ポケットから着信通知を知らせるスマホロトムが鳴動するが、キバナはすぐにはそれに取り合わなかった。
今は最高峰のバトル中――わずかでもゼオンから目を離せない。
しかし通知を無視しかけたところで、直前で思いとどまった。
既に仲間は全てリタイアしている。ならばこの着信は一体誰からのものなのか?
画面をチラリと流し見すると、そこには存在しないはずのキルログが。
"キバナ(ヌメルゴン)→ナツメ(エーフィ)"
(なんだ? 俺様のヌメルゴンがナツメのエーフィをキルしたことになっている!?
システムのバグか? 仮にこれがバグじゃないとするなら……)
キル扱いとなる判定基準は主に3つ。
1つ目は当然、直接的なトドメを刺した場合。
2つ目はトドメにはなっていないが、直前に決定的な大ダメージを与えて、リングダメージなどの外的要員で戦闘不能となった場合。
3つ目は、直接ダメージを与えてはいないが、脱落の主要因となった場合。
キルログを正と仮定した前提で、これらの情報を纏め思考を巡らせるキバナの頭に、ある一つの仮説が浮かんでいた。
「……ブリジュラス、もう一度"エレクトロビーム"。フライゴンとヌメルゴンは、足止めだ」
「さすがに二度目は食らってやれんぞ」
高度を上げ、少しでも粒子砲を装填するブリジュラスとの距離を取り、回避率を上げようと試みるゼオン。
しかし、やがて敵の陣形と気配から標的は自分ではないと気付く。
『
『グオオッ……!』
掛け声が届くより速く、隣の戦場でまさに追い詰められつつあった
タイプ相性で半減のゼオンがガードした状態ですら、大ダメージを負った代物。
相性で効果抜群の
『ッッ……ヤベえな。意識がトンじまってたぜ』
しばし宙を力なく漂いながらもすぐに態勢を立て直し、意識外からの奇襲に面食らっていたサザンドラ達がハッと我に返り追撃をする前に、リングの際まで逃げきった。
「あれ食らって倒れねえのかよ……とんでもねえタフさだな。
っていうか、このタイミングのキル横取りはさすがにヤバすぎでしょキバナ先輩」
批難するようなカキツバタを無視して、キバナは再度スマホロトムのキルログをチェックする。
"キバナ(ブリジュラス)→ナツメ(ブリムオン)"
仮説は確信へと変わり、自然とニヤつきが顔に滲み出ていた。
「なるほどねえ……。カキツバタ、キルパクの礼に教えてやるよ。
こいつら不死身でもなんでもねえ。ナツメのポケモンのライフをそのままサブタンク代わりにして、自動遠隔操作かなんかで全快まで回復したんだよ。
そしてもう、サブタンクは使えねえってこった」
キバナの自説はほぼ的中していた。
外部干渉によりエスパーの力を使えず機能停止したナツメは、早々に
サポート技の発動条件は、デュフォーの主力であるゼオンと
"いやしのねがい"を応用した自己犠牲の完全回復技を、自身のエーフィ、ブリムオンとゼオン達に1対1で紐づけ、ナツメの判断を介さずオートで発動するように設定していた。
カキツバタもその言葉で、カントー陣営の背景とカラクリを察知する。
(この不自然な打たれ強さはそーいうことだったのかぃ。
ナツメ選手が脱落しないためには、最低1体はポケモンを残す必要がある。
サブタンクとして使えるのは2回だけで、既に使い切っているな。
もうあちらさんが回復することはできないし、ナツメ選手も残りの手持ちは1体だけで脅威性もほとんど無い……状況は依然こっちが優勢か)
『警告。リングが閉鎖します』
「ああっ、もう3人でやり合ってる!」
リング閉鎖のアナウンスと同時に後方から聞こえる声に皆が振り返ると、この場の混沌を更に加速させるかのようにネモが駆け寄ってきた。
(ネモか……こいつはカントー代表を優先して狙うという意図を無視した、サイトウの決闘を受け入れている。ここからどう動くかは、俺様にも読めないんだよなあ)
キバナの懸念通り、ネモはチームの戦術としてカントー代表を集中攻撃する考えは是としていない。しかし皮肉にも、ネモ個人の戦術がデュフォーを標的とする"解"を出してしまう。
「ウェーニバル、"アクアカッター"! ラウドボーン、"シャドーボール!"」
この場でネモが唯一、アオキ達がいるもう一つの戦場の詳細を把握している。
グルーシャ,アオキ対タロ対サトシの結果で最悪を引き当てた場合、デュフォー,サトシ,ナツメ対カキツバタ対ネモ対キバナの図が成立してしまう。
そのケースを考えた場合、ネモ視点では未だ無傷に見えるデュフォー陣営へ、相当の痛手を与えておきたいと判断していた。
(くっ……こいつらキバナのブリジュラスには劣るが、それでもかなりの精鋭か。……1対5はかなり不味い)
2体から放たれた飛び道具をマントでいなしながら、ゼオンは進退窮まる状況に顔を
すぐにキバナはネモの狙いを理解し、連携するように攻めてくるだろう。
そうなれば、いかにゼオンといえど長くは耐えられない。
「確かにオレ達だけの力では、この決勝戦を勝ち抜くのは厳しかった。
それほどまでに敵は強大だったということだ」
文字通り絶体絶命の戦況を、どこまでも他人事の様に見守るデュフォー。
ある者は投降の意味での感傷に、ある者は現実逃避に受け取っただろう。
「だがオレ達には――友と仲間がいる」
ゼオンは圧倒的な包囲攻撃に晒されながら、穏やかに微笑む。
良く知った
「ああ、オレよりも遥かに弱かったガッシュが、仲間と力を合わせこのオレに勝てたんだ。
ならばオレ達も――友の力を借りて、今までとは違った景色を見る!」
「ピカチュウ、"100まんボルト"!」
「ピー! カー! チュウー!」
天裂く強大な咆哮と雷撃が、隣の戦場でチルタリスを飲み込む。
彼女に何が起きたか認知させることなく、一瞬で戦闘不能に追い込み、雷の残滓の中からサトシとピカチュウが出ずる。
皆の注目を集めながら、戦場を一瞥するその表情には、決勝戦開始時には無かった精悍さが宿りつつあった。
(サトシ君!? 一体どうやって……!?)
(面構えがさっきと全然違うな。たった30分の間に化けたっていうんかい!)
(あのピカチュウの電撃……ゼオン・ベル並に強力になってやがる。格上との戦いの中で覚醒しやがったか?)
ネモ、カキツバタ、キバナ――誰も決して油断などしていない。
それでもサトシの出現と奇襲には全く対応、感知できなかった。
原因を特定すべきか一瞬迷ったカキツバタの隙を見逃さなかった者がいる。
『そんな……チルを一撃で……!?』
自分達の中で最強の対特殊障壁を持っている仲間がやられた。
ピカチュウに過剰な警戒と脅威を抱くオノノクスの背後から――
『そーやってツルんでるから、タイマン張ってる時に見せねえような隙を晒ちまうんだろうが』
声が聞こえた時には、首筋裏を
ピンポイントの急所を一点で貫かれ、マヒした様に全身が痺れオノノクスは昏倒する。
『グッ……まるで一撃必殺の"つのドリル"だ……』
『"ドリルくちばし・影閃光"。まっ、能あるカラスは爪を隠すってやつだな』
『……お友達がいて良かったじゃねえか。2匹がかりだろうが構わねえ、纏めてかかってこいや』
一気に2体を失い、逆に援軍が現れながらも怯まず啖呵を切るサザンドラ。
『おい
お前達が動けるようになっても、こっちに手助けはいらねえ』
デュフォーの指示無しでは、一騎打ちで確実に勝てる確証はない。
敗れれば連動してゼオンも直に崩される、それを踏まえた上での提案だと察したデュフォーは、その判断を尊重する。
『わかった、お前にこちらの戦場の勝敗と責任を全て託す』
『ボク達はゼオンを援護してくる。こっちは任せたよ、
仲間達がその場を去り、形勢逆転し有利となった状況をあえて放棄した
だがそこには、お互い先ほどまであった嘲りが無くなっていた。
『だとよ、きっちりタイマンにしてやったから、ビビんなくていいぞ』
『ケケ……見直したぜ。もうトレーナーの力も、仲間も要らねえ。最後はケンカ自慢のバカ同士でド突き合うだけだ!』
2頭が雌雄を決すべく互いの喉元に飛びかかる。
そしてこの時点で、カントー代表のトレーナーが3人健在していることが確定。
まさにネモが危惧した通りの状況になっていたのだが、キバナの見解はやや違う。
「ピー……ピー……」
疲労した表情と止まらぬ発汗、身を纏う電撃エネルギーの欠乏からピカチュウに何が起きているかを感じ取っていた。
「さっきのとんでもねえ電撃の威力には驚かされたが、あの一発でエネルギーを使い果たしたようだな」
サトシ急襲の謎はまだ解けていないが、サトシ達とデュフォーは未だ機能停止。
仮にナツメが残り1体の手持ちで加勢したところで、状況は大して変わらない。いや、時が進んだことによりむしろ悪化している。
『ラウンド5。リングのカウントダウンが始動』
試合開始直後は半径2km程あったテラリウムドームも、4度に渡る収縮を経て100M程度まで狭まり、天井も半分ほどの高さまで下がっていた。
まだゼオンの機動力を生かせる広さではあるが、逃げ隠れするにはいささか心許ない。
「わりぃがお前達がいくつ隠し玉を持っているかわからない以上、ここで手加減はできねえ。行くぞ、射程範囲を拡大して一斉攻撃の"りゅうのはどう"!」
「ラウドボーン、"フレアソング"!」
(チッ……さっきよりも波動の攻撃範囲が広くて防ぎきれん。それにオレのマントで防げぬ音技も飛んでくる! ここまでオレを警戒してくれるとは光栄だが……厳しいか)
先ほどまでのバラバラの攻撃とは違う、キバナとネモが明らかに意図して連携した、ゼオンを仕留めるための包囲攻撃。
力を使い果たし動けないピカチュウをデュフォーとナツメに預け、前線に飛び出すサトシはその光景を前に、この戦いが始まる前のやりとりを思い返していた。
(デュフォーはこの決勝戦が始まる前から、"4つの火種"を用意していた。
話を聞いた時はその意味が全くわからなかったけど、今なら理解できる。
デュフォーはありとあらゆるルートを想定して、この局面が訪れる可能性を戦いが始まる前――最初から既に描いていたんだ!)
「ゼオン、俺が示す先へ"ほうでん"!」
己の横に並び立ったサトシが指差す先、ゼオンは僅かの躊躇も無く、ノーチャージで打てる最大打点の紫電を全力で打ち込む。
その雷撃は正面と左右、三方向から襲い来る波動の"弱所"を次々と的確に突き、ビリヤードの様に連鎖的に弾き飛ばしながらも"フレアソング"の音波を一手でかき消した。
「おっ……完璧に包囲した"りゅうのはどう"の波状攻撃をたった一発で弾き飛ばしたのか!」
「雷音で"フレアソング"の音を相殺した!? そんな音技の防ぎ方があったなんて……」
ただの一撃で、キバナとネモにそのコンビの――そしてデュフォーの脅威性を識らしめる。
追い詰められて即席の奇策に打って出たのではない、間違いなくこの陣形は用意されていたものだと確信する。
つまり――ゼオンとピカチュウを、互いのポケモンを入れ替えてのトレーニングを試合前から調整していたのだろう。
どこまでも周到に仕込みと伏線を張り巡らせるデュフォーに恐れをなすが――これは仕掛けられた数ある火種の一つでしかないのだ。
(オレを指揮するものなどデュフォー以外に現れまいと思っていたが――サトシ、今のお前なら信じられる。お前なら背中を預けられる!)
ゼオンにも誇りはある。おいそれと他者からの指示を受け付けるほど安くはない。
だがまだ幼いサトシから指図を受けて動くことに、ゼオンは毛ほどの抵抗も感じぬどころか、むしろ高揚すら抱いていた。
そしてデュフォーも、この世界にやってきた頃にはゼオンを他者の――それも子供に託す発想すらもっていなかったのだろう。
それが成長ではなく退化だったとしても、彼らはその選択を悔いる事はない。
「サトシ……デュフォーが復活するまで指示に全面的に従おう。今はお前がオレのパートナーだ!」
「任せろゼオン! 俺達でカントー代表を勝たせるぜ!」
『サトシ……ゼオン……くっ、ボクも援護したいのに力が……』
サトシと組む初めての実戦で、本来のパートナーである自分以上の力を見せつけるゼオンをピカチュウは羨望の眼差しで見つめる。
その心境を察したデュフォーが、力の枯渇で満足に動けぬその身体に、背後からそっと手を乗せる。
『焦るなピカチュウ。今のオレ達は動けないがまだ最後の仕事が残っている。
オレが用意した最後の火種で、ゼオンとサトシを勝たせるんだ』
カントー代表:残り5体(ゼオン、オカシラ、ピカチュウ、???、???)
パルデア代表:残り2体(ラウドボーン、ウェーニバル)
ガラル代表:残り3体(フライゴン、ヌメルゴン、ブリジュラス)
ブルーベリー代表:残り1体(サザンドラ)
あけましておめでとうございます。
いつもご視聴ありがとうございます。
サトシ復活の謎や諸々の裏背景も次回以降で説明していきます。