので、後はどう後半を話作るかなーという感じです
50話くらいで決勝終わるとキリがいいかなーという感じです