幾度、火炎と雷の協奏が闇夜のサバンナエリアを照らしたことだろう。
熱と光の中、白銀の魔物の子と火竜が徒手空拳で交わり合う。
子の方は火竜より二周り小さいが、膂力,敏捷性共に火竜を上回る。
『それまでだ』
しばしの攻防の後、子の方――ゼオンが余裕を残しながら、不意に戦いを静止する。
一方の火竜――サトシのリザードンは立ってはいるものの息も絶え絶え、戦闘不能一歩手前だ。
『初めて最後まで持ちこたえたな。大分力をコントロールできるようになっているぞ』
『クソッ……』
ミュウツーとの一件から、夜間にほぼ毎日行われたゼオンとリザードンよる3分限定の組み手。
いつも途中で倒されていたが、大会決勝前夜の今日にようやく時間一杯まで戦い抜いた。
それでもリザードンが悪態をついているのは、まだ本気の一歩手前まで力を抑えているゼオンに防戦一方の有り様だからなのだろう。
――俺はいったいどこで足踏みした?
リザードンの脳裏に過ぎ去る、今日までの一連の日々。
きっかけはリザードに進化した時。抑えようのない怒りと苛立ち、闘争本能が内から湧き上がって収まらなくなった。
サトシは何も悪くないのに、何度も当たり散らし指示を無視した。
その時から何かが狂い始め、仲間達との間に溝が生まれ孤立が始まっていた。
それでも比較的ウマの合うゼニガメ、ピジョット(当時のピジョン)とは多少言葉を交わし、パーティの近況を知り得ていた。
自身を叩きのめしたゼオンと五角以上に渡り合った、ミュウツーという名の規格外のバケモノ。
そしてその
――その間も、今の大会の間も俺はずっとモンスターボールの中で蚊帳の外だった。
俺だけが、戦い,成長,友との輪廻から取り残されている……
『ゼオンに用があるなら取り計らってやる。この機を逃すと次は大分後になるぞ』
心に
全てを見透かすかの様な眼差しで、ゼオンの主であるデュフォーが共通言語で話しかけてきた。
"この際、使えるものなら憎い仇敵でも利用してやる"
誘いに応じ、その日から基礎修行→ゼオンとの組み手→デュフォーによる簡易的なフィードバックのサイクルが始まった。
デュフォー,ゼオンの指導の甲斐あり実力はメキメキと伸びたのだが、それ以上に内面が大きく変化した。
それは組み手でゼオンに容赦なく痛めつけられた後、毎日身を心配し己のケアにやってきたサトシの存在にある。
サトシの修行進捗が他のメンバーよりやや遅れていたのも、これが全く関係していないと言えば嘘になるだろう。
――こいつは……サトシは、まだまだ精神的に未熟で危ういが、それでも他のトレーナーとは違う。ヒトカゲの頃からとっくに気付いていたはずだ。
進化した途端、負の感情がそれを上書いた理由。
リザードン自身ですら気づかぬ原因を真っ先に突き止めたのは、他ならぬ対立し続けていたはずのゼオンだった。
『チビ……いや、ゼオン。あえてお前に礼は言わないが、その上で聞きたいことがある。
何故毎日律儀に俺との組み手に付き合う? お前個人の修行時間も減っちまうだろ』
『オレとお前が似た者同士――共に心の底に怒りや憎しみの根源となる"修羅"を宿しているからだ。
"修羅"は外からの刺激や干渉が無ければ、滅多には発現しない。
お前の場合は、前のトレーナーに受けた仕打ちで蓄積されたものが、進化した時に時間差で起爆したのだろう』
――デュフォー曰く、
サトシの前のトレーナーめ、よくもこいつをここまで堕とさせたものだ。
ゼオンが修羅道に落ちたのも、
『最初からサトシと出会っていたらこうはなってなかったのかよ……』
『ああ……だがお前の場合、それが最善だったとは限らない。
一度"修羅"に飲まれた上で制御できるようになった経験は、より高みへ登るため後に必ず生きる。
それを生かす機会は――明日の決勝になるだろう』
『大会とやらが始まったらしいが、俺は一度もバトルで使われてないぞ』
『案ずるな。お前の実力は、日頃の態度の変化と組み手の結果でオレが保証する。明日、サトシが勝てるかはお前の働き次第になるだろう。
それに一度も戦っていない、ということはそれだけお前が情報のアドバンテージを持っているということだ。
ピカチュウは予選で毎試合バトルして、相手から研究されまくっているだろうからな』
『そういうもんなのか? 賢しい駆け引きなんかも知らねえでここまで来ちまった』
『仲間たちから少しずつ学べばいい。それに、お前は深く考えずにエースとして暴れるくらいがちょうど良いぞ』
『ほざきやがるぜ』
そう吐き捨てるリザードンは、明日相まみえるであろう見知らぬ相手への闘志を宿しながらも、ゼオンに向け初めて僅かな笑みを浮かべる。
礼儀も、馴れ合いも要らない。ただ明日、トレーナーのために尽くし結果を出して、互いを認め合う関係であればいい。
だからゼオンも小さく笑顔を返し、何も言わずにサバンナエリアの地を蹴りその場を去った。
そして時は再び、決勝の舞台へと戻る。
◆◆◆◆◆
サトシパーティで初期からの仲間であるピカチュウ、ピジョット、ゼニガメ、フシギダネ。
リザードンがパーティから孤立気味であったことは彼らも懸念し、その件は定期的に話し合っていたが、どうにも事態は改善しないでいた。
サトシが初めて手に入れたピカチュウと、自力でゲットしたポケモンの中で現在最古参のピジョット。
ようやくリザードンに訪れた変化に彼らは目を細めながらも、現状を冷静に認識する。
自陣が3体。左翼にでんきタイプが3体、右翼にあくタイプが3体。
3対3対3の三つ巴で、敵戦力は両方ともこちらを上回っている。
少なくとも左翼の連携力は圧倒的だ。
『リザードン殿の心意気には応えたい。だが我らのコンビネーションが成功するかは、
『そーいう時はな、こうするんだ……よっ!』
言い切るよりも早くリザードンが宙に浮き、そのままナンジャモの方へと一直線に突き進む。
「リザードン!?」
『えー! 協力し合うんじゃなかったの!?』
サトシとピカチュウの反応から、トレーナーを無視した独断専行であると、ナンジャモ,マリィ共に見抜き通す。
「なんと"やんちゃ"なリザードン! 努力値は二刀流調整ですかな……?
しかし単調過ぎていいマトですぞ! "10まんボルト"の陣!」
ナンジャモの合図で再度、電撃の波が岩盤上のフィールドを埋め尽くさんと迸る。
『ここだ!』
カウンターとして放たれた電撃に対し、更に
「なっ……上空に! しかも直進速度より速い!?」
『おらぁ!』
ナンジャモが反応するより早く、とっさに前陣でガードを試みたハラバリーへ、上空からリザードンの全体重を乗せた"ほのおのパンチ"が打ち込まれる。
「バリィ!」
豊満な腹部を殴られのけぞるハラバリーを横目に、リザードンは敵本陣中央へと飛び込み大胆不敵に周囲を睨めつける。
『こういう場合はどうすんだ?』
3体の真ん中にもぐりこんだリザードンへ、闇雲に技を放てば同士討ちになる。
簡単には連携できまいとの目論みに、ナンジャモは圧倒されながらも二の矢の指示を解き放つ。
「それはさすがにヤンキープレイが過ぎるよー! そんな時の"電磁力場"!」
『うおっ……』
ハラバリー、デデンネ、タイカイデンが同時に電磁波を身体に纏わせると、3体を囲うように磁場の歪みが生まれ、その中央にいたリザードンを不意打ち気味にスタンさせる。
「からのーハラバリー、"パラボラチャージ"!」
攻撃を受け、特性の"でんきにかえる"で"じゅうでん"状態になったハラバリーから、直線上に高速の電光が迸る。
それは痺れて無防備なリザードンを打ち抜き、サトシ達がいる後方まで吹き飛ばす。
マリィの方は一度事前に"ひかりのかべ"を貼っていたことで今回はうまくガードを成功させるが、サトシはまたも完全には防ぎきれず、ピカチュウの負傷が更に蓄積していく。
『そう甘くはねえか……』
電撃に貫かれ苦悶の表情を浮かべながらも、ピカチュウとピジョットを庇うように前衛で立ちはだかるリザードン。
無謀な突撃が失敗したというのに、ナンジャモとマリィの警戒はより強まっていく。
(……もしかして最初の攻撃を見て、2回目も避ける算段を付けとったと?)
("パラボラチャージ"はそこまで基礎威力が高くないけど、特性と相性で倍率はエグいことになっているはず。
とても防ぎきれるとは思えないんだけど……、ハラバリーの回復量もそこまでじゃない気がするし、
リザードンは一度目の"10まんボルト"の三重奏をガードした際に、発動タイミングと攻撃範囲を肌感で憶えていた。
サトシとマリィ両方を一手に狙った電撃は、威力と横の射程範囲こそ大きいものの、縦方向の範囲はさほど広くない。
更には最初の直進速度をあえて抑えることで、安易なカウンターをナンジャモから誘発していた。
そして生命エネルギーを変換し、障壁として身体に纏う。仲間が土壇場に追い込まれたことで、最上位級のポケモン達が使いこなす防御術を実戦で初めて成功させた。
不完全な精度ながらもダメージを半減させ、耐え凌いだその姿は、リザードンがゼオンやダークライといった強者の領域に、一歩近づいた証跡である。
だが――彼が真に成長の証を見せつけるのは、ここからだ。
(ずっとだ……石にされたあの日から、サトシが足掻いてやがる。そしてゼオンも、ガキのくせにあいつは何かと戦い続けている。
そして極めつけは、俺達を狙う敵の存在だ。正々堂々あいつらを負かすならともかく、狡い手を使われちゃこっちも寝覚めが悪ぃんだよ!)
サバンナエリアの――いや、テラリウムドーム全域の天を裂く闘志と咆哮。
岩盤のフィールドからは、3人のトレーナーの両足へ怒りを具現化させた様な地響きの振動が貫いていく。
"修羅"により生まれた負の思いを打ち消せないのなら、適切な対象に向ければ良い。
感情を動力源に変え体内に押し留めると、全身から痺れは消え、代わりに煮えたぎるような力と炎熱が充足する。
「リザードン……"きあい"でマヒを治した上に、これは"もうか"を発動させたのか!?」
ゼオン,デュフォー組と何か修行はしていたらしいが、詳細を預かり知らぬサトシはその変貌に興奮と歓喜を惜しみなく表現する。
しかも普通の"もうか"ではない。発動までに必要なダメージ量は少なく、その上出力比は数割増し。"特殊個体"による天賦の才が開花した証だ。
『リザードン殿……今のはあえて多少のダメージを受けたのか?』
『それもあるが、連中の出方と連携度合いを確認しておきたかったのもあるな。
右にいるあくタイプの連中は、さっきも攻める機会があったが防衛を優先した。俺達が消耗するのを伺ってるんだよ』
その返答を聞いたピジョットとピカチュウも、サトシ以上に彼の秘めた潜在能力を痛感し舌を巻く。
基礎能力と各々の長所はデュフォーによる指導で皆も強化されたが、それ以上にリザードンの戦闘技術,センス、洞察力,精神力諸々が段違いに伸びている。
反射的にサトシはピカチュウと視線を交わし、無言で同じ結論に至った。
温存しておいた切り札。それを切るなら――今。
「
昨夜、宿泊所でゼオンにより体内に埋め込まれた電撃の残滓を起動させながら、デュフオーから受けた説明を振り返る。
石化によりサトシの身に起きた事象は2つ。その内の1つ――肉体的には傷一つ付かなかったが、サトシの精神は一度あの時"死"を迎えた。
その後石化が解け、精神が死の淵から蘇ったことで新しい力を手に入れた。
非情にレアなケースだが、かつてゼオン達と元の世界で戦った清麿も、同じ様な状況から力に目覚めている。
――俺の場合は、ポケモン同士のバトルや育成においてのトレーナーとしての能力強化――"ポケモンマスター"が持つべき力の一端を手に入れた。
シンジとの戦いでは、それが一瞬だけ開花したみたいだけど……。
デュフォーが言うには急に力に目覚めたため、脳への負荷が大きかったのだろう。
あの時は条件反射的に力が解除され、身体を守るため気絶したようだ。
その力を意図的に制御する目処が立った、とのことで荒療治になるという忠告のもと、ゼオンとスリーパーから施術を受けた。
(スリーパーは、「こーいう時しか呼び出さないッスね」とデュフォーにぶーたれていたが)
ゼオンによる雷の衝撃をトリガーとし、スリーパーの催眠により石化した瞬間の衝撃と誤認識させ、擬似的に能力を無理矢理呼び起こす。
「ッッーー!」
「えー何怖っ! デデンネ、"マジカルシャイン"!」
「ようわからんけど……オーロンゲ、"ソウルクラッシュ"!」
内部より浸透する衝撃に絶句し、仰け反るサトシにその隙を逃すまいとナンジャモ、マリィが同時に攻め立てるが――
――そうか……これが、デュフォーが観ていた景色!
『サトシを絶対に勝たせるという意思を強く持つ……それがボクのチカラを呼び覚ます!』
任意のタイミングで潜在能力を開放できるよう、デュフォーから手ほどきを受けていたピカチュウも、サトシ共々覚醒を完了していた。
「ピカチュウ、俺の指差す先に"10まんボルト"!」
「ピカー!」
2体から放たれた、フェアリータイプの放出系攻撃。
それらに一点だけ存在する"弱所"を一瞬で見抜き、一点を示すサトシに全てを委ね、打ち込まれたピカチュウの電撃。
まずは"ソウルクラッシュ"を弾き飛ばし、ビリヤードの様に進路を変えた雷が"マジカルシャイン"を真っ向から打ち破る。
「カーーッ!」
その軌道の先にいたタイカイデンが反応できない角度から、急所へと抉り込みたったの一撃でダウンを奪う。
「んなっ……でんきを無効にするタイカイデンの"ちくでん"が機能してない!?」
「あたし達の技をまとめて弾き飛ばした……一発の"10まんボルト"がどうしてこれ程の威力を……」
たった一手、ほんの1秒程度の我が目を疑う攻防は、2人の少女(ナンジャモは自称年齢)を最高レベルまで警戒を引き上げる。
今この場において、遥か格下だった少年が己達と同格――危険領域まで変貌したのかもしれない。
だがこれは、サトシという少年のポケモントレーナー年代記において――第一次覚醒に過ぎないのだ。
カントー代表:残り12体
パルデア代表:残り12体
ガラル代表:残り12体
ブルーベリー代表:残り12体
いつもご視聴ありがとうございます。
リザードンの成長は後にいつか書こうと思っていましたが、サトシの成長と合わせてここで披露しました。
50話で決勝終わればいいと思ったけど3~4話伸びるかもですねこれは。