ポケットモンスター -紫電のゼオン・ベル-   作:やぶゆー

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※46話でマリィのオーロンゲを撃破する時の描写に誤りがあったため、修正いたしました。


47話:テラリウムドームの五つ巴-⑦ ゼオン始動

 

 

 サトシ、マリィ、ナンジャモの決着から、時は10分前に遡る。

 ポーラエリアに吹き荒れる冷風が、標高高い積雪地帯に陣取るデュフォーとゼオンの頬を厳しく叩く。

 氷山地帯はデュフォーにとってトラウマの地であり、新たな家族と出会った場所でもある。

 

 

「あの時の寒さはこんなもんじゃなかったな、デュフォー」

 

「ああ、ゼオンの到着があと数分遅れていたら危険だった」

 

 研究施設が爆破され、極寒の雪山にデュフォーが叩き出されたタイミングで、ゼオンが駆けつけた。

 あの絶妙な救出劇は何かの計算、または意思が介入してお膳立てされたものだったのか、脳内でデュフォーは幾度か問うた。

 だが《アンサー・トーカー》からの回答はいつも、"偶然である"の一択だ。

 ただ運が良かっただけ、という結論に納得がいかない。

 だが何故その答えが気に入らないのか、デュフォーは己自身の内面を深堀りできずにいた。

 

()()()を引いたな、オニオン」

 

「ハズレの間違いでしょキバナさん」

 

 感慨深く言葉を交わすデュフォーとゼオンの前に、しばし前から接近を感知していたキバナとオニオンが飛来する。

 1対2という状況を加味した上で、デュフォーは遥か遠くに存在する僅かな勝ち筋を掴むためその場に腰を下ろし、ためらいもなく瞑想を開始する。

 

「ゼオン、任せた」

 

「ああ」

 

 控えも出さず、指示も放棄し1体のポケモンに丸投げする。

 暴挙とも言える行動に、キバナは呆れを通り越して感心を抱く。

 

「ハッハッハ! お前達の無謀っぷり、俺様は嫌いになれねえ。ぜひ直々に戦ってみたいところだが――行けるか、オニオン」

 

「強敵だなあ……怖いです……」

 

 キバナがゼオン達への好奇心を抑え、オニオンに託した理由は、アオキ,ネモ,カキツバタの存在にある。

 いかに今大会でランク上は最強のキバナといえど、ゼオンと戦えば痛手は避けられない。

 その状態でマスターランクの3人を相手にするのは、いささか危険という判断だ。

 オニオンはか細い声で、シャドーポケモンのゲンガー、ばけのかわポケモンミミッキュを繰り出す。

 既に外で待機していた、てづかみポケモンのヨノワールと即席の陣を組むと、ゴーストタイプという特異な種族が合わさって独特の雰囲気を放つ。

 タクトのダークライほどではないが、生物の不安を煽るような負のオーラだ。

 

(こいつら、なかなか強いな。おそらくは搦手と連携を重視してくるタイプか?)

 

 ゼオンはゴーストタイプのポケモンとの対戦が少ない。

 まともな猛者との戦闘経験は、カントーリーグ決勝でのゲンガー戦くらいで、変則的な技を使う相手が多いという程度の認識しかない。

 少しでも時間を稼ぎたいゼオンから、仕掛けることはない。

 身構えるゼオンに対し、中距離の位置から3体が生命エネルギーを練り上げる。

 

「行くよ、ミミッキュ。"トリック・ルーム"」

 

 ミミッキュを中心点とし、周囲数十メートルの空間が球状に歪んでいく。

 空間内に存在する全ポケモンの素早さ関係を逆転させる、世にも珍しい変化技。

 全ポケモンの中でも屈指の素早さを誇るゼオンにとって、相性最悪の技だが、技の内容は既に把握済である。

 

「悪いがそれを黙って食らうほど、オレは自信家じゃない」

 

 歪曲する空間の外、ひとっ飛びに上空へ駆け抜け宙から"ほうでん"を撃ち落とす。

 "トリック・ルーム"は強力であるがゆえ、大きな弱点が2つある。

 一つは即時発動ではなく、効果開始まで遅延があること。そしてもう一つは射程範囲が固定されてあからさまなこと。

 発動前に射程範囲外へと抜け出せば恐れるに足らぬ、というのがデュフォーとの予習を経たゼオンの見立てだ。

 

『ゲンー!』

 

 オニオンの合図に真っ先に反応したゲンガーが飛び跳ね、電撃の塊を一手に引き受けた。

 直撃しながらもなんとか持ち堪えたことで、両者に相対する相手の手ごわさを知らしめる。

 

「オレの紫電をまともに食らって戦えるか……」

 

「これがゼオン・ベルの雷……対特殊攻撃用の障壁を貼っていたのに、4割近くも体力を削られた」

 

 ゲンガーの実力からパーティ全体の実力が推し量れる。

 1対3で悠長に構えている暇はない。すぐさまゼオンは追撃を試みるが――

 

「何だ……?」

 

 全身が泥沼に沈められたかの様に、うまく身動きが取れない。

 ゼオンは"トリック・ルーム"を直接体験したことはないが、オニオン達の態度から、おそらく術を受けてしまったのだと確信する。

 

("トリック・ルーム"が持つ2つの弱点。僕のミミッキュなら、片方の弱点である射程範囲の隠蔽と偽装、拡張ができる)

 

 ゼオンが見た球体は、本来の効果範囲。それに加え、ゼオンが脱出するであろう空中に不可視の拡張範囲を展開していた。

 理屈自体は単純だが、それを実現するには高次元な技術と技の発展修行が求められる。

 

(こいつもミュウツーやマンダと同じ、技を鍛えレベルを一つ上の領域に押し上げているとしたら、想像以上に厄介だ。

 リーダー格のあの男(キバナ)が控えているが、温存している余裕は無い)

 

「ヨノワール、"シャドー・パンチ"」

 

 後の展開を考える猶予も与えぬかのように、ヨノワールがゼオンの背後に瞬間移動し、軌道が見えぬ影拳を打ち込んだ。

 オニオンのヨノワールは、"トリック・ルーム"下での攻撃に特化するためあえて火力だけを伸ばし、速度鍛錬を一切積んでいない。

 速度関係が逆転した状態においてはミュウツーをも上回るスピードで、重火力アタッカーの攻撃が襲いくる。

 マント越しに受けた一撃で、痺れる背。

 それはゼオンに脅威を植え付けながらも、同時に幾つもの情報を与えていた。

 

(トリック・ルームが逆転させるのは、ポケモンの移動速度だけか。技の速度、思考速度、反射神経は変わらない。それならやりようはある)

 

 右掌から再度"ほうでん"を放つ。

 ただし今度は、トリック・ルームの効果範囲と思わしき空間全域へ、360度全方位に向けてだ。

 オニオンが指示するより速く、ヨノワールは射程範囲の外にいるゲンガー、ミミッキュの位置まで下がり、電撃の海から逃れる。

 しかし広範囲を満たす強力な閃光と雷音は、僅かの間3体とオニオンの視聴覚を奪っていた。

 

「ッッ……上だ!」

 

 後方のオニオンが気付いた時には、ゼオンは既にトリック・ルームから抜け出し、3体の頭上で左腕を掲げていた。

 

「お前達に出し惜しみはしない。かみなりパンチ《円刃の型》――"雷月咬(らいげっこう)"」

 

 ゼオンの意思を示すかの様に、円状に唸る電撃が左腕で渦巻く。

 かつてガッシュとの戦いで、清麿に"バオウ"を切らせる程の威を見せつけたゼオンの術、"レード・ディラス・ザケルガ"。

 それをベースとし、"10まんボルト"よりは火力が落ちるものの、スピード,操縦精度,消費エネルギーで勝る対集団戦用の新技が放たれる。

 

「うおっ……でけえ丸ノコ。あの質量と速度で自在に操れるのか!」

 

 感心するようなキバナのリアクションに、デュフォーが(ヨーヨーだ……)と心の中で呟く。

 その間にもミミッキュがヨノワールを庇うように飛び出した。

 

「ゲンッ!」

「キュッ!」

 

 巨大な雷のヨーヨーが、ゲンガーとミミッキュを同時に斬り裂きゼオンの手元へと戻り、再び一部が、かみなりエネルギーとしてゼオンに還元される。

 持続時間を抑えれば破格のコストパフォーマンスを保てるのも、この技の長所である。

 

(ヨノワールは庇われたが、これで2体をダブルキルした! このまま距離を取ってもう1体も、速やかに仕留める)

 

 ほうでんを放った右手に再びかみなりエネルギーを纏わせ、ツメへと移ろうとするゼオン。

 

「なんだ……っ!?」

 

 再度全身を覆う違和感。トリック・ルームによる倦怠感だけでなく、生命エネルギーを直接吸い取られるような嫌悪感,不快感にも襲われる。

 

(……これはまさか、ゴーストタイプのポケモンにのみ使える、相手の体力を削る"のろい"か?

 ゲンガーが倒れ際に何かを唱えていた気がするが、食らったとしたらその時か。

 しかし、トリック・ルームの方は何故食らった? この技は重ねがけできないはず……)

 

 遠巻きに観戦していたデュフォーは、アンサー・トーカーの力をセーブしたまま、事象に対する仮説を打ち立てる。

 ピカチュウの外観によく似た、ハリボテの様なミミッキュの外皮が根本で圧し折れている。

 ミミッキュがとくせいの"ばけのかわ"で一度だけダメージを無効にし、自身とヨノワールの生存を確保したのだろう。

 その時、ミミッキュが自身のトリック・ルームを解除し、ヨノワールがもう一度新たなトリック・ルームをゼオンがいる座標に形成したのなら、眼前の状況は再現できる。

 

(オレの推測が正しければ、オニオンのパーティは多対一に特化していて、ゼオンといえど苦戦は避けられない。

 場合によっては、早くも"サブタンク"を投入する必要がある)

 

 ひとまず、ゼオンにかけられた"のろい"を解除しようと立ち上がりかける。

 それを見透かすかのように、デュフォーの傍で様子を見ていたキバナが釘を差す。

 

「フェアにいきたいから、先に言っとくぜ。モンスターボールに戻れば"のろい"は解除され、トリック・ルームが切れるまで耐久作戦もできる。

 だが、他の控えを出さずにそいつをやった場合、一人一殺の制限解除し、俺様も参加して速やかにあんたらを仕留める」

 

 キバナは既に周辺の索敵を終え、他のポケモンがいないことを把握している。

 ならばデュフォーが持つゼオン以外の手持ちは、他の場所に散らばっているはずだ。

 その状態でゼオンをボールに戻せば、バトルを中断した時間稼ぎになってしまう。

 事情はどうあれ、一度始まった1対3を最後まで全うしろ、とキバナは言っているのだろう。

 デュフォーはその()()に従い、腰を下ろす。

 

(これでオレは手出しが出来なくなったが……代わりにその忠告はゼオンに()()()()を入れた)

 

 救援も絶たれ、のろいとトリック・ルームの二重苦に攻められながら、ゼオンは静かに笑う。

 それは決して強がりや虚勢の表れではない。

 この程度の苦境、彼の弟(ガッシュ)のそれと比べれば、ぬるま湯のようなものだから。

 

「ククク……わざわざお膳立てをしてくれて助かる」

 

 リザードンの"修羅"を制御するトレーニングにわざわざ無償で付き合ったのは、彼の潜在能力への興味とサトシの強化が半分。

 そして残り半分は――リザードンのそれよりも遥かに凶暴な、己の修羅を制御するため。

 窮地に追い込まれたことで、ゼオンが纏う生命エネルギーに、僅かに瘴気の様な濁りが走る。

 それにただ一人気付いたデュフォーの瞳孔が、ゆらりと揺れた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 少女には武の才能がある。

 ポケモンバトルも、対人武術も、どうすれば相手に攻撃が当たるか、相手の攻撃の軸をずらせるか、コツがすぐにわかった。

 己が特別だと気付いた頃には、サイトウの武勇はガラルに轟いていた。

 だが同時に、パルデア地方のある少女は彼女の名声を上回っていた。

 幾度となく名だけは聞いていた、『ネモ』という少女といつか相対したい。

 その願いはこの決勝戦の舞台で叶ったのだが――

 

(これが……パルデアのネモ選手。"パルデア地方屈指の天才少女"という前評判――全くもってデタラメですね)

 

「7,1,6ダブ!」

 

 2人の褐色肌の少女達、その戦いは既に終盤戦だった。

 サイトウが凛とした掛け声を送ると、カイリキーとルカリオが、精密機械の様に統率された連携でサバンナエリアの草原上を駆ける。

 "ダイレクトリンク・ナンバーシステム"。

 数字に合わせ、ポケモンがあらかじめ割り振られた動きと連携技を、ダブルバトルのコンビネーションで放つ。

 予選でシンジがサトシを相手に使った"ナンバーシステム"の上位互換とも言える、習得,攻略共に高難易度の戦術。

 

「わわっ、ウェーニバル、マスカーニャ! "アクアステップ"と"とんぼがえり"で後ろに回避。 ラウドボーンが交代してガード!」

 

 ややせわしながらも、的確に繰り出されるネモの指示。

 パルデア地方に伝わる火、水、草タイプの御三家最終進化のポケモン達が、忠実,迅速に()()を成立させる。

 サイトウの切り札を前に、さすがに無傷とはいかないが、ここまで決定的なダメージを避け続け、あまつさえ1体を返り討ちにしている。

 

(全力の攻めがことごとく外される。パルデア地方どころじゃない……この人は世界レベルで表現される天才だ。私とは器が違う!)

 

 初めて己を超える素質と迫る敗北の両方に挟まれながら、サイトウは心静かに次の最善手を脳内で構築する。

 2体の限界も近く、おそらく自身の負けは動かない。

 ならば、今後のためにも()()()のプロトタイプを試運転するべきだ。

 サイトウが目配せすると、カイリキーが覚悟したかのように目を閉じ、視覚以外の感覚器を鋭敏に研ぎ澄ます。

 そのままサイトウとルカリオ両者から、不可視のサインを受け前進すると、視界を塞いだまま、拳を繰り出す。

 それは真正面にいたゴーストタイプである、ほのおワニポケモンのラウドボーンの頬を僅かに切り裂いた。

 

「"無明心眼"」

 

「ヴォッ!?」

 

「えっ……かくとうタイプの技が当たった!? ラウドボーン、すぐに後ろへ――」

 

 ゴーストタイプにただの物理攻撃が当たるはずがない。

 想定外の事態に驚きながら、のけぞったラウドボーンへ反射的に防御指示をネモが繰り出す。

 結果論になるがそれは悪手だった。

 サイトウの新技、"無明心眼"はまだまだ発展途上で、ゴーストタイプにはかすり傷を与えるのがやっと。

 あくまで陣形を崩すのが目的で、真のターゲットはその後方に控えていた――

 

「せめて1体は! ルカリオ、カイリキー、"クロス・インファイト" 」

 

「グルルルァ!」

 

「シャイッ!」

 

 2体が防御を捨て去り、態勢を崩したラウドボーンに目もくれず敵陣へと突っ込むと、マスカーニャの前で交差し、至近距離でラッシュを打ち込む。

 これまでほぼ無傷のマスカーニャであったが、弱点タイプの大技2発分は、さすがに耐えきることはできなかった。

 

「ニャァ……」

 

「最初から狙いはマスカーニャだったのか……不覚だね。

 ラウドボーン、"フレアソング"! ウェーニバル、"アクアステップ"!」

 

 インファイトを放った直後、動くこともままならぬ2体は、そのまま無防備に攻撃を受け、気絶したマスカーニャと折り重なるように戦闘不能となる。

 

「みんな、よくやってくれたよ」

 

 1体の犠牲を出し、サイトウの秘めた力の一端を思い知ったネモは素直に勝利を喜ぶことはせず、手持ちを戻すと軽く一礼だけしてその場を去っていった。

 一方のサイトウも深くため息を吐くと、一礼を返しルカリオとカイリキーを労りながらボールへと戻す。

 

(終わった……。ごめんなさいゼオン、決勝の舞台で戦う約束を果たせなかった。

 でも、()()()()は残せたはず。そして私も次に会うときまでに、必ずもっと強くなってみせます)

 

 才能の違いを見せつけられた。おそらくネモはこの後更に進化を遂げていくことだろう。

 それでもなお、サイトウは折れることなく再戦のシミュレーションを思い描いていた。

 心からの好敵手であるゼオンと出会えた。

 彼を目標とすれば、きっと限界を超えられる気がしたからだ。

 

 

 




いつもご視聴ありがとうございます。
実はサイトウの戦闘シーンを尺の都合上カットしました。
彼女にはもう少し後に別の大きな舞台で活躍してもらいたいです。

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