ポケットモンスター -紫電のゼオン・ベル-   作:やぶゆー

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50話:テラリウムドームの五つ巴-⑩ グルーシャとサトシ

 ――この決勝戦はクソだ。サムすぎる。

 

 思し憚(おもしはばか)ることなく、青年は本音を独りごちる。

 小柄で長髪、中性的な顔貌から『女性に見える美しい外見』という評価をまま受ける。(本人はそう言われると照れるが)

 加えて苦い過去から、時々皮肉屋な一面も見せる冷めた性格も併せ持つ。

 その青年――グルーシャは今、容姿,人間性共に似ても似つかない、マサラタウンの少年にシンパシーを抱いている。

 

「ピカチュウ、俺の示す方向に"でんきショック"! ピジョット、"かぜおこし"の防壁をキープするんだ!」

 

 ガムシャラ,果敢に指示を飛ばし、グルーシャとアオキの猛攻に耐えるサトシの姿は「昔の彼」を見ているようだ。

 予選の成績は奮わなかったが、決勝の舞台で覚醒し、乱戦だったとはいえマリィとナンジャモを突破するまでに強くなった。

 グルーシャは想う。

 おそらくサトシはポケモンバトルの才能においては、自身を超えるのかもしれない、と。

 未来があり、そして若さゆえのひたむきさと勢いも併せ持っている。

 

 ――だからこそ、余計に彼は気の毒だ。

 

 脈絡無く描画した青年の心境を語るには、改めて状況を整理する必要がある。

 

 遡って第2ラウンド――

 アオキとコーストエリアへ向かった時に、デュフォーのドンカラス(オカシラ)と遭遇した。

 時間稼ぎをするつもりで、ひたすら2人から逃げ回るドンカラス(オカシラ)に対し、アオキは早々に見切りをつける。

 キャニオンエリアの生体反応を確かめるべく、追跡を切り上げたアオキに対し、グルーシャは簡単には諦めなかった。

 だが、あえて禁止エリアに逃げ込むという奇策を受け、その行動に滾るようなアツさを見た彼は、賛辞を送りつつようやく断念。

 

 続いて第3ラウンド――

 ネモから、ポーラエリアに向かうという連絡を受け後を追おうとしたところで、タロ、サトシと鉢合わせになった。

 おそらく2人とも、ポーラエリアから伝わる強い生体反応(ゼオン)へと向かう途中だったと思われる。

 3人での戦いが始まってすぐに、ネリネとのバトルに順当な実力差で勝利したアオキが駆けつけた。

 しかし、アカマツが自爆覚悟で捨て身の援護をしたことで、アオキも無事では済まなかった。

 カラミンゴを落とされて、ムクホークとノココッチも負傷する痛手を負わされている。

 グルーシャとタロも相打ちで1匹ずつ失って、今は4対2対2の変則三つ巴が続いてる――

 

「ハルクジラ、前線を下げないでこの位置をあと1分キープするんだ。

 それだけで一気に勝勢に傾く」

 

 このまま行けば、確実に自陣が勝つとグルーシャは確信する。

 サトシの指示内容は悪くない、ポケモン達も懸命に動いている。

 根拠はポケモンバトルの外――()()()()()()()()()()の差と言えるだろう。

 

「ピカチュウ、これ以上押し込まれるな! 

 ッッ……ピジョット、横からの突破も可能なら、狙うんだ!」

 

 指示を出すサトシの表情に窮屈そうな苦渋が走る。

 自分が置かれた状況の深刻さに気付いたのか。

 サトシは今、禁止エリアの際、ポーラエリアとサバンナエリアの境目の壁を背に戦っている。

 戦闘開始直後に、次のラウンドの安全地帯を把握して、グルーシャ達でサトシの位置を上手く誘導しておいたのだ。

 このままあと1分――何も手を打たず放っておけば、第4ラウンドのリング収縮に飲まれてしまう。

 2人は正面からきっちりと逃げ道を塞いでいる。1分で2人を倒すことはまず不可能。

 これが普通のバトルロイヤルなら、タロが自身の生存戦略として、サトシを一時的に援護したかもしれない。

 しかし、ブルーベリー代表もカキツバタ越しにカントー代表を狙う指示を受けている。

 要所で嫌らしくグルーシャ達のポケモンを削りはしても、サトシの利になる働きはしてこない。

 

「順調です。このまま冷徹に、サトシ選手をあの場所に釘付けにしましょう」

 

 アオキも容赦なく、当方の被害を抑えながらサトシの勝ち筋を潰すつもりだ。

 グルーシャの視点で先まで断言するなら、サトシの――ひいてはカントー代表の負けは確定している。

 アマネは脱落し、デュフォーも各チームのエースによる集中攻撃を受ける。

 ここまで巧みに逃げ隠れているナツメ一人が加勢したところで、逆転は絶望的。

 カントー代表にとって、氷のように冷たい現実が変わることはない。

 

「あと40秒でリングが狭まる……。サトシ君も打つ手無しか」

 

 ――やっとわかっただろ。改めて言おう、この決勝戦はクソだ。

 上層部の政治的な都合で、1チームを集中攻撃だなんてサムすぎる。

 

 アオキは気を使って明言しなかったが、グルーシャもそれくらいは読み取れる。

 しくじればアオキと、その上司のオモダカも責任を取らされるだろう。

 結果的にグルーシャ達は()の思惑通りに動くしか無い。

 あと2,3年、サトシが経験を積んでいたら。

 デュフォーやネモの様な世界TOPクラスの資質を持っていたら、うまく立ち回れたかもしれない。しかしそれは、たらればの話だ。

 

「中途半端な才能ほど哀れなものはない……。

 現実を味わった時に、受けるショックも凡才より大きい」

 

(サトシ君は今日、現実を直視する。でも君達を叩き潰した者の責務として、もしもつまずいたら、相談くらいは乗ってあげるよ。

 君が僕と同族なら、立ち直れるはずだ。

 それがいつになるかわからないけど、その時はもうぼくと一度バトルしよう――)

 

「っ……戻れ、ピカチュウ!」

 

「えっ!?」

 

 一瞬、サトシが何をしたのか理解できなかった。

 おもむろにピカチュウをモンスターボールに戻したことで、アオキも戸惑いを見せ、タロに至っては思わず驚きが声に出る。

 トレーナーは1体以上、戦闘可能なポケモンを外に出しておくのが決勝戦のルールだ。

 これではピジョットが戦闘不能になった時点で、ボールの中でピカチュウが生存していても失格になる、完全な悪手にしか見えない。

 

「ピジョットだけでも空から逃がすつもりですか? さすがに無理筋では……」

 

 アオキの言う通り。いかにピジョットが速い種族とはいえ、移動経路はほぼ限られている以上、逃走は困難。

 ドンカラス(オカシラ)と同じ手はもう使えない。

 あれは体力が万全、早いラウンドでリングダメージが少ない、という2つの条件があったから成功しただけだ。

 既にダメージが蓄積しているピジョットが、第3ラウンドのリングダメージを受けたら戦闘不能。生き残ったとしても、バトルできる体力は残らない。

 

「もうこれしかない。頼んだ、ピジョット」

 

 サトシが申し訳無さそうに後ろを振り返り、モンスターボールをピジョットに咥えさせる。

 ピカチュウを――託したというのだろうか。

 

「まさか……」

 

 無表情だったアオキが何かを察し眉を僅かに動かす。

 何が狙いか――グルーシャはまだ理解が追いついていない。

 その時、覚悟を決めた表情でピジョットが、ためらい無く禁止エリアを全速力で突っ込んだ。

 眼先にあるポーラエリアの氷山を旋回したことで、すぐにその姿は見えなくなる。

 

「なっ……自殺行為だ! 勝負を放棄したのか!?」

 

 すぐにその考えは撤廃される。サトシとピジョットの表情と目は死んでない。

 では狙いは? あのモンスターボールか?

 

「ピジョットを犠牲にしてピカチュウだけでも、我々の包囲網から逃がすつもりなのでしょう」

 

 「ああ、そうか!」とアオキの言葉に頷きかけて、グルーシャは寸前で思いとどまる。

 

「いやでもピカチュウだって、禁止エリアのダメージは受けるんじゃないんですか?

 ……もしかして、モンスターボール内ではダメージを受けない!? だとしたら、それをなんでサトシ君が知ってるんだ?」

 

 可能性があるとしたら、一つしか無い。しかしそれを認めるということは――

 

「おそらく、モンスターボールの中でどれほどダメージを受けるのか、実際にリングの外に出て検証したのでしょう。

 考えられるタイミングとしては、ラウンド1のリングカウントダウン中に、サトシ選手がサバンナエリアの際で待機していた時かと」

 

「ッッ……それって、最初にぼく達がサトシ君を囲んだ時より前じゃないですか!

 3チームの開幕一斉攻撃に対処しながら、同時にそこまで考えて動いてたって言うんですか!?」

 

 最初から勘違いをしていたとしたら。

 カントー代表の競技に対する仕様理解度が、グルーシャ達を遥かに上回っていたとしたら――

 気付けばサトシに対する上から目線の同情と憐れみは、別のモノに変わっていた。

 それはおそらく――羨望。

 

「認めろ……というのか」

 

 かつてグルーシャはスノーボーダーとして大きな挫折を味わい、トレーナーとして第二の人生を歩むのに年月を要した。

 だというのにサトシはより若く経験も浅いというのに、この試練を切り抜けようとしている。

 

 違う――そんな簡単に、あっさと超えていいハードルじゃないよ

 

「アオキさん、ピジョットが出てくるであろう地点を予測して、追いかけますか? それともタロ選手を……」

 

「いえ、グルーシャさん。まずは安全地帯に移動しなければ」

 

『警告。立入禁止エリアの閉鎖が開始します』

 

「は、はい……そうですね!」

 

 ピジョットを捕らえることで、なんとか遅れを取りそうと浮足立ったグルーシャを、アオキの声とアナウンスが冷静にさせる。

 気付けばもうタロとサトシはステージ中央へ駆け始めている。

 不覚――このままでは2人が不利ポジションを背負うことになる。

 アオキの飛行ポケモンを使って、先に強ポジションへの移動を試みようとしたその時――

 

「"ブレイブバード"」

 

 前方を走るサトシの呟き、直後に意識外――背後からの衝撃。

 グルーシャとアオキのパーティの塊に、捨て身の突進を仕掛けたピジョットの姿がそこにあった。

 

「っ……! 後方奇襲ですか!」

 

「なん……どうやって!?」

 

 方法は一つしか無い。

 旋回した氷山の裏側で逃げたフリをして、禁止エリアに留まり続けたのだ。

 相手の意識が逸れるまでの数秒間、リングダメージにひたすら耐えて虎視眈々と奇襲を狙う。

 その考えに至ったグルーシャは、驚愕よりも先に憤りかける。

 常軌を逸したヤンキープレイにしか思えない。

 しかし、だ。リング収縮のアナウンスを受けて、全力で移動せずリング外を警戒し続ける者が果たしてこの状況でいるだろうか?

 そしてドンカラス(オカシラ)が禁止エリアから逃げおおせたという事実も、安全地帯外での耐久作戦をグルーシャ達の意識から消し去っていた。

 

(全て、彼らの思惑通りに誘導されたというのか!? ……でも、まだ終わっていない!)

 

 パニックになりかけながらも冷静さを取り戻せたのは、グルーシャもまたダイヤモンドランクに相応しい経験を積み、挫折を乗り越えてきたから。

 まずは状況の確認。

 リングダメージと"ブレイブバード"の反動でピジョットはダウン。

 そしてキルポイントはグルーシャに付与された。

 肝心の被害だが、幸いにもどのポケモンも戦闘不能になっていない。

 群れの中央に衝撃が集約されたことで、ダメージが程よく分散されていた。

 負傷をおして安全地帯に逃げきれば、立て直しは十分に可能だ。

 

「……今です、マホイップ、"マジカルシャイン"!」

 

「グルルァ!」

 

 戦況が慌ただしくなった一瞬の隙を突くような、正面からのタロの奇襲。

 パーティ全体を覆う桃色の光波動を受け、一番前で後衛をガードしたツンベアーが落とされる。

 だが、飛行ポケモンを持つアオキにあらかじめ移動の役割を任せていることで、グルーシャも遅延することなく反撃に打って出る。

 

「さすがにそこまで侮るな……! ハルクジラ、"つららおとし"!」

 

 代償として距離を詰めすぎていたマホイップを氷撃で吹き飛ばし、後方にいたアシレーヌにも痛手を与える。

 これでタロは一転して窮地に。一方のグルーシャ達は残りの手持ち3体が更に負傷したが、まだ動くことはできる。

 後方の収縮するリング、正面のタロ、更にその奥の移動経路、全てをカバーをした2人の隙のない見事な立ち回りであった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ピカチュウ、"かみなり"!」

 

「ピーカー!」

 

 タロと反対方向、全くの無警戒であったサトシの傍らから、ピカチュウが小柄に合わぬ万雷を轟音で放つ。

 その完全な不意打ちは、ムクホーク、ノココッチ、ハルクジラを一手に三枚抜きする。

 撃ち抜かれた3体はまだ意識こそあるものの、まともな戦闘は厳しい満身創痍だ。

 

「なんと……ピカチュウを逃がしていたのでは!?」

 

 初めてアオキに動揺が走り、野暮ったそうな眼と口が開かれる。

 ここまでなんとか平衡を保っていたグルーシャの思考処理は、完全に破綻した。

 

(まさか……後ろを向いた時にモンスターボールを入れ替えていた!?

 既に戦闘不能になったリザードンのボールをピジョットに持たせ、サトシ君はピカチュウを抱えたままだった……?

 しかし、それだとピジョットがダウンした時にピカチュウはまだボールにいたわけだから、サトシ君は手持ち0体の状態で失格になるはずじゃないのか?

 いや、それよりもまずは安全地帯に逃げなきゃ……違う、ポケモン達がこの傷では禁止エリアから逃げ切れない。この場にいるぼく達全員の敗退は確定した。

 彼はもはや勝ち目は無いと悟り、せめてぼく達を少しでも多く倒そうとしたんだろう。

 逃げたと見せかけてピジョットとピカチュウ、二度に渡る奇襲を成功させるための伏線……!)

 

 グルーシャとアオキは確信する。

 まだ荒削りな部分はある。隙も多い。

 しかしサトシがデュフォーに次ぐ新星であることは、もはや疑いようが無い。

 アマネを含めカントーの地から続々と傑物が輩出され、近い内に名を世界に轟かせるであろう――と。

 戦況は未だ圧倒的不利。しかし――自分達を打ち負かしたことで、カントー代表は微かな勝ちの芽を残している。

 無機質な音を奏でながら迫りくる禁止エリアが、まともに身動きできない手持ちの3体を飲み込んでいく。

 それでもどこか少しだけ、彼らの気は試合中よりも晴れていた。

 頬を叩く冷風に反応し、グルーシャはポーラエリアを見上げる。

 雪山は恐ろしい。今でもその考えに変わりはない。

 でも――姿を変え、時には困難へ立ち向かう者を応援することもあるのだろう。

 

「……サムい試合だったけど、最後は悪くなかったよ」

 

 

カントー代表:残り???体

パルデア代表:残り2体(ラウドボーン、ウェーニバル)

ガラル代表:残り3体(フライゴン、ヌメルゴン、ブリジュラス)

ブルーベリー代表:残り3体(サザンドラ、オノノクス、チルタリス)

 




いつもご視聴ありがとうございます。
グルーシャはSVで一番好きなキャラなのですが、難儀な立ち位置を与えてしまいました。
いつかまたサトシとの絡みを描写できればと思っています。
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