ポケットモンスター -紫電のゼオン・ベル-   作:やぶゆー

59 / 79
59話:short-E 第二次覚醒前夜

 エデンの素顔を見たゼオンは、真っ先に"人型に近い魔物の子"を想起した。

 明らかに普通のニンゲンと異なる異形の顔貌に、デュフォーは『答え』を聞く前からその背景を察知し、負の感情を顔に浮かべている。

 

「ポケモンとヒトの許されない禁断の愛から生まれた――なんてお涙頂戴のラブストーリーではなく、政府が秘密裏に行った実験動物の成れの果てがボクさ。

 父親はルカリオやらの二足歩行種族らしい。遺伝子と精子だけしか情報は残ってない。

 母体に選ばれた母親は、ある程度知見のある学者だった。どうせ私利私欲と科学の発展を履き違えたイカレ女さ。今頃政府から大金を渡されて雲隠れしてるだろうね」

 

 デュフォーにやや遅れる形で、ゼオンもこの生物を取り巻く特別な状況を理解する。

 政府からすれば、実質我が子にも等しいエデンを公に処することは、自分達の罪を認めることと等しい。協会子飼いの権利団体にも配慮し、勾留中の冷遇もできない。

 裏で口を封じようにも、捕獲したロケット団の処遇権は現在デュフォーにあり、おいそれと手出しもできない。と無い無い尽くめの状況であった。

 

「まあ、こんなナリだしボクは戸籍上も存在していないことになっている。

 ポケモンとしてもヒトとしても、まともに生きられなかった事は君達もわかるだろう」

 

「お前の目的は、この世へ産み落とした人類への復讐か?」

 

「いいや、裏でコソコソ実験をしてた連中は標的だけど全てを恨んでるわけじゃないよ。

 ヒトにも良い奴や悪い奴、面白い奴にダメな奴、色々いるしねえ。

 どちらかというとボクの目的は、伝説のポケモン達を掌握し彼らの力のコントロールをもってポケモンを人類から開放する方だったかな」

 

 意味深なセリフを吐くエデンの手には、後ろの書籍から取り出した一冊の古本が握られている。

 

「学校では"ヒトはポケモンと長年の信頼を築いたことで共存関係となった"と教わる。

 一方で政府が運営している国立図書館の歴史書によると、ポケモンとヒトは元々他の動物と同じく敵対種族だったらしい。

 犬や猫、牛や豚の様に家畜やペットとして、ヒトに隷属することで種の繁栄を約束されたわけでも、クマやトラの様に現在でも殺生し合う関係でもない。

 何故かポケモンだけが共栄できている。()()()()()()()()()()()()()()だとは思わないか?」

 

 沈黙のまま次の言葉を待つゼオン達へと、エデンは古本を突きつける。

 

「ここから詳しく話してると1日じゃ足りないから、更に興味が出たら後は自分達で調べてくれ。……ところで話は全然変わるけど、サトシ君はあれから大丈夫かな?」

 

 その一言で、比較的穏やかだった室内の空気にピシリと亀裂が入る。

 

「Jとの戦いで()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ……」

 

 全てを言い終わる前に、ゼオンが苛立ちのままにエデンの胸ぐらを掴み、それ以上の言及を絶っていた。

 

「それはどういう意味だ? サトシの状況をわかりきった上で嘲笑うつもりか?」

 

「よせゼオン。……サトシは実家で休息を取っている。

 これからオレ達も会いに行くところだ」

 

 デュフォーに諭されゼオンが解放すると、エデンはケロリとした表情のまま息を整える。

 

「君達が気にかけてるならそれでいいよ。

 あとゼオン、さすがにボクを見くびりすぎだ。

 サトシ君が苦しんだところでボクには何の得にもならない。

 それに犠牲を伴ったのは彼だけじゃない。ボクだって計画のために何人の同胞を失い心を削られたと思っている? これはロケット団を打ち破った敵に対する純粋な敬意と気遣いだよ」

 

 ゼオンも薄々気づいている。眼の前のヒトにありヒトにあらぬ生物は"悪"ではない。善悪に拘らない純粋な破壊者でもない。

 だからこそ、会った時から無意識の苛立ちと困惑が拭えぬのであった。

 

「サトシを慮ったり、オレ達に素直に情報提供したり、お前は何がしたいんだ?」

 

「率直に言うと、ボクに恩赦を与えて欲しい。世界を掌握する夢は潔く諦めるが、ボクを造った政府の連中は野放しにできない。この手で粛清するまで死ぬわけにはいかない」

 

(デュフォー……)

 

(ウソはついていないようだ。高い戦闘力を持ちながらも襲撃時に大人しく降伏したのも、おそらく全員には勝てないことがわかり、即座に司法取引を狙う道を選んだのだろう。

 無論、現時点の話であり、復讐を達成した後に心変わりする可能性は十分有り得るが)

 

 雷結晶の力により脳内で念話を交わすデュフォー達へ、エデンは反応を待たず言葉を続ける。

 

「もちろん、この提案を蹴ってボクを斬る戦略も君達にとって大いに効果的だ。

 元々ロケット団は今のような手のつけられない反社組織ではなかった。先代であるサカキ様の母上が治めていた頃は、地域密着型の義賊だったらしい。

 ロケット団が豹変した原因も含めて、全てのヘイトと憎悪をボクに押し付け断罪し、ハッピーエンドでシメるのも自由だ。君達は莫大な功績を手にできるだろう」

 

 捕らえられた罪人であるというのに、エデンの表情はまるでゼオン達を値踏みする審判者であるかの様に鋭利になっていく。

 

「だが、条件を飲んでくれるのならボクだけの破格の情報を提示できる。

 それに君達はボクらレインボーロケット団が()()する前に潰したせいで、十分な戦力を吸収できなかった。

 元の世界に戻るのに大分遠回りをしたんじゃないか? ボクの力を借りることは至極合理的だと思うけどね」

 

 選択を委ねられ、デュフォーは――

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 流れ出る生暖かい血、生気と体温を失っていく肢体。

 ()()()を再現したような悪夢から逃げるように、サトシはベッドから飛び起きる。

 全身の汗を拭いながら自室の窓を開ける。外は明るい――昼まで寝ていたようだ。

 

「ピー……」

 

 隣でうとうとしていたピカチュウが、寝ぼけ眼で心配そうに擦り寄ってくる。

 ロケット団との抗争の日から1ヶ月。

 抗うつ剤と眠剤の接種量、吐き気と目眩は大分減ってきた。

 No3であるJとの死闘で負った傷、失った仲間達の精神的ショックも大分薄れ、自宅療養できるようにはなってきた。

 

「ピジョット……フシギダネ……ゼニガメ……キングラー……皆……」

 

 仲間の命を奪っていった張本人であるあの女(J)に対する恨みはほとんど枯れていた。

 Jを赦したわけではない。彼女を恨めば恨むほど、それ以上に自分が許せなくなることに気づいたからだ。

 

"私は手の抜き方を知らん。ガキとて歯向かうなら容赦しないぞ"

 

 Jは、はっきりと警告をした。

 その上で、一武人としてそれを飲んだサトシを対等に扱い、戦っただけに過ぎない。

 そもそもロケット団の本部襲撃作戦も、元々サトシはメンバーに入っていなかった。

 ビシャスを討ち取った功績を盾に、やや強引にデュフォー達を説き伏せ自分をメンバーにねじ込んでいた。そして幹部の中でも危険と評されていたJに挑んだのもサトシだ。

 最大の誤算は、No4を冠していたビシャスに勝ってしまったこと。

 No3から上とNo4以下に遥かな次元の差があるとは、思いもしなかった。

 

(全ては俺のせいだ……! 俺が勘違いして、うぬぼれていたせいで、大切な仲間達を失ってしまった!)

 

 Jを恨むのはお門違い――というよりもうJは報復の対象外といっていい。

 サトシがJに完敗し、あやうく倒されかけた所で、辛くもタクトがシンジを引き連れ、援軍に駆けつけていた。

 数十分に渡る激闘の末、手心なしのダークライによる全力のダークホールがJを蝕んだ。

 その結果彼女は長時間の悪夢に苛まれ、肉体こそ無傷であったものの、再起不能な精神的ダメージを負ってしまった。

 度々会うたびに剣呑な言葉を吐いていたシンジも、サトシの惨状を見てさすがに気を遣ったのか、その時は何も言わずに去っていった。

 結果的に、その気遣いと優しさは逆に堪えることになったのだが……。

 

「サトシ、起きてる? お客さんが来てるけど通して良い?」

 

 いつの間にか部屋へとやってきたハナコに問われ、しばし悩んだ末に招き入れることにした。

 関係の薄い者は通さないように、事前にハナコには伝えてある。

 現に今まで面会したのも、タケシやシゲルといったごく一部の知り合いだけだ。

 今日、おそらく別の近しい者が見舞いに来たのだろう。

 

「……失礼します」

 

 気だるい身体に鞭打ち部屋の明かりをつけ着替えると、見知った来客者達が。

 カントー四天王のカンナ、パルデアジムリーダーのグルーシャ、そしてデュフォー,ゼオン。

 共通性のない意外な組み合わせの者達を、光のない眼で一人一人一瞥する。

 

「お久しぶりですサトシ君。あまりお話したこともないのに、デュフォー君に無理を言って同行させてもらってごめんなさい。

 ミュウツーの一件で、洗脳された私を解放しようと果敢に立ち向かってくれたあなたには、いつか恩返しをしたいと思っていたの」

 

「選抜の決勝戦以来だね。君もいつかは極寒の厳しい現実を突きつけられるとは思っていたけど、()()()()()、僕は望んでいなかった」

 

「カンナさん……グルーシャさん……」

 

 そして残るは――サトシとピカチュウが変わるきっかけとなった、始まりのコンビ。

 正直、今は彼らに会いたくなかった。自分の思い上がりと横着で仲間を失った今、どれだけ失望させたか、顔を突き合わせるのがこれほど怖いと思ったことはない。

 

「サトシ――お前は多くの仲間を失った。ハナコさんからネット……特にSNSは見ないように言われていると思うが、察しの通りだ」

 

 デュフォーが静かに語り始め、サトシは緊張から下を向いたままヒュッ、と息を飲む。

 人の口に戸は立てられぬ。既にネットではロケット団討伐のニュースは広まっており、死傷が出る様な戦いが繰り広げられたこともリークされていた。

 サトシという10歳の少年が起用された挙句に被害を受けたこともあり、一部で責任態勢や批判の声も上がりつつあった。

 

「だが、サトシが誤った成長をしたかというと、そうではないとオレは思う」

 

「……!」

 

 気休めの励ましかと思ったが、デュフォーがそんな事を言う()()ではないことはわかりきっている。

 顔を見上げ、神妙に続きの言葉を待つ。

 

「オレの言う通りに、周りの大人の言いなりになっていれば、確かにあの時に限って仲間を失うことはなかっただろう。

 しかし、サトシは代わりに"自分の判断で動いた結果、足りない物を自覚した"という経験を手に入れた。そしてあの選択を正とする方法が一つだけある」

 

「そ、それって……?」

 

 初めてようやくまともに言葉を絞り出したサトシの両肩に、そっと手が置かれる。

 

「友の死を糧に強くなることだ。むしろ別れを乗り越えたからこそ、今のサトシがあったと皆に思わせろ。それが仲間達に報いることになる」

 

 年齢でいえば初等部の時分であるサトシにとって、酷な要求であることは百も承知。

 その上で、あえて厳しい提案をするデュフォーに代わり、カンナが優しい声色で幾つかのモンスターボールを差し出す。

 

「サトシ君、ポケモンを労り思いやるのと同時に、自分をも大切にしなければ――

 そんなわかりきった説教を一々されても、今は辛いだけでしょう。

 だから私からは、これを渡すだけにします」

 

 中に収納されたポケモン達のサムネイルを見たサトシは、やや遅れてその関連性と意図を理解した。

 

「これは……カイリューにゲンガー……ルカリオにラプラス!?」

 

「旧四天王である、私、キクコ様、シバさん、そしてユウジさんがそれぞれ用意した、育成枠のポケモン達です。

 4体とも育てる難易度は高いけれど、鍛えれば頼りになるポケモン達ばかり……。

 この子達をサトシ君に託します。いきなりこんな事を言われても、どうすればいいかわからないでしょうけど。

 何のために私達が預けたのか、受け取ったこの子達をどうすべきか、全てサトシ君の判断にお任せします」

 

「っ……」

 

 おもむろに失った仲間達の穴埋めをするようなポケモン達を渡されながらも、サトシは考える猶予、悩む暇すら与えられない。

 隣から、矢継ぎ早にグルーシャが分厚い冊子を差し出してきたからだ。

 

「僕はこれからしばらく、ブルーベリー学園で教鞭をとることになる。

 良ければ君もこの学園で学ばないか? 確か通学パスポートは論功でもらっているはずだよね」

 

 ブルーベリー学園――選抜大会を共に戦い抜いたアマネが、大会直後にすぐさま留学したポケモンバトルのエリート校だ。

 アマネという先達の存在、自身が救いたいという気持ち――それに加え()()の存在が、グルーシャにサトシをどうしても招待したいという気持ちにさせていた。

 

「あの学園には君と同じ様に、ポケモンバトルでライバルに追いつこうと藻掻く中、自分の力に飲まれてしまったスグリ君という子がいる。

 彼と一緒なら共に切磋琢磨しながら、心のリハビリができるはずだよ」

 

 答えに詰まるサトシを慮るように、デュフォーが立ち上がり帰り支度を済ませる。

 

「今この場でこれ以上あれこれ言っても混乱するだけだろう。

 今日はこの辺で帰るから、ゆっくり考えてくれ。

 それに今回の件は任命したオレにも責任がある。サトシ一人に背負わせたくはない。

 グルーシャに付き添って留学するなら、復帰カリキュラムの作成は手伝うつもりだ」

 

 終始無言でピカチュウの頭を撫でていたゼオンも立ち上がると、背中越しで去り際に置き土産を発して行った。

 

「オレ達はしばしこの世界に留まるつもりだ。その間、練習相手ならいつでも受けて立つ。願わくば、WCSの舞台で本番を迎えよう」

 

「……ゼオン」

 

 どこまでも黒に塗りつぶされていたサトシの瞳に、鈍い光が宿った――そんな気がした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

――あの3人と1匹の存在はまだ"私"が自分の事を"俺"と言っていた頃、少年~青年時代をほぼ占めていた。

  まずはデュフォーとゼオン。あのペアと私は親友だった……と思う。

  それでも、私程度の尺度では、彼らの本質を到底推し量れなかった。それほどまでに、彼らは次元が違う存在だった。今頃は元気にしているだろうか……。

 

――2人目は、今まさに私の隣でポケモン達の世話をしている同居人。

  ずっと年上が好きだった私が、まさか同年代の女性と同棲することになるとは……人生はわからないものだ。

 

――そして最後はマサラタウンのサトシ。

  皆も知っての通り、レインボーロケット団との抗争で起きた"あの事件"は、彼の人生に大きな影響を与えた。

  その精神的ショックと反動から、直前まで爆発的な覚醒と成長を繰り返して体得した強さをほとんど失い、スランプに陥ることとなった。

  

  かつてデュフォーが私だけに漏らしていたことがある。

  

  "もしも、デュフォーとゼオンがサトシと出会っていなかったら――。

  もしも、サトシがあの事件で仲間を失っておらず、健全に成長していたのなら――。

  30代を迎える頃には、ポケモンマスターを十分目指せる天才として成長していただろう"、と。

 

  そして、最後に彼はこう付け加えた。

  

  "オレ達と出会ってしまったからこそ、サトシは天才を超える怪物に成り代わった"

 

  カントー四天王第三席 元ニビジムリーダー タケシ・イワナミの自伝の一節より引用




いつもご視聴ありがとうございます。
次回から新展開です。
プロット構想中ですが2月中には投稿予定です
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。