ポケットモンスター -紫電のゼオン・ベル-   作:やぶゆー

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 ※R15回です。


48話:テラリウムドームの五つ巴-⑧ 死闘

 ポケモンの転送装置も、ポケモンセンターの治療技術も確立してしない過去の話。

 その男は精悍で心優しく、皆から愛されていた。

 

「キクコ、早まるな! 今の精神状態のまま奴らのアジトへ行けば、殺し合いになる! まずは自警団と役場に相談して……」

 

 その女は優しさと厳しさと影を兼ね備え、そして美しかった。

 だが今はその瞳に怨の焔が宿っている。

 

「あたし達の家族は奴らに殺されたのに、落ちついてられるかい!

 あたしが捕まえた下っ端の話を聞いてただろ? あの子達は……死の間際にあたし達と、とっくの昔に死んだあたしの親に助けを求めてたらしい」

 

「俺はキクコにも、奴らにもこれ以上死んで欲しくない!」

 

 数分にわたる押し問答の末、ふと女の目に失望と諦めが浮かんだ。

 

「ユキナリ、あんたも昔は強くていい男だった!  今じゃ見る影もないね! ポケモン図鑑作ってるようじゃだめだ! ポケモンは戦わせるものさ……!

 だから家族を奪ったクズも裁けない腑抜けになっちまう! あんたにも奴らにも()()()の戦いってものを教えてやる!」

 

「キクコ……」

 

「軽蔑したきゃしな。あんたはあたしと違って歴史に名を残す偉人になれる可能性がある。

 そのまま一生『いい人』をやってりゃいい。じゃあね、オーキドユキナリさんよ」

 

 後にポケモン学の権威となる博士になる男と、四天王在籍期間のタイトルホルダーとなる女、その()の分岐点であった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

(ハッ……なんであの時のことを急に思い出したのか。あたしにも未練があったのかね)

 

 静寂の中、無機質な風景が続く通路を一人の女が自嘲しながら、足音も立てずに悠然と進む。

 テラリウムドームの五つ巴は、謀略渦巻く怒涛の後半戦に突入する。

 そう――4チームによる四つ巴ではなく、()()の勢力がぶつかり合うこの決勝戦、何故五つ巴なのか疑問に思う読者の方も多いと思われる。

 もう1つの戦場――そして最後の舞台に物語はフォーカスされる。

 ここはブルーベリー学園の地下に創られた、広大なセキュリティエリア。

 女はあっさりと形だけのゲートセキュリティを無力化、突破し、内部へと侵入した。

 

「おい、ここは一般人立入禁止の私有地だ――ギャッ!」

 

 女の眼の前に立ちはだかった黒服の男は、通告なしの"シャドーボール"を腹に受け通路の上に昏倒する。

 手加減したとはいえ、ゲンガーに攻撃指示を出し、人間相手に容赦なく直接攻撃を仕掛けた、マスクと帽子姿の熟女。

 申し訳程度の変装を施したカントー四天王キクコは、気絶した男を酷薄な表情で見下ろす。

 

「一丁前に世の中に揉まれたせいで、悪さしてる奴は纏ってる空気で一発でわかるのさ。

 入口にいた警備員の兄ちゃんに罪はないから傷つけずに制圧したけど、あんたみたいな人種には手荒に対応するよ」

 

 男に構わず先に進むと、キクコの視界が開け目的の場所へたどり着く。

 

「また……大層なモノを作ったねえ」

 

 感心と呆れが混じったようなキクコの眼前には、リーグ大会で使用するバトルスタジアムよりも広いエリアが待ち構えていた。

 大量の演算とデータベースの記録をこなしているであろう、無数の物理サーバーが薄暗いエリアの各所で休まず稼働し続けている。

 それらの熱を冷却するための空調がフル稼働していることで、室内はポーラエリアに見劣りしない肌寒さとなっていた。

 

「お目当てのものはあの子か」

 

 サーバー群の中でひときわ目立つ、紫色に怪しく発光する1体のサーナイト。

 その両隣には、護衛と思わしき2体のバリヤードが周囲を伺っている。

 四方に囲まれたタワー状の人工物から大量のエネルギーを集め、生命エネルギーへと変換し、不可視の力場を産み続けるサーナイトを見て、キクコは確信する。

 デュフォーとナツメの力を阻害し続けている原因を特定した、と。

 

 ――こちらキクコ、アマネのお嬢ちゃんが入手した情報は当たりだった。

 校舎の地下で標的を見つけたよ。……ゼオン?

 

 キクコの腹には、術者であるゼオンと念話が可能となる雷――雷結晶(らいけっしょう)が埋め込まれている。

 本来の目的である誓約遵守の道具ではなく、今回はただの通信手段としてのアイテムだ。

 もしも決勝戦でカントー代表が意図せぬ妨害工作にあった場合に備え、デュフォーが保険として用意していたものである。

 返答が無いということは、ゼオンが会話する余裕のない戦闘中であるか、意識がないかのどちらか。

 その場合は、デュフォー達を妨害する存在をキクコの独断で排除する手筈になっている。

 

「これはこれは……まさか本当に()()()()が来るとは」

 

 サーナイトの背後、その闇より音もなく出ずる全身黒尽くめの、金と銀髪の妙齢美女達。

 有無を言わさず彼女達を気絶ないし拘束で制圧しようとしたキクコは、反射的にゲンガーを静止し、共に距離を取る。

 先ほどの男とは次元が違うことを、対峙しただけで読み取った。

 好戦的そうに微笑む金髪の方は、強力な武の匂いがする。

 しかし真に警戒すべきは、もう一方のサングラスをしている無表情な銀髪の方だ。

 

(銀髪の方……威圧感を抑えているけど、それを補って余りある邪悪な気配を放っている。

 さっきの小悪党の男どころじゃない。()()()()()を超えている。

 雰囲気だけなら、ロケット団やら何やらの首領クラスと同格……一体何者だい)

 

「若いのに随分と血に染まってるね」

 

「ふっ……お互い様だろう。

 マスクで顔を隠しているが、声と肌から老いを隠しきれていない。

 あんたからも年季の入った身体の奥底から、僅かだが古ぼけた死臭が滲み出ているぞ」

 

 小首をかしげる金髪の横で、キクコと銀髪は何かを通じ合わせ微笑を交わす。

 それはゼオンとデュフォーにすら嗅ぎ取れぬ、命のやりとりを乗り超えた猛者達が放つ残り香だった。

 

「後ろに下がれドミノ。お前は後陣から後方全域を警戒しつつ、護衛対象(サーナイト)を守れ。隙あらば私を援護していい」

 

 ドミノと呼ばれた金髪は、その指示に少しだけ間を空けながらも「はっ」と応え、ロズレイドとアマージョを繰り出すと、忠実に後方で構える。

 

(このお方が……"J"様が私を前衛から下げるとは……それほどの相手か?)

 

 その間にもキクコは、ボールからアーボックとクロバットを音もなく繰り出し、ゲンガーと共に自身の傍に置いていた。

 Jもボーマンダ、アリアドス、ドラピオンを繰り出し、基本的な三角フォーメーションを組んで様子を伺う。

 両者共に手持ちはフルの6体だが、同時展開は3体がベストであると理解している。

 表に出しているポケモンが少なすぎれば火力で押し切られ、逆に多すぎれば動きが滞り、指示効率が下がるからだ。

 

「侵入者は誰であれ私の裁量で排除する。五体満足で帰れると思うなよ」

 

「穏やかじゃないねえ。あんたがこの()()()共のボスかい」

 

「さあな、そう思うなら私を倒してみれば良い」

 

 殺気を漂わせながらもJは饒舌に言葉を交わす。

 彼女からすれば、時間が経てば経つほど有利となる。

 サーナイトを守りきれば最低限の目的は達成されるからだ。

 一方キクコは少しでも速くサーナイトを倒し、自身も逃げおおせるまでが必須条件。

 制約を抱えながらも、今一度状況を見直す。

 

(今のあたしにとって最悪のケースは、引いて守られ増援を呼ばれること。

 銀髪の方はやる気マンマンだし増援を呼ぶ気配もないが、金髪(ドミノ)がそうしないとは限らない。

 まずは速やかに片方を戦闘不能にする!)

 

「"蛇毒の陣"」

 

 キクコの一声で、3体は同時に"ヘドロウェーブ"と"ダストシュート"を放つ。

 ナンジャモがサトシとマリィに使った、1回の指示で3体同時に技を放つ戦術と仕組みは同じ。

 しかしキクコの場合は、各々のモンスターが自身の持つ最も強力などくタイプの技を自らの意志で選んでおり、性能的には上位互換と言える。

 

「ドラピオン、"クロス・ポイズン"」

 

「ロズレイド、"エナジーボール"!」

 

 一見防ぎようのない超広範囲の毒攻撃であったが、Jとドミノはそれぞれ軌道を見極め返し技で相殺し、自分の周囲だけ安全地帯を確保する。

 周りに飛び散った毒が床に付着し、酸が溶かすような不愉快な音を撒き散らすが室内の設備、機器は傷一つつかない。

 おそらくはポケモンの技を防ぐ障壁が、室内に張り巡らされている。

 防衛する側が思う存分技を奮えるのは、この守護機能があるからだろう。

 

「アリアドス、"いとをはく"」

 

「……! ただ避けるだけじゃダメだ! その糸を弾き落としな!」

 

 一見何の特別性も無い、糸の補助技にキクコは顔色を変えアーボックに迎撃させる。

 技の一部が崩れ、手前で撃ち落とされJはピクリと表情を揺らす。

 

(ほぅ……初見で私の"あやかしの蜘蛛結界"のヤバさに気付いたか。

 大抵の奴は"いとをはく"と言われてナメてかかり、避けるだけで済ませるんだがな)

 

「アーボック、そのままアリアドスをフリーにさせるんじゃないよ。ゲンガー、"シャドーボール"」

 

「"りゅうのはどう"」

 

 ゲンガーとボーマンダ、互いのエース同士のメイン攻撃が衝突し、綺麗に相殺する。

 互角という事実は、時の制約があるキクコにとって不利な情報だ。

 

「クロバット、眼の前の敵はいいから、あんたはまずは護衛のバリヤードを崩しな!」

 

「おっと速いな。だが私のドラピオンなら指示なしでも見切れるぞ」

 

 一般ポケモンの中でも屈指のスピードを持つクロバットの鋭角飛行に対し、ドラピオンが先回りするように"クロス・ポイズン"を放ち迎え撃つ。

 3箇所で1VS1の膠着状態が続く中、最初に違和感を抱いたのはJだった。

 

(妙だな……クロバットで標的を狙うにしては、指示があからさまだし、攻撃の動線が派手だ。闇に紛れるなり、やりようはあるはず……ん!?)

 

「ドミノ!」

 

 薄暗い部屋の中にも光の濃淡で影は出来る。

 サーナイト達の近くの床に伸びている、大きな影の先端が僅かにゆらりと動いたのを、Jは機敏に悟る。

 

「ッ!? ロズレイド、"パワーウィップ"!」

 

 とっさに反応したドミノの指示で蔦が繰り出されると、影の中から飛び出してサーナイトを急襲しようとした2体目のゲンガーの身体を打ち付け、弾き飛ばす。

 3対3だと思わせておいた上での4体目の襲撃を見抜かれキクコがふ、と小さくため息を漏らす。

 

(奇襲も通じないかい……。それに金髪(ドミノ)の戦闘センスも思ったより高い。

 となると、あとは正攻法での突破しかないね……)

 

 弾き飛ばされたゲンガーは、そのまま影を伝いもう1体の片割れの方に逃れる。

 2体が重なり、ゴーストエネルギーを錬成し互いの"シャドー・ボール"を重ね合わせた。

 

「"シャドー・ユニゾン"」

 

「ボーマンダ、"ぼうふう"ではじき飛ばせ!」

 

「アマージョ、"はなふぶき"で援護しろ!」

 

 合成により威力を数倍に引き上げたシャドー・ボールを、2体の連携でどうにか傍の壁へと僅かに軌道をそらし、その威力にJは忌々しそうに鼻を鳴らす。

 

「ふん……奇襲を仕掛けたかと思ったら、すぐさま高火力の正面突破か、食えないバアさんだな。

 それにドミノ、さっきはよくあの掛け声だけで対応した。お前、この任務が終わったら今の役職もこなしながら私の側近になれ」

 苦笑しながらJへ「お戯れを……」と返すドミノ。

 2人のやりとりをうかがいながらも、キクコは疑念を拭えずにいた。

 

(妙だね。ただの不法侵入者に対するセキュリティにしては強すぎる。

 そして仮に明確な目的で戦闘要員が来ると知っていたなら、もっと人員を割いてもよかったはず。どうしてこうも敵の戦力が少数精鋭で()()()()()?)

 

 そして一方、戦闘開始前から抱えていた疑念を払拭できた者もいた。

 

「なるほどな……わざわざ私を前線に呼ぶとは、N()o()2()殿()も臆病風に吹かれたかと思ったが、なかなかどうしてうまく見通すじゃないか」

 

 意味深なJの呟き。そして僅かその1秒後――

 

「"サイコキネシス"」

 

 ボイスチェンジャーにより変換された声と同時に、キクコとゲンガーの背後から強力な念波が襲いかかる。

 

「ゲン……!」

 

「かはっ……」

 

 衝撃を受け、呼吸不全に陥りながらもキクコは後方を確認し、現状把握を開始。

 マントと仮面で全身を隠す正体不明の女、そしてその隣を漂う青い頭に小さなボディ――キクコの戦歴と知識をもってして、未知なるポケモン。

 

(新手!? 察知出来なかったとは不覚……!

 いや、あたしは後方もきちんと警戒していたはず。このあたしに悟られず気配を完全に消すとは……)

 

「さすが"アグノム"、伝説級にふさわしい強さですね。さて……Jさん、ドミノさん、防衛ご苦労さまです。

 先程は入口の警備が杜撰(ずさん)で申し訳有りませんでした。

 たった今、私の精鋭達で固めておきましたよ。

 おそらくこの侵入者は、カントー四天王のキクコ氏……大物が釣れましたね」

 

「そういう……ことかい……」

 

 女の言葉で、自分が置かれた――いや誘い込まれた状況を理解したキクコは、初めて僅かに表情へと苦渋を浮かばせる。

 そして――味方であるはずのドミノは、女に対し戦慄と恐怖をにじませていた。

 

(デュフォーとかいう小僧が尋常ではないことは、私でもわかる。

 対処しなければ、将来必ず我々の障害となるはず。

 でも……まさか用意された決勝戦の狩り場で、我々の存在と作戦に気付き、あまつさえここに刺客を仕向けるとまでは思っていなかった。

 デュフォーは紛れもなく怪物……だからこそ余計に恐ろしい。

 このお方が……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことまで考えていたとは……!)

 

 デュフォーが何も気づかず無抵抗のまま決勝戦で敗退すれば、良し。

 気付いた場合は仲間の戦力を削り殺し、デュフォーを無力化して更に良し。

 決勝戦がデュフォーを潰す表の狩り場なら、ここはデュフォーを助けようと動いた者に対する裏の狩り場。

 標的は自身であったと思い知らされ、完璧を誇っていたキクコの警戒が綻ぶ。

 

「やっと隙を見せたな」

 

 Jの合図で、無慈悲に吠えるボーマンダの怪腕が背後から襲い来る。

 

「シャー!」

 

 とっさに近くにいたアーボックが身を呈してかばい軌道をズラすが、まともに"ドラゴンクロー"を受けたアーボックは重症。

 そして――即死こそ避けられたものの、その一撃は枯れ枝をへし折るかのように、キクコの細い右腕を肘から抉る。

 攻撃を受けた本人が鮮やかだと思う程に、綺麗に腕を切り落としていた。

 

「これもお互い覚悟した上での死闘……恨むなよ。それに、五体満足で帰さんと忠告はしておいただろう」

 

 自らの手で致命打を与え、上機嫌なJの言葉に、ドミノはまたも背筋を凍らせ高揚する。

 

(やはりこのお二人は怪物……。()()()()()()()が誇るA級ナンバーズを凌駕した、マキシマムナンバーズを冠することが許された特別なお方たち。

 No3のJ様、そしてポケモンリーグのスポンサーエージェントにして、ミュウツーを奪わんと企む協会を更に裏から操るNo2――エリシア様。

 このお方達がいれば、我らロケット団はどこまでも強くなる……!)

 

 一方のキクコに、その言葉は届いていない。

 粘着性の脂汗を流す中で、焼けるような、痺れるような痛みの電気信号を右ヒジから送られ続けている。

 その中で、何故先ほどオーキドとのやりとりが脳裏に蘇ったのか――本能にその答えを告げられていた。

 

(ああそうか……ここが私の死に場所ってやつなんだね。

 ユキナリ……今ならあんたの言い分も少しわかるかもね。

 決して抜け出せぬ死、復讐、暴力の輪廻――あんたはこっちに来なくて正解だったよ。()()()()のは、あたしだけでいい)




いつもご視聴ありがとうございます。
ドミノは、ミュウツー!我ハココニ在リ、に出てきたサカキの右腕の「ナンバーズ」、
Jはシンオウ編に出てきたポケモンハンターのお姉さんです。
Jは原作ではUMA捕獲の際に撃墜され生死不明となってしまいましたが、本作ではエリシアの援護もあり助かっています。
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