「ああ……殺すだけ殺しといて自分だけ生き残ろうだなんて、虫の良いことは思っちゃいないよ。もうすぐあたしもそっちに逝くからさ……」
薄暗い地下のセキュリティエリアで静かに興った、もう一つの戦場。
その中央でロケット団最高戦力の砲火を受けるキクコとポケモンはまさに風前の灯火。
途切れ途切れの意識、焦点の合わぬ眼のまま、それでも戦闘だけは放棄していない。
「何だ……何をぶつぶつ言っている?」
「ダメージで意識が朦朧として、今まで刈り取った亡者達の幻覚でも見ているのだろう。……あと一押しで死ぬぞこの女」
ここまでキクコを一番痛めつけた張本人であるJが、まるで昆虫を観察するかの様に平然と言ってのけ、ドミノは悟られぬように息を呑む。
ドミノとて世界的な反社会的勢力、ロケット団の中枢戦闘メンバー。
ボスであるサカキのため手を汚す覚悟もあり、
しかし、
Jは違う。快楽で殺生をすることはない。
しかし言い換えるならば、己の利になるのなら平然とそれを手段に組み込む冷酷なエージェントであった。
「いずれにしろ……もう虫の息ということですね。トドメだロズレイド、"パワーウィップ"!」
ドミノの指示を受け、強かにしなる蔦の鞭。
その動きに反応し、半分剥がれ落ちた仮面の奥で虚ろにするキクコの隻腕が僅かに動く。
まだ傷の浅い片割れのゲンガーがそれに反応し、どうにか"シャドーボール"で攻撃を弾き飛ばした。決定打を防がれたドミノに、苛立ちと驚愕が入り交じる。
「なっ……まだ動けるのか!?」
「右腕切断、肋骨,膝蓋骨骨折、呼吸器損傷、創傷無数――この状態で戦えるとは……。
おまけに我がアリアドスも撃破まで持っていかれた。
エリシア殿、あんたはいつも標的に対する敬意がどうのとキショいことを言ってたが、今回ばかりは賛同する」
「キショいだなんて……心が傷つきますよ」
この人がぜったい傷つくわけねー、とドミノが心の中で突っ込む横で、エリシアとJがまるで眼の前で命の奪い合いなど起きていないかの様な、微笑みを交わし合う。
「カントー四天王筆頭という肩書に興味は無いが、此度の獲物には敬意を払ってやる。その上できっちりとここで確実に殺す」
正面からはJの鋭利な、後方からエリシアの押し殺された殺意がキクコを挟むように貫く。
とうとう訪れる――決着の時。
デュフォーの依頼を受けたキクコは独断で動いているため、援軍を用意していない。
もしもデュフォーの仮説が外れていた場合、ただいたずらにセキュリティエリアの不法侵入者として捕まることになる。
まだ立場が弱く、未来のあるタケシやカスミまでは巻き添えにするわけにはいかなかった。
今度こそ正真正銘、詰みの盤面。
(あたしは自分の意志でデュフォーの坊やへ投資した。
ただそれにしくじっただけ……悔いも恨みもない。
観念したように目を閉じるキクコ――だがいくら待てど、最期の瞬間が訪れない。
エリシアがキクコに背を向け、元来た扉を注視したことでJもそれに気を取られていた。
「どうした?」
「後方から気配がします。……しかも速――」
――ボーマンダ、"ドラゴンダイブ"!
凄惨な交通事故の様な衝突、炸裂音。次いで衝撃がエリアに走り、3人は飛ぶような疾さで扉から離れ、奥の方へと飛び退く。
鉄製の扉を障子のごとく容易く破り、殴り込みをかけるボーマンダ。
その背に乗るは仮面で顔を覆う3人の男女。
ボーマンダの顔型のお面を被った短身の男が、エリアの中央で立ったまま動かないキクコとポケモン達を視認し、ボーマンダに救出させる。
「クックック……敵も味方も仲良く顔隠しよってからに。こりゃまるで仮面舞踏会やな」
「私は顔は隠してない! というか……おのれ、何奴!」
(このねーちゃんのリアクション、ノリノリで草)
ドミノの反応に内心でツボりながらも、先頭の男が最初の口上を買って出ると、マスカレードマスクの2人がそれに続く。
赤髪の女と青髪の青年――もしもこの場にゼオンやサトシがいたのなら、ツッコミ芸人の様なリアクションを取りながら、2人の名を口にしていただろう。
「"おのれ、何奴!"と悪がさえずる――」
「窮地に我らを求める声もする――」
「ならば駆けつけよう、遠く離れたイッシュの地――」
「海上に建つ人工の宮に、健気に咲く黒正義の華――」
「"キャンディ・ムサリーナ"!」
「"ササキ・コジロウ"!」
「"マンダ仮面"!」
『我ら3人合わせて、仮面戦隊――"レボリューションロケット団"!』
訪れる静寂。
紛れもなくこの場は情け容赦のない死地のはず。
そこに冗談のような異物が混入したことで、エリシアとJは冷徹な圧倒的強者であるがゆえ、反応に困ってしまう。
律儀にその名乗り上げを拾ったのはドミノだけだ。
「何っ……
「えっ、アンタ達ロケット団なの?」
「あっ」
「ドミノ……さっきから思っていたが、結構天然なんだな」
何故『さっきから』なのか理解できないドミノ、その横でJはようやく思考を平常モードに移行させる。
「エリシア殿、防衛線を食い破られる失態を犯した、あんたの部下はどれくらいの強さだ?」
「
大して悪びれる様子もなく返したエリシアの回答を、Jはそこから責任追求することなく状況整理の材料に使う。
(エリシア殿が来てから約5分……プラチナランク4人をその時間で突破したとなると、相当の手練れがいるな。
気配がわかりにくいが、中央のボーマンダ使いがおそらくそうだろう…………ダイヤモンド上位レベルはあるかもしれん。
だが両脇の男と女は全く武の臭いがしないな。
この
「ドミノ、護衛を優先しろ。私はこのマンダ仮面とやらを足止めする。その間にエリシア殿は雑魚をまとめて片付けてくれ」
ドミノとエリシアはすぐに指示の背景を理解する。
マンダ仮面はともかく、残りの2人も後方を気にする素振りは一切見せない。
既に入口での戦いは終了していて、どちらの援軍も駆けつけることはないのだろう。
それに加え、今の脅威はどうやらマンダ仮面だけ。
この増援がどうやってここを嗅ぎつけたのかはわからないが、それは制圧した後に尋問して聞き出せばいいだけのことだ。
「上策ですね。
「女の子3人に囲まれるたぁ……ワイもついにモテ期到来やな」
「良かったな色男。まずは私がたっぷりともてなしてやるぞ。
行け、ボーマンダ。格の違いを見せつけろ」
Jに対し精一杯の軽口を叩くマンダ仮面、互いが繰るボーマンダが近距離で睨み火花を散らし合う。
『"ドラゴンクロー"!』
両者の指示がシンクロすると、2体の龍の鈎爪同士が衝突し、手四つの状態で拮抗する。
ほう、とJが感嘆した様に零し、マンダ仮面はむぅ、と渋い唸り声をあげる。
(Jさんのボーマンダは、各地方のチャンピオンの手持ちに引けを取らない強さを持つ。
互角とは予想外ですが……時間が無いあちらからすれば、喜ばしくない状況ですね)
「ユクシー、アグノム、エムリット、まずは残りのお二人を
俄然自陣が有利だと悟ったエリシアが、自身の手持ちである
「気ぃつけえ! そいつら伝説級のポケモンや!
ワイの相手も上位四天王レベル……救助した意識不明のオバちゃんを守りながら、そっちも庇える余裕は無いで!」
敵戦力の脅威を把握したマンダ仮面が緊迫したことで、やや呑気に構えていた2人は態度を一変させ、慌てふためく。
「で、伝説が3体ぃ!? ムサリーナ、あいつ有料課金コンテンツ使ってきやがったぞ!」
「なななな、何よこれ聞いてないわコジロウ! ボスキャラは1章に1人までってお約束が守られてないじゃない!?」
「ふふ、賑やかな方たちですこと」
UMA達は意識があるのか定かでは無いふわふわした表情で、宙を浮いている。
ロケット団による洗脳により、自由意志を奪った状態でエリシアは3体に攻撃指示を送る。
離れた位置から不可視の"ねんりき"を飛ばすと、コントの様に手持ちのアーボック、マタドガス、ウツボット、ソーナンスと無様に逃げ惑う2人。
彼らの醜態が演技には見えないことから、疑惑を確信に移行させた。
弱者のふりをして油断を誘う、といった作戦ではなく真に人数合わせの場違いな存在だ。
(チッ……確かめるまでもなく、どうみてもそいつらは秒で消し飛ばせる雑魚だろ。
エリシア殿の任務遂行力は一目置いてるが、その反面少し慎重すぎるんだよな)
内心で毒づくJの視線の先で怯え抱き合う2人、その脳内に直接『声』が脈略無しに送られる。
『思い出せ、お前達は何のために戦っている? ロケット団から距離を置くと決めた覚悟は、そんなに浅いものだったのか?』
震えが――止まる。
『奴らはお前達が物見遊山でやってきた足手まといだと思い込んでいる。今が最大にして最後のチャンスなんだ』
気付けば、2人の表情に浮かんだ恐怖は覚悟へと
「ムサリーナ、いやムサシ、後ろに下がれ。俺は務めを果たしてくる」
「コジロウ……」
エリシアと自身との前に立ちはだかるコジロウの覚悟を、ドミノは鼻で笑う。
「ふん、腹を決めたか。そんなものは戦場に踏み入れた時に決めておくものだろう。
それに、私とエリシア様をまとめて相手にする気か? 無謀にも程が……」
「マタドガス、"えんまく"だ! ウツボット、"ねむりごな"!」
だが、マタドガスの煙幕展開が強力かつ素早く広範囲だったことで、その態度は一変する。
(……!? こいつのポケモン、妨害系の技のレベルはなかなかのものだ!
だが強者特有の凄みは感じられない。おそらくは補助特化の使い手か……)
ドミノが所持しているロズレイドとアマージョはくさタイプであるため、"ねむりごな"の影響を受けることはない。
しかし、2体が守っている後方のバリヤードとサーナイトは別だ。
煙幕に紛れ、ドミノの陣形とバリヤードの防御壁を粉が巧みにすり抜ける。
妨害念波の発動に集中していたサーナイトは、粉をあっさりと吸い、すぐにうつらうつらとうたた寝を始める。
「チッ……私のポケモンではないこいつらにまで対応指示が出せない……!
このままではサーナイトの
「構いませんよ。あの"ねむりごな"の睡眠持続時間など精々1分足らず。
そんな短時間で力が限定解除されたとしても、
それに私のアグノム達は障壁に加えて念結界を展開しているので、状態異常になることはありません」
浮つきかけたドミノは、エリシアの言葉で冷静さを取り戻す。
煙幕さえ対応すれば、あの2人を倒すことなど造作もない。
すぐにサーナイトは超能力を妨害する力を取り戻し、デュフォーとナツメは再度機能停止する。結局、サーナイトを戦闘不能にまでもっていけなければ、何の解決にもならないということだ。
「ここまで
そのオバさんもすぐに病院に連れてかなきゃやばいんじゃねえのか?」
キクコを保護し、退路を入口で待機しているニャースに確保させている今なら逃げおおせることができる。
ぐったりとしているキクコと、後方の出口を見比べるコジロウをマンダ仮面が切羽詰まりながらも静止する。
「逆や、ここで助けるために引いたら全てが無駄になる! なんとしても目的を達成せな!」
マンダ仮面の言い分は正しい。
エリシア達は既にキクコを再起不能なレベルに討ち取っている。援軍の首に興味はないため、ここで逃げられようが一向に構わないのだ。
「ククク……今逃げていれば命だけは助かったのにな。エリシア殿、そろそろだろう」
ドミノの指示でロズレイドがパワーウィップを振るい、風圧で煙幕を完全に消し飛ばす。
その間にも、UMAトリオは生命エネルギーを溜め続け、一塊の強力な念を形成していた。
伝説ポケモン3体がスクラム、チャージしたことで生まれた力は、隣でJの対応に手一杯だったマンダ仮面を一瞬で戦慄させる。
「おい……これマジでヤバイで! 逃げ――!」
「"トリス・サイコキネシス"」
ゼオンの10万ボルトよりも――ミュウツーの全力をも超える威力の念力波動が放たれた。
もしも直撃したのなら、ウツボットとマタドガスもろとも、コジロウを抜いて後ろのムサシにまで深刻なダメージを与えるだろう。
防ごうにも高速かつ不可視で、攻撃の軌道すら読めない。
エリシア達、マンダ仮面、コジロウ――そして
「ソーナンス! 1M先に傾度無し、瞬間型の"ミラーコート"!」
「ソーーナンスッ!」
0.2秒以下。甲高い鳴き声を張り上げながら、瞬時展開された半透明の防御板が、確殺を約束されていた絶望的な威力の念波を反射する。
肉眼でその瞬間を捉えられなかったムサシとコジロウは何が起きたかわかっていない。
逆に難なく捉えてしまったからこそ、エリシア達は我が目を疑う。
「跳ね返した!?」
「な……なにぃ!?」
"ミラーコート"は特殊攻撃技を反射できるが、その威力許容量には当然限界値がある。
ポケモン本体の生命エネルギー、技の発動技術と強度を高めることが王道にして単純な強化手段ではあるが、技の発動時間を通常よりも絞ることで、底上げする別ルートもある。
通常で2,3秒程と言われている発動時間を10分の1以下に抑えることで、性能を可能な限り底上げした。
加えてムサシのソーナンスが一般の種とは異なる素質を持っていたことにより、上位禁止伝説級の威力を誇る3体連結のサイコキネシスを反射。
UMAを近くにいたドミノのポケモンもろとも返り討ちにする。
「ええっ!? ソーナンスあんたマジ……!? すごいじゃない!」
「ソー!」
得意気になるソーナンスを抱きしめるムサシ、その様子は事態の把握に務めていたエリシアに矛盾と違和感を植え付ける。
(このソーナンス……"特殊個体"だったのですか!?
それにタイミング,角度,出力,全てが1メモリのズレも許さない完璧な指示だった。
まるでどういう指示を出せば反射できるか、その『答え』を知っていたかのように……。
あの反応からして、彼女が狙って出したようには到底思えませんが……)
「申し訳有りません、今の反射攻撃で私のポケモンも防衛に支障を……!」
ダウンを喫したロズレイドとアマージョをボールに戻し、替わりに出した控えのジュカイン1体でどうにか戦闘継続を試みるドミノ。
たったの一撃で傾きかけた戦場の潮目は、Jの一括で振り戻される。
「うろたえるな! 私は無傷だ。そのソーナンスの力には驚かされたが、そいつはカウンターだけで自分からは攻撃できないのだろう?
別格のそいつだけ、攻撃せず放っておけば問題はない。それにもう、ねむりごなの効果は消えて、サーナイトは目覚めた。
負傷したエリシア殿のポケモンも、自己再生で修復すればその内戦闘可能になるだろう。
依然ボーマンダ使いさえ足止めしていれば、奴らは何も出来やしない!」
「ええ、アグノムとエムリットは深いダメージでしたが、ユクシーなら2分程度で動けるようになります。
そうなれば今度こそ、この戦いの幕ですよ」
Jとエリシアの判断は正しい。ムサシとコジロウが決定打を持ち合わせていない以上、ここから事態が悪化することはない。
少し待つだけで、今度こそ勝利が確定するはず。しかしそれは――
「これだけ堪えたのは……20年ぶりくらいかね」
カントー四天王筆頭を10年以上支え続けた傑女を、少し侮りすぎていたのかもしれない。
ボソリとこぼされたそのセリフは、別段殺意を込めたものではなかったが、聴いた者は敵も味方も平等に、背筋と肝を冷やす。
生死の境を彷徨っていたはずのキクコが、ゲンガーと共にゆらりとサーナイトとバリヤードの間へ音もなく出現していた。
「なっ……貴様、意識不明だったのでは……!?」
「ボーマンダのお面の坊やに耳打ちして、一芝居打ってもらったのさ。いわゆる"死んだふり"ってやつだよ」
「馬鹿な……そんな子供だましの手に我らが……」
キクコのゲンガーもまた、特殊個体であった。
30M前後の狭い効果範囲ではあるが、目視できる影へキクコもろとも気配と生命エネルギーを隠匿した上で、ワープすることができる。
エリシアとJも屈指の猛者。
たとえ重体といえど、キクコの存在と警戒は念の為、頭の隅に置いていた。
しかしソーナンスによる予想外の反撃により、さすがに注意が逸れたところを見事に突いた奇襲であった。
音もなくゲンガーが"ヘドロウェーブ"をサーナイトに浴びせ、今度こそ戦闘不能に持ち込むと、キクコがその場に崩れ落ちる。
正真正銘、全てを出し尽くし限界が訪れたのだろう。
「あんた達が強者だからこそ、こういう古典的な罠にかかっちまうもんなのさ。
ま、あたしみたいにあと数十回は負けを知って学習していきな、お嬢さん達……」
キクコは満足したようにそこで意識を途切れさせる。
おそらく再起不能は免れぬ瀕死の勝者を、無傷の敗者達が見下ろす。
決勝戦のカギを握るもう一つの決戦が、静寂の地下で静かに幕を下ろした。
いつもご視聴ありがとうございます。
此度の戦いで起きたムサシとコジロウの謎は、後々解説していきます。
強さと残虐性が本編より倍増したロケット団ですが、どこか人間味のある部分は残しました。
ドミノが色濃くそこら辺を引き継いでいそうです。
殺し合いの中でも天然な態度を取るところは、ガッシュ2の敵サイドに似てるかもしれません。
ゲンガーの影ワープはポケスペインスパイアです。